「主……今日の隊長は、僕には荷が思いよ……」
そう言って審神者の元を訪れたのは本日の近侍である小夜左文字。
今日は極になったばかりの小夜左文字の育成のため、彼を隊長にしての出陣だった。
「そうか?」
審神者は首を傾げると、編成表を見直す。
岩融、蜻蛉切、石切丸、太郎太刀、次郎太刀。
「そうだな。じゃあ、極編成にするか」
審神者は頷くと、編成画面を開き、部隊員を入れ替える。
「助かった……腕が痺れたよ」
そう言って小夜左文字は畳の上に丁寧に荷を降ろした。余程重かったのか、丁寧にと心掛けつつもガシャンと音がしてしまう。
小夜左文字が降ろした荷……それは3振りの大太刀と槍・薙刀各1振り。
「じゃあ、薬研藤四郎、厚藤四郎、愛染国俊、今剣、乱藤四郎だ」
審神者は荷を降ろした小夜左文字に、5振りの短刀を手渡す。言わずもがな、新たに編成した5振りだった。
「それじゃあ、出陣する。いってきます」
「ああ。武運を」
そうして、小夜左文字は審神者の目の前から姿を消し、戦場へと旅立った。
審神者はかれこれ10年以上一人暮らしをしていた。大学進学の際に実家を出てからは盆と正月に2~3日帰省する程度で、ほぼ実家に戻ることもなく、悠々自適な一人暮らしを楽しんでいた。
仕事があるから完全にフリーダムとは行かないが、休前日や休日には好きなときに好きなことを誰憚ることなく実行できる生活を送っていた。そんな生活が10年も続けば、私生活で他人を気遣うことが面倒臭くなる。ぶっちゃけ、家に自分以外の人間がいるというのは鬱陶しい以外の何者でもなくなるのだ。だから、実家への帰省も必要最低限だった。血の繋がった家族でさえ、一人暮らしが長いと鬱陶しいと感じてしまうのだ。年中無休のコールセンターに転職してからは、盆正月も仕事であることを幸いと、家族持ちが休みを取りたがるその期間にはしっかりシフトを組み込んで、帰省することもしなくなった。年中無休とはいえ年末年始は時短営業だし、さすがに忙しい年末や年始に態々電話してくる客も少ない。おまけに特別手当がつくから審神者としては御の字だった。
さて、そんな生活費以外の給料は全て(雀の涙とはいえ)自分の為に使えて仕事(通勤含む)以外の時間も自分の為にだけ使えるという、素晴らしい生活をしていた審神者に転機が訪れたのは、会社の健康診断のときだった。
数年前から始まった審神者適性検査で、審神者の能力ありと判定がなされたのだ。それから審神者適性者説明会に参加して、給料もいいことだし、国家公務員だし、退職後のお金の心配も要らないしと、審神者になることを決めた。
しかし、1つだけ、問題があった。審神者は異空間にある『本丸』に住み込みだ。生活空間と職場が一緒なのだ。最初は初期刀一振りから始まり、最終的には60振り以上の刀剣男士と生活しなければならなくなる。
「めんどくせ……」
審神者は呟いた。けれど、既に政府と雇用契約を結んでいる。今更やーめたというのは政府も難色を示すだろう。しかも理由が『他人と生活するとか面倒臭い』だ。重度のコミュ障で人と話せないなどという理由があるわけではない。極普通に会社員として生活していたし、偶には一緒に飲みに行ったりカラオケに行ったり、BBQしたりキャンプしたり温泉旅行したりなんてことも出来ている。しかも仕事はコミュニケーションが重要な割合を占めるコールセンターのオペレーターだ。今更『対人恐怖症です!』なんて通用するわけがない。
そして、審神者は考えた。頭から湯気が出そうなほど、フルスロットルで考えた。そして、一つの結論に達した。
「ただいま。はい、これ今日の分の資材。刀剣はドロップしなかったよ」
「おつかれさま、小夜左文字。皆怪我はないね。じゃあ、ゆっくり休んで」
「うん」
戦場から戻った小夜左文字は審神者に今日の戦果を報告する。既に出陣画面で刀剣の状態は把握している。全員無傷だ。
小夜左文字は頷くと、姿を消す。小夜左文字が立っていた場所には一振りの短刀が残されていた。
審神者は執務机から立ち上がると、短刀を拾い上げ、部屋の一角にある、刀掛けへと短刀を収めた。
その一角には数十個の刀掛けが整然と並んでいる。そして一つの刀掛けには複数の刀が収められている。全てこの本丸に所属している刀剣だった。
「さて、おなか減ったな。晩御飯にするか」
審神者は立ち上がると、隣のキッチンへと向かう。そこは一人暮らし用のアパートによくあるような4畳半程度の小さなキッチンだった。 そもそも、この本丸は本丸そのものが小さい。キッチン、執務室、私室、浴室、トイレ、鍛錬所、手入部屋、刀装部屋。それで全てだ。他のものが見れは『え? 本殿何処? ここ、離れだよね?』という小ささである。
本丸の広大な敷地の隅にポツンと存在する平屋のこじんまりとした家屋がこの本丸だった。
「今日は何のゲームしようかなー。久々に協力プレイしたい気分だな……」
執務室でサンドイッチ片手に報告書を作成しつつ審神者が呟くと、カタカタと刀掛けで刀剣が揺れる。
「獅子王、一緒にやるかい?」
鳴った刀に問いかけると、ぶわりと桜が舞い、金色の髪の少年(と青年の境目に見える)が現れる。
「隣でゲームの準備してるから、早く仕事終わらせろよな、主!」
「おー、了解ー。ゲームは獅子王の好きなヤツでいいぞー」
「やったね!」
喜び勇んで私室に入る獅子王を見送り、審神者は報告書へと向き直るのだった。
この本丸では基本的に刀剣男士は刀剣姿。出陣・遠征の時には隊長だけが本丸内で顕現し、他の5振りを持って戦場に行く。戦場に着いたら既に人型になってる。帰還するときも本丸に着いた瞬間に隊長以外は刀剣姿に戻る。 内番も担当者だけが担当時間に顕現するだけで、終了報告したら刀に戻る。 基本的に刀剣姿なんで、食事・入浴・睡眠も必要ない。尤も審神者が声をかければ直ぐに人型になれるし、刀剣男士の意思でもなれる。でも審神者が一人を好んでいるのを知っているので『ウチの審神者はタイプ大倶利伽羅』と割り切って、必要なときしか顕現しない。 2週間に1回くらいは審神者も一人寂しいなーと思って、1部隊分顕現して一緒にご飯食べたり遊んだりする。その順番は刀剣たちで話し合ってるので、ちゃんと平等。