新婚三日目。何故か領地に帰ったはずのオルガサン侯爵ガラパダが
「まぁ、お
結婚式の後、宿泊していた高級ホテルで豪遊していたそうだから、金の無心に来たのだろうと予想しながらマグノリアは舅を出迎えた。
「ああ、いや、ペルデルではなく君に話があってね」
婚姻前の契約で侯爵家の実務はマグノリアが行うことになっている。いくら無能なガラパダであっても(自覚は全くない)、息子に侯爵家の実務を任せれば没落するのは理解していたのだ。
ガラパダは無駄に豪華に改装された自身の執務室で嫁と向き合った。
「息子も君のような素晴らしい嫁を迎えたことだしね、私は引退して息子に爵位を譲ろうと思うんだよ」
そうすれば煩わしい政務から解放されて趣味の狩猟や夜会を満喫できる。そんな思惑からガラパダは代替わりの話を持ち出した。
「ああ、そのことでしたら、わたくしからもご相談がございましたの」
第三案へと移行した現在、代替わりをされると色々と面倒なことになる。主にマグノリアやエスタファドル伯爵家の手間という意味で。なので、マグノリアはそれを阻むために言葉を継いだ。
「侯爵家の財政を考えますと、旦那様への侯爵位譲位はせず、わたくしたちの嫡男へ継がせたほうが良いと思いますのよ。お
爵位の譲位は書面だけで済むわけではない。いや、下位貴族ならばそれで済むし、困窮している家でもそれだけで済ませることもある。しかし、見栄っ張りで自尊心だけは高いオルガサン侯爵家がそれで満足するはずはない。そうなるとお披露目の夜会や茶会を催さなければならないし、王家の夜会に出て国王に承認してもらう必要もある。
となれば、かなりの費用が掛かる。困窮しているオルガサン侯爵家にはそれを出せるだけの財産はない。そうなると自分や妻の出費を抑えなくてはならず、妻がなんと言うか。自分だって我慢などしたくない。そうガラパダは考えたが、そういえばこの婚姻で金蔓を手に入れたのだと思い至る。
「それはエスタファドル伯爵家から」
「実家からの援助金は領地のために使うと婚姻前契約書にも明記してありますし、わたくしの持参金はわたくしとわたくしの生んだ子のための費用であることも明記してあります。国王陛下にもご承認いただいておりますので、それ以外の用途には使えませんの」
案の定、実家からの支援を言い出そうとしたガラパダに皆まで言わせず、申し訳なさそうな表情でマグノリアは言う。言外に『お
それに対してガラパダは何も言えなかった。学院を卒業したばかりの可憐で愛らしいだけの嫁など、簡単に懐柔できると思っていたのだ。しかし、この嫁はそんな存在ではなかった。
「ですが、お
要は貴族家当主としての仕事はしたくないが、得られる特権と贅沢はしたい、それがガラパダやその妻ポリリャの望みだ。だからそれを叶える提案をする。
一ヶ月以内で片を付けるつもりではあるが、それだけの間でも煩わされたくない。それに当主権限を得ておけば、侯爵家の全ての帳簿や記録を見ることが出来る。オルガサン侯爵家が取り潰された後の処理が潤滑に進むよう調査を進めておくことも出来るはずだ。
「お
オルガサン侯爵領には何もない。しかし、ガラパダはそれすら理解していない。領地に全く興味を示さず、その人生のほとんどを王都で過ごしている。だから、マグノリアの言う領地ならではの遊びに興味を示した。趣味を楽しめというのなら領地では狩猟が楽しめるのだろうと勝手に思い込んだ。
マグノリアにしてみれば、一ヶ月の間、邪魔をされたくないから王都別邸から離れてほしいだけである。王都から侯爵領まで急いで馬車で十日ほどかかる。のんびりと途中で観光しながらであればその倍の時間がかかるだろう。
領地本邸では代官たちが好き勝手にやっているはずだ。そんなところに侯爵が帰ってくれば、色々と問題も起きるに違いない。取り敢えずマグノリアがオルガサン侯爵家取り潰しに向けて画策する時間は稼げるはずだ。
「ふむ。では、君の提案に乗るとするか。いや、ペルデルもよい嫁を迎えたな」
自分の優位だと思い込んでいるガラパダはマグノリアがオルガサン侯爵家のために働くことを信じている。オルガサン侯爵家が名ばかりの侯爵家であることを理解しておらず、自分より爵位の低い家の出であるマグノリアが自分たちに尽くすのは当然だと思っているのだ。
その慢心が彼を破滅させるのだが、慢心していなかったとしても無能なガラパダにはどうしようもなかっただろう。
これまで侯爵家の実務を王都別邸の家令に丸投げしていた事実は都合よく忘れ、自分が仕事をしていたつもりになっているガラパダだった。ガラパダは煩わしい侯爵家の実務を嫁に丸投げして遊んで暮らせることに気を良くして、何も考えずに妻とともに領地へと旅立っていったのだった。
なお、マグノリアは確りガラパダに『侯爵家の実務は全てマグノリアに任せるので、その指示に従うように』と一筆書かせている。少しでも面倒を避けるための措置だが、家令は領地の代官たちほど旨味のある役職ではなかったため、それほど抵抗はないだろう。
ガラパダとポリリャの侯爵夫妻が王都を発ってもペルデルは王都別邸に戻ってこなかった。
なので、マグノリアはその間に侯爵邸の使用人たちを掌握することにした。
「大丈夫ですわ、お嬢様。ここの使用人に忠誠心なんてありませんから。不満ばっかり言ってます。無理もありませんよ。お給料安いですし、それも支払い滞ってますし、辞めようにも紹介状書いてもらえないから辞められませんし」
結婚に先立って送り込んでいたメイドのアリサは既に元々の使用人たちから情報収集をしていた。送り込まれていたのはアリサだけではなく、庭師や護衛騎士もいる。彼らはマグノリアが求める情報を確りと集めていた。
そして、実権を握った三日目から帳簿を検めたマグノリアはまず、滞っていた使用人たちの給料を支払った。碌な仕事をしていなかったとはいえ、給料未払いが続いていたのだから、それも仕方がない。
マグノリアはサウロに命じて全ての使用人を広間に集め、全員に未払い分の給料を現金一括で渡した。それに使用人たちは感激し、マグノリアを主人と認めた。お金を払ってくれる者が主人なのだ。
正当な方法で使用人たちを掌握したマグノリアだが、このまま彼らを雇い続ける気はない。一ヶ月後には侯爵家は没落し始めるのだ。使用人を雇っている余裕はなくなるだろう。
ゆえにこれからの働きによって紹介状も用意するし、退職金も支払うことを明言し、今後の身の振り方を考えるようにも伝えた。一ヶ月後には没落し始めるから、とは言わない。まだ確定ではないし、情報が洩れる愚を冒すわけにもいかない。だから、侯爵家立て直しのために侯爵邸の規模を縮小し、使用人を減らすのだと告げた。
使用人が辞めやすいように給料の額は据え置いたので、紹介状と退職金がもらえるのならと、準備が出来た者から次々と辞めていった。
そうして結婚から十日後にはすっかり使用人は入れ替わった。新たに雇われたのは屋敷を回すのに最低限必要な人数だけだ。それもエスタファドル家所有の使用人派遣の商会から来た研修生だった。
こうして、マグノリアは自分が動くために最適な環境を手に入れ、侯爵邸を掌握したのだった。