Episode_Final(if) 花は花なれ人も人なれ(歌仙兼定視点)

 やぁ、丙之五殿、ご足労頂いて申し訳ないね。

 では、あちらへ赴く前に報告を聞こう。どれほどのことが判ったんだい?

 敵の間者は全て捕まった? それは重畳。最低限の報告は出来るわけだね。

 ああ、あの日のことか……ご家族には全てをお話しするわけにはいかないからね。守秘義務だったかな? 国家機密とやらだろう? それにご家族にとっては200年以上未来の話だ。話してはいけないのだったね。

 そういえば貴殿にもあの日のことは詳しく話してはいなかったかな。まだあのときは冷静ではなかったし、改めて話すとしようか。

 そう、あの日は初めて緊急の救援要請が入ったんだ。昨年度から僕らの本丸は救難支援本丸に指定されていたからね。まさか出動が現実に起こるとは思っていなかったけれど。

 主の弟子である磨祈まきの本丸からの救援要請だった。本丸襲撃ならば政府を通しての要請になるし、不審に思って準備を整えて警戒してゲート前に集まり、磨祈本丸へと接続しようとしたときにこちらの許可なく強制的に接続されて強制開門させられたんだ。そのタイミングだったのは不幸中の幸いというものかもしれないね。

 開門と同時に遡行軍が押し入ってきた。恐らく10部隊はいただろうか。

 咄嗟に光忠が指示を出して緊急時に大手門担当となる3部隊に対応させたんだ。幸い磨祈が出陣要請をしていたから全員戦装束で刀装もお守りも所持していたんでね、直ぐに対応可能だった。

 貴殿も知っての通り、うちでは緊急時の部隊を編成していた。その中で敵の排出口となるであろう大手門前は指揮官を光忠に据えた3部隊が担当していたんだ。

 彼らが敵を抑えているうちに三日月を指揮官とした庭園担当の3部隊を残し、僕たちは北の対屋を目指した。主と総司令の僕、主の護衛である薬研、各部の指揮官は執務室へ入り、短刀2部隊が北の対屋の守備を、脇差打刀中心の3部隊が寝殿の警備についた。直ぐにこんのすけが全モニターを部屋中に展開して、各指揮官がそのモニターに映し出される状況を見ながら指揮を執ったよ。

 ん? 今後の参考に部隊編成を知りたい? 今後などないようにしてもらいたいものだが、まあいいだろう。

 まず北の対屋の執務室周辺は指揮官は厚藤四郎を指揮官として、A班は隊長が後藤藤四郎、隊員に平野藤四郎・太鼓鐘貞宗・信濃藤四郎・博多藤四郎・毛利藤四郎。B班は不動行光が隊長で、秋田藤四郎・愛染国俊・五虎退・今剣・謙信景光。

 次に寝殿は3班。指揮官は鳴狐。A班は骨喰藤四郎が隊長で、宗三左文字・前田藤四郎・乱藤四郎・小夜左文字・包丁藤四郎、B班は隊長が蜂須賀虎徹で浦島虎徹・肥前忠広・南海太郎朝尊・源清麿・水心子正秀。C班は長曽祢虎徹が隊長で堀川国広・大和守安定・加州清光・和泉守兼定・山姥切国広。B班は虎徹兄弟以外は顕現して日が浅いから他2班の補助がメインだった。

 それから大手門前。指揮官は燭台切光忠で打撃力の強い者を中心に組んだ。A班は太郎太刀が隊長で、大倶利伽羅・千子村正・大包平・鶯丸・山伏国広。B班は隊長が江雪左文字で蛍丸・同田貫正国・数珠丸恒次・小竜景光・獅子王。C班は隊長がへし切長谷部、大般若長光・次郎太刀・明石国行・豊前江・篭手切江。

 そして、一番広範囲をカバーするのが庭園中心の三日月宗近を指揮官とする3部隊だった。A班は隊長が髭切で石切丸・蜻蛉切・物吉貞宗・亀甲貞宗・膝丸。B班は隊長が鶴丸国永で岩融・御手杵・にっかり青江・陸奥守吉行・小狐丸。C班は隊長が一期一振で巴形薙刀・日本号・鯰尾藤四郎・南泉一文字・小烏丸だったよ。

 ただこれは日頃の仲の良さや連携を考えて組んだ編成だったからね。他所の本丸で巧く機能するかは判らないよ。そもそもこんな緊急時編成など出番がないほうがいいんだ。

 さて、話を続けようか。

 主は勿論、緊急通報をしようとした。けれど、出来なかったんだ。マニュアルに示されている3つのどれも出来なかった。こんのすけエスケープすら使えなかったんだ。当然、執務室と私室を繋ぐ扉が脱出ゲートへと変化することもなかった。これについては後ほどご説明願えるかい、丙之五殿。

 こんのすけは必死に救援要請を送り続け、こんのすけのネットワークで情報収集をしてくれた。だから漸くこの襲撃が複数の本丸で起こっている非常事態なのだと判った。幸いにもまだ襲撃を受けていない本丸もあった。そしてその時点で襲撃を受けていたのが嘗て審神者会議に召集されていた戦績優秀本丸だったということも判ったんだ。

 だから主は決断した。出来るだけ長く戦うこと、出来るだけ多くの敵をこの本丸に引き付けることをね。そうすることで遡行軍が他の本丸に流れることを防げるのではないか、政府が対策を取る時間を作れるのではないかと。恐らく、このときに主は本丸と己がこの戦いの礎になることを覚悟したのだと思う。

 そうか。主の狙いは間違っていなかったんだね。壊滅した本丸にいた遡行軍は次の本丸へと襲い掛かったのか。ではうちが壊滅していたら、うちから繋がる佐登のところが危なかったかもしれないんだね。

 激戦だったよ。襲撃してきた遡行軍は恐らく延享か青野原相当。極可能な者は全員極になっていたし、初期実装の打刀まではほぼ全員が極カンストしていたにも拘らず、この惨状だからね。主は常に手入部屋に霊力を送っていたし、手入部屋だけでなく手入小妖精と霊珠も使った。最前線を担っていた者たちは何度もお守りを使うことになった。

 やがて手入が間に合わず、お守りもなくなり、折れる刀が出始めた。最初は水心子だったよ。無理もない。彼は来て間もなかった。つい数日前に漸く錬度上限に達したばかりだった。絶対的な経験が不足していたからね。非極の刀たちが折れ、戦力を補うために僕と薬研を残して指揮官も戦場へと出た。

 漸く救援部隊が来たのは、襲撃から二刻或いは三刻経ったころかい? どれだけの時間が経過していたかなんて僕らには判らないよ。わずかばかり残った刀剣が必死に執務室の前で主を守っているときに漸く佐登と幾人かの審神者が4部隊ずつ連れてやって来てくれたんだ。あと10分も遅ければ、この本丸は壊滅してただろうね。

 生き残っていたのは僕と薬研、三日月と般若と宗三だけだった。72振いたのに、たった5振だけだったんだ。

 しかも、僕らは皆折れかけていて、主は急激な霊力消費で意識も朧だった。佐登の愛染国俊が後少しでも遅れていたら、主は敵の手にかかってただろう。

 そこから先は貴殿も佐登たちから報告を受けているだろう? 生き残った全員で政府施設に移動して、主は入院することになったんだ。

 今度は僕が聴く番だね。被害状況はどうだったんだい? そうか……左近殿も猿丸殿も……。喜撰殿と大輔おおすけ殿がご無事だったのは知っていたよ。ご連絡頂いたからね。そのころはまだ主も対応が出来ていたんだ。よく生き残ったと喜んでくださっていたのだけれどね……。

 襲撃を受けた本丸は約200か。新人本丸が半数といったね。うちの場合の磨祈本丸のようにベテラン本丸へのゲートに使われたのかい? そうか……。磨祈も無事ではないのだろうね。壊滅したから、うちに接続できたのだろうし。

 成程。敵は演練場のゲートを使って? だが、セキュリティは厳しいだろう? ああ、実験的に稼働を始めていた分国演練場か。そこが侵入を許したのか。つまり、その部署に敵の間者がいたというわけだね?

 更に本丸セキュリティを司る部署にもいた、と。今更言っても詮無いことだが、何をやっているんだ、君たち役人は! セキュリティは要だろう!? いくら審神者や御神刀が結界を強化しても、大手門や外敵排除のセキュリティは政府管轄だ! 術式ではなく科学技術の粋を集めたセキュリティだと言ってたね。絶対に破られることはないと。ああ、外部からは破られなかったよ。けれど、内部から無効化されたのでは何の意味もないじゃないか!

 済まない。君に言っても詮無いことだった。君は最善の手を尽くしてくれたのに。君や君と志を同じくする役人には奮起してもらいたい。二度とこのようなことが起こらないように、徹底して調べて歴史保全省を改革してくれ。200余の審神者と14000余の同胞が犠牲になったんだ。

 そうだね。これから戦線を立て直すのが大変だろうね。壊滅した本丸の半数近くは最前線で戦っていた本丸だ。壊滅を免れた本丸でも立て直すのには時間もかかるだろう。三貴子審神者様が生き残ったのは幸いだったけれど、直ぐに復帰は難しいだろうしね。

 頑張ってくれたまえよ。主たちとはちすうてなの上から見守っていよう。

 さて、そろそろ参ろうか。






 主と護衛とともに訪れていた、21世紀の肥後。そこに僕は丙之五殿と訪れる。

 たった1振残ったのはお役目があるから。生き残ったのであれば、これは僕が果たさねばならぬ役目だと思ったから、今まで命永らえてきた。

「父上殿、母上殿、妹君」

 守り切れなかったことを詫びる僕を彼らは責めることはなかった。こうなることも覚悟の上だっただろうと。

「歌仙様はどうなさるとですか」

 泣きはらした赤い目で父上殿はお尋ねになる。

「皆が待っておりますので、主の許へ。我らは主の来世を守るためにお供します」

 かつて乱が言っていたように。主の黄泉路の旅は僕たちが守るのだ。今頃きっと、皆で主を囲み、僕を待っていることだろう。

「娘を……お頼み申します」

 守れなかった僕に主のご家族は死出の供をお許しくださった。






 主のご家族への報告という最後の義務を果たし、本丸へと戻る。丙之五殿も見届けるために同行してくれた。

「歌仙様、こちらは……」

 最期に本丸を見て回る。そして──の部屋へと入る。そこで主は眠っている。主の枕元には既に魂を失ったこんのすけがまるで眠っているかのように丸くなっている。

「ああ……──の部屋だったんだ。せめて後世は共にありたいのではないかと思ってね」

「それは……右近様は──様と……?」

 丙之五殿は驚いている。散々恋愛機能欠如などと言われていた主が誰かに、しかも刀剣男士に想いを寄せていたなどとは思いもしなかったのだろう。主は刀剣男士が恋愛という意味で人を愛することはないと理解していたのだから。

「隠していたけれどね。主は誰にも悟られないようにしていたけれど」

 そう、折れてしまった刀剣男士の中には密かに主が想う刀もあった。

 いつからだったのかは判らない。決して特別扱いはしなかったし、扱いも態度も他の刀剣男士へのものと変わりはなかった。折れてしまったときでさえ。

 主は想いを表に出すことはなかった。けれど『忍ぶれど色に出でにけり』というものだ。主が誰かに恋情を抱いているのは皆何となく感じていた。だが、誰に対してということに気付いていた者は少ない。それくらい主は彼に皆と同じように接していた。本丸内で気付いていたのは僕と短刀たち、ごく一部の人の心の機微に聡い刀くらいだったはずだ。

 想いを寄せられていた当の本刃はどうだったのか判らない。気付いていてもそれを悟らせないだけの老獪さを持ち合わせていたし、気付かない鈍さも持っていた。けれどある意味、主にとっては完全な一方通行だったのは救いだったのかもしれない。

 家族とも思う刀が折れ、心の支えでもあっただろう一振も折れ、主の心は壊れかけた。

 完全に壊れてしまう前に立ち直ったのは主の強さの証に他ならないだろう。けれど、壊れてしまったほうが主にとっては幸せだったのではないか、そんな益体もないことを考えてしまう。

「大丈夫だよ、歌仙。皆の後を追って死んだりしないから。だって、それは、皆が守ってくれたこの命を無駄にしてしまうことだもの」

 主はそう言っていた。たった5振になってしまった主の刀剣。その僕たちに主は儚い笑みを浮かべそう言ってくれていた。

 けれど、既にそのとき、主の命はつきかけていた。主に残された時間は僅かだった。それでも僕たちは僅かな望みを繋いだ。

 数百年の時を過ごした僕たちであっても、僕たちは無力だ。人を死から逃れさせることは天津神々でも出来ぬことだ。

 残りの時を過ごすために丙之五殿は力を尽くしてくれ、佐登殿や主と所縁のある審神者とともに本丸を修復してくれた。そこで僕たちは最後の時を静かに過ごした。

「ねぇ、歌仙。ありがとう。こんな最期になったけれど、私はとても幸せだった」

 そう微笑んで、僕たち5振に見守られ、主は果敢無はかなくなった。

「向こうでお小夜たちが出迎えてくれているとは思いますが、あの人、結構せっかちですからね。追いかけますよ」

 宗三はそう言って自らの刀を折った。

「叔父貴や甥っ子たちも待ってるだろうしな」

 般若も笑って自らを折る。

「やれやれ、若い奴らはせっかちだな。薬研、歌仙、面倒を任せて済まぬな。俺も主とともに待っているゆえ、後は頼むぞ」

 はんなりと笑い、三日月も己を折った。

「ったく、旦那と俺っちのいない間に大将を構い倒すつもりだな、ありゃ。歌仙の旦那、俺っちは守り刀だ。折れちまったら務めを果たせねぇ。だから顕現を解く。あんたがこっちに来るときに一緒に折ってくれや」

 散々主に『お前のような短刀がいるか』と言われた男くさい笑みを浮かべ、薬研は現身を解いた。

「皆、僕に押し付けすぎだよ。初期刀とはいえ……」

 ああ、三斎様。あなたを見送って、これほどの寂寥と哀切は二度と感じることはないと思っていたのです。けれど、それをまた僕は痛切に感じていた。

 初期刀としての務めを果たすため、僕は1人本丸に残った。丙之五殿に連絡し、報告を聞き、ご家族の許へ伺い、こうして戻ってきた。

 これから僕は主の許へ旅立つ。主の亡骸は丙之五殿が弔いの指揮を執り国と未来に殉じた英霊として他の審神者とともに祀られることになる。その弔いを見届けるべきかとも思ったが、僕を顕現している主の力も残りわずかで保たないだろう。何より僕がこれ以上、主のいない世界に耐えられない。

 だから、僕は旅立つ。

 そして、頼まれていたように『薬研』を折る。守り刀は丙之五殿が御霊の宿っていない薬研藤四郎の写しを用意してくれていた。

「長らくお世話になったね、丙之五殿。武運長久を祈っているよ」

「ありがとうございます。右近様と心安らかにお休みくださいますよう」

 丙之五殿の言葉に微笑み、鞘を払った『僕』に力を込める。パキリと何処か軽い音がして、現身が解けていく。

 ああ、主、今逝くから。






 散りぬべき時知りてこそ世の中の 花は花なれ 人も人なれ






「歌仙さん遅~い!」

「早く、こっちこっち!」

「早く来ねーと祭が始められねーだろ!」

「主君がお待ちですよ!」

「旦那が来ねぇと大将も落ち着かねえってよ」

 ともに歩み始めた5振が出迎えてくれる。

「物好きね、あなたも。というか、全振いるとか、ホント物好き」

 呆れたように笑う主。

「親子は1世、夫婦は2世、主従は3世というだろう? 来来世までお供するよ」