革命前夜

革命と禅譲

 王后付きの侍従に案内されてサフィーナたち四名が宰相執務室を訪れた。彼女らは案内された場所にもそこに集う五人にも驚いた様子はなかった。恐らく予想していたのだろう。

 四人は王族に対する正式な礼を取り、王后アフクームの言葉を待つ。その所作は皆見事なほどに美しく、貴族の手本となる優雅さだった。学院を卒業したばかりではあるが、在学中から既に次世代の担い手として公務の補佐をしており、外交によって鍛えられているのだ。

「非公式の場です。堅苦しい挨拶は抜きにしましょう。顔を上げて、そして、座りなさいな」

「お言葉忝う存じます、王后陛下」

 サフィーナが礼を解きアフクームに応じると、残る三人もそれに追従した。それはまるでサフィーナという女王に仕える三人の忠臣のように見えた。既にこの若者たちも決意を固めているのだとアフクームもジャバルらも感じ取った。

「今夜は大変だったわね。マカーン第一王子・・・・の無礼と愚行、心から申し訳なく思うわ」

 四人が着座し落ち着いたのを見、アフクームが切り出す。

「いいえ、王后陛下には何の責もございませんわ。マカーン殿下の愚行の責を負うべきは国王陛下と側室でしょう」

 高位貴族、いや、次期王后らしい微笑みを浮かべてサフィーナは応じる。そして、アフクーム、宰相ジャバル、軍務卿カーレサ、外務卿ハガル、神官長ハイカルを順に見つめ、再び口を開いた。

「ただ、わたくし、思いましたの。もういいのではないかしらと。もう、マカーン殿下を見捨てても良いのではないかしら、アクバラー王家を見限っていいのではないかしらと」

 年齢にそぐわぬ底知れぬものを秘めた笑みをサフィーナは浮かべて言う。

「そして、王后陛下も同じお気持ちだと理解しております。だからこそ、先ほどマカーン第一王子・・・・と仰ったのでしょう?」

 僅かな単語から見抜いたサフィーナにアフクームは満足げな笑みを浮かべた。

「サフィーナ、それは謀反を示す言葉になってしまってよ。不用心ではなくて?」

「ここに防音と遮音の結界が張られていることは判っております。そして、今日の出来事が宰相閣下をはじめ皆様の『最後の一滴』になったことも予測したからこそ、参りましたの」

 王后と次期王后の会話に男たちは誰も口を挟まない。大人たちは若干呆然とし、少年たちはそんな父親たちに苦笑している。

「父もわたくしも弟も、アクバラー家を討伐・・することに躊躇いもございませんし、忌避することもございませんの。ですが、内乱となり戦闘となりますと、無辜の民に被害が及びます。王侯貴族は国のために命を懸ける者ですから仕方ないとしても、罪なき民草にまた苦難に耐えよとは申せません。王后陛下や宰相閣下には何か良いお知恵があるのではないかと、ご相談に参りましたの」

 王家を王家ではなくまるで一貴族のように『アクバラー家』と称し、それを『討伐』すると言うサフィーナの胆力に、アフクームは自分の後継者と目していた少女がそれ以上の器であったことを知った。

「ノーフ公爵令嬢、謀反を起こされるというのか。そして、我らに与せよと」

 自分の半分以下の年齢の少女に紛れもない王者の輝きを見ながら、ジャバルは言葉を発した。震えるのは恐ろしさゆえか、それとも新たな王の誕生への喜びか。

「我らに反逆者になれと申されるか。我らは王国の忠臣を自負しておるのだが」

「まぁ、宰相閣下、可笑しなことを仰いますこと。王国・・の忠臣なればこそ、アクバラー家を排さねばならぬとお思いになられたのでしょうに」

 笑みを崩さないサフィーナにジャバルはこれ以上言葉遊びで無駄な時間を費やすことをやめた。サフィーナたちは既に明確に己の覚悟を決めているのだ。

「ようございましたわ。王后陛下と対立することは避けたかったのです。王后陛下、宰相閣下、軍務卿閣下、外務卿閣下、神官長猊下、どうぞ新しき国でも民のためにお力をお貸しくださいましね」

 女王の貫禄を以てサフィーナは告げ、このときジャバルらは新たな主を戴いたのだった。

 

 

 

 それからの行動は早かった。秘かに王太子妃宮(既にサフィーナの宮としての使用が認められていた)にノーフ公爵家騎士団の精鋭が五十人ほど待機していた。その騎士に加え、軍務卿腹心の騎士、王后の近衛隊、合わせて百人ほどが軍務卿カーレサとモサーネド公爵令息の指揮により、国王イルカーと王太子マカーンの許へと向かった。イルカーは側室の一人の宮におり、マカーンは王太子宮にいる。更に残りの側室二人、愛妾五人の許へも兵たちが向かった。

 そうして、八ヶ所での戦闘の末、生き残った王族は王后とその子二人だけであった。イルカーもマカーンも側室・愛妾たちも王子王女たちも、突然のことに理解の追いつかぬまま、その命を落とした。イルカーの許へは王后と軍務卿が、マカーンの許には宰相とサフィーナが向かい、クーデターであることを告げはしたが、彼らは混乱しきっており、理解は出来なかった。

 王太子宮にいた愛人マラークも取り巻きも共に命を落とした。マカーンの護衛であったはずの取り巻きたちは、剣を握ることすらなく、マカーンを守ることさえせず逃げ惑い、最期まで醜態を晒した。

 翌朝、城門に王族の首が晒された。そして、王城内にて政変が起こり第三王子が即位したことが魔導通信により国土中に告知された。側室たちの実家や数少ない親国王の貴族が私兵を率いて王城に押し寄せたが、王城には既にノーフ公爵家騎士団及び再編された国軍が配備されていた。王城に押し寄せた貴族たちはすぐさま馬首を巡らし、領地へと逃げ戻った。

 新国王への忠誠を誓うのであれば、側室の実家であろうと親国王派であろうと領地も爵位も安堵すると触れを出せば、殆どの貴族が新国王へ膝を折った。政変後すぐに何事もなかったかのように通常通りに動く王城を見、貴族たちは反抗することの無意味さを悟った。

 それでもマカーンの生母の一族だけは徹底抗戦の構えを見せた。しかし、抵抗できたのは僅かな時間だけだった。側室実家の伯爵家とその分家・寄子といった一族・一門は粛清された。

 これらは全て新国王の名の許、王太后アフクームと宰相ジャバルの主導で行われた。サフィーナはこれらの粛清も新王朝の役目と自分が為すつもりだった。父公爵にもその許しを得ていた。しかし、アフクームはそれを良しとせず、これがアクバラー王家の最後の仕事だと譲らなかった。そして、腐りきった貴族に対しても大鉈を振るい、旧王国となるアクバラー王国の膿を取り除いたのだった。

「神輿は綺麗でなければね」

 アフクームはそう言って微笑み、サフィーナの反論を封じたのだった。

 

 

 

 新王国の建国までの間はアクバラー王国が存続している。ただ、それは建国と同時に様々な法律を発布し、完全に政府の体制を整えてからサフィーナが戴冠するためだった。

 新王国では現王国の高官たちは職を辞することとなった。宰相、軍務卿、外務卿は三師としてサフィーナの相談役となる。王太后アフクームは本人の希望で女官長としてサフィーナの補佐をすることになった。

 大臣たちは一世代若返り、ジャバルらが目をかけていた有能な若手がその責を担うこととなった。

 ジャバルらアクバラー王国の高官たちが王国終焉に向けての作業を進める中、サフィーナたちは新閣僚となる者や腹心であるモサーネド、サディーク、ザミールらと共に新王国の建国に向けて方針を定め、組織づくりを行なっていった。

 その中で問題になったのが、貴族の扱いだ。アクバラー王国の貴族をそのままにしておくことは出来ない。しかし、貴族を排するにはそれに代わる政治体制が整わない。

「魔術立国を行うのですよね。でしたら、それに合致する叙爵が相応しいのではないでしょうか」

 そう提案したのはサディークだ。

「貴族の中には代々固有魔法を受け継ぐ家があります。サフィーナ様のノーフ公爵家もそうですよね。転移門魔法はノーフ家直系でなければ使えなかったはずです」

 他にも異空間収納魔法を持つラフマー子爵家、特殊治癒魔法を持つパタラ伯爵家、再現魔法を持つタフリール伯爵家、千里眼魔法を持つファクル伯爵家、人物鑑定魔法を持つダウク子爵家などがある。これらはかなり特殊なその家しか持たない固有魔法だが、他にも地水火風の属性魔法をそれぞれの家で継承していることもある。アドワ男爵家、マシュナカ子爵家、サーデク男爵家、ハージェス伯爵家、モタカーメル子爵家などはその中でも強い魔力を持ち、他の同属性の家よりも強大な魔法を使うことが出来る。

「そうね。では、各貴族家に固有の伝承魔法があるかを調べて、それを持つ家のみ、貴族としましょう。国にとっての有益な魔法を持つ家ほど高位にして、公・侯・伯の位を与えるわ」

 サディークの提案をサフィーナは受け入れ、各貴族家の調査を行なった。その結果を受けて特殊で有益な魔法を持つ六家を公爵家とし、強力な属性魔法を持つ十四家を侯爵、それ以外を伯爵家とすることを決めた。

 また、固有魔法を持たない貴族は一部を伯爵、残りを子爵・男爵とし、領地を持たない法衣貴族として王城にて閣僚・官僚・軍人とすることになった。宰相のジャリーディ家や外務卿のナイザキ家は固有魔法を持たないが、代々有能な政治家を出している一族だし、軍務卿のタベイエッヤ家は軍の名門だ。彼らの家は伯爵位を得て法衣貴族となる。

 固有魔法を持たず、国政に寄与していない貴族家もあり、それらの家はどんな旧家であれ爵位を与えないこととなった。そういった家は領地経営でも苛政を強いたり領民を虐げており、叙爵しないことは当然だと判断された。尤も、そういった貴族は既にアフクームによって粛清対象となっていたが。

 そうして、新たな国の基礎が定まり、アクバラー王家の後始末も終わりの見えたころ、一年後にアクバラー国王からサフィーナ・ノーフへ禅譲されることが発表されたのである。