救済阻止:宮野明美&浅井成実

 原作開始によるループ時空突入となり、やがて3周目となることにちょっと乾いた笑いの出てしまう工藤優希改め山城未耶弥です。

 というか、ループ2周目ってどこから考えたらいいんでしょう。新一がコナンになった日を起点とするのが普通なのかもしれないけど、でも、本当なら進級するはずの4月に進級していない時点でループしていることになるから、実は4月からループ時空に入っていたと考えるほうがいいのかしら。新一幼児化後の最初の4月が2周目突入って。ちなみに今のカウントは新一の幼児化を起点にしています。

 現在3周目ですけど、原作コミックス18巻近くまで進んでるんですよね。燭台切から高木刑事がコナンと初接触したと報告があったので、49件目の事件『時代劇俳優殺人事件』まで進んでいるはずです。ということは担当さんが作ってくれた事件一覧を見るに、次は内田麻美が出てくる『初恋の人思い出事件』、そして灰原哀登場の『黒の組織から来た女』と続くはずです。

 でも、この2年強で『奇妙な人捜し殺人事件』と『ピアノソナタ「月光」殺人事件』以外の47件が起こっていることになるんです。月平均2件の大きな事件に遭遇。2周で月平均2件って……これからあと何周するのかな!? そのうち月平均30件とかならないよね!? 平均すれば、ならないよね……。

 ともかく、そろそろ本来であれば、灰原哀の登場時期となるわけで、そうなるとその前に宮野明美の事件『奇妙な人捜し殺人事件』も起きるのではないかと思います。

 刀剣男士たちも気を引き締め、コナンの様子を探り、般若たち組織潜入組もジンやウォッカの動静を見ています。




 漸く動きがあったのは3度目の春休みを迎えるころ。ちゃんと時間が流れていれば大学2年になってたはず。つまり、成人する年だったのになー。ゴールデンウイーク明けにはお酒が飲めるようになるはずだったのに! 次郎と晩酌出来るはずだったし、一期のバーにも行けたのに。

 それはともかく、組織のほうで動きがあり、宮野明美が2年前(私の感覚的には4年前)の赤井秀一のNOCバレに伴う責任を取らされることになった。勿論、表向きは宮野明美の望み通りに妹志保を解放するための交換条件。そのために10億円を用意しろというもの。

 組織側の転生者(幾人かいることは判ってる)を見張っていた般若からの要請で短刀脇差勢が監視に加わった。

 赤井秀一関係の救済画策者はロミトラ時に捕縛してるから、少ないだろうと予測していた。尤もあのときは赤井と明美を接触させない、恋人にしないという目的の原作改変行動だったけど。今回は赤井関係の改変画策者は全く動かないらしい。正直だね、お嬢さん方。明美が生きていたら邪魔だもんね。赤井、明美に未練タラタラだから。自分が恋人になることを目指している夢見るお嬢さん方にとっては明美が原作通りに死んでくれたほうが都合がいいよね。だから、動く気配はない。

 動いているのは志保関係と降谷関係。この2人には明美が生きていることは救いになるだろうから。降谷は歴史改変阻止が成功しているから、結局親しい友人全てを失っている。彼に残されているのは幼少期の大切な思い出の中の人であり初恋の人の忘れ形見である宮野姉妹だけ。

 ただ、降谷関係の歴史改変を狙っている人は赤井との出会い阻止にも動いていた人ばかりで、彼らは既に捕縛済み。その後、降谷の周辺に転生者やトリップ者は数名確認されているものの、彼女たちの目的は降谷との恋愛のようで、明美には一切興味を示していないから、問題なかった。寧ろ生きていたらライバルになる可能性があると、さっさと灰原哀出てこないかしらなんて言っているのを青江が聞いている。灰原哀登場、つまり明美の死を願っているということで、胸糞悪くなる。私だって他人のことをとやかく言える立場ではないけど。明美が原作通りに死ぬことを願っているのは私も同じなんだから。

 ちなみに、散々私たちは転生者とかトリップ者とか言っているけど、トリップ者は兎も角転生者は中々見つけ出すのが難しい。トリップ者は突然その世界に現れるから、それまでの公的記録がなくて調べればすぐに判る。歴史修正主義者がどういった手段でトリップや転生を可能にしているかはまだ判っていない。でも、現世の公的な経歴や身分証明を造り出すことが出来ないことは判っている。だから、トリップ者は判りやすい。

 転生者の場合は手あたり次第只管見ていくしかない。御神刀にいわせると、記憶持ち転生者というのは魂の形が若干歪になっているらしい。えっ、私もか? と思ったら、私は普通だそうだ。ではなぜ転生者──正確には改変狙いの転生者の魂の形が歪んでいるかといえば、それは神の力による自然な転生ではないから。歴史修正主義者が関わった歪な非正規の転生だから、その歪みが出るらしい。

 で、その歪な形の魂を見つけたら後はもう四六時中張り付いて言動を見張るしかない。何故か大抵の転生者は原作展開をノートとかパソコンに記録している。時間が経てば記憶が曖昧になってしまうからだろうけど。だから、それを発見することで改変意志の有無を確定させている。後は言動だね。

 流石に私たちだけじゃ手が回らないので、他の本丸の刀剣男士たちも協力してくれている。前世の私の弟子だった審神者の刀剣男士だ。カンストして暇になっている男士も各本丸には2~3部隊くらいいるからね。彼らが短期任務で入れ替わりやってきては調査を担当してくれている。そしてその情報交換の場になってるのが、一期の経営するバー『You She Me Too』。ここは各本丸の飲兵衛刀剣たちの溜まり場にもなってるらしい。かなり金払いのいいお客さんになってくれていて、毎度おおきにーって感じです。

 赤井関係もクリア、降谷関係もクリアになったところで、残るは志保関係。

 志保関係の救済画策者は組織内部にいた。彼はコードネーム持ちでこそないけれど、そこそこの中隊長レベルの指揮官ではある。となると、彼自身ではなく部下を動かして明美を守る可能性もあるし、同時に志保を組織から脱出させる可能性もある。

 明美周辺に前田と骨喰を残し、国広と今剣を志保に、愛染と薬研を転生者に付けて見張らせる。

 準備も整ったところで、ちょうどタイミングよく事態が動き始める。どう考えてもこれ、原作補正力が力を貸してくれてるよね。まぁ、ともに原作という名の正史を守ろうとする力だからなんだろう。

 広田雅美を名乗る田舎娘となった宮野明美が毛利探偵事務所に『父親』の捜索を依頼し、弟が接触し、殺人事件が起こり……。

 やがて舞台は彼女の最期の地となる、港へと移る。

 原作正史通りに進む中、当然のようにジンを狙って時間遡行軍が現れた。

「第一部隊、遡行軍排除!」

 控える第一部隊6振を殲滅に向かわせる。夜戦だから、鳴狐を隊長に今剣、前田、愛染、骨喰、国広。

 第一部隊が敵を殲滅する間は第二部隊が隠形状態のままジンを護衛する。スコッチの救済阻止のときとは違い、現れた時間遡行軍は1部隊だけだったから、殲滅は至極あっさりと済んだ。そして、第一部隊は私の許へと戻り、目の前で展開する正史を見守る。

 ああ、現世任務を請け負う審神者に歴史修正主義者堕ちが多い理由が判る気がする。助けられるのに助けてはならない、寧ろ命を奪う行為をこそ守らなくてはならない。それに審神者は多かれ少なかれ心を病んでしまう。

 歴史を守るための行為は通常の任務と変わらない。けれど、通常任務の戦場は時間遡行軍しかいない。その時代で生きる人間は画面に映らない。そんなシステムを作った技術者は慧眼だったのかもしれない。画面の中にいるのは負の念を纏った異形。明らかに排除すべき敵と判る姿形をしているから、審神者は目の前の敵を倒すことに集中できるのだ。助けられる可能性のある人々を、『これが正史だから』と冷静に切り捨てることが出来るのだ。

 けれど、現世任務は違う。現世任務は審神者も同行する。その分、情が動きやすい。なまじ自分たちの生きている時代と近いから感情移入もしやすくなっている。そこに生きる人を見てしまうから、歴史を守るためとはいえそれが本当に正しいことなのかと疑念を抱いてしまう。だから、それに耐えられず、歴史修正主義者へと堕ちてしまう者が出るのは、自然なことだったかもしれない。

 堕ちてはダメだ。私が堕ちれば、大切な刀剣男士たちも堕ちてしまう。誇り高く慈悲深い戦神を人間のエゴで穢してはいけない。その思いだけで、私はなんとか踏み止まれている。私を慈しんでくれている彼らのためにも、堕ちるわけにはいかないのだ。

 宮野明美は原作通りにジンの凶弾に斃れた。

「頼んだわよ……小さな探偵……さ……」

 そう言って息を引き取る、宮野明美。駆けつけたコナンに看取られ、後のことを彼に託して。

 警察が駆けつけ、宮野明美の死体が運ばれ、弟も帰路に着く。全てが原作通りに進んだことを確認して、私たちも本丸へと帰還した。

「こんのすけ、黒鋼くろがねさんにカウンセリングの予約お願いしておいて」

 現世任務に就く審神者の苦悩は政府も承知している。だから、改変阻止の後にはカウンセリングを受けることが推奨されている。特に死者の出る改変阻止では。

「畏まりました、主様。今夜はこんのすけがお傍におりますから、十分にモフってくださいませ。特別に猫形態とりますからね」

 完全に保護者と化しているこんのすけに苦笑が漏れる。自らを使ってのアニマルセラピーを狙っているらしい。普段は厳しいくせに、やっぱり甘いな、この優しい管狐は。大丈夫だよ、あなたや刀剣男士家族がいるから、私は正常でいられるんだ。




 宮野明美の死による衝撃から漸く新一が立ち直ったころ、次の動きがあった。ホント、原作補正って空気読んでるよね! 2ヶ月弱で立ち直れた新一も凄いけど。多分、コナン界の主要人物はそこらへんが原作補正で麻痺してるんだろうな。人に死に対して凄くドライだ。一方で犯人となる登場人物たちはこれでもかというくらいに執念深い。主要人物たちくらいのドライさを与えられていれば事件なんて起こさないだろうけど、それでは原作が展開しないから、仕方ないのだろうけれど。

 毛利探偵事務所に麻生圭二からの依頼の手紙が届いた。これって『ピアノソナタ「月光」殺人事件』だよね。え? なんで毛利探偵に手紙が来たのを知ってるのかって? 国広と骨喰から報告あったからね。高校で毛利蘭が鈴木園子に『ピアニスト麻生って人からから依頼の手紙が来て、月影島に行く』と話してたって。以前なら守秘義務ー! って心の中で叫んでた。簡単に情報漏らすなよとは思うけど。

 不思議なんだけど、普通、高校生の女の子が父親の仕事について行くかな。私だったら父の出張について行こうとは思わないけど、前世でも今世でも。まぁ、聖地とか余程行きたかった土地に行くというなら、同行して同じホテルに泊まって、父の仕事中は別行動で自分の目的地に行くかな。つまり父は交通費と宿泊費と食費出してくれるだけ、お財布扱いだね。

 だけど、毛利蘭って毎回のように小五郎おじさんの仕事について行ってるよね。観光するわけでもなく、仕事を手伝うわけでもなく、ただついて行く。通常、東京(この場合は東都だけど)から探偵を招いて仕事を依頼する場合、交通費と宿泊費は依頼人持ちになると思う。もしくは調査費用・必要経費に計上されて後から請求。毛利蘭とコナンが同行しているわけだし、小五郎のおじさんはその2人の分も必要経費に計上しているのかなぁ。いや、明らかに不必要経費! コナンは代わりに推理しているから必要経費でもいいのか?

 でも、仕事の助手でもない高校生の娘と小学生を仕事現場に連れてくるって、依頼人からしたら『何やってんの、この人。常識ないの?』ってならない?

 と、現実に即して疑問を呈してみけど、これもまたメタな理由でOKだよねー。うん、知ってた。

 ともあれ、浅井成実の事件が起きるから、それに合わせて彼の救済を狙う転生者たちの活動も活発化するはず。なので、先行して数珠丸と青江、今剣、愛染に月影島に入ってもらった。短刀脇差が潜入には適してるけど、島に入った3振以外はクラスメイトとして顔割れてるからね。薬研は懐刀なので私から離れることはないし。

 先乗りした4振にはこの2年の間に島へと移住してきた人物がいないかを調べてもらった。小さな島なのに2人いた。勿論1人は浅井成実。ならば、もう1人を監視するのが妥当だろう。

 短刀2振がその隠蔽を生かして監視し、青江兄弟には島の人たちに件の転生者候補についての情報収集及び島民の中にいるかもしれない転生者探しを指示した。

 先行した4振には人の印象に残らないような術を掛けている。だって、何もしなかったら目立つもの! 数珠丸も青江も美しいし、今剣と愛染は愛らしいんだもの! だから、どれだけ話を聞いても『旅行者に道を尋ねられた』程度にしか認識しないような術をかけた。便利だよ、この術。どれだけ根掘り葉掘りなんでそんなこと訊くのってくらい質問しても、『〇〇へはどう行けばいいですか?』と訊かれたとしか認識しないんだもの。

 転生して改めて審神者になってから、かなり術の腕上がった気がする。必要に応じて色々術式組むからね。太郎と次郎と石切丸と蛍丸と小烏丸と三日月と今剣と。御神刀と古代刀(歴史区分上、日本では平安時代までは古代なんだよね)は生まれた時代や奉納されてた関係で呪術に強いから。必要は成功の母ともいうし、必要が腕を上げさせたんだろうね。

 コナンたちが月影島入りする前日、私たちも成人潜入組を除いて全員が島へと渡った。旅館や民宿ではなく、1軒の空き家を拝借して、私たちは村人との接触はなし。拠点となった家に不認識と認識阻害の結界を張って、周囲にはいつも通りの空き家に見えるようにしておいた。

 そんな準備を整えて、短刀と脇差が先行組とともに転生者の監視にあたる。打刀以上は数珠丸と同様、術を施したうえで島民調査。ギリギリ、最初の事件が起こる前に島民調査が終わり、転生者は最初に発見した移住者の男性のみということが判った。

 そのころには監視していた今剣と愛染から、確かに彼が成実救済を目論んでいるとの報告も上がってた。ブツブツと独り言のように計画を呟いていたらしい。

 直ぐに担当さんに連絡して、担当さんとすっかり顔馴染みになっている創作時空小隊の小隊長さんが捕縛のために島へとやってきた。同じ船に捜査一課目暮班も乗っていたようで、担当さんが『燭台切様、すっかり刑事が板についてました』なんて言ってた。

 島にやってきた黒鋼さんと小隊長さんは直ぐに証拠固めをして、改変画策者を捕縛した。これで歴史改変は阻止できたはずだけど、念のために完全に事件が終結するまで私たちは月影島に残ることになった。殆ど可能性はないけれど、既に何らかの方法で遡行軍召喚していないとも限らないし、念のため。転生者がいなくなった時点で、改変を画策するなら残された方法は成実の罪を暴く小五郎のおじさんとコナンを排除するしかない。だから、残りの期間の任務はコナンと小五郎おじさんの護衛となった。

 流石に仕事で来ている燭台切に現地で接触するのは難しいかと思ったけど、そこは刀剣男士。こっそり短刀脇差が接触して情報交換してた。まぁ、捜査状況は短刀たちがその隠蔽を生かしてちゃっかりと盗み見盗み聞ぎしてたんだけどね。

 私も隠形術を使って姿を隠し、現場に行った。正直、人間の死体を見るのは怖い。戦争指揮官とはいえ、いつも相手にしているのは時間遡行軍。遡行軍は刀剣男士の刃にかかれば灰となって消える。血は出ないし死体も残らない。そして遡行軍を倒すことは浄化であり、囚われた魂の解放でもある。だから、怖くはないんだよね。

 でも、人の死は怖い。特にこうした殺人事件の現場は色々な念が渦巻いているから、余計に苦しくて哀しくて、怖い。被害者は突然の死を受け容れられず、その理不尽な死を齎した浅井成実を罵っている。でも、因果応報じゃない? 彼を鬼にしたのはあなたたちだ。あなたたちが彼の大切な家族を私利私欲のために殺さなければ、彼は鬼になんてならなかった。彼がその手を汚すことはなかった。

「五月蠅いねぇ。斬ってしまおうか」

 幽霊斬りの逸話を持つ青江が呟く。肉体を離れ魂だけになった被害者は、その心の醜さのままに己のことだけを嘆き、生きている人々を悪し様に言い、浅井成実を罵る。そんな魂に掛ける情けなど私も刀剣男士も持っちゃいない。

「大将、どうする?」

 薬研も私に尋ねる。霊刀の青江や御神刀勢ではなくとも、幽霊を斬ることは出来る。元々刀は魔を祓うための術具だったから。矮小な人間の霊を斬ることくらい容易い。

「私たちに裁く権利はないからね。彼らのことは閻魔様に任せよう。数珠丸、江雪、山伏、彼の魂を三途の川まで導いて」

 本霊ではない彼らには直接地獄へのルートを開くことは出来ない。閻魔大王の許へ届けることは出来ない。精々が読経に念を込めることによって強制的に三途の川の渡し守のところまで道を作る程度。

 罪人であるがゆえに死人となった魂は激しく抵抗をしながら、現世から消えた。

 そういえば、かつて成実の家族が亡くなった現場にも行ったけれど、既にご家族は成仏していたようだ。きちんと成実が弔ったのだろう。死して後まで苦しむことがないのは幸いだと思った。

 一つ目の事件が終わり、警察が事情聴取をする。そこに第二の事件。そして、事件は続く。そのたびに仏僧刀たちが道を作り魂を送り出す。御神刀たちは隠形したまま祓いを行なう。

 そして……眠りの小五郎が全てを解き明かす。事件は終結したかに見えて、最後の悲劇を残していた。

 公民館が火に包まれる。中からはピアノの音色。浅井成実が自らの死を以て幕を引く。

 本当は成実の死を止めたい。死なせたくない。けれど、それは決して『救済』が目的ではない。助けて逃がしたいわけではない。死なせずに逮捕してほしいのだ。

 彼は罪を償うことなく、死んで逃げようとしている。死んで罪を償う? 自らを裁く? 巫山戯ふざけるな。法治国家でそれが許されるとでも? 罪の償いは全てを裁判で自らの口で明らかにして、法の裁きによって為されるべきものだ。自ら何も言わずに死んでいくのは、それは逃げでしかない。

 けれど、罪と向き合い償ってほしくても、彼にはそれすらも許されない。ここで焼死することが彼の正史だから。

 説得するコナンを彼は投げ飛ばして脱出させる。復讐など望まなければ、彼は優しいお医者様でいられたのだろう。けれど彼は復讐を望み、実行した。そして、それを小さな探偵に摘発あばかれた。自分が罪を暴いたことによって犯人が自ら死を選んだ。そのことは新一の心に大きな後悔と悲しみを齎した。

 仮令、最後の暗号メッセージが残されたとしても。

「ありがとう、小さな探偵さん」

 心のどこかで罪を犯す前に止めてほしいと彼は願っていたのだろう。それが叶わないのならば自分の罪を暴いてほしいと思っていたのだろう。だから、恐らく、彼は最後の最期で新一によって救われた。

 だから、新一、苦しまないで。




 月影島から帰ってきてから、新一は元気がないらしい。物思いに沈んでいることも多いようだとクラスメイトの前田と蛍丸が報告してくれた。

 自らの推理によって人が死んだ、そのことが新一の心に重く圧し掛かっているようだった。確かにこれを機に新一は成長するはずだ。原作ではそうなっているから。でも、原作ではそうだからと言って、やはり目の前でクラスメイトが意気消沈しているとなれば、前田も蛍丸も放ってはおけないらしい。彼らの中には新一は『主の弟』という認識もあるから、一応は慈愛を向ける対象でもあるわけだし。

「小五郎さんも、表には見せないけど、結構堪えてる」

 そこに追加情報を出してきたのは鳴狐。鳴狐はまだポアロでバイトしている。安室の登場はまだまだ先だから、世良真澄が確認できたあたりでバイトを辞めることになっている。あと何周することになるのやら。

 小五郎のおじさんも犯人が自殺したことに自責の念を感じているらしい。そして、コナンが消沈していることも気にかけてくれているそうだ。

「ポアロ、行っちゃダメかな」

 原作時制に突入してから、ポアロには行っていない。鳴狐から榎本梓がバイトで入ったと聞いていたし、彼女が入った時点でポアロからは遠ざかっている。でも、山城未耶弥今の私がコナンに自然に接触できるのは兄のバイト先であるポアロくらいだろう。

「弟君に会いたいかい?」

 歌仙が穏やかに訊いてくる。頭ごなしに反対はしない。

「うん……会いたい。何が出来るわけでもないけど、それでも、会いたい」

 姉だと名乗ることは出来ないだろうけれど。新一だってコナンになってるんだから、姉に会っても自らを新一だとは告げないだろうけど。

「黒鋼殿に相談してみよう」

 歌仙はそう言って、私をそっと抱き寄せてくれる。長い歳月をともに過ごした初期刀は誰よりも私を理解し愛してくれている。まるで父のような、母のような慈愛で私を包んでくれる。私が転生してからはなおのこと。

『くれぐれも原作の事件に積極的な介入をしないようにしてください。歴史改変だけはしないように。それ以外はご自由に、お心のままに』

 反対されるかと思っていた黒鋼さんはそう言って私がコナンたちに接触することを許してくれた。仮令イレギュラーとはいえ、私は原作世界に生まれた存在なのだから問題はないと。新一に自分が姉であると告げることも条件付きで許可された。新一が私が『優希』であると気づいた場合にはそれを認めるのはOKだと言われた。それから、これまでコナンが関わった事件について言及するのは基本的に禁止。コナンから話を聞いたうえで『姉として』感想を述べたり、助言したりするのは可。そういったいくつかの条件の許、私は弟との再会を画策することになった。




 再会の日がやってきた。本当に再会できるかは運の部分もあるけれど、コナンが興味を引くようにその日は前田と蛍丸が一緒に帰宅し、ポアロにいる姉に気づくということにした。

 前田と蛍丸はコナンの護衛の意味もあり、登校時は時間が重なったふりをしてポアロ前で合流するようにしている。小学生が登校するとなれば同じ時間帯に同じルートを通ることも多いから、特にこれは不審には思われていない。下校時も一緒に遊ぶことも多いからほぼ毎日一緒だ。少年探偵団には誘われたらしいけれど、蛍丸は『きょーみない』と素っ気なく、前田は『危ないことはしないようにと言われていますから』と断ったそうだ。実際に少年探偵団が事件に巻き込まれるときには陰から護衛しているようだけど、飽くまでも時間遡行軍からの護衛だから、原作にある怪我や危険には対応しない。尤も、帰宅後に『あいつら危機意識なさすぎ!』『無謀すぎです! いくら子供とはいえ、もう少し考えていただきたいものです』と2振揃ってプリプリと腹を立てていたけど。その事件遭遇頻度が上がるにつれて腹を立てていたものが胃痛を訴えるようになった。刀剣男士も神経性の胃痛ってあるのか。こればかりは手入では直らないから、薬研特性の薬湯が常備されるようになってしまった。

「はー、緊張してきた」

 ポアロのカウンター席に座り、鳴狐の、いや名城なき兄様の淹れてくれたアイスコーヒーを飲みながら呟く。

「落ち着いて、未耶弥」

 そんな私に名城兄様は苦笑を零す。愈々新一と接触するときが来たけど、直接顔を合わせるのは7年ぶりだから、緊張するなというほうが無理だ。

「…来た」

 名城兄様の言葉と同時に、カランカランとドアベルが鳴り、元気な声が響いた。

「あー、姉さまがいる!」

「本当です! 姉さま、こんなところでどうなさったんですか?」

 打ち合わせ通りの蛍丸真亜前田の声がして振り向くと、そこには昔を思い出させる新一──コナンがいた。









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 宮野明美と浅井成実。立て続けに犯人が死に、その死は俺にとって心に重く圧し掛かるものだった。特に成実先生は俺が推理を披露していなければ死ななかったのではないかと思うと、どうしようもない後悔が俺を圧し潰そうとする。でも、探偵として犯罪を見過ごすことは出来ない。だから、罪を暴いたことは決して間違ってはいないはずだ。けれど、自らの推理で成実先生を追い詰め、自殺させてしまったのは紛れもない事実だった。

 そんな思いから鬱屈が溜まりふさぎ込んでいた俺のことを蘭やおっちゃんが心配していたのは知っていたが、どうしようもなかった。学校でもいつもと違う俺に元太たちも戸惑っているようだった。

 遊びに誘ってくれた元太・光彦・歩美にそんな気分じゃないからと断り帰路に着けば、『江戸川、一緒に帰ろう!』と山城弟が声を掛けてきた。山城はうちのクラスにいる似ていない兄弟(双子ではないらしい)で、兄の真亜まあ温和おとなしいというか大人びた少年、弟の蛍は元気いっぱいのいかにも小学生らしい少年だ。ただ、どちらも育ちを髣髴させるかのように所作が上品で、どこか俺たちとは違うのだと思わせる品の良さがあった。家族に心配をかけるからと少年探偵団には入ってはいないが、実質的にはメンバーといってもいい程度には、俺たちと仲は良い。

 この似ていない兄弟は不思議な子供だった。真亜は一歩引いたところから俺たちを見守るようであり、蛍は一緒に騒ぎつつも元太たちが危険なことをしないようにさり気なく誘導していた。真亜も蛍もスタンスは違えど俺たちを保護しようとしているように見えるときがあった。正直、とても小学1年生とは思えない。時折見せる表情や言動が彼らは本当は大人なのではないかと思わせるのだ。もしかしたら、彼らは俺と同じではないかと思ったこともある。ただ、その証拠はない。元太たちは幼稚園では会ったことがないと言ってはいたが、彼らは家庭の都合で幼稚園には行っていないと言っていたし、別段可笑おかしいところはない。

「あ、姉さまがいる!」

 他愛もない話をしながら帰宅し、毛利探偵事務所へと着いたところで蛍がポアロを覗き込んで言った。『姉さま』の話はよく学校でもしていた。何でもお嬢様学校として有名な四葉女学院に通う高校2年の姉がいるらしい。他にも兄弟は数人いるらしいことは話から判っている。高校生の兄姉が3人、大学生の兄が1人、年齢の判らない(話しぶりから上記の兄たちとは違うとは判る)兄が1人。7人兄弟らしい。結構な大家族だ。他にも父の弟である叔父数名が同居しているらしいことも窺える。複数の叔父の名が出てきたから、少なくとも3人以上の叔父も同居しているらしくて、中々の大家族だ。その家族の中で2人が一番話題にするのがその唯一の姉のことだった。2人ともその姉のことが大好きだと判る話しぶりだった。その姉がポアロにいるらしく、興味を引かれた。

 ポアロを覗き込めば、カウンターにはバイトの名城さんがいて、その正面に一人の女性が座っている。後ろ姿だから、顔は見えない。ストレートの腰まで届く長い黒髪しか判らない。それなのに、なぜかドキリとした。長い黒髪は宮野明美にも成実先生にも共通のものだから、それを思い出したのかと思ったが、そうじゃない。何か懐かしものを、暖かなものを感じたのだ。

「ちょうどいいや、江戸川にも姉さま紹介してあげる」

 自慢の姉だという蛍が俺の腕を掴んでポアロへと引っ張る。俺は蛍の為すがまま、ポアロへと入る。

「姉さま!」

 声を掛ける2人に、姉が振り返る。

「蛍、真亜」

 振り返った顔になぜか言いようのない懐かしさを覚える。知らぬ顔なのに、なぜか。

「あら、寄り道? 兼定叔父様に叱られるわよ」

 2人に掛けられる優しげな声。その声は、紛れもなく──。

 ああ、今年は電話に出ていないな。父さんたちはいつも通り話をしたらしいけど、俺は出来なかった。工藤邸にはいないのだから仕方ない。毎年贈っていたプレゼントも今年は贈っていない。色々あって買いに行く時間もなかった。だから、去年の誕生日以来の声。だけど、俺が間違うわけはない。

「姉さま、紹介しますね。クラスメイトの江戸川コナン君です」

 真亜が俺を彼女に紹介する。彼女はカウンターのスツールから立ち上がり、俺の前に来ると目線を合わせるようにしゃがんだ。

「弟たちと仲良くしてくれてありがとう、コナン君」

 そう言って俺を見る目は見覚えのある優しさに満ちていた。

「優希……」

 間違いない、彼女は優希だ。7年前に俺の前からいなくなり、以降は年に1度の電話だけが許された俺の姉だ。

 優希は軽く目を見開くと、仄かに笑った。そして、人差し指を唇に当て『しっ』っと俺を制する。彼女の弟2人はカウンター席に座り名城さんと何やら話し始めている。なんと、彼らがいつも話していた大学生の兄というのは名城さんのことだったらしい。でも今はそんなことどうでもいい。目の間に姉がいるのだ。

「……お姉さん、ボクと会ったことある?」

 彼女は間違いなく優希だ。だけど、忘れていた。今の俺は新一じゃなくコナンだ。でも、多分、優希はコナンボク新一だと判っているように見える。昔から優希は勘の鋭いところがあったし、俺たちは双子だ。コナンの姿を見て新一を思い出すことなんて簡単だろう。

「うーん、『君』には初めて会うかな。昔君によく似た少年は知っているけどね」

 そう言う優希。間違いない、その表情はコナンボク新一だと気づいている。ああ、何とかして2人にきりになって、話がしたい。

「へー、そうなの? じゃあ、ボク、その人のお話聞きたいなぁ」

 わざとらしい子供の口調に目の前の優希が苦笑している。それは俺の子供のころを知っているからこそのものだ。この歳の俺はこんな子供っぽい子供じゃなかった。クソ生意気なガキだったから、そのころを知る優希にしてみれば苦笑するのも当たり前だろう。

 すると優希は苦笑して『また今度機会があればね』と告げる。不満そうな俺の頭を撫でながら、優希に声には出さずに告げた。『明日、10時、自宅で』と。

 明日の土曜は特に何も予定はない。自宅──つまり、工藤家で会おうと優希は言うのだ。

 その後優希は弟2人とともにポアロを出た。彼女が優希ならば、兄である名城さんも弟という2人も、優希が養女に入ったあの美しい男性の子供なのだろう。とても今年大学生になる息子がいるようには見えなかった。既に当時は名城さんは中学生にはなっていたはずだ。けれど、今はそんなことどうでもいい。明日、姉とゆっくりと話せるはずだ。

 探偵事務所へ帰った俺は機嫌が良くなっていたらしく、おっちゃんや蘭にいいことでもあったのかと聞かれたほどだった。

 明日のことが楽しみで中々眠れず、それでもやってきた朝。朝食を摂り、着替えて、買い物に一緒に行こうと誘う蘭に博士の家で遊ぶ約束があるからと断って出かける。ちゃんと工藤邸の鍵も持った。コナン用と新一用、どちらの携帯もある。

 知らず知らず駆け足になって工藤邸へと入り、長い不在で籠った空気を入れ替えるために窓を開けて回る。ああ、優希は紅茶が好きだったから淹れてやらなきゃ。お湯も沸かさないと。ウキウキして走り回っていれば、ドアのチャイムが鳴る。優希だ!

 玄関に駆けて行きドアを開ければ、そこには優希と何故か捜査一課の山城刑事。……山城!? ああ、真亜たちの話に出てた叔父の1人が山城刑事だったんだと簡単に想像がついた。

「やあ、コナン君。今日は未耶弥のことよろしくね」

 どうやら山城刑事は優希をここまで送り届けてきただけのようで、優希に話が終わったら迎えに来るから連絡するようにと言うとすぐに去っていった。

「顔、変わってるのにすぐに判ったんだね。流石新一」

 居間へと移動しながら、優希はあっさりと言った。

「そっちだって、直ぐに俺だって気付いたじゃねーか。こんな姿になっちまってるのに」

 だから、俺も隠さずに応じる。

「そりゃ伊達に双子じゃないもの。小さいときの新一そのままじゃない」

 居間に着き、優希は勝手知ったる我が家とばかりにキッチンへと行くとケーキ皿とフォークを2人分用意する。

「うちの叔父がつくってくれたレモンパイ持ってきたよ。新一の好物でしょ」

 そうして、2人でお茶の用意をし、そのままキッチンのダイニングテーブルで話を始めた。

「で、なんで新一は幼児化してんの? 江戸川コナンなんて怪しい名前まで付けて」

 ジト目で見られて冷や汗が出る。

「どうせ、新一のことだから、何かに巻き込まれたんだろうけどね! 国広や藤四郎から散々工藤新一の話は聞いてるし! 新一が休学してるって2人から聞いたとき、どんなに驚いたか心配したか判る!?」

 え、ちょっと待て。国広と藤四郎って、帝丹高校でクラスメイトだったあいつらか? あ、あいつらも山城だ。同学年だけど双子じゃないちょっと複雑な事情があるらしい兄弟だけど、え、もしかしてあいつらが真亜たちが言っていた高校生の兄か!

「ああ、うちの姉弟、全員養子なの。色々複雑な事情持ち。私の例を考えれば判るでしょ」

 成程、あの恐ろしいまでに美しい山城宗近という男性は訳ありの子供を保護しているというわけか。全員養子というなら、同年齢の2組が双子ではないというのも、息子というには大きな名城さんも納得だ。

「で、話を逸らさない! 何に首突っ込んでるわけこの愚弟は!」

 優希は追及の手を休めない。話したら危険に巻き込むかもしれないから言えないと言っても納得しなかった。

「ねぇ、新一。私の事情忘れた? 山城の父は警察庁公安部とパイプを持ってるの。ぶっちゃけ、父本人も公安と似たような特殊な部署にいる。今日ここまで送ってくれた光忠叔父さまのことは新一も知ってるでしょ? 他にもいる叔父たちは私の護衛でもあるの。だから、心配はいらない」

 そう言う優希は俺が事情を説明するまで退こうとはしなかった。だから、黒ずくめの連中のことはぼかしてコナンになった経緯を説明した。

「何やってんの、この馬鹿弟は」

 事情を聞いた優希は開口一番、呆れ切った声で言った。

「今年の誕生日の電話に出なかったから何かあったかとは思ってたのよ。でもお父さんもお母さんも何も言わないし……。こんなことになってたなんて」

「しっ、仕方ねぇだろ! いかにも怪しい奴らだったんだ! 真実を突き止めるのが探偵なんだから!」

「ねぇ、判ってる? そいつらって新一を殺すつもりでその毒薬飲ませたんだよね? なのに何の奇跡か新一は命を落とさずに幼児化するだけで助かった。だったら、大人しく警察に助けを求めて保護されてなさいよ!」

「警察は信じなかったんだからしょうがないだろ! 警察は頼れないんだよ!」

「だからって小五郎のおじさまを利用するのはどうなの? っていうか、それを進める阿笠のおじさんも非常識よ」

「博士を悪く言うな!」

「そうね、阿笠のおじさんは新一のためだけを思って提案したんだろうね! 毛利のおじさまが危険に巻き込まれるかもしれないのに、それを考えもせずに!」

「おっちゃんが危険に巻き込まれるわけねーだろ! 俺のことをあいつらは知らねえんだから」

 やたらと警察に行けという優希に腹が立つ。警察に助けを求めたってどうにもならないから、俺は1人であいつらを追ってるんだ。なんで判らねえんだよ!

「山城の父から公安に話を通してもらう。それで新一を保護してもらう」

 そんなことされたらあいつらを追えないじゃねーか!

「断る! 父さんも母さんも俺のことを認めてるんだから、保護なんて受けねぇぞ!」

 優希のときは自分のことじゃないから指をくわえて見ているしかなかった。あのときに来た公安の男は言ってた。優希は未成年だから保護者の承諾が必要なんだと。だとしたら、俺も同じだ。工藤新一は高校生とはいえ未成年だ。俺を保護しようとすれば両親の承諾が必要なはず。そして、父さんも母さんも俺の気持ちを判ってるから、承諾なんてしない。

「……これ以上言っても無駄だね。判った。口出ししない。だから、蛍と真亜を絶対に巻き込まないでね。可愛い弟たちを危険な目には合わせないで」

 どこか突き放すような優希の声に震えてしまった。優希は俺を見捨てたのか? 血の繋がった弟の俺よりも、繋がりのない義兄弟をとったのか?

「コナンの様子は2人が教えてくれるだろうけど、せめて週に一度は生存確認で私に電話して。これ、私の携帯番号とLINEのID。いい? 何を言っても無駄だろうから、もう止めない。でも、心配してないわけじゃない。だから、せめて大丈夫だって知らせて。たった二人の姉弟なんだから、苦しいことや悩んでることがあったら連絡して。愚痴でも何でも聞くから。正体を隠してる小五郎のおじさまや毛利蘭には言えないことでも、私になら言えるでしょ? お母さんのお腹の中にいたときから一緒にいたんだから」

 見捨てたわけじゃない。俺のやりたいことを妨げずに見守ることを選んでくれたんだ。父さんや母さんのように。二人よりも心配性だけど、それは昔からそうだから仕方ないよな。

「判った。けど、いいのか? お前、証人保護プログラム受けてるじゃねーか。大丈夫なのかよ」

「家族との接触は最低限にしろと言われてるから、年に1回だけだけど、『江戸川コナン』は弟の同級生というだけの他人でしょ? 問題が何処にあるの?」

 ああ、そう言われればそうか。

「判ったよ、姉さん」

 滅多に姉さんなんて呼ばなかった。双子なんだから姉も弟もあるかって。でも、やっぱり優希は姉なんだ。双子なのに、紛れもなく姉だ。

 頷いて見せれば、姉はホッとしたように笑ってくれた。

 それからは、姉のことを色々と聞いた。話せる範囲の家族のこと。やっぱり捜査一課の山城刑事は優希の義理の叔父にあたるらしい。あの美しすぎる義父の弟なのだとか。他にも4人の叔父がいて、うち2人は同居しているそうだ。その一人の叔父はまるで母親のようだとも言っていた。その叔父が手土産のレモンパイを作ってくれたそうだ。同居していない叔父もよく家に遊びにくるらしいし、父や叔父の同僚たちも頻繁に遊びに来るのだとか。だからいつも賑やかだと言っていた。

 優希は唯一の女だからか、皆にとても可愛がられているらしく、過保護なのだとも。今から義父や叔父たちは『嫁に取ろうというのなら俺たちを倒してからだ!』と息巻いているらしい。ちょっと待て。高木刑事に聞いたことあるんだけど、山城刑事って剣道滅茶苦茶強いんじゃなかったか? スポーツとしての剣道をしているわけじゃないから、段位は持っていないし大会優勝経験なんかもないそうだけど、実践剣術としての剣道は警視庁一と言われているともいうぞ。

「それ、お前の家族、お前を嫁にやる気ねーんじゃねーか?」

「かもねー。だったら、叔父さまのうちの誰かにもらってもらうのもありかも。父さまで判ると思うけど、やたらと顔面偏差値高いからね、父さまの弟たち」

 そんな、とりとめのない話をして、優希が作ってくれた昼飯を食って、また話をして。多分、優希とこんなにも長く、こんなにもたくさん、こんなにも深く話をしたのは初めてだった。双子の姉弟なのに、いつの間にか俺は優希の存在をないもののように扱っていたんだ。7年前、優希が家を出たときに母さんが言っていたように。だから、それを埋めるようにたくさん話をした。

 夕方になるころ、優希のスマホに叔父の一人から電話があったのを機に今日はお開きにすることになった。

 優希を迎えに来たのは山城刑事ではなく、ポアロでバイトしている名城さんだった。

「未耶弥、ショタに目覚めた?」

「酷い、名城兄様! ちゃんと判ってるから! イエスロリショタ、ノータッチ!」

「未耶弥おねーちゃん、それってどうなの……」

 姉の知らなかった残念な一面を最後の最後で知ることになってしまったけど。

 その後、名城さんに一緒に毛利探偵事務所まで送ってもらい、帰宅したときにはいつになく心が晴れていた。

 その夜は月影島から帰ってから初めて、夢も見ずにぐっすりと眠ることが出来た。

 俺の携帯にはコナン用には『未耶弥おねーちゃん』、新一用には『優希』の連絡先が登録された。同じ番号だけど。どちらで掛けるか、どちらに掛かってくるかで俺の優希への呼び名が変わるから。

 何も隠す必要がなく、格好をつける必要もない姉の存在に、多分俺はコナンになって初めて、肩の力を抜くことが出来たのだった。