革命前夜

新たな国法

 サフィーナの即位まであと一年となったころ。サフィーナは己の側近と将来の三師、女官長に新たな法律についての相談を持ち掛けた。

 アクバラー王国は王家や貴族の様々な失態や愚行により国が衰退した。同じ愚を繰り返さないためにサフィーナは王后教育の傍ら、そんな過去の愚行を調べていた。過去にどんな愚行があり、その結果どうなったのか、どんな影響があったのかを知れば、それが起きないような策を講じることが出来るのではないかと考えたのだ。

 勿論、そんな愚行を為すような人物にならぬよう教育を施すのは大前提だ。しかし、過去を振り返れば、その愚行を為すまでは真面で、或いは有能であった人物も少なくない。元から阿呆であれば周囲も用心しているし、その影響を最小限に留めるよう手も打つ。しかし、それまでそんな気配のなかった人物が仕出かした場合、対処に遅れ影響は大きかった。

「そんなに過去に仕出かした貴族は多いのか?」

 非公式の会議ゆえにどこかのんびりした口調で現宰相ジャバルはサフィーナに尋ねる。するとサフィーナの侍従が大量の書類を持ってくる。過去の王侯貴族のやらかしとその結果・影響をまとめたものだ。複写魔法で人数分用意していたため、大量となっている。尤も元から事例の数も多かったのだが。

「これらを踏まえて、法を作りたいと思いますの。それらの資料を基に、どんな法が必要か、考えてくださいませ」

 一年後に即位する女王はニッコリと微笑んで忙しい彼らに新たな課題を与えたのだった。

 

 

 

 王城内の一室が新法制定のための準備室となっている。ここにはサフィーナや側近、三師の他、各部署の精鋭となる若手も多く出入りしていた。中心は司法省の法務官だ。

 初めのころは宰相や軍務卿、外務卿、王后陛下が頻繁に訪れるこの部屋での職務に緊張していた法務官たちも、仕事が進むにつれそんなことは気にしていられなくなった。過去のやらかしがあまりに酷く、それを基にどんな法律を作るのか、頭が痛くなるほどだ。おまけに例えばお家乗っ取りにしても、微妙に背景が異なっているものが多く、一つの事象に対して一つの条項では済まないケースもあるのだ。

 法務官たちが黙々と作業を進める中、新王国の中枢となることが確定している三人の青年は歯に衣を着せず、書類を捌きながら口々に文句を言っている。書類を捌きながらという点は重要だ。作業が進まないなら法務官たちも文句が言えるが、自分たちよりも年若い彼らは尋常ではない速さで処理を進めているのだ。そして、彼らが口にする文句は法務官たちが思っていても言えなかったことばかりで、内心では同意して頷いたりもしていた。

「アクバラー王家ってホントに馬鹿じゃないか。これは滅びて当然」

「お家乗っ取りって。入り婿の勘違い多すぎ。教育どうなってる」

「兄弟姉妹の揉め事も多いな。大抵親がどっちかを贔屓してるせいだ」

「というか、不貞する奴多すぎだろう。政略結婚とはいえ、まずは歩み寄る努力しろよ。うちの親なんて歩み寄りすぎた結果、恋愛結婚より甘い万年新婚状態でまた兄弟増えたんだぞ」

「え、またかよ。お袋さん幾つだよ。だぁぁ、何で姉のものを欲しがる妹こんな多いんだ! 弟は少ないけど!」

「妹というだけで風評被害出そうだな。真実の愛ぃ? んなもん、平民になってから育め」

「え、ナニコレ。異世界転生? 転生はともかく異世界って?」

「おとめげーむ? あーるぴーじー? 戦略しみゅれーしょん? 異世界語か?」

「ひろいんとかあくやくれいじょうとかこうりゃくたいしょうとか、自称異世界転生者、頭可笑しくないか

「そういえば、異世界から転移してきた聖女とか何人かいたらしいな。そういうのも愚行の許になってるって……聖女の意味ないだろ」

 サフィーナの指示により書類と格闘していた面々は、そこに記された事例に頭を抱える。これはアクバラー王国は滅びるべくして滅びるのだと納得するしかない。

「今後も同じことが起きるとは限りませんけれど、他国でも同じようなことは時々起こっているようですの。ならば、対処を法律にしてしまえば良いでしょう。皆さん、頑張りましょうね」

 自らも書類を読み込み、法案例を書き連ねながらサフィーナは側近たちを励ました。

 

 

 

 法にして規制もしくは取り締まる項目が決まったところで、この法律の名を決めることにした。が、これはあっさりと決まった。あまりに特殊な法律なのだ。だから『王国特殊法』となった。内容の一部は刑法や貴族法と重なるが、そこは刑罰は刑法(貴族法)によって定められたものを科すとすることで解決した。

「大体の案はまとまったけど、これ、この法律専門の対応部署作ったほうが良くないか? 騎士団じゃ他の業務もあるし、対応できないだろう。事例が特殊すぎるし、多分やらかすのって王家とか高位貴族が多いだろうし」

 法律の素案を整理しながら言うのはいつの間にかサフィーナの夫に収まっていたザミールである。サフィーナの婚約破棄から二ヶ月後には婚姻していた。婚約ではなく婚姻である。そしてサフィーナは数か月前に第一子となる男児を出産した。即位の前には何とか離乳できそうだ。

「でも、高位貴族を、場合によっては王族を捕縛するんだよな。どういった立ち位置にするのが正解なんだろう。下手すりゃ王家の権を侵すし、もっと悪ければ王家すら操れるぞ」

 アクバラー王国でも王后と閣僚が国王を操っていたが、それはそれとしてモサーネドが問題を提起する。

 過去の様々な愚行の事例から成立した法律『王国特殊法』の草案はほぼ完成している。今は法律の専門家たちに修正や追加・削除を依頼し、完成した法としてまとめている最中だ。

 そんな中、この法を執行する機関をどうすべきかという問題が持ち上がったのだ。通常の法(刑法)であれば、司法省が管轄し、実際に取り締まるのは騎士団である。しかし、この法律は管轄は司法省でよいだろうが、取り締まりや執行を騎士団に任せるには問題がありそうだというわけである。

 なお、その組織は『特殊法監督局』という名称となることも決まった。単に捕縛し裁くための組織ではない。特殊法執行のみならず法律の追加削除などの整備など全般的に行うために『監督局』となったのだ。勿論、法律の整備については最終的には国王臨席の貴族議会で議論し、採決することとなる。

 監督局内部には取り締まりをする部署、調査をする部署、処罰を定める部署、運営するための部署を作ることが決まっている。その他にどんな部署が必要になるかは特殊法が整備されていく中で明確になるだろう。

 まさか、このときには監督局に保健部産婆課だの、監督局付属産科医院だの、調査部潜入課メイド班・侍従班・料理人班・厩番班などが出来るとは誰も想像していなかった。

「この法律に限り、王家よりも強い権限を持ち、王家をも裁けると規定したとして、腐敗したときが困るな」

「役人が権力に阿ったり、忖度しても困るだろう。絶対に腐敗しない組織なんて可能なのか」

「別の組織に監視させるにしても、じゃあ、その監視する組織が腐ったり癒着したりしたら意味ないしなぁ」

 サフィーナを前にジャバルら三師、モサーネドら側近が集い、頭を悩ませる。

 新たな法を執行する監督局を作るという点では皆の意見は一致している。しかし、その運用については慎重になる。人間が運営する組織なのだ。惰性により綱紀が緩むことは予想される。そうなれば、不正や癒着、忖度などが生まれ、組織は組織としての役割を果たせなくなる。それを防ぐにはどうすべきなのか。

 王国基本法に定めるのは当然だ。そこに監督局は特殊法案件に限り王家よりも権限を持ち、王家も高位貴族も裁くことが出来ると明記することにしている。しかし、それだけで全て大丈夫などと言えるはずはないのだ。特殊性を保証し、かつ監督局の職員が職務に忠実で誠実である必要がある。それをどう担保するのか。それが問題だった。

 新王国の首脳部となる面々が頭を抱えたとき、それまでなかった声がした。

「我が力を貸すのも吝かではないぞ」

 円卓に積まれた書類の上に、壮年とみられる男性がふわふわと浮いていた。