本丸の休日

 肥後国のとある本丸──審神者ID:003PF01789(号:右近)の本丸は週休2日制を導入している。基本的に審神者の本丸着任は現世の月曜日となっていることもあり、カレンダーは現世のものが通用する為、官公庁の休みと合わせて土日休みとしている。

 この本丸は平日の出陣時間を午前9時から12時、午後1時から6時と定め、1日に8時間の出陣・遠征を行なう。8時間を超える遠征を行なった場合、その翌日がオーバー時間分休みとなる。12時間遠征ならば4時間、24時間遠征なら丸2日休みといった具合だ。

 出陣に関しては日課の為の対検非違使部隊3時間、第1部隊3時間、不在刀剣発掘部隊2時間のローテーションである。戦場と本丸では時間の流れが異なる為、出撃部隊の労働時間の正確なところは判らないが、大体本丸の1時間が戦場の2時間半から3時間といったところらしい。

 ともかく、この本丸では出撃部隊・遠征部隊ともにキッチリと働いている。尤も刀剣男士はローテーションを組んでいる為本丸での休憩時間も多い。しかし、そこは働いている主の為に! と内番や家事労働に勤しんでいる。当該本丸の刀剣男士はいつお嫁に出しても恥ずかしくないくらい、炊事洗濯掃除を完璧にこなしているのである。

 しかし、毎日が毎日それでは体も心も疲れ切ってしまう。生活にはメリハリが必要だ。平日はキッチリ働く分、休日はのんびり過ごす。とはいえ、のんびり=ゴロゴロダララダではないところが、刀剣男士である。






「これより第4回青空ドッヂボール大会を開催します!」

 審神者の力強い宣言に拍手が起こる。出場選手──この本丸の刀剣男士全40振りは8つのチームに分かれ、それぞれお揃いのTシャツとハーフパンツに身を包んでいる。足許もお揃いのスニーカーである。チームごとに色違いのビブスを付け、きちんと5人ずつ8列に整列し、試合開始を今か今かと待っている様子だ。

 こんのすけと担当官はその様子をビデオカメラに収めている。この本丸のレクリエーションイベントは歴史保全省歴史改竄対策局審神者部実働補助課の職員に人気がある。見目麗しい刀剣男士たちが和気藹々と遊んでいる姿は、日々の業務でささくれ立った心を癒してくれる。これが1日にノルマの10戦しかしないピュアホワイト(笑)本丸であれば職員たちは『遊んでるヒマあるなら戦えや!!』と怒り狂うであろうが、この本丸は1日に100戦近くをこなす優良本丸である。レア刀剣こそ少ないないが、40振りの刀剣男士が集い、概ねその錬度も高い。その上、こうしてレクリエーション大会が出来るほど刀剣男士と審神者の関係も良好なのだ。職員にしてみれば理想的な本丸の1つがここなのである。

 刀剣男士と審神者の関係が良好な本丸はここに限った話ではない。寧ろ良好ではない本丸を探すほうが難しい。元々付喪神はその発生から人間の愛情がなければ成立しない。人間が作り、愛情(愛着)を以って扱い、壊れることなく長い歳月を経たからこそ、付喪神となるのである。刀剣の付喪神たる刀剣男士も初めから人間に好意的だ。

 一方の審神者もそんな刀剣男士の好意と信頼に応えられる人物が選定されている。好意を受け取り正しく返すことの出来る感謝と献身と思いやりを持つ、ごく普通の人間ということである。尤も、その応え方や認識の違いによって『ピュアホワイト(笑)本丸』なんて政府が予想もしていなかった怠惰本丸が出来てしまったのだが。結果、政府が望む戦績(1日に50戦)を示してくれる本丸は全体の5割弱、政府が望む以上の戦績を上げてくれる本丸は1割未満だった。飽くまでもノルマ10戦は最低限誰でも出来るという数値を設定している。他の職業を持つ者や主婦などの兼業審神者を想定しての数値だった。つまり、本業の片手間に出来る数値がノルマ10戦である。戦争指揮が本業の片手間というのも問題があるだろうということ、審神者と周囲の安全対策ということで結局審神者は専業のみとなったのだが、ノルマの数値はそのまま残された。ぶっちゃけ不安だらけで刀剣男士数も少ないド新人審神者に資材を支給する為の口実としての数値でしかないのだ。何しろ普通にやれば1時間弱で達成出来るノルマだった。ちなみに政府は現在審神者着任期間と刀剣男士数によってノルマの数値を段階的に上げる計画を立てている。

 そんな政府の事情は今のこの本丸には関係ない。話を青空ドッヂボール大会に戻そう。

「まずは短刀い組対大太刀・薙刀連合」

 審神者の声に短刀たちの元気な声が応じる。

 今回のドッヂボール大会は刀種別対抗戦だ。

 短刀い組:薬研藤四郎・前田藤四郎・愛染国俊・今剣・五虎退

 短刀ろ組:厚藤四郎・乱藤四郎・平野藤四郎・小夜左文字・秋田藤四郎

 脇差組:にっかり青江・骨喰藤四郎・鯰尾藤四郎・堀川国広・浦島虎徹

 打刀い組:歌仙兼定・大和守安定・加州清光・和泉守兼定・長曾祢虎徹

 打刀ろ組:山姥切国広・同田貫正国・蜂須賀虎徹・大倶利伽羅・御手杵

 打刀は組:鳴狐・宗三左文字・陸奥守吉行・へし切長谷部・蜻蛉切

 太刀組:燭台切光忠・山伏国広・獅子王・一期一振・江雪左文字

 大太刀組:太郎太刀・石切丸・蛍丸・次郎太刀・岩融

 なお、槍と薙刀は人数の関係上、他刀種チームへ分かれている。

 この刀種別対抗戦という決定には一部刀種から盛大なブーイングが起きた。主に機動に劣る太刀・大太刀から。しかし審神者は取り合わなかった。機動で劣るというのならその統率と衝力を活かして勝ち残れと。

 それに刀種対抗戦なのは今回だけだ。これまでにも刀派別、生年時代別、リーダーのみ決めてのスカウト戦とやってきている。偶にはこんな刀種毎の交流を深めるものもいいではないか。ちなみにスカウト戦では脇差争奪戦となっていた。

「よし、勝つぞー!」

「だいたちにはまけられませんからね!」

「祭りだ祭りだー!」

 短刀い組は意気揚々とコートに入っていく。短刀い組は優勝候補の一角である。

「勝てる気がしないね」

「りーぐ戦ではないのが救いでしょうか」

「それだと全敗ってこともあるからねぇ」

 逆に大太刀・薙刀連合の足は重い。短刀の機動に勝てる気がしない。脇差組に当たらなかっただけマシかもしれない。脇差組と1回戦であたる太刀組に心の中で合掌する。

 試合開始はジャンプボールから。そこには身長差約80センチの相棒たちがいた。

「ふふ。たとえ岩融があいてでもてかげんはしませんよ」

「ガハハ、望むところだ」

 高く投げられたボール。主審は長谷部である。正確にどちらかへの偏りもなく垂直にボールは上昇していく。

「どっせーい」

 飛び上がる岩融。

「なんの! まけませんよ!!」

 負けじと飛ぶ今剣。しかし、身長差80センチは如何ともしがたかった。岩融はボールを弾き、自陣内野へと落とす。ワンバウンドでボールを取ったのは蛍丸。

「行くよー!」

 まずはちょこまかと厄介な今剣目掛けてボールを投げる。ゴウゥッと人間界のドッヂボールであれば有り得ない音を立ててボールが飛んで行く。それを今剣は躱す。

「蛍丸、すこしはてかげんしてください。あたったらちゅうしょうになるところでした!!」

 もの凄い風圧とともに横を通り過ぎたボールに今剣は抗議する。それを難なくキャッチしていた石切丸の統率は凄い。流石大太刀なんてことを逃げ回りながら短刀は思う。

「重傷にしなきゃいいってルールじゃん!」

 ベーっと舌を出し、蛍丸は言い返す。

「蛍のヤツむかつくー!」

 兄貴分なのか弟分なのか不明の愛染がそんな蛍丸に闘志を燃やす。その間にもボールはギュゥゥゥンと唸りながら内野と外野を行ったり来たり。凄まじい高速で縦横無尽にコートを飛び交う。

 大太刀組にボールを持たせたままでは勝てない。キャプテンの薬研は思案する。一度ボールを奪ってしまえばこちらのもの。伊達に1ヶ月前から練習していない。連携はばっちりだ。ではどうやってボールを奪う? 素早く思考を巡らす。ボールを避けながら今剣に近づくと耳打ちする。

「りょーかいです。薬研をあうとにはさせませんよ!」

 ニヤリと笑って今剣は頷く。その表情はまさに平安刀である。見た目最年少は中身最年長(の1人)なのだ。

 程なくチャンスはやってきた。一番最近本丸にやってきた次郎太刀(24)。( )は年齢ではない。錬度である。まだ特の付いていない次郎太刀がボールを投げる。それに薬研は自らあたりに行く。大太刀の中では一番力が弱い次郎太刀だからこそ選べる戦法だった。体勢を巧く整え、ボールの勢いを緩和し、横ではなく上方にボールを撥ね上げる。

「薬研をまもりますよ!!」

 そう叫ぶと今剣はジャンプし空中で見事にボールをキャッチした。そう、ドッヂボールは中っただけではアウトではない。ボールが地面に着くか自陣から出て初めてアウトになる。その前に味方の内野がボールをキャッチすればセーフなのだ。

 キャプテンの薬研が身を挺してまでボールを奪った。このチャンスを逃してなるものか! 短刀い組は闘志を轟々と燃やした。

 そしてその機動と隠蔽を活かし、素早くパスを回す。機動も偵察も低い大太刀ではそのボールを目で負うことすら出来ず次々とアウトになっていく。ちなみに見学組でもはっきりと視認出来ていたのは短刀・脇差・打刀の一部だけだった。他の者(審神者・担当官・こんのすけ含む)はただギュイィィィンというボールの飛ぶ音とボールがぶつかり悲鳴を上げる大太刀の声を聞くことしか出来なかった。

 5分後、最後まで逃げ回り善戦した岩融が相棒の放ったボールでアウトとなり、5対0で短刀い組の勝利となったのである。






(この世は地獄です……)

 目の前で繰り広げられる戦いを見遣り、江雪は心の中で呟いた。

(兄弟で相争うなど……)

 現在行なわれているのは短刀ろ組と打刀は組の対戦だ。どちらにも弟がいる。小夜が生き生きと跳び回っている。その彼をいつもの気怠るげな様子を微塵も感じさせぬ宗三がボールで執拗に狙っている。このどちらかが斃れたとき、勝敗は決する。

(ああ……和睦の道はないのでしょうか)

 ない。

「江雪君、現実逃避はやめようか。次は僕たちの出番だよ」

 次の対戦──優勝の最有力候補・脇差組との戦いから目を逸らしていた江雪は燭台切に肩を叩かれ、現実を直視することとなったのだった。

 ちなみに短刀ろ組と打刀は組の対戦は長谷部(外野)からのパスを受け損ねた宗三の自滅で幕を閉じた。その後長谷部と宗三はギャンギャンと喧嘩をし、切れた審神者の命により大太刀によって拘束されていた。






 そして、ついに決勝。勝ち進んだのはダークホース打刀い組(新撰組+兼定)と大本命脇差組であった。

「いいなぁ、あっち、新撰組揃ってる」

 新撰組刀剣で唯一チームが異なる堀川国広がポツリと呟く。まぁ、前回のスカウト制自由編成では新撰組刀剣5人でチームを作ったのだが。

「おや、君はここまで共に戦った僕らを捨てるのかい?」

「いいえ! 新撰組刀剣は僕以外打刀だから仕方ないよね! さぁ、あと1つで優勝です。脇差の力見せてやりましょうね」

 青江の言葉を明るく否定すると、堀川はにっこりと笑った。






 それは凄まじい戦いだった。脇差・打刀ともに普段から投石兵を積んで戦っている投擲のエキスパートたちである。

 ギュイィーン、ズギューン、ズバーン。凄まじい音が本丸の庭に響く。

「首落ちて死ね!」

「遅いよ!」

「オーラオラオラァ!」

「そーら目潰しだ!」

「でぇりゃあ!」

「ガハッ…」

「オラオラオラッ!」

 キラキラと輝く爽やかな笑顔で新撰組がボールの応酬をする。歌仙と粟田口ツインズ、青江、浦島は殆ど蚊帳の外である。物騒な掛け声と凄まじいボールの轟音とは裏腹に、新撰組刀剣の表情は煌めいている。

「沖田譲りの、冴えた一撃!」

 なんで会心の一撃出した、大和守。

「今宵のおれは血に飢えている…ってな」

 誰だ、真剣必殺出した奴は。心の中で敢えて名前を言わずに審神者は突っ込む。

「こんの野郎…! ぶっ殺してやる!」

 だから、真剣必殺連鎖発動すんな。これは戦じゃない、ドッヂボールだ!

「兼さんがああだから、僕は怒らないようにしたいんだけど…ッ!」

 なんで敵に釣られて真剣必殺連鎖発動するかな、堀川。ほら、骨喰が引いてるぞ。審神者の心の中はツッコミが怒濤のように湧いていた。

「兼さん、ったよ!」

 堀川が和泉守にボールを中て、アウトにする。いつもの誉を喜ぶ声が何か物騒なことになっている。それ、兼さんをヤったって意味だよなと審神者は遠い目をした。

「……平和、ですねぇ」

「まぁ、休日ですし」

 ズズーっと茶を啜りながら審神者と担当官は会話する。

 白熱した対戦を既に敗退した刀剣男士たちが応援している。声援が脇差組に多いのは粟田口2人がいる所為だろう。山姥切と山伏も兄弟を応援し、両チームに兄と弟のいる蜂須賀は兄1:弟9の比率で声援を送っている。

「次回は何をやる予定ですか?」

「まだ考えてません。でも今度は室内で出来るものかな。百人一首は畳がボロボロになるから除外するとして、トランプかなぁ。ああ、またババ抜き最弱王決定戦とかいいかも」

 前回は顔に出やすい五虎退と和泉守と鳴狐(お付が出やすい)と獅子王による決勝戦となっていた。

 室外遊戯では審神者も担当官も参加することは出来ない。冗談抜きで慣用句表現ではなく骨が折れてしまう。でも室内遊戯であれば参加可能だ。

「そのときには私も参加しますから、是非呼んでくださいねー。あ、多分、実働補助課から中継要請出ると思いますけど」

「了解でーす」

 まだまだ決着のつきそうにない決勝戦を眺めながら、審神者は平和な休日を満喫したのであった。