Episode:35 『刀剣男士』

 その知らせが来たのは、太鼓鐘貞宗の極実装と同時だった。

 うん、これで包丁藤四郎以外の短刀は極が実装されたわけだけど、前回実装された不動行光も今回の太鼓鐘貞宗もうちにはいない。次に実装されるだろう包丁藤四郎もいないけどね!

 で、貞ちゃん極化の知らせと同時に来たのは新規刀剣男士仮実装と限定鍛刀の知らせだったんだけど……。

「巴形薙刀……?」

 薙刀キター! 岩融一振しかいなかった薙刀に追加刀剣男士キター! と思ったのは一瞬。

 巴形って、巴御前の薙刀なんだろうか?

 知らせが来たときに丁度一緒にいた祐筆の歌仙と近侍の宗三と共に首を傾げる。今まで聞いたことのない刀剣だ。まぁ、元々『刀剣』に興味のなかった私だから、審神者になる以前は精々『虎徹』と『兼定』と『村正』くらいしか知らなかったし、個別の刀剣名なんて全く知らなかったけど!

「聞いたことのない刀剣だね」

「僕も聞いたことがありません。岩融を呼びましょうか?」

 長く刀剣として存在している歌仙も宗三も知らないって、無名の刀剣ってこと? よくそれで付喪神化できたなぁ。個別に持ってる端末を操作し、宗三が岩融を呼ぶ。岩融は今日は出陣も遠征もなしだから、鍛錬してるか今剣いまちゃんと遊んでるかのどっちかだろう。

「どうしたのだ、主。俺に用事とは」

 そうして執務室にやって来た岩融。その肩には当然のように今ちゃんが座っていて。更に石切丸いしさん、獅子君、髭爺、膝丸も同行していた。うわー、源氏関係刀剣勢ぞろい。因みに懸念していた源氏の頼朝・義経兄弟関係の確執は全くなかった。義経は頼朝に追われたことを怨んではいなかったというのが今ちゃんの言。だから、髭切のことも別に憎んでも疎んでもいないらしい。『義経公のお兄ちゃんの刀剣』としか思ってないんだそうだ。序でに膝丸にしてみると、義経は数多くいた主の1人に過ぎないんで、そこまで執着はしていないとのこと。

「あー、うん。薙刀の岩融がんさんに聞きたいことあってさ。序でに爺どもも揃ってるから丁度いいか」

 本丸で積極的に爺呼びされるのは三日月と髭切と鶴丸の3振(恐らく4月からは鶯丸も入る)だけど、源氏組も平安爺だからねー。見た目高校生の獅子君も幼い喋りで最年少認定年齢の今ちゃんも刀剣の中じゃ立派な爺。うちの本丸には小烏丸がいないから、最年長は髭膝兄弟になるのかな。

「ひでぇな、主。俺、爺じゃねーぞ」

 見た目は全く爺に見えず、余所の本丸では爺介護要員とも言われている獅子君が笑いながら言う。さにちゃんでは『老々介護』とも言われてるけどね。

「刀剣男士の中じゃ、作刀年代でいえば平安爺でしょ、獅子君も。今回は長く存在し生きてる刀剣に聞きたかったから丁度いいや」

 6振を執務室に招き、彼らは座布団に座る。執務室は基本的に洋室なんだけど、その一部(10帖ほど)に畳を敷いている。毎日のミーティングなんかはその畳スペースでやったりしてる。やっぱり刀剣たちは椅子に座るよりも畳に座るほうがいいみたいで、執務室はこうして和洋折衷になった。

「政府から新たな刀剣男士の知らせがあったんだ。で、それが薙刀なんだけどね」

「ほほう! ついに俺以外の薙刀が来るか! 誰なのだ?」

 話を切り出せば、岩さんは嬉しそうだ。やっぱり刀種で1振だけっていうのは寂しかったんだろうなぁ……。

「えーと、『巴形薙刀』だって。知ってる? 歌仙も宗三も知らないって言うから、同じ薙刀の岩さんなら知ってるかなって。だから来てもらったの」

 そう告げると岩さんは眉間に皺を寄せ、複雑そうな表情をする。今ちゃんも獅子君も石さんも髭爺も膝丸も似たような表情になってる。

「主よ。巴形は銘や号ではない。薙刀の形の分類の1つだ。薙刀は巴形と静形に分類されるのだ。つまり、その『巴形薙刀』とやらは個別の刀剣ではなく、集合体になるのではないか?」

 その岩さんの言葉を聞いて、違和感を覚える。

「主、それ、本丸に呼ぶのかい?」

 普段はみか爺以上にほけほけと笑っている髭爺がいつもとは違う、何処か固い声音で問いかけてくる。

「うーん、取り敢えず、直ぐに呼ぶ気はないかな」

 今年度の所有限界数は52振。この枠には太鼓鐘貞宗・物吉貞宗・日本号が入ることが決まってる。彼らは来たら即顕現し戦力に加えるから、来ても来なくてもこの枠に他の刀剣が入ることはない。来年度には多分所有限界数は54振になるんだろうけど、そこは千子村正と鶯丸だ。鶯丸は1ヶ月半ほど前に鍛刀して、今は皇室で縁が深かったという平野ひぃ君に依代を預かってもらっている。

 所有限界数による計画もあってそう答えると、髭爺だけではなく、石さんもほっとしたような表情になった。

「あるじさま、その巴形とやらは、とうぶんまねかぬほうがよいとおもいます。とうけんだんしのありかたとしていしつです」

 いつもの愛らしさは鳴りを潜め、平安刀剣らしい老成した表情で今ちゃんも言う。それで先ほどの違和感の正体に気付く。

「そっか。なんかさっき違和感あったんだよね。刀剣の形の集合体って聞いて」

 集合体としての刀剣男士ならば他にもいる。同田貫正国と千子村正だ。同田貫正国は天覧兜割りの『同田貫正国』を核とした、肥後の刀工集団が作った実戦刀『同田貫』の集合体だ。実戦刀として愛され、核となる逸話を持つ個体があったために付喪神となった存在。村正は『妖刀村正』の伝承が核となって、その初代である千子村正の刀剣の集合体が付喪神となっている。どちらも確実に『人の想い』によって付喪神化している集合体付喪神の刀剣男士だ。

 けれど、『巴形』という薙刀の形に人の想いなんて集まるんだろうか? 岩融は弁慶の薙刀だから、弁慶自身の思い、弁慶に対する後世の人々の想いが彼を付喪神にした。弁慶が非実在人物の可能性が高いとか岩融も非実在刀剣の可能性が高いとか、そんなことは関係ない。『義経に仕えた武蔵坊弁慶の薙刀』という存在に人々は様々な想いを抱き、それが積もって『岩融』という付喪神が生まれていることは事実なんだから。

「……巴形に人の想いが集まって付喪神化することなんて、ある……?」

 本当にこの『巴形薙刀』は『刀剣の付喪神』なんだろうか?

「私もそこが疑問なんだよ、主。だから、今剣の意見に私も賛成だ」

 同じ付喪神である石さんもこの新たな刀剣男士を警戒しているらしい。御神刀であり、古くから存在する三条派でもある石さんの警戒にはなんともいえない説得力がある。おまけに髭爺も膝丸も獅子君も頷いているし。

 確かに『巴形薙刀』は政府の認めた刀剣男士ではある。こうして政府(正確には歴史保全省だけど)から正式な通達が来ているんだから、それは間違いない。けれど、やはり言いようのない違和感が拭えない。なんというか、政府によって造り出された歪な紛い物の『付喪神』という気がしてならないのだ。

「主、少なくともその違和感が消えるまではその巴形薙刀とやらの顕現はしないほうがいい。出来れば依代入手も止めておいたほうがいい。本当の姿がどうあれ、主が違和感を抱いていてはそれが顕現する刀剣男士にも影響するからね」

 歌仙が真剣な眼差しで見つめてくる。そうだ。刀剣男士は審神者の想いを受けて顕現する。審神者がこんな不審を抱いている時点で、刀剣男士の本来の姿を歪めてしまう。それはこの戦争に力を貸してくれる付喪神にとても失礼で無礼なことだ。

「そうだね。実際に巴形が顕現するようになれば、どんな刀剣男士か判るし、何故核を持たない集合体が付喪神に成れたのかも、どんな思いで刀剣男士となることを了承したのかも判るだろうし。その上でどうするか、決めるよ」

 少なくとも、今の私に『真面まともな巴形薙刀』は顕現できないし、する資格もない。

「狭量で呆れた?」

「いや、それは僕たちも同じだよ。聞いたことのない付喪神の形だからね。不審を抱くのは無理もないし、最前線で戦をしている以上、不安要素を取り除くのは当然だね」

 今日の髭爺はいつもよりもしゃきしゃきと喋る。それだけ、この事態は刀剣男士にも異質に感じることなんだろうな。特にこの源氏兄弟は妖斬りの性質を持っているわけだし。

「けれど、主。もしかしたら、今後こんな刀剣男士も増えるかもしれませんよ」

 それまで無言で話を聞いていた宗三が気だるげに言う。うん、この気だるげな様子はいつもの宗三だ。

「どういうことですか、宗兄。こんごもえたいのしれぬとうけんだんしがふえるというのですか?」

 首を傾げて今ちゃんが宗三を見やる。

 今後も集合体の刀剣男士が増える可能性、か。

 そういえば、巴形の刀帳番号は140。これまでは138の御手杵が最後だったけれど、そこに続きの新たな番号が付与された。ということはこれからもそれが続く可能性がある。巴形実装以前の刀剣男士は恐らく67振。現在実装されているのは62振。5振がまだ不明の刀剣男士だけど、恐らくは天下五剣の童子切安綱と鬼丸国綱、それから長船2振と無刀派1振。その刀剣男士たちはこの審神者制度が始まったときから刀帳番号が決まっているから、既に政府と本御霊が契約済み若しくは契約交渉中のはず。

 今現在の刀剣男士には有名な『正宗』の刀剣はいない。他にも有名刀工の刀剣で参戦していないものも少なくない。その刀剣たちが今後142番以降に加わる可能性もある。とはいえ、そういう有名どころ、つまり付喪神になっていそうな刀剣の本御霊に政府が声をかけていないはずもないわけで、多分、刀帳番号をつける以前に断られてるんじゃないかなぁとも思う。

 ならば、今後増えていく番号の刀剣男士は巴形薙刀のように集合体に名前をつけ護歴神社に祀ることで付喪神化させた『政府作成の付喪神』である可能性もある……そういうことが有り得るかもしれない。それを宗三は言ったのだろう。

「ええ、僕もそう考えました。全く、そんなことをするくらいなら、僕の他の兄弟を呼べば良いのです。粟田口だってまだ刀剣男士になっていない刀剣はたくさんいますよ。来派だって、長船だって、兼定も。それに新撰組刀剣だってもっといるはずですし、維新の刀にしてもそうでしょう? 織田や豊臣にはたくさんの刀剣がいましたよ」

 けれど、その刀剣たちが刀剣男士になる可能性は今のところ低い。政府が契約を断られたのか、或いは政府が契約交渉をそもそもしていないのか。

「まぁ、これ以上粟田口が増えてもねぇ。苺君、兄弟多くて大変そうだしねぇ。よく名前間違えないよね」

「そうだな。兄者は俺1人でも覚えきれぬのにな。それから苺ではなく一期だ」

 おや、珍しく膝丸が髭爺に嫌味言ってる。

 まぁ、確かにこれ以上粟田口増えても、刀剣の派閥バランス悪いよね。刀帳番号的にはこれ以上(鬼丸国綱以外)の粟田口は来ない気がするけど。

「あるじさま、巴形薙刀よりもいまは太鼓鐘貞宗ですよ! そろそろ光忠がのいろーぜになりそうです」

 ううっ。確かに延享進軍始めてから既に10ヶ月近く経ってるけど、未だに貞ちゃん来ないもんなぁ。明日からの戦力拡充計画では貞ちゃん捜索マップがあるらしいから、白金台よりは周回楽だろうし、そこで貞ちゃん狙うつもりでいる。これまでも戦力拡充計画で明石国行と長曽祢虎徹見つけたから、今回も貞ちゃん見つけたいなぁ……。物吉貞宗と日本号のときは見つけられなかったけど。

「貞宗派に嫌われてるのかな……」

「刀剣との相性というのはあるからなー。主は粟田口や長船、源氏刀とは相性良さそうだけど。物吉貞宗も亀甲貞宗も全く来る気配ないし、もしかしたら貞宗とは相性最悪なのかもしれねーな」

 獅子君、そんなにあっけらかんと言わないで! 気を遣いまくる光忠だから、決して表には出さないけど、かなり焦れてるのは判ってる! 落ち込んでるのもね!! あの伽羅や鶴爺だって落ち込んでるのも判ってるんだよ!!

「石さん、私の穢れ物欲を払ってくれ!」

「無理だね」

 即答ですか!!

「光忠は1年5ヶ月24日までは文句を言わずに待つと言っていましたからね。あと7ヶ月ほどは猶予がありますよ」

 クスクスと妖艶な笑みを浮かべて宗三が言う。あれか、小夜ちゃんが江雪左文字を待ってた期間までは待つよってことか! うん、散々江雪左文字じゃなくて燭台切光忠が来たもんね! だからか!

「博多や長谷部が日本号もまってますねー」

 今ちゃん、追い討ちかけないで……。

「本当に主の物欲せんさーって有能だよねぇ。求めてなかった村正は結局複数来たし。鶯丸だって来てるしねぇ」

「兄者と俺が長曽祢虎徹よりも先に来ている時点でそのセンサーとやらの有能さも判るというものだな」

 だよねー。源氏兄弟の言葉にぐうの音も出ない。散々待たせた立場である岩融はだんまりだ。何しろ今ちゃんに飛び膝蹴りされて石さんにアイアンクロー食らってるからね、待たせすぎだって。

「4月になればその鶯丸も顕現するのでしょう? そうするとまた五月蝿くなりそうですね。オーカネヒラって鳴くそうですし」

 それはさにちゃんによる誇張だよね。そこまで五月蝿くはないよね? でも鶯丸の鳴き声と称されるほどに口にしていたからこそ、さにちゃんにそう書かれていたわけだし……。

「大包平の依代ゲットするまで鶯丸の顕現見送ろうか。でもひぃ君が楽しみにしてるしなぁ」

 御物組はこの戦争が始まるまでは宮内庁内の同じ場所で保管されていたからか、割と仲がいいらしく、鶯丸の依代ゲットしたときはひぃ君だけではなく、一期も鶴爺も喜んでた。やっぱりひぃ君に寂しい顔させたくないから、4月に顕現するか。

「ま、先に鶯丸顕現しとけば、大包平来たときに世話係任せられるか」

 既に大包平のいる審神者の話を聞くに、正直気が合いそうにないんだよね、大包平って。だから、普段のお世話は兄弟に近いといわれる鶯丸に任せたいところだ。

「ああ、主、ああいう『俺が! 俺が!』たいぷ苦手そうだもんなー。自信たっぷりの自尊心高いヤツって苦手だろ」

 流石に2年近い付き合い、よく判ってるね、獅子君!

「見た目的には嫌いじゃない。俺様タイプも嫌いじゃないよ。だけど、話に聞く大包平って自信家の癖に卑屈で、その卑屈の原因を自分じゃなくて他に責任転嫁してるっぽいからさぁ……。そういうタイプは苦手」

 ぶっちゃけ自信家で卑屈なのは他にもいる。宗三とか切国もそのタイプだし。尤も彼らは『自信家で卑屈』というよりも『卑屈なくせに所々自信家』だから、まだマシなんだよね。卑屈部分が『どうせ自分なんて……』って自分に向かってるし。でも大包平は聞いた話の範囲内での印象だと卑屈部分は『何故こんなに素晴らしい自分の評価が低いんだ。周りが可笑しい!!』って感じっぽい。そういうのは苦手だ。

「ならば、先に鶯丸を顕現して、鶯丸から大包平の話を聞いたほうがいいね。それでまいなす印象を払拭してから顕現しないと、厄介なことになりそうだ」

 苦笑しながら歌仙が言う。流石初期刀、適切なアドバイスをありがとう!

「主ー。実は前田まぁが大典太光世に来てほしいって思ってるって知ってた?」

 獅子君、やっぱりか! 確か、前田家で一緒だったんだよね、まぁ君と大典太光世。

「余所の話を聞いてそうじゃないかとは思ってた。まぁ君ってそういうおねだりとかしないからねぇ。我侭になっちゃうとか思って遠慮してそうだし……」

 次に大典太光世入手可能イベント来たら積極的に参加するかなぁ。自分からおねだりは出来なそうだしね、まぁ君。

 貞ちゃん、日本号、大包平に大典太光世。それから包丁藤四郎。5振の難民かー。ああ、大典太光世来たら兄弟のソハヤノツルキも呼んだほうがいいだろうし、そうするとやっぱり青江の親族である数珠丸恒次も呼びたいよね。青江だって口には出さないけど会いたいだろうし。

 当分、難民からは抜け出せそうにない。うん、だったら、取り敢えず縁者もいない巴形はスルーでいいよね。