救済阻止:諸伏景光&伊達航

 どーも。前回とはかなりの温度差がありますが、審神者に復帰して5年の旧名工藤優希こと山城未耶弥、審神者号勘解由です。早いものであれから1年経ちました。いえ、365日は経ってないんで、数か月なんですけどね。

 進級したので私も中学3年になりました。受験生ですと言いたいところだけど、通っているのが幼稚舎から大学までエスカレーター式の女子校なので受験はナシです。小学校4年からの編入は認められなかったので、中学で受験して入学しました。一応、山城家は歴史ある家系という設定らしいです。うん、まぁ、2400年代では家長である三日月をはじめ21振中18振が1000年越えですからね。1000年を超えていないのは微妙に20年ほど足りない太郎と、歌仙(あと150年ほど足りない)・国広(あと250年ほど足りない)の3振だけです。

 工藤家とは無事に縁が切れました。──と言いたいところなんですが、細い繋がりですがまだ残っています。こちらから残しているのではなく、あちらが繋ぎ留めてくれている縁です。年に一度だけ、誕生日に両親と弟からプレゼントが届きます。本来の証人保護プログラムであれば、こういう交流はNGなのでしょうが、これは『工藤優希』の存在を公的に消すためのなんちゃってプログラムなので問題はないそうです。

 政府の調査で私が歴史修正によって生まれたわけではないこと、私の転生に歴史修正主義者の関与はないことが判明しています。また、『工藤優希』の存在をなくしたことで私の存在が原作に影響する可能性もないとのこと。勿論、今後私が積極的に原作キャラに関われば別ですが。なので、年に1回の誕生日プレゼントのやり取りくらいは問題ないそうです。私から家族へプレゼントを贈ると家族の中に『娘(姉)』からのプレゼントという意識が残ってしまい、それはNGだと担当さんに言われたので、プレゼントが届いた後に父宗近が工藤家に電話をし、その後私が両親や新一と話すという流れになっています。年に一度の会話で、家を出るまでの数年間はあまり真面な会話もしていなかったせいか、かなりぎこちないのですが。

 ちなみに昨年電話したときには、両親はおらず、新一だけでした。そう……両親、原作通りにロスに移住してました。原作通りと判ってはいるんですが、『育児放棄ー!!』と叫んでしまった私は悪くないと思います。中学生の弟の一人暮らしという状況にお世話焼きな燭台切や国広は家政夫しにいこうか? とオロオロしてました。まぁ、潜入する立場以外で関わるわけにはいかないので、却下しましたが。原作には工藤家の家政婦なんていないわけですしね。

 その後両親に連絡した際にはちょっと嫌味は言いましたけど、多分、堪えてないと思います。原作補正かかりますし。あ、それでも今年電話したときには新一が『母さんが週に1回電話してくるから鬱陶しい』と言っていたので頻繁に連絡を取り合っているようで安心しました。

 ともあれ、年に一回だけだからなのか、工藤家との関係は比較的良好です。これは組織壊滅後なら再会しても大丈夫かもしれませんね。担当さんにもそう言われましたし。ちょっとだけ、いえ、かなり嬉しいです。




 松田陣平の死亡から半年近くが経過し、漸く立ち直ることも出来ました。その間、刀剣男士たちの支えがあったことは大きかったですね。

「だけど、主にも恋愛をする機能があったんだなァ」

 そう言ったのは般若。おいこら、どういう意味だ。

「あー確かに! 前世じゃ、とんと御縁がなかったからねぇ。主にゃ恋愛機能そのものがないんだって思ってたよ」

 次郎も頷くとか失礼だな。というか、そもそも『機能』ってなんだ、『機能』って!

「主殿が完全恋愛脳になってしまっては困りますが、前世のような恋愛モード欠如も問題ですな。ここは周囲に人間の男のいる任務期間中に主殿の伴侶を見つけ子作りしておくべきではございませんか」

 色々問題ある発言かましてくれてるけど、一期、子作りしておくべきって! そりゃ、恐らく原作終了までの間この世界から完全に離れることはないだろうけど。だから30歳過ぎまでこっちとの関係も切れないとは思うけど、その間に恋人見つけて結婚して子供作れってか?

「いえ、子作りだけでも十分ですよ」

 首をコテンと傾げて言っても内容は可愛くないからね、一期! 夫はいなくてもいいから、子供は作ろうってか。いや、まぁ、確かに刀剣男士たち、私の友人や弟子に子供が出来てその刀剣男士が主の子供を世話してるの見て羨ましがってたからなぁ。元々刀剣男士というか神は子供を愛おしむ傾向にあるとはいうけど、彼らもの子供の世話をしたかったのか。

「で、主はどれが好みだい?」

 次郎、どれって、そこは誰だろ!

 テーブルの上に並べられているのは複数枚の写真。写真のないものはアニメのカード。えーと、並んでるのは、服部平次、怪盗キッドこと黒羽快斗、白馬探、赤井秀一、沖矢昴、降谷零、風見裕也、毛利小五郎。

 取り敢えず、服部平次には遠山和葉がいるし、キッドこと黒羽快斗には中森青子がいるから除外でしょ。公式カップリングがいる相手じゃ、それ歴史改変だからね。

白馬探石田彰赤井秀一池田秀一沖矢昴置鮎龍太郎安室零古谷徹風見裕也飛田展男毛利小五郎神谷明。さぁ、どれが良いのだ、主よ」

 なんで声優名で選択させるんだ、三日月!

「これはどういう相手なのかな? 種馬候補? それとも恋愛対象候補?」

「勿論、次の恋愛対象候補だよ」

 にっこり笑う燭台切ににっこり微笑み返す。そして。秘儀星一徹! 卓袱台返しだ。

「理屈で恋愛は出来ません! 出来るなら陣兄さんに恋してない! だから、自然に恋に落ちるまで放っておいて」

 気遣ってくれるのは判るけど、でも、気遣いが斜め上! まぁ、態とだろうけど。

「あ、それから、赤井と沖矢入れたの誰? ぜぇーーーーーーーーーったいに有り得ないから!」

 二次元のキャラとして萌えるならまだしも、現実の恋愛対象として赤井は有り得ない。まだ小五郎のおじ様のほうが可能性あるから。そもそも日本国特殊部隊の軍人である私の恋人とか夫とか子供の父とかに外国人は有り得ないから!

「声だけであれば、主の好みではあろうがなぁ……」

「声だけならね! でも声だけならシャア演じてるときより、邵可しょうかやカティスのときのほうが好き! 頼りがいのある年長者な優しいお父さん的な感じで」

 あと、声の好みだけならもう十分般若で満たされてるから大丈夫。千子村正顕現したら、般若と村正だけで十分いい声への欲求は満たされるから。

「っていうか、般若から連絡は? まだスコッチNOCバレしてない?」

 取り敢えず真面目に仕事の話をすべく、写真を片付けテーブルを元に戻す。

 今年に入ってから、組織に潜ってる般若と警視庁にいる燭台切、警察庁にいる青江は忙しい。諸伏景光のNOCバレは警視庁からの情報漏れ(もしくは意図的なリーク)と言われていたから、先ず誰がそれを行なおうとしているのかを調べた。そして、リークする人物を見つけたところで、その人物の保護というか護衛に入る。彼がいなくなれば歴史改変になるからね。で、彼が情報をリークするまでは徹底して守る。リークの妨害がされないように三日月や数珠丸、鳴狐といったIT班がネットワーク上の監視もする。

 ちなみに鳴狐は今、大学生設定でポアロでバイトをしている。週に3回。降谷が安室として小五郎おじさんの調査に来る前にバイトを辞めて、ポアロがちょうどいいタイミングで求人募集するように仕向けることになるんだよね。まだポアロのバイトに梓さんもいないからちょくちょく私たちも顔を出してる。だから、マスターとは顔見知りになった。といっても実は『工藤優希』時代に若干の交流はあったんだけどね。顔が変わってるしちょっと成長してるからマスターは私が優希だとは気づかなかったけど。

 小五郎のおじさんや毛利蘭とも顔は合わせたけど、私に全く興味も関心もなかった毛利蘭は私に気づかなかった。小五郎おじさんも殆ど交流がなかったから、やっぱり気づかなかった。

 これが両親や新一だと多分、何かしらかの違和感を覚えると思う。雰囲気とか仕草とかで『工藤優希』に似ていると感じるだろうけど。というか、親子や姉弟なのだから感じてほしい。完全な我が儘だけど。

「で、どのように阻止するかだが……組織内にスコッチ救済を狙う者がいれば、それは般若が対応するということでいいんだね? 警視庁内部は燭台切が、公安は青江が対応。それぞれに脇差と短刀を補佐につける」

 歌仙の確認に頷く。黒の組織にしても警視庁・公安にしても、もし内部に転生者がいてスコッチ救済を狙うなら、NOCバレ前に何らかの動きがあるだろう。降谷に情報を流すとかスコッチに離脱を勧めるとか。だから、そこはそれぞれに潜ってるメンバーを中心に対応する。補佐として骨喰と国広、薬研が付く。

 内部に転生者がおらず、外部から救おうとするならそれはスコッチの自害当日の廃ビルに向かうルート若しくは廃ビルでの救済になるはず。NOCバレした後は恐らくそこしかチャンスはない。バレてすぐに処分指令が出たはずだから。

「廃ビルはスコッチ、バーボン、ライ以外の人間と私の霊力を帯びていない者は入れない結界を張る。般若からスコッチ粛清指令発動の連絡が入り次第、結界を展開。道中は前田と今剣で護衛というか、転生者が接触しないように見張ることになる」

 色々考えた結果、当日の救済阻止には術を使うことにした。廃ビル或いは周辺に救済目的の転生者がいる可能性は排除できない。間に合わないということはないだろうけど、万一にも後からやってくるバーボンに姿を見られても厄介だし、だったら、原作通り以外の人間はその場に存在できないようにすればいい。廃ビルには立ち入り禁止の結界を張り、その結界に外部からの干渉(狙撃とか通信とか)を防ぐ機能も付ける。

 そのためにはかなり大掛かりで細かい術式を編み出さねばならず、その結界の術式を組むために、今は御神刀勢と飛鳥・平安組とともに必死になっている最中だ。

「それと、鳴狐と数珠丸はスコッチの通信の監視を。ないとは思うけど、万一何らかの連絡手段を転生者が入手してないとは限らないからね。救出のための情報を提示してくる可能性もゼロじゃない。そんなことにならないように妨害して」

 既にこれは内部潜入組の調査とともにずっとやってることだけど、全てが終わるまでは継続する。

 スコッチが確実に死ぬための策を練って実行していることに嫌悪感が湧く。でも、これが私の任務なんだから仕方ない。これだけの人を見殺しにしてるんだから、私は死後確実に地獄へ行くだろう。それで関係者には納得してほしい。




 そして数日後、般若からの『スコッチNOCバレ』連絡が来た。警視庁内部と公安にいた救済を画策していた転生者はそれ以前に別件で退職しており、既に政府が歴史修正主義者として捕えている。後は当日に関わろうとする者だけだ。だから、当日は燭台切、般若、青江以外の全刀剣男士が廃ビル周辺の警戒に当たるし、25世紀からの助っ人も来る。私の弟子だった審神者とその刀剣男士、及び陸軍歴史保守部隊現代創作時空小隊だ。廃ビルに入ろうとする者、何らかの介入をしようとする者をそこで捕える。

 その数時間後には般若からスコッチ抹殺指令が出たという連絡を受け、直ぐに御神刀のうち最も神としての力の強い太郎と古刀の中で最も呪術に長けた小烏丸とともに廃ビルへと先行する。そして、術を展開し、来るべき時に備えた。

「主、戻ろう」

 術の展開を終えた私を歌仙が帰宅するように促す。けれど、私はそれを拒否する。

 陣兄さんのときにも、私は現場にいた。あのときと同じように隠形術を使って姿を隠し、現場に留まる。これは、指令を出した私の責任だから。『人』を慈しむ付喪神に愛すべき人の子を見捨てる命令を出しているのだから、それを見届ける義務がある。それに、今回は見届ける責任というだけでここに留まるわけではない。

「こんのすけから報告が上がってる。空間の歪みが確認されてるんだ。十中八九遡行軍が来る。だから、私はここに留まる」

 遡行軍との戦闘になれば、その間刀剣男士はスコッチたちの監視が出来ない。道中は前田と今剣の他に式神も張り付けてるし、ここに辿り着けば不測の事態が起こっても私とこんのすけで対応できる。それに『審神者』がいれば、遡行軍はスコッチ救済よりも私の殺害を優先する。フィクション時空の歴史改変よりも、普段は本丸に籠り表に出ない審神者の排除のほうを優先するはずだ。つまり、私は万一の場合の遊撃隊であるとともに囮でもあるのだ。

『主君、あと100メートルほどでスコッチがそちらに到着します! 赤井も数分程度の遅れで着くと思われます!』

『あるじさま、そこうぐんがあらわれました。あかいをねらっています!』

 インカムからスコッチの周辺警戒に当たらせていた前田と今剣からの通信が入る。

「了解。2振はそのまま対象の護衛を。鳴狐たち第1部隊は今剣が発見した遡行軍に対応、殲滅せよ」

 控えていた部隊に指令を出す。鳴狐を隊長にした一期、骨喰、蛍丸、愛染、江雪の第1部隊6振は頷くとすぐに姿を消した。

 今は夜間とはいえ歴史を遡った戦場とは違って明るい。あのころの戦場は月と星しか光源はない。けれど現代はそれなりの明るさがある。それに太刀以上の夜戦弱体化の刀剣男士には夜間でも昼間と同じように目が聞くような術を施している。現状うちの本丸は太刀以上が多めの構成だから、この術を施すことで夜戦の不利を補っているのだ。

 夜戦だから歌仙や薬研にも出てもらうつもりでいたけれど、それは刀剣男士全員の反対で却下された。2振は私の傍で護衛すべきだと。だから、この2振は私の傍に控え、離れることはない。

「三日月、国広、石切丸、次郎、数珠丸、山伏、いつでも出られるようにしておいて。赤井を狙ってきたということは、この周辺にも出る可能性が高い。送り込まれたのが1部隊とは限らないからね」

 赤井たちがこの場に到着すれば、その護衛だった短刀2振も合流する。そうすれば、ここにも6振揃うから、もう1部隊この場に現れても対応は可能になる。

 やはり遡行軍も1部隊ではなかったようで、隣接するビルに禍々しい気配が出現した。感知するや指示していた第2部隊が直ぐに隣のビルへと飛び移る。こちらのビルには入れなかったんだろう。結界を展開しているのだから。

『主、敵部隊殲滅完了した。多分敵は刀剣男士がいることを知らなかったみたい。凄く弱かった。宇都宮くらいかな』

 完了報告とともに帰陣し合流する旨を隊長の鳴狐が知らせてくる。

「了解。今、第2部隊が隣のビルで交戦中。まだ来る可能性あるから、周辺警戒しながら戻って」

 指示を出したところで、現場にも動きがあった。屋上にスコッチが辿り着いたのだ。そしてほどなく、そこに赤井も追いつく。そして、原作通り、抵抗するスコッチにライが身分を明かし保護を申し出る。

 結界の外には更なる敵の増援部隊が現れる。三日月たち第2部隊が対応している敵は長篠程度の強さと編成。残っていた4振と合流した2振は護衛の歌仙と薬研を残して新たな敵に対応する。皆極カンストだから、延享並みの敵が出なければ4振でも十分対応できる。

 敵にとってもここが正念場だ。スコッチの死は組織壊滅のキーパーソンでもある降谷と赤井の関係に大きな影響を与える。ここでスコッチを救済することによって、コナンの主軸である組織編に大きな影響を及ぼすことが出来ると考えているんだろう。だから、歴史修正主義者は次々と遡行軍を送り込んでくる。それに敵を殲滅した第1部隊・第2部隊も加わって戦闘は激化していく。

 遡行軍と戦闘を開始すると、刀剣男士は自動的に術を発動する。それは政府が組み込んでいる術式で、その時空の現実からの目晦ましの術だ。戦闘の中心から半径50メートルほどに結界が張られ、現実世界とは少しだけずれた異空間となる。つまり、どれだけ激しい戦闘が起きようとも現実の人間には認識できないし、現実の建物をはじめとした物質に影響が及ばなくなるのだ。これがあるから、刀剣男士は現代任務を遂行できる。でなきゃあっさりとSNSなんかで異常事態が拡散されてしまう。

 インカム越しに刀剣男士たちの戦闘状況を確認しつつ、目の前のスコッチとライを見守る。そしてそこに、足音。バーボンがやってきた。もうすぐ、終わる。

 ライの不意を突いて、スコッチが自ら命を絶つ。バーボンが現れ、降谷は親友の死を目の当たりにしてライに敵意を向ける。ライはそれを受け止める。自分を悪者にして。でも、親友の死を見ても己の役目を忘れてはいない降谷はその嘘に気づく。だからこそ、余計に彼は憤る。

 全て、原作通りに進む。それにつれて、遡行軍の攻撃も勢いをなくす。これ以上留まることは無意味だ。歴史改変以上に狙う価値のある審神者は絶対の結界に守られているから手は出せない。遡行軍は徐々に撤退していく。勿論、それを許す刀剣男士ではなく、結局現世に現れた6部隊全てが刀の塵と消えた。

「時空の歪みが消えました。遡行軍を完全排除。歴史改変を阻止。介入しようとした転生者3名を捕縛。本日の任務は完了です」

 ポフンと白い煙とともに現れたこんのすけが告げる。例によって捕縛された転生者は政府の役人によって25世紀の歴保省へと連行されている。

「任務完了。お疲れさま」

 既にバーボンの姿はない。ライもスコッチのなきがらを処理している。

「数珠丸、江雪、山伏、スコッチ……諸伏景光が迷わないように、お経をあげてくれるかな」

 せめてもの供養に。私は審神者ではあれど霊能力者ではない。だから、彼の魂をあの世へと導くことは出来ない。御神刀勢も本霊ではない分霊の身ではそこまでの力はない。だから、せめてと仏教に所縁の深い刀剣男士に読経を願う。

 厳かな数珠丸たちの読経を聞きながら、手を合わせる。どうか、安らかに眠ってくださいと。

 読経が止んだとき、屋上には私たち以外誰もいなくなっていた。スコッチの死の痕跡もなくなっている。これで、原作通りに終わったのだ。歴史は、守られた。




 スコッチの自決のあとは程なく赤井のNOCバレと組織からの脱出だ。改変の対象になるのは、赤井がNOCバレした時点での宮野明美への対応だ。

 これはファンも疑問視していたことだけれど、何故赤井は組織から逃げるときに明美を連れて行かなかったのだろう。確かに明美が妹の志保を残してはいけないと断ったというのも理由だろう。けれど、明美を組織に残すことは悪手でしかない。

 仮に明美が逃げたとしても、志保が処分されることはなかったはずだ。明美とは違って志保はコードネーム持ちの幹部だ。恐らく最年少の幹部。実働部隊ではない志保がコードネームを与えられていたのは、それだけ志保の研究が組織にとって重要であり、志保にしか出来ないと見做されていたからだろう。暫くは監視強化くらいはされただろうけれど、害されたりはしなかったと思う。

 寧ろ、明美が逃げれば、それは志保よりも組織に痛手のはず。志保に対する人質がいなくなるんだから。人質がいなくなれば、志保は身軽になる。組織に抵抗しやすくなる。そして組織は志保に対しての脅しの材料を失っているから、それを押さえる術はない。

 本当に有能な潜入捜査官なら、そこまで読めそうなもの。まぁ、メタ的に考えれば、宮野明美と赤井秀一の関係は後付けなんだろう。声優同士がご夫婦だったから恋人設定を追加したなんて話もあるくらいだし。勿論、この恋人設定があることによって明美との悲恋が生まれ、赤井というキャラに深みを与えて志保との関係の伏線となっているのだけれど。赤井と志保、赤井と降谷の確執は物語のスパイスになっていると思うし。

 とはいえ、今、この世界で生きている彼らを見れば、やっぱり『恋人なら連れて逃げろ!』と言いたくなる。明美と志保を同時に組織から逃がすよりは、別々のほうが取れる策も増えるだろうし、難易度も下がるだろうに。結局志保は自分で逃げてるし。

 だから、個人的には凄く、明美も一緒に逃がしたい。赤井に連れて逃げろと言いたい(言う手段はないけど)。

 でも、それは出来ないから般若に明美の周辺を警戒させる。赤井のロミトラ時と違って不自然に接触する存在はいないようだった。

 結局、何事もなく、赤井はNOCであることがばれ、組織から逃げた。原作通りに一人で。明美の意思を尊重し彼女を残して。




 年が明け、2月になった。これで降谷関連の死者は最後になる。

 この改変阻止は、陣兄さんのときよりも辛かった。だって、ナタリーという、残される恋人がいたから。そして、その恋人が自殺してしまい、2年後にそれを起因とした事件が起きるから。

 それでも、阻止しないわけにはいかなかった。




「旅行?」

 中学を卒業し、高等部に進むまでの春休み。歌仙が皆で旅行に行こうと言い出した。これから高校2年の1月に新一が幼児化するまで、私の任務となる改変阻止はない。原作の出来事としては新一がアメリカに旅行に行き、そこで赤井やベルモット(シャロン)と出会うイベントがあるけれど、そこでの歴史改変は恐らくないだろうというのが政府の時空観測課の見解だった。だから、これからの約2年は私たちにとって僅かばかりの休息のときともいえる。

「そう、卒業祝いにね。未耶弥もこの5年は気の休まるときがなかっただろう? ここで暫くのんびりと心を休めて、15歳の少女らしく楽しんだとしても誰も文句は言わないよ」

 慈しむような優しい瞳で歌仙は言う。この初期刀は前世でもその傾向はあったものの、転生し子供となった私にはとても甘い。任務そのもので甘やかすことはないけれど、それ以外ではとてつもなく甘い。これは歌仙に限ったことではないけれど。

「僕も春休みの1週間は休暇をもぎ取ったからね。家族旅行しよう」

「そうだねぇ。未耶弥はずっと頑張ってきたんだから。僕も無理やり時間を空けたから、一緒に行けるよ」

「組織のほうも今は大きな動きがないし、今なら俺も行ける」

 潜入している3振もそう言って歌仙の後押しをする。

「主君、暫く東都を離れ、お心を休ませませんと。このままではお心が壊れてしまいます」

 心配そうに手を握り言うのは前田だった。

 この数年の歴史改変阻止で、私の心は随分疲弊していたらしい。刀剣男士たちが休息を勧めるほどに。東都から離れるよう勧めるほどに。

「……うん、そうだね。じゃあ、どこに行こうか」

 過保護な刀剣男士たちに甘え、暫く休もう。これからも審神者であるために。これ以上大切な家族に心配をかけないために。

 頷いた私に安心したかのように、一期と薬研と三日月がいつのまにやら集めていたらしい旅行のパンフレットを大量に広げた。

 皆でああでもないこうでもないとワイワイと相談し、春休みに4泊5日で北海道旅行へと出かけることになった。




 春休みに東都を離れ大自然に囲まれてのんびり過ごしたことは、私の心を健康な状態に戻すのにとても有効だったらしい。

 4月に高等部に進んでからは、女子高生らしく友人たちと遊んだり勉強したりと束の間の平穏を楽しむことが出来た。

 そういえば、昨年の誕生日の恒例の電話で、新一が私の進学について尋ねてきたことがあった。というか、要望? 新一は私に帝丹高校への進学を勧めたのだ。自分が進学するのと同じ高校へ来てほしいと。

 私が巻き込まれたことになっている事件から5年が経過していたから、そろそろほとぼりも冷めているのではないか。姉弟として過ごすことは出来なくても同じ高校に進学すればクラスメイトとして過ごすことも出来るかもしれないと。離れてしまった姉と少しでも時間を共有したいのだと言ってくれた。それがとても嬉しかった。でも、だからこそ、私はそれを断った。私が傍にいることで、新一に何かしらかの影響が出ないとは言い切れない。同じ学校の生徒という名もないモブ扱いかもしれないけれど、でも新一の言葉からして私に積極的に関わってきそうだったし、そうなると歴史は私をイレギュラーと判断し、歪みが出ないとは言い切れないから。

 だから、新一には高等部でやりたいことがあるからと断った。プログラムを受ける際に家族との交流は基本的に禁じられていて、こうして年に1回電話で話すことは私が未成年ゆえの特別措置なのだと。積極的に交流を持とうとすれば、それすらも禁じられてしまう可能性が高いと。

『弟である新一君が娘を慕い、今も忘れず姉と思っていることは十分に伝わっている。娘もそれを嬉しく思っておる。だからこそ、今暫く辛抱してはくれぬか。恐らく高校を卒業するころには懸念事項は消え制限も解けよう。戸籍を戻すことは出来ぬが、養女に行った姉と弟として過ごすことは許されるはずだ』

 それでも渋っていた新一を父である三日月が諭して、漸く新一は納得してくれた。

 三日月が高校卒業と言ったのはそれが原作の組織壊滅後の時間軸だからだ。原作の空白期間だから、そこであれば、私たちは家族として関わることも出来る。

 尤も、彼が、彼らが人としての罪悪感を抱いているのであれば、それは贖罪の期間でもある。だから、その期間は、私は姉として娘として、工藤家と関わりたいと思っている。それを三日月たちも十分に承知していて、それを認めてくれている。

 高校生になった新一は少しずつメディアに登場するようになった。高校生探偵として。新一の元気な姿が見られるのは純粋に嬉しい。けれど、マスコミに不要な情報を漏らすはいただけない。被害者や被害者遺族、加害者家族への配慮など欠片もないマスコミ報道とそこに情報を与えている新一。

 有名作家である工藤優作と若くして引退した女優藤峰有希子の息子であり、本人もなかなかの美少年である工藤新一はマスコミ受けする。しかも事件を早期解決に導く高校生探偵だ。マスコミが放っておくはずはない。両親に似て承認欲求の強い新一はマスコミに注目されることが気持ちいいらしい。

 帝丹高校に進学し、無事同じクラスになった国広と骨喰はそんな新一のことを危惧していた。どうにもならないと原作を読んだ彼らも知っているけれど、2振は純粋に主の弟として新一のことを心配してくれていた。

「黒の組織壊滅後が怖いですね。壊滅までは原作補正がありますから、主人公として世界に守られています。でも、組織壊滅後の新一君のことは一切原作では触れられていません。どんな竹箆返しがあるのか判りません」

 国広はそんなことを言っていた。

「新一君にも、目暮警部にも苦言は呈してるんだけどね。馬耳東風だよ。新一君はどうしてそんなことを言うのか判らないという顔をしているし、何より現場責任者の目暮警部が容認しているから改まらない。目暮警部や他の刑事はその場では僕の苦言に頷くのに、数分経てば忘れている。これが原作補正なんだろうね」

 捜査一課の刑事として新一と接するようになった燭台切は現場での新一の様子を教えてくれた。けれど、新一の人としてどうかと思う行動も、この『コナン世界』では主人公として許された行為だから改まることはない。二次創作で『常識正常化』と言われていた苦言を呈し認識を改めさせる行動も、彼らが行動を改めてしまえば歴史原作改変となってしまうから、出来ようはずもなかった。

「残念なことに新一君への情報漏洩や証拠汚染、捜査権のない自称探偵の介入の証拠はどんどん集まってるよ。これを使うことなく、組織壊滅後に彼ら自身が自ら裁かれることを望んでくれればいいのだけれどね」

 燭台切の言葉に頷くしかない。原作の流れを変えることは出来ない。新一たち主要人物の行動や思考を変えることも出来ない。それらは全て歴史改変となり、私たちが阻止しなければならないことだから。

「主君、きっと大丈夫です。主君の弟君なのですから。原作でもコナンとなった弟君は様々な事件を経験することで色々なことを学んでおられました。ですから、きっと組織壊滅後は自らを省みてくださいます」

「そーだよ、主。四半世紀以上ループするんだから、ループが解けたときには成長してるって」

 コナン化した新一の同級生となる予定の前田と蛍丸が言う。直接原作の出来事に関わることは出来ないから、少年探偵団には入らずに飽くまでも一クラスメイトとして接することになるけれど、身近で見守り助けることは出来るからと。

「ありがと、真亜、蛍。で、主君や主じゃなくてお姉ちゃんね。今から慣れておかないと潜入任務に就いてからうっかり外でも主呼びしちゃうよ」

 優しくて頼りがいもあって可愛い2振を抱きしめてそう言うと、2振は『はい、お姉ちゃん!』と返してくれる。そして、照れくさそうに笑うのだ。うん、うちの弟がこんなにも可愛い。

「ずるいです、前田も蛍丸も! ぼくだってあるじさまのことねえさまとよびます! いいですよね、ねえさま!」

「オレもー! オレも主さんのことねーちゃんって呼ぶ! オレも小学校行ってみてぇな」

 潜入任務のない今剣と愛染には特に呼称の指示はしてなかったからそんな可愛らしい不満も出てくる。彼らには潜入ではないものの、他の主要人物の護衛や潜入組のサポートという重要な役目がある。何しろ偵察や隠蔽に優れている脇差2振は高校に潜入しているし、薬研は私の護衛として基本的に調査や護衛任務には就かない。他の潜入任務のない刀剣は太刀と大太刀だから、護衛やサポートには向かない。

「ごめんね。今剣と愛染にしか頼めない任務だから、2振は小学校への潜入はできないんだ。でも、お姉ちゃん呼びしてくれるのは嬉しいな」

 自分にしか出来ない任務と言われ、2振は嬉しそうに笑う。そして、抱き着いてきた。

「もう、しかたないですね! ぼくは義経公のまもりがたなでしたからね! きしゅうさくせんだっておてつだいだっておてのものですよ!」

「ま、派手な祭じゃねーけど、その準備も大事だもんな。オレに任せろ!」

 それからの日々は特に遡行軍が現れることもなく、歴史改変の動きもなかった。動きが激しくなる前の猶予期間モラトリアムとでもいうかのように、審神者的には平和な時間が流れた。

 潜入任務のある刀剣男士以外は通常の時を遡っての遡行軍討伐を行ない、私自身も学生生活と審神者生活の二足の草鞋を履いた生活を送った。




 そして、運命の日。高校2年の1月13日。原作時制へと突入した。