第8章 新たなる召喚者

 フィアナは春を迎えていた。

 この日【悠久の泉】は休息日であり、何処にも狩りには出かけていなかった。息抜きだからと夏生梨かおりとアルシェは厨房に篭もってお菓子作りをしている。注文端末から洋菓子・和菓子・駄菓子・スナック菓子を問わず入手できるが、たまには自分たちで作るのもいいだろう。作ることそれ自体が楽しいのだ。他愛もない話をしながら女性2人楽しそうにやっている。

 男たちは広間で将棋やオセロ、トランプといったゲームをしたり、読書をしたりしている。ちなみに各部屋の注文端末から現実世界リアルの発行物も入手できるため、様々な雑誌や小説・漫画を手に入れていた。それらは全て地下の倉庫に収められていて、地下倉庫の一角は書庫と化している。

 そしてデサフィアンテは執務室のパソコンに向かっていた。ヘッドセットを装着し、スカイプでしい姫、ショウグン、アズラクと会話をしている。日々の状況の確認はこうしてスカイプで話すことも多い。

 10血盟での翡翠の塔ボス周期見回りは1ヶ月の確認期間を終え、それなりに成果も現れていた。ボスは毎日現れている。ゲームのボスタイムが現実世界リアルでの2時間(この世界での12時間)だったことからそれに順ずるだろうと予測をつけて、出現した時間の前後6時間をボスタイムと仮定して周期を計算する。そしておおよその周期の見当がついた現在は各血盟がそれが正しいのか検証に入っている。

 その一方で、数血盟合同でのファナティコス城クランハントも行ない、定期的にチェルノボーグに話しかけているが、まだチェルノボーグは反応を返さない。ちなみにチェルノボーグはそれぞれの君主にデサフィアンテに対して言ったのと同じ言葉を一度ずつ告げており、君主間で『誰が長男!?』というどうでもいい話題で盛り上がった。結果、長女兼長子は椎姫、長男アズラクとなり、全員一致でショウグンが末っ子に認定された。

 閑話休題。

 またデサフィアンテの提案したラガシュでの演習はガビールの『血盟員のレベルとスキルが見合ってない。装備的にも心許ない』という言葉によって保留となっている。レベルは順調に上がっているが、戦闘スキルは個々人によって、或いは血盟によって差が出ている。レベルとスキルが釣り合っていない者も多い。高レベルで低位狩場ばかりに行っていると力押しで何とかなるためにスキルが身につかないのだ。そうなるとやはり現実世界リアルでも死んでしまう可能性がある以上、スキル向上までは慎重にならざるを得なかった。

『皆タドミール出ないから気が緩んでるっていうか、だらけてるっていうか ……』

『まぁ、もうすぐ半年経つしな。ある意味仕方ないだろ』

『ねぇ、息抜きっていうか気分転換兼ねてパーっと騒がない? エリンの桜がちょうど見ごろだよ。お花見しようよ』

「いいねー。大騒ぎして、ハジけて気分転換か」

 そんなことを話し合う。血盟員の精神状態を健全に保つのも君主の役目だ。幸い【悠久の泉】にはいないが、血盟によっては一部の血盟員が引き篭もり状態になってしまっているところもある。お花見の馬鹿騒ぎとなれば、少しは気が晴れるかもしれない。

 しかし、君主といえども本来は他のクラスと同じ1プレイヤーでしかない。なのに、ただ血盟の盟主だったというだけで、色々な負担を強いられている。もちろん、他のプレイヤーも全てを君主任せにしているわけではないが、どうしても最終的には君主に頼り、判断を君主に委ねる傾向にある。幸いにしてというべきか不幸にしてというべきか、今いる10人の君主はそれを拒否することなく、『君主』としての責任感を持って行動している。だが、それも君主仲間との交流があるからこそ、耐えられていることだった。

じゅん、大変だ!」

 ショウグンたちとのんびりお花見の打ち合わせをしていたところに理也まさやが駆け込んできた。後ろにはイスパーダと迅速、チャルラタンもいる。

「何だよ、一体」

「第3陣、来たっぽい!」

 その理也の声はヘッドセットのマイクを通じて他の君主たちにも聞こえていた。

「マジか ……」

 4人の君主はそれぞれタッチパネルでこの世界にいる人口を確認する。

『512人。確かに増えてるな』

 冷静な声でアズラクが呟く。これまで203人だった人口が一気に2倍以上に増えていた。

『混乱が起こるのは必至だな。今頃パニックになってる』

{ショウグン:プリに緊急連絡。第3陣が来た。予定どおりに動いてくれ。繰り返す。第3陣到着、予定どおりの行動を求む}

 アズラクの言葉にすぐさまショウグンがワールドチャットで告知をする。元々『モナルキア連盟』でこういう事態が起きたときの対処方法は決めていたのだ。デサフィアンテたち4人はすぐに接続を切り、それぞれが動き出す。

〔各人、すぐに動いてくれ。迅ちゃんティルナノグに行って。夏生梨とアルはアジト待機。他はセネノース町中に散って全茶見るように注意喚起〕

 デサフィアンテは外出用の君主装備に着替えながら血盟チャットで指示を飛ばす。血盟内でもどう動くのか、既に打ち合わせ済みだった。

{デサフィアンテ:EO及びYG関係者、セネノース豚レース場に集まってくれ。状況を説明する}

{椎姫:きのこ関係者はノーデンス倉庫に集まって。ノーデンスだよ}

{アズラク:ふぇんりるはミレシア聖堂前。ふぇんりるはミレシア聖堂前}

{ショウグン:関係するクランがない奴は現在地から近い集合場所に集まれ。各町に案内人がいる。彼らの指示に従え}

 君主たちが一斉に全茶で告知を始める。ガビール、実樹、ファーネ、徽宗、番長、ロハゴスもそれぞれ打ち合わせどおりの指示を血盟員に出し、ワールドチャットを行なう。

 ワールドチャットを繰り返しながら、デサフィアンテは集合場所に指定した豚レース場へと向かう。そこに向かう道筋にも人が溢れており、不安げな騒めきが聞こえる。

『モナルキア連盟』ではこういった事態に備えての行動マニュアルのようなものを作っていた。各君主が現状を説明する。そのために血盟ごとに場所を変えて集合させる。10血盟は主要な町に分散して集合する。デサフィアンテの【悠久の泉】はセネノース、椎姫の【ピルツ・ヴァルト】はノーデンス、アズラクの【ふぇんりる騎兵隊】はミレシア、ショウグンの【傾奇者兵団】はアルモリカ、ガビールの【曼珠沙華】はアヴァロン、実樹の【スピリット・スピリッツ】はクロンターフ、ロハゴスの【水滸伝】はエリン、番長の【夢紡ぐもの】はサリエース、ファーネの【自由気まま】はヴァゴン、徽宗の【恵比寿】はアヴェリオンという担当だ。これで主要な町は全てカバーできる。また、現在の10血盟に無関係の者もいるだろうから、その場合は近い場所に向かわせる。告知のワールドチャットに気づかない者もいるだろうから、君主以外の血盟員が各地に散ってワールドチャットを見るよう、或いは集合場所へ向かうよう、大声で呼びかける。

 それに則って君主たちはワールドチャットで呼びかけ、各地に散った血盟員たちは声を嗄らしてミレシアやセネノース、或いはエリン、それぞれの集合場所に行くように促す。

「何が起こってるか説明するから! 皆落ち着いてくれ」

「大丈夫! 不安なのは判るけど、今は落ち着いて! ちゃんと説明するから!」

 各地の集合場所では不安で堪らない第3陣の召喚者たちが騒めき、君主たちはそれを宥める。

 そうして最初のワールドチャットから30分が経ったころ、ようやく新規召喚者たちが各地に分かれて集合した。

「今から話すことは信じられないし、信じたくない話になると思います。俺はデサフィアンテ、【悠久の泉】血盟の盟主です。今から約半年前にこの世界に来ました。同じ日に200人近いプレイヤーが同じようにこの世界に来ています。その日が、この世界が始まった日です。そして俺たちは『イル・ダーナ』を名乗る声によってこの世界の説明を受けました」

 ほぼ時を同じくして、全ての君主たちが同じ説明を始めた。かつてイル・ダーナから受けたものと同じ説明を。

 説明を受けた新規召喚者たちは信じがたいようだった。それでも自分自身の身に起きたことだから信じざるを得なかった。そして、説明をしているのがかつて自分が所属していた、或いは見知っている血盟の盟主を名乗っていることも大きかった。

「この世界のある程度のシステムについては『指南の書』に書かれています。取り出し方は ……」

『指南の書』について触れて、ひとまずの説明を終了する。

「この世界で生きていくうえで血盟に属しているかどうかは結構重要だから、何処かに所属したほうがいい。もちろん、無所属でもいいけど、その場合は空き家とか宿とかで暮らすことになる。現在血盟に所属している人と、元いた血盟がこの世界にある人は一旦そこに行ってみるといい。全茶の仕方、ウィスパーの仕方は『指南の書』に載ってる。これからどうしたいのかを考えて、各自行動してください」

 最後にそれを伝えて、各地の君主たちは一旦場を解散させる。すぐに血盟加入を求めたりはしない。考えて自分の意志で行動してもらわなければならない。この場で受け付けるのでは流れに身を任せて安易に頼りきってしまう者も出てしまう。

『指南の書』には各血盟居館アジトの配置図とともに何という血盟の何という君主が所有しているのかも示されている。ウィスパーのやり方もワールドチャットのやり方も血盟加入の方法も載っている。自分で考えて血盟に入ることを決めて、合流することを決めて、自分の意志で動かせる。

 これも君主たちの会合で決めたことだった。全てを君主たちがお膳立てするのではなく、必要な情報だけを伝えて、あとは各自で判断・決断させる。第1陣と第2陣は君主自身も含めて全員がパニック状態だったから、とりあえず血盟に収容した。けれど、それが君主に頼りきってしまう者を産んだのも事実だった。もっともそれは当然人による部分が大きいのではあるが、一部の甘えを助長したことは否めない。

 デサフィアンテは説明を終えると、すぐに血盟居館アジトへと戻った。館には血盟員たちも全員戻っており、広間でそれぞれ友人リストを開き、知り合いがこの世界に来ているかどうかを確認していた。

「絢、お疲れさん」

「ああ、お前らも案内お疲れ」

 声をかけながら、デサフィアンテはタッチパネルを開き、友人リストで新規召喚された者の中に君主仲間がいることを確認する。

{デサフィアンテ:君主に連絡。今から1時間後、セネノース宿屋にて緊急会合を開きます。新たにこの世界に召喚されたプリもできれば参加してほしい}

{ガビール:新たに召喚されたプリで現在血盟を創設していない人は、速やかに血盟を創設してほしい。強制はしないが君主としての役割を担ってもらいたい}

 デサフィアンテの発言に続いてガビールもワールドチャットする。ここまでの流れは全て事前に打ち合わせていたとおりだ。

「まだ仕事あるのか。大変だな」

 コーヒーを持ってきてくれたチャルラタンが労う。自分たちの役割は終わったが、君主たちにはまだまだやらねばらならないことがあるのだ。

「うちの関係者には俺らが詳しい説明はしとくよ。アジトの使い方とか、うちのルールとか。絢はJOINだけやってくれたら大丈夫」

 デサフィアンテたち君主に全てを背負わせることはしない。『君主』でなくともできることは自分たちで分担する。そう言う理也にデサフィアンテは笑みを返す。

「ああ、頼むな。うち関係者は ……最大で9人ってとこか。部屋は足りるな」

 誰が来ているのかはもちろんデサフィアンテも把握している。もっとも全員が【悠久の泉】に加入するとは限らない。他の血盟に所属していたこともあるメンバーもいるから、そちらへ行く可能性も充分にある。

 そこに来客を告げる鐘が鳴り、アルシェが玄関に向かう。広間に戻ってきたときには2人のエルフと1人のエレティクス、それから2人のナイト(全員男性)を伴ってきていた。

「フィアさん、お久しぶり! めんまです」

「サディークだ。マジ久しぶり」

「ドロフォノスです。久しぶりの人と初めましての人がいるんだな」

「お久しぶりです、絢さん。乙です! 今更ですが、ちゃんと大学合格して卒業しましたよ」

「ご無沙汰。シャサールだ」

 5人はそれぞれ名乗る。

「めんまとサディークは即行来るだろうなとは思ってたけど ……乙とシャサールも。でも、フォノさんは来るの早かったな」

 笑みを浮かべデサフィアンテは5人に座るよう勧める。

 サディークはデサフィアンテと夏生梨が【悠久の泉】を創設する以前に在籍していた【自由気まま】で一緒だったエルフだ。デサフィアンテが君主へとキャラクターを変えて血盟を創設するときに、初心者支援というスタンスに共感して加入してくれたプレイヤーでもある。その後、【フィアナ・クロニクルⅡ】に移ったものの、時折顔を出しては『プリって大変だよな。絢はよくやってるよ』と言っていた。どうやら【フィアナ・クロニクルⅡ】でギルドマスターを始め、その苦労を身に沁みて感じていたらしい。

 乙とシャサールはともに【悠久の泉】初期から在籍していたナイトだ。乙は当時はまだ高校生だった。大学入試前に休止し、合格したら復帰する、だから復帰したら色々な狩場に連れて行ってほしいと言っていた。結局そのまま復帰することはなく、結果的に引退していた。

 また、シャサールは疾駆する狼と同じく血盟内では年長者の部類だった。血盟チャットの賑やかな【悠久の泉】の中では寡黙なほうであまり発言しなかったが、クランハントやネタへの付き合いもよく、頼りになるナイトだった。現実世界リアルの仕事事情によりいつの間にかINが減り、やはり彼も結果的に引退していた。

 めんまは【硝子の青年】になってから創設メンバー以外で最初に加入したエルフで、デサフィアンテへの敬愛という意味では血盟一番のエルフだった。デサフィアンテとペア狩りをするために風から水へと属性を変更したくらいだ。某国立大学の大学院に通っていた彼は、その後研究に専念するために引退していた。

 そして、ドロフォノス。彼も【硝子の青年】での血盟員であるエレティクスだ。その経験値稼ぎの速さは『廃人28号』などという称号をつけられたほどだ。異常な速さのレベリングのせいでレベルアップしても『おめでとう』と言われる前に『変だ!』『廃人!』と言われてしまっていた。それでも冥き挑戦者と並んで前衛の要だった。

 当然のことながら、【硝子の青年】からの血盟員であるめんまとドロフォノスは【悠久の泉】のみの加入メンバーと面識がなく、逆にサディークと乙とシャサールは【硝子の青年】からのメンバーとは初対面だ。

 5人の加入作業をしていると、そこにウィスパーが入る。相手はシーカリウス、【悠久の泉】創設期からいたエレティクスだ。

〈俺、シーカリウス。今、セネノースクロイツにいるの〉

〈 ……メリーさんかよ〉

〈アジトの場所判らん。迷子になった。迎えに来てくれ〉

〈理也に行かせる。待ってろ。判りやすいように『サンバ・おてもやん』踊っとけ〉

〈恥ずいわ! っつーか、知らんわ、そんなもん!〉

「理也、シークからウィス入った。迷子になったから迎えに来てくれって。クロイツにいるから迎えに行ってやって」

 懐かしい人物からの、昔と変わらぬウィスパーにデサフィアンテは苦笑し、理也に告げる。

「シークらしいなぁ ……。行ってくるよ」

 デサフィアンテの言葉にこちらも苦笑しながら、理也が立ち上がる。シーカリウスは何処までもマイペースなプレイヤーだった。そんな彼らしいと【悠久の泉】時代からの血盟員たちは笑いを漏らす。

「絢、バルシューンと千珠ちずからもウィス入ったわ。EOに合流したいみたい」

 今度は夏生梨がデサフィアンテに話しかける。忙しいであろう君主のデサフィアンテにではなく、旧知の夏生梨に連絡してきたらしい。

「了解。とりあえずアジトに来てもらって」

「あのー、メドさんからもウィス来てて。行っていいかって」

「何遠慮してんだよ、とっとと来やがれって伝えて」

 アルシェの遠慮がちな声にデサフィアンテはあっさりと答える。もっとも、メドヴェージの名を聞いて【硝子の青年】関係者が一瞬不快げな表情をしたことに気づき、その過保護さに苦笑した。

 そして間もなくやって来たシーカリウス、バルシューン、千珠、メドヴェージとそれぞれ久闊を叙し、加入作業を行なう。

 バルシューンと千珠はサディークと同じく【自由気まま】のときからの付き合いがあるプレイヤーだ。【自由気まま】解散後【悠久の泉】に移り、バルシューンはナイトの指南役として、千珠は夏生梨とともに回復役ヒーラーの要として頼りにされていた。色々な現実世界リアルの事情により加入後半年ほどで引退していたが、千珠は夏生梨と同じ年齢の同性ということもあって、ゲーム外でもそれなりに交流を持っていた。

 メドヴェージは【硝子の青年】時代の血盟員で、血盟では一番高レベル高スキルのウィザードだった。若さゆえの傲慢さと個人主義な傾向が強く、デサフィアンテを中心に仲間意識の強かった古参メンバーの中では少々浮いていた。ちなみに若さゆえの傲慢さは年齢層の高いデサフィアンテや血盟員からは『若いねぇ』と苦笑されるだけで、行き過ぎた振る舞いさえなければ笑って許容されていた。

 結局関係者9人全てが集まり、【悠久の泉】で活動していくことになった。これで血盟員は19人となったわけである。

「んじゃ、加入作業終わったから、俺、プリ会議行ってくる。理也、イス、あとは頼むな」

 そう言うとデサフィアンテは転移スクロールでセネノースの宿屋へと向かった。集合時間まではまだ間があるが、色々と不安を抱えているだろう新規召喚君主に対応するために早めに向かうことにしたのだ。新たに召喚された君主たちが血盟員を収容して集合するには時間がかかるかもしれないが、それを含めてすぐに対応できるよう、椎姫たちも加入作業が終われば直ちに合流する手はずだ。そのため、【悠久の泉】の新規召喚者と殆ど話す間もなく慌しく行ってしまうことになる。理也たち既存血盟員に任せておけば大丈夫という信頼があればこそのことだった。

「慌しくて悪いな。とりあえず、うち関係の新規召喚者9人全員揃ってるから、自己紹介しようか」

 苦笑しながら理也が言う。理也は今では完全にデサフィアンテの右腕として血盟内外に認められるようになっている。かつてのようにそう遇されることに初めは戸惑っていた理也だったが、今ではそれにも慣れ、デサフィアンテがいないときには彼がまとめ役だ。

 理也の仕切りで一旦全員が着座し、既存メンバーから自己紹介を始める。その懐かしい名前に盛り上がり、或いは初めましての挨拶となる。

「まぁ、こんなことになって戸惑うのは当然だけどな。EOとしては自分たちにできることはやって、皆で生きて現実世界リアルに戻る。だから」

 ここで理也は初めて笑みを消して厳しい表情を見せた。

「タドミールと戦う意思がないなら、EOからは出て行ってもらう」

 まさに血盟の幹部、君主の片腕らしい声音で言う理也に、新規召喚者は何も言えない。否、デサフィアンテと理也の信頼関係の深さを知っていた旧【悠久の泉】のメンバーは何も言わないのだ。理也が『片腕』として告げることは君主であるデサフィアンテの意志と同じだということを彼らは知っている。理也を知らない【硝子の青年】からのメンバー、めんまとドロフォノス、メドヴェージも何も言わない。デサフィアンテたちは既にこの世界に来て半年が経っているというから、その間に様々なことがあったと予想できる。だから先住者の言葉には従う。

 それにデサフィアンテは出かける前に理也に『頼むな』と言っている。責任感の強いデサフィアンテは【硝子の青年】時代には誰かに任せるということはあまりなかった。夏生梨か冥き挑戦者限定でしかその言葉は使っていなかった。チャルラタンと迅速がいれば彼らにも使っただろうが、彼ら2人はINが殆どなかったから、そんな場面を見ることはなかった。ともかく、デサフィアンテがそれほどこのナイトを信頼しているのだということが、めんまたちには感じ取れたのだ。

「正直なところ、この世界に飛ばされて帰る道筋が示されてるとはいえ、他人任せで自分じゃ何もしない輩も多いんだ。クランに入ってない奴の半数がそうだし、クランに入ってても引き篭もってる奴らも少なくない」

 疾駆する狼が現状を説明する。

「クランに入ってると生活費は一切かからない。衣食住全てが保障されてる。入ってないと自分で宿取って、マルク消費しないと衣食住はどうにもならないんだけどな。でもこれはタドミールと戦うからこその優遇措置であるはずなんだ」

 イスパーダも補足する。

「ウチはそんなことないねんけど、よそでは結構問題になっとるらしいんや。真面目に現実世界リアルに帰るためにレベル上げして狩りしてる人と、何もせんと愚痴愚痴言うてる奴といてて、悪影響出とるらしい」

 交流を持った他血盟の血盟員から聞いた話をディスキプロスが伝える。それに各血盟の君主たちが頭を悩ませていることも。

「フィアはお前たちも知ってるとおり、真面目な奴だからな。プリたちで協力し合って、何とか死者を出さずにこの世界にいる全員で現実世界リアルに戻ろうと努力してる」

 最年長者らしい落ち着いた声で冥き挑戦者が言う。

 君主たちの会合においても、率先して動くのはいつもデサフィアンテだ。全てをデサフィアンテに任せきりではないが、デサフィアンテから動くことも多いし、彼に最終判断を委ねる場面も少なくない。それが【悠久の泉】のメンバーたちには少しばかり不安だった。このままではいつかデサフィアンテが疲れ果ててしまうのではないかと。だからこそ、血盟内ではデサフィアンテの意に染まぬことはしたくない。デサフィアンテを悩ませることはしたくないのだ。

「なんつーか、相変わらず苦労性なんだな、絢は」

 苦笑しながらシーカリウスが応じる。彼とて昔からデサフィアンテを知っているのだ。デサフィアンテはずっとそうだった。ゲームなのに『君主』としてあろうとして、色々な苦労を背負い込んでいた。血盟創設から半年ほどは初心者の血盟員も多く、それゆえのトラブルもあった。その尻拭いや解決のためにデサフィアンテは自身の狩りの時間を削ってまで動き回っていた。血盟員が安心してプレイできるように楽しめるようにとあれこれ気を配り、自分よりも血盟員を優先していた。だからこそ、理也やイスパーダ、迅速、疾駆する狼といった自ら彼を援けようとするメンバーが周りに揃ったのだろう。

 シーカリウス自身はそこまでデサフィアンテに対して積極的にはなれなかった。せめて自分がデサフィアンテに負担をかけることはないようにと心がけたし、デサフィアンテが笑えるように血盟チャットやクランハントでは賑やかし役を自分に課したくらいだ。それ以上の責任を持たされるのは御免だと思っていた。所詮ゲーム、遊びなのだから、変に義務や責任、しがらみなんてものに縛られたくはなかったのだ。デサフィアンテはそんなシーカリウスの気持ちを知っていたのか、自分に血盟運営について何かを求めることはなかった。血盟古参メンバーであるシーカリウスに求めたのは、狩場での前衛としての役割だけだった。決して差別されていたわけではない。それぞれがゲームに求めることに見合った責任しか持たせなかっただけだ。もっとも自分から血盟幹部としてのサポート役を回避したくせに、シーカリウスはそれが少しばかり寂しくも感じ、理也やイスパーダを羨ましく思ったりもした。

「絢さんは本当に『君主』でしたからね、昔から」

 ナイト時代からデサフィアンテを知っているバルシューンは呟く。

 バルシューンはまだデサフィアンテがナイト『プルミエ』だったころからの知り合いだ。初心者だった夏生梨とプルミエが【自由気まま】に加入し、当時は他の初心者の血盟員もいなかったことから、バルシューンをはじめとした血盟員たちは2人を積極的に支援した。決して甘やかすだけではないその支援はデサフィアンテに【フィアナ・クロニクル】の楽しさを教え、それゆえ後に彼は初心者支援血盟を立ち上げることになる。

 デサフィアンテが【悠久の泉】を立ち上げたのは、彼が【フィアナ・クロニクル】を始めてから2ヶ月が過ぎたころだった。当時は月額課金制だった【フィアナ・クロニクル】は2週間の無料体験期間がある。しかし、この体験期間では楽しさを実感できずにそのままやめてしまう者も多い。実際、夏生梨もこの無料期間でやめるつもりだったのだ。【自由気まま】に出会い、血盟に所属することで初めて夏生梨はこのゲームの楽しさを知った。それをデサフィアンテは知っていたから、何も知らないままゲームをやめてしまうのは勿体無いと思ったのだ。それが、血盟を作ることを決めた理由だった。

 【フィアナ・クロニクル】の楽しさは血盟に入ってこそ実感できると思うから、初心者支援血盟を作る ── そう言ったデサフィアンテに共感したサディークは【自由気まま】から【悠久の泉】に移った。デサフィアンテと夏生梨の2人だけで初心者支援は難しいだろうから手伝うと言って。バルシューンは移籍はしなかったものの、やはり積極的に支援した。ナイトの多い【悠久の泉】のクランハント狩場をアドバイスしたり、装備の相談に乗ったりもした。また自身にはもう必要のない初心者向けの装備や魔法書を寄付したりもした。

 もっとも、それらの支援品をデサフィアンテは中々受け取ってはくれなかった。装備やアイテムを集めることもゲームの楽しみのひとつだからだ。そして、安易に上級者に頼る癖をつけたくなかったのだ。そう言って固辞するデサフィアンテにバルシューンは『どう使うかは絢君に任せますよ。私が持っていても倉庫のスペースを圧迫するだけなので捨てるしかありませんし、貰ってくれませんか』と再三告げて、それでようやくデサフィアンテは支援を受け取ってくれたのだ。ちなみにその支援の装備品はクランハント限定で貸し出し、『次の段階の装備の目安』として血盟員たちのお試し品としての役割を持つことになった。

 実はこの対応でバルシューンはデサフィアンテを『君主』として意識するようになった。それまでは血盟の後輩ナイトの別キャラとしか思っていなかった『鷹村絢』が、『君主・鷹村絢』としてバルシューンの中に存在感を持った。これまでバルシューンや血盟員が支援してきた初心者は、こちらが与えるものは躊躇いもなくそれを受け取り、活用していた。しかし、デサフィアンテは違った。感謝するが、受け取らない。デサフィアンテ個人への支援品についてはまず100%受け取ってはもらえない。血盟への支援品については前述の通りで、それでも一定の相場金額以上の装備や魔法書は絶対に受け取らなかった。

 安易に上級者に頼りたくない、頼ることは初心者のゲームの楽しみを奪うことにもなるというデサフィアンテの考えに納得したバルシューンは以降、クランハントの指南役としての支援に切り替えた。クランハントに参加して戦い、実際の立ち回り方をアドバイスした。【悠久の泉】の血盟員たちは素直にそのアドバイスを受け入れ、目に見えてスキルアップしていった。そんな姿を見ることもバルシューンには楽しかった。更に【悠久の泉】のナイトたちは自分を師匠として慕ってもくれた。それが嬉しくて、何処か擽ったい気持ちにもなった。

 やがて【自由気まま】が解散すると、デサフィアンテに【悠久の泉】に誘われた。理也や疾駆する狼といったナイトたちも是非にと誘ってくれた。それを受け、バルシューンは千珠とともに【悠久の泉】に加入した。

 加入した【悠久の泉】はとても賑やかな血盟だった。クランハントに参加していたから、予想はしていた。しかし、予想以上だった。外からでは判らない血盟チャットは想像以上に流れが速い。狩りをしながら皆が常にチャットしている。解散前は人がおらず殆どチャットのなかった【自由気まま】とは全く違っていた。そしてその賑やかなチャットの中心はデサフィアンテだった。彼は自らネタを振ってチャットを盛り上げ、INしている血盟員1人1人に気を配っていた。それをバルシューンは凄いと思った。細やかに気を配っているのに、それと感じさせない。決して押し付けがましさがない。

 そして、時折見せる凛とした君主としての態度。何かトラブルがあれば、すぐさまデサフィアンテは対応した。決して放置することはなかったし、その対応は素早かった。血盟員に、或いはトラブルを起こした相手に、彼は誠実に対応した。一方的にどちらかを庇い、どちらかを責めるのでもなく、公平に判じた。血盟員が理不尽に巻き込まれれば、彼はそれに対して血盟員を守った。

 ああ、彼は本当に『君主』なのだと、そう実感した。こんな彼だからこそ、【悠久の泉】はこんなにも温かくて楽しい血盟なのだ。こんなにも血盟員は安心してゲームを楽しめているのだと。

「YGになってからは、あんまりそれを前面には出さなくなってたけどな」

 少しばかり寂しげにチャルラタンが言う。【悠久の泉】時代と【硝子の青年】時代の違いを知っているのは、夏生梨と迅速、チャルラタンとアルシェの4人だけだ。【硝子の青年】になってからのデサフィアンテは色々と思うところがあったのだろう、君主としてよりも1前衛として行動していた。というよりも【フィアナ・クロニクル】全体の雰囲気が変わっており、君主に役割を求めなくなっていたのだ。

「話を戻すけど、今回加入した9人は、絢や俺たちとともにタドミール倒す意志があるってことでいいな?」

 念を押すように厳しい口調で言うもう1人の片腕イスパーダに、9人は頷いた。

「じゃあ、次に生活について説明するけど、その前に、姐御、お茶にしない?」

「そうね。折角クッキーも焼いたし。コーヒーでいいかしら? ご希望なら紅茶、緑茶、烏龍茶、玄米茶に焙じ茶、ついでに梅昆布茶もあるわよ」

「クッキーに梅昆布茶はないっしょ、姐御」

 場の空気を明るくするように夏生梨が笑いながら理也の提案に応えれば、チャルラタンがそれにツッコミを入れる。

「姐御、お手伝いしますー」

「夏生梨、私も手伝うわ」

 立ち上がる夏生梨に、アルシェと千珠も続く。

 女性3人が厨房へ消え、小休止ということで喫煙者組が喫煙室へと移動する。

「あとは、レベル・装備確認と、部屋割りと、タイムスケジュール確認か。ああ、注文端末についても説明しないと」

「先に各自パソコン入手させるか? そうすりゃサイト見ながら説明できる」

「けど、そうなると、先に部屋割りしなきゃいけなくなるし、ついでの着替えとかあるし、時間ロスしそう。それにパソコン設定とか時間かかるからな。パソコンはあとでいいんじゃないか? 話した内容を各自再確認ってことで」

「他に説明がいるのは ……クラハンルールか。多分、レベルが相当違ってるから、クラハンもしばらくは組分けしないといかんだろ」

「だな。YG組は判らないけど、EO組は45前後だろうし」

 第3陣は【硝子の青年】組のドロフォノス・メドヴェージがLv.70台と高いが、他は45から50といったところだ。既に第1陣・第2陣召喚者である既存血盟員はLv.80を超えているから、新規召喚者とのレベル差は大きい。クランハントをどうするかはデサフィアンテが帰ってきてから相談する必要があるだろう。

 これからのことを打ち合わせる理也、イスパーダ、疾駆する狼、冥き挑戦者。そこにシーカリウス、ドロフォノス、シャサールが加わる。

「煙草あるんだな。1本貰っていいか?」

 まだ部屋割りも済んでおらず、当然この3人は煙草を持っていない。

「ああ。あとから部屋割りしたら、自分好みのヤツを手に入れられるぞ。現実世界リアルと同じのが揃ってるからな」

「そりゃ助かる」

 それぞれ煙草を受け取り、紫煙を燻らせる。

「変な世界に来ちまったけど、すぐに絢が声をかけてくれて助かったよ」

 シャサールが呟く。おかげで呆然とした時間はわずかで済んだ。

「ですね。プリが早めに対処してくれたのが心強かったな」

 ドロフォノスも同意する。何がなんだか判らずにいたところに注意喚起の声が聞こえ(今思えばそれは冥き挑戦者だった)、促されて見上げた空にはセネノースに集まるように指示が出されていた。かつての血盟主の名前で。

「俺らのときの教訓あったしな。それに第2陣と違って今回の第3陣は300人来てるから、プリたちが動いてくれたんだよ」

 イスパーダがそう説明する。いつだって真っ先に動いてくれるのは君主たちだ。だからいつの間にかこの世界は君主たちを中心に動くようになっている。『モナルキア連盟』はこの世界の謂わば最高評議会だ。もっとも君主たちは自分たちがこの世界で『為政者』になっていることの自覚はないようだが。

「今もプリ会議やってるしな。今回どれだけのプリが来てるのか ……それにどんな奴が来てるのかも問題だな」

 何処か深刻な面持ちで冥き挑戦者が呟く。今までいた君主は10人。全員が前向きに動こうとする君主で、協力的なプレイヤーばかりだった。しかし、今回来ているであろう君主はどうなのか。300人も来ていれば君主もそれなりに召喚されているだろう。もし、悪名を馳せた戦争血盟の君主たちが召喚されているようであれば、今は概ねひとつにまとまっているこの世界に混乱を来たすことにもなりかねない。

「絢の負担が増えなきゃいいんだがな」

 自ら苦労を背負い込んでしまうデサフィアンテだ。それが心配だと理也が苦笑すれば、イスパーダも疾駆する狼も冥き挑戦者も同じく苦笑する。この半年の間に彼らの絆は強くなっている。仲間から家族のようなものへと。デサフィアンテは確かにこの血盟の君主ではあるが、同時に弟のようなものでもあった。

「あ、それとドロフォノス。『プリ』呼びはNGな。名前で呼んでくれ」

 ふと気づいたように冥き挑戦者が言う。第1陣・第2陣でデサフィアンテを『プリ』と呼んでいる者はいない。唯一そう呼んでいたアルシェもボスと呼んでいたディスキプロスも今は名前呼びになっている。理也たちがそう誘導したからだ。

「プリって役職であって名前じゃないからな。フィア、結構それを寂しがってたらしい」

 不思議そうに自分を見たドロフォノスに冥き挑戦者は答える。

「絢って甘えん坊の寂しがりやだからな」

 理也は苦笑する。【悠久の泉】時代にはプリと呼ぼうとする者に『絢でいいぞー』とわざわざ言っていたくらいだった。それでもプリと呼ぶ者もいたが、それにちょっと寂しいと言っていたことを思い出す。

 君主の場合、固有名詞で呼ばれることは少ない。男性の君主であれば『プリ』か『王子』、女性の君主であれば『姫』と呼ばれるのが一般的だ。どの血盟でも君主を名前で呼ぶ者は少ない。【硝子の青年】ではデサフィアンテを名前で呼んでいたのは、【悠久の泉】時代の幹部の他は冥き挑戦者とめんまだけだった。名前ではなく『プリ』と呼ばれると、個人ではなく『君主』というクラスでのみ見られているような気になるのだ。お前ではなくともいい、君主であればいいんだと、いくらでも代わりの効く存在と思われているような、そんな寂しさを感じるのだ。皆がそう思っているわけではないだろうが、それでも名前を呼ばれるよりも距離を感じてしまう。

「この世界、プリは色々負担が大きいんだ。だから、せめて生活空間ではそれを感じさせないようにしたい。まぁ、俺らは絢が絢だから、一緒にいるんだけどな」

 疾駆する狼は言う。ずっと自分たちは絢と呼んでいた。一度もプリと呼んだことはない。鷹村絢やデサフィアンテを君主と見ていなかったわけではない。むしろ【悠久の泉】の古参メンバーは自分たちの『君主』はデサフィアンテ以外には有り得ないと思うほど、彼を慕っている。その自覚は全員にある。けれど、それでも彼を『プリ』とは呼びたくなかった。それを彼が寂しがることを感じ取っていたから。名前を呼ばれることを彼は嬉しそうに受け容れていた、そう疾駆する狼は思う。

「あー、確かにそうか。俺もエレとか前衛って呼ばれたら、名前呼べやって複雑な気分になるかもな。んじゃ、フィアって呼ぶかな、冥さんみたいに。メドにも言っとく。あいつもプリ呼びだし」

 プリ呼びと名前呼びでは互いの心理的距離感が全く違ってくる。確かにデサフィアンテは『プリ』と呼ぶメンバーよりも名前で呼ぶメンバーに対して甘えていたような記憶がある。付き合いの長さゆえかと思っていたが、それだけではなかったのかもしれない。そう思い、ドロフォノスは頷いた。同時にここにいる人たちは皆心からデサフィアンテのことを心配しているのだとも感じた。こんな過酷な世界で『君主』としてあろうとしているデサフィアンテの負担を思い、それを少しでも軽くするために彼らは心を砕いているのだろう。

「さて、戻るか。まだまだやることはいっぱいあるしな」

 明るく言うイスパーダに頷き、男たちは居間へと戻っていった。






『モナルキア連盟』の会合はいつものセネノースの宿屋ホールで行なわれていた。今回この世界に来ている君主は多い。しかし、その全てが集まっているわけではなかった。

 この場にいるのは元々いた10人の他に6人。デサフィアンテらと仲の良かった華水希、オブロ、クエルボ、椎姫と交流の深かったテールム、そしてアルサーデス君主の憧れの存在といっても過言ではないクリノスとゼフテロス。

 デサフィアンテたちは新たに召喚された6人の君主にこれまでのことを説明した。この『モナルキア連盟』が何をやっていて、何を目標に動いているのかも。そして、6人がそこに新たに加わり同じ目標に向かって動くことに同意を得た。

 元々呼びかけに応じた君主たちだ。異論は出なかった。君主たちの中にあって別格扱いされていたクリノスとゼフテロスではあったが、自分たちはこの世界では新参者であること、【フィアナ・クロニクル】を離れて久しいこと、レベルも現在では先にこの世界に来ている君主たちよりも遥かに低いことから、自分たちも仲間の1人として対等に扱ってほしいと言った。

「でも、今回来てるプリって6人だけなの? 少ないわね」

 割合からいえばもっと来ていてもおかしくはない。そう言ってファーネはタッチパネルを操作し、友人リストを確認する。自分の数少ない君主友達は誰も召喚されていない。

「俺の知り合いも他は召喚されてないな」

 デサフィアンテの知り合いは今回の召喚でほぼ全員こちらに来ている。来ていないのはまだ現役プレイヤーの数人くらいのものだ。

「来てるとしても、まだ呼びかけに応じるだけの余裕がないのかもしれないな。また日をおいて呼びかけてみればいいだろう」

 数人の知人君主がこの世界に新規召喚されているガビールはそう提案する。その数人の君主はこの場にはいない。たが、数日をおいたとしても彼らがこの会合に来るとは思えなかった。彼らはクラスこそ君主ではあるが、ここにいる『君主』たちと違って血盟主としての意識は乏しい者たちだった。

「そうだな。各クラン人数増えただろうし、レベルの差とかもあるし、色々あるだろうな。だから、しばらくの間は自分のクランのことに専念、合同クラハンも休止ってことでいいかな。新規召喚者が落ち着いたら再開しよう」

「ああ。第3陣が落ち着いて狩りに出られるようになるまではそれがいいだろうな」

 デサフィアンテの提案にアズラクも同意し、それが『モナルキア連盟』の決定となる。

「けどさ、この世界に召喚されてるのって、見事にアルサーデスの人間ばっかりだよな? 他の鯖出身者っていないのか」

 ふと思いついたように実樹が言う。

「そういやそうだな。本鯖は今じゃひとつに統合されてるし、無関係に召喚されそうなもんだけど」

 少なくとも把握できている召喚者で他サーバー出身の者はいない。一体どういうことなのだとロハゴスも同意する。

「んー、完全に予想だけど」

 そう言って口を開いたのは今回召喚されたゼフテロスだ。彼は一番新しい7番目のサーバー、アルサーベでのプレイが最後だ。けれど、キャラクター選択できたのはアルサーデスのキャラクターだけだった。

「イル・ダーナは意図的にサデ鯖出身者を選んでるんだと思う。イル・ダーナの言う『古き良きFCHを知るプレイヤー』が一番多いのがサデ鯖だと思うんだ」

 アルサーデスは6番目にできたサーバーだ。それ以前のサーバーから移住した者も多いため、イル・ダーナの言う『古き良きFCHを知るプレイヤー』という条件にも当てはまる。最新のアルサーベはできてまだ期間が短く、またプレイヤーの質は悪かった。各サーバーからの移住者の殆どが『迷惑プレイヤー』と認識されている者たちだったのだ。それは実際にプレイしていたゼフテロスがよく知っている。そうすると『スキルと質の高いプレイヤー』という条件から外れる。だから、アルサーデスから選ばれたのではないか。

「うわー、俺たち超アンラッキー。ま、言ってもしょうがないけどな」

 ゼフテロスの言葉に応じたデサフィアンテの台詞は全員に共通する思いだった。

 ともかく、何故アルサーデス出身者のみが召喚されているのかは、考えても判らない。だから考えても無駄だ。必要とあればイル・ダーナが説明するだろう、とこの話はここでやめる。

 その後、更に新規召喚の6人に君主連絡用サイトのことやスカイプの説明をして、この日の集まりは終了となった。

「さて、しばらくはまた忙しくなりそうだな」

 何しろ新規召喚者は300人もいるのだ。どの血盟もしばらくの間は日常生活も狩りも彼らに合わせたものになる。混乱を抑えつつ彼らがこの世界の生活に慣れるように配慮しなければならない。

「300人だもんねぇ ……。問題が起きなきゃいいけど」

 人が増えればトラブルも増える。椎姫はそれを懸念した。

「何かしらの問題は起きるだろ。混乱や問題を最小限に抑えるために俺らはできるだけのことをしようや。それがプリでこっちに召喚されちまった俺らの役目だ」

 なんで自分たちだけがこんなに責任を負わなければならないのだと初めのころは思いもしたが、今はそれも仕方ないと割り切っている。誰かが先頭に立たなければ集団はただの烏合の衆で、社会生活すら営めない。だったら、世界観の中で『君主』と位置づけられている自分たちが動くのが一番角が立たない。そう思ったからこそ、自分たちは自ら動くことを決めたのだ。

「そういうことだな。いいじゃないか。心強い仲間も増えたんだし。Mプリ仲間もな」

「そういやMプリ全員揃っちまったな」

 ショウグンの言葉にデサフィアンテが応じ、皆が笑う。

 明るく話す10人の先達君主に、新たに加わった6人も安堵する。召喚されたばかりの自分たちは不安だが、彼らがいてくれる。彼らが既にこの社会を作り上げてくれていた。何も判らず手探りの中で、きっと彼らは力を合わせてこの世界の中にひとつの流れ、社会を作り上げたのだ。新たに召喚された自分たちを受け容れる準備を含めて。

 彼らと同じ君主ではあるが、自分たちは彼らとは違う。彼らほどの苦労を自分たちはしていない。彼らと対等だなどとは到底思えない。そう6人は感じていた。それが、先達への感謝であるのか、或いはそれ以外の感情であるのか、それは各々違っていたが。






 第3陣の召喚。

 それは決して喜ばしいことだけではなかった。この召喚によって、安定していたフィアナは少しずつ乱れていくことになる。