毎日のように狩りに出かけてはレベル上げをし、月に2回は君主仲間との会合を持ち、そうして日々を過ごしている間に年は明け、新フィアナ暦2年を迎えた。この世界に来て約2ヶ月半が経過したことになる。しかし、年が改まったというのに一向にタドミールが現れる気配はない。
この2ヶ月半の間に【悠久の泉】のメンバーは皆かなりの成長をしている。
しかし現状は満足できるものではない。レベルは上がり戦闘スキルも上がった。狩場での動きは格段に良くなり、メンバーの連携は阿吽の呼吸といえるものになっている。だが、その彼らを守る装備が整わない。元々【フィアナ・クロニクル】は『マゾゲー』といわれるほどレベリングと資産貯蓄が困難なゲームだ。この世界ではレベリングは容易になったものの、資産貯蓄においてはゲームと同じくかなり厳しい。
【フィアナ・クロニクル】において武器・防具・アクセサリーを入手する方法は3つある。ひとつはNPC商店での購入、ひとつはモンスターからのアイテムドロップ、そして製作だ。NPC商店で購入できるものは初心者向けの低級装備でしかない。高レベルプレイヤーの求めるものはその殆どがモンスターから得るドロップ品であり、またはドロップした素材アイテムを基に製作されるものとなる。そのドロップが極めて乏しいのだ。否、ドロップそのものはそれなりにある。
レアな上級装備を求めて忘却の孤島やマグメルド島の精霊の霊廟に篭もったりもしたが、満足のいく成果は得られていない。もちろん、理也たち早期引退組の装備は多少は良くなった。それでも精々Lv.50相応のものでしかなく、現在の彼らのレベルに見合っているとは到底言いがたい。それは比較的整っていたデサフィアンテや冥き挑戦者にしても同様だ。装備がレベルに見合っていなければその力も十全には発揮できず、結果としてレベルに見合った上位狩場に行くこともできていない。
【フィアナ・クロニクル】に限らずゲームでは武器や防具がキャラクターの強さを大きく左右する。特に【フィアナ・クロニクル】の場合、防御力はレベルが上がっても然程上昇しない。総合防御力を示すACはアーマークラスの略であり、つまりは防具の性能が全てといっても過言ではないのだ。
例えば、ステータスが重要な要素である【フィアナ・クロニクル】では同クラスでステータスタイプの違うサブキャラクターを作るケースも多い。同クラスのサブキャラクターを育てる場合、このACの効果は顕著に現れる。デサフィアンテは鷹村絢をLv.47まで育て、その後デサフィアンテを作成した。その際、鷹村絢で揃えたLv.45相応の装備を流用したことによって狩りの効率は格段に上がり、同じLv.47になるのに要した時間は約3分の1だった。それくらい、装備が整っているか否かは影響が大きいのだ。
「強い防具欲しいよなー」
「ああ、マジで欲しい。Lv.70超えてるのにAC-60ないってのがなぁ」
クランハントでは壁役となり敵の攻撃を受け止める
「まぁ、『
『フィアナWeb』の装備情報を見ながらイスパーダも言う。
「武器だってな。いつまでも『
「俺、『
「俺は『
今度は武器に話題が移る。口にしているのはナイトだけだが、他の7人も同様のことを考えている。
「やっぱり市場にレア装備が出回らないってのは痛いよな」
3人の話を聞きながら冥き挑戦者が呟く。
ゲームならばレア装備を取得してもそれが自分に不要ならば市場に出す。自分ではドロップできずともそうやって入手することは可能だ。同様のことはこの世界でもあるはずなのだが、そう巧くもいかない。今ではそれなりの数のプレイヤーが狩場に出るようになっているとはいえ、上位狩場に出る者は圧倒的に少ない。何しろ最も狩りに出ている【悠久の泉】ですら、殆ど行けていないのだ。当然、上級装備を入手する機会も少なくなる。
「防具かー ……。やっぱ、ボス狙いかな」
「あとはファナティコス城、魔族の神殿あたりだな」
デサフィアンテの呟きを冥き挑戦者が拾う。
しかし、魔族の神殿はAC-65は最低でも必要だといわれており、それを満たしているのはデサフィアンテと冥き挑戦者だけだ。
「まずは手に入れやすいクエスト報酬狙いかな。ナイトなら『
「あのクエストはノーデンスケイブ海底だし、巧くいけば水竜の鱗も手に入るな。そうすれば竜鎧系の製作もできる」
「あー、でもあのクエストボス、今のあいつらの武器じゃ弱いな」
「71階スクもたっぷりあるし、しばらく80階でベレト狙うか。『ベレトソード』なら比較的ドロップ率高いし」
ナイトたちの要望を叶えるべく、デサフィアンテと冥き挑戦者は具体策を検討する。
「あ、
「あら、それなら私も行きたいわ。『
そこに迅速と夏生梨も加わる。それぞれが現在の装備に不満を持っているのだ。
「じゃあ、しばらくは別行動するか。 ……あ、待て。ラガシュ系なら他の奴らが在庫あるかもしれない。実樹とかガビールとか。次のプリ会合のとき聞いてみるよ」
ともかくレベリングは一旦後回しにして装備を整えるために動くことを決めたのだった。
「ん、アンシャル弓とラガシュ杖? ああ、あるぞ、余剰分。あとアンシャル剣もあるよ」
早速実樹に訊くとあっさりと返答をもらえた。その場で交渉はまとまり、『ラガシュアンシャルボウ』ひとつ、『ラガシュアンシャルの魔杖』ふたつ、『ラガシュアンシャルの大剣』ひとつを相場よりもかなり安価で売ってもらえることになった。
現在は新年最初の君主会合の席である。この君主会合は今回で4回目だ。君主会合にはこの世界に来ている全ての君主が参加している。幸いにしてデサフィアンテはその君主たち全員と面識があったため、連絡会 ── 『モナルキア連盟』はスムーズに発足した。発起人であるデサフィアンテ、
「中々出ないね、タドミール」
「情報も出ないしなぁ」
集まった君主たちは一向に現れる気配のないタドミールに苛立ちを感じていた。出現したとしても現在の平均レベルやスキル、装備などを考えるとすぐに討伐隊を組める状況ではないから、まだ出現しないのは有り難いことではある。しかし、タドミールが出てこなければ討伐もできないのだから、
ガビールはアルサーデス・サーバーでは最も高レベルだった君主で【曼珠沙華】血盟の盟主である。デサフィアンテの主催した通称プリツアーでは道に迷い『行き止まりに行くのは得意!』という迷言を残したこともある。所有している4キャラクター全てがLv.70以上という中々の廃人プレイヤーで、且つ引退したのがこの世界に来る3ヶ月前とごく最近までプレイしていたことから、最もゲーム情報に詳しい人物だ。
実樹は【スピリット・スピリッツ】という血盟を主催しており、この中では唯一の戦争血盟の君主である。そのため他の君主に比べると戦うための組織作りには長けており、対タドミール戦の戦術・戦略をアズラク、ガビールとともに練っている。ちなみにアズラクはアルサーデスオープン以前に別サーバーで戦争血盟の参謀をしていたことから、戦術立案に加わっている。
【水滸伝】血盟のロハゴスはデサフィアンテが【悠久の泉】を創ったばかりのころに知り合った一番古い君主友達だが、知り合って半年もしないうちに引退してしまっている。【夢紡ぐもの】の番長は【硝子の青年】になってから知り合った君主友達で付き合いは最も短い。もっとも、2人とも頻繁に合同クランハントをしたからその分濃密な付き合いともいえる。ともに夏生梨の別キャラクターがその血盟に在籍していたことがあり、その縁で知り合っている。
ファーネはデサフィアンテが君主を始める以前にナイトでプレイしていたときの所属血盟【自由気まま】の盟主で、夏生梨も当初はそこに所属していた。後に【悠久の泉】に加入したサディーク、バルシューン、千珠、アグアベラノともこの血盟で知り合った。彼女が別のゲームに移ったことにより血盟は空中分解し、その結果デサフィアンテは君主を始めることにしたから、謂わばきっかけを作った人物だ。
そして、徽宗は狩り血盟では最大規模を誇っていた【恵比寿】の盟主であり、ゲーム内君主会合の初期メンバーの1人である。この世界にもかなりの元血盟員が来てしまっており、唯一50人を超える血盟員がいる。
これら10人の君主の許に合計150人弱の血盟員が集まっている。この世界には約200人が召喚されていることが判明しているから、50人程度が血盟無所属になる。血盟に所属していたほうが生活がしやすいからと、幾度か君主たちはワールドチャットで血盟加入を呼びかけたが、彼らがそれに応じることはなかった。
無所属者の半数はこの世界に召喚されたことを未だに嘆き恨み、どうにもならない日々を過ごしている。当然狩りに出ることもなく、少ない所持金を使い果たし、今ではNPCの経営する店に対しての窃盗を働いたり、乞食紛いのことをしたり、狩場でのドロップシーフ(地面に落ちたドロップを盗む行為)をしたりと迷惑プレイヤーとして認識される者もいる。それらの対応には君主たちも頭を悩ませている。
残りの半数は次回以降の召喚で自分たちの君主が来るかもしれないと思い、それを待っている者たちだ。自分の君主や血盟への思いが強いだけに暫定的に既存血盟に入ることをよしとせず、無所属を貫いている。但し、タドミールとの決戦までに君主が来なければ何処かに所属するつもりでいる。
「あと華とオブロとクルが来たらMプリ揃うな」
アズラクが言う。Mプリは『マゾい君主連合』のことで、よく合同イベントをやっていた君主たちの総称のようなものだ。明確に組織として存在していたわけではないが、経験値や資産を稼ぐことよりも周りを楽しませて自分たちも楽しむことに重きを置いていた君主たちは自分たちでそう称していたのだ。ちなみに構成メンバーはデサフィアンテ、椎姫、ショウグン、アズラク、華水希、クエルボ、オブロ、番長だ。実樹は真面目に戦争をしていたから入っていない。
「来たら楽しいかもしれないけど、来てほしくはないよな」
とデサフィアンテが応じれば、皆がやはり頷く。既に来てしまった自分たちは仕方ないにしても、新たな犠牲者が出ないに越したことはない。もちろん、彼らとて犠牲者のままでいるつもりはない。タドミールを倒して勝者となって
「でもプリ10人に他のクラス合わせても200人ちょいって、プリ多すぎじゃないかしら。これだと1クラン20人くらいよね」
椎姫が言う。
「第3陣以降のプリ召喚が少ないのかもしれないな。先にプリを呼び寄せてるとか。それにプリの数少なかったらその分、各プリの負担増えるし、まぁ、今のところ妥当じゃないかな」
番長がそれに応じると、『プリの負担』という点については同意の声が上がる。
「それに決して少なくないと思うぞ、20人って。うち50人いるだろ。やっぱり人が多いとその分色々あるよ。派閥とまではいかなくてもグループできたりとかさ。正直面倒だわ」
現在最大人数を抱えている徽宗の、しみじみと実感の篭もった言葉に君主たちは同情の目を向ける。一緒に生活するとなれば、ゲームのように気楽に考えることもできない。
「まぁ、今は何とかやってるけどね。あと、狩りのときの状況把握はぶっちゃけ無理。大体50人のパーティなんか組んだら何処の狩場でも動けないし、
徽宗の場合は自分のパーティがレベルの低い9人を入れ、他は8人ずつの合計6パーティでクランハントを行なうことで落ち着いた。10人を超えるとウィザードや水属性エルフら
「だったらプリも足りない可能性はあるわね。第3陣次第だけど」
血盟員数はわずか5人という状態のファーネは溜息をつく。
「第3陣、あるのかねぇ」
自身は第2陣でやってきたロハゴスが呟く。第2陣は第1陣の翌日には来たが、それ以降の召喚はない。
この2ヶ月半の間にいくつかのシステムが更新されている。キャラクター検索は元々チャットの文字入力欄にコマンドとキャラクター名を入れることによって所属血盟と称号が判る仕組みになっているのだが、コマンドのみを入力することでこの世界にいるプレイヤーの総数が判るようになったのだ。そのシステム更新以来、君主たちは毎日プレイヤー数を確認し、一切の増減がないことが判っている。
「タドミール討伐にどれくらいの人数がいるのかな」
この世界にいる200人が多いのか少ないのか、それも判らない。ゲームの上級者向けコンテンツであるラガシュやシッパル、神竜の棲み処は最大3パーティ24人の入場制限があるが、タドミールも同じなのか。それとも攻城戦のように血盟単位で戦うのか。全く何も判ってはいない。
「正直データがないからな。でもHPやHPRは半端じゃないだろうし、人数多いに越したことはないだろ」
「タドミールの情報早くくれよ、イル・ダーナ!」
生活に一定の流れとペースができたことで、この会合の話題はほぼタドミールに関するものになっている。しかし、情報もなくいつも何の進展もない。それでもいつタドミールが現れても対応できるようにと君主たちは月に2回こうして集まり、またメールやスカイプ、君主連絡用サイトで状況を確認し合う。血盟間の連携を図るために合同クランハントも行ない、タドミールに備えている。
「フィアさん、この前はうちの血盟員がご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
雑談していたデサフィアンテにそう言って頭を下げたのは番長だ。彼は元々夏生梨の別キャラクターが彼の血盟に所属していたことから交流を持つようになった君主である。当時はまだ君主としての経験が浅く色々と悩んでいた彼に、夏生梨がデサフィアンテを紹介したのだ。それをきっかけに彼はデサフィアンテに様々なことを相談するようになった。それゆえか彼はデサフィアンテを尊敬しているらしく、プレイブログでは『尊敬する君主』として紹介されたことがある。それを見たときデサフィアンテは
「ああ、あれね。いいって。あの日はめっちゃ湧いてたから仕方ないよ。狩場では助け合わないとね」
だから気にするなとデサフィアンテは笑う。
先月の終わりにカラベラ要塞でクランハントをしていたときのことだ。そこには【夢紡ぐもの】の血盟員4人が狩りに来ていた。通常であれば何の問題もないパーティ構成とレベル帯だった。しかし、その日は異様にモンスターが活性化しており、所謂『鬼湧き』状態で彼らの許容量を大きく超えてしまっていた。このままでは死者が出るという危機的状況に陥り、彼らは帰還スクロールを使って狩場から離脱した。その判断は妥当なものであり、間違ってはいない。
ただ、運の悪いことに近くにはデサフィアンテたちがいた。通常ターゲットのいなくなったモンスターはしばらくすれば非戦闘状態に戻り散っていく。しかし、他のプレイヤーが認知範囲内にいればそちらにターゲットを変更する。このときもモンスターは一斉にデサフィアンテたちに襲い掛かった。最後に脱出したナイトは焦った。たまたま彼はデサフィアンテと面識があったことから慌ててデサフィアンテにウィスパーを送った。申し訳ありません、と。自分たちが湧かせてしまったモンスターを結果的に押し付けることになってしまったのだ。
「でも一歩間違えばMPKになっていたわけですし」
MPK ── 大量のモンスターを引き連れて他のプレイヤーを襲わせて殺す行為はMMOの中でも嫌がらせ・迷惑行為の代表的なものだ。PKと違ってたとえ意図していなくても結果的にそうなってしまうこともある。今回の件はまさにそうなるところだった。
「なってないから大丈夫。ああでも、湧き管理の指導はしとけ。湧き調節できないと危ないぞ」
繰り返し詫びる番長にデサフィアンテは苦笑する。だから敢えて強い口調でアドバイスをすることでそれ以上の謝罪を封じた。
【悠久の泉】ではゲーム時代『恰好悪いから禁止』とされていた行為がいくつかある。そのひとつがワールドチャットで他者に文句を言うことだ。ゲーム時代によくあったのが『飛ぶならh出すな!』『飛ぶ前にh出せ!』というものだ。正反対のこれは日に何度も見られた。モンスターの処理が追いつかずに狩場から離脱し(これを『飛ぶ』という)、周囲のプレイヤーにそれを押し付けてしまう。飛ぶのならば『h(ヘルプ)』を求めるな、或いはヘルプを求めて一緒にモンスターを片付けろというワールドチャットだ。大抵の場合、このあとに『そのせいで俺も飛んだ』や『そのせいでENDした。どうしてくれる』といった文句がつくのだ。【悠久の泉】ではそれを『恰好悪い』と感じ、この類のワールドチャットを禁止していた。『自分のスキルのなさを自ら暴露して恥ずかしい』というわけだ。そもそも狩場で自分の周囲の様子に気を配っていれば、対処は容易に可能なのだ。助けに入ることも逃げることもモンスターを倒すことも。周囲の様子を把握していれば相手が飛ぶかもしれないことも予測できる。予測できれば心の準備を含めて対応ができる。それができないのは状況把握が甘いからであり、つまりは狩場でのスキルが足りないということになる。
ゲーム時代からそのスタンスでいた【悠久の泉】は当然、この世界でも同じ姿勢を貫いている。否、生命と直結しているだけに更にシビアに状況把握を行なっている。だからデサフィアンテたちにしてみれば、彼らが飛ぶかもしれないことは予測済みだった。湧きが激しく危ないから助けに入ろうとしていたところだったのだ。チャルラタンと夏生梨はモンスターを引き回して数を調節するために足の速い変身に姿を変えていたし、【悠久の泉】のパーティにターゲットが移っても即座に対応できるように全員が準備していた。
だからデサフィアンテもモンスターを全て片付けたあと、件のナイトに気にしないようにとウィスパーを送った。すぐに返事をしなかったのは戦闘中で応答ができなかっただけのことだ。そしてその後、血盟員からの報告を受けたらしい番長からも詫びのウィスパーが入ったが、これもデサフィアンテは気にするなと笑って終わらせた。
「
実樹が言うと他の者たちも頷く。それぞれがそれなりに狩りに出てはいるが、一番積極的に色々な狩場に出ているのは【悠久の泉】だった。血盟員全員が前向きに
「うちは皆能天気で楽天家なんだよ」
デサフィアンテはそう言って笑うが、それだけではないことを君主仲間たちは知っている。やはりデサフィアンテがそれだけ血盟員に信頼され、彼とともに
「ま、動かない奴を嘆いても仕方ないからな。そういう奴らには家事でも担当させときゃいい。動こうって意志のある者だけでやるしかないさ」
殆どの血盟員が動かない現状に苛立ちはあるものの、ショウグンは既に諦めている。血盟員が動かなくても自分は戦う。そう決意している。だからショウグンは動く意志のあるわずかな血盟員とともに狩りに出る。
「そうね。幸い今のところプリは皆動いてるし、何とかなるわよ」
ファーネも頷く。果報は寝て待てとばかりに他人任せのプレイヤーには怒りを感じるが、自分とて他の君主との交流がなければどうなっていたかは判らない。引退が早かった彼女は他の君主との交流がゲーム時代にはなかったから、デサフィアンテらの呼びかけがなければこうして他の君主と連携することもなかっただろう。こうして君主会合を提案してくれた彼らには感謝している。君主というだけで血盟員たちは自分に頼ってくる。それに押し潰されずに前向きになれたのは、この君主仲間たちがいてくれるからだ。
「うちの連中が前向きに頑張れるのは皆のクランも頑張ってくれてるのが判ってるからだぜ。さすがにうちのクランだけじゃタドミール倒すのは無理だ。でも、お前らがいて、皆がそれぞれのクランを引っ張っていくって信じてるから、あいつらもプリで集まってみたらって勧めたんだ」
他の血盟と連携できないかと提案したのも血盟員たちだった。もちろん、彼らから言われずともデサフィアンテも連絡を取るつもりではあったが。
「そうだ、フィアさん、TOJのボス状況ってどうなってる? 本鯖みたいに周期とかあるのかね」
そう尋ねるのはガビールだ。血盟員への不満 ── 立ち上がらない者への不満を並べ立てても仕方ないと話題を転じる。
「うーん、うちさ、あんまりボスに会わないんだよね。俺、ボス運なくってさ。俺がパーティにいるとボスが出ないって言われるくらいだよ。俺がいても出てくれるボスってファナ城のボスくらいなんだ」
ゲーム時代にはボス目当てで行っても殆ど出現しなかった。そのせいで『プリがいるとボスが出ない』と血盟員に揶揄われたほどだ。
「そういえばそうだったわね。そのくせレアボスには遭うのよね。アバドンとか」
椎姫が笑う。通常のボス運はないくせに出現が不定期なレアボスには結構な割合で当たってもいたのだ。セネノースケイブのアバドンには【ピルツ・ヴァルト】も誘われて美味しいボス狩りを楽しませてもらった。
【フィアナ・クロニクル】のボスには3種類の出現パターンがある。ひとつがアバドンや竜といった不定期で出現するボス。ひとつは周期的に出現するもの。もうひとつはボス部屋に入ると一定時間のうちに必ず出現するものだ。翡翠の塔など殆どのボスは周期出現、ファナティコス城や特殊狩場はボス部屋パターンとなる。
デサフィアンテは椎姫の揶揄いに応じながら運営記録を確認する。毎日の狩りの状況は記録している。何時から何時まで何処で狩りをしたのか、湧き具合はどうだったのか、ドロップの内容。当然ながらボスが出ればそれも記している。しかし、ボスに遭遇したのは数回しかなく、周期は読めない。
それを告げるとガビールは少しばかり落胆したようだ。ゲーム時代ならば攻略サイトに周期計算アプリがあり、それを基に計画も立てられたが、この世界にはそんな便利なものはない。
「そうか ……ドロップしょぼいから、積極的にボスタイム狙ってクラン員の装備整えたかったんだけどな」
「夜はモンス強くなるの判ってるから、うちは日中しか狩りしないしな。本鯖のボスタイムって、夜時間が多くなかったっけ」
「そういえばそうだな。いっそ、いくつかのクランでしばらく見回りやってみないか? もちろん、言いだしっぺのうちもやる」
何処の血盟も装備が整わないのは悩みの種だったらしく、前向きな答えが返ってくる。もっとも君主の一存では決められないから、一旦血盟に持ち帰り、結果は連絡サイトで報告することになった。それを踏まえて交替で翡翠の塔ボスフロアの見回りをしようと話がまとまる。
それらのことを決め、この日の会合は終わった。
その日の夜、夕食後に全員で寛いでいるときにデサフィアンテは『モナルキア連盟』の会合の内容を報告した。『モナルキア連盟』の会合は土曜日に開いており、土曜日は【悠久の泉】の休養日のため、いつもの反省会はない。
「ってことで、TOJのボスタイム見回りやらないかってことなんだけど、どう思う?」
デサフィアンテの問いかけにそれぞれが思うところを述べる。全員が基本的に賛成している。
なお会合ではボスタイムは湧きが激しくなることを踏まえ、1パーティ10人前後で臨み、10階で調べようという方向での提案となっている。10階のジェイエンであればそこに行くまでに『翡翠の塔転移スクロール』が必要ないことや、レベルの割りにレアアイテムを持つモンスターも多いこと、ジェイエンの物理攻撃が弱く即ENDする可能性が低いことも理由だ。
「24時間体制で見回り? だとしたら4時間ごとに6チームか6時間ごとに4チーム?」
「タイムは
「3時間ごと8チームだとチーム数多すぎだしな」
「どっちにしろ夜勤もありですねー」
「給料ないんだから勤務じゃねーだろ」
口々に言い合う。既に見回りに行くことは全員了承していて、その先を話し合っている感じだ。
「うちのレベル的には全員で10階は温いな。でも、まぁ、いつものハードな狩りじゃ疲れるからいいか」
「だな。いつもめちゃ湧かせて狩ってるし。息抜きにはいいんじゃね、油断は禁物だけど」
出た意見とともに参加する旨をデサフィアンテは君主連絡用サイトに報告し、翌日には全血盟の参加が決まった。活動人数の少ない【傾奇者兵団】【自由気まま】【水滸伝】は協力して1パーティで参加し、【ピルツ・ヴァルト】が2パーティ、【スピリット・スピリッツ】が3パーティ、【恵比寿】は6パーティ、その他の血盟はそれぞれ1パーティで、計16パーティとなった。1日に6時間ずつ4パーティが交替で見回ることになり、4日に一度担当が回ってくることになる。夜間はレベルを鑑み、【悠久の泉】と【ピルツ・ヴァルト】、【曼珠沙華】が受け持つことになった。測定期間は1月7日から1ヶ月を目途にして、そこから周期を割り出すということで話はまとまった。
そうして提案から3日後にはボス出現周期の確認作業が始まったのである。
このように、君主たちが集まって相談したことは大抵提案から1週間以内には実行されることが多く、この世界は君主連合を中心に動くようになっていた。 ── それがまた、他のクラスのプレイヤー、特に依存度合の高い者たちに余計に『自分たちがやらなくても問題ない』と思わせる要因になっているのは皮肉なことだった。
その日、見回り当番ではない【悠久の泉】はファナティコス城でのクランハントを行なっていた。10人全員でパーティを組み、転移術者を使ってファナティコス城城門前へと転移する。
ファナティコス城は5層構成の難易度の高いダンジョンとなっており、経験値もレアもそれなりに美味しい狩場だ。ちなみにファナティコス城に出現するファーナティクスはエレティクスと同種族のダークエルフで、簡単にいえば善のダークエルフがエレティクス、悪のダークエルフがファーナティクスという位置づけである。エレティクスは『他種族を見下し世界征服を企む同族を嫌悪し、離反した一派』で、同族でありながらファーナティクスとは敵対関係にあるという設定がつけられている。
城門から城内に入ると、最初のマップである集会場からモンスターが湧いている。
「うへぇ、湧いてんな。俺引き回すから、冥さんはガード頼む。理也、夏生梨、俺のサポートよろしく」
今日の目的は最深部の4階でのクランハントだから、それ以外のエリアでは最低限の狩りで通過する予定にしている。デサフィアンテはモンスターの中を騎兵変身で駆けモンスターを引き回す。この騎兵変身は君主専用の変身だ。通常の『変身スクロール』や『
デサフィアンテがモンスターを引き回している間に冥き挑戦者が次のマップに続く扉を守っているファナティコスガードを倒して扉を開ける。他のメンバーは冥き挑戦者の周りのモンスターを処理する。扉が開くと同時に冥き挑戦者をはじめメンバーは次のマップに入る。モンスターを引き回しているデサフィアンテのために彼が入る直前まで彼の回復担当の夏生梨とその護衛の理也が扉の前で待機する。デサフィアンテが扉を駆け抜けるのと同時に2人も扉を潜る。扉によってマップが切り替わるため、集会場にいたモンスターが追いかけてくることはない。
「今日は湧いてるな」
「ジェイエン見回りでここに狩りに来る頻度が落ちてたし、溜まってたんじゃね? ちょっと慎重に行こう」
そう言いながらデサフィアンテは騎兵姿から虹騎士へと変身を戻し、外れていた盾を装備する。
次のマップは突撃隊訓練場だ。ここには中ボスの旅団長ルエヴィトがいる。この中ボスが次のマップへの扉を開く鍵だ。常にいるわけではないのでルエヴィトの出現を待たねばならない。集会場に比べてモンスターは少ないが、それを理也、イスパーダ、ディスキプロスがファーストアタックを入れて処理を始める。ルエヴィトが現れればデサフィアンテ、冥き挑戦者、疾駆する狼が対応するため、雑魚モンスターについては他の3人がファーストアタックを入れてデサフィアンテら3人をターゲットのないフリーの状態にしておくのだ。モンスターの湧きが多くなれば、シュヴァルツェンナハト変身したチャルラタンが引き回し、無事『テッラ・ソリトゥス』を手に入れた迅速と夏生梨が魔法で動きを制限する。アルシェは『ナトゥラ・ミラクルム』を使って全体回復を行なう。
幸いにしてこの部屋では然程モンスターが湧くこともなく、後衛4人は支援のみで済んだ。出現したルエヴィトはデサフィアンテら3人と夏生梨、周囲の雑魚と取り巻きを残り6人で処理することで問題なくこのマップを通過した。
ちなみに雑魚といってはいるが、ファナティコス城のモンスターはLv.50から60相当であり、かなりの難敵だ。中ボスやボスと区別するために雑魚と呼んでいるに過ぎない。
「ルエヴィト、ケチだな。レアなしかよ」
タッチパネルで所持アイテムを確認しながらイスパーダが言う。ゲームのようにドロップアイテムの獲得状況がチャット欄に表示されることはない。そもそも視界内にチャット欄はないので表示のしようがない。そのため、ドロップアイテムはタッチパネルでアイテム画面を開かなくては確認できない。面倒臭くはあるが、ドロップがあるたびに画面がポップアップし表示されるよりはマシだろう。一々ポップアップしてそれを閉じるという作業が生じてしまうと鬱陶しい。なお、ドロップ品はパーティを組んでいる場合、アイテム画面に『パーティアイテム』というタブが発生してそこに収納される。これは狩り終了後の分配やアイテム整理に便利で、是非ともゲームでも実装してほしい機能である。
「いや、元々あいつはレア持ってないだろ」
モンスターが出現しない通路で、一旦ウィザードとエルフのMP残量を確認する。【悠久の泉】では湧きを処理したあとはしばらく雑談タイムとなるが、これは魔法職のMP回復時間を作るという意味合いもある。今回はMP残量9割で問題なしということで次のマップへ進む。
ここからはファナティコス城4ボスの最初の1人、魔獣軍王コヴァスの出現エリア『魔獣軍王の執務室』だ。コヴァスを倒さずとも先に進むことはできるが、レア狙いで倒していくことにした。コヴァスはナイトたちの求める『コヴァスの兜』と冥き挑戦者の求める『魔獣軍王の軍靴』を持っている。
コヴァスの出現ポイント周辺には大量の雑魚が湧いている。まずはその数を減らす。完全に処理し終えてしまうとコヴァスが出てこなくなるため、ある程度残っている段階で、デサフィアンテが騎兵姿になりコヴァスを探しに行く。コヴァス発見後は雑魚を完全に処理し終えるまでの間、デサフィアンテがコヴァスを引き回しておく。さすがにボスのコヴァスは強力なため、中ボスのルエヴィトのように雑魚処理と同時進行では危険すぎる。
雑魚処理を終え、ウィザード2人のMP回復を待つ間はデサフィアンテが引き続きコヴァスを引き回す。時々受けるダメージは迅速とアルシェが対応する。ちなみにボスであるコヴァスには『テッラ・ソリトゥス』が効かないため、足止めはできない。前衛5人は一切動かずじっと待つ。下手に動けば折角処理した雑魚がまた湧いてしまう。
夏生梨とチャルラタンはMP回復と同時にコヴァスに
夏生梨が2回目の『テルム・ワスターレ』を成功させると、チャルラタンは理也に『イムモルターリス』をかけ、理也がコヴァスへのファーストアタックを入れる。すぐさま前衛5人がコヴァスを囲み攻撃を開始する。変身を変えたデサフィアンテは槍装備の2セル攻撃の強みを活かして理也の背後からコヴァスを攻撃し、エルフ2人もウィザード2人をガードしつつコヴァスの攻撃範囲外から矢を射掛ける。
「ワシを倒したからといっていい気になるな ……! 我が魔獣軍団は強い。フハハハハ」
負け惜しみのような最期の言葉とともにコヴァスが倒れる。コヴァスを倒したデサフィアンテたちはすぐに進み始める。コヴァスを倒すとまた雑魚が大量湧きするからだ。
次のマップとの繋ぎ目の安全圏まで来ると、魔法職のMP回復タイムだ。
「お、『コヴァスの兜』ゲットしてるぞ」
アイテムの確認をしていた冥き挑戦者の言葉にナイトとディスキプロスの目が輝く。
「誰が使う!?」
「ジャンケン?」
「ってか、絢、買取いくら?」
ワイワイと騒ぎだすナイトたちにデサフィアンテは苦笑する。
ゲーム時代の【悠久の泉】ではクランハントでレアが出た場合、希望者が買い取っていた。その値段は『血盟価格』とし、相場よりも安く設定していた。およそ相場の7割程度だ。もっとも、冥き挑戦者やデサフィアンテ、夏生梨はこっそり相場価格よりも若干安い程度で買い取り、その分、分配金を増やしていた。これは分配責任者のデサフィアンテと冥き挑戦者、夏生梨の当事者しか知らない秘密である。
「この世界での相場なんて判らんし、装備は命に関わるからな。前の『
クランハントで出た装備については希望者に支給し、代金は無料。希望者が複数いる場合は、当事者同士で話し合うなりなんなりする。そう決めていた。しかし、レアアイテムであれば分配金にも影響が出るため、貰う側としてはやはり申し訳なさもあるのだ。
「そうだぞ、貰っとけ。気にするな。何しろ俺の希望の軍王セットはトータル80Mはするけど、俺は貰う気満々だぞ」
「そうね。私も『黒魔術師の短靴』出たら貰うわよ。60Mだけど」
笑いながら冥き挑戦者と夏生梨が言う。ナイトたちはその言葉 ── というよりも気遣いを有り難く受けることにした。
「あー、俺、今回はええわ。『コヴァスの兜』よか『霊王の王冠』に惹かれとるし。ナイト3人で決めてや」
「俺も今回はいい。まずはFA担当のCON2人が固くなれよ」
ディスキプロスとイスパーダが今回は離脱を宣言する。
「んじゃ、ジジィの
「何だと若造。ガキは素直に好意を受けて貰っとけ」
譲られた2人が更に譲り合うことに8人は苦笑する。その場を収めたのはやはり君主であるデサフィアンテだ。
「今の理也のヘルムが『+5
君主の裁決に理也と疾駆する狼も従う。遠慮はしていたがやはり嬉しいのだろう。理也は早速手持ちの『武具強化スクロール』で『コヴァスの兜』を強化すると、それを装備した。【フィアナ・クロニクル】の武具強化はスクロールを使うため、鍛冶屋などに行く必要もなく何処でもできるから便利だ。
「けどさ、コヴァス弱くなった? この前よか早く処理できたよな」
「コヴァスが弱くなったんじゃなくて俺らが強くなったんだろ」
かつてのゲーム世界では『テルム・ワスターレ』なしで攻撃してしまった冥き挑戦者が瞬殺されてしまったくらいだったが、今はあっさりと倒せてしまう。当時は冥き挑戦者がLv.65、デサフィアンテはLv.49、他にLv.52のナイトとエルフ、Lv.55のエレティクスとウィザードというパーティだった。ちなみにデサフィアンテは前衛ではなく弓矢を使っての攻撃だった。Lv.52以前は前衛の近接攻撃には参加させてもらえなかったのだ。
今は全員がLv.70以上で、デサフィアンテ、冥き挑戦者、夏生梨はLv.75を超えている。そんなパーティでナイト3人、エレティクス2人、
「多分、この前来たときよりもコヴァスは強くなってるわ。コヴァスだけじゃなくて雑魚もね」
パーティメンバーのHPを管理するウィザードの夏生梨が言えば、チャルラタンも同意する。
「俺らのMP消費が前より激しいのがその証拠。前衛が下手打ってるわけじゃないのにこれってことは、モンスの攻撃力が上がってるってことだろ」
「モンスが活性化してんのかな」
そんな話をしながら先へと進み、魔獣召喚室、野獣調教室、野獣訓練室を通過する。出てくる雑魚を処理し、中ボスの師団長ボレヴィト、魔獣団長ボヌレトも倒し、休憩エリアでもある『闇の結界』へと到達する。
闇の結界では一旦休憩を取り、ここで魔法職4人のMP完全回復を待つ。
「モンスが活性化してるとしたら、もしかしてタドミールの出現が近いのかな」
「有り得るとは思うけど、どうだろうな」
「この世界に来てもう4ヶ月近いし、そろそろ現れてもいいころかもな」
もしタドミール出現が近いのであれば、もっと各血盟の連携を強めておく必要がある。具体的な戦術、パーティ構成、当然ながら参加人数とメンバーなどを打ち合わせておかなければならない。
「タドミール出るってんなら、ラガシュやシッパルのボスで演習とかしたほうがいいかもなぁ」
特殊狩場であるラガシュ、シッパルのボスは上級者向けのコンテンツだけあって、ただ力押しするだけでは倒せない。通常は入場制限いっぱいの3パーティ24人の討伐隊を組んで倒す。その討伐隊も前衛壁役○人、攻撃役○人、エルフは水属性○人その他○人、ウィザードは○人と細かく指定するし、レベルやAC、
ラガシュ実装はデサフィアンテが引退する少し前の時期で、彼は討伐に参加したことはない。そもそも彼がプレイしていたときに討伐隊が組織されたことはなかった。引退後に討伐隊が組織され、ようやく倒せたのは実装から半年後のことだった。正直なところ連携の苦手なアルサーデスでラガシュのボス、エンリル、アンシャル、クシャヤを倒すのは無理だろうと思っていたから、討伐成功は意外だった。もっとも当時の6サーバーの中では最後だったらしい。その後はコンスタントに倒せるようになったらしく、椎姫のブログにも討伐戦の記事が上がっていた。恐らく実樹やガビールも参加していただろうから、演習を行なうならば彼らを中心に計画を立てればいいだろう。
「そうだな。タドミールともなれば連携取れないと死人が出る」
デサフィアンテの呟きに冥き挑戦者も同意する。幸い今のところこの世界で死者が出た様子はない。毎日の人数確認での増減はない。『モナルキア連盟』の目標は『召喚者全員が生きて
クランハントが終わって帰宅したら、君主連絡用サイトで提案してみようと決め、休憩を終える。
闇の結界を抜けるとそこはファナティコス城2階となる。闇の結界が階段の役目を持っているのだ。
ファナティコス城2階はふたつのルートに分かれている。ひとつは2階のボス・魔霊軍王ヴェルペィヤを経て3階へ行くルート、もうひとつはヴェルペィヤを経ずに3階へ行くルートだ。ヴェルペィヤルートを経ると3階ボスのトリグラフと遭遇せずに4階へ行くことができる。しかも、トリグラフを経る3階ルートはかなりのモンスターが湧く。時間短縮と安全を考えるとヴェルペィヤルートを通るほうがよいのだが、今回はそれを避けることにした。
理由はふたつある。ひとつは冥き挑戦者のレア装備獲得だ。彼の目標である軍王セット ── 『魔獣軍王の軍靴』『魔霊軍王の聖衣』『暗殺軍王の篭手』『冥法軍王の外套』の4つからなり、様々なセットボーナスがつく ── のうち、ヴェルペィヤの持つ『魔霊軍王の聖衣』は入手済みのため、トリグラフから『冥法軍王の外套』を狙いたい。更にもうひとつの理由がヴェルペィヤの厄介さだ。ヴェルペィヤは『フォルマ・ムータティオ』という魔法を使ってくる。これは強制的にミドルオームというモンスターに変身させる魔法で、全ての防具と武器が外れ
精霊召喚室から精霊の生息地、闇の精霊研究室を通り、中ボスのルサールカを倒し、3階へ続く闇の結界へ到着する。
ゲーム時代を含め通常ここへ辿り着くまでに要する時間は1時間程度なのだが、今日はモンスターが活性化していることもあり、倍の2時間がかかった。そこで一旦ここで昼食休憩を取ることにした。今日は4階での狩りをメインと決めていたから、1日中ファナティコス城クランハントだ。町に戻ればまた1階からのスタートになってしまうため、昼食は夏生梨とアルシェの作った弁当を持ってきている。10人分の大量の弁当は夏生梨が召喚したフラウロスが背負っている。
フラウロスはLv.72以上のウィザードが『特別召喚リング』を使って召喚できる最上位の
そんな最上位の召喚獣は緑地に白抜きの唐草模様の風呂敷包みを背負っている。中身は大量の弁当、背負わせたのはもちろん夏生梨だ。フラウロスには大量の消耗品も持たせているが、それはゲーム内アイテムのため、ゲームと同じようにフラウロスのアイテム欄に収納することができる。しかし、弁当はゲーム内には存在しないことからアイテム欄収納ができず、風呂敷に包み物理的に持たせることになったのだ。風呂敷を背負わせる際、フラウロスが情けなさそうな表情をしていたように見えたのは、デサフィアンテたちの気のせいではないだろう。しかも弁当が崩れないようにとフラウロスは全く戦闘には参加させず、夏生梨の側で待機状態だったから、デサフィアンテたちにすればフラウロスには同情してしまう。
「姐御、後半は弁当もなくなるし、クロにも攻撃させてやりなよ」
何処かしょんぼりして寝そべるクロ ── 夏生梨がつけたフラウロスの名前 ── を見て、苦笑しながら疾駆する狼は言う。
「戦力的には待機でも問題ないでしょ?」
「ないけどさ、何かクロ憐れだよ。フラウロスだよ? 50階ボスの最強召喚獣だよ? なのに弁当運んで荷物持ちだけってさ ……可哀想じゃん」
そう言ってクロの顎下を擽るイスパーダに、クロはゴロゴロと喉を鳴らす。まるで大型の猫のようだ。 ── フラウロスは大きな黒豹のモンスターで、豹は一応猫科の動物だから間違いではないが。
実はフラウロスを召喚可能になってから夏生梨は常に血盟居館でもクロを召喚している。夏生梨がこの最強の召喚獣をまるでペットのように扱うものだから、血盟員たちも同様にクロをペットと認識するようになってしまった。自然、愛情も湧いてきて、今日のような姿を見ると可哀想になってくるのだ。
「んじゃ、クロは俺と一緒に中衛な」
デサフィアンテの言葉に反論も出ない。これが低レベルの召喚獣であれば邪魔にもなるし反論も出るだろうが、何しろ最強召喚獣だ。戦力になりこそすれ邪魔にはならない。
「あ、俺もワンコ散歩させようかな」
「やめろ、絢。危険な散歩すぎるだろ」
「確かにお前のペットは強いけどな」
デサフィアンテの言葉には即座にツッコミが入る。
【フィアナ・クロニクル】にはペットシステムがある。野生動物を捕まえ、狩りに連れ歩き育てることができるのだ。ペットの種類は無駄に充実しており、ドーベルマン、シェパード、ハスキー、コリー、ビーグル、セントバーナード、柴犬(豆シバ)、クマ、ウルフ、キツネ、兎、猫、アライグマ、仔パンダ、虎、竜の子供と16種類もいる。それを育ててLv.50になると進化させることができ、進化したペットはハイペットとなり、合計でノーマル・ハイ合わせて32種類ものペットがいることになる。それぞれに攻撃型、体力型、魔法型と特性があるが、基本は見た目の好みで連れ歩く。まさに
デサフィアンテの場合は攻撃補助の目的でハイドーベルマン3匹を連れ歩くが、趣味でペットは全種類飼っている。ちなみに育てたのは夏生梨(の別キャラクターのエルフ)だ。
「よし、今度息抜きにペット連れクラハンしようぜ」
「楽しそうですねー。私はうさちゃん連れて行こうっと」
「じゃあ俺、クマ」
「やっぱパンダだろ。もきゅもきゅ~ってな」
「あら、猫も忘れないでよね」
笑い合いながら昼食は進む。不本意で過酷な世界ではあるが楽しみは見つけられるし、仲間と笑い合える。だから進んでいけるのだ。
「食休み終わったら3階からスタートだな」
「3階ってめっちゃ湧きますよねー。元々湧くのに今日はどうなっちゃうんだろ」
「俺とフィア先行でとにかく扉開くから、ダッシュだな」
「
「モンス強くなってるから用心しないと。危なくなったら即帰還だな。3階ならここに戻ってくるし」
「間違えてアジト帰還使うなよ。あ、フィア、ホームタウン登録してないよな?」
「してないよ。冥さん、古い話持ち出すなって。あのあとすぐ取り消したよ!」
「だって、あれはー。クラハンでプリだけ抜けちゃうって有り得ないですよー」
軽口を交えながら打ち合わせる。
この世界にはゲームのようにショートカットキーは当然ながら存在せず、アイテムの使用はタッチパネル操作だ。しかし戦闘中に左腕の腕輪に触れてタッチパネルを起動するのは難しい。そのために例外となっているアイテムが2カテゴリー存在する。ひとつは回復薬6種類で、もうひとつは帰還スクロール2種類だ。このふたつは命に関わるだけに戦闘状態限定で魔法と同じく名前を唱えるだけで使える仕様になっている。『帰還スク』と唱えれば通常の『帰還スクロール』が、『アジト帰還スク』と唱えれば『血盟帰還スクロール』が発動する。ちなみに【フィアナ・クロニクル】の転移は発動待機時間はなく、使用すれば瞬時に転移する。
また回復薬についてはその略称でも発動する。HPを8割も回復する『古代の強力体力回復剤』はその長い名称ではなく略称の『古代白ポ』や『ACP』でも発動する。HP大回復の『クリアポーション』ならば『CP』でも『白ポ』でも『白P』でも使うことができる。各自が認識している略称で発動するのは魔法と同じで、かなり使い勝手が良くなっている。
回復薬以外の補助系ポーションはタッチパネルで操作しなければならないが、その分利便性は増している。使用頻度が高いのは『
命をかけさせているだけにイル・ダーナも狩りやすいように、命を守りやすいように配慮しているのだろう。だとしたらこの世界の死亡と
約1時間の休憩を終え、一向は3階へと進む。悪霊の祭壇を抜け冥法軍の訓練場では中ボス冥法団長ラグティスを倒す。処理許容量を超えるモンスターの湧いている立ち入り禁止エリアを走り抜け、中央コントロールルームへ駆け込む。少しばかりの休憩を挟み、『冥法軍王の執務室』で3階のボス・冥法軍王トリグラフと対峙する。4階の入口へと抜ける扉の前でトリグラフを倒し、4階へと到着したのは昼休憩を終えてから1時間後のことだった。
「3階がこの状態だと、4階の湧きもかなりのもんだろうな」
ゲームでは4階は時間制限があり、その時間内に各ポイントにいる中ボスを倒せなければ4階入口に戻されていた。この世界でそれはなくなっているが、雑魚よりも中ボスの大法官を先に倒してしまうほうがいいだろう。大法官は範囲攻撃を使ってくるから先に倒してしまったほうがより安全に戦えるだろう。
湧いているモンスターはデサフィアンテが騎乗して引き回し、夏生梨はデサフィアンテ専属の
オブファー、オドヘア、ジビン、セリャド、シジャロ、ザクルトエ、ケトム、インジアンと8人の大法官を倒し、副祭祀長アルターレへと辿り着く。アルターレを冥き挑戦者とディスキプロス、理也、チャルラタン、アルシェに任せ、デサフィアンテ、疾駆する狼、イスパーダ、迅速、夏生梨は大量に湧いている雑魚を処理する。アルターレを倒すと冥き挑戦者たちも雑魚処理に加わる。
ゲームであればアルターレを倒すころには時間も遅くなっているし、これでクランハント終了となるのだが、ここでは違う。ここでの目的は生きるための経験値稼ぎだから、引き続き狩りを続ける。
「『死霊騎士の石板』が結構出てるけど、チェルノボーグに話しかける?」
一旦湧きが収まったところで、理也が所持アイテムを確認しながら問いかけた。『死霊騎士の石板』があれば真冥王チェルノボーグがファナティコス城の隠しマップである『ファナティコスの聖地』への道を開いてくれる。そこはタドミールが出現する、最高難易度のマップだ。
「いたら怖いよな」
「いても攻撃範囲に入らなきゃ大丈夫じゃないか?」
「攻撃範囲って8セル? っつーか1セル何メートルだよ。判んねーって」
どうしようかと話し合いながらも、ひとまず見るだけ見てみようということになった。タドミールが出現しなければ
「タドミールが見えたら即Uターン。やたらデカいから遠くからでも判るはずだし。下手に近づかないことだな」
そう決めて皆でチェルノボーグの許に向かう。チェルノボーグはタドミールの呪縛により動くことができず、その呪縛を断つためプレイヤーにタドミールへの道を開くという設定があるのだ。しかし、ゲームであれば『死霊騎士の石板』を持っている理也が正面に立った時点で反応を示すはずのチェルノボーグは何も言わない。
「無反応 ……」
「本鯖と仕様が違うのか?」
「実際に話しかけないといけないとか」
「あのー、チェルノボーグさん?」
理也が声をかけてみるが、やはりチェルノボーグは無反応だ。
「タドミールが覚醒していないから開かないってことかもな」
デサフィアンテがそう呟いたとき、周囲を震わせるような重々しい声が響いた。デサフィアンテの ── 『君主』の声に反応したのだ。
{然り。タドミールが目覚めねば扉は開かれぬ}
ゲームの設定上、眠っているか操られているかで動けないはずのチェルノボーグは顔を上げ目を見開き、
{賢王ディルムドの子よ。人たるそなたに願うのは筋違いと判っている。されど我は願う。我らファーナティクスをタドミールの呪縛から解き放ってほしい。時が来れば我がそなたらをタドミールの許へ送る}
それだけを告げると、チェルノボーグは再び目を閉じ、反応を示さなくなる。
「……しっかりゲーム設定なわけね。俺が先王の子供って」
「じゃあ、絢は椎さんやアズさんの弟なんだね」
突然の出来事にデサフィアンテは本筋と関係ないことにツッコミを入れた。ゲームの設定では『君主』は国を追われた先王の遺児であり、魔族と手を結んだ反王オグミオスの打倒を目指している。またエレティクスは『君主』を援けるために活動している者であり、ファーナティクスは反王を利用して世界征服を企んでいるという設定だ。しかもファーナティクスも実は魔族に利用されていることが2年前のアップデートで明らかにされており、結局現時点でのラスボスは魔族のタドミールということになっている。
「ま、ファナティコスの聖地に飛べないってことは、タドミールがまだ目覚めてないってことだし、とりあえずそれが判っただけでもいいか」
ゲームの仕様とは明らかに違うチェルノボーグの言葉に、恐らくタドミール出現の際には何らかの前触れがあるのだろうと予測する。
「だな。じゃあ、また狩るか。どうせならレアもほしいしな」
再び湧き始めたモンスターを見遣りデサフィアンテが言うと、一行はクランハントを再開した。
その後、予定の午後5時になったところで