第3話 審神者短期大学

 審神者短期大学に入学するまでの1ヶ月はそれなりに忙しい日々だった。先ず23世紀とは全く違う電子機器。パソコンのモニターは物理的な姿を消し、空中に展開する半透明なホログラム的な映像がその代わりとなっている。それを指や手の動きで操作し、拡大縮小・移動は自由自在だ。ホログラムパネルも無限に表示出来、取り敢えず更紗さらさ木蓮は5画面程度なら同時に展開して操作することが出来るようになった。キーボードもホログラムで表示されるものが主流だったが、元々更紗木蓮はキーストロークの深い、カチカチと音のするキーボードを好んでいた為、物理的に存在するキーボードをメインに使うことにした。この時代にあっても一定数の懐古厨ともいうべき存在があったことによって、物理的に存在するモニターもキーボードもまだ残されていたのは幸いだった。序でにいえば、パソコン本体ともいうべきHDDはこれまた物理的に存在していた。これだけはやはり如何ともしがたかったらしい。但し、嘗てに比べれば遥かに小型化し、大容量だったが。HDD容量1000TBメモリー800TBなんて数値を聞いたときには乾いた笑いが漏れたほどだ。

 パソコンや携帯電話などの通信機器の扱いに加え、様々な日常生活で使用する生活家電の扱いを覚えつつ、この100年の歴史を学び、あっという間に準備期間の1ヶ月は過ぎていった。

 そして、桜が満開を迎えた頃、更紗木蓮は審神者短期大学に入学した。

 この時代から50年ほど前に審神者育成過程は大きく変化したらしい。それまでは更紗木蓮もよく知る1ヶ月の研修所と1ヶ月の本丸実地研修だったのだが、様々な社会情勢の変化に依り、大きく変わったのだという。寧ろ変わるのがかなり遅く後手に回った感は否めないものだった。

 変化のきっかけは戦争が長期化したことに依り、審神者が結婚し家庭を持つ者が増えたことだった。審神者同士、審神者と政府職員といった夫婦が増え、遺伝的要素もある審神者の霊力を持つ子供が増えたことに依り、早いうちから将来の審神者を確保しておこうという動きが出たのだ。そうして作られたのが4つの養成所だった。

 先ず、最も年齢の幼い者が通うことになるのが、審神者初等学校である。所謂小学校であり、審神者資質のある6歳から12歳の子供が学ぶ学校だ。入学は任意で強制ではない。霊力が高く現世では生きにくい子供の避難場所としても機能している。

 此処では通常の小学校のカリキュラムと共に霊力制御の基礎を学ぶ。審神者になることは強制ではない為、現世の中学へ進学も可能で半数以上は卒業後現世に戻り一般の中学校へと進む。また、審神者の子供も殆どが此処に通う。これは基本的に彼らは本丸で生活している為に現世の学校に通うことが難しいからだった。

 初等学校を卒業後に通うことになるのが現世の中学校に該当する審神者中等学校である。此処は12歳から15歳の少年少女が通うことになり、初等学校と同じく審神者の子供の多くが此処に通う。初等学校よりは詳しく審神者制度について学ぶものの、基本カリキュラムは現世の中学校と変わらない。審神者になることは強制ではない為、現世の高校に進学することも可能で、やはり半数程度は現世の高校へと進学する。

 現世の高校に相当するのが審神者高等学校となり、此処では審神者資質ありの15歳~18歳が学ぶ。現世の普通科高校のカリキュラムと共に審神者教育を受ける。基本的に此処を卒業すると審神者に任官することになる為、資質に問題ありと判定されると退学勧告が為される。

 実質的に審神者となることが前提である為、最終学年である3年の10月に1か月間の本丸実務研修がある。此処で不合格判定が出た場合は、卒業後現世に戻るか審神者短期大学で更に2年学ぶかを選択することになる。

 最後の1つが更紗木蓮が入学する審神者短期大学である。此処は完全に審神者になる為の学校で、最終試験不合格以外で審神者任官拒否は出来ない。高校卒業以降の審神者資質ありの者が通う為、下は16歳から上は還暦過ぎまで幅広い年齢層が共同生活を送りながら学ぶことになる。

 修養期間は2年間で最終学年である2年の2月に1ヶ月の本丸実地研修がある。此処で不合格判定が出た場合は、希望者は政府職員養成カリキュラムへと移行する。尤もこのカリキュラムを受けたからといって必ず政府職員になれるわけではない。不合格判定が出たうち本当に政府職員になれるのは1割にも満たないといわれている。抑々実地研修で不合格判定が出るのは殆どが人格による判定だから、人物に問題ありとされた者が政府職員にあっさりとなれる筈もないのだ。

 なお、審神者専門学校は必ず審神者になることが義務付けられており、此処は防衛大学校と同様軍属扱いとなり、少ないながらも給与が出る。

 これら4つの養成機関は全て全寮制で、長い者であれば12年間親元から離れて暮らすことになる。その寄宿舎は学校と同じく城下町の学術エリアに置かれており、常時1000人ほどが生活をしていた。

 初等学校から高等学校までには一定数の審神者の子女が在籍しているが、その全てが審神者同士、審神者と政府職員、審神者と一般人の子供であり、現世の創作物にありがちな審神者と刀剣男士の子供は一人もいない。この時代になると少数ではあるが審神者と刀剣男士が婚姻を結ぶ例もあった。が、それは『神嫁』『神婿』といった特別なものではなく、人間の法に則っての夫婦関係でしかなく、しかも刀剣側に夫婦としての情愛はなかった。ほぼ全ての夫婦で婚姻を望んだのは審神者側で刀剣男士は『主がそれを望むのであれば、叶えるのも臣下の役目だろう』との認識でしかなかった。主も人間なのだから、一定の年齢になれば伴侶を得たいと望むのも無理からぬこと、夫或いはさいとして主を支えるのもまた刀剣男士の役目の1つだろう、そういった認識で審神者との婚姻を受け入れていたのだ。

 抑々刀剣男士に『恋愛』という概念はない。恋愛は精神的なものと思われがちだが、根底にあるのは種の保存に根差す生殖本能だ。器物である刀剣の意識の強い刀剣男士に種の保存の意識があるわけがない。『主に使われてこその俺たち刀剣だ。子というのは父母の生体情報の複製であろう? つまりは俺たちの写しだな。俺の写しなど出来てしまえば、それは俺が使われなくなるということだ。俺が使えぬようになるから写しが作られるんだからな。そんなことを使われることが至上の喜びである器物が望むと思うか?』というのが本御霊たちの総意だった。子供というものに対しての人間との認識の相違はあるが、それは種族が違うのだから当然だろう。

 とはいえ、刀剣男士と婚姻を結んだ審神者からの妊娠報告がなかったわけではない。但し、その全てが審神者の想像妊娠だった。刀剣男士は『男士』であり生物学的には男性体を取る。しかし、だからといって生殖能力があるわけではない。男性器はあるが、それは排泄器官でしかなく生殖器ではないのだ。つまり、妊娠したと思った審神者と刀剣男士の間には肉体関係はなかった。生殖器を持たない刀剣男士は当然性欲もないのだから当然だ。尤も100パーセントそうだったわけではなく、一部には審神者主導で性的接触を持ったケースもあった。しかし、その場合、早々に夫或いは妻であった刀剣男士が離婚(最悪の場合は刀解)を望み、夫婦関係はあっさりと破綻していた。これもまた、人間と器物との認識の相違による悲喜劇だった。

 刀剣男士と審神者による恋愛・結婚・出産がないことは研修所で必ず学ぶ。こんな授業があることに更紗木蓮は呆れてしまった。更紗木蓮が右近だった時代、刀剣男士に生殖能力がないことも人間のような恋愛感情がないことも常識だったのだ。長い年月を共に過ごすことによって仲間意識や連帯感、忠誠心や信頼、家族的な情愛が生まれることはあった。けれど、其処に惚れた腫れたはなかった。器物らしく『自分を使ってほしい』という独占欲に似たものはあったものの、それは恋愛による独占欲とは違っている。

「この時代の審神者や候補生は俺たち刀剣男士への理解が浅いんだな」

 呆れたように呟いたのは更紗木蓮の懐で刀剣姿に戻ってその授業を聞いていた薬研だった。薬研から話を聞いた歌仙の反応も同様だった。

「100年前にも審神者から一方的に恋慕の情を向けられて戸惑っている者はいたけれどねぇ」

 あの当時審神者や刀剣男士たちの交流の場であった掲示板(通称さにわちゃんねる・さにちゃん)では時折そういった刀剣男士や叶わぬ片恋をしてしまった審神者の立てたスレッドも存在した。そして、審神者は其処で自分の想いを吐き出し、昇華しようとしていた。刀剣男士が自分を自分の望む形で想い返してくれることはないと知っていたからだ。

「うん、この授業1つとってみても今の人間の認識が昔と違ってるのを感じたね。刀剣男士が人間とは次元の違う存在で神の一部だってことを理解してない」

 勿論全てが理解していないわけではない。全てがそうならばこういった授業が存在する筈がないのだ。審神者制度を運用している政府(主に歴史保全省や宮内庁、護歴神社)では当然のこととして認識しているが、一般人はそうではないということだろう。

 更紗木蓮の言葉に歌仙と薬研も神妙に頷く。嘗ては右近もそれで随分苦労した。見た目は人間と全く変わらない刀剣男士だが、その意識や考え方感じ方は人間とは全く違う。刀剣男士は先ず刀剣としての意識を強く持ち、其処に長く愛された付喪神としての意識が続く。神としての意識は其処まで強くない。これは刀剣男士となった分霊が、祀られているのは本御霊であり自分たちはその本霊が遣わした眷族であるという認識を持っていたからだ。

 兎も角、人間である右近と刀剣男士たちの物事に対する認識は似ているものもあれば全く異なるものもあり、特に主要業務である戦闘においてそれは顕著で、その認識の擦り合わせに右近も刀剣男士もかなりの時間をかけたものだった。互いに如何しても譲れぬ一線以外は折り合いをつけ、互いが不満を持たずに済むように何度も何度も話し合いを重ねた。そんなことも今は懐かしい。

 既に更紗木蓮が審神者短期大学に入学してから1年以上が経過している。否、間もなく2年が経過する。あと半月もすれば最終試験に相当する本丸実地研修が行われる。

 この2年は更紗木蓮と歌仙・薬研には驚くことの連続だった。驚くよりも呆れる割合も大きかったが。

 入学して間もなく、更紗木蓮は通称を与えられた。審神者ではない為に審神者号を持たず、また情報秘匿の為現世の名前を名乗るわけにもいかない為、学生時代限定の名を与えられるのだ。更紗木蓮の学年は百官名によって名付けられており、如何やら仲弓ちゅうきゅうが何やら手を回したらしく更紗木蓮の通称は嘗ての審神者号と同じ『右近』となった。

 更紗木蓮が授業を受ける間、薬研は顕現を解き懐刀となり、歌仙は寮内の更紗木蓮の部屋で過ごす。更紗木蓮の教科書や参考書、或いは電子図書館の蔵書を読み込んで現代の審神者制度について学んでいる。

 歌仙も薬研も基本的にその姿を人前に晒すことはない。これは彼らが極個体である故の措置だった。更紗木蓮が歌仙と薬研2振の護衛刀を連れていることはクラスメイトならば知っているが、クラスメイトと人型で接するときには内番服を着ている為に極であることは知られていない。知っているのは親しい友人となった4人だけだ。そのうちの1人は『友人ではない! 貴様と俺は好敵手ライバルだ!』と言い張るが、友人間では『はいはい、ツンデレツンデレ』とスルーされている。

 実は極個体であることは出来るだけ隠すようにと仲弓から言われている。万年青おもとからも出来るだけ知られないほうがいい、知られれば欲望まみれの屑役人に目を付けられるからと注意されていた。その理由が判明したのもとある授業でのことだった。

 この時代、政府は極化することに消極的だった。その理由には顕現術式の変化がある。更紗木蓮が右近だった時代、刀剣男士は顕現した審神者の霊力しか受け付けなかった。顕現した審神者以外の霊力を受ければ刀剣破壊が起こる。そういった術式で刀剣男士は人の身を得ていたのだ。

 しかし、歴史保全戦争が長期化するにつれ、顕現術式を変える流れが出来た。人間である審神者には寿命がある。老齢に依り引退する審神者や天寿を全うした審神者の刀剣男士は全てが本霊に還る。そうすると、歴戦の前線指揮官とその高錬度な強兵が一度に失われてしまうのだ。大勢の審神者の引退・死去が重なった時期があり、一時的に戦線が大きく後退する事態が起きた。それに危機感を抱いた政府は刀剣男士が主を変えることが出来るよう、顕現術式を変更したのだ。

 勿論、この術式変更は本御霊も了承してのことだった。顕現した審神者以外の霊力を受け付けないというのはただの刀剣だった時代には叶わなかった『ただ1人の主の刀剣でありたい』という願いを基にしたものだった。けれど、これだけ戦争が長期化し更に終わりが見えないとあれば、経験を積んだ戦士は貴重な存在でもある。彼らが武器として使われていた時代にも老練な家臣が年若い主君を育て盛り立てていたことも知っている。故に本御霊は『後嗣に受け継がれることに否やはない』と了承した。政府はその言葉を都合よく受け止め、誰でも刀剣男士の引継ぎが出来るように術式を変更したのだ。これによって後に本丸強奪(所謂二次創作でいうところの本丸乗っ取り)や本丸引継ぎなどの問題が起きることになった。

 この術式変更が実施されたのが右近が眠りに就いてから僅か5年後のことだった。それから数十年は顕現主の霊力しか受け付けない刀剣男士と誰の霊力でも受け入れる刀剣男士が混在していた。刀剣男士は主である審神者の引退に際して刀解か引継ぎかを選択出来るようになった。

 しかし、此処で問題になったのが極男士の存在だった。極男士は単に能力値上昇する為のシステムではない。政府が意図していたのはそれだけであったが、刀剣男士たちにとってはそれ以上に重大な意味があった。即ち顕現した審神者の為だけの刀剣男士になるという意味が。極化するとそれまでの嘗ての所有者への想いが変化する個体が多い。それまでは嘗ての主≧現審神者だったものが、嘗ての主≦現審神者になるのである。そうしたいと思うだけの審神者の下でしか極男士は誕生しない。更紗木蓮が右近として生きていた時代であっても条件を満たしながらも極修行に出なかった刀剣男士もいた。大抵は怠惰審神者といわれる政府がお荷物認識をしている審神者の本丸に所属する刀剣男士だった。見捨てて本霊に還るほどではないが、嘗ての主よりも尊重する気にもなれない、そんな審神者だったのだ。

 つまり、極男士は主を変えることを良しとしない。その結果、極男士には術式変更の呪が効かず跳ね除けてしまう。主変更の術式も同様に跳ね除けてしまう。結果、強力な戦力である筈の極男士は刀解するしかないのである。そんな事例が続いた為、政府は極化に関する情報を秘匿するようになった。万屋で販売していた修行道具は姿を消し、各種イベント報酬からも修行道具はなくなった。極稀に嘗ての政府主催イベントを使い回すときにうっかりと報酬に出してしまうこともあったが、審神者からこれはなんだと問い合わせがあっても『今はまだ用途不明です』と回答していた。当然、審神者業務マニュアルや研修所の教科書からも詳しい記述はなくなり、極男士は『嘗ては存在したが、現在は様々な問題が発覚した為実装されていない』と読める文章で説明されるのみだ。実際には『嘗ては存在し今も存在しているが、現在は政府にとって都合の悪い様々な問題が発覚した為、実装されていることは公表されていない』と書かれるのが正しい状況なのだが。

 つまり、更紗木蓮の歌仙と薬研は政府にとっては存在していることが周囲に知れると拙い個体であり、私利私欲で動く屑役人や屑審神者にとってはレア度極の刀剣男士よりも希少で貴重な存在なのだ。故に仲弓も万年青も2振が極であることは隠すように告げたのだった。実際に全刀剣男士が極である万年青の許には何度も金に物を言わせる屑審神者や屑役人から刀剣を売れとの話が持ち掛けられている。当然それは突っぱねているが、鬱陶しいことこの上もない。刀剣の売買は禁じられているので、遠慮なく万年青は話を持ち込んだ役人や審神者の情報を監査部に提供しているが。

 優良審神者として名の知られている万年青であってもそういった輩と無縁ではいられないのである。表向き何の後ろ盾もない一般出身の更紗木蓮が錬度上限の極男士を所有していると知られればどんな難癖をつけられて歌仙と薬研を奪われるか判らない。だから、万年青は更紗木蓮に極男士であることを隠すと同時に刀剣に名づけをするように勧めたのだ。因みに更紗木蓮は審神者短期大学に入学する前に2振にあざなをつけた。歌仙には『樹祈いつき』、薬研には『透流とおる』という名を与えた。それぞれの嘗ての持ち主や特性に合わせて捻り出した名前である。まだ合流していない刀剣男士についても既に候補は考えてある。合流していない刀剣男士たちは更紗木蓮が正式に審神者になった後に返還される予定だった。

「けど、研修先が万年青殿の所で良かったぜ。この時代の審神者の所じゃ、研修になりやしねぇだろ。温過ぎてな」

 研修先の資料として渡された書面を見、薬研が言う。半月後から1か月間行われる本丸実地研修の指導員が決定し、更紗木蓮は万年青の本丸で研修を受けることとなったのだ。これには仲弓と懇意にしている事情に通じている(ぶっちゃけて言えば仲弓の同志である)短期大学の校長と学年主任が絡んでおり、意図的に更紗木蓮の研修先を選んでいる。

「ああ、そうだね。今は優良といわれる審神者でも1日の戦闘数が10戦だというからね。万年青殿の所であればそんなことはないだろうし。主も今のシステムで本丸運営する気はないだろう?」

 薬研の言葉に歌仙も応じる。これもまた授業を受ける中で知ったことだ。嘗ての出陣は本丸と時間の流れが切り離されていた。本丸に組み込まれている出陣システムを使うことによって1戦闘は本丸時間の5分になっていた。けれど、今そのシステムを使用する本丸は殆どないという。大手門を戦場と繋げることで出陣するのが一般的となっており、そうすると本丸と戦場での経過時間は同じになる。すると如何しても1日の出陣数は2回から3回が限度で、戦闘数も10戦出来れば上等となるのだ。戦う時間や移動時間などで1戦闘には30分から1時間ほどかかることになるらしい。

「1日に3出陣とか、全部部隊変えても18振しか出陣出来ないし、凄く不満生まれそうだよね。タヌキとか御手杵ぎね君とか兼さんとかめっちゃ文句言いそう」

 1日に96戦を基本としていた右近の本丸でも全員が毎日出陣出来るわけではなかったから、如何に平等に出陣させるかには頭を悩ませたものだった。祐筆課や戦況分析課といった内勤メインの刀剣男士もいたが、彼らとて月に1度は1日フル出陣で暴れ回る日を設けていたくらいだ。

「万年青殿の本丸は嘗てと同じシステムを使っているからね、安心だよ」

 万年青の所の加州清光と初期刀同士連絡を取り合う歌仙が更に言葉を継ぐ。これは出陣数に限った話ではない。嘗ての本丸システムと現在のシステム──とはいっても現在の本丸にも基本機能として嘗てと同じ出陣及びゲートシステムは組み込まれている。単に審神者がそれを使っていないというだけである──ではゲート機能も大きく違っている。嘗てのシステムでは大手門は政府や万屋街・演練場と本丸を結ぶゲートであり、其処は誰もが通ることの出来る門だった。勿論通行許可は必要だが、一旦ゲートが開いてしまえば許可の下りていないもの、仮令歴史遡行軍であっても本丸に侵入することは可能なのだ。だから、大手門を出陣ゲートとすることは非推奨とされていた。右近の場合は出陣ゲートを審神者執務室に帰還ゲートを手入部屋横に設置していた。出陣ゲートはその本丸に属する刀剣男士とその所有物しか通さない。故に仮令歴史遡行軍や検非違使に追われていたとしてもゲートを通過すれば逃げ切れるし、敵が本丸内に侵入することもない。因みに刀剣男士の所有物にはドロップ刀剣や資材が含まれる。刀装や馬は刀剣男士の装備品として判定される為当然通過可能だ。

「歴史遡行軍による本丸襲撃って増えてるらしいけど、それって絶対大手門を出陣ゲートに使ってるからだと思うんだよね。本丸の座標特定されてるわけじゃなくてさ。報告されてる本丸襲撃って全部部隊帰還と同時に起こってるし」

 嘗ては絶対安全だった本丸も今では違っている。年に1回か2回程度には歴史遡行軍による本丸襲撃が起こっているのだ。しかし、この大手門を出陣ゲートとして使用していることが問題視されたことはないという。

「相変わらず、御上の内部には敵の間者がいるらしいな」

 大手門の出陣ゲート化が問題視されていないのは恐らくそうさせないようにしている者がいるからだろうというのが更紗木蓮と時折連絡を取り合う万年青の見解だ。政府が動かないのなら、審神者内部から意識を変えていかねばならない。本丸と戦場の時間経過リンクを切るのは兎も角として、出陣ゲートに関しては大手門とは切り離すべきだ。取り敢えず、更紗木蓮はその授業の際に教師への質問として問題提起し、幸いにしてクラスメイトたちは本丸着任後大手門を出陣ゲートとして使わないと決めている。

「それを決められただけでも大将が態々学校に通った意味はあったな」

 最初は25の本丸だけだったとしても、数年後にはその25本丸で実地研修を受ける候補生が出る。其処で危険性を指摘し指導すれば更に25の本丸が安全になる。それから数年後には50の本丸で同様の指導が行われ、100の本丸が安全になる。少しずつではあっても本丸が嘗てのような絶対安全圏へと変化していく筈だ。

「審神者の意識改革大事だわ。私だって平和ボケした現代人だった自覚あるけど、今は更に輪をかけて危機意識低いのが多い! それが最前線にいる審神者とその候補生っていうのが泣けてくる」

 万年青や仲弓の苦労が思いやられる事態である。まぁ、2ヶ月もすればその苦労は更紗木蓮とその刀剣男士も味わうことになるのだろうが。

「兎も角、大将が無事審神者に再就任したら、張り切って戦うぜ。2年も戦わねぇと体が鈍って仕方がねぇよ。本丸は以前の所じゃなくて新しい本丸になるっていうから、検非違使は気にしなくていいしな。歌仙の旦那と俺っち以外は錬度が下がっちまってるだろうから出陣しまくりたいだろうしなぁ」

 仲間が戻ってくればいきなり51振でスタートだ。恐らく49振は極の錬度1になっていることだろうから、当面はその錬度上げになる。維新の函館で極男士って……と笑いが漏れてしまう。

「万年青さんが歌仙と薬研も出陣したいなら組み込んでくれるって。正式な本丸着任前に戦闘の勘を取り戻したいだろうから遠慮しなくていいって仰ってくださったわよ」

「それは有難いね。薬研や主の御友人の護衛刀との鍛錬だけでは勘を取り戻すには至らないしね。やはり戦場に出なければね」

 更紗木蓮の友人のうち2人が護衛刀を所有している。一人は政府高官の娘で親類の審神者から刀剣を譲り受け、もう一人は代々審神者に就任している神職の家系出身者で自身で顕現した刀剣を護衛としている。因みにこの神職の家系出身の友人がツンデレ扱いされている人物である。その彼らの刀剣男士と手合わせはしているが、何方も初期刀となる打刀(加州清光と蜂須賀虎徹)と懐刀の短刀(乱藤四郎と平野藤四郎)の為、刀種の違いによる戦い方のバリエーションも少なく、単調になりがちだった。早く戦場に出たいというのは6振共通の思いで、いっそ6振(幸いにして1部隊分揃っている)で出陣出来ないかと相談したものの、流石にそれは許可が下りなかった。

 如何やら万年青はそういった学生時代の護衛刀の不満を当時の護衛だった加州清光と平野藤四郎から聞いていたらしく、更紗木蓮に研修中に歌仙と薬研の出陣を打診してくれたのだ。

「万年青さんは今でも優良審神者として認められてるし、昔は白木蓮様と並んで白菊様の副官として審神者軍の副司令官だったし、色々学ばせていただけそうだよね。結局右近だった頃は最後まで戦術は皆に頼りっぱなしだったし」

 全てを刀剣男士に任せていたわけではないが、常に相談はしていた。審神者の、司令官の役割は責任を取ることだと認識していた右近は自分の不得意分野で優れているものの力を借りることを躊躇わなかった。だから野戦では黒田組をはじめとした将の刀剣だった者たちに、市街戦では新選組や陸奥守吉行に意見を求めていた。室内戦では勿論短刀と脇差に。その方針が間違っているとは思っていないが、もっと戦術に明るければ刀剣男士たちの負担は軽くなっていただろうとも思っている。

「うーん、大将はあのまんまでいいと思うんだがな。厚も長谷部も大将に頼られるのが嬉しかったらしいし、何時大将に聞かれてもいいように黒田組や織田・伊達・北条の奴らと意見交換してたしな」

 刀剣としての戦闘以外に求められるものがあるというのは刀剣男士たちにとっては嬉しいものだった。燭台切光忠や堀川国広であれば家政、へし切長谷部や厚藤四郎、和泉守兼定であれば参謀役、平安爺たちであれば本丸と審神者の保護者。そういった自分たちだけにしか出来ない役割があり、それを果たせることは戦場いくさばで誉を取るよりも嬉しいことだったのだ。

「そっか……。皆私に甘いよねぇ」

「その自覚はあるよ。でも職務においては甘やかしていないから問題はないだろう? ああ、でも、再集合したら皆以前にも増して甘くなるかもしれないね。離れていたこともあるし、主の見た目が幼くなっているから、余計に庇護欲をそそるかもしれない」

 数百年から千年以上の時を経てきた付喪神たる刀剣男士からすれば18歳も48歳も大きな違いはない。けれどやはり見た目の印象というものはある。成人した女性でありある意味おっかさん的な雰囲気のあった右近は、今では歌仙の必死の頑張りによって見た目は十人並みの容姿とはいえ可憐な少女だ(口を開けば嘗てと大差のないおっかさんだが)。そんな今の主の姿を見れば、元から審神者を孫のように溺愛していた平安爺たちは更に保護者度合いが増すことだろう。

「ま、全ては研修所を卒業して本丸に着任してからだね。早く皆に会いたいな」

 研修が終わり正式に審神者になって本丸に着任すれば預けていた刀剣たちは返還される。その日が待ち遠しい。全刀剣が揃って嘗てのように闘いの日々と心安らぐ日常を送りたいと更紗木蓮は願った。けれど、その更紗木蓮の望みは当分叶えられないことをこのときの彼女が知る由もなかった。




 そんな会話をしてから半月後、更紗木蓮は最終試験となる本丸実地研修に赴いた。歌仙と薬研は人の身を解いている。

 本来実地研修に向かう研修生の護衛刀は正装でもある戦装束で赴くことになるのだが、歌仙と薬研がそうすれば極であることが判ってしまう。研修先の万年青はそれを知っているから問題はないが、其処まで付き添う臨時担任である教師は知らない。校長と学年主任は協力者である為に知っているが、臨時担任は飽くまでも挨拶をするまでの付き添いでしかなく、普段は隔週で1回行われる選択授業の講師でしかない男を更紗木蓮は信用していない。政府職員は全て黒役人などという気はない。役人の殆どは白かほぼ白な灰色だと認識しているものの、嘗ての担当官丙之五や彼の直属の部下に対するほどの信頼を持っていないのも事実だ。だから、情報を明かさないのは当然だ。特にこの臨時担任は刀剣男士をレア度で判断する阿呆で、やたらと短刀をはじめとするコモン刀剣を馬鹿にしていた。そのコモン刀剣だけの護衛刀を持つ研修生が3人もいる教室でよくそんなことが言えたものだと感心したが、全員が護衛刀は刀剣状態で懐に入れていたから、気づいていなかったのだろう。因みにそんな講師だからクラスの全員から侮られ嫌われていた。尤もそれに気づけない程度には鈍感で対人能力のない男だったからレア刀至上主義を堂々と口に出来ていたのだろうが。

 如何やら万年青もこの男を知っていたらしく、挨拶も適当に切り上げさせ本丸から追い出していた。部外者の目がなくなると万年青は途端に余所行きの仮面を外して親し気な様子で更紗木蓮に歌仙たちを顕現するように言った。

「さて、今更女史に審神者の何たるかなんぞ説明は必要ないな。研修というよりは儂の補佐をする心算でいてくれ」

 万年青は彼女たちをこの1ヶ月の住まいとなる離れへと案内しながらそう言った。

 これからの1ヶ月は嘗てとは異なっている各種機器類の扱い方や書類作成について実践形式で総復習するのが目的だ。歌仙と薬研が出陣するときには采配も任せてくれるという。これも2年間で鈍ったであろう実戦の勘を取り戻せということだろう。

「まぁ、女史の歌仙も薬研も錬度上限だし、うちの奴らもそうだからな。よっぽど無茶な采配をしない限り悪くても軽傷寄りの中傷程度だろう。安心して勘を取り戻せばいい」

「ありがとうございます。でも万年青さんの刀剣男士は納得なさってますか? 主以外が采配を振るうことを」

 基本的に刀剣男士は主以外には従わない。それを納得しているのかと更紗木蓮は尋ねる。

「何を言っておる。お前さんだって前は散々研修生を受け入れておっただろうが。そのときに実戦も経験させておるだろう。お前さんの刀剣は文句を言ったか?」

 言われてみればそうだ。主以外が采配を振るうことに不満はあれど刀剣男士がそれに文句をつけたことはない。それが主の業務に必要なことである限り、不本意ではあっても刀剣男士はそれを了承してくれるのだ。

「儂はこの時代でも研修生を何人も受け入れておるからな。刀剣たちも慣れておる。それにお前さんは全くのド素人じゃない。寧ろ儂と肩を並べるベテランのトップランカーだった審神者だ。奴らも儂ではないベテランの采配を楽しみにしておるぞ」

「それはそれでプレッシャーですね」

 因みに万年青の刀剣男士たちが今回の研修生受け入れに対しては常になく喜んでいたことも万年青は話してくれた。というのも、大ベテラン(この時代ではまだ12年目だが、『前』も合わせれば審神者歴30年以上になる)故にこの本丸に送られてくる研修生は問題児が多い。はっきりと言ってしまえば本丸乗っ取り目的の研修生が大半だ。今更呪具に惑わされたり色仕掛けや虚言に翻弄されたりするほど薄い主従関係でもないから、呪具テンコ盛りの乗っ取り狙いが来ても何の問題もなく性根を叩き直して送り返してはいるが。

 しかし、今回はそんな面倒は一切ないことが判っている研修生だ。刀剣たちも一部とはいえ100年前に交流を持っていた者もいる。100年前の気概に満ちていた審神者とその刀剣男士、歴史保全戦争を知る者と1ヶ月だけとはいえ共に生活することを、万年青もその刀剣男士も密かにこの研修を楽しみにしていたのだ。彼らは現状の審神者同僚にも刀剣男士同位体にもかなり鬱憤が溜まっている。漸く自本丸以外にも共感してくれる者が現れてくれたと思えば嬉しくもなる。だからだろう、2年前右近が目覚め更紗木蓮として審神者短期大学に入学したとき、万年青は自分の刀剣男士に2年後の2月には彼女が見習いとしてくるから楽しみにしていろなどとかなり先走ったことを告げたくらいだった。

 結局、この日から1ヶ月、更紗木蓮は審神者業リハビリと称して殆どの業務を代行することになった。例外は研修生に禁じられている鍛刀と手入れだけだ。万年青は万年青で一応監督という名の見学はしていたものの、大抵は執務室で読書をするか刀剣の誰かと将棋を指していた。『久々の長期休暇といったところか』なんてことを言って近侍に呆れられていたが。

 ともあれ、更紗木蓮の本丸実地研修は何の問題もなく、寧ろかなり良い評価を得て終了することになった。あとは1ヶ月の総括期間を終え審神者として本丸に着任する日を待つだけだ。

 しかし、この研修での高評価が思いがけない展開へと更紗木蓮たちを導くことになるのだった。