改変阻止:ロミトラ+救済阻止:松田陣平

 原作開始5年前、要注意の年を迎えた元『工藤優希』こと山城未耶弥です。原作開始7年前の11月に生家を出たので今は大体14ヶ月ほど経過したことになります。

 この1年強は原作もまだ始まっていないということで米花町も平和(原作比)なものでした。私も穏やかに過ごしています。

 勿論、時間遡行軍討伐はバリバリやってますし、週末には演練にも参加して、まだ現役でやっいてる弟子たちと会ったりもしています。尤も転生して子供になっているので、最初は戸惑われその後は孫か娘扱いされますが、めっちゃ不本意です。そのたびに三日月は『これ、主は爺の娘ぞ』と笑って牽制してますけど。いや、目がマジとかそんなことはないはず。

 新たに顕現した9振は流石にまだカンストはしてません。無印でのカンストはしたけれど、極は経験値半端ないって! なので、もう少しかかりそうです。あと半年くらいかな。

 でものんびりはしていられないのです。今年は原作開始5年前。事態が動き始めるのですから!

「皆さま! 赤井秀一が入国いたしました。赤井秀一プレゼンツのロミトラ劇場が始まりますぞ」

 そう、やってまいりました。赤井秀一の組織潜入のための宮野明美への当たり屋からのロミトラ。ここ改変されちゃうと、原作に出る影響の大きさは萩原研二の救済とは比べ物にならないくらい大きいですからね。

 こんのすけがポンと姿を現します。ロミトラ劇場とか、こんのすけ、毛唐認定の赤井には厳しいですね。まぁ、刀剣男士も外国人勢には厳しいのですけど。特に日本国籍を捨てた外国人には。

「では、今剣、愛染国俊、赤井の周辺監視をお願いします。ロミトラ実行以前に黒の組織に勧誘する者がいたら即調査し、黒なら排除を」

「はーい、まかせてください!」

「おう!」

 短刀2振に指示を出し、赤井の周辺を見張らせます。取り敢えず、アメリカでは政府が式神を派遣して黒の組織のメンバーとなっている転生者が接触しないかの監視はしていました。現在のところ、黒の組織に転生者らしい者はいないようです。なお、コードネーム持ちになった般若が宮野明美経由以外の赤井──諸星大の加入要請は握り潰すことになってるんで、大丈夫だとは思うんですけどね。ちなみに般若のコードネームは日本酒の『上善如水』です。日本人以外の組織員からは『ジョーゼンジョスイ』と呼ばれているそうです。

「骨喰と国広は引き続き宮野明美の周辺監視を継続。特に転生者には注意を。彼女たちは事前に動く可能性が高い」

「判った」

「了解です」

 来年からは骨喰と国広は帝丹高校に通うことになるんですけど、受験はしません。受験すると定員の中に割り込むことになり、原作で入学するはずだったモブの立場を奪うことになってしまいますからね。なので、合格発表の際に政府が介入してデータ改竄して骨喰たち2振も新入生に潜り込ませることになってます。

 宮野明美の周辺には転生者らしき影が3つ確認されていました。転生者Aは大学の友人として側にいて、転生者Bは自称幼馴染として、転生者Cは恋人になろうとしてました。

 既に転生者Cは排除済みです。悉く邪魔しましたので、接触すら出来ていません。キモイ勘違い系ストーカー野郎だったので、別件で色々証拠集めして、その結果、複数件の下着泥棒と痴漢行為で警察のお世話になり、懲役1年5ヶ月になりました。これでCはこの件の邪魔は出来ませんね。この件には薬研と前田の粟田口短刀コンビが大活躍してくれました。懐刀の短刀ゆえに女性の敵は抹殺すべし! だったようです。社会的抹殺だったのでホッとしました。物理的抹殺は不味いですから。

 残りの2人の宮野明美周辺の転生者。どうやら目的は宮野明美の救済ではないようです。脇差コンビの調査の結果、赤井秀一の恋人になることが狙いのようで。だから、赤井の忘れられない女性となる明美との出会いを阻止したいらしいですね。ただ、明美経由で組織に潜入するからこそ、赤井って素早くコードネーム持ちになるんではないかと思うのですが。幹部科学者の姉の口利きってことで、他の下っ端よりは注目度高いでしょうし。同じだけの功績を挙げても注目度が高くなり、シェリーへの配慮で先に昇格させるのではないでしょうか。シェリーと接近したい幹部も少なくはないでしょうからね。

 正直なところ、私、赤井秀一への評価は低いので、どうしても辛口に辛辣になりますね。やっぱり社会人として、組織(黒の組織という意味ではなく)の歯車の一つとして、きちんと報告・連絡・相談の出来ない、独り善がりで自分の力を過信して物事を進める彼を信用も信頼も出来ないですから。大倶利伽羅だって『馴れ合うつもりはない』とか『俺一人で十分だ』とか『俺は行くぞ。お前らは好きに出ればいい』とか『俺は一人で戦う。お前らは勝手にしろ』とか『どこで死ぬかは俺が決める』なんてことを散々言いますけど、確り報告書も出してくれるし、部隊状況も連絡してくれるし、ちゃんとホウレンソウ出来てますからね。赤井秀一は殆どが事後報告で、途中経過での連絡や実行前の相談がありません。無言実行がカッコいいと思ってるのかもしれませんけど、それは組織の一員としては失格ですよ。それが出来ちゃう実力があるのも問題なんですかね。出来る男過ぎるのが問題って。これでホウレンソウ確りしてれば、文句なしの最強FBIなんじゃないでしょうか。勿体無い。

 まぁ、赤井のことは取り敢えず置いておくとして、転生者たちです。

 Aのほうは明美がロミトラ仕掛けられる日に自分が出かけるつもりらしいですけど、どうやってその日と場所を割り出すのでしょう? 原作のどこにも書いてないですよね? ああ、なるほど。明美に運転させないんですね。明美が車を使う日は常に一緒にいて自分が運転するんですね。明美に四六時中べったりなわけですか。キモいです。トイレに一人で行けない系女子ですか。でもね。赤井も流石に明美が誰かと一緒のときはロミトラ仕掛けないと思うんですけど。あ、そしたら一応改変成功になるのか。

「取り敢えず、光忠叔父さま、転生者Aにハニトラ仕掛けます?」

「え、僕? 僕、一応警察官なんだけど」

 取り敢えず、転生者Aの意識を赤井から逸らせばいいと思うのです。赤井よりも格好良くて色気あって自分を口説いてくれる男が出てくればそっちに靡かないかな? と期待しているのです。

 ああ、口調がきつくなってきました。頑張って丁寧語で話してますけど、実はこれ、歌仙の指導によるお受験対策なんです。来年中学生になりますけれど、某お嬢様学校を受験するんです。だから、普段からお嬢様っぽい喋りを心がけるようにと。でも、もうしんどいから、解除する!

「うん、未耶弥が僕を赤井秀一よりもかっこよくて色気あると思ってくれるのは嬉しけどね。まだ小学生の姪っ子からハニトラ仕掛ける指示出るとか、結構精神的なダメージが」

 がっくりと項垂れる燭台切。ちなみに刀剣男士は私のことを未耶弥と呼ぶ(弟設定の5振りは姉呼びだけど)。私も三日月はお父さま、歌仙、一期、太郎、般若のことは叔父さま、鳴狐のことは兄さまと呼ぶ。外に出たときにうっかり審神者と刀剣男士としての呼び方をしないためだ。特に刀剣男士は油断すると主呼びしちゃうからね。育成中の9振も同様に未耶弥と呼んでいる。

「もー、光忠叔父さま確りして! 女性口説くのに他に適任いないじゃん」

「長光もいるだろう!」

「長光おっちゃんは喋り方がオッサン臭すぎる!」

「酷いんじゃないか、未耶弥。長光叔父ちゃん泣いちまうぜ?」

 長船派とコントやってたら、歌仙から3人揃って拳骨食らった。騒ぐのは雅じゃないって。内容については任務に関わることだし、実際にはそれが効率のいいことだって判ってるから何も言わない。というか、長船2振のどちらかにハニトラさせようかって言いだしたの実は歌仙だし。

 顔の良さは年齢が合う男士なら誰でも問題ないんだけど、女性を口説いていい気分にさせてポロっと情報漏らさせるなんてことが出来るのって限られてるからね。一期一振も出来なくはないだろうけど、うちの一期はちょっとお堅い『吉光長男』色が強い個体なんだよね。御師匠様の一期一振様だと『皇室御物』色が強いロイヤルな感じ。豊臣色が強い個体だと策謀系強くて女好きらしいけど。

 三日月や太郎、数珠丸だとなんか綺麗すぎて近づくのも畏れ多いってなるらしく、学校行事のたびに宗近父さまは他のお母さま方から遠巻きにされてる。保護者同士としてコミュニケーション取って子育て相談したかったらしいお父さまはしょんもりしてたけど。しょんもりするお父さま、可愛かった。

 閑話休題。

 そんなわけで、燭台切と般若にはそれぞれで動いてもらって、先に接触成功したほうがハニトラ仕掛けることになった。いつ赤井が当たり屋するか判らないから、行動は迅速に! ってことで。

 そして、燭台切が接触に成功したから、数回一緒に飲みに行き、燭台切の話術と顔で転生者Aの口をどんどん滑らかにしていった。まぁ、連れて行った場所が『バー・You She Me Too』で、そこのバーテンダーの一期と次郎、天然ホストの長船太刀2振(般若も合流してた)に煽てられつつ呑まされれば、口も滑らかになるよね。

「明美ちゃんって子と仲がいいんだね。いつも一緒だろう。ちょっと妬けるなぁ」

 何回目かのバーで、この日に決着付けるつもりでバックヤードには私と歌仙と三日月、担当官の黒鋼くろがねさんと捕縛部隊の陸軍歴史保守部隊現代創作時空小隊の面々が控える。え? 小学生がこんな時間にこんなところにいてもいいのかって? 大丈夫、ここ叔父さんが経営してるお店だし、お父さんと一緒だもの! なーんて。

「そうね。あの子、このままじゃ交通事故起こしちゃうから」

 燭台切はじめ一期や次郎、般若といった普通にはめったにお目にかかることの出来ない顔面偏差値激高面子に囲まれて、転生者Aはいい気分でペラペラと喋る。ここはホストクラブかい? 接待会場かいってくらいにいい気分にさせてるから、まぁ、転生者ってこと以外はごく普通の女子大生であるAはコロっと転がされるよね。

「え、そんなに運転下手なのかい?」

「そういうわけじゃないけど、当たり屋に遭っちゃうのよ」

 ほろ酔い状態のAは自分が今どういう状況にいるのか理解していないのだろう。だから、決定的な言葉を口にしてしまうのだ。

「へぇ……Aちゃんはまるで未来を知ってるみたいだね」

「そうよ、知ってるの。だから、明美が赤井さんに出会うの阻止して、私が出会うの。そして、赤井さんに愛されるの」

 そう口にした瞬間。バックヤードでモニタリングしていた未来の政府の面々がよっしゃとガッツポーズした。

「そうか。うん、自白ありがとう。歴史改変の意思を確認。逮捕します」

 締めはにっこりと微笑む燭台切。転生者Aは何が起こったのか判らないかのように戸惑っている。まぁ、無理もないよね。一般に時空犯罪法は知られてないわけだし。

 こうして取り敢えず、赤井・宮野関連の原作改変意図者2人目の捕獲を完了したのだった。




 友人偽装の転生者Aの対応と同時進行で勿論、転生者Bのほうも動いていた。

 Aのほうは友人としてべったり明美にくっついていたけど、Bは幼馴染のお姉さんって立ち位置にいるらしく、時々連絡を取る関係のようだった。あ、これはあれか。明美に頼りにされるポジションキープして、事故った明美が『Bお姉ちゃん、どうしよう!?』って連絡してきたらそこから赤井に関わる計画かな。頼りない明美に代わって私が色々お世話しますわ、的な。

 勿論、それまでも大人しくしているわけではなく、原作開始5年前に突入した時点で、何とか赤井に出会おうと色々と情報を探っているらしい。前世は夢女でも小説ではなく漫画のほうをやってたのか、赤井のイラスト描いて、それをもとに探偵に人探しを依頼していたようだ。社会人になってたからやれることだね。

 でも、これから黒の組織に潜ろうとする捜査官が簡単に素人や一般人に過ぎない探偵に見つかるわけもなく、刻一刻と時が過ぎ、Bはかなり焦ってた。実はBが依頼した探偵というのは悪徳に近い業者で、実際には調査していないのにそれらしい調査報告を挙げて探してる振りをしてるだけの探偵だった。まぁ、雲を掴むような依頼だからね、まともな探偵には断られてたし、断ってない時点でBをカモにする気しかなかったんだろうね。

 それでも探し回ってるBは実は何度か赤井にニアミスしてた。でもBは気づかなかった。というのも、赤井に張り付いている今剣・愛染とBの尾行をしていた骨喰・国広が連携してBが赤井に気づけない目晦ましの術をかけてたんだよね。

 で、そうこうしているうちに、赤井が無事明美の車にダイレクトアタックかまして出会い、明美はBの思惑通りには動かず、自分で対処して諸星大を病院に連れて行き、ロミトラの下地が出来上がっていた。

 それに焦ったのは当然B。明美の行動を見張っていた(その割には事故当日に気づかなかったけど、これは原作の修正力が働いていたのかも)Bは明美の保護者面して諸星大に接触した。諸星には若い明美じゃ頼りにならないでしょう、私がお世話しますと媚び媚びしつつ、明美には『なんか怪しいわよ』と不審を煽る。それでも赤井の狙いは組織潜入のための明美ロミトラだから、Bのことはスルーだし、明美は原作通り諸星大に落ちちゃったんからこれもまたBの言葉はスルー。

 それに切れたB。やってくれたよね。時間遡行軍召喚しちゃったよ。マジか。

 Bを見張ってた脇差2振と赤井を見張ってた今剣・愛染の連絡を受けて、薬研と前田を派遣してサクッと時間遡行軍は殲滅した。Bは遡行軍見て驚いてたから、Bが召喚したわけじゃなかったらしい。時間遡行軍が現れる前に『Dさん、なんとかしてよ!』って叫んでたから、そのDさんってのが歴史修正主義者なんだろう。すぐさま、鳴狐と青江が周辺探索をしたけど、Dらしき人物の姿はなかった。

 Bには当然事情を聞かないといけないってことで、政府の役人がすぐさま拘束して、未来の政府に連れて行った。

 なお、Bに関与していた歴史修正主義者Dだけど、うちの刀剣たちはそれに該当する人物に心当たりはなかった。見落としがあったのかと落ち込んでいたんだけど、そうではなかった。BとDの接触はBが前世を思い出した10年前だった。つまり、私たちがこの任務に就く以前。しかも接触は一度きりだったのだから、刀剣男士たちが気づかなくても仕方ない。DはBに邪魔者を物理的に排除したい場合に使えと術具を渡していたらしく、それによって時間遡行軍が出現したそうだ。勿論その術具はBとともに政府が回収して現在調査されている。

 ともかく、これで、赤井の組織潜入の際の歴史原作改変は阻止できたということになる。




 赤井の組織潜入から2年。原作開始3年前になった。次の歴史改変阻止ポイントが近づいている。

「なーんか嫌な気分だねぇ」

 パソコンの画面を見つつぼやくのは次郎。その気持ちは判らなくもない。というかめっちゃ判る。

「ねー。なんで犯罪者守ってるんだろうね、私たち」

「仕方あるまいて。それが歴史を守ることに繋がるのだからな」

 物凄い速さでキーボードを叩きながら三日月が私たちの言葉に応じる。

 今、三日月は爆弾犯たちのパソコンにハッキングしようとしている転生者の妨害をしているところだ。つまり、ハッキングの妨害をして犯人を守っているということになる。

 うちの本丸、結構皆IT関係には強かったんだよね。特に三日月と数珠丸、明石、鳴狐、長谷部と博多と陸奥、鶴丸。数珠丸と長谷部、博多と陸奥はプログラミングが得意で、三日月と明石・鳴狐・鶴丸はハッキングやクラッキングが得意だった。

「よし、ハッキングは諦めたようだな」

 何とか転生者が犯人のパソコンに侵入して情報収集するのは妨害できたらしい。これで、11月7日には萩原研二の死亡から続く毎年のカウントダウンの爆弾魔が現れることになる。新一がコナンになって犯人を捕まえるまで、この事件は終わらないんだよね。正史原作を守るためとはいえ、犯罪を見逃すのはかなり苦しい。でも、それがお役目なんだから、仕方ないのだと言い聞かせる。

「あと、考えられるパターンは、事前通報と当日の米花中央病院への乗り込みかな。観覧車直接乗り込みはないと思うけど。刀剣男士みたいな身体能力持ってるなら別だけど、流石に救済に命はかけないでしょ」

 犯人が事前に逮捕されることがないように護衛しつつ、あとは決行日を待つだけ。

「未耶弥、こちらにおいで」

 皆に指示を出していた私を歌仙が呼ぶ。そして、膝の上に抱く。もう14歳、膝の上に載せられるほどの幼子ではなく、思春期真っただ中の中学生だというのに。

「姉貴、これ飲みな」

 そういって薬研が差し出すのは彼が調合した胃薬。苦いけと効果覿面な、まさに良薬は口に苦しって薬湯。

「姉さま、口直しはこちらに」

 前田が暖かなミルクココアをテーブルの上に置く。

 他の刀剣男士たちも皆が同じ部屋の集まって、私を気遣わしげに見ている。今日は捜査一課に潜入中の燭台切も組織に潜入中の般若も一期も公安に潜入している青江も既に帰宅している。

「未耶弥、松田陣平を救いたいのなら、そう命じてくれればいい。僕たちは君の刀剣男士だ。君が命じれば喜んでそれに従おう」

 刀剣男士として決して言ってはならないことを歌仙は告げた。

 歌仙がそんなことを言い出したのには理由がある。それは、私の親友の存在。彼女はごくごく普通の少女で転生者ではない。明るく前向きで、それでいてどこにでもいる普通の存在である彼女は私をただの14歳の少女にしてくれて、彼女と共にあるときは審神者であることも任務のことも忘れることが出来た。歌仙たちも彼女のことは好いている。私が子供であるためには必要な存在だと、私の癒しの一つであるのだと感じているのだ。

 その彼女の名は松田律子という。年の離れた兄が警視庁捜査一課強行犯係にいる。そう、律子は松田陣平の妹なのだ。

 私の友人について、刀剣男士もこんのすけも用心をしている。例えばこれが財閥系お嬢様とか旧家出身とかだったら、相手の家系とか家族構成とか家庭環境や素行を調べるだろう。けれど、山城家うちの場合は違う。歴史修正主義者ではないか、転生者ではないかがチェックポイントだ。そしてそれは探偵などの調査で判ることではない。太郎をはじめとした御神刀勢が魂に穢れがないかを確認し、こんのすけが転生者ではないかを確認する。この場合の転生者は私たちの任務に関わる転生者かどうかだ。だって、新たに生まれた魂以外は全ての人間は誰かの転生だから。

 魂のチェックだけだから、律子の家族構成なんて調べなかった。松田という姓は珍しくないし、松田陣平に妹がいるとは思っていなかったし。いや、どう言い訳しようとも調査不足だったのだ。だから、実際に律子と遊びに行き、そこで兄を紹介されるまで気付かなったのだ。

 松田陣平と関わってしまった。それだけではなく──彼は、今世における『山城未耶弥』の初恋の男性となってしまった。松田陣平だと判ったのに、自分が何れ見殺しにする男だと判っていたのに、それでも私は彼に淡い恋情を抱いてしまったのだ。

 まさか、今更自分が人並みに恋に落ちるなんて思いもしなかった。何しろ前世は87歳で大往生してるのだ。結婚しなかったからいなかったが、孫や曾孫がいても可笑しくはなかった。けれど確かにそれは『前世』だった。今世ではない。今世の私はまだ14歳の中学2年生に過ぎない。だから、突然現れた親友の兄の大人の魅力にときめいたとしても仕方がないのだ。

 美形には免疫がありまくるから一目惚れなんてことはしないし、顔に騙されることもないなんて思っていたし、思っている。でも、一目惚れ以外でも恋はするし、顔がいいことが恋愛の絶対条件なんかじゃないという基本的なことを忘れていた。

 私の仄かな恋情に気づいた律子は私を陣兄さんとやたらと会わせようとした。親友が自分の兄に恋をしたのが面白かったのだろう。でも私は恥ずかしがるふりをして、極力それを避けた。陣兄さんも同級生と自分をやたらと2人にしようとする妹に呆れていた。『俺が未耶弥ちゃんと一緒にいたら青少年保護育成条例に引っかかるだろうが。未耶弥ちゃんだってこんなオッサン相手じゃいやだろ』と。私はそれに曖昧に笑って答えを誤魔化すしかなかった。

 長い歳月、人の営みを見守ってきた刀剣男士たちも当然私の恋情には気づいていた。けれど、今日まで何も言わずにいてくれた。いや、敢えて普通の少女の家族のようにしてくれた。燭台切や国広は『未耶弥がやっと初恋! ちゃんと女の子だったんだね』と赤飯を炊いたり。次郎は加州も乱もいないからアタシが張り切らないとね! と律子と出かける(途中で偶然を装って陣兄さんと遭遇する)ときには服をコーディネートしてくれた。娘大好きな父とシスコンな短刀たちはちょっと不機嫌になって見せたりして、『ごく普通の女子中学生が初恋に浮かれていて、それを見守る家族』という立場でいてくれた。

 それがとても有難かった。陣兄さんがいつ死ぬかまで判っている。未来のない恋だと判っていた。だから、『これでちょっとはレキシューや転生者の気持ちも判るかな。判れば行動予測とかこれから役に立つかもね』なんて嘯いてみた。それが強がりだということは、皆にはお見通しだったけれど。

「歌仙、それはダメだよ。律子には申し訳ないけど、悲しませてしまうけど、でも、松田陣平が明後日死ぬことは正史だから。彼が死ななければ、原作に齟齬が出る。降谷零の背景にも影響を及ぼす。仮令私が個人的に松田陣平と関わっていたとしても、それは些細な事だから。私は審神者だから。歴史改変を阻止するのが任務だからね。だから、歌仙、二度とそんなことは言わないで」

 歌仙が、刀剣男士たちが私を思い遣って言ってくれたのは判っている。けれどそんなことをすれば私は歴史修正主義者となり、大切な刀剣男士たちは時間遡行軍へと堕ちる。誇り高く誉れ高き名剣名刀である彼らが、歴史に愛され守られてきた彼らが堕ちることなどあってはならない。

 そして、そんなことをすれば、私は私自身の人生を否定することになる。前世とはいえ、私は60年以上を審神者として生きた。審神者として生き審神者として死んだ。そんな前世の自分に顔向け出来なくなる。これまで『正史だから』と見捨てた、命を救えた可能性のある人々に、その家族に顔向け出来なくなる。かつての主の終焉を何度も見送り、それでも耐えてくれていた刀剣男士たちに顔向けが出来なくなる。私は『山城未耶弥』である前に審神者『勘解由』なのだ。

「判った。試すようなことを言って悪かったね、未耶弥」

 歌仙は私を愛おしむようにそっと抱き締めてくれる。歌仙が好んで衣に焚き染めている白檀が薫る。歌仙自身の香りと混じり、それは私が一番落ち着くことの出来る香りだった。

「ね、歌仙、終わったら、泣いてもいいかな。勘解由じゃなくて、未耶弥として泣いても許される?」

「当たり前だろう? 僕らの可愛い姪はまだ14歳の少女なんだ。許されないわけがないだろう」

 歌仙はそう言ってぎゅっと抱き締めてくれた。




 それから2日後。11月7日。全ては滞りなく進んだ。米花中央病院に現れた救済を狙った転生者も、観覧車に潜り込んで命を懸けて松田陣平を救い出そうとした転生者も共に捕縛した。全ての指揮は私が執った。

 歌仙たち刀剣男士もこんのすけも私に指揮を執らなくていいとは言わなかった。私は審神者だ。指揮官なのだ。その義務と責任を放棄しろとは、彼らは言わなかった。

 松田陣平の死亡が確認され、正史は守られた。犯人を事前通報しようとした者を含めて、松田陣平に関わる歴史改変を狙った者たちは全て捕縛され、政府に連れていかれた。

 数日後に行われた松田陣平の葬儀。律子もご両親も憔悴していた。参列していた伊達航は静かに涙を零していた。影で参列していた降谷零と諸伏景光の苦痛に満ちた表情が涙を堪えていて痛ましかった。この全てが、私たちには阻止出来るものだった。けれど、阻止してはいけないものでもあった。

 更に数日後、律子は転校した。御両親が息子を奪った犯罪都市東都から離れることを望んだらしい。ごめんね、律子。私は知ってたのに何もしなかった。寧ろそれを推進した。それが正しい歴史だからと、あなたが、あなたの家族が悲しみ苦しむことを知っていながら。だから、謝る資格もない。

 審神者である勘解由には泣く資格はない。否、歴史改変を阻止したのだから泣く理由はない。けれど、14歳の少女である未耶弥は泣いた。親友の兄が死んだから。初恋の人が死んだから。止められなかったことを嘆くのではない。純粋に人が亡くなって悲しいから泣くのだ。心のどこかで仮令未耶弥であっても泣く資格などないと責める声がしたけれど。




 その後、新一が服部平次と出会い(直接対面はなかったけれど)推理対決をし、それを陰ながら父が助け。原作の通りに世界が回っていることを確認した。

 全ては神の定めるまま。原作通りに時は過ぎていくのだ。






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 主が恋をした。決して叶わない恋であることを、成就しない恋であることを主は知っていた。主だけではない。自分たち刀剣男士も、こんのすけも知っていた。だから、辛い恋になることは判り切っていた。けれど止められなかった。恋情は理性で制御出来るものではない。ましてや前世の記憶があるとはいえ、まだ14歳のいとけない少女なのだ。

 勘解由の刀剣男士21振はこんのすけの張った防音結界の中で額を突き合わせ密談していた。

「この世界で松田陣平を死んだと思わせつつ助けることは不可能ではありません」

 こんのすけは言う。

「俺っちか、今剣か国俊か前田か、ともかく身軽な短刀が観覧車の指定のボックスに隠れて、爆発の瞬間に結界を張る。そのままこんのすけが簡易ゲートを開いて本丸に逃げ込む。そうすりゃ松田陣平は表向きは木っ端微塵に吹き飛び、死んだことになるから、歴史は守られるだろ」

 松田陣平を死の顎から救い出すだけならば、難しいことではない。問題はそれを歴史改変阻止と両立することだ。

「現世では死んだことになるんだから、歴史改変にはなりませんよね? それでいきましょう。そうすれば主さんが悲しむこともなくなります」

 この手は遺体確認が出来ない状況で死ぬ松田陣平にしか使えない。のちの伊達航や諸伏景光、宮野明美には使えない方法だ。焼死体となる浅井成実には使えるかもしれないが。だから、刀剣男士たちは松田陣平を何とか自分たちの世界に引き込むことで生かすことは出来ないかと考えた。そうすれば、主の心が少しは軽くなるのではないかと。

「歴史改変阻止が成るのであれば、救うことも出来る。けれど、それは難しいだろう」

 秀麗な眉を寄せて歌仙は口を開く。

「松田陣平が生き続けるとしたら、その後は我々が責任をもって彼を管理することになるだろう。主の役目が終わるまで、彼はこの本丸に留まることになるはずだ。であれば、彼がこの世界の情報を全く得ないということも有り得ない。必ず何処かでこの世界の情報を知る。同期の伊達航や諸伏景光が死ぬことも、唯一残される降谷零のことも。それを知って関わらずにいられるほど、彼は情の薄い男ではなかろう」

「主の事情をつぶさに話せば、彼奴もその役目の重さを理解するかもしれぬ。理解すれば己の願いを封じてしまうだろう。それは彼奴を苦しめることに他ならん。主はそれを許容せぬであろうな」

 歌仙に続いて主の父となっている三日月が言う。結局、松田陣平を救っても彼が完全に現世を忘れない限り彼は苦悩することになるし、現世との縁が切れることはない。縁が切れなければ歴史改変が阻止されたとは言えないのだ。

「結局、彼を生かすことは出来ないってことだね。完全に異世界である僕らの世界の現世にでも連れて行かないと」

 主の初恋を守りたいが、それは彼女や自分たちの務めとは相反することだ。松田陣平を生かすならば、この本丸に置くしかない。異世界である刀剣男士たちの世界にただの人間でしかない松田陣平は連れてはいけない。連れていくことが許可されない、ではなく、次元が異なるために存在を保てず消滅するのだ。これは他のフィクション時空から現実世界への移動だからだ。現実世界では彼らは架空の人物でしかないため、存在を保てないのだ。例外は審神者適性を持ち、刀剣男士と契約している審神者だけだった。

「松田が生きている限り、歴史改変阻止は出来ないということですな。主殿にはお辛いでしょうが、耐えていただくしかございますまい」

 松田との出会いを防げなかったことが悔やまれる。直接見知った人間と書類上画面上でしか知らぬ人間では、抱く罪悪感が桁違いだ。況してやそこに個人的感情まで抱いてしまえば、どれほどの苦痛と苦悩を主は抱えているのか。

「我らがお支えしましょう。それしか出来ません。主君はお優しい方です。そして、お強い方です。しなやかな心をお持ちの方です。僕たちが主君の強さを信じなくてどうするのです」

 薬研に次ぐ懐刀として審神者の傍にあった前田が言う。

「そうだな。それが俺たちの役目だ」

「そうですねー。ぼくたちがあるじさまのおこころをおなぐさめしておささえするんです」

「時間薬っていうしな。俺たちが主さん支えてれば、いつかは主さんも祭を楽しめるようになるだろ」

 短刀たちが前田の言葉に頷き、見目の幼さから短刀と共に行動することの多い蛍丸も同意する。

「主には鳴狐たちがいる」

「左様でございますよぅ。鳴狐もこのキツネも、皆様もいるのです。主殿も立ち直られます!」

 鳴狐とお供のキツネの言葉に、全員が力強く頷く。

 身近な存在が歴史改変の対象となっている。正史を守るために犯罪を見逃し、死ぬと判っているものを見逃す。助けることの出来る力を持ちながら、それを使うことが許されない。それがどれほど主の心を苦しめ傷つけているか。

 それだけではない。傷ついていると自覚することそれ自体が、更に主を傷つけている。審神者として指揮を執ってきた。歴史を守ってきた。それは同時に歴史通りに人が死ぬのを見てきたということであり、かつての所有者たちが死ぬ姿を何度も刀剣たちに見せてきたということだ。刀剣たちが様々な思いを抱え耐えてきたこと、或いは昇華してきたことだ。審神者として自分が彼らに強いていたことであり、審神者として何の感情も感慨もなく指揮してきたことだった。それを身近にいるからというそれだけで、感情移入し罪悪感を抱くのは身勝手すぎる。そう、審神者は感じているのだ。

「なんとも不器用な人の子であることよ」

「だからこそ、愛おしいのだ父上」

 最も古く、それだけ神に近い小烏丸の言葉に三日月が応じる。我らを指揮する頼もしい審神者は、その一方で不器用で弱い一人の少女に過ぎない。だからこそ、余計にその存在は尊く愛おしい。

「──各々方、明日が決戦だ。明日しくじれば、全てが無意味。主のため、歴史のため、力を尽くそう」

 審神者の片腕、第一の側近、本丸の総隊長として歌仙が宣言する。20振の刀剣男士がそれに力強く応じた。




 そして、歴史改変は阻止される。