それぞれの一ヶ月

 結婚二日目から、ペルデルは王都の高級宿屋にアバリシアとともに宿泊していた。最高級の部屋に泊まり、高級食材ばかりの豪勢な食事を三食摂り、昼間は街に出て高級プレタポルテや宝飾店で買物をする。

「わぁ、アタシ、このホテル泊まってみたかったの!」

 ペルデルに連れられて高級ホテルに来たアバリシアはキラキラと目を輝かせる。二人は豪奢と派手を取り違えたような、高価ではあるが高級ではない服に身を包み、周りからの侮蔑の視線に気づかずに宿泊の手続きをする。正確には護衛という名の監視役の騎士にやらせた。

 ペルデルに宿の手配を指示された騎士は見かけだけは豪華なホテルへと二人を案内していた。多少の金があれば王侯貴族気分が味わえると評判のホテルである。エスタファドル家など名門旧家が利用するような本当に格式のあるホテルではない。そういったホテルは客を選ぶ。品位の欠片もない二人では門前払いされてしまうだろう。だから、騎士はペルデルたちの虚栄心を満足させる高級そうな派手なこの宿を選んだのだ。

 護衛騎士はペルデルの行動を制限することなく、ただ彼の行動を観察しありのままに報告するように命じられてる。ゆえにペルデルが分不相応な豪遊をしても何も言わなかった。なお、ペルデルの豪遊の資金は結婚に際に要求してほぼ強奪するように手に入れた祝い金と品格保持費として与えられた合計二千万ギル(一ギル=一円)だ。

 これまでに持ち歩くことなど出来なかった高額紙幣の札束にペルデルは興奮して鼻の穴を膨らませ、常にも増して傲慢さが顕著になっている。漸く身分にふさわしい資金が手に入ったのだと色んな意味で勘違いしているのだ。なお、オノール王国を含むこの大陸では兌換紙幣経済が発達している。

 一泊十万ギルの最高級の部屋を宿泊可能な最大日数である二十日間借り、ペルデルとアバリシアは意気揚々と部屋に入った。この宿は『平民でも王侯貴族気分が味わえる』部屋とサービスを提供している。つまり、見せかけだけの豪奢さであり、本物の高級志向ではない。だが、ペルデルもアバリシアもそれには気づかず、派手派手しい室内の調度品に満足していた。

 初日こそ宿内の高級料理店で食事をした二人だが、二日目以降は全てをルームサービスに切り替えた。これは宿側が高位貴族であるペルデルにはそのほうがふさわしいからと申し出た結果だ。それにペルデルは虚栄心を満たされ、受け入れた。尤も真実はあまりにもマナーがなっておらず五月蠅く騒ぐ二人に苦情が殺到した結果の、宿側の封じ込め作戦だったのだが、二人がそれに気づくことはなかった。

 十日ほどは部屋に籠って爛れた愛欲の日々を送っていた二人も流石に飽きたのか、今度は買い物に出かけるようになった。本来高位貴族は入浴も着替えも使用人の手を借りるものだが、貧乏侯爵家にはそこまでの使用人はおらず、ペルデルもアバリシアも身支度が自分で出来たのは宿の従業員にも護衛騎士にも幸いだった。

 例によって護衛騎士に案内させた宝飾店とブティックで二人は豪遊した。大きくて派手なアクセサリーを買い、豪奢だが品のないドレスを買い、二人は満足している。毎日のように出かけ買い物をしては、アバリシアはこれまで見たこともない色とりどりの大きな宝石のアクセサリーとフリルやレースやリボンたっぷりのドレスにうっとりとしていた。そんなアバリシアにペルデルも満足している。

 当然ながら、二人が購入したそれらは本物の高級品ではない。護衛騎士が案内した店は知る人は知っている、『裕福ではない貴族が見栄を張るために利用する』店だった。『本物を知る』高位貴族には見向きもされない大きさだけは十分な屑石を使ったアクセサリーを取り扱う宝飾店に、古着を扱うブティックなのだ。だから、毎日のように買物が出来たのである。本当に高位貴族が利用する店であれば、最初にアバリシアが購入した大粒のエメラルドの周りをダイアモンドが取り囲んだネックレスだけで資金は底をついただろう。二人はそんなことも理解できていなかった。

 そうして僅か二十日ほどでオルガサン侯爵家王都別邸の一年間の予算に匹敵する額を使い切ったペルデルは、アバリシアを伴って侯爵邸へと戻ったのである。

 

 

 

 一方、侯爵邸で着々と準備を進めていたマグノリアは当然ながらそんなペルデルの行動を把握していた。本物を見抜く目を持たず見せかけだけの豪華さに満足するペルデルとアバリシアに呆れもしたが、それも仕方がないことだとも理解していた。

 オルガサン侯爵家はその成り立ちから貴族社会に受け入れられていなかった。彼ら自身が貴族社会に馴染もうと謙虚に振舞っていれば違っていただろうが、周囲を見下し傲慢に振舞う初代夫人(降嫁した我儘王女)の行動を『侯爵家としての振舞い』と勘違いした結果、彼らは貴族としての責務も誇りも何も理解しなかったのだ。

 更に領地経営を家臣に丸投げした結果、生活は困窮した。いや、初代は元々平民だったし、平民としてもあまり裕福ではなかった。だから、貴族としては乏しい収入しかなくとも、平民だったころに比べればはるかに贅沢が出来たため、領地の家臣に横領され本来得るはずのものが得られていないことにも気付かなかった。

 代を経て僅かに垣間見ることの出来た他の高位貴族と比べて漸く自分たちの生活が質素なことを知り、爵位に合わせた生活を望んだ。そのため、侯爵家は僅かばかりの資産を食い潰すこととなったのだ。

 そんなオルガサン家であるから、ペルデルもその両親も高品質な本当の高級品とは縁がなかった。本物を知らなければ目利きなど出来ようはずもない。だから、ペルデルと同じく貧しい下位貴族のアバリシアが見せかけだけの豪奢さに惑わされるのは仕方のないことだとマグノリアは解っていたのだ。

 だからといって同情するわけではない。そもそもきちんと貴族としての責務を弁えて領地経営を行なっていれば、これほどオルガサン家が困窮するわけがないのだ。特産品も何もない貧しい領地と言われているが、枯れて荒れた土地というわけでもない。領主が放置しているから、放置しているのに税率だけは高いからそうなっているだけだ。

 貴族となった責務と誇りを理解していれば、傲慢さを貴族らしさと勘違いしていなければ、他家との付き合いももっと出来ただろう。それをしなかったのはオルガサン侯爵家だ。結局、彼らの困窮も無教養も彼ら自身の責任だった。

「そろそろ資金が底をついて、旦那様と愛人が侯爵邸に戻ってきそうね」

 報告を受け、マグノリアは微笑んだ。一見人畜無害に、寛容に見える微笑みは父から受け継いだエスタファドル家の特徴だ。

「準備は出来ていて?」

 マグノリアは報告に訪れた専属執事のサウロに確認する。

「魔導石に記録された映像は十分すぎるほどにございます。証拠となる発言や行動の場面は直ぐに再生できるようにしておりますので、準備は整っております」

 魔導石に映像を残す魔道具は映像の信憑性を確保するために編集や加工が出来ないようになっている。魔導石一つに一日分の映像が保存されており、約二十個の魔導石が証拠を保存しているのだ。

 なお、これらの魔導石の映像は複製されてエスタファドル伯爵家へも届けられている。娘を愛する両親も妹を可愛がっている兄も姉を敬愛している弟も怒り心頭だったそうだ。特にこんな結婚を王命として受け入れた父は他の家族からしばらく冷遇されたらしい。

「では、予定よりも少々早いけれど、離婚することにしましょうか」

 ニッコリと音の聞こえそうな食えない笑みを浮かべマグノリアは言い、サウロをはじめとした彼女の腹心は深く頷いたのだった。