第8話 堕ちた男士

 本丸運営3日目の午後からは早速鍛刀組の錬度上げに取り掛かった。先ずは鍛刀組10振を隊長にして、打刀は短刀・脇差と共に池田屋へ、太刀・大太刀は阿津賀志山への出陣だ。

「全く、貴女も相変わらず無茶しますよね。錬度1の僕たちを隊長とはいえいきなり池田屋1階に放り込むんですから」

 宗三が呆れたように溜息をつく。いや、確かにこの審神者は昔から新人が来ればパワーレベリングをしていた。2日目顕現の自分は経験していないが、兄の江雪はいきなり隊長で阿津賀志山に放り込まれていたではないか。しかも途中からは延享部隊に組み込まれ顕現後1ヶ月に満たない時間でカンストしていたほどだ。

「ちょうど池田屋1階攻略中だったからね」

 何でもないことのように言う更紗木蓮に宗三は最早何も言う気は起らなかった。だが、錬度上げに有効なのは確かだ。1時間に満たない出陣で錬度は9まで上がっているのだから。それに。

「はっはっは。まさか錬度1で阿津賀志山に放り込まれようとはな」

「三日月殿、3スロはいきなり延享という案もあったのですぞ。それよりはましでしょう」

 三日月と一期一振の会話を聞けば、まだ池田屋のほうがましというものだ。

 そんな顕現初日を終え、順調に錬度上げを続け、気が付けば本丸運営開始から1ヶ月が過ぎていた。山姥切国広たちのいた本丸の情報は判る限りを季路に伝えているが、未だに何かが判ったという連絡はない。

 兎も角、残り27振を取り戻すまではこの本丸の再建を建前として、此処を拠点に任務にあたることにしている。

 さて、一応の名目はこの本丸の再建ではあるが、更紗木蓮にもその刀剣男士にも、更紗木蓮を此処に送り込んだ政府役人にもこの本丸を立て直す心算などない。いや、既に本丸としては正常運営しているから、ある意味『本丸』としてのデータだけを見れば立て直し完了である。更紗木蓮の刀剣男士たちが日課任務を熟しているし、運営1ヶ月目とは思えないほどの戦績も叩き出している。が、更紗木蓮を此処に送り込もうとした後ろ暗い役人たちのいう正常化をする心算は露ほどもなかった。

 屑役人たちは堕ちかけている此処の刀剣男士擬似体を正常化させることを目的にしていた。だが、正直なところ、何故政府の一部役人がこの本丸の刀剣男士に固執しているのかが更紗木蓮たちにはさっぱり判らなかった。

 右近時代、刀剣男士や審神者の存在が一般に公表されていたこともあって、現世には刀剣男士をモチーフにした創作物が溢れていた。政府が広報の為にアニメやミュージカルを作ったり、一般人が同人誌を作ったりしたものだ。その中には当時は有り得なかったブラック本丸やブラック男士、ブラック政府などを扱った作品も多く、関係者の苦い気持ちなど関係なしにそれらは一定の人気を持っていた。

 そんな創作の世界でしか有り得なかった現象が今は現実のものとして存在する。此処もそんなブラック男士のいる本丸だ。創作物において政府が元ブラック本丸に審神者を送り込む理由となっていたのは希少度の高い刀剣や錬度の高い刀剣を惜しんで、というものが多かった。今の現実でもそれはあるらしいというのも季路きろから聞いている。

 だが、そうすると、何故一部屑役人がこの本丸の刀剣男士を惜しむのかが全く理解出来ない。

 この本丸には確かに希少度の高い刀剣がいないこともない。しかし、いない刀剣のほうが多いのだ。本能寺までしか解放出来ていなかった為、ドロップ限定の明石国行・日本号・物吉貞宗・太鼓鐘貞宗・亀甲貞宗・数珠丸恒次はいない。日本号以降は右近の本丸にもいなかったがこれは物欲センサーが仕事をしまくった結果だから状況は違う。

 更に政府主催のイベントでしか入手出来ない刀剣も殆どがいない。鍛刀組は入手出来ているようだが、達成報酬組がいないのだ。つまり、大阪城の後藤藤四郎・信濃藤四郎・博多藤四郎・包丁藤四郎・毛利藤四郎、戦力拡充計画が主の不動行光、秘宝の里が主の大包平・日向正宗・南泉一文字、江戸城潜入調査の千子村正・大般若長光がいないのである。

 となると、希少度の高い刀剣を惜しんでというのも考えにくい。三日月宗近、大典太光世、ソハヤノツルキ、小烏丸、巴形薙刀、静形薙刀はいるが、それだけでこの本丸を惜しんでいるとも思えない。

 錬度に関しては猶更だ。近衛佐こんのすけに母屋の刀剣たちの刀帳を見せられ、更紗木蓮も歌仙たちも呆れ果てたことは記憶に新しい。此処の初代の在任期間は8年。その間に集まった刀剣男士は46振。右近よりも少ない。そして、最高錬度は恐らく初期刀で錬度40。他の刀剣は初期に来ているだろう打刀やコモン太刀で30から40の間、レア度の高い刀剣は特が付いた程度。短刀に至っては1桁もざらだった。しかし、刀剣破壊があった故に錬度が低いというわけではない。つまり、平均錬度は30に満たないのだ。これでは高錬度故に惜しんだという仮説も成り立たない。

「そうすると、戦力としてではなくこの本丸の鈍らどもを生かしておきたい者がいるということでしょうねぇ」

 そう言ったのは膝に小夜を抱いた宗三だ。毎晩のミーティングは執務室で行うが、旧本丸の執務室の半分以下の大きさしかない為、全員が入るととても狭い。故に前田は骨喰の、乱は鳴狐の、蛍丸は明石の、愛染は光忠の膝の上にいる。恥ずかしいと拒否した厚は長谷部の膝の上におり、同様に逃げ回った薬研はいい笑顔をした一期の膝の上だ。膝の上の厚と薬研は恥ずかしさと嬉しさと半々の複雑な表情だった。短刀の兄貴分とはいえ、2振とて短刀。人(この場合は刀剣男士だが)の懐に近い位置にいるのは嬉しいことなのだ。

「政府の役人以外にということかい?」

 宗三の言葉に歌仙が問いかける。

「政府には何のメリットもないんですから、役人以外の誰かでしょうねぇ」

 戦わない刀剣男士など養う理由はない。けれど、一応神である刀剣男士を放置も出来ないから、最低限の運営費の支給はしている。それだって人数が人数だけに馬鹿にはならない。

「その辺りは今季路さんや仲弓ちゅうきゅうさんが調べてるからそのうち判るでしょ。まぁ、母屋の連中のことは放っときましょ」

 そう更紗木蓮は言うが、そう簡単にはいかなかった。刀剣男士擬似体たちは毎晩のように結界に攻撃を仕掛けてくる。そのたびに弾かれて、攻撃を加えられて結界は自動的に強度を増していく。そういう設定の結界を近衛佐が展開しているのだ。更紗木蓮の豊潤な霊力にプラスして24振の刀剣男士の霊力も加わっているから、現在の結界強度はかなりのものだ。

 それに、もう1つ五月蠅い存在がいる。

「で、近衛佐、相変わらずあっちは色々言ってきてるの?」

 更紗木蓮は膝の上の近衛佐に問いかける。

 この本丸に来た初日に告げた通り、近衛佐は母屋のこんのすけ(離れでは区別する為にくずのすけと呼んでいる)に関しては近衛佐が一手に引き受けているが、近衛佐としてもそろそろ相手をするのが鬱陶しくなっている。大体が初日の主張と変わらないものばかりで話にもならない。これが刀剣男士が『新たな主に挨拶をしたい』とか『遠征・出陣をしたいと言っている』というような内容であれば、歌仙に取り次ぎもしようが、そうではない。更紗木蓮に取り次ぐか如何かは歌仙の判断になるが。

「はい。通販が使えないとか、食材が買えないとか言ってきますね」

 呆れを隠しもせずに近衛佐は答える。確かに母屋の生活には幾つかの制限がかかっている。これは更紗木蓮たちが制限をかけているわけではなく、歴史保全省の審神者管理部が行なっていることだ。初代の退任以降もそれまでと変わらぬ生活が出来ていたのはこの本丸に正式の審神者が派遣されず、前本丸担当が不正を行なっていたからに過ぎない。

 母屋側は通販が使えないと言っているが、正確には最低限の生活必需品は購入出来るようになっている。審神者生協は使用可能にしているのだ。というか、これは最低限の刀剣男士と審神者の生活を保障する為に使用不可には出来ない。使用出来ないのは審神者高〇屋や審神者成〇石井といった高級品や嗜好品を扱うもの、審神者ト〇ザらスや審神者蔦〇などの娯楽品を扱うものだ。

「あっちの以前の購入履歴見たら信じられないよ。高級食材ばっかりなんだ! お肉は何時も黒毛和牛A5ランクとか信じられないよ」

 呆れたとばかりに言うのは既に離れの厨番長と化している燭台切だ。右近本丸時代、食材の購入は燭台切と歌仙、薬研が仕切っていた。元々食えればいい! 高い牛肉より安い豚肉! という考えだった右近に顕現された所為か、彼らも高級志向はなく、安くて美味しい食材を見つけては創意工夫で高級食材に負けない料理を作っていた。勿論、特別なとき(審神者就任の周年記念の宴やお祝い事)には奮発して普段は買わない高級食材も使っていたが。博多藤四郎が顕現してからは節約傾向はより強くなっていて、高級食材は周年記念の宴と正月の御節料理に使われるだけだった。それを、母屋の擬似体は日常的に使っていたらしい。

「その費用は代理審神者たちの給与着服ですからね……。刀剣男士の風上にも置けません」

 眉間の皺を深くして長谷部は言う。尤も、その着服していた給料は既に彼らが本丸から去った時点で新たに支給されることはない。更紗木蓮の給与は更紗木蓮サイドがきっちり管理している。元々この給与着服は前本丸担当がいたからこそ出来ていたことだ。当然、今母屋の擬似体は無収入だ。出陣も何もしていないから当たり前のことである。審神者生協が使えるのは一応政府が運営費用として彼方の擬き分も1日1振当たり1500円(1食500円)を支給しているからだ。因みに審神者生協は現世の生協とは異なり、廃棄寸前の食材や商品にならない作物を扱っているのでかなり安い。

「働かざる者食うべからずですからな。最低限の生活を保障されているだけで感謝すべきでしょう」

 博多を手伝って祐筆班の中では経理担当だった一期一振も頷いている。

「なのに近衛佐に文句を言うんだよね、あっちの僕! 格好悪すぎる! 何たる無様!!」

 同位体がいる燭台切が嘆く。同じく厨の番人と言われる歌仙は彼方にはいない。というか、彼方にはいない刀剣男士も多い。72振の実装刀剣のうち母屋に存在するのは46振だ。前述の戦場未到達やイベント報酬の刀剣の他にも、顕現し易い刀剣が10振いないのである。

「光坊、あっちにお前の同位体なぞいないぞ。勿論俺の同位体もいない」

 そう言って宥めるのは鶴丸だ。確かに母屋に燭台切光忠を名乗る鈍らも鶴丸国永を名乗る鈍らもいる。だが、あれらは決して同位体などではない。あんな鈍らを同位体などとは認めない。

「大将、明日は月に一度の面談なんだろ? 大丈夫か?」

 当初は母屋側とは一切関わる気のなかった更紗木蓮だが、季路からの要請で月に1度だけ、母屋のこんのすけと顔を合わせることになっていた。現状確認も必要だということだったが、それに激しく異を唱えたのは近衛佐だった。それは自分がやるから主様があんなクズと顔を合わせる必要などないと激しく彼は主張した。それには季路も上司である仲弓も同意だったのだが、飽くまでも本丸の責任者は審神者である。その審神者の眼から見た現状報告も必要だと他の役人からの意見も出たのだ。因みにその意見を出した役人たちも母屋の刀剣男士擬似体に対しては刀解処分が妥当と判断している者たちだ。最終的にこの本丸を廃棄し更紗木蓮たちが新規本丸に移ったあと、何処からも文句など出ないようにとこの対応を提案したのである。

「直接じゃなくて画面越しだからね。歌仙も近衛佐も同席するし、問題ないでしょ」

 母屋側としては更紗木蓮が母屋に出向いての面談を要望していたが、当然、更紗木蓮も近衛佐も刀剣男士も、そして担当官である季路もそれには同意しなかった。更紗木蓮を主と認識しているならば、彼女に出向けなどとは言わない筈だ。母屋側はその主張だけで更紗木蓮を主とは認めていないし刀剣男士の下僕と認識しているのが明らかだった。

「それなのだがな、主。我ら全員で同席しようと思うのだ。多くの眼で見たほうが確実であろう? 俺やうぐ爺、鶴爺は爺だし、太郎も石切丸も蛍丸も御神刀だ。それ故に判ることもあろうしな」

 それ以外にも理由はあるが、三日月はそう提案する。全ては主である彼女を守る為だ。画面越しとはいえ母屋と接触するのであれば、彼女の守りは出来るだけ厚くしておきたいというのが刀剣たちの総意だった。

「うん、判った。じゃあ、執務室じゃ狭いし、食堂で通信しようか」

 全員が余裕をもって集まれる場所は現状食堂しかない。こんなことなら広間も作っておけばよかったかもしれない。だが、此処に長居をする気がないという意思表示でもあるのだ、色々と物足りない離れの設備は。




 翌日、午前の出陣遠征を取りやめ、全員で食堂に集まった。近衛佐は時間になると通信回線を開く。空中に大きなモニターが開き、其処には待ち構えていただろうこんのすけの姿があった。そのかなり後ろにはこの本丸の初期刀であったらしい刀剣の姿もちらりと覗く。通信機越しの対面に参加する気はないが様子を見守っているというところだろう。

「全く何時まで待たせるんですか。さっさと挨拶に来なさい。刀剣様方が挨拶なら受けてやってもいいと仰せなんですから」

 開口一番、こんのすけは居丈高に言い放つ。

「近衛佐、通信切ってもいい?」

「よろしいのではないですか? 1ヶ月前と全く態度変わっておりませんし」

 こんのすけの態度に呆れ、更紗木蓮はテーブルの上に座る近衛佐に言うと、近衛佐も同意する。こんのすけの態度に変化がないことは日々こんのすけからの通信を受けている近衛佐には判り切っていることだった。取り敢えずこれで政府の言う審神者の眼で見ての現状確認は達成している。

 そのまま通信を終えようとする更紗木蓮たちにこんのすけは慌てる。

「ま、待ちなさい! まだ話は終わっていません」

 聞いてやる義理はなんだけどなーと思いつつ、後々の為に仕方なく更紗木蓮は通信を継続してやることにした。

 更紗木蓮たちが通信遮断を止めたことにこんのすけはほっとし、次の瞬間愕然とした。それまで更紗木蓮しか視界に収めていなかったこんのすけは此処で漸く彼女の周囲にいる刀剣男士の存在に気づいたのである。

 審神者の両隣に歌仙兼定と薬研藤四郎がいるのはいい。本丸に着任したときからいたからだ。けれどそれ以外にも20振を超える刀剣の姿がある。何時の間にそんなに刀剣を揃えたのかとこんのすけは驚いていた。

 これまでの代理審神者は己の刀剣男士を顕現することはなかった。鍛刀はさせなかったし、戦場に出ていないからドロップ刀剣もいなかった。なのにこの審神者は何時の間にか刀剣を揃えている。母屋に来てはいないから鍛刀は出来ない筈だ。戦場に行ったにしても三日月宗近や明石国行を入手出来る戦場には到達していない筈。優秀な主様でさえ、8年かけても本能寺止まりだったのだ。無能な代理如きが阿津賀志山や三条大橋に行ける筈はないのに、一体如何いうことなのかとこんのすけは混乱する。刀剣男士様も離れに同位体の気配はないと仰っていたではないか。

 混乱のまま、こんのすけはそれを声に出していた。その内容に離れの刀剣男士たちは嘲笑わらいを禁じ得なかった。

 如何やら母屋の刀剣男士擬似体は此方の刀剣男士を感知出来ないらしい。毎晩のように母屋の刀剣男士が結界に攻撃を仕掛けているのは此方に同位体の存在を感知していたからかとも思ったが、そうではなかったようだ。錬度が低い擬きどもでは同位体の気配を捉えることが出来ない。抑々擬似体となっている母屋の擬きは既に刀剣男士からは同位体とは思われていないので気配を察知出来るわけもない。故に母屋側では審神者の許にいるのはこんのすけが報告をした歌仙と薬研の2振だと思っていたようだった。

「母屋は貴様ら違法滞在者に占拠されているからな。本丸の機能は全て此方に移してある。当然鍛刀も可能だ。それに戦場は既に延享まで解放済みだぞ」

 母屋の管狐は離れのことを何も把握出来ていないのかと呆れながら長谷部が告げる。その内容にこんのすけと背後に小さく映る初期刀が動揺しているのが判った。

「さて、こんのすけ。我々も暇ではない。主の下知に従い歴史遡行軍なる賊を討ちに行かねばならぬ。それこそが我らが顕現した意味であるからな。く用件を申せ」

 鷹揚に見えてそうではない凄みを滲ませ、三日月がこんのすけに先を促す。とっとと要求を聞いて(叶えるとは言ってない)、さっさと日課任務に取り掛かりたいところだ。毎日の演練参加は必須だ。何処で探している仲間に出会えるか、出会えなくとも手がかりを見つけることが出来るか判らない。だから、演練には毎回フル出場している。右近時代とは演練システムが変わり1戦が15分で終わるのは有り難い。お陰で午前と午後に5戦ずつしても合計で2時間半で済む。移動などを含めたとしても3時間だ。

 三日月の言葉に癪に障るものを感じながら、こんのすけは要求を告げる。内容は呆れ返るものだ。こんのすけは当然のように高級食材と嗜好品娯楽品を要求したのだ。

「は? 何でそんなもん与えんといかんとね」

 図々しい要求に更紗木蓮は今更ながらに呆れ返る。

「うわ、大将の肥後弁が出た。相当お冠だな」

「当然かと存じますが」

「まぁ、そうだけどな」

 大将組と近衛佐の会話を聞きながら更紗木蓮は早くこの通信を終わらせたいとばかり考えていた。如何見ても時間の無駄でしかない。

「そんなもんとはなんですか! 刀剣男士様が生活するうえで当たり前のことでしょう!」

 が、母屋側はそうは思っていないらしく、こんのすけは怒りを露わに反論している。飽くまでも母屋側にとっては自分たちが主で此方はそれに従うべきだと考えているらしい。

「当たり前ではないから主は不快感を示している。新たな主君に未だに挨拶にも来ず、母屋を占拠している不法滞在者に何故食糧や嗜好品を与えてやらねばならないんだい?」

 会話する気をなくした更紗木蓮に代わって歌仙が母屋の管狐の相手をする。が、言っている内容は更紗木蓮が言うのと大差はない。当たり前だ、更紗木蓮が言っていたことは離れ側の総意なのだから。

「何を言っているんですか! 貴方方と同じ刀剣男士様が不遇をかこっているというのに! この審神者はブラック審神者以外の何物でもないではないですか!」

 早く終わらせてとっとと出陣したいと会話を歌仙に任せていた刀剣男士たちだったが、こんのすけの言葉に無視出来ないものを聞き取り、怒りを露わにする。

「柄まで通していいですか?」

「首を差し出そうか」

「お覚悟」

「どんなに防御しても無駄だよ」

 前田、乱、愛染、小夜が鋭い殺気と共にこんのすけを睨みつける。が、そんな彼らの殺気も大人姿の刀剣、特に兄弟・保護者枠によって霧散する。

「うん、短刀君たち、それ、他の刀剣僕たちのセリフだよね」

「今日も弟が可愛い」

「せやなぁ」

「これぞ和睦」

「和撲ですね、兄上」

「兄バカ共も黙れ。緊張感が抜ける」

 一気に和やかになりかけた食堂の雰囲気に長谷部が眉間に皺を寄せる。だが、この程度では平安太刀の殺気は消えなかった。

「はっはっは。相手にするもの阿呆らしいとはこのことだな」

「まぁ、主を逆賊審神者扱いされては細かいことは気にするなとも言えんなぁ。細かくないしな」

「こんな驚きは求めちゃいないしな」

 口々に言いながら、こんのすけへの殺気を隠さない平安爺たちに苦笑しつつ、再び歌仙がこんのすけに対した。

「我々刀剣男士は歴史遡行軍を倒す為に召喚されていることを忘れたわけではないだろうね、こんのすけ。我らの生活が保障されているのはその役目を果たしているからだ。さて、母屋の刀剣男士擬きはその役割を果たしているのかい? 少なくとも我々がこの本丸に入ってからは一度も出陣も遠征もしていない筈だが? 怪我を負って責務を果たせないというなら100歩譲って理解も出来る。まぁ、それならさっさと手入れを願って役目を果たせと言いたいがね」

 歌仙の言葉は全く容赦というものがなかった。それも当然だ。主を侮辱されたのだ。本分を果たしもせずただ怠惰に分不相応の贅沢を求めるだけの鈍ら刀どもに。そんな無礼をこの初期刀が赦せる筈もなかった。

「でも、無傷。なのに、働かない。あっちは全員明石なの?」

 それはこの離れの刀剣男士全員の想いでもあり、特に右近本丸時代から絶対的第一部隊隊長として戦闘の中心にいた鳴狐も極寒の地を思わせる冷たい眼差しで通信画面を睨む。

「鳴狐はん、それ酷いわー。自分ちゃんと最低限の役目は果たしてますやん」

「うちの国行は亜種だからねー。ちゃんと働くし」

 鳴狐の言葉に応じつつ明石も蛍丸も画面の相手を冷たい眼差しで見遣る。こんな連中相手にする価値もないと思いつつ、自分たちの大切な主を侮辱されたのだから歌仙ではないが気分としては『首を差し出せ』である。

「最低限の義務も果たさぬものに配慮の必要はありません」

「うんうん、みか爺ではないけれど、給料分は働いてほしいものだね。まぁ、働いていないから給料もないけれど」

 御神刀2振は既に母屋の管狐が『稲荷神の眷属』から外れた存在になりつつあることに気づいている。これもまた本分である『審神者のサポート』をしていないのだから当然だろう。管狐がこれだけ堕ち穢れているならば、実際に代理審神者たちを虐げていた刀剣男士擬きたちがどれほど穢れを纏っているのかは推して知るべしというところだろう。

「しかも図々しいですよね。何ですか、これ。黒毛和牛Aランク各部位10Kgとか」

「こっちは鮑・伊勢海老・大間産本鮪、全て天然ものとか」

「大吟醸に20年物のウィスキーだの外国産の葉巻だの……なんでこんなものを主が買い与えなければならないんだ」

「こんなのあるじさんが買ったら、博多が要求した男士の所に殴り込みに行くよね。そろばん持って」

 厨の中心となっている堀川・燭台切・歌仙が呆れ果てたとばかりに言う。態々言わずもがなのことではあるが、分不相応であることを突き付ける為だ。乱は今はまだ合流していない弟が此処にいれば一番怒っただろうなと思う。主や兄弟が止めても単身母屋に殴り込みに行きかねないくらいには怒り狂ったことだろう。主を侮辱されていることも含めて。

「まぁ、言いたいことはうちの刀剣たちが言ってくれたけど、先ず私の刀剣でもない不法滞在者に食料や贅沢品を与える意味はない。刀剣男士だ、神だ敬えって言うんなら、召喚条件である責務を先ずは果たせ。あと、前任が残した財産や前任時代に貰ってた給料があるでしょうが。それを使え。私が貰ってる予算を母屋の刀剣男士擬きの為には一銭たりとも使う気はないし、使うことはない。これは政府からも許可を得ているし、寧ろ推奨されてる。ってことで、近衛佐、通信終了。遮断して」

 言いたいことは刀剣男士たちも含めて言った。母屋側の現状も確認出来た。ならばこれ以上通信を続ける必要はない。よって更紗木蓮は通信を切った。まだ彼方のこんのすけは何かを言おうとしていたが、それは無視だ。彼方がいくら通信を繋ごうとしても近衛佐がシャットアウトするから問題ない。

「さて、演練行こうか」

 立ち上がり、更紗木蓮は演練参加者に告げる。錬度上げの意味もあるから、部隊は無印6振で構成している。今日は打刀3振と平安太刀3振だ。

「今日は駿河の演練場だったか、大将」

 護衛として同行する薬研が問いかける。右近時代、演練は所属国に関係なく全審神者が集ったが、審神者の数が増えた現在は所属国毎に演練会場が分かれている。更紗木蓮は本来であれば山城国の演練に参加するのであるが、強奪された刀剣男士を探すという目的もある為、季路と仲弓が特別措置として全ての国の演練に参加出来るように手配してくれた。よって更紗木蓮たちは毎日違う国の演練に参加しているのだ。

「確かそうだね。さて、何か手がかりがあるといいんだけど」

 探し始めてから1ヶ月以上が経つが、まだ残りの27振に関しては何の手がかりも掴めていない。それに対しての焦りもある。母屋のこんのすけに殊更に辛辣になったのは八つ当たりもあったかもしれない。

「焦っても仕方ない。気持ちは判るが今は出来ることを1つずつ確実に熟していこうぜ」

 未だに合流出来ていない27振は所謂ブラック本丸にいる可能性が高い。だから、一日も早く彼らを見つけたいと願っているのは刀剣男士たちも同じだ。けれど、此方がいくら気を急いたとしても如何にもならないこともある。だから、薬研はそう言って更紗木蓮を励ました。




「あるじさま、そろそろ寝よう」

 そう言って執務室を訪れたのはパジャマ姿で枕を抱えた小夜だった。部屋には入って来ず、廊下に立ったまま首を傾げている様は大層愛らしく、此処に兄馬鹿2振と歌仙がいれば彼らのカメラが火を噴いていたことは間違いない。因みに小夜の着ているパジャマの模様のくま〇ンは300年以上が経過しても今なお愛されている熊本のゆるキャラ営業部長である。

 時刻は間もなく午後10時。更紗木蓮は執務室で戦闘データを纏めていた。

「あ、もうそんな時間か」

 小夜の訪れに更紗木蓮は時計を確認し、パソコンを切る。こうして短刀たち(薬研と厚の兄貴組を除く)と蛍丸が日替わりで更紗木蓮に寝るように促してくるのは2日目から欠かさず行われていることだ。

 元々右近時代から更紗木蓮は刀剣男士たちに働きすぎだとある意味監視されていた。祐筆課をはじめとした様々な運営班が出来たのは彼女が就任3か月目にオーバーワークで倒れたからだ。それ以降、初期刀をはじめとした側近の第一の役目は審神者の疲労管理と体調管理だったのだ。

 それは更紗木蓮となった今も変わらない。報告書や戦況分析など更紗木蓮のやることは多い。演練参加を増やしている分出陣数は減っているが、100年前のとの差異がないかを確認しながらの書類作成や分析には時間もかかるから、必要な時間は以前と然程違いはない。寧ろ通常業務に加え強奪された仲間たちを探す為に近衛佐や季路、仲弓から送られた報告書やデータの確認や精査をしているからより一層更紗木蓮の仕事量は増えている。

 その為、体調管理を任されている短刀たちは互いに相談し、短刀に甘い主が絶対に断れないことを理解したうえで、午後10時には更紗木蓮が就寝しなければならないように仕向けたのだ。それがこの『主、寝よう』というお誘いである。勿論、『寝てね』というだけではない。小夜のパジャマ姿+枕持参で分かるように、同じ布団で更紗木蓮に抱き着いて眠るのだ。これは懐刀として主の傍に侍りたがる性質を持つ短刀にとってはご褒美にも近い任務だった。

 実はこれと同じことが嘗ての右近本丸でも行われていた。当時は今よりも短刀の数も多かったこともあって、1振ではローテーションが中々回ってこないからと2振1組での添い寝だった。だが、今回は短刀は6振。蛍丸も加わるから7振とはいえ薬研と厚の兄貴2振は外れる為5振でのローテーションだ。その分順番が少しだけ早く回ってくるし、一振で主を独占出来る。それだけに主大好きな短刀たちにとってこの夜警当番は誉桜が舞うほどに嬉しいお役目だった。

 当然それは小夜も同じであり、枕を抱えて更紗木蓮を見上げる顔は嬉しそうだった。

 そうして更紗木蓮が小夜に促されて眠りに就いて暫くして、小夜を除く23振が食堂に会していた。こうして夜警添い寝当番以外が更紗木蓮の就寝後に集まるのは初めてではない。初日を除いて2日目から毎日続いていることだった。

「来ましたね」

 太郎が静かに告げる。

「今宵は私ですな」

「いち兄、あれはいち兄じゃない。モドキだ」

 その秀麗な眉を寄せ一期が言えば、骨喰が同位体ではなく擬似体となった鈍らで別物だと窘める。

「さて、今日は俺っちと厚と乱で行ってくる。一応あれも『一期一振』だって言うんならあっちにいねぇ俺っちたちに何か反応するかもしれん」

 そう言って薬研は厚と乱を促して離れを出る。相手が太刀であれば偵察値も低いからと一期、鳴狐、骨喰も陰からついていく。外に出た全員が極でもあり、漸く特が付いた程度の太刀では隠れている彼らを見つけることは出来ないだろう。

 外に出た薬研たちは離れと母屋の境界である生垣まで向かう。其処には結界に攻撃を加える一期一振の擬似体がいた。

「何をしている一期一振モドキ」

 何をしているかなど判り切っているが、夜目が効かず且つ偵察の低い一期一振擬似体は結界越しの目の前に薬研たち3振がいることに気づかなかった。その為、薬研は態々声をかけて己たちを認知させた。

「薬研、厚、乱。お前たちもいたのか」

 一期一振擬似体は攻撃の手を止め、3振を見る。しかし、その眼差しは一期が弟たちを見るものとは違った。明らかにこの擬似体は目の前の弟たちを蔑んでいる。

「お前たちはあんな人間に仕えているのか。やはり、主殿に疎まれただけあって粟田口の恥だな」

 吐き捨てるように言う擬似体に薬研たちは何の感情も刺激されなかった。だが、元は同じ存在である一期は違う。自分の同位体だったものが愛する自慢の弟たちを蔑むなど赦せるものではなかった。この3振の弟たちは紛れもない主殿の懐刀だ。粟田口のみならず本丸の全ての短刀を取り纏めていたのはこの弟たちだ。怒りに我を忘れ飛び出そうとしたのを止めたのは何時も冷静な叔父……ではなく、此方も何時も冷静な弟だった。

「叔父上、いち兄、ダメだ」

 弟の言葉に隣の叔父を見れば、自分に劣らず怒りを露わにしている。

「鳴狐、おこだよ」

「ああ。叔父上、俺だって激おこだ。でも、ダメだ。此処は薬研たちに任せよう」

 怒りを抑える為に態と巫山戯た言葉を使いながら鳴狐は息を付く。鳴狐だって甥たちは可愛い。その可愛い甥を甥の同位体擬きが蔑むなど赦せることではない。だが、骨喰が止めたようにまだ今はことを荒立てるべきではない。

「お前が粟田口を語るな」

「粟田口が汚れる」

「なんちゃっていち兄のくせに」

 怒り心頭な保護者組と違い、言われた弟たちは至極冷静だった。薬研が、厚が、乱が、口々に兄の擬似体を煽る。そして、そっと結界に触れる。それを好機と見たのかなんなのか、一期一振擬きは再び結界への攻撃を仕掛けようとした。

「とっととね」

 3振が異口同音に言った瞬間、攻撃していた一期一振擬似体は弾き飛ばされる。彼らが結界に触れたのは擬似体が夢想したように彼らの兄を求めて結界を壊そうとしたわけではなく、己の力を込めて結界の一時的な強度を上げただけなのだ。そして、その強度を増した結界は擬似体の穢れを纏った剣を弾き飛ばしたのである。

「さて、報告しに戻るか」

 薬研は踵を返し、途中で未だに怒りの冷めやらぬ兄たちを回収する。特に同位体のやって来た一期の怒りはかなりのものだ。

「あれは一期一振じゃない。いち兄は気にするな!」

 一期一振ともあろうものが情けないと怒りを露わにする一期に薬研は苦笑し、兄たちを促して離れの食堂へと戻った。

 薬研たちが食堂へ戻ると、其処には刀剣男士の他に更紗木蓮もいた。実は更紗木蓮も刀剣男士たちがこうして夜毎に集まり母屋の擬似体に対応してくれていることには気づいていたのだ。取り敢えず1ヶ月好きにさせたところでこうして己も参加することにしたのである。

「お疲れ様、薬研、厚、乱ちゃん」

 そう言って3振を労う更紗木蓮の膝の上には小夜がいる。それを前田と愛染、蛍丸は羨ましそうに見ていた。更紗木蓮の膝の上は短刀と蛍丸にとっては特等席である。全短刀も蛍丸も保護者がいるとはいえ、保護者の膝の上よりも主の膝の上のほうが好きだった。それに兄たちも明石もショックを受けてはいたが、刀剣にとっては主こそが全てに勝る存在であることは重々承知しているのでこればかりは仕方ないと諦めてもいた。

「明日の膝の上は蛍君ね」

 短刀たちの羨ましそうな表情に気づいていた更紗木蓮は蛍丸に告げる。明日の添い寝当番は蛍丸だ。つまり、明日からも更紗木蓮はこの集まりに顔を出すし、そのときには添い寝担当を膝に抱っこするというわけである。それが判った途端、前田も愛染も蛍丸も誉桜を散らし、羨まし気な顔をするのを止めた。

「しかし、毎晩毎晩よくも飽きないものだね」

 薬研たちを労い、石切丸が呆れたように言う。初日から毎晩母屋の誰かしらが結界に攻撃を加えている。これまで対応していたのは母屋側に存在を知られていた歌仙と薬研の2振だった。しかし、母屋のこんのすけとの対面で此方に24振の刀剣男士がいることが母屋にばれた。だから、今夜は厚と乱も加わったのである。

「っていうかさー、あいつら何で毎晩毎晩、結界攻撃するんだ?」

 テーブルに肘をつき、足をブラブラさせながら愛染は不思議そうに言う。

「まぁ、『自分たちの本丸』に私たちが我が物顔で居座ってるのが気に食わないんでしょうね」

 母屋側は未だにこの本丸が初代のものだと信じている。とっくの昔に審神者を辞め一般人になっている初代にこの本丸の所有権などないというのにだ。更紗木蓮は政府が認めたこの本丸の主であり、今この本丸を構成する霊力は全て更紗木蓮のものだ。しかしながら、未だに母屋の刀剣男士もこんのすけもこの本丸の主は初代審神者の水仙であり、更紗木蓮を霊力供給機とATMとしか認識していない。

「確かにそれはあるかもしれないませんね。あっちのクズ狐がやたらと高級品ばかり要求するのもその表れでしょう。主が自分たちに奉仕するのは当然だと思っているようですから」

 フンと鼻を鳴らして馬鹿にしたように宗三が応じる。

「自分たちよりも格下の存在、自分たちに奉仕すべき者が主面をしているだけなく、自分たちをいない者かのように扱っているのも不満なのだろうな」

 宗三の言葉に頷きつつ長谷部も言う。

「まぁ、これからも適当に相手をして煽ってやればよい。結界に弾かれればそれだけ力を奪われる。今でさえ満足に霊力供給を受けておらぬ母屋の擬似体だ。無駄に霊力を消費すればそれだけ顕現が解けるのも早くなろう」

 平安爺らしい鷹揚な口調で三日月が言う内容は、声調とは異なって中々に辛辣なものだ。そう、態々刀剣全てが揃ってこの結界攻撃を見守っているのも、攻撃する者を効率よく煽れる者が対応する為だ。そうして無駄に結界を攻撃させ、霊力を消耗させるのが狙いだ。そうすれば、母屋の擬似体が現身を維持出来なくなる日も早くなるだろう。

「ったく、みか爺は仲間には好々爺なくせに敵には容赦ねぇな」

 薬研は苦笑するが、三日月のスタンスは刀剣たちにしてみれば至極当然のことだった。和睦を唱える江雪でさえも母屋との和睦は有り得ないと考えている。

「さて、今日の攻撃だが」

 そう言って、薬研は母屋の一期一振擬似体の様子を報告する。

「えー、弟たちを蔑むとか、それ『一期一振』じゃないよね。一期一振ってのは弟超大好きなブラコンがデフォでしょ。そりゃ武家の長兄らしく厳しい面もあるけど、弟を蔑むとかないって。うちの一期みたいに普段は優しく頼りになるブラコンで、勤めに関しては弟のお手本になって厳しく逞しくってのが『一期一振』の本来の姿だよね。やっぱり、あっちの擬似体は既に中身も歪んでるんだね」

 『一期一振』が弟を蔑ろにするなど有り得ない。もしそんな『一期一振』がいれば、それは一期一振の姿をした別物だ。

「ええ。彼方は中身も我々とは別物です。宗三やお小夜を愛しく思わぬ私などおりませんから」

「全くだ。光坊を下僕みたいに使う俺なんて鶴丸国永じゃないぜ」

 同位体を盗み見たことのある江雪と鶴丸も憮然とした表情で更紗木蓮の見解に同意を示す。

 これまでに母屋の刀剣男士に接した者たちから判断するに、所謂レア度の高いものほど歪みが酷いようだ。

「まだ彼方の俺擬きにはうておらぬが、一期一振や鶴丸国永、江雪左文字でこうであれば俺はもっと歪んでおろうな」

 母屋に同位体がいることが判明している三日月は溜息交じりに言う。現在2334年よりも刀剣男士への理解が深かった100年前でさえ、三日月宗近は色々な風評被害に曝されていた。顕現率の低い三日月宗近は彼を所有していない審神者の妬みによって事実無根の噂をバラまかれたものだ。天下五剣一美しい平安太刀というだけで、『自らの美しさに驕り神格の高さをひけらかす傲慢な神』と一部の審神者の間で信じられていると知ったときはショックを受けた。尤も主である右近が『馬鹿じゃなかろか! うちのみか爺は優しくて頼りになって可愛いおじいちゃんだぞ!!』と怒り捲り、友人知人の審神者たちと『【好々爺】うちのおじいちゃんがこんなにも可愛い【三日月宗近】』というスレを立てると共に政府に誤解を解くようにと殴り込みに行ったくらいだった。

 だが、100年が過ぎると嘗ては風評被害と言われていたものがそうではなくなっているケースも出てきた。擬似体の三日月宗近はまさに100年前に噂されていたような傲慢な個体となっているし、擬似体ではなくとも驕った個体も少なくはない。それを知ったときには共感を得られるであろう万年青おもとの同位体に愚痴を零し、互いに慰めあったものだった。

「如何やら昔と違って今の刀剣男士は審神者による影響がかなり強いようですね。個体差と言えばそれまでですけど、戦嫌いを口実に全く戦場に出ない江雪兄上や主よりも弟を優先する一期一振、主よりも和泉守兼定優先な堀川国広、審神者に愛されることだけを求めるヤンデレな沖田組……そういったモノが増えているようですよ」

 この時代でも更紗木蓮は刀剣男士全員に端末を持たせているからか、早速情報収集にと審神者や刀剣男士の情報交換の場である『さにわちゃんねる』常連となっている宗三は言う。勿論、8割が捏造で占められているという掲示板だけではなく、演練で同位体を見ての宗三の感想だった。そして、更紗木蓮も他の刀剣男士も近衛佐もその宗三の感じたことを同じように感じ取っていた。

「争いは嫌いです。ですが、個人的な思いだけで務めを疎かには致しませんよ。大切なものを守る為には今は剣を振るうしかないのですから」

「確かに弟たちは大切です。ですが私とて武人。忠誠を誓った主殿よりも弟を優先することはありませんぞ。弟が誤ればそれを正すのが兄の役目です。弟たちを慈しみ正しくお使いくださる主殿には感謝しかありません」

「そうですよね。兼さんは大切な相棒ですけど、でもそれは同じ主さんの刀として力を振るうのに一番効率がいい相手というだけです。土方さんに一緒に使ってもらってたから互いの癖が判ってるし、ずっと兼さんのサポート役っていう位置づけだったからそれが自然なだけだし。主さんを蔑ろにするような和泉守兼定だったら大事になんてしませんし。兼さんだって主さんを大切にしない堀川国広を国広なんて呼ばないと思いますよ」

 宗三が例示した3振が今の一部の同位体を有り得ないと否定する。けれど、それは同位体たちの責任ではないことも判っている。顕現した審神者が彼らを『そういうものだ』と思い込んで霊力を注いだからこそ、そういった個体になっているのだ。

「沖田組も酷いもんやき。初めてヤンデレな加州清光を見たときはありゃ誰じゃち思うたもんじゃ。そういや、母屋に加州清光はおらんな。初期刀組やき、普通はおりそうなもんじゃが」

 これまた審神者の思い込みによって新選組と仲が悪いと思われている陸奥も嘗ては同じ初期刀組(祐筆補佐班)として加州清光とはかなり仲が良かった。その加州清光が母屋側にはいないと知ったときには驚いた。いや、加州清光だけではない。母屋には同じ初期刀組のうち歌仙兼定と蜂須賀虎徹もいないのだ。

「そうだねぇ。僕たち初期刀組は打刀の中でも比較的出易い筈だ。でも彼方には加州清光も蜂須賀虎徹も僕もいない」

 正直なところ自分の同位体がいないと知ったときにはホッとしてしまった歌仙である。初期刀である自分の同位体擬きが更紗木蓮を侮辱しようものならその場で同位体擬きの首を落とす自信しかない。

「それをいうなら、僕もです。短刀はドロップオンリー組を除けば腐るほど手に入ります。なのに、母屋には薬研兄も厚兄も乱兄も五虎君も僕もいません」

「左文字でいるのは江雪兄上だけですね。手に入り易い打刀でも歌仙、蜂須賀、加州、鳴狐、僕がいませんし」

 母屋に同位体のいない左文字の弟たちが言う。

「確かに妙だな。限定戦場組のレア度の高い者がいないのは判るんだが……宗三も薬研もいないというのは普通は有り得ないだろう」

 宗三たちの言葉に頷きながら、長谷部は近衛佐に母屋の刀剣データを要求する。それに近衛佐は応じ、空中に母屋の刀帳データを表示する。

「近衛佐、簡易版じゃなくて詳細版にして」

 更紗木蓮が近衛佐に指示する。一般的に刀帳といえば一度でも本丸に顕現したことのある刀剣男士であれば全て表示される。が、これは簡易版と言われるもので、これがある為にコンプリート厨などといわれる審神者も出てくるのだ。

 それに対して詳細版は主に監査部や審神者管理部が使用するデータで、各刀剣男士の顕現時期や現在いる刀剣が何振目なのか、現在いない刀剣が何処で破壊されたのか、刀解されたのかが表示される。

「これ、不自然でも何でもないよ。初代の水仙って審神者、本丸に残す刀剣男士を選んでる」

 その詳細データを確認し、更紗木蓮は呟く。これまで母屋の刀帳を詳しく確認したことはなかった。錬度の確認の為にざっと見た程度で、近衛佐が錬度順にソートしたものを見ただけだった。そのソート順は現在本丸にはいない者が除外されていたから気づかなかったのだ。

 更紗木蓮たちがいないのが不自然だと思っていた刀剣男士は10振。短刀の厚藤四郎・乱藤四郎・五虎退・薬研藤四郎・小夜左文字、打刀の鳴狐・宗三左文字・加州清光・歌仙兼定・蜂須賀虎徹。だが、彼らはこの本丸に顕現していなかったわけではない。全てが顕現後に刀解されているのだ。本丸の運営方針によって顕現する刀剣男士を絞ることは間違いではない。実際に右近時代の更紗木蓮もそうしていたし、政府も無闇に全振り揃える必要はなく、運営方針に従って刀剣男士を顕現することを推奨している。けれど、一旦顕現した刀剣男士を咎がないのに刀解するのはそれとは違う。

「鳴狐と五虎、乱、加州、宗三は直ぐ刀解されてる」

「俺っちと厚、お小夜は大体1週間から10日ってとこだな」

「僕と蜂須賀が一番長く本丸にいるね。とはいっても1月半といったところか。何故彼方の僕たちは刀解されているんだ? 2振目というなら判らなくもないが、刀解された同位体は紛れもなく1体目だし、2振目以降が刀解されたのなら彼方に僕たちの同位体がいる筈だしね」

 比較的入手し易い筈の刀剣男士がいない理由は判った。破壊ではなく刀解されている。だが、その刀解の理由が判らない。

「近衛佐、確か全部のこんのすけは自動で審神者の行動を24時間録画してるんだよね? そのデータって見られる?」

 管狐こんのすけは審神者のサポート式神ではあるが、審神者が正しく業務を行なっているかの監視者でもある。故にこんのすけは審神者の行動を自動で録画している。これはこんのすけが姿を見せていないときでも行われており、正確にいえば本丸が自動で記録したものをこんのすけが集約していることになる。なお、審神者の行動は24時間だが、刀剣男士の行動も本丸内であれば各個人の部屋以外では記録される。

 これらの膨大な映像データはある程度の容量を超えると削除されるのではなく、本丸毎に管理されるデータサーバーに移して保管される。これらのデータは本丸に何か問題が起きたときの貴重な資料である為、誰であっても削除することは出来ない。本丸の主である審神者であろうが、政府職員であろうが削除不可なのだ。これらのデータが削除されるのは本丸解体後10年が経過してからとなり、右近の場合も冷凍睡眠に入った10年後に削除されている。

「この本丸は審神者の代替わりがあったとはいえ解体されたわけではありませんし、まだ当時のデータは残っておりますね。担当官に申請すれば閲覧は可能です」

「じゃあ、この10振が顕現されてから刀解されるまで……刀解後24時間の分まで閲覧申請しておいて」

 恐らくそれで刀解理由は判る筈だと更紗木蓮は近衛佐に指示する。

「畏まりました。では、早速申請しておきます。恐らく明日の午前中には閲覧可能になるかと」

 更紗木蓮の指示を受け、近衛佐は申請をする為に政府へと転移する。今は夜中だが、申請することは可能だ。受理されるのは明日の朝だろうが。因みにこの申請を受けた季路は『今後の為に全部見られるようにしておく』とこの本丸の立ち上げから更紗木蓮着任直前までの映像データ閲覧を可能にしておいたのだった。

「さて、夜更かしは良くないからね。そろそろ皆寝ましょう。さ、小夜ちゃん、行こうか」

 近衛佐が転移したのを確認すると、更紗木蓮は欠伸を1つ。そして、刀剣全振に今日は此処までと釘を刺して、小夜を抱き上げると寝室へと戻る。それを見送り、刀剣男士たちもそれぞれの部屋へと戻っていったのだった。




 近衛佐が映像データの閲覧申請が通ったと知らせてきたのは午前の演練を終えて丁度本丸に戻ってきたときのことだった。

「じゃあ、私は映像の確認をする。その間の指揮は隊長に任せるけど、撤退タイミングだけは間違わないようにね。重傷が1振でも出たら必ず帰還すること」

 勿論、更紗木蓮もモニターを確認するが、基本的な指示は隊長任せだ。現在の主戦場は阿津賀志山と池田屋二階であり、無印組の錬度は漸く50を超えた程度だが、極メンバーも部隊にはいるし特に問題はない。要注意なのは全員極の短刀部隊が赴く延享の江戸城内単距離ルートだが、其処は薬研や厚が確りと管理するからこれも特には問題ないだろう。

 部隊編成を終え、部隊を出陣させた後、更紗木蓮は祐筆の燭台切、近侍の三日月と共に執務室で映像を見ることにした。余り良い予感はしていない為、刀解された刀剣と特に近しい位置にいる粟田口と左文字、歌仙と堀川は同席させない。その配慮が判っているから、こういう場合であれば必ず傍にいる歌仙も薬研も特に異は唱えなかった。

 そして、更紗木蓮は映像を確認する。

「……反吐が出る」

 映像を見、刀解の理由を知った後、更紗木蓮は吐き捨てた。

「呆れたね」

「なんと愚かな女であることか」

 更紗木蓮の言葉に燭台切も三日月も嫌悪感を隠さずに同意する。余りにも呆れ果てた愚かで『審神者』としてあるまじき理由だった。

「叫んでいい?」

「いいと思うよ」

「思う存分叫ぶがよいぞ。この爺が防音結界を張ってやろう」

 不快感を隠しもせず、思いっきり顰めっ面になっている更紗木蓮に燭台切が頷けば、三日月も周りに声が漏れぬようにと防音結界まで張る。

「口煩いって何!? 歌仙も蜂須賀も審神者を思うからこそ、苦言を呈してくれてるんじゃないか! イエスマンしかほしくないってか!? お姫様扱いしてくれない刀剣男士は不要ですかそうですか。そんな刀剣男士なんて要らねぇよ! 審神者はお姫様でもお嬢様でもねーよ! っていうか、お姫様ってのはちゃんと自分の役目判ってるよ! お姫様扱いのお姫様ってのは無能者扱いと同意なんだよ! ああ、てめぇは無能者に間違いねぇよな!!」

「そうさな、本物の姫君は己の役割を理解し家を背負っておる。蝶よ花よと愛でられるだけの者は家を背負う能力がないと同意だなぁ」

「お姫様ごっこは幼稚園までだよね。本丸は幼稚園じゃないし、僕たちは保育士じゃないよ」

「短刀の癖に可愛くないってのはなんだよ!? 短刀は愛玩動物じゃないんだぞ! っていうか、小夜ちゃんの何処が可愛くないんだよ! めっちゃ可愛いだろうが! 薬研だって厚だって可愛いだろうが! 審神者にしか見せない甘えた顔!! 多分、一期だって見たことないぞ!! めっちゃ可愛いんだからな、甘えたになった薬研も厚も! 普段甘えないからこそ滅茶苦茶可愛いんだぞ! 頼りになる短刀兄貴は格好良くて可愛いんだからな! 大人姿なら光忠も裸足で逃げ出す格好良さになるに違いないんだからな! そんな薬研と厚が可愛くないとか有り得んだろうが!」

「うん、彼らはカッコいいね! でも僕も負けてないと思うんだけど?」

「密かに自信家だったのだな、光忠よ」

「動物が嫌いだから? まぁ判らんじゃないよ。だったら、最初から顕現しなきゃいいだろ! 動物苦手だから顕現しませんってちゃんと説明したらいいじゃないか。そういう運営、政府も認めてるだろ。っていうか、お供も虎君たちも正確には動物じゃないからな眷属だからな刀剣男士の一部だからな。お供は謎が多いけど! お供も虎君も亀吉も鵺も本丸の癒しでマスコットでそれ以上に頼りになる仲間なんだからな!」

「あれ、亀吉君って戦ってるっけ?」

「鶴と並べておけば縁起が良いから問題なかろう」

「そういう問題?」

「乱ちゃんが自分より可愛いから気に食わない!? 当たり前だろうが、乱ちゃんは世界一可愛いんだ! 自分より可愛いしコケティッシュでキャラが被るから加州清光がいらない!? キャラ被ってなんてねぇよ! てめぇの何処がコケティッシュなんだよ! こけたティッシュじゃねーんだよ! 加州は世界一可愛くてカッコいいんだよ! てめぇなんて足元にも及ばねぇんだよ! 宗三が綺麗だからって当たり前だろうが! 刀剣男士界を誇る傾国系未亡人だぞ! 中身は猛禽類だけどな! 宗三より美しいとか見たことねぇよ! みか爺もめっちゃ綺麗だけど系統違うしな! でもみか爺よりも太郎さんのほうが美人だと個人的には思ってるけどな!」

「なんと! 俺よりも太郎のほうが主の美的感覚には添うのか! 120年経って初めて知ったぞ」

「突っ込む所は其処?」

「勘違いしまくってんじゃねーよ! 私は世界で一番愛されてるお姫様とかアボカドバナナ!」

「なんでアボカドとバナナ?」

「ネットスラングというやつだ。阿保か馬鹿かという意味らしいぞ」

「おじいちゃん流石に博識だねぇ」

 叫ぶだけ叫んでぜぇぜぇと息をする更紗木蓮に燭台切は冷たい緑茶を渡す。

「少しは気持ちも晴れたかい?」

「少しだけね。理解出来ないし納得出来ないけど。でも、この刀解理由で刀剣たちが納得してるんなら罰することは出来ないしね」

 少なくとも確認した映像で10振は刀解を拒絶はしていなかった。尤も初代の水仙は刀解理由を正しくは告げていない。顕現後直ぐに刀解した5振には『同位体がいる、間違えて顕現してしまった』と告げているし、顕現後時間が経ってからの5振には『うちの本丸運営には合わない』と告げて刀解している。後者に関しては確かにある意味嘘は言っていない。自分を蝶よ花よと持て囃してくれる刀剣男士しか初代の水仙は求めていないのだから、審神者らしくあれと求める彼らは水仙の運営方針には合わないことは間違いない。

「されど、確かに呆れ果てる刀解理由であったな。これで一期一振や江雪左文字が納得しておるのが理解出来ぬ」

 更紗木蓮を落ち着かせ、おやつの大福を勧めながら三日月は溜息をつく。

「みか爺、それは理解出来なくて正解だよ。でも、この初代って霊力そのものは大したことないくせに顕現時の影響力は結構大きいね。見た目が自分の好みの刀剣であればあるほど、その影響力が強くなってるみたい」

 例えば一期一振や江雪左文字は弟や叔父が刀解されることを何の疑問もなく受け入れている。それどころか主に不快な思いをさせたのだから自分たちが斬ったものを、態々刀解してくれた主は慈悲深く優しすぎるとさえ言っていた。その一方で鯰尾藤四郎や骨喰藤四郎は僅かばかりではあるが弟や叔父が刀解されたことを悲しんでいた。

「一期一振や江雪左文字はお気に入りだったんだろうね。頻繁に近侍になってるし」

「鯰尾藤四郎や骨喰藤四郎は近侍経験なしだな。殆ど出陣か遠征だな」

 近衛佐が取り寄せた運営記録を見ながら燭台切と三日月は言う。恐らく更紗木蓮の言った通り、気に入っている刀剣男士ほど歪みが大きい。それは顕現時からそうなのか、或いは審神者の霊力と扱いによる影響なのかは不明だが、それぞれが本来持っている性質から考えれば、顕現時から歪んでいると見たほうが妥当だろうと思われた。

 初代の運営していた頃、刀剣男士の扱いは完全に5つに分かれていた。1つはお気に入り、それからお気に入りの便利道具、戦闘専任、愛玩物、可もなく不可もなく。お気に入りはレア度が高く見た目が初代の好みのもの。お気に入りの便利道具とされたのは見目好く戦闘以外の特技があるもの。戦闘専任は恐らく審神者が気に入らないもの。愛玩物は短刀。可もなく不可もなくは審神者が全く興味関心を持っていないものだろう。他の一般的な本丸に即して考えれば一番刀剣男士らしく扱われていたのは可もなく不可もなくといった扱いの刀剣であり、次いで戦闘専任だろう。戦闘専任とはいえ、怠惰本丸であったから1日に最低限のノルマである1回の出陣しかしておらず、その他の時間はほぼ遠征に出ていたようだが。

「よくもこのようなクソ運営で8年も許されたものだな」

 100年前であれば、こんな運営をしていれば審神者の給与は減俸され基本の半額程度になっていたし、監査部と審神者部から指導が適宜入っていた筈だ。けれど運営記録にはそんな記述はないし、給与も減らされていない。

「これは背後に大きな権力があったとみるのが妥当だろうね。だから、クソ運営も発覚しなかったし、初代退任後の擬似体が見逃されてるんだろう」

 更紗木蓮はこの本丸着任の際の季路を思い出す。今まで上からの圧力で手が出せなかった本丸だと言っていた。更紗木蓮が赴任することによってブラックボックスを開くことが出来ると。

「取り敢えず! 今日は歌仙と鳴狐なき君と薬研と厚と乱ちゃんと宗三と小夜ちゃんの好きなものを晩御飯にしよう!」

「そうだね、腕によりをかけて作るよ」

 改めて初代はクズだと思いながら更紗木蓮が言った言葉に燭台切も頷く。初代の影響によって歪んで顕現した母屋の刀剣男士を哀れに思わないでもないが、だからと言って彼らの存在を許容出来るものでもない。彼らを刀解し真っ新な初代の影響のない状態にして本霊に戻すことがせめてもの情けというところだろう。

 その後、毎晩のミーティングの席で刀解事情を説明された同位体たちは理由は如何あれ歪んだ本丸で歪んだ刀剣男士とならずに済んだのは幸いだったと言った。尤も、同位体本人たちはそうでも、関係者が怒り狂ったのは言うまでもない。特に一期一振と江雪左文字は母屋に殴り込みに行きかけたところを刀剣男士総出で止められていた。




 少しだけ母屋の事情が判明し、更紗木蓮たちの独立に一歩近づくことが出来た。

 けれど、完全にこの本丸から解放され独立する為には、未だ行方の判らぬ27振を見つけ出さねばならなかった。