審神者の真実

 その人たちが来たとき、私は心の中でガッツポーズを決めた。やった、これで私、人生勝ち組! そう思った。

 つい先日受けた会社の健康診断。その結果が出たのが今朝のこと。そして上司に呼ばれ、いつもなら入ることすら許されない応接室で高級そうなスーツを着た2人の男性と向き合ってる。貰った名刺にある名前──大事なのは名前ではなく、その肩書き。

『歴史保全省 歴史改竄対策局 人事部 審神者採用課』

 そう、私は今をときめく花形職業、女子中高生の『なりたい職業』10年連続不動の1位を獲得している審神者にスカウトされたのだ!

 『歴史修正主義者』とかいうテロリストとの戦いが始まったのは今から100年近く昔のことらしい。中学の歴史の教科書にも載ってた。歴史を守り、過去と現在と未来を守る正義の戦士、それが『刀剣男士』という刀の付喪神。そして、それを指揮するのが『審神者』と呼ばれる者。

 なりたいと思ってもなれるわけではないのはどんな職業でも同じだけど、この審神者はもっと特殊だ。『審神者の霊力』と呼ばれる所謂霊能力が必要なのだ。そして、あくまでも戦争指揮官であり、特殊国家公務員だから、その資格は大学卒業以上。なので就職して1年目の健康診断でその『審神者能力検査』が行なわれる。見事私はその能力検査をパスしたというわけだ!

 特別な美貌があるわけでもなく、特別優秀な頭脳を持っているわけでもない、平々凡々な私。趣味はネットやWeb作成で少しばかり同世代の同性に比べればパソコン知識はあるものの、それを専門職にするほどのものではない。つまり何処にでもいる、ちょっとオタクな女子。

 その私が! 女の子なら誰でも一度は夢見る審神者に選ばれたのだ!!

 歴史修正主義者と戦い、正義の戦士となる──となれば、男性人気のほうが高そうな職業なのに、何故、女子中高生に第1位なのかといえば、全ては審神者の部下である『刀剣男士』の存在による。

 付喪神という神様ゆえか(昔は付喪神は妖怪だったらしいけど、100年くらい前から『刀剣の付喪神』は妖怪ではなく戦の神様となっている)、そのお姿を直接国民が見ることはできない。でも、その刀剣男士はイラストでその姿が公開されている。約50人の戦神様たちはそのタイプの違いはあれ、流石に神様だけあってたいそう見目麗しい。ショタからオジサマまでバリエーションに飛んでいて、選り取り見取。そうなれば、女子に人気の職業となるのも当然だった。

 けれど、才能とは無慈悲なもので、審神者能力の発現率は23歳時点で男性35%に対して女性4%と滅茶苦茶低い。男性が3人に1人の割合で審神者能力があるのに対して、女性は25人に1人。ちなみに6歳時点では男女ともに70%、12歳時点では男性65%・女性35%、15歳時点では男性55%・女性28%、18歳時点では男性35%・女性10%と変化する。成長段階によって審神者の能力は衰えるのだそうだ。ぶっちゃけていえば、第二次性徴と性交渉経験の有無で変化するらしい。そして、安定するのが20歳を過ぎた頃だという。だから、審神者は能力が安定する23歳を以って任命される。審神者能力検査は小学校・中学校・高校・大学の入学した4月に行なわれる健康診断に含まれているが、変な差別や選民意識を持たないようにという配慮および歴史修正主義者から守るため、その結果は政府にしか判らないようになっているそうだ。尤も、政府側では能力ありの国民を密かに護衛しているらしいけど。ってことは私も小学校に入ったときから密かに護衛されてたのか! うわぁ、何かお姫さまみたい。

 審神者の能力があったからといって、必ずしも審神者にならなくてはならないわけではない。男女合わせれば5人に2人は審神者の資格があるわけで、それほど人材不足というわけでもない。なりたくない者を無理矢理任命するような非効率的なことは政府もしないのだ。尤も、任官拒否は全体の1割にも満たない。そりゃそうだろう、審神者は特殊国家公務員。その給料は一部上場企業の大卒初任給の数倍(うちみたいな零細企業だと10倍近い)もの高額なのだから。

 そんなわけで私は審神者任官を了承。その場で契約書に署名捺印をした。会社もその場で退職手続き。何、入って1ヶ月にも満たない新人社員だから引継ぎなんてものもないし、至極あっさり、簡単だ。会社側も新入社員の5分の2が1ヶ月以内に政府に転職することを予想してるから最低1ヶ月は研修期間として業務に影響が出ないようにしているから、問題ない。

 そのまま会社を出、政府のお役人さんに連れられて歴史保全省へ向かう。うちの会社──元うちの会社は零細もいいところな企業で今期の新卒は私を含めて3人、既卒合わせて10人だったのだが、審神者能力があったのは私だけらしい。同期入社の面々の羨望の眼差しを気持ちよく思いながら、会社を後にした。人生で初めて、人に羨ましがられた!

 散々審神者は特殊国家公務員といってきたが、本当に特殊だ。何しろ任命されれば即『テロリストの攻撃対象』となってしまうのだ。それゆえ、任官されたその瞬間から、安全のために一般社会からは隔離される。住居はセキュリティ万全で快適に過ごせる特別官舎が与えられるのだそうだ(多分これが一般に言われる本丸だろう。ま、異空間にあるなら確かに安全だよね)。自宅の荷物は歴史保全省の職員が全て梱包し官舎に移してくれると言う。……昨日ちゃんと掃除しておいてよかった。それに就職に際して1人暮らしを始めたばかりで荷解きも全部終わってなかったし。今月と来月の家賃が勿体無いとは思ったけど、高給取りになるんだし、まぁいいか!

 歴史保全省の庁舎につくと、まずはセキュリティ登録だった。ICチップに各種データが登録される。網膜・声紋・静脈・掌紋の4つの認証データ。それから血液を採取してのDNAデータ。3Dホログラムによる外見データ。それらを収めたIDカードが出来るまで約1時間は歴史保全省内部の案内をされた。あちらこちらで同じように案内されている同年代の男女は同期となる新人審神者だろう。

 ああ、それから契約事項の再確認もあった。まず、審神者に任期はなく定年退職制度もない。但し、審神者の能力は60歳を超えると衰えるケースが多く、ある一定の水準を下回るようになったらそこで退職となる。退職金は基本給×10%×勤続月数だそうだ。月給は基本給+危険手当+隔離手当から健康保険・年金・雇用保険をひいたもの。隔離手当ってなんぞと思ったら一般社会から隔離されることになるから、その精神的慰謝料なのだそうだ。審神者は官舎と歴史保全省の行き来しか出来ない。官舎は歴史保全省の敷地内にあるから、つまり審神者となった瞬間から歴史保全省から出られないということだ。

 また、審神者は表向き歴史保全省総務局の職員になったことにされ、家族にもそう告げるようになっている。極秘情報を扱う部署であるから、家族であろうとも守秘義務が発生し、仕事内容は当然のこと退官までは住居や連絡先も教えられないことになっている。それは本日を以って、歴史保全省から家族の下へ通達が行っているそうだ。そこに連絡先として歴史保全省総務局の『家族専用緊急連絡先』が記されているらしい。手紙や荷物を送るときも歴史保全省総務局宛に送るようになってるそうだ。

 歴史保全省の外には出られないし、家族と連絡も取れないってのは、ちゃんと署名捺印した契約書にも書いてあった。他よりも大きな字でしかも朱書きで。だから、これは納得済み。家族にべったりするような歳でもないし、恋人も今はいないし、別に問題ないよねーってことで特に気にも留めてない。まぁ、買い物に行けないとか遊びに行けないってのはちょっと残念だけど、でも元々部屋に篭もってゲームしたりDVD見たりマンガや小説読んだりするほうが好きな、学校や仕事以外はほぼ引き篭もりだったから、これもさほど問題はないかな。個人的な買い物は政府が審神者用に運営している通販で購入可能らしいから。政府が運営だからそこから情報が漏れることもないらしいし。何しろ、日本のサイバー対策は世界一だ。300年くらい昔の電脳黎明期の日本のセキュリティはかなり酷いものだったらしいけど、この300年の間にかなり技術は進歩している。何しろ日本人は0から産み出すのは苦手でも、既にあるものを改良するのは大得意なのだ。

 それでも念には念を入れようということで、審神者は外部との接触を極力避けることが推奨されているし、審神者の個人情報も秘匿される。何重もの強固なセキュリティをかけられたデータサーバーに私たち審神者の情報は収められ、個人情報にアクセス出来るのは内閣総理大臣と極限られた管理者のみ。最重要国家機密扱いになるらしい。つまり、一般職員は何処の誰が審神者になっているかを把握することは出来ない。ただ、審神者を管理するために8桁の数字からなる識別ID(通称審神者ID)と便宜上の通称が与えられる。業務報告やら何やらはそのIDによって管理されるわけだ。

 1時間後、出来上がったIDカードを受け取り、マニュアルの分厚い紙媒体の書籍、担当官との連絡用の専用携帯端末(300年前にはスマホとよばれていたもの)を支給される。

 それから担当官は官舎まで案内してくれた。庁舎の特別出口──一般には知られていない特殊な出入り口──から外に出るんだけど、ここからは地図上には表示されない土地になっている。300年前からあるGoo○leマップで見ても、ここは広大な森になってるという。官舎はお役所の敷地内にあるとは思えないお洒落な高層マンションだった。エントランスを入る際にまず掌紋認証、エレベーターで居住階である18階に上り、部屋のキーはカードキー代わりのIDカードと網膜認証。ちなみに今日は担当官も一緒だけど、これは事前に担当官を『同行者』として設定してあるから可能なのだとか。基本的に来客は事前申請しないと不可。うん、ここでもセキュリティは厳しい。ま、そのほうが安心だけど。

 部屋は広々とした2LDK。独り身には贅沢な部屋だ。高性能なシステムキッチン、広々としたリビング、ゆったりとしたベッドルームと落ち着ける書斎。ジャグジー機能も備えたバスルーム。更に生活に必要な家電製品は全て揃っている。しかも最新型の電化製品。ベッドにソファー、ダイニングテーブルなんかの家具も設置済み。どこのモデルルームだと言いたくなるくらいオシャレで高級な家具だった。

 書斎には高性能パソコンもあり、既にネット接続もされている。自宅で仕事は出来ないとのことで、このパソコンは買い物したりプライベートで使うためのもの。普通に一般のウェブサイトの閲覧は出来るものの、ネット通販は不可能とのこと。まぁ、個人情報登録になるからね。ただ、審神者同士の交流サイトなんかもあるらしく、そこは利用可能で、審神者専用SNSなんかも色々あるらしい。それこそ、外部のPixivとか、顔本とか呟きとか、そういうのに類似するもの。ついでにオンラインゲームとか出来ますかって聞いたら、出来ますよって言われた。マジか。何でも国内でプレイ可能な各種オンラインゲームは全て接続OKなんだそうで、守秘義務さえ守ればなんら問題ないそうな。セキュリティは強固ですからって言われた。飽くまでもネット通販は個人情報の登録(特に電話番号と住所)が必要だからNGということらしい。

 自分のこれまでの経済力では到底住むことの出来ないマンション、持つことの出来ない高級家具家電にテンションが上がっていると、部屋の隅にダンボールの山。既に自宅だったアパートから荷物が転送されていたらしい。早いな!!

「明日の午前8時より庁舎D棟B35階のS講義室で研修が始まります。遅れないように来てくださいね」

 一通り日常生活の注意点を告げ、担当官は最後にそう言って帰っていた。

 素晴らしい、審神者! こんなに素敵な官舎を与えられて(家賃は給与天引きだけど、信じられないくらい安かった)、超高級取りのエリート生活が始まるんだ。

 その日、普段なら飲まないような高級なワインと高級お寿司(どちらも審神者専用通販)で私はお祝いをしたのだった。






 翌日から1ヶ月の机上研修がスタートした。同期は約200人。5人に2人は審神者適合者がいるとはいえ、そこは飽くまでも公務員。定員というものがある。つまり、ここにいる200人は今年の適合者の上位200人ということになるのだろう。誰もがそれに自尊心を擽られ、自分は選ばれたエリートなのだと自覚する。尤も、それで尊大にならないように講師たちは『飽くまでも審神者は刀剣男士たる戦神に感謝し協力を請い願う立場であることを忘れるな』と繰り返した。

 研修の内容はまず正しい歴史についてだった。大学の史学科のような専門的な講義が何日も何時間も続いた。更に自分たちでもある程度史料が読めるようになれと古文書解読も学んだ。更に協力いただいている刀剣男士の歴史、刀剣そのものの歴史。各戦場の詳細、戦術、陣形。

 各刀剣男士の詳細についての講義もあった。テキストには一般に公開されているイラストと同じ画像しかない。てっきりホロや写真があるものと思っていたけれど、それもない。実際にどんな姿をしているのかは、着任しないと判らないということか。もしかしたら、神様だから電子機器には映らないのかもしれないし。

 審神者は刀剣男士という神に仕える神職という一面も持つ。講師は口を酸っぱくしてそれを繰り返した。なのに、不思議なことに神職としての知識を得る講義は一切なかった。祝詞とか、そういう類のもの。覚えなくていいのだろうかと頭を傾げる。

 審神者の業務は刀剣男士を出陣させ、歴史修正主義者を倒すこと。また、遠征に部隊を送り、情報を集めること。それに付随して、刀剣男士を集め育て、傷を癒し、錬結して能力を上げること。けれど、それらに必要な『顕現』『手入』『錬結』『刀解』の概念についての講義はあっても、手順についての講義は一切なかった。なのに、報告書作成については念入りに研修があったのは、流石お役所ということか。ちなみに報告書は『出陣日報』『遠征日報』『資材管理簿』の3種類。資材管理簿にはどんな配合で誰を鍛刀したのか、誰に手入をし傷の度合はどの程度で資材はどれだけ使ったのか、どんな配分でどの刀装を何個作ったのかを細かく記入するようになってた。面倒臭いけど、仕方ない。

 それから『本丸』について。本丸は刀剣男士の生活拠点となる前線基地。ただ、一般社会でいわれているように審神者が本丸に常駐しそこで生活するということはないそうだ。やはり神様と人間が一緒に生活するのは様々な問題があるのだろう。私たちは官舎で生活し、本丸に出勤することになるのだという。拘束時間は休憩1時間を含む9時間で実働時間は8時間。始業・終業時刻は特に定められておらず、フレックスタイム制。

 1ヶ月の研修期間は実技は一切なく、概念や理論を学ぶだけだった。こんな研修で本当に本丸運営が出来るのだろうか? マニュアルを紐解いても、やはり具体的な手順は一切記されていなかった。(例によって報告書作成についてだけは詳細だったけど)

 それらの疑問が解けるのは、本丸に着任したそのときだった。














































 審神者就任から1年が経った。

 審神者の勤務はフレックスタイム制だから何時から勤務しようと自由。私は慣れている9-18時で勤務している。官舎を出て、本丸に向かう。庁舎地下48階に降り、4つの認証を経てゲートを潜る。するとそこは『本丸』だ。

「おはよー」

「おはよ、○○」

 同僚たちと挨拶を交わし、自分の本丸へと向かう。ゆったりとしたパソコンデスクと腰に負担のかからないチェア。デュアルモニタのパソコンとキーボード。部屋を見渡せばずらりと並ぶ同僚たち。皆ヘッドセットをつけ、一見すれば何処かのコールセンターといった風景だ。10人毎のデスクの集まる島には一人の管理者──担当官がいる。私の所属する島は『美濃国J班』と言われ、同じような島が100以上ある。地下45階から50階までの5フロアがほぼ同じ状態だ。

 そう、これが『歴史保全省 歴史改竄対策局 本丸部』。私の職場である。

 引き出しからマグカップを取り出し、持って来た水筒からコーヒーを入れる。同じく引き出しから灰皿を取り出し、エアカーテンも起動。これで煙草の煙が周りに迷惑をかけることもない。ついでに小腹が空いたときのためのお菓子もスタンバイ。そして私専用のパソコンにIDカードを差込みOSを起動し、IDとパスワードでログイン。あ、そろそろパスワード変更しておかないと。出陣日報・遠征日報・資材管理簿といった必要なシステムを立ち上げ、SV(担当官)や同僚と連絡を取るためのメッセンジャーを起動させる。最後に立ち上げるのは『刀剣乱舞』のシステムだ。読み込みの間にどうやら刀剣男士たちも私が戻ってきたことに気付いたらしく、「主が本陣へと帰還なされた!皆の者、集合せよ!」と蜻蛉切の声がする。

 立ち上がった画面には昨日の近侍だった一期一振が立っている。その姿は一般に公開されているイラストと同じ。すぐに一期一振が長時間遠征に出ていた部隊の帰城と内番の終了を報告する。表示された結果画面の情報を立ち上げてある別システムに入力。それが終われば、画面右の『内番』のアイコンから今日の内番を設定して、すぐに今度は出陣。まずは遠征部隊を3部隊派遣する。それから、日課任務の鍛刀と錬結と刀解。カチカチとマウスをクリックする音だけが響く。すると『ポーン』と軽い電子音がして、モニターの右下にメッセージが届く。同僚からのメッセージだ。

『ちょwwww 鍛刀4時間キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!』

 それを目にしてすぐに返信する。

『マジか! おじいちゃん? おじいちゃんなの!?』

『手伝い札切らしてるから、ランチのときに報告するねー!』

 そんなメッセージの遣り取りをしつつ、部隊編成をして出陣。全ステージ一旦クリアしてるから、後はいかに検非違使出さずにレベル上げするかだ。新ステージの実装まだか。いや、実装じゃないな。うん、歴史修正主義者が新しい時代に現れてないのはいいことだ。

 それから4時間、ひたすらマウスをカチカチ言わせて、午前中の業務を終える。1時間のランチ休憩は庁舎53階の職員食堂。今日の日替わり定食はメンチカツ&コロッケ定食だった。

「疲れるよねー。座りっぱなしってのがキツい」

「だよねー。仕事終わったらマッサージ行こうかな……」

「マッサージ代も馬鹿にならないし時間も限られてるからマッサージチェア買ったよ」

「マジ? いい?」

「うん、結構いいよ」

「あ、そういえばおじいちゃんじゃなかった。またでっかいキツネだったよ」

「3匹目?」

「そう! もー、おじいちゃんいつくるのー」

 同僚とどうでもいい雑談をしながらランチに舌鼓。うん、職員食堂とはいえ、そこらのレストランに劣らない味だよね。福利厚生ばっちりな職場だな! まぁ、外には出られない分、充実させてるんだろうけど。

 この53階の職員食堂は審神者専用だ。けれど、ここに集う者を見て、審神者──テロリストと日夜戦う特別国家公務員だとは誰も思わないだろう。寧ろ、300年前の秋葉原、晴海、有明、そういった場所にいる者を想像するのではないだろうか。














































 世の女子中高生よ。

 審神者は美形の刀剣男士に囲まれてキャッキャウフフできる仕事ではない。ただひたすらパソコンの画面を見つめマウスをカチカチ言わせるだけの仕事だ。座りっぱなしで腰痛、パソコン画面見つめての眼精疲労、肩凝りが職業病だ。君たちの目当ての見目麗しい刀剣男士はモニターの中にしかいない。

 確かに審神者に霊力は必要で、それはマウスやヘッドセットを通して刀剣男士に送られている。けれど、彼らの姿を見、声を聞くことはあれど、彼らは私たち審神者の顔も声も性別すらも知らない。自分に主がいることは知っていても、それがどんな人間なのかは知らないのだよ。

 これで研修で言われてたことがよく判った。『刀剣男士を虐待して酷使するブラック本丸』『見習い研修生による乗っ取り』『刀剣男士に愛されすぎて神隠し』といった創作物があり得ないと断言されるのも当然だ。だって、相手は画面の中にしかいないんだもの。

 審神者の採用基準が、オタクで引き篭もり傾向にあるコミュ障なニート予備軍だなんて、知りたくなかった。どうせ一旦社会に出ても役に立たず引き篭もりになるくらいなら、存分に引き篭もってもらおう! と政府が考えたらしい。だから、在宅勤務も一応可能なように完全引き篭もり用官舎もある。

 300年前から問題になっていた社会のお荷物、ニート。この戦争において審神者は必要だ。けれど、一般社会できちんと社会生活を営み社会に貢献できる有能な人材を戦争に駆り出すのは社会の損失である。ならば、そのままでは穀潰しでしかないニート予備軍を存分に活用しよう。オタクなニートに引き篭もっていても可能な仕事で収入を与えれば、オタクゆえに趣味には大枚を叩く。趣味と食程度の楽しみしかないし、それしか方法がないから多少高額でもさにわ通販を利用する。それは経済活動の活発化を促進する。高級取りゆえに税収だって増える。そう考えた政府の役人は慧眼の官僚だったといえるだろう。

 ニートの有効活用。それが審神者選考の真実。





 まぁ、私には天職ですけどね。







 ちなみに刀剣男士側からすると、審神者という存在は認識してるものの、その姿は見えないし声も聞こえない。意思疎通も出来ない。本丸にいるかいないかは気配というか霊力感知で判る。最初に気付いた刀剣が全体に知らせる(=ログインボイス)。  色んな指示はバラエティ番組でいうところの『天の声』みたいなもので聞こえる。CVは津嘉山正○・池田秀○・関俊○・藤田淑○・島本須○・白鳥由○っぽい声から選択。200年も未来なら音声ソフトだって随分進歩してるだろうから、喋りはスムーズ。っていうか基本パターンは全部作ってあるだろうし。で、刀剣男士たちはその声から自分の主を想像してるけど、実際は全然違うという。男性審神者が女声ソフトを使ってることもあるし、その逆もまた当然あるし。  刀剣男士たちの日常は一切不明。審神者がログインしてるときは常に業務してるわけだから、審神者にも自分がログインしていない時間に刀剣男士が何をしてるのか判らない。食事も睡眠も入浴もしてるかどうかは判らない。何しろ審神者が見えるのは本丸だと近侍とその背景だけだし、内番の時の会話だけだし。つまりプレイヤーが見てる画面、判ってる情報以外は審神者にも判ってない。  そんなわけで審神者は段々と『自分ら、ゲーム会社のテスターなんじゃね?』みたいな感覚になってくる。