梅の香りが本丸に漂う、2月。
太鼓鐘貞宗捜索戦場のある戦力拡充計画も終わり(案の定、貞ちゃん来なかったけどね! 貞ちゃん難民継続だよ!!)、ふっと一息ついた頃。あ、因みに今回も研修生は来なかった。なんでも1次研修(研修所での机上研修)で脱落者が出たらしくて、うちの本丸は今回も研修先とはならなかった。まぁ、通常業務以外しなくていいのはラッキー。
で、そんなまだまだ寒い中にもほんのりと春の気配が見え始めた頃、政府から連続して幾つもの通達があった。
1つは包丁藤四郎の極実装。
1つは大坂城地下にて発見された新たな粟田口短刀、毛利藤四郎の存在。
1つは、極短刀の能力値調整。
そして、脇差4振の極実装。
喜ばしい通達は最後の1つだけだった。包丁藤四郎はうちの本丸にはいないから関係ないし、正直、余り呼びたい刀剣男士でもない。毛利藤四郎も同様。
極短刀の能力値調整に至っては信じられなくて何度も通達メールを読み返した。そして、即、歌仙を呼んだ。
「……なんの冗談だい、主? この巫山戯た知らせは一体。御上は何を考えているんだ」
口調は穏やかながらも、その声音には怒りが滲んでいる。それも無理はない。私だって信じられなくて、次に湧いた感情は紛れもなく憤りだったんだから。
「祐筆課と戦況分析課呼んで。皆の考えを知りたい」
人間には判らないことでも刀剣男士になら理解できるかもしれない。或いは軍略に詳しい刀剣ならば何か判るかもしれない。年経りし刀剣ならば何か判るかもしれない。そう思って、歌仙に指示する。
そうして、歌仙に祐筆課と戦況分析課を呼んでもらう。幸いというか今日は土曜日で、演練も終わって私も刀剣たちもオフになってたから、緊急ミーティングしても出陣に影響はないし。
程なく、執務室に祐筆課9振(歌仙・薬研・
「色々政府から通達が来てね。それについては追々関係者に話す。ただ、1つだけ、どうしても私じゃ理解できない──というか理解したくない内容の通達が来た。人間で、一般人で、まだ30年しか生きてない私じゃ理解できなくても、刀剣男士で、武将の刀で、長い歳月を見てきた皆なら何か判るかもしれないと思って、来てもらった」
そう前置きして、プリントアウトしておいた通達メールの該当部分を全員に見せる。
「……大将、俺たちが弱体化するってことか?」
真っ先に口を開いたのはその通達内容の該当者となる薬研。厚もまぁ君も信じられないといった表情で私を見つめる。
「この通達を見る限りじゃ、そうなるらしい。まだ、実施までには時間があるけど……」
これまで極短刀は確かにずば抜けた戦闘力を誇っていた。元々短刀が夜戦無双するのは常だったけれど、昼でも野戦でも大活躍になっていた。これまで最強の名を
確かに他の刀種の刀剣男士たちから『極短刀強すぎ』という声は聞かれた。でもそれは極短刀への不満ではなく、それまで能力値が低かった短刀があれほど強くなるのならば、自分たちの極はどれほど強くなるのだろうという期待でもあったんだ。短刀たちもいずれはまた昼戦や野戦では他の刀種に後れを取るようになることは覚悟しているらしく、『今だけ無双!』と楽しんでいる節もあった。自分たちのメイン戦場は夜戦や室内戦だということも判っていた。
けれど……今回の通達で明らかになった能力調整は、本霊と交わした刀剣男士化の契約に干渉して、戦闘力を削ぐものに他ならない。
「表面的な能力値は変わらず、昼・夜関わらず命中率低下、回避率低下、ですか……」
「意味が判らんぞ」
「本霊がそれを許したってのか?」
長谷部、曽根さん、兼さんが呟く。年長組は無言だ。一期からは怒りが立ち上ってる気がする。短刀の殆どは一期の弟だし、うちの極っ子6振のうち5振は粟田口だし、無理もない。弟たちが強くなり、活躍するのを誰よりも喜んでいたのは兄である一期だったし。
「これで喜ぶのは歴史修正主義者であろうなぁ」
そこに、誰もが恐らくは頭を過ぎったであろうことを言ったのはみか爺だった。
「やっぱり、刀剣でもそう思うんだね」
そう、この通達を見て、怒りが湧いて、それが一旦落ち着いた後考えたのは、何故こんなことをするのかという理由。そして、影響。これは利敵行為に他ならないのではないか、ということ。
「他に何が考えられるというのだ」
膝丸が冷徹さを隠さぬ声で言う。
「僕たちが検非違使に捕らわれていたことも考えると、御上の内部に敵の間者がいるよねぇ」
いつもの調子は崩さずに兄の髭爺も付け加える。
「嘗ての虎徹兄弟や現在の源氏兄弟とは違うと思うんだ。あなたたちは検非違使に囚われてる。でも、検非違使って味方とはいえないけど、完全な敵とも言い難いんだよね。こちらも敵も同じように倒そうとするんだから。彼らは歴史に過干渉を防ぐための存在だし……」
検非違使の目的は『歴史に干渉しすぎることを防ぐこと』だと言われている。だから、一定以上1つの戦場に繰り返し出陣すること(正確には本陣を制圧すること)で出現するようになる。そして、彼らが敵対するのは私たち政府の部隊だけではなく、歴史修正主義者も同様だ。だから、政府は検非違使に対しては一定条件を設けて協定が結べないかと試行錯誤しているらしい。
でも、今回の極短刀弱体化は明らかに『敵』を利する行為だ。その敵は検非違使じゃなく歴史修正主義者だろう。そんな利敵行為が行なわれる時点で、歴史修正主義者側の者が政府内部にいることは間違いないんじゃないだろうか。
「確かに利敵行為だから、敵が御上の中にいるのは間違いないよね」
光忠も難しい顔をしている。こんな阿呆な戦力を削ぐ策を打ち出すなんて、この内戦に勝つ気がないとしか思えないもんね。だから、政府側の戦力を削ぎたい勢力が画策したと考えるのが妥当だろう。
でも、こういった方針を打ち出し実行できるほど、敵の間者は数が多いんだろうか? それともこれを押し通せるだけの権力を持つ立場にいるのだろうか。
「これが、敵の間者であればまだマシなんですけど……」
そう呟いたのは国君だった。
「どういう意味だい、国」
その国君に歌仙が尋ねる。皆も不思議そうに国君を見つめる。いや、相棒の兼さんは何か思い当たることがあるのか、『あっ』と小さな声を上げた。
「僕たち、色んな人間見てきてますからね。中には大局を見ずに目先の利益だけで動く輩もいます。そういった幕府の小役人に歳さんも随分苦労させられましたから……」
国君の言葉に兼さんも頷き、曽根さんも同意している。成る程、新撰組の刀だった彼らには思い当たる節もあるということか。
ここに集う刀たちは大抵が将軍家や大名家にいた刀剣だ。つまり、最高府やそれに準ずる場所にいたから、思い当たらなかったんだろう。そういった小役人の被害を受けるのは下部組織や庶民だから。
新撰組は会津藩預かりだった。つまりは京都守護職の下部組織ともいえる。新撰組としては近藤勇がトップにいたけど、でも彼は幕府や京都守護職の命令を受ける立場にいた。そうなると、色々と制約も多かっただろうし、意に染まぬ指示や命令だってあっただろう。
「大局を見ずに目先の利益だけ……か。確かにあるかもしれねぇな。けど、どんな利益だってんだろうな」
自分たち大名家に所有された刀剣とは違った視点に頷きながら次なる疑問を厚が呈す。
「まぁ、担当する役人が
「戦力を削ぐことが今後のためとは思えませんが……我ら刀剣には考えもつかぬ事をするのが人間ですからな」
「いや、人間でも戦力削ぐのが今後のためになる方法なんて普通は考え付かないから」
厚の疑問に応じたみか爺、それに更に疑問をぶつける一期。一期の言葉に思わず私も応じる。だって、攻撃が当たりにくくなるとか攻撃を避けにくくなるとか、どうやっても今後のためにならないよね? それとも『極』にさせないために極を弱体化するとか? でもそれじゃあ、なんで極実装なんてしたんだよ。
「どのような理由をつけ弱体化を承諾させたのかは判らぬがな。だが、利があると思わねば御上も許しは出さぬであろうて」
確かにみか爺の言うとおりだよね。どんな理由付けがされていたかは判らないけど、上がそれを了承したから、この施策が実行されるんだし。
「お役人特有の回りくどい言い回しで煙に巻いたのだろうね。御上から来る文章は流石に文系の僕でも読み解くのが難解だ」
ああ、確かに。お役所から来る文書はいいたいことがはっきりと判らないものが多いんだよね。担当官経由で来る指示書は指示内容が明確に箇条書きされていて判りやすいんだけど。お役所は都合の悪いことは回りくどい難解な文章で濁し、利点だけを明確に書いて『よく判んないけど、利点あるしいいか』と思わせるようなものが多い。一応国語は得意だった私でも本当に理解できるには凄く時間掛かるから、何度も歌仙や小夜ちゃんといった文章や文学に所縁のある刀剣にヘルプ求めたことあるもんなぁ。
「問題は何者がそれを小役人に依頼したか、だな」
それがほぼ確定したかのように曽根さんが言う。
「そういえば、オレや田貫、伽羅が最初は打刀じゃなくて太刀だったよな。オレたちの場合は弱体化よりも寧ろ夜戦室内戦の弱体化もなくなったから強化とも取れるが……」
政府の都合での戦力変化、という点で嘗ての刀種変更に思い至ったのだろう兼さんが呟く。うちの本丸では最初から打刀だったけど、審神者制度開始当初は彼ら3振は太刀として登録されていたんだっけ。
「えーと……凄く基本的なことを訊いて申し訳ないんだけど、ぶっちゃけ、太刀と打刀の違いが判りません」
一応勉強はしたの! でもよく判らない。長さの範囲はどっちも2尺から3尺だし。太刀は『佩く』、打刀は『差す』っていうから持ち方というか身に付け方が違う、それは反りとか形の違いだっていうのも一応知識としては知ってるけど。
「主……」
刀剣たちの主になって2年近く経ってのこの発言に歌仙が頭を抱える。ごめんよー、こんな主で。でも、審神者になるまで全く無縁だったんだから許してくれよー。
「基本的に馬に乗って戦うことを前提として作られたのが太刀、
苦笑しつつもそう教えてくれたのは曽根さん。
「そうだね。だから戦国時代以前に生まれてる髭爺、膝丸君、みか爺、僕は太刀だし、市街戦が多い江戸時代に生まれた子たちは打刀が多いよね」
ああ、そういえば、幕末組に太刀いないな。刀剣たちの生まれた時代を考えると、確かに光忠の言うとおりだ。今現在実装されている太刀で一番若いのは山伏国広で、天正12年作刀だから安土桃山時代。その前となると一気に時代が飛んで建武の中興の頃の江雪左文字になる。殆どの太刀は鎌倉以前の作だ。平安爺たちも太刀だし。
「そもそも僕たち打刀は短刀の殺傷力を高めるために長くした形だといわれているからね。成り立ちからして違う。……というか、今、この話は重要ではないよね?」
歌仙が更に詳しく解説しようとして、本題から話がずれていることに気付く。流石初期刀、こんなときでも頼りになる! 私、話が脱線しまくるタイプだからなぁ。昔、塾講師してたときも余談で話が逸れるのを防ぐために余談は余談じゃなくて内容まできっちり指導案に組み込んでたな。
「うん、でも、結構これって関係ある気もするんだよね。あのね、刀剣に詳しくない人間って、脇差と打刀と太刀を一括りにして『日本刀』って認識してる人が少なくないと思うんだ。身内に短刀がいるメンバーには面白くないと思うけど、短刀は日本刀認識してなかったりするし……」
何が言いたいかというと、その認識ゆえに短刀を馬鹿にしているヤツが政府にもいるんじゃないかなーということ。自分にとっての『日本刀』ではない短刀が、『日本刀』である打刀や太刀よりも強くなってることに不満を持ってるとか。
「……そんな理由で
うわぁ。いち兄怖い!!
「飽くまでも推測! 可能性の話!! 今は何でこんな阿呆な通達が出たか、その理由を推察してるんでさ、色々な見解を示してるだけ!!」
怖い、怖いよ一期!! ロイヤルなお顔がとんでもないことになってるよ。
「一期、落ち着いて。主怖がってる」
鳴君素敵! どうどうと一期を落ち着けるように背中をポンポンと叩いてる。流石は粟田口の叔父!!
「……申し訳ございません、主殿。我を忘れました」
「うん、まぁ、一期のブラコンは何処でも共通だし、うちの本丸は特に全員短刀に甘いからね。無理もない。でも飽くまでも可能性の1つでしかないからね」
「ああ、でも、判らなくもねぇな。ほら、オレの本体は現世で見世物だろ? そうすっとな、オレが太刀じゃねぇってんで侮るヤツいるんだ。お笑い種だぜ。浅い思い込みの似非知識で刀剣愛好家名乗ってやがるヤツがいてよぉ」
「いるな、そういう輩も。俺とて打刀と知ってがっかりする者がいた。国宝なのに所詮は打刀なのかと」
この戦いが始まるまではそれぞれの場所で常設展示されていた兼さんと長谷部が言う。刀剣愛好家の中には打刀は太刀より劣っていると見下す輩がいるらしい。
「打刀を侮るとは、阿呆ではないか? 夜戦や室内戦では使えぬ俺たちと違っておーるまいてぃではないか」
いや、その特性は『刀剣男士』に限ってのことだからね。しかし、みか爺も横文字に随分馴染んだなぁ。ひらがな発音だけど。
それはともかくとして、短刀が現時点で最強になったことに対して不満を持った似非刀剣愛好家が横槍入れてきた可能性もなくはないか。若しくは太刀や打刀の現所有者とか。
「でも、こうして通達で弱体化の詳細が送られてきてるのが不思議だよね? 能力値を調整するとだけ、知らせておけばこんなふうに主や僕たちが不満を持つこともないだろうに。多分、今頃何処の本丸でも同じような話をしているだろうしねぇ」
のんびりした口調(通常運転)で鋭いことを言ったのは、流石現所属刀剣最年長の源氏の重宝髭切。
「確かにそうですね……。確か、兼さんたちの刀種変更は事前通達はなく、変更と同時に通達だったと記憶しています。本霊の記憶ですが」
首を傾げながらまぁ君が言う。そっか、顕現するまでは本霊と記憶を共有するのか。
「……今、短刀を顕現すれば、真意が判る?」
「貞ちゃん呼んでこよう!!」
「落ち着け、光忠。物欲せんさーが反応して出てこぬぞ。かれこれ1年近く出て来ぬのだ。このたいみんぐで出てくるとは思えぬ」
まぁ君の言葉からふと思いついたことを言えば、ガタっと光忠が立ち上がる。それをみか爺が宥める。発言内容にダメージなんて受けてないんだから!!
「流石に本霊もそこまでは知らないんじゃないかな。だから、光忠落ち着きたまえ。主も不用意なことを言わない」
歌仙が苦笑しつつ言う。ま、そうだよね。流石に細かな政府の思惑までは本霊も知らないよね。政府の役人が正直に理由を告げているとは思えないし。
「ですが、主、髭爺のいうことも一理あります。極短刀弱体化を進めたい役人が態々詳細を知らせるはずはありません。であれば、恐らく、詳細を知らせたのは通達する下級役人たちの意地の足掻きだったのでは?」
それまでじっと考えていた長谷部が己の考えを言う。
「いつの時代も御上が一枚岩であったことはありません。ならば、この通達は極弱体化に納得していない、反対派が敢えて詳細を審神者に知らせてくれたと考えるのが妥当かと。さすれば、現場の審神者は納得せず、政府に抗議するでしょう。その声が大きければ、政府としても方針変更や撤回をせざるを得なくなるのではありませんか」
成る程! 確かにそれはあるかもしれない。丙之五さんたち現場に近い役人さんたちは、本当に私たち審神者や刀剣男士のことを考えてくれてる。より安全に戦えるように、より快適に暮らせるようにと色々な配慮をしてくれている。だとすれば、そんな役人が自分たちでは如何にも出来なくなってしまったことをそれでも何とかしようと、態と詳細を知らせてくれたと考えることも可能だ。
だとすれば、
早速抗議メールを情報部の刀剣男士課に送るべく、パソコンに向かう。と……そこに通信が入る。相手は丙之五さんだ。
丙之五さんにはこの通達が来て、皆を集めている間に問い合わせメールを送っておいた。多分先輩たちからも問い合わせ通信が入ってるだろうし、その対応で忙しいだろうから、時間が空いたら通信して、って書いておいたんだよね。
「丙之五さん、ナイスタイミング!」
『お怒り状態でしょうに、お心遣いの篭ったメールありがとうございます。ご想像どおり、左近様と喜撰様と猿丸様にガンガン責められてました。まぁ、責めてるのは私に対してではなくて、情報局に対してでしたけどね』
ちょっとばかり憔悴した表情で画面に現れた丙之五さん。私の背後に歌仙のみならず16振の刀剣が犇いてるのを見て驚いてるけど。
『まず、政府というか歴保省審神者部の状況からお伝えしますと、大混乱です。極短刀弱体化について、審神者部は一切知らされていませんでした。今日の審神者様への通達と同時に審神者部へも通達がありましたので』
はぁ!? こういう情報ってまず、審神者に知らせる前に歴史保全省内部で共有されて、それから審神者部実働補助課から審神者に通達されるものでしょ。なのに、その審神者部飛び越えて情報部から直接審神者に通達って何さ。
「態と審神者部には知らせてなかったってことですね」
丙之五さんの言葉に応じる。審神者部って、歴保省の中でも特に審神者寄りの部署だ。基本的にどの部署でも組織の歯車の1つである以上、最優先事項はその組織の都合になる。でも、審神者部は違う。審神者部には実働課(これは全審神者が所属する、審神者のための課で当然歴保省にオフィスがあるわけではない)・実働補助課(通称担当官課)・教育課の3つの課がある。教育課はそこまで『審神者のために!』って感じではないけど、担当官課は本当に審神者のためにある部署という感じ。政府の都合よりも審神者の利益を優先して動いてくれている役人の集まりだ。
担当官として働いている役人たちは真の意味でのエリート集団だという。担当官課だからこそ平役人だけど、他の部署や省庁に行けば確実に役職者になれるだけの人材が揃っているらしい。つまり、担当官たちの個々の能力は役人の中でも特に高く、それが集団となれば推して知るべし。だから、情報部はこの通達を担当官課に事前に知らせることはしなかったということだ。
『情報部にいる同期から連絡来ましてね。情報部内でも刀剣男士課の一部しか、今日の通達内容を知らなかったようです。通達メールにも本来は詳細は記されない予定だったのを、不穏な気配を察知した事務官が詳細を調べて通達したらしいです。事務官グッジョブ』
「マジ、グッジョブ。っていうか、一部しか知らないってマジですか。それ、相当ヤバくないですか?」
『ヤバイですね。なので、既に監査が動いてます。事務官がメール作成依頼されて直ぐに監査に調査依頼かけてます。事務官侮った刀剣男士課職員アホですね』
あれか、国家公務員一種二種みたいな差別というか選民意識みたいなの、まだこの時代の役所にもあるのか。んで、下に見てた事務官に足を掬われたってか。
『幸いというかなんというか、弱体化実施までに1週間あります。
疲れきった顔をしながらも目には力強い光を宿して丙之五さんは言う。
「丙之五さんの言葉です。信じて待ってます。でも何もしないのもあれなんで、抗議メールは1時間に1回程度、刀剣男士課に送っときます。あ、弱体化反対署名運動とかしようかな」
『それは既に白菊宮様が動いてらっしゃいます。多分、
流石第一号審神者、白菊様動くの早い。白菊様が動いてるってことは、黎明期審神者である神薦・寺社薦審神者様も動いてるな。ってことは、戦績ランキング上位100位は動くな。戦績ランキング上位100位──つまり、戦線を維持してるメンバーだ。これは政府も無視できないはず。
極短刀って、極がいる本丸だとほぼメイン戦力になってるからなぁ。延享は極いないとホントに辛いし。当然、極がいる本丸は今回の通達に不満だろうし、協力するはず。
「んじゃ、うちの本丸も署名の準備しますか」
『ご面倒をおかけしますが、よろしくお願いします』
画面の向こうで丙之五さんが深々と頭を下げる。まぁ、内部の敵に気付かなかったお役所に問題はあるだろうけど、判った時点で最善の策を取ろうとしてくれてるんだから、そこまで責める気もない。
「うちの刀剣たちにも関わってくることですからね。やれることはやります。当然のことです。なので、丙之五さんたちは弱体化阻止と真相究明、再発防止に全力を注いでください。
『確と肝に銘じます』
そうして、丙之五さんとの通信を終える。
「思ったよりも大事のようだね」
丙之五さんとの会話を口を挟まずに聞いていた歌仙が呟く。
「だが、
「そうだね。丙之五殿たちが動いてくれるなら、大丈夫だと思うよ」
長谷部、光忠も同意しつつ、表情が少し明るくなっている。うん、刀剣男士にも丙之五さん信頼されてるからなぁ。あそこまで丙之五さんが力強く宣言したんだから、信頼して結果を待つしかないよね。っていうか、丙之五さん、刀剣男士がいる前で言ったってことは相当な覚悟を以って事に当たるつもりなんだろう。何しろ刀剣男士は一応神様だからね。神様の前で宣誓したに等しいもの。
「あ、万年青さんから署名運動に関する連絡来てる。……ねぇ、この形式って血判状じゃね?」
添付されている画像は、年末近くになると毎年放送される時代劇でよく見る血判状。そう、赤穂浪士の血判状に良く似てる。っていうか、血判状!?
「『ウチの刀剣のものだが、この形式を提案された』って……」
赤穂浪士に関係する刀剣っていなかったよね? だったらきっと驚きと意外性を求める鶴丸国永の提案かな!?
「……まぁ、僕たちの本気を示すにはいいんじゃないかな? ほら、万年青殿は血判じゃないし。ああ、うちは以前、まにゅあるを作るときにそれぞれ紋の判子を作ったからそれにしようか」
流石の歌仙も自分たちの血判状には退いたみたいで、苦笑混じりに提案してくる。
「そうだね、それにしよう!」
神様の血判状とか怖いよ! とりあえずうちの子は血判じゃなくて判子にしよう!! マニュアル作成後に来た鶴爺と江雪も判子は作ってるしね!
「では早速、事情を説明してまいります」
直ぐに動き始めたのは一番影響の大きい粟田口。刀種ごとに集まるのが早いだろうと、館内放送使ってそれぞれの刀種部屋に集まるように指示を出してる。因みに集まった中にいない槍と薙刀は大太刀と一緒に説明を聞き、大太刀は太郎さんが口下手だからと薬研が説明することになったらしい。なお、短刀はまぁ君、脇差は国君、打刀は曽根さん、太刀は光忠が説明するっぽい。歌仙は私のサポートってことで残るらしい。
よし、署名用の高級和紙、さにわ通販で買わなきゃ! って既に品薄状態!? 審神者ネットワークすげぇな。
それからの弱体化阻止派の動きは早かった。まぁ、監査が入ってる時点でお察しだよね。その結果、この施策を立案した役人が失踪していることが判明。どうやら歴史修正主義者だったっぽい。但し、スパイではなく、元々ちゃんと国家試験通って官僚になってた人が徐々に歴史修正主義思想に転向していったパターンだったらしい。歴史修正主義者側を勝利させるのではなく、政府内部から歴史修正主義者へと転向させていこうとしてたらしいけど、無理でしょ。
ただ、技術者としては有能だったらしくて、その役人に辿り着いたときには既に弱体化のためのプログラムがスタンバイ状態になっており、通達から1週間後にはそれが自動的に発動するようになっていたそうだ。しかも、プロテクトが強固でそれを解除するのが難しく、歴保省だけじゃなく、全省庁から優秀な技術者を集めての総力戦だったとのこと。なんとか発動5分前に解除できて、生きた心地がしなかったとは丙之五さんの弁。
そのお蔭で、弱体化発動予定だった日を過ぎても、薬研はじめ極っ子たちは相変わらず無双状態で出陣している。良かった良かった。
因みに今回の件で明らかになったこと。それは実は本御霊は極化に消極的だったってこと。何しろ、本御霊は無印の状態なわけで、そこに極化した分霊は『本当に自分の分霊なのか?』と思うほどに変わっている。特に顕著なのが不動行光。まぁ、然程大きく変わってない刀剣もいるけどね。というか、基本的にそこまで変わってないよね、うちにいる刀剣見ると。不動行光はうちにいないから判らないけど。元々ウェッティな湿度高い不動行光は来なくていいやーとか思ってたけど、極の不動行光なら来てもいいかなとは思う程度には変わってるけど(さにちゃん情報からの考え)。
まぁ、そんな本御霊側の事情もあって、本御霊は能力値変更にはそれほど興味を持ってなかったらしい。能力値変更は戦争を優位に進めるためだって説明されて、それならいいんじゃね? 程度の認識だったとか。実際に詳細は知らされてなくて、実質利敵行為の弱体化と知って相当なお怒りだったらしいけど。お怒りを鎮めていただくために護歴神社の神官たちは相当大変だったと聞くけど。
ともあれ、お役人さんたちの頑張りで、弱体化は阻止できた。なら、私たちは本来の務めをきちんと果たすだけだよね。
なお、弱体化と同時に通達のあった包丁藤四郎の極化、毛利藤四郎の実装については粟田口に説明をした……んだけど、一期一振がすごーくあっさりと『ああ、毛利藤四郎ですか。そうですな、主殿の所有限界が最大値になって、その上で余裕があればお呼びいただければよいかと』と言ったんだよね。ブラコンな一期一振にしては意外な言葉に歌仙と共に驚いてたら、一期一振が説明してくれた。ヒントは刀帳番号。
刀帳番号は未実装の刀剣にも割り振られている。ここで刀剣から明かされた刀剣男士化の事情がある。以前予想していたように、この審神者制度が始まる前に政府は熱田大神(草薙神剣を御神体とする天照大神)が把握している刀剣の付喪神にこの戦いへの協力を要請したらしい。その中には現在実装されていない粟田口も数振りいるそうだ。
そして、付喪神が参戦を了承した場合は刀帳番号が割り振られた。実装時期に差があるのは、付喪神は了承しても本体の持ち主である現所有者が難色を示していたり、刀剣男士としての能力値設定や分霊供給システム構築が難しかったりと、そういった事情があったらしい。
審神者制度が始まるまでに付与された刀帳番号は138の御手杵まで。つまり、そこまでが最初の政府の打診に付喪神(本御霊)自身がOKを出していたということ。だから、刀帳番号142の毛利藤四郎、最近仮実装された144の篭手切江は最初は断っておきながら、刀剣男士となった付喪神が神として祀られるのを見て参戦したということになるらしい。あー、道理で刀剣たちの反発が強いはずだ。篭手切江(最初、篭手・
まぁ、私としてもそういう事情を聞いちゃうと140番以降の刀剣には好意的になれないわけでして……よっぽど戦力不足とかでない限り呼ぶつもりは皆無になりました。
あ、因みに光忠の親族である小竜景光の仮実装もあったけど、光忠は『兄弟じゃないしねぇ……然程親しくもないし、別に呼ばなくていいよ?』と言ってた。『それより貞ちゃん早く!!』って副音声が聞こえたのは気のせいだと思いたい。
通達の最後、脇差の極化には、脇差たちが喜んでた。でも、ずっと待ってる短刀たちを気遣って、『いずれなれればいいよ』と言ってくれた。本当に心寛いなぁ。
が、実は知らなかったんだけど、脇差の極化が発表されたことで、全刀剣の極化が加速するんじゃないかと刀剣たちは予想したらしい。それで、私に隠れて皆で話し合いをしたそうだ。その結果、極化実装時期に関わらず、全刀種まとめて顕現順に修行に行くことにしたらしい。つまり、次に誰が極化実装されようが、修行道具が揃おうが、歌仙が修行に出るまでは誰も行かないということだ。それを私が知るのは、歌仙が修行を申し出るときとなる。