第9章 崩れる仮初の平和

 それはある意味、この世界に住む者たちにとって青天の霹靂ともいえる出来事だった。

 いつもは静かなワールドチャットを表示する天空のスクリーンが警告のような激しい電子音を響かせた。

【ミレシア城の攻城戦が始まりました。バルンアン血盟が宣戦布告しました】

【セネノース城の攻城戦が始まりました。レベリオン血盟が宣戦布告しました】

【ノーデンス城の攻城戦が始まりました。アウトクラシア血盟が宣戦布告しました】

【クロンターフ城の攻城戦が始まりました。コールプス血盟が宣戦布告しました】

【サリエース城の攻城戦が始まりました。コンキスタ血盟が宣戦布告しました】

【ピクト城の攻城戦が始まりました。リティージョ血盟が宣戦布告しました】

 いつものワールドチャットよりもけたたましく響いた電子音にデサフィアンテは天空を見上げる。そして、スクリーンに流れた文字に目を見開いた。

「……戦争 ……?」

 それは紛れもない戦争の、攻城戦の告知だった。この7ヶ月一度として流れたことのない告知である。

鷹絢タカジュン、全茶見たか!?〉

 呆然とするデサフィアンテにアズラクからウィスパーが入る。

〈ああ。どういうことだ、戦争って ……。実樹は何か知ってるのか?〉

〈判らん。だが、まさか『ファトフ同盟』がこっちに来てるとはな ……。とりあえず、情報収集に動く〉

〈頼む。俺も調べてみる〉

〈いや、お前は戦争クランの知り合い少ないだろ。お前は動かずに集まった情報をまとめてくれ。情報収集は俺とガビールと実樹でやる〉

〈了解。じゃあ、俺はアジトで待機してる〉

 アズラクとのウィスパーで話しているデサフィアンテを、ともに狩りに出ていたサディーク、乙、シャサール、バルシューン、千珠ちず、シーカリウスの6人は不安な面持ちで見守っている。

「悪い、俺、アジトに戻るわ。皆は狩りを続けて。俺はちょっと情報収集とプリ連中との話し合い。攻城戦起きるなんて想定外だから」

「判りました。我々はこのまま続けます。早く他の人たちに追いつかねばなりませんからね」

 6人を代表してバルシューンが答える。一旦パーティを解散して、バルシューンをパーティリーダーとして組み直し、くれぐれも無理はしないようにと言い置いて、デサフィアンテは血盟居館アジトへと戻った。

 血盟居館アジトには夏生梨かおり理也まさや、疾駆する狼、イスパーダ、チャルラタン、ディスキプロスが戻っていた。彼らは今日は翡翠の塔71階層へ行っていたはずだ。残りのくらき挑戦者、アルシェ、めんま、ドロフォノス、メドヴェージは同じく51階層に行っており、こちらは戻ってきていない。デサフィアンテにウィスパーで指示を仰いできた冥き挑戦者に、めんまとドロフォノス、メドヴェージのレベリングを優先するように伝えたからだ。

「戻ってたのか」

 血盟チャットでもウィスパーでも何も言ってこなかったから恐らくそうだろうと予測はしていたが、そのとおりの行動を取っていた幹部たちに、デサフィアンテは微かに笑みを漏らす。

「そりゃな。戦争起きたんだ。何かあるだろうと思って。どうせじゅんも戻ってきて情報収集とかするだろうから、手伝おうと思ってね」

 7人を代表する形で理也が答える。

「そっか、サンキュー。んじゃ、皆で町の様子見てきてくれるか? アズたちが情報収集に動いてくれてるから、俺はその集まった情報のまとめ役なんだ。あと、動揺してる人も多いかもしれないし、そういう人たちには、今プリたちが状況把握に動いてるって説明しといて」

「了解。クラン入ってる人はアジトに帰ってプリからの報告待つように言っとく」

「フィアさん、俺、ティミドスでセネノース城入ってこようか? 何か判るかもしれへんし」

 魔法で姿を隠して様子を探ってこようかと提案するディスキプロスに、デサフィアンテは首を横に振る。

「やめとけ。ぶっちゃけ悪名高い戦争クランが戦ってる。巻き添え食らって下手すりゃ命を落とす。今は町の様子だけでいい」

 今回戦争を起こしたのは【レベリオン】という戦争血盟を中心とした【ファトフ同盟】だ。他の5血盟は【レベリオン】の配下として【ファトフ同盟】を構成している。この【ファトフ同盟】は中々厄介な戦争同盟だ。

 飽くまでも町の様子を見るだけだと念を押して、デサフィアンテは理也たちを送り出した。

「この世界の状況が動き始めるのは、戦争が終結して、プレイヤー側が城を取ってからよね。これまで城主はNPCだったはずだし」

 危険だから姐御は残っていてと言われ、夏生梨はデサフィアンテとともに館に残っている。館でデサフィアンテの秘書役だ。

 【フィアナ・クロニクル】は血盟システムとともに『攻城戦』をその特色と銘打っている。【フィアナ・クロニクル】の舞台であるフィアナ王国には数人の諸侯が治める諸侯領があり、それぞれに城を持つ。フィアナ国王の住むミレシア城は当然フィアナ全域を領地としている。他にはサリエースとエリンを領地とするサリエース城、ヴァゴン、アルモリカ、砂漠地帯を領地に持つピクト城、セネノースとアヴァロンを領有するセネノース城、ノーデンスを領地とするノーデンス城、クロンターフとアヴェリオンと琥珀の塔を領地に持つクロンターフ城、カマロカを領地とするカマロカ砦、これがフィアナの行政区分でもある。それにプラスしてカラベラ要塞がある。この8ヶ所が戦争の対象となり、プレイヤー(血盟の君主)が宣戦布告することによって戦争は起こる。初期段階はNPCが城を所有しており、その所有権を争うのが『攻城戦』である。

 戦争は現実世界リアルの4日ごとに城主血盟の君主が指定した時間に始まる。それまでに宣戦布告をすることによって攻城戦が起こる。宣戦布告した側が攻撃、城主が守備側として戦争は始まる。各城に設置されている守護塔を破壊し、その中にある玉座の証を君主が手に入れることで攻撃軍の一時的勝利となり、攻守が逆転。現実世界リアル2時間の制限時間内にこの玉座の証を取り合い、制限時間終了時に守備側となっているほうが勝者となる。勝者はその城の城主となる。これが『攻城戦』の概要だ。そして、城主となった血盟にはその城が所有する領地の税率を決定する権利が与えられる。

 しかし、それは飽くまでもゲームである【フィアナ・クロニクル】での話だ。このフィアナに攻城戦システムはなかったはずだ。

「だな。てっきり戦争システムはなくなってるんだとばかり思ってた。『指南の書』にも戦争システムのことは載ってなかったし」

 執務室に入りながら、デサフィアンテは応じる。

 執務室に入るとすぐにパソコンを立ち上げてスカイプを起動し、いつでも君主仲間と連絡が取れる状態にする。その横で夏生梨は『フィアナWeb』を開き、戦争システムについて何らかの更新が為されていないかを確認する。デサフィアンテも改めて『指南の書』を開き、戦争についての記載がないかを見直す。

「……更新されてる。今日の午前零時付けで」

「こっちもだ。同じく今日の午前零時。 ……告知、なかったはずだよな」

 2人が顔を見合わせたとき、スカイプにしい姫とショウグンが接続してきた。

『鷹絢、戦争が起きたわ!』

「ああ、今、アズとガビールと実樹が情報収集に動いてくれてる」

『あと、クリノスとゼフテロスも動いてくれた。あの人たちのほうがファトフ関係の知り合いは多いだろうからな』

 3人ともこの世界に来てから最も深刻な表情になっている。戦争が起こるなど想定外の出来事だ。しかも、起こしたのは『ファトフ同盟』。アルサーデスにおいて最も悪名高い戦争同盟だ。かつては各町を同盟の血盟で支配し、税率を最大の50%に上げ、自分たちの同盟で全ての城を独占していた。税率が上がったことにより、消耗品である各種スクロールや回復薬など各種ポーションが全て値上がりし、一般プレイヤーにとってはかなり厳しい状況となった。それによってアルサーデスから他のサーバーへ移住するユーザーもいたほどだ。

 しかし、レベルの高い廃人たちによって構成された戦争血盟に対抗できる血盟も少なく、その支配は数ヶ月にも及んだ。それに対抗したのが実樹だった。実樹が呼びかけ『ファトフ同盟』に対抗して『税率50%阻止同盟』が組まれ、ようやく打倒したのだ。その戦争にはデサフィアンテも別キャラクターで参加した。【悠久の泉】として参加することは血盟員に反対者がいたからできなかったが、幹部たちはほぼ全員が参戦していた。

『まさかファトフが来てるとはな ……。相当廃人たちが来てるみたいだぞ。ブリュレや蛾阿螺とか、いる。迷惑キャラ代表の、昔のPKクランの連中だ』

 警戒するためにショウグンは友人リストに思いつく限りの『迷惑キャラ』を登録しながら言う。登録した名前は全てグリーン表示になっている。つまり、この世界に来ている。

 狩場を独占するために、他のプレイヤーを殺しては排除していた廃人プレイヤーたちがいた。当時のアルサーデスでは最高レベルに近いプレイヤーで構成されたそれは、合わせて『殺人PKクラン』と呼ばれていた。これもまたアルサーデスが過疎化した原因のひとつだ。彼らは『ファトフ同盟』のメイン構成員たちだった。その暴虐は半年にも及んだが、我慢の限界を超えたデサフィアンテたち君主連合がレベルダウンを辞さずに廃人たちの邪魔をし続けたことによって、ようやく終わりを迎えた。同時期に『ファトフ同盟』が実樹率いる連合軍に負けたこともあり、それらの狩場独占とフィアナ支配は終焉を迎え、同時に『ファトフ同盟』は弱体化しその影響力を失った。

『なんか面倒なことになりそうだな』

 ショウグンの言葉にデサフィアンテも椎姫も頷き、眉を顰める。

『この世界で戦争を起こして何の意味があるっていうんだろ。タドミール倒すのに、戦争は必要ないじゃないの』

 椎姫は苛立たしそうに吐き捨てる。この世界で戦争をする意味が判らない。判りたくもない。

「絢、大変。死者が出てる」

 そのとき、夏生梨が色を失ったような声でデサフィアンテに告げる。戦争が始まったことから、夏生梨は念のためにこの世界の人口を確認していたのだ。そして当初512人だった人口が500人を割っている。

「馬鹿やりたがったか ……」

 デサフィアンテは舌を打ち、夏生梨の齎した凶報を椎姫とショウグンに告げる。

{クリノス:戦争をやめなさい! 命を粗末にしないで。ここはゲームじゃないの! 本当に死んでしまうのよ!!}

{ゼフテロス:今すぐ戦いをやめろ! 戦争は現実世界リアルに戻るためには必要ない! 遊びじゃないんだ。今すぐ戦争をやめろ!! フォルカ、ガルゲン、クレマラ、ニザー! すぐに停戦するんだ!!}

 ほぼ同時にクリノスとゼフテロスがワールドチャットで呼びかける。何を無益なことを、否、有害なことをやっているのだと。彼らも既に死者が出ていることを知っているのだ。

 ゼフテロスはかつて自身の別キャラクターが迷惑キャラクターとして『PKクラン』に属していたことがある。今では彼はそれを愚行だったと恥じており、『モナルキア連盟』に参加する際もかつての己の愚かさを認め迷惑をかけたことを詫びていた。そのうえで『君主』としてあるためにと『モナルキア連盟』に参加したのだ。そんな彼からすれば、かつての仲間たちの今の行動は腹立たしいものだった。この世界の現状を理解せず、かつてと同じように馬鹿をやっているとしか思えない。

{フォルカ:お前らの言うことなど聞く必要はない。俺たちは俺たちのやりたいようにやる。指図される謂れはない}

{クレマラ:攻城戦ができる仕様なんだ。なんら問題はない。よって誰の指図も受けん}

 しかし、相手は聞く耳を持ってはいなかった。クリノスとゼフテロス、更には次々と停戦を呼びかける君主たちの言葉を無視して、戦いを続ける。その間にも死者の数は増えていく。

{デサフィアンテ:戦争をしているプレイヤー、聞いてくれ。この世界で死ぬということは現実世界リアルでも死ぬってことだ。既に20人以上が死んでる。これ以上仲間を死なせたいのか!?}

{ショウグン:プリが停戦しないってんなら、今すぐ各プレイヤーは戦線を離脱しろ。クラン除名BANされたら俺たちが引き受けてやるから! 今すぐ離脱してくれ}

{アズラク:これはゲームじゃない。ここでの戦争はゲームじゃないんだ。人殺しなんだ! 今すぐ戦いをやめてくれ!!}

『ファトフ同盟』の君主たちに呼びかけても意味がないと悟ったデサフィアンテたちは、今度は戦っているそれぞれのプレイヤーに呼びかける。しかし、効果は殆どなかった。戦いの最中に天空のスクリーンを見上げる者も少なかったのだろう。それでもそれによって戦線を離脱するプレイヤーがいないわけではなかったが、それはごく少数だった。そして、そのわずかなプレイヤーはその足で、停戦を呼びかけ各城の近くで待機していたガビールや実樹、アズラク、クリノス、ゼフテロスの血盟の血盟居館アジトへと逃げ込んでいた。

 デサフィアンテをはじめ君主たちは何度も何度もワールドチャットで停戦を呼びかけるが、フォルカら『ファトフ同盟』の君主たちは一切耳を貸さない。そうして、戦争は終結する。全て『ファトフ同盟』側の勝利で。

「拙い結果になったな」

 実樹が深刻な表情で呟く。

 そのころには『モナルキア連盟』に参加する16人全員が【悠久の泉】の血盟居館アジト、デサフィアンテの執務室に集まっていた。それぞれの血盟の幹部たちも会議室に集まっている。

 ここに集まっている16人の君主以外にも、6人の君主がいることが明らかになった。更に『ファトフ同盟』配下にはまだ数血盟があるはずだ。その全てがこの世界に来ているとは限らないが、それでもあと数人はいるだろう。

「いや、一概に拙いとは言えないかもしれない。奴らで城を取ったから、俺たちの側が宣戦布告しない限りはこれ以上戦争は起こらないはずだ」

 実樹の言葉にアズラクが応じれば、少しだけ君主たちの顔に安堵が浮かぶ。

「馬鹿やるような奴らだ。自分たちのグループで戦争ゲームをして城主を回すかもしれんぞ」

 それに反論をしたのはゼフテロスだ。実際、ゲームではよくあることだった。

「多分、それはないんじゃないかな。フィアナにある城は全部で8つだけど、今回6ヶ所でしか戦争は起こってない。つまり、『ファトフ同盟』でこっちに来てるのは6クランだけってことじゃないか?」

「それも判らんな。今回攻城戦が起きなかったのはカマロカ砦とカラベラ要塞だ。あの2ヶ所は取っても大して旨味がない。だから放置してただけとも考えられる」

 クエルボの予想に実樹が応じる。結局今後どうなるかは次の攻城戦が起きるまでは判らないということだ。

「『モナルキア連盟』のクラン員って合計何人だっけ?」

「300人弱だな」

「なら、200ちょいが戦争クランにいるってわけか ……」

 第3陣が召喚されてからほぼ1ヶ月が過ぎていた。その間にも君主たちはそれぞれの人数を報告し合い、できるだけ血盟無所属者を無くすよう血盟加入を呼びかけてもいた。けれど、それに応じるものは少なかった。だが、それらは血盟無所属だったわけではなく、『モナルキア連盟』の君主たちの血盟に所属していないだけだったのだ。連盟に参加していない君主の許へ集まっていたのだ。もっとも全ての『モナルキア連盟』血盟に所属していないプレイヤーが『ファトフ同盟』の血盟にいるわけではないだろうが。

 そして、『ファトフ同盟』に属している者(君主を含め)にこの世界の状況を明確に把握している者はいなかった。これは戦争を離脱してやってきたプレイヤーによって明らかになっている。彼らはここをバーチャルリアリティのゲーム世界だと認識していたのだ。バーチャルリアリティが現在の科学力で可能なはずがないのに。

「戦争やりたい奴はやらせとけ ……って言いたいところだけどな。今回死者出てるんだよな。そいつら、現実世界リアルでどうなったんだろう ……」

「生きててくれればいいけどな」

 これがゲームならば放っておく。戦争もゲームのシステムのひとつなのだから、戦争をやめさせる理由はない。むしろやめさせようとすれば、それはゲームシステムの否定になり、やめさせようとするほうがおかしいのだ。ゲームで実樹たちが立ち上がったのは飽くまでもゲームバランスを著しく壊されたせいだ。一般のプレイヤーが楽しめない、戦争血盟の許容範囲を超える事態を引き起こしたからに過ぎない。

 しかし、ここはゲーム世界ではない。何度もデサフィアンテたちが繰り返したように、ここでの死は現実世界リアルでの死に繋がってしまう可能性が高い。そして、戦争は現実世界リアルに戻るための条件にはなんら関係していないのだ。

「今、うちのクラン員から報告あったわ。ノーデンスの税率が50%になったそうよ」

「うちからも連絡あった。エリンも同じ」

 椎姫、番長が血盟員から受けた報告を告げる。その後も各血盟から連絡が入り、フィアナ大陸本土の8割の地域で税率が50%に引き上げられたことが判明した。主要な町は全て税率が50%となってしまったのである。

「まぁ ……クランに入ってるなら、税率がどれだけ上がろうが生活には関係ないけどな」

 生活用品は全て無料提供されているのだから関係ない。しかし、狩りをするために必要な消耗品はマルクで購入しなければならないから、影響は受ける。血盟無所属の者であれば生活全てに影響が出てしまう。

「とりあえず、今のところあいつらの支配下にない場所はカマロカとカラベラとマグメルドか。物価高いけど50%よりはマシか」

 カマロカとカラベラでは今回戦争は起こっておらず相変わらずNPC城主のままだから、税率はそのままだ。またマグメルドは何処の領地にも属さない独立区域だから、これも税率は変わらない。とはいえ、この3地区は元々物価が高く設定されているため、全くの影響がないとは言えない。

 今後は狩りによるドロップで消耗品を入手するしかない。NPC商店で販売している物品は基本的にモンスターからも入手できる。殆どの血盟がパーティで行動しているから、回復薬とて然程必要ない。店でしか購入できないものは『血盟帰還スクロール』くらいなもので、これとて『帰還スクロール』さえあれば問題はない。あとは各血盟が互いに余剰品を交換し合うなど、協力し合えばいいだけだ。つまり、血盟に所属していれば大した影響はないのである。

「あいつらまた、狩場独占とかする気じゃないだろうな」

 かつてのアルサーデスでは『旨い狩場』は全て彼らが独占しようとしていた。その独占期間は半年にも及び、それを阻止するのには多大な犠牲を出した。

「ここじゃあいつら、突出してレベルが高いわけじゃないから、それは難しいだろうな」

「でも狩場を争うとなると、戦うことになるよね? あいつら平気で斬りかかってくるんじゃない?」

 人殺しになるのだと言っても戦争をやめなかった者たちだ。狩場でも自分たちの欲望を満たし利益を得るために平気で襲い掛かってくるのではないか。何しろ彼らはここでの死亡が現実世界リアルでの死亡に繋がるなどと信じていないのだ。ゲームだと思い込んでいるのならばPKに躊躇いもないだろう。

「クラン員に、人殺しになるかもしれないけど反撃しろ ……なんて言えないよ」

 この世界での死亡イコール現実世界リアルでの死亡の可能性があるというのであれば、反撃することも躊躇われる。現実世界リアルでは一部を除いて顔も名前も知らない相手ばかりなのだ。無事現実世界リアルに戻っても、この世界で殺した相手がどうなったのかを知る術はない。殺人罪に問われることはないだろうが、一生『人を殺してしまったのかもしれない』と自分を責めることになってしまう。

「どうなるかは判らないけど、とりあえず俺たちのスタンスとしては狩場独占が起きても積極的にそれは排除しない。PKされそうになったら反撃せずに即時退却ってとこか?」

「殺さない程度で反撃っつーのも難しいからな」

 本当は反撃したい。理不尽に屈したくはない。けれど、命をかけさせることはできない。大切な血盟員を死なせたくはないし、人殺しなどさせたくもない。一生の負い目を持たせることなどできない。

「ああ。遭遇したら即逃げろ。相手にするな。これを徹底するしかないな。あとは町で買い物をしないことだな。税収がなけりゃあいつらだって税率を下げるしかない。戦争は好きにすりゃいい。俺たちから戦争を仕掛けたりはしない。仲間内でやりたきゃやればいい」

 何処か投げ遣りな口調で言うデサフィアンテに、君主たちは驚いた表情を見せる。君主たちが集まるようになってから、デサフィアンテがこんな声音になることは初めてだった。

 しかし、デサフィアンテとて普通の人間だ。何度も説得して、それでも戦争をやめなかった。本当に死んでしまうんだ、本当に殺してしまうことになるんだと、デサフィアンテだけではなく何人もの君主たちが言い、戦争をやめるように呼びかけた。それなのにやめなかった。ならば、彼らは殺したいし、死にたいのだ。そんな奴らにかける言葉など、もうデサフィアンテは持っていない。それでも今回はNPCとの戦争だったから、少なくともまだ彼らは同胞であるプレイヤーを殺してはいない。直接手にかけてはいない。それだけが救いといえば救いかもしれないと、デサフィアンテたちは思った。

「もうさ、俺らだけでこの世界にいる全員を守るとか無理だろ。いくら言っても耳を貸さないんだ。だったら好きにしろとしか言えねーよ。俺らは自分たちのクラン員守るんで精一杯だよ」

 この世界に来て7ヶ月。デサフィアンテたち君主は誰1人欠けることなく全員で生きて現実世界リアルに戻ろうと、それだけを目標に走ってきた。その先頭に立っていたのはデサフィアンテだ。なのに、たった2時間で50人もの死者が出た。全員が現実世界リアルで死んでしまったとは限らない。けれど、幾人かの死者は出てしまっているかもしれない。これまでの君主たちの努力は水泡に帰してしまった。この世界に来てわずか1ヶ月の『ファトフ同盟』の君主たちによって、自分たちの7ヶ月がいとも簡単に否定されてしまったのだ。

「鷹絢 ……」

 これまでにない暗い表情を見せるデサフィアンテに、ともに努力をしてきた君主たちもかける言葉を失う。誰もがデサフィアンテと同じ虚しさを感じているのだ。自分たちのこれまでを否定され、嘲笑わらわれているように感じていた。

「皆さん、お疲れになられているみたいですね。ささやかですけれど、酒肴の用意もできてますから、今はしばらく休息なさいませ」

「EOの皆が屋上に用意してくれていますから、そちらへどうぞ」

 暗い表情の君主たちに2人の女性が声をかける。夏生梨と三色菫だった。

 デサフィアンテの【フィアナ・クロニクル】における配偶者パートナーである夏生梨と、椎姫の姉のような三色菫は、それぞれの君主に精神的に近しい位置にいるということで、秘書役としてこの場にいた。正確には君主たちの精神的フォローをするために、血盟員たちによって派遣されていた。これまでは自分たちが口を挟むべきではないと黙っていた。そして、場の空気が重くなり始めたところで、夏生梨が血盟チャットで指示し、酒を用意させておいたというわけである。これ以上君主たちに話し合いをさせていても、彼らの精神的ダメージを蓄積させるだけだと判断したのだ。夏生梨の指示を受けて、アルシェや千珠、或いは他血盟の女性たちが料理を作り、各血盟がそれぞれアジトから酒を運び込み、君主たちの慰労会を兼ねた宴会の準備を進めていた。

「疲れているときはいい考えも浮かびません。そういうときは飲んだくれてさっさと寝てしまうに限ります。今日はプリの皆さんの慰労会ってことで、騒ぎましょう」

 夏生梨と三色菫はそう言って、君主たちを屋上へと追い立てる。

「……そうね。今日は騒ぎましょう」

「だな。たまにはいいよな」

「ああ。っていうか、プリで集まって酒飲むのって初めてじゃないか? もう長い付き合いなのに」

 血盟員たちの気遣いに応えるように、君主たちは努めて明るい声を出した。そうだ、たまにはいいではないか。こんなときくらい憂さを晴らすように皆で酒を酌み交わせばいい。

 君主たちは気持ちを切り替えるように無理をして笑顔を作り、笑うことにした。作り笑いでも笑顔は笑顔だ。まずは『笑う』余裕を持つことが大事なのだから。






 君主たちとは別に【悠久の泉】の血盟居館アジトの会議室にはそれぞれの血盟の代表各1、2名が集まっていた。

「今、姐御 ……夏生梨さんからウィスパーが入った。プリたち相当落ち込んでるみたいだな」

 口を開いたのは【悠久の泉】の代表として参加している理也だった。【悠久の泉】からは他に冥き挑戦者が参加している。デサフィアンテの片腕という意味であればイスパーダが参加するところなのだが、アルサーデスの中での知名度は冥き挑戦者のほうが高い。また、年長者ということもあって、何かあった場合の宥め役・まとめ役としての参加だった。他にも【ピルツ・ヴァルト】からガイル・ラベクとマリード(椎姫のゲーム内配偶者)、【ふぇんりる騎兵隊】からベラーターとジェナー(アズラクのゲーム内配偶者)、【スピリット・スピリッツ】から全血盟での最年長者黒竜刃、【百合の紋章】からは全プレイヤーの憧れの存在とも言われるビオネイロとうめ蔵など、約30人が集まっていた。

「姫たち、誰も死人が出ないようにって頑張ってたのにな ……」

 ガイル・ラベクは表情を曇らせる。椎姫だけではなく、デサフィアンテだけではなく、君主たちが皆一所懸命に努力をしていたことを知っている。血盟員を守ろうとするだけでも大変なはずなのに、彼らは自分の意志で血盟に入っていないプレイヤーにまで気を配っているのだ。

 君主たちはクランハントとは別に定期的にツアー(ワールドチャット公募でのパーティ狩り)を開き、血盟無所属者たちと狩りに行く。そしてそれらの狩りは夕食前の時間帯まで続けられ、その流れで血盟居館アジトでの夕食に招待する。更にそのまま飲み会に雪崩れ込み、夜遅くなったから泊まっていけ、という流れに持っていくのだ。

 そうすることによって、少なくともその日1日の夕食代、翌日の朝食代、その宿代を節約できる。【フィアナ・クロニクル】の宿屋は1日単位でしか借りられず1ヶ月単位など借り受けることはできないし、食事などついていない素泊まりだ。だからこそ、こういったちょっとした支援が生きてくる。無所属のプレイヤーの自尊心を傷つけないように配慮しつつ、生活支援をしているのだ。

 そんな生活支援の中で『モナルキア連盟』として運営しているのが『アジト下宿制度』だ。イル・ダーナから与えられた血盟居館アジトは最少でも20部屋の個室を持つ。【自由気まま】や【傾奇者兵団】などの零細血盟の場合、血盟員数が10人に満たず、半分以上の部屋が空いている。そこで週単位の料金で館の部屋を貸し出しているのだ。料金は宿屋の半額で、朝夕の2食付きとなっている。

 これには利点があった。『下宿人』であるプレイヤーは血盟員ではないから、当然館の出入りには血盟員の手助けがいる。そのため、血盟側も下宿人をパーティに誘って狩りに出やすい。また、血盟員ではない下宿人たちは注文端末の恩恵には与れず、けれどそういう機能があることを知るため、血盟に加入すべきかどうかと悩み始める。

 この『アジト下宿制度』によって、少ない人数ではあるが、血盟に加入した者たちもいる。自分の君主がこの世界に召喚されることを待っている者たちにしても、一時的な宿木を得ることができるようになったのだ。

 この7ヶ月の間にそういった様々な支援をしてきた。更にタドミール討伐に向けて様々な調査を行ない、血盟間の連携を図る。君主たちの苦労は並大抵のものではない。

 そんな君主たちの姿を知っているから、今回の無為に死者が出た状況に、彼らがどれほどショックを受けているかは容易に想像がついた。

 ずっと君主たちの姿を間近で見つめてきた。彼らがどれだけ苦労しながら悩みながらこの世界で生きてきたか。自分自身のことだけでも精一杯になる過酷な世界。なのに君主たちは他者をも背負っている。血盟員を背負い、この世界に来ている者全てを背負おうとしていた。全員で生きて現実世界リアルに戻る、それだけを願って。そんな君主たちを支えたいと思ってきた。そういった幹部たちが今この場に集まっている。

「昔のPKクランの連中か ……。忌々しい奴らだな」

 だからこそ、この君主たちを傷つけ、君主たちの努力を踏み躙った者たちが許せなかった。

 ともすれば報復に動きそうになる。この世界から彼奴らを排除してしまいたい。それは幹部たちだけではなく、血盟員たちの大部分に共通する思いだった。けれど、そうすることは更に自分たちの敬愛する君主たちの想いを裏切ることになる。

「クラン員が暴走しないように、俺たちで抑えないとな」

 静かな声 ── 怒りを抑え込んだ声に皆が頷く。本当は止めたくない。自分たちとて報復してやりたい。だが、自分たちはそれを抑えなければならない立場だ。何よりも君主たちの意志を尊重するために。

 報復すること自体は難しくない。第3陣召喚者である彼らに比べ、自分たちはこの世界にずっと詳しく、慣れている。レベルとて今となっては自分たちの方が上なのだ。トップレベル帯の【悠久の泉】のメンバーであれば、第3陣以外は全員がLv.80を超えているし、他の血盟でも主要メンバーは全員Lv.75を超えている。一方の相手はLv.70台前半だ。だから、戦って勝つことは難しくはない。けれど、それを強固な意志で抑え込む。

「あいつらのことだから、狩場独占も図るだろうし、そのためにPK仕掛けてくるかもしれない。多分、プリたちは反撃せずに逃げるように指示するんだろうな。俺たちが殺される可能性以上に、俺たちに殺させないために。プリたちなら、絶対にそう指示すると思う」

「ああ。多分、あの人たちのことだから、殺さなきゃならないなら、自分たちがやるとか思ってそうだしな ……フィアさんとかアズとかガビールさんとかショウさんとか特に」

 それが容易に想像できてしまう。この世界に来てから、『モナルキア連盟』を組織してからの彼らは、自らに君主としての、為政者としての役割を課している。元々は単に『君主』という1クラスをプレイしているプレイヤーに過ぎない彼らは、世界に押し付けられた役割を全うしようとしてくれているのだ。それは己の血盟員の命を守ること、生活を守ること、そして心を守ること。それを誰もが感じている。だからこそ、自分たちは皆、君主たちに敬意を持っているのだ。

「プリたちにばっかり色々背負わせるわけにはいかないからな。荷物を軽くするためにも、俺らは俺らができることをきっちりやろう。クラン員が暴走しないように徹底しないとな」

「まぁ、大丈夫だろ。皆馬鹿じゃない。プリたちがどんなに俺たちのために動いてくれてるのか、ちゃんと理解してる。プリに負担かけるような馬鹿はいないはずだ」

「けど、プリに盲目的に心酔してるのもいるしなー。キレたらやべぇって奴はいるだろ。EOのめんまとか特にそうじゃね?」

「あー、確かにあいつは要注意。もう絢のこと神様かなんかかと思ってるかも」

「EOは皆仲いいからなぁ ……。鷹絢さんのこと皆大好きだろ」

 幹部たちは努めて明るい声で笑いながら会話を続ける。心を同じくする者同士言葉を交わすことで、自分の中にある激情をクールダウンさせるために。

 君主同士の絆があるように、血盟幹部たちには幹部たちの繋がりがある。だから自然発生的に『幹部連絡会』が発足したのだ。重すぎる荷を背負う君主たちの負担を減らすために。手を煩わせないために。余計な憂いを取り除くために。

「それと、プリたちには少し休んでもらわないか? 今回のことで張り詰めてた心の糸、切れちまってるだろうし」

「しばらくはのんびりしてもバチは当たらないだろ。今まで頑張ってたんだし、プリたちも俺らも」

 疲れていれば心の余裕もなくなる。心の余裕がなくなれば、それまで気にならなかった些細なことでも感情が乱される。怒りを感じるようになる。だから、そうなる前に一度ゆっくりと心を休めよう。

 もっとも素直に君主たちがそれを受け容れてくれるかどうかは問題だ。君主たちを休ませる方法についてはまた後日話し合うことにして、幹部連はそう話をまとめた。

「なぁ、どうせなら、奴らを利用しないか?」

 そう言い出したのは誰だったか。

「どうせ奴らのことだ。タドミール出たらレア狙って倒しに行くだろうし。そんで、独占しようとするに決まってる。奴ら、この世界のこと判ってない。事の重大さがまるで判ってない。ゲームの延長だと思ってる。だから戦争なんてやってられるんだ。狂人だよ」

 別の声がそう言う。美味しい狩場、美味しいモンスターは全て独占しようとしていたのが、『ファトフ同盟』だ。だからこそ、迷惑プレイヤーとしてサーバー内全てで認識されていたのだ。そんな彼らがレアボスであるタドミールを放置するわけがない。この世界をゲームだと思い込んでいるのであれば、彼らにとってタドミールは『レアボス』というだけの軽い存在でしかない。

「だよな。だったら、奴らにタドミールと戦わせればいい。戦いたいんなら戦えばいいんだ。俺たちはそれを観察して、タドミールの色んなデータを集めさせてもらう。結果がどうなろうが知ったことか。俺たちは、プリたちは散々注意喚起したんだ。けど、あいつらはそれを無視した。それを聞かなかったあいつらがどうなろうが知ったことか。奴らが倒してくれればラッキーだ。まぁ、倒せやしないだろうがな」

 君主たちは何度も何度も『モナルキア連盟』に参加していない君主たちにも呼びかけていた。情報共有しようと。『モナルキア連盟』はそのための君主会合なんだと。皆で現実世界リアルに生きて戻るために協力し合おうと。それを『ファトフ同盟』の君主たちは無視した。自らこの世界の正確な情報を得る機会を放棄した。自分たちの都合のいい妄想でこの世界を判断した。そう、ここは【フィアナ・クロニクル】のゲームの中だと。そして、自らを含む多くの命を軽んじていることに気づいてもいないのだ。

 幹部連は君主たちとは違う。君主たちはこの世界の全ての者を守りたいと願っている。それは『ファトフ同盟』の所属員に対しても同じことだ。理不尽な神の要求を突きつけられた者は全て同胞なかまだと思っているのだ。たとえ口ではどう言っていたとしても、彼らが見捨てられるはずがない。だが、幹部連は己の君主と血盟員、そして協力し合う仲間さえ無事ならそれでいいのだ。

「こんなこと言ってるってプリたちにばれたら、怒られるだろうなぁ」

「だな。プリたちって、なんだかんだと善人揃いだし」

 笑いが漏れる。だが、そんな君主たちだから、皆がついていくのだ。

「まぁ、別に俺らが何かを仕掛けなくてもPKクランなら勝手にやるだろ。プリたちや俺らが止めたって聞くような奴らじゃねぇし」

「そういうこと。先に戦ってくれるんだったら、奴らの尊い犠牲を無駄にしないためにもしっかりデータを取らせてもらって、教訓を活かさせてもらうってだけのことだ」

 汚れ役憎まれ役が必要ならばそれは自分たちがやる。これまでこの世界で生き抜くために頑張ってくれた自分たちの君主。彼らの負担を軽くして、彼らが目指すもののためにまっすぐに進めるようにするのが、自分たち幹部の役目なのだ。彼らはそう決意する。

 奇麗事なんて言わない。ただ、自分が好意を持つ人たちだけのために動く。自分が守りたい人たちだけを守る。全ての人を守ろうとは思わない。自分たちにそんな力もない。それは、そんな力を持ち、意志を持つ人たち ── 君主たちに任せる。自分たちはその君主を守りぬくだけだ。

「俺らが暴走しないようにしないとな。飽くまでも俺たちはプリを助けるためのメンバーだ。それなのにプリに心配をかけたり、プリの心労の種になるようじゃ、本末転倒だからな」

 現段階で何かをするわけではない。君主たちの意思に反することなどするはずがない。ただ明確に、自分たちが君主を支えるのだと、改めてそう決意しただけだ。

「とりあえずはプリたちの気晴らしに宴会でもやるか。今もやってるみたいだけど」

 気を遣わずに済むように、君主たちの宴会には血盟員は参加していない。時折、夏生梨か三色菫が料理や酒を追加しに行く程度で、君主だけにしている。きっと血盟員がいては、君主たちは鬱屈を吐き出すのをセーブしてしまう。

「もっとさ、皆が羽目外せるようなイベントしたいよな。あ、そうだ、そろそろサデ鯖誕生日じゃね?」

「あー、そういえばそうか。集まってんのサデ鯖出身者ばっかりだし、サデ鯖誕生祭やるのもいいんじゃないか? サデ鯖時代はフィアさん、よくイベントやってくれてたし」

 1人が提案すれば、それに賛同の声が上がる。もうすぐ彼らの出身サーバーであるアルサーデスのサービス開始日だ。ゲームをしていたころは、公式の誕生祭イベントとは別にユーザーイベントを企画していたものだ。その企画の中にはデサフィアンテが中心になっていたものもある。

「クラン対抗PvPとかやってたよなー」

「俺と凱様がいさまが何故か魔王扱いで討伐されたがな」

「そうそう、俺と冥さんの2人に対して討伐隊20人とか、なんて苛め」

「けど、あれって、討伐隊も殆どやられて、5人生き残ったかどうかだっただろ。2人とも鬼のように強かったな」

「笑えるのは、サデ鯖ハッピーバースデー!ってやるときに既にフィアさんが死体だったことだな」

「お約束だな」

 数年前にデサフィアンテが主催して、5血盟合同の対人戦トーナメントを行なったときのこと。冥き挑戦者、ガイル・ラベク、マリード、ベラーターが懐かしそうに話す。

「あと、ほら、あれ。フィアナ全土を使ったかくれんぼ大会。面白かったよな。俺も参加したけど、スゲー楽しかった。ボスの凱様に負けたけど」

「ああ、あのときは俺と冥さん、ボス役だったからな。各クランから1~2人ボス役出して戦ったし。かくれんぼはできなかったけど、楽しかったな」

「あれ、あとから参加者のブログ見て知ったんだよな。なんでうちのプリ参加しなかったんだよーって悔しかった」

 やはり数年前にデサフィアンテが主催したのは、フィアナ全土を使ったかくれんぼ大会だった。各血盟の君主がフィアナ全土に隠れ、それをヒントを元に血盟員たちがチーム別で探し出す。最後にはボス役の冥き挑戦者やガイル・ラベクと戦う。そんなイベントだった。ワールドチャットを使って大騒ぎをして、3時間ほどのイベントを7血盟合同で楽しんだ。

「全茶で大騒ぎして楽しそうだったよな。いいよね、ああいうユーザー主催のイベント。けど、ここ数年、そういったイベント主催してくれるプレイヤーもいなくなって寂しかったな」

 いつの間にか昔話に花が咲く。皆引退済みのプレイヤーだ。現実世界リアルの事情によって引退した者も多いが、それだけではない。引退の理由のひとつにユーザー間の関わりが希薄になったことの寂しさもあった。その顕著な例がユーザーイベントを主催するなどして、積極的に人との関わりを持って遊ぶプレイヤーが減少していったことである。

「よし、じゃあ、俺らで誕生祭やろう! 屋台出して花火大会とかさ」

「いいね。皆楽しめるほうがプリたちも喜びそうだ」

 きっと君主たちは自分たちのための慰労会イベントなど喜ばないだろう。気を遣わせてしまったと逆に申し訳なさがるに違いない。そういった人物ばかりが集まっているのが『モナルキア連盟』だ。本当に人の好い君主ばかりなのだ。

「今から俺たちがお祭り実行委員会だな。各クランに持ち帰って、出し物とか何の屋台やるかとか、色々相談して1週間後にまた集まろうぜ」

「とりあえず場所は何処でやるかだけは決めとこうか。所有者に交渉しないといけないかもしれないし」

「広さとかからして、エリンの市場あたりか? 市場ならクローズドの空間だから、モンスターも絶対入ってこないし安心して楽しめるだろ」

「じゃあ、エリン市場を第1候補ってことで、次の候補がアルモリカ市場、んでセネノース市場って感じかな」

「大体の骨子ができたところで、プリたちに『お祭りやりたーい』って提案すると。許可が出たら、即、市場借りる交渉だな」

「賛成。よーし、賑やかにやるぞー」

『迷惑プレイヤー』たちがこれからどう動くのかは、様子を見る必要がある。狩場状況とて彼奴らのせいで変わる可能性もある。しばらくこちらは動かずにいたほうがいいだろう。

 ならば、その期間は休息と遊びの時間にててしまおう。この世界に来てから7ヶ月、ずっと走り続けてきたのだ。それくらいのことは許されるだろう。

 そう決めて、幹部連は各血盟へと戻っていった。まだ屋上で宴会をしている君主たちを残して。君主たちとて、たまには全てを忘れて解放される時間が必要だろうから。






 攻城戦と『PKクラン』。

 それによって、フィアナは少しずつ当初の予想とは違う世界へと変化していくのである。