第12話 もう1つの再建本丸

 大倶利伽羅たちが監査部経由で更紗木蓮の許に戻ってきてから本丸には2つの団子が出現した。

「馴れ合う気、ありまくりだねぇ」

 それを見て更紗木蓮は目元を緩ませる。それに近侍であり同じ光景を見ていた歌仙兼定も苦笑して応じる。

「うちの伽羅は元々馴れ合う個体だっただろう。以前は短刀脇差限定だったが」

 陸奥守吉行に大倶利伽羅がまるでカルガモの雛のようにくっついて回っている。そしてその大倶利伽羅には燭台切光忠と鶴丸国永がくっついている。これが団子の一つ目だ。

「あっちはあっちで布饅頭になってるな」

 更に苦笑して言うのは懐刀として常に更紗木蓮の傍にいる薬研藤四郎だ。薬研の視線の先には布饅頭と化した山姥切国広に堀川国広と山伏国広の兄2振と信濃藤四郎と後藤藤四郎がくっついている。更に信濃と後藤には粟田口保護者の一期一振と鳴狐が寄り添っている。

「まぁ、仕方ないよね。彼らは切国と陸奥が折れたときにいたんだもの。傍で切国たちがいるんだって安心したいんでしょうね」

 同じ本丸に不正譲渡され、その中で山姥切と陸奥守だけが折れた。それはどれだけ大倶利伽羅たちの心に傷を残したことだろう。けれど、戻ってみれば折れたはずの2振は新たな体を得て戻っていた。そのことにどれだけ喜んだか。喜びのあまり大倶利伽羅は陸奥守を殴り山伏は山姥切を抱きしめ、2振が本丸内で中傷を負ったのは記憶に新しい。尚、大倶利伽羅は山姥切にもくっつき虫になっていたが、そこは兄弟に遠慮したのか、国広兄弟不在の際のみ山姥切について回っている。

「切国と陸奥には暫く我慢してもらうしかないね」

 クスクスと歌仙は笑う。これもトラウマ解消するためには仕方のないことだ。それが判っているからか、陸奥守も山姥切も苦笑し時に溜息をつくだけで現状を許容していた。

「だなぁ。で、切国たちのことが落ち着いたら今度は大将にべったりになるんじゃないか」

 薬研も穏やかに笑う。漸く霞草本丸から戻ってきた8振が落ち着いて更紗木蓮の姿が見えなくても大丈夫になってきたところだ。

「なんだい、薬研。それはアタシのこと言ってんのかい?」

 薬研の言葉に応じたのは次郎太刀だ。更紗木蓮の許に戻ってから、次郎は出陣していないときはほぼ更紗木蓮の傍にいる。そしてその次郎には常に兄の太郎太刀が寄り添っている。大太刀2振がほぼ常に執務室にいるために元々狭い執務室が余計に狭く感じる。

「中々次郎じろちゃんが甘えるってのはなかったから新鮮でいいよね」

 更紗木蓮が笑いながら言えば、次郎はそうだねぇと明るく笑う。トラウマも少なく比較的安定し落ち着いていた次郎でさえ兄と更紗木蓮の傍にいることを望んでいる。如何にかの瑕疵本丸での時間が彼らに傷を与えていたかを突き付けられるようだった。けれど、それも落ち着いてきている。こうして次郎は穏やかに笑えている。

 少しずつ、彼らの心の傷も癒えてきているのだろう。これまで必死に更紗木蓮の許に戻るために生きてきた彼らが漸く肩の力を抜いて彼ららしく過ごせるようになってきたのだ。それに更紗木蓮も歌仙も薬研もホッとした。

「残りは14振か。小狐丸こぎ岩融がんさん、今剣いまちゃん、鯰尾ずお平野ひぃ君、秋田あき君、博多、五虎ちゃん、蜻蛉切とんさん、千さん、髭爺、膝丸、獅子君と御手杵ぎね君だね」

 未だに戻ってきていないのは短刀5振、脇差1振、打刀1振、太刀4振、槍2条、薙刀1柄だ。まだ相棒の戻ってきていない骨喰藤四郎やニコイチ扱いだった前田藤四郎は寂しそうにしている。

「真面な本丸にいてくれればいいのだけれどね……。だが、仲弓ちゅうきゅう殿の調査ではまだ該当する刀剣は見つかっていない。やはり、不正に譲渡されているのだろう」

 眉根を寄せ歌仙は言う。

 これまでに該当する刀剣男士を引き継いだ本丸には調査が入っている。書類に不備はなく、それぞれの刀剣男士の出身本丸も明確にされている刀剣ばかりだった。仲弓や監査部が未だに見つけられないということは、真面な書類として残っていないところへ譲渡されているということだろう。真面な書類がないということは、それだけ問題のある役人や審神者が関与しているということであり、つまりそれは瑕疵本丸へ渡されている可能性が高いことになる。

「三条と粟田口、仲の良かった同田貫辺りを演練に組み込むか。ばみ君と前田まぁ君、寂しそうだしね」

 今のところ自分たちに出来ることはそれくらいしかない。尤も所謂ブラック本丸であれば演練に出てくる可能性は低いかもしれない。

「こぎの旦那も髭爺も膝の旦那も今は希少度が高いって話だ。ブラック本丸とやらなら、見せびらかすために演練に連れていきそうだな」

 100年前よりも刀剣男士の顕現率が低くなっているという話は万年青おもとから更紗木蓮も聞いている。それは現世に溢れる刀剣男士と審神者をモチーフにした創作物の影響だった。刀剣男士と審神者の本来の姿や関係を知らぬ一般人は『見目麗しい半神半妖の刀剣男士とそれを従える唯一の人間』という設定に創作意欲を掻き立てられるのか様々な物語を造り出している。その中には人間が刀剣男士を虐げる話や刀剣男士が神として人間を弄ぶものなどもある。本来の彼らの姿からはかけ離れた物語が紡がれ、それがまるで真実であるかのように流布しているのだ。

 当然、そういった創作物に対して歴史保全省も宮内庁神祇局も抗議したし取り締まってもいる。けれど、完全にそれらが消えることはない。一瞬下火になったとしても直ぐに再燃する。そうして、そのような創作物の存在は審神者候補にも影響を与え、刀剣男士を歪んだ姿で顕現してしまう審神者もいる。

 そういった風評被害の影響を最も受けているのは三条派であり、老獪とされる古代刀(小烏丸や平安生まれの刀)であり、短刀の弟を持つ兄刀、更には血の気の多いとされる刀たちだった。当然、本御霊もそれを知っており、不快であるとはっきりと表明している。その結果、それらの刀剣男士の顕現率はかなり絞られている。そのため、最も風評被害を受けている三日月宗近などは全審神者のうち所有しているのは5%未満という100年前よりも希少な刀剣男士となっている。他にも小狐丸・一期一振・江雪左文字・髭切・小烏丸なども同様に全審神者の1割に満たない程度しか顕現できていないという。

「レア自慢の阿呆審神者だったら、そうするかもね。でもブラック審神者だからってレア自慢とは限らないし。ともかく、今は出来ることをやるしかないよ」

 刀剣男士も37振となり、それぞれの錬度もかなり上がっている。既に全振が極となっており、そろそろ監査部に協力して逆賊本丸討伐部隊に入ることも可能だろう。監査部の宰我さいがからは『制圧部隊の研修をそろそろ受けませんか』という打診を受けてもいる。これは審神者と隊長格の刀剣男士が受ける研修で、これを修め合格判定が出て初めて監査部の仕事に同行できるようになるのだ。

「仲弓殿はあまり賛成ではないようだけれどねぇ。まぁ、仲間を探すにはそのほうが手早いだろうし君が決めたのなら従おう」

 制圧部隊に加わることに関しては後見人の一人である仲弓は反対はせずとも積極的な賛成でもない。ただでさえ余計な負担をかけている過去から来た審神者にこれ以上の面倒を掛けるのは申し訳ないという思いが強いようだ。加えて実年齢はともかく見た目はまだ未成年の更紗木蓮に対して庇護欲もあるらしい。

 これは刀剣男士たちも同様らしく、主が通常業務以外の任務を押し付けられるのを酷く嫌う。元々ワーカホリック気味な更紗木蓮を知っているだけに余計に面倒な仕事を回すなと思っているのだ。けれどその一方、彼女が主として決めた任務であればそれに従う。寧ろ任務から自分が外されれば不満に思う刀剣男士が殆ど(というか全員)だ。

「研修とやらは隊長格の刀剣が受けるんだろ? とすれば、歌仙の旦那、鳴の叔父貴、雪兄、石の旦那、蜂兄、曽祢兄、厚か」

 右近本丸時代の部隊長たちの名を薬研が挙げる。本来ここには岩融と平野藤四郎も入っているのだが、彼ら2振はまだ戻ってきていない。

「それにプラスして薬研もだね。薬研は懐刀として私が赴くときに離れる気はないでしょ」

「当然だろ。俺っちは大将の守り刀なんだからな」

 更紗木蓮の言葉に薬研は何を当たり前のことを言っているんだという顔で応じる。実に頼もしい守り刀で懐刀である。

「我らが制圧任務に赴くまでもなく残りの皆が見つかるのが一番良いのですが……」

 弟の心の傷も癒えてきたことに安堵している太郎がぽつりと呟く。それは誰もが思っていることだ。

「だねぇ、そういや、みか爺が夢渡りでこぎさんに折れて戻って来いと伝えられぬものかとか言ってたけど……それ実行されちゃう前に見つかってほしいねぇ」

 とんでもない発言を落としたのは兄に寄り添われてかつてと同じ明るい笑みを見せるようになった次郎だった。

「次郎ちゃん、マジでみか爺夢渡りとか自害提案とか言ってたの?」

 頭が痛くなると更紗木蓮は額に手を当てる。横で歌仙も同じ状態になっていた。

「本気じゃないとは思うけどね。でも、なかなか見つからない現状だと、やり兼ねないかもねぇ」

 苦笑して応じる次郎にこれは一度三日月と話をするべきかと更紗木蓮は思った。だが、下手に話をすると藪をつついて蛇を出しかねない。

「言いだしたのがみか爺ってのがアレだな。あの御仁なら夢渡りも出来そうだ。何せ付喪になって1000年を超える大妖だからな、三条は」

 ハハハと乾いた笑いを漏らしつつ薬研が言う。

 付喪神は元々は妖怪だ。刀剣の付喪神はこの戦いに力を貸したことによって祀られ、本御霊は神となった。それぞれの分霊である刀剣男士に神格はないが、力の強さは本御霊の力に影響される。そして、妖怪というものは長く存在すればするだけ力を増すのだ。既に付喪神となって1000年を超えている奈良・平安・鎌倉初期の刀であれば、夢渡りも出来てしまうかもしれない。

「本御霊の保護があるから、多分折れたら鍛刀ですぐに戻ってこれそうだけど……でも、折れるのは経験させたくないなぁ」

 だが、もし虐待されているのなら折れて戻ってくるほうが幸福だろうとも思う。

「それに、残ってる面子見りゃ、自ら折れることはなさそうだぜ。折れて戻るってのはいわば逃げるようなもんだろ。あの旦那方や兄弟がそれを良しとするとは思えんがな」

 薬研がそう言えば、歌仙も太郎次郎兄弟もそれに頷く。

「確かにそうだね。伽羅たちの例から考えても彼らがいる本丸が悪しき場所ならば、そこから同胞を解放するための策を練っているのではないかな。老獪な平安刀も多いのだし、彼らが黙って現状に甘んじているとも思えないね」

 薬研の言葉に気を取り直したように歌仙も同意する。確かに残っている面子を見れば小狐丸・岩融・今剣・源氏兄弟・獅子王の平安刀(しかも小狐丸以外は武家棟梁であった源氏の刀)だし、蜻蛉切・千子村正・御手杵も戦国を経た歴戦の刀と槍だ。更に鯰尾藤四郎・平野藤四郎・秋田藤四郎・博多藤四郎・五虎退の粟田口とて偵察隠蔽に優れた頼りになる刀たちである。そんな彼らが『折れて逃げる』ことは選ばなないだろう。

「だったら寧ろ、みか爺と石切丸いしさん、鳴狐なき君、一期に夢渡りしてもらって通報できない状況ならこっちでやるから状況とID教えろって伝えたほうがいいかもね」

 折れて帰って来いではなく、現状確認して通報が難しいようなら手助けをすると伝えればいい。刀剣虐待の審神者が中々発覚しないのは刀剣男士に通報手段がないからだ。通常の真面な運営をしている本丸であれば、刀剣男士個人が通信端末を所持していることも多い。個々人では持っていなくとも刀剣男士が使用可能な端末を本丸にいくつか用意していることもある。経済的に余裕のない本丸だと初期刀と隊長格何振かだけに持たせているケースもあるらしい。更紗木蓮は基本的に全員に携帯端末を持たせている。現本丸は然程広くないために特に必要はないが、右近時代には本丸がかなり広大な敷地を持っていたために放送設備とともに本丸内の呼び出しに使っていたものだ。

 刀剣男士を虐待するような本丸では外部への通信手段を持つのは審神者のみであることが多い。実際に大倶利伽羅たちも刀剣男士は誰も通信端末を持たず、そのために演練で参加刀剣男士が証拠を持ち、監査の役人に直訴したのだ。

「では、その旨、みか爺と一期に伝えてまいりましょう。行きますよ、次郎」

 御神刀からしても有用な策と思ったのか、太郎が伝令を買って出てくれた。

 この策は直ぐその夜から実行され、その結果、残りの刀剣男士は少なくとも酷い虐待を受けているわけではないことが判明した。また、小狐丸・岩融・蜻蛉切・千子村正・源氏兄弟・御手杵・獅子王が同じグレー本丸に、今剣・鯰尾藤四郎・平野藤四郎・秋田藤四郎・博多藤四郎・五虎退が同じピュアホワイト本丸にいることも判った。

「早くぬし様にお会いしたくはあるが、現状を放置して戻ろうものなら、ぬし様に合わせる顔がない。ぬし様の誇り高き刀としてはここで不遇を託つ同胞を解放してから戻るとしよう」

「さっさと戻りたいのは山々ですけど、他の弟たちや短刀たちが死蔵されてる現状を放置はしておけませんからね! 何とかしますって! それで胸張って主のところに帰ります」

 小狐丸と鯰尾藤四郎はそう言って兄弟に今暫くは時間もかかろうが必ず戻ると約束したらしい。夢を渡って弟たちに会った三日月と一期は何処か誇らしげに更紗木蓮にそう報告したのだった。






「昨晩、みか兄上が夢を渡ってこられた」

 小狐丸はそう言って仲間を驚かせた。小狐丸の自室として与えられている部屋は豪華な調度が配された8畳2間続きの贅沢な空間だった。

 この本丸の審神者である瑠璃溝隠は刀剣男士のレア度のみを重視するレア至上主義者だった。そのため、この本丸にいるレア5太刀である三日月宗近と大典太光世、レア4の一期一振・鶯丸・蛍丸・江雪左文字・鶴丸国永・日本号、レア度は低いが入手機会の少ないソハヤノツルキ・明石国行・山姥切長義の11振のみを特別扱いしていた。現在はそこにレア4(特3・特2になれば)の髭切と膝丸、入手困難なレア度詐欺代表の小狐丸も加わり、同じく特別扱い枠にいる。

「へぇ、みか爺がねぇ。それって主のみか爺だよな?」

 念のために確認するのは獅子王だ。比較的年若い部類に入る槍2条は夢渡りと聞いて驚いている。

「然様。我らがぬし様、右近様の三日月宗近じゃ。ぬし様はこの春より審神者に復帰しておられるそうでな。初期刀殿と懐刀殿、祐筆と近衛以外の刀剣男士は我らと同じく不正譲渡されておったらしい。が、この8ヶ月の間に51振中37振がぬし様のところに戻り、残っておるのは我ら8振と短刀脇差の6振の合わせて14振だけだということじゃ」

 小狐丸は夢で三日月に聞いた情報を伝える。

「ありゃりゃ、僕たちまた遅参しちゃうことになるのかー」

 緊張感の欠片もない声で髭切は言う。槍2条と獅子王を除けば他の5振は所属刀剣51振の中では遅参組になる。岩融などは審神者が今剣のためにと就任3日目から鍛刀で狙っていたというのに漸く本丸に来たのは運営開始から1年近く経ってからだった。その所為で待ち草臥れていた今剣に顕現早々飛び膝蹴りを食らったほどだ。

「ぬし様は新たな本丸ではなく、問題のある本丸を引き継がれて御出でらしい。不本意な引継ぎでもあり、随分難儀して御出での御様子じゃ。早々にこちらに決着をつけ、ぬし様のところへ戻らねばな」

 三日月から審神者の状況も聞いている小狐丸はそう言って仲間たちを見遣る。

「そうだねぇ。でもあと1月くらいはかかるかなぁ」

 小狐丸の言葉にのんびりとした口調で、しかし冷静に現状を踏まえて髭切が応じる。

 小狐丸たちがこの本丸にやって来たのは今から約3年前。この本丸は時間遡行軍の襲撃を受けたのだ。小狐丸たちは知らぬことだが、譲渡された経緯は虎徹兄弟や新選組と同じだった。

 襲撃以前、この本丸には57振の刀剣男士がいたらしい。襲撃後に残ったのは半分以下の20振だったが、この20振は全くの無傷だった。それ以外の37振は本丸の至る所で無残に折れていたというのに、だ。レア度の高い刀剣男士と入手機会の少ない刀剣男士は審神者とこんのすけの厳重な結界に守られ、残りのコモンと呼ばれる刀剣たちだけが戦ったのだ。こんのすけの救難信号を受けて政府の部隊が助けに来たときには殆どの刀剣が折れ、僅かに残っていた本丸運営初期に顕現した者たちが必死に戦っていたのである。そして、救援が来たことに安堵し、彼らは折れていった。

 20振もの刀剣が無傷で残っていたことに政府の救援部隊は愕然とした。この20振──しかもレア度が高く刀装を多く装備出来て基礎戦闘力も高い彼らが戦線に加わっていれば、他の刀剣が全滅することはなかったはずだ。仮令特が付いた程度の錬度でしかなかったとしても。

 しかし、審神者も守られていた刀剣男士も全く悪びれなかった。掃いて捨てるほど出るコモン刀剣がレア刀剣を守るのは当然のことだと。それを聞いた政府の職員はこの本丸に監査を行なおうとした。けれど、それは上層部の横槍によって叶わなかった。そして、審神者瑠璃溝隠は何事もなかったかのように本丸を移り、自分の後援者である親族から折れたコモン刀剣の依代を譲渡され、新たな本丸で以前と変わらぬ本丸運営を始めたのである。

 そして、コモン刀剣たちのみが酷使され錬度がほどほどに上がったころ、小狐丸たちが不正譲渡されたのだった。

 無理やり右近との契約を解除させられ、顕現術式を書き換えられ、強制的に顕現させられた小狐丸たちは当然ながら不快だった。契約などするものかと思った。瑠璃溝隠の持つ霊力も気持ちが悪く、顕現しても誰も名乗りを上げなかった。

 だが、瑠璃溝隠は愚かな女だった。刀剣男士との主従契約は刀剣男士が顕現後名乗りをあげ、それに審神者が応えることで成立する。これまでは当然のように顕現直後に刀剣男士が名乗っていた為、瑠璃溝隠はそれを知らなかった。本来ならば養成所で学ぶことではあるのだが、真面目に学んではいなかったため、覚えていなかったのだ。

 結果、小狐丸たち8振は瑠璃溝隠本丸所属の刀剣男士であり霊力供給は受けているが、正式な主従関係はなく審神者の命令の強制力を受けない存在となったのだった。

 小狐丸たちがこの本丸の異様さに気付くには時間はかからなかった。先ず、彼ら8振はレア4の源氏兄弟と入手困難な小狐丸・千子村正の4振とコモン刀剣である岩融・獅子王・蜻蛉切・御手杵に分けられた。小狐丸たち4振は贅沢な部屋を与えられ、他の4振は大部屋に押し込められた。

 8振は目覚めた当初から自分たちが不正譲渡されていることに気付いていた。本当の主である右近がどれほど自分たちのことを大切にしてくれていたかは身を以て知っている。そして刀剣男士に対して出来る限り誠実であろうとしたことも。だから、彼女は眠りに就くときに彼らに選択権を与えたのだ。そんな彼女であれば、仮に自分たちを誰かに譲渡するのであれば必ず事前に説明をするし、譲渡先も厳選に厳選を重ねるはずだ。間違ってもこんな濁った空気を持つ本丸になど譲渡するはずがない。

 だが、実際にはこうして譲渡されている。先ずは自分たちの置かれている状況を確認し、不正に譲渡されているのであればその証拠を掴み告発し、右近の許に戻らなければならない。その為にも当初、彼らは審神者や先住刀剣の言葉や指示に逆らうことをしなかった。面従腹背で自分たちが不正譲渡された証拠を掴もうとしたのだ。尤も、太刀と薙刀、槍という構成では隠蔽も偵察も低く、また不正を行なっているにも拘らず何の咎めも受けていない審神者も用心深いらしく証拠は中々掴めていない。ゆえに現在は作戦を変更し、この本丸が正常ではない運営をしているとして告発しようと考えて動くことにした。

 そうして、彼らが本格的に動くために改めて相談をしたのは本丸に来てから約3ヶ月が経ってからだった。






 不正譲渡されてから本丸の状況を把握し、ようやく動き始めた3か月目。いつものように8振は小狐丸の部屋に集まった。この中では術に長ける小狐丸が防音の結界を張り、相談を始めた。

 現在、8振りはこの本丸が正常運営がなされていないと告発しようと動いている。しかし、そう簡単にはいかなかった。この本丸が刀剣虐待を行なっているのであれば、彼ら8振ならば源氏兄弟と小狐丸の指揮のもと早々に証拠を集めて内部告発の手筈を整えることも可能だった。けれど、この本丸はそうではない。

 問題がないわけではない。否、確かに問題はあるのだ。善良な審神者や真面な環境で過ごす刀剣男士、正常な感覚を持つ政府職員にとってはこの本丸は問題がある。けれど、それが刀剣男士虐待の所謂ブラック本丸認定されるものかと言えば、答えは否だ。

 この本丸の問題は、先にも少しばかり触れているように本丸内の刀剣男士の格差だった。レア度の高い桜5つの三日月宗近と大典太光世、桜4つの一期一振・鶯丸・蛍丸・江雪左文字・鶴丸国永・日本号・髭切・膝丸、桜3つながら入手困難と言われる小狐丸・ソハヤノツルキ・明石国行・千子村正、桜2つながら現在は入手機会のない山姥切長義は優遇される。また、大阪城限定の粟田口短刀、入手困難な貞宗派と両形薙刀も優遇されている。一方で一般の戦場でドロップされたり、通常鍛刀で入手可能な刀剣は軽視され粗雑に扱われるのだ。

 尤もこの相談時から2年数か月後、大阪城限定の粟田口短刀や明石国行、千子村正や貞宗派・巴形薙刀や静形薙刀は通常鍛刀でもドロップでも入手が出来るようになった。すると途端に彼らの扱いは変わり、それまでの広くて豪奢な部屋から大部屋へと移された彼らは自分たちの不遇を嘆いた。だが、彼らが嘆いた『不遇』はずっと彼らが他の刀剣に強いていたものだった。

 不遇とはいえ、虐待されたり破壊されたりするわけではない。だが、優遇されている刀剣男士が生存値が1でも減れば手入れされるのに対して、そうではない刀剣は重傷まで放置される。大切にされている刀剣男士は8畳2間の個室に望む全ての調度品を与えられるのに対し、そうではない刀剣は8畳間に8振が押し込められ、最低限の布団しか与えられない。食事とて、大切にされているものは審神者と同じく和食フルコースといってもいい御膳が準備され、そうでない者は一汁一菜の粗末な食事だけだ。風呂でさえも入浴時間が分けられているし、審神者が有料オプションとして付けた露天風呂は優遇刀剣しか使用できない。料理・洗濯・掃除などの本丸内の家政は全てコモンと言われる刀剣のみの仕事であり、優遇刀剣はただ審神者の周囲に侍り遊ぶだけだった。

 これが右近の刀剣たち8振りにも適用されたのは前述のとおりだ。暫くは大人しくしていた彼らも一通りの状況が読めると、その扱いを拒否した。主に拒否したのは優遇されている4振だった。彼らは審神者に逆らって岩融たちとともに過ごしている。それに元からいる優遇刀剣たちは驚いていたし、小狐丸たちを愚か者だと哂った。だが、長らく小狐丸難民だった瑠璃溝隠は小狐丸に甘く、結局審神者が譲歩し、岩融たち4振に小狐丸たちとの同室を認めた。現在は隣接する小狐丸・源氏兄弟の8畳6間に8振で生活している。岩融たちの扱いは優遇未満粗雑以上という微妙なものになっている。

「主はレア度なんて気にしたことなかったからびっくりしたよねぇ」

 のんびりとした口調で髭切は言うが、そこには今の本丸の審神者に対する蔑みが滲んでいた。

「そうだなー。主の祐筆でレアなのってみか爺と一期だけで、あとはここじゃ扱いの悪い連中だったよな。刀剣のトップ3は全部コモンって言われる刀剣だったし」

 髭切の言葉にかつての、そして本当の主の本丸を思い出し獅子王は頷く。

 右近本丸で刀剣のトップに立つのは初期刀の歌仙兼定であり、続くのは懐刀の薬研藤四郎だった。ナンバー3と認識されていたのは同格扱いで燭台切光忠と鳴狐だ。全てこの本丸では重用されることのない刀剣たちだった。

「戦場ではレア4以上が重用されたこともあったが、それは刀装が3つ持てるからという理由だけだったからな。太刀や大太刀の極が来てからは平等であったし」

 膝丸もかつての出陣を思い出して言う。今の審神者を主とは認めていないが、その審神者の運用にも問題があると思っている。レア度の高い者、入手が困難な者は出陣機会が少ない。寧ろ演練専任と言えるくらいの出陣機会しかない。

「まぁ、刀剣の運用は審神者それぞれと言われればそれまでであるしなぁ。それで告発というのも難しかろうて」

 顎を撫でつつ岩融は深い溜息をつく。

「レアじゃねーやつらも虐待されてるっていうには弱いんだよな? 一応人の身を持った者に対する扱いはされてるし、無理に折られたりしてねぇし」

 扱いが悪いとはいえ、休日もあれば食事も入浴も睡眠も与えられている。重傷になってからとはいえ手入れもされている。そして、その扱いをこの本丸の刀剣たちは受け容れてしまっているのだ。

「ここの一期一振とか江雪左文字とか、有り得ねぇよなぁ」

 右近の本丸にいた彼らとここにいる彼らを比べて御手杵は言う。彼の知る一期と江雪は審神者曰く『超ブラコン』という個体だった。本丸では常に撮影機器を持ち歩き、弟たちの姿を写真に収めていた。弟を可愛がり溺愛し、一方では刀剣としての姿勢には厳しく、愛情深く弟たちを見守っていた。

 だが、ここの一期一振や江雪左文字は違う。一期一振も江雪左文字も弟たちと過ごすことは全くと言っていいほどなく、殆どの時間を同じく優遇されているレア4仲間と過ごしている。弟たちが冷遇され酷使されている現状をなんとも思っておらず、それが当然と受け留めている。

 弟たちも弟たちで兄は自分たちと違う希少な存在なのだから当然、自分たちは十把一絡げの取るに足りない存在だとそれを受け入れてしまっているのだ。

「ここの苺君もお雪君もイヤな感じだよねー。つんつんしてるし。うちの苺君やお雪君はニコニコしてて可愛かったのになー」

 髭切ものんびりとした口調ながらやはり蔑みを滲ませて言う。同じ長男仲間としてそれなりに一期や江雪とは接することも多かった。たった一人の弟の名前すら忘れてしまう髭切とは違って一期はあんなにも大勢の弟を持ちながら一度も間違えたことはない。すごいなぁと髭切は感心していたものだ。弟たちも弟たちで兄を慕い尊敬し、髭切たちから見ても微笑ましい仲の良い兄弟ばかりだった。

 そんな粟田口や左文字しか知らなかった。それが当然の姿なのだと思っていた。だから、この本丸の彼らを見て衝撃を受け愕然としたのだ。右近の本丸の彼らが標準だった髭切たちにはこの本丸の兄弟たちは異常だった。兄たちは弟たちへ命令しかしない。弟たちはただそれに従うだけ。兄に甘えることは疎か呼ばれぬ限り近づくことすら許されていない。歪としか言いようのない関係だった。

 また、伊達組として右近本丸では仲の良かった鶴丸国永と燭台切光忠・大倶利伽羅も同じようなものだった。同派で兄弟とも親族ともいわれていた蛍丸と愛染国俊とて同じだ。歪な関係しかなかった。

「みか兄上に早うお会いしたいものじゃ。あの三日月宗近は品もなければ三日月宗近らしい鷹揚さも持たぬ。歪んだ自尊心しかない」

 自分たちの三日月宗近はとても鷹揚な個体だった。普段はニコニコと穏やかに笑い、審神者や刀剣男士の交流掲示板では『ほけほけ爺』と名乗っていたくらいだ(因みに髭切は『ぼけぼけ爺』と名乗っていた)。それでいていざというときには本丸全体の保護者となる力強く頼もしい刀剣だった。

「うちの本丸も亜種って言われる奴多かったけどさ、ここは異常だろ」

 再び獅子王が口を開く。この8振の中では右近本丸では最も古参になる刀剣男士だった獅子王は他の者よりも本丸の様子をよく見ていた。だから、ここの刀剣男士の異様さがよく判る。

「主殿から伺ったことがございます。刀剣男士の個体差は審神者による影響なのだと。顕現した審神者の思考・思想・性向によって影響を受け、審神者の意を受けた生活の中でそれが定着すると」

 蜻蛉切は言う。長らく戦況分析班(所謂参謀)であった彼は同じ参謀であった源氏兄弟と同じく本丸の戦術策定に関わる立場にいた。運営を補佐していた祐筆課ほどではなくとも運営に関する事象を知る立場にいた。そんな中で主である右近から亜種や個体差というものについて話を聞いたことがある。

「ふむ、だとすれば、ここの刀剣たちの異様さは審神者による影響か。だが、それでこの本丸や審神者を告発することも難しろうて」

 審神者によって刀剣男士が本来の姿から歪められているというのは明らかだろう。けれど、歪められているからこそ、ここの刀剣男士はそれを当然のものとして受け止めている。扱いの良くない刀剣男士であっても自分たちが虐げられているとも不当な扱いを受けているとも思っていないのだ。

「同田貫なんかだと戦場に出る機会が多いし、重傷になりゃ手入してもらえるから満足してるみたいだしなぁ。俺も戦場に出るのは好きだけど、無傷で出るほうがずっといいのに」

 比較的話をする同田貫正国のことを御手杵は思い浮かべる。かつての本丸では戦闘好き仲間として親しくしていた同田貫正国。ここの本丸でも彼はあまり大きな差はない。多少本来の同僚のほうが掃除好きで世話焼きだった気はするが。

「ここが歪だと判っておるのは他の本丸を知る我らだけだな。特に不満も疑問も抱いておらぬ奴らを動かすのは難しかろう」

 眉間に皺を寄せ岩融は言う。ニコイチ扱いされる今剣も同派の良心と言われる石切丸も現状に何の不満も疑問も抱いていない。自分たちは希少刀剣ではないのだからこの扱いは当然なのだと言っていたほどだ。

「いや……そうでもないかも。俺、打刀連中とよく出陣するけどさ、ぼんやりとしてるけど不満持ってるの、いる気がする」

 手詰まりかと思ったそのとき、獅子王はある刀剣たちを思い出した。それは打刀の中でも特に『自身』に対する拘りの強い刀剣たちだった。

「加州清光と大和守安定、堀川国広と和泉守兼定、蜂須賀虎徹、それにへし切長谷部。ここら辺の奴は自分の扱いに漠然と不満を持ってるっぽい気がする」

 獅子王はそう続ける。

「huhuhuそうかも知れマセン。加州清光と大和守安定は愛されたがりデス。和泉守兼定は格好良くて流行の刀だという自負がありマス。兼さん厨の堀川国広は和泉守兼定の扱いに不満があるでショウ。蜂須賀虎徹は真作の刀であることに拘りマスし、へし切長谷部は主の命を受けることこそが大事デス」

 それまで無言だった千子村正が口を開く。右近の本丸では冷静で周囲をよく観察する刀として本丸内監察官を命じられていた刀だった。政府の監察官のような権限はなかったが、不満や悩み、問題化する前のトラブルなどがありそうな刀剣男士を右近の報告する役目を負っていたのだ。監察官というよりは観察官といったほうが正しいかもしれない。その彼から見れば、確かに獅子王が名前を挙げた刀剣たちは右近本丸であれば主に面談したほうがいいと報告したような状態だ。

「あー、確かにそうかも。自分でもハッキリしないけどなんかモヤモヤしてる、って感じあるなー。あいつらに接触してみるか」

 実は同じく監察官だった御手杵も名前の挙がった刀剣を思い出し、同意する。御手杵の緩い態度は彼らに接触しても警戒心は持たせないだろう。

「うちの本丸の話をするのもいいかもねぇ。あの子たち、他の本丸を知らないよね? だから、今の扱いが当然だと思ってるんじゃないかな。そうじゃないってこと教えたら不満も明確になるし、巧くいけば不当に扱われてるって外に助けを求めることも出来るかもしれない」

 うんうんと頷き、髭切が言う。8振の中では最も古い刀として実はリーダー格の髭切である。

「では、その6振と出陣出来るよう調整しておこう」

 レア太刀ゆえに審神者に侍らされることの多い膝丸も頷く。審神者は特に考えることもなく適当に部隊を編成しているから、その目を盗んで部隊編成を変更しても気付かないだろう。

 一先ず方針が定まったところで、8振は頷きあい、岩融、蜻蛉切、御手杵、獅子王は早速行動すべく本丸内へと散ったのだった。






 早速8振は動き始めた。けれど、決して簡単なことではなかった。中々に不満を燻らせていたと思われる6振の沁みついた差別受入は強固だったのだ。

 それでも髭切たちが話すかつての右近本丸の様子や初めて参加する演練で見かけた他所の同位体と審神者の関係を知り、やがて彼らは自分たちの本丸のほうがおかしいのだと気付き始めた。もし自分たちが他の本丸に顕現していれば、十把一絡げのどこでも手に入る無価値な刀剣ではなく、ただ一振の刀として正しく扱ってもらえるのだと知ったのだ。

 元々この本丸は演練参加が少ない。しかもその少ない演練参加はレアと言われる刀剣だけを連れて行っていた。6振に足りない分は周囲に興味を示さない大倶利伽羅や同田貫正国、山姥切国広や山伏国広を同行させていたらしい。

 だが、出陣数が少ないレアたちは錬度も低く、演練戦績は振るわない。自分の運営や編成が異常であることを棚に上げ審神者はそれを不満に思っていた。そこで小狐丸が言葉巧みに錬度の高いターゲット刀剣を演練に参加させるように仕向けたのだ。ほぼカンストに近い彼らは演練での勝利を重ねた。それに気をよくした審神者は小狐丸の言うままに審神者に侍る護衛役のレア刀剣と錬度の高いコモン刀剣部隊で毎日演練に参加するようになった。

 そうして目にする他の──一般的な本丸の姿に不当な扱いを受けていたコモン刀剣たちは自分たちの本丸の異常さを知った。

 仲睦まじい様子の粟田口や左文字。審神者に甘え頭を撫でられては桜を舞わせる沖田組。審神者と軽口を聞き笑い合う和泉守兼定と堀川国広。審神者に信頼され頼られていると判る自信に満ちた蜂須賀虎徹やへし切長谷部。

 更に髭切たちから語られる、一般的な彼らの姿。それらを知って、彼らは自分たちの心に燻っていた欲求は決して我が儘なのではなく、『自分』であれば当然抱くはずのものであることを知った。それを表に出せぬ今の本丸と審神者が異常なのだと知ったのだ。

 それはじわじわと本丸に広がり、自分たちだけの狭い世界しか見ない審神者と優遇刀剣たちの気付かぬままに、本丸は完全に2つに割れたのだった。

「時は来たれり、だね」

 常の彼らしからぬ、けれど源氏総領の刀らしい笑みを見せて髭切が言う。

 準備は整った。小狐丸の夢に三日月が訪れてから1ヶ月が経っていた。






 その日、演練場では2つの騒ぎが起こった。刀剣男士の扱いに格差のあった本丸と、短刀過保護死蔵の本丸が刀剣男士の直訴によって監査部に摘発されたのだ。

 それぞれの中心にいたのは不正譲渡された刀剣男士。そう、右近──現更紗木蓮の刀剣男士たちだった。

「ぬし様!」

 大型犬のように駆けてくる小狐丸に苦笑しつつ更紗木蓮は抱き着いてきた彼を受け止めた。衝撃で倒れないように彼女の後ろには石切丸がいて支えてくれていた。

「おかえり、小狐丸こぎ岩融がんさん、千さん、蜻蛉切とんさん、髭爺、膝丸、獅子君、御手杵ぎね君」

 満面の笑みを浮かべ、更紗木蓮は8振を迎え入れる。

 そして、別本丸にいた6振とともに小狐丸たちは更紗木蓮の本丸へと『戻った』。それから現状の説明を受けた後、恒例になっていた審神者からの名づけを受けたのだった。

 稲留いなどめ(小狐丸)、鬼若おにわか(岩融)、炯悟けいご(千子村正)、平八へいはち(蜻蛉切)、なぎ(髭切)、淡慧たんけい(膝丸)、凛音りおん(獅子王)、武朗たけお(御手杵)という自分だけの名を得た彼らは初期値に戻った錬度を上げるため、勇ましく出陣していく。戦うことは刀剣の本分であり、それが自らが戴きたいと願う主の許での戦いであれば喜び以外の何物でもなかったのだ。

「みか兄上がほわほわと笑って御出でなのが嬉しい……!」

「うんうん、やっぱりうちの苺君やお雪君はいいお兄ちゃんで可愛いよねぇ」

 ニコニコと笑ってそう言う小狐丸や髭切に更紗木蓮たちは彼らがいた本丸の異常さを感じずにはいられなかった。

 なお、瑠璃溝隠は刀剣男士を歪めたとして審神者資格を剥奪後現世へと強制送還され、優遇されていた刀剣たちは全て歪んでいるとして刀解された。不遇な扱いを受けていた刀剣たちは政府施設でのリハビリ期間ののち、それぞれが求められる審神者の許で自分らしく刀剣らしく生きていくこととなった。

 優遇され刀解された刀剣たちに罪がなかったとは言わないが、彼らは紛れもなく瑠璃溝隠の被害者でもあった。彼女に顕現されなければ、あれほどの歪みは生まれなかったであろうから。

 瑠璃溝隠の本丸は更紗木蓮たちが仮宿としている本丸とよく似ていた。もしかしたら瑠璃溝隠の本丸の未来の姿が本殿なのかもしれない。そう思えば、修正可能だった瑠璃溝隠本丸はまだマシであり、刀剣男士が何の罪もない後任審神者を害したこの本丸は最早救いようはない。それを改めて感じた更紗木蓮たちだった。