Episode:Final 新たなる道程(こんのすけ視点)

 本丸が4周年を迎えてより数か月が経過いたしました。いやはや時の経つのは早いものでございますねぇ。

 申し遅れました、わたくし、肥後国1789本丸のこんのすけでございます。

 審神者の右近様と初期刀の歌仙兼定様の1人と1振から始まった当本丸も今では70を超す刀剣の集う大きな本丸となりました。

 5年目は68振から始まりましたが、その後、鍛刀にて小竜景光様、享保江戸の特命任務にて水心子正秀様・源清麿様、秘宝の里にて篭手切江様と4振増え、総勢72振となっております。

 秘宝の里では『え、松井? 八代城主の松井の殿様?』と主様は大興奮しておられました。何でも主様の父方の家系は『松井の殿様の国家老』だったとか。尤も主様は『松井の殿様は熊本藩八代城の城代家老だから、その国家老って、おかしくない? 家人だったのかな?』とも仰っておられましたが。ともかく珍しく140番以降の刀剣で入手に積極的でいらっしゃいます。そういえば江派の刀は篭手切江様(本丸での愛称はキリエ様)も細川家所縁でいらっしゃいますから、実装4振の内半分が肥後所縁の主様と縁のある刀ですね。特に松井江様は父上様の出身地の刀ですし。

 そんなわけで珍しくイベントにやる気を見せておられた主様でしたが、あまり運のよろしくない主様でございます。物吉様が『僕の出番ですね!』と張り切っておられますが、ラッキーボーイ物吉様のラッキーを上回るドロップ運のなさで中々に難しそうでございます。主様と祐筆と近侍の『怪火怪火怪火怪火怪火』というまるで呪詛のような声が耳にこびりついております。調査道具をご購入なさろうとしたものの、それは博多様や歌仙様に止められていらっしゃいますね。

「そこで怪火は意味がない~~~~!」

 執務室から主様の叫びと、スパーンと小気味のいい恐らく歌仙様のハリセン雅チェックの音が聞こえます。ああ、恐らくまた、ボスマス一個手前で怪火が出たんでしょうねぇ。最終日でございますから、主様も熱が入っているのでしょうね。

 1日に1万個入手出来ない状態ですからとても無理でしょうね。同じペースでも運のいい審神者であればもっと1日に多くの玉をゲットできるのでしょうが、収集系イベントでは中々運のない主様でいらっしゃいますから。刀剣運は悪くないと思うのですが、考えてみれば入手困難と言われる刀剣男士でドロップは三日月宗近様とイベントドロップの大包平様のみ。他は皆さま鍛刀か政府配布でございましたね……。主様、拾い物運がないのでしょうか。

「大将、顔色が良くねぇぞ。明日と明後日は確り休めよ。家事も禁止な」

 確り者の懐刀薬研様のお声も聞こえます。労働時間は変わっておりませんから、通常業務と同じだけの出陣数しかないはずですのに、やはり精神的なストレスがお体のお疲れとして出ているのかもしれませんね。ふむ、では本日はこんのすけが寝床にお邪魔し、もふもふセラピー致しましょうか。鳴狐様のきぃ殿と獅子王様の鵺殿もお誘いしましょう。白山吉光様がいらっしゃれば白い子狐もいて完璧でしたが……。五虎退様の虎殿が大きくなってしまわれたのはこういうときには残念でございますね。

 思えばこのときから主様の異変は始まっていたのでございましょう。それにわたくしめが気付くのは歌仙様からの御呼び出しを受けてからのことでございました。






「精密検査、でございますか?」

 歌仙様に呼び出されてお部屋をお訪ね致しますと、そこには歌仙様の他、薬研様と燭台切様がおられました。本丸の刀剣男士トップスリーでいらっしゃいます。

「ああ。なんだか主の霊力が安定していないようなんだ。手入れ時間が少しずつ長くなっているようでね。政府の計算式に当てはめてもそれよりも長くかかっている。ほんの数分ではあるがね」

 手入れ時間でございますか。ですがそれでしたら本丸術式の乱れという可能性もございますし、臨時メンテナンス依頼も出しておいたほうがよろしいかもしれませんね。

「それだけじゃない。弟たちによると大将の眠りが浅くなってるらしい。眠っても疲れが取れてないことも少なくない」

 主様の体調管理を担当しておられる薬研様も眉間に皺を寄せて仰います。しかしながら、主様も年齢的にはまもなくアラフォー括りでいらっしゃいますから、年齢的に眠りが浅くなり疲れが取れにくくなっている可能性もございますね。

「へぇ、人間ってそうなんだ。じゃあ、主の食事の量が減ってるのも? キヨ君や乱ちゃんも主の肌の調子が良くないって言ってるし」

「ご加齢による影響もあると思いますが……」

 燭台切様は流石の台所番長兼伊達男。食事と美容の面からのご指摘でございました。

「3月の健康診断では全く問題はなかったはずですが、あれから半年ほど経ちますし、お勧めしてみましょう」

「ああ、僕たちからも勧めるがこんのすけからも勧めてくれるかい? 直ぐに検査の予約が出来るように準備しておいてくれ」

「いや、直ぐに予約入れてくれ、こんのすけ。不安だから1日でも早いほうがい。大将のことだ、自分のことは後回しにしかねない」

 いつになく深刻な表情で薬研様が仰います。一番人に寄り添う性質の短刀ゆえに打刀や太刀の御二方以上に何かを感じておられるようです。

「確かに主様はご加齢によるもので心配ないと仰いそうですね。では早速」

 直ぐに護歴病院へとアクセスし、精密検査の予約を入れます。ふむ、完了ですね。

「3日後の午前10時の予約が取れました。当日の護衛はいつも通り薬研様と鳴狐様でよろしいですか? 問題なければそれで担当官に本丸外出届を出しますが」

 審神者様や歴保省関係者のための病院である護歴病院は現世の歴保省敷地内にございますので、外出届が必要なんですよね。2年前の審神者会議迎撃作戦以降、歴保省敷地内であっても現世に赴く際には外出届が必須となったのです。

「ああ、それで頼むよ」

「畏まりました。おや、ちょうど主様がお呼びになっておられますので、このことも報告しておきます」

 お三方に辞去を告げ、今度は主様の許へと赴きます。主様は執務室にてお仕事をしておられました。どうやらデータ分析をなさっておられたようです。

「あ、こんのすけ、近々現世に行く予定だから、そのつもりで」

 現世に? 珍しいこともありますね。主様はほぼ本丸で全ての生活が完結しておられますのに。現世に行くのは刀剣男士様のカンスト褒賞でご希望があったときくらいですが、今のところ現世行きの希望の方はいらっしゃらなかったはずです。

「うん、ちょっと病院に精密検査に行こうかと」

 なんと、ご自分から!? 何か自覚症状があったということでしょうか。

「今、今月のデータ見てて気づいたの。手入れ時間が標準より長くなってるんだよね。それだけならシステムの問題かなとも思うんだけど、よくよく思い出してみると大太刀とか槍とかの手入の後って今までより疲労が強い感じがするんだ。なんかの異常があったら困るからね」

「左様でございましたか。実はこんのすけ、既に護歴病院に予約を入れております。3日後の午前10時、護衛はいつも通り薬研様と鳴狐様です」

 まずそれをお伝えし、歌仙様・薬研様・燭台切様のご懸念をお話しいたしました。

「そっかー、気付いてたんだ。流石我が愛刀たちだね」

 私なんて今日データ見るまで考えもしなかったのにと主様は苦笑なさいます。案の定疲れやすいのも眠りが浅いのも食事量の減少も年齢によるものだと思っておられたようです。ご加齢によるものであれば問題はございません。安心するためにも精密検査を受けていただくのがよろしいでしょうね。

 翌日の朝礼にて2日後に精密検査を受ける旨主様がご報告なさいますと、ホッとしたご様子の刀剣様がちらほらといらっしゃいました。どうやら主様のお傍にいることの多い短刀・祐筆課・近衛課、人をよく観察なさっている宗三様や青江様もお気づきだったようでございます。

 予約を入れていた当日、主様は薬研様と鳴狐様を伴い病院へと赴かれ、その1週間後に結果が出るとのことでございました。

 しかし、1週間後、主様は病院から結果を聞きに来る際担当官を伴うように連絡を受け、それを聞いたわたくしは一抹の不安を抱いたのでございます。






 検査結果を聞かれた主様と担当官丙之五殿は直ぐに本丸には戻らず、丙之五殿と歴保省内の会議室に籠られ、今後について話し合われることとなりました。当然ながらわたくしも同席させていただきました。

 ほんの5か月前、主様の就任4周年を祝い、これからも共に戦い抜こうと誓い合われたばかりでございますのに。

「歌仙を呼びます。呼んできてくれる? こんのすけ」

 主様は仰います。まだ幾分お顔の色が良くないようですが、既に主様は現実を受け入れていらっしゃるようでした。

「初期刀に何も言わずに決めるわけにはいかないわ。だから、呼んで」

「畏まりました」

 主様のお望みをかなえるため、本丸へと転移し、歌仙様に主様がお呼びなので歴保省まで来ていただくようお願いいたしました。護衛としては鳴狐様も薬研様もお傍にいるのにと不審に思われたようですが、わたくしが初期刀ゆえにと申し上げると、何かを感じ取られたのか、燭台切様に本丸を任せると直ぐにご出立なさいました。

 本丸で留守居をしているはずの歌仙様が現れたことに会議室の前で控えていた薬研様と鳴狐様は驚いておられましたが、歌仙様の表情を見て何も仰いませんでした。

 伺候された歌仙様に主様は微笑まれました。そして仰ったのです。

「審神者を辞めることになったわ」

 と。

 歌仙様は衝撃を受けられたようでございますが、一瞬の後には冷静さを取り戻され、詳しい事情を求められました。

 そこで丙之五殿が精密検査の結果をご説明になりました。健康状態には問題がないものの、霊力減退が起きていること。何故いきなり減退したのかの原因は不明であること。減退速度は緩やかではあるものの、3か月後には審神者既定である50振の顕現維持が困難になること。ゆえに審神者ではいられなくなるため引退せざるを得ないこと。

「そうか……。丙之五殿、主の命に係わることはないのだね?」

 真っ先に歌仙様が確認されたのは主様の御命についてでございました。

「少なくとも1ヶ月はこのまま本丸を維持していただいて問題はありません。ですが、1か月後には10振程度は減らさなければお体に影響が出るだろうとの予測です。ゆえにこれから1ヶ月は準備期間となり、1か月後を以て本丸閉鎖となります」

 現状主様の霊力は75振を顕現維持するに足ります。ですが徐々にそれは減っていき、1か月後には65振、3か月後には45振と減っていくのでございます。

「最終的には20振程度であれば顕現維持も可能ではございますが、本丸運営規定には満たず、審神者をお続けいただくことは叶いません」

 丙之五殿も沈痛な表情でご説明なさいます。政府において、歴史保全省において、役人として最も主様の近い位置にいた担当官です。4年余りの歳月を主様とともに歩んでこられた方です。様々な思いが胸にあるのでございましょう。

「丙之五さん、引退後はどうなりますか?」

 繰り言を言っていても進みません。主様はそう思われたのか、未来の話をなさいました。

「お選びいただける道は二つです。一つは現世に戻られること。その際は新たにこの時代に戸籍を作り、社会保障などの手続きも致します。ああ、これはもう一方を選んでも同じですね」

 主様の問いに、丙之五殿も気持ちを切けて説明を始めました。

 引退される審神者に示される道は通常一つでございます。それが現世帰還。主様は過去から御出でいただいており、この時代に戸籍などはございませんので、新たにそれらを作ることとなります。

「引退される審神者様には退職金が支払われます。ご希望の方には再就職の斡旋も致します」

 主様の場合ですと、退職金はざっと計算して3500万円程度です。これまでの貯金もございますし、贅沢なさらなければ再就職しなくとも暮らしていける金額であるとは思います。

「その際には護衛として刀剣男士様を伴って現世帰還していただきますが、基本的に初期刀をお連れいただくことになりますね」

 ただ、この護衛刀剣は基本的に刀剣姿となります。主様の場合ですと刀剣男士様を顕現する霊力に問題はないのですが、中には常時顕現が困難な方もいらっしゃいますので、そのような規定となっております。ただ、刀剣を持ち歩くのも目立つため、大抵はキーホルダーやストラップに見えるような小さいサイズまで依代を縮小化し、主様の危機に反応して顕現可能となるような術を掛けることとなっております。

 また、現世帰還の場合、出来るだけ首都圏にお住いいただくことを推奨しておりますが、基本的に何処に住んでも自由です。海外でも構いませんが、国内推奨です。引退した審神者であっても歴史修正主義者のテロ対象ですから、国内の歴保省に近いところにお住いいただくのがベストなのです。引退した審神者はレキシューにしてみれば情報を得るのに格好の標的となりますからね。

「では、もう一つの道とは?」

 現世帰還は中々に審神者様の安全という面では納得しがたいものなのでしょう。歌仙様の眉間には深い皺が刻まれておりました。

「歴史保全省特別区に居住していただき、政府職員となっていただくことですね」

 歴史保全省特別区というのは演練場や万屋のある異空間を指します。現在、こちらの区域を拡大し『城下町』という異空間を作る計画がございます。まぁ、かなり広大な空間となるためにその設計や術式の構築にあと数十年かかるのではないかともいわれておりますが。

「宮内庁神祇局か監察局、歴保省歴史改竄対策局の何処かの部署ということになります。ただ、今回、右近様には是非引き受けていただきたい仕事がございます」

 そうして丙之五殿が勧められたのは、新設される部署でございました。是非主様にその部署に入っていただきたいと思っていたそうですが、主様の本丸は前線の要の一つでもあり、思うだけに留めていたそうでございます。今回、主様の引退が決まったことから、丙之五殿はその部署への転職をお勧めになられたのです。






 丙之五殿との話し合いを終え、お待ちになっていた薬研様、鳴狐様を連れ、主様と歌仙様、わたくしは本丸へと帰還いたしました。

 そして、主様は全員を軍議之間へと集められたのでございます。

「霊力の減退により審神者を辞めることとなりました。今日よりひと月の後、本丸は閉鎖となります」

 主様のお言葉に知っている歌仙様を除き全刀剣男士が衝撃を受けました。薄々主様の異変に気付いておられた刀剣男士様も少なくはなかったものの、直ぐに審神者を辞めるほどの事態とは何方も思っておられなかったのでしょう。いいえ、思いたくなかったのでしょう。短刀様方の中には涙を流され御兄弟に縋られる方もいらっしゃいました。取り乱し狼狽え、皆さまが混乱しておられました。

「……して、主よ。その後そなたはどうするのだ?」

 穏やかな声で三日月様が問われます。いつもと同じ凪いだ声はざわつく場を静める効果を持っていました。

「政府の職員になるわ。歴史保全省に新たな部署ができるの。審神者の手助けする部署よ」

 歴史保全省歴史改竄対策局審神者部審神者支援教育課。それが新たな主様の職場となります。

 審神者をサポートする部署は既に実働補助課がございます。担当官が所属する部署です。けれど新たに作られる部署は『審神者経験者』がその課員となります。審神者であったからこそ判る本丸運営の問題を解決し、支援し、時には教育するための部署でございます。昨年度末を以て体力の衰えを理由に引退されていた喜撰殿もこちらの部署へ再就職なさるそうです。

「霊力減退による審神者引退ではあるけれど、顕現可能数がゼロになるわけではないの。だから、14振を同行させる許可が出たわ」

 14振が同行できる、つまり14振しか同行できない。それに刀剣様方は再びざわつきます。

「それから、通常、審神者が引退するときには同行する刀剣男士以外は刀解となります。でも、今年度顕現したばかりの刀剣男士は特例措置の対象にもなってる。だから、巴形薙刀、毛利藤四郎、豊前江、謙信景光、南泉一文字、大包平、小竜景光、源清麿、水心子正秀、篭手切江。あなたたちは新たな主の許へ移籍することも可能です。どうしたいか、考えておいてね」

 今年顕現されたばかりの10振に主様は告げると、薬研様に視線を移されました。

「引退後に連れていく刀剣のうち、2振は歌仙と薬研。薬研藤四郎、ついてきてくれますか?」

 主様の問いに薬研様は潤ませた目をひたと向けられ、頷かれました。

「勿論だ、大将。俺はあんたの懐刀守り刀だ。どこへでもついていく」

 力強く宣言される薬研様に羨望の眼差しが向けられます。主様に請われ望まれ共にあることを許されたのですから。けれど、初期刀と初鍛刀は審神者にとって特別な刀。主様からの信頼の厚さは誰もが知るところでございます。歌仙様と薬研様ならば当然のことだと誰もが納得しているのでございます。

「残り12振は皆で話し合ってほしいの。私が希望すると全員短刀になっちゃう……というのは冗談として、皆思うところがあるだろうし。連れていけるのなら全員連れていきたいから、正直なところ自分じゃ選べない。だから、責任を放棄するようで申し訳ないけれど、皆に決めてほしい」

 主様はそう仰いました。正直なお心です。丙之五殿との話し合いの中でも決まらなかったのです。お役目柄、この刀剣男士様が望ましいという候補はございましたが、それを命令として押し付けることも主様には出来かね、歌仙様が自分たちで話し合いたいとご希望なさったのです。

 主様が退席なさると、歌仙様が話し合いを主導なさいました。薬研様は主様について執務室へと赴かれました。特例措置対象の10振も改めて条件等の説明のため主様とともに行かれました。

「皆、動揺も収まってはいないと思う。正直なところ先に聞いていた僕もまだ完全には受け容れられていない。けれど、主をこのまま審神者にしていては命に係わる。だから、心を定めてくれ」

 歌仙様はそう話を切り出されました。そして、主様とともに行く刀剣についての条件を提示なさいました。

 一つ。審神者補助や教育という観点から全刀種いるほうが望ましい。

 一つ。役目柄、コミュニケーション能力のある刀剣が望ましい。

 一つ。日常的な出陣はないため、それを了承出来る者であること。

「政府職員となる主の補佐が仕事となるから、出来れば祐筆課と近衛、IT課の刀剣を優先したい。基本的に短刀3振、脇差・大太刀2振、槍と薙刀は1振、打刀か太刀のどちらかが3振と考えている」

 最後に歌仙様はそうご自分の考えを述べられて、皆さまを見渡されました。

「であれば、俺は刀解を選ぼう。そもそも打刀は数が多いうえに、歌仙でひと枠埋まってるからな」

「そうですねぇ。打刀は2振が妥当でしょう。だとしたらもうひと枠は鳴狐で決まりですからね」

 長谷部様と宗三様が発言なさいます。長谷部様であれば自分が行くといいそうなものですが、当本丸の長谷部様はそこまで主張の激しくない、縁の下の力持ち系の長谷部様でいらっしゃいます。

 御二方の発言に打刀の皆さまは頷いておられました。他薦されほぼ決定状態の鳴狐様は若干戸惑っておられるご様子です。嬉しいけれど本当に良いのかと。

「他所の鳴狐だったらコミュ力の問題はあるけどさー、うちの鳴狐なきなら問題ないしね」

 明るく仰る加州様に他の方々も同意なさっておいでです。

 と、そこに同田貫様と大倶利伽羅様がホワイトボードを持ってきて、本丸在籍刀剣男士様の名を書き始めました。そして、既に同行の決まった歌仙様、薬研様、鳴狐様の名を丸で囲み、他の打刀の名を横線で消していきます。

「では、打刀は決まったね。手の空いた者は祐筆課室に来てくれないか? これまでの資料を整理しよう。主の新たな仕事に役立つようにね」

 蜂須賀様が立ち上がりそう仰ると、それに山姥切様も続き、和泉守様と長曽祢様は戦況分析課にある資料を纏めると仰って4振は軍議之間を出ていかれました。歌仙様鳴狐様を除く打刀の皆さまはそれぞれお手伝いに向かわれ、鳴狐様が書記を引き継がれました。

「太刀は光忠殿とみか爺殿は確定で宜しいのでは?」

 次に口を開かれたのは一期様でした。祐筆課ではありますが、一期様は刀解を決めておられるようでした。

「光忠は主の食事管理をしないとなぁ」

「確かに。主は仕事三昧になりそうだしな。初期刀殿はそれの監視で忙しかろうし、だったら光坊もいったほうがいい」

 それに続くのは鶯丸様と鶴丸様。確かに主様の生活管理という面においては燭台切様が一番適任でしょう。

「みか爺がいればはったりも効くよね」

「天下五剣に平安生まれ。未だに特別視している役人や審神者も多いと聞きます。みか爺殿がいらっしゃるのはそういった者への牽制や抑制にもなるかと」

 髭切様と数珠丸様のお言葉も尤もなことでございました。役人や審神者の中には刀剣男士様をレア度のみで見る者もおります。そういった者たちには三日月様という存在はとても有効でございましょう。

「よいぞよいぞ。俺がしっかり睨みを利かせるとしよう」

 どこか食えない笑みを浮かべ三日月様は頷かれました。一方の燭台切様も厨番長だからねと苦笑しつつ受け入れていらっしゃいました。

「はいはーい! 脇差2枠決まりました! 兄弟と国広くに君です!」

「こっちも決まったよ。大太刀は兄貴と蛍」

「槍は俺だ」

「薙刀は俺になったぞ」

 どうやら、脇差・大太刀・槍・薙刀はそれぞれの刀種で話し合いをしていたようです。人数が少ないのはこういう時に早いですね。

 脇差は骨喰様と堀川様、大太刀は太郎様と蛍様、槍は日本号様、薙刀は岩融様となり、11振が決まりました。残りは3振でございます。

「短刀は一振、IT課ということで行光ゆき君に決まりました」

 前田様が短刀のひと枠が決まったと仰いました。残り2振でございます。

 そこで歌仙様はホワイトボードのリストをご覧になり、少し考えた後、1振の太刀に目を向けられました。

「IT課として明石国行、君に来てもらいたい。合わせて短刀で愛染国俊。これで14振だ」

「自分ですか」

「俺?」

 突然の指名に明石様と愛染様は戸惑われていらっしゃました。明確な理由のある明石様よりも愛染様のほうがその戸惑いは大きいようでした。

「嬉しいけど……短刀は前田まぁとか厚とかのほうが良くね?」

 短刀の中でもリーダー格だった2振ではなく何故自分なのかと、特に第二の懐刀とされる前田様に申し訳ないような気持ちになっておられるようです。

「正直に言えば、愛染は蛍と明石が行くからという理由だね。それにメンバーを見るとどちらかと言えば静かな刀が多い。明るく賑やかしてくれる愛染あいがいいと思うんだ。愛と蛍のコンビを見るのも主は好きだしね」

 言葉を飾ることなく正直に仰った歌仙様に愛染様は苦笑され、頷かれました。

「任せろ! 確り賑やかに主さんを楽しませるぜ! な、国行!」

「賑やかしは国俊に任せますわ。まぁ、現世でのお仕事やったら、ITに強いほうがええですわな。お受けします」

 明石様は愛染様の言葉に苦笑しつつ、これまた了承され、こうして主様に付き従う12振が決定したのでございます。

 あ、特例措置対象の10振が希望していたらどうしましょう。

「では、短刀は薬研と不動と愛を除いたメンバーで主の添い寝ローテーションを組んで今日から突撃してくれるかい? これまで以上に主の体調には気を配らなければならないからね」

 歌仙様は刀解が決定した短刀様方に仰います。寂しさに俯いておられた皆さまは歌仙様のお気遣いに頷かれ、残り僅かな主様と過ごす日々を悔いなく過ごすための計画を練り始められたのでございます。






 1ヶ月はあっという間に過ぎていきました。出陣は戦場の再確認のために全ての戦場を回り、ルートや敵の編成、そういった今後の職務に役立つであろう情報を再収集するためのものとなり、1日の出陣時間は半減いたしました。

 また、祐筆課と戦況分析課、IT課、経理課はこれまでの本丸運営の記録を纏め、本丸運営の補助に役立つであろう項目ごとに再編集したりといった作業を行なっておられました。それぞれの課に属していない刀剣男士が主に出陣を担い、役割分担して本丸を回しておりました。

 その一方、本霊の許に還ることになる刀剣様方は身辺整理をしておられました。それぞれの所持品を処分し、売れる物は売り、それらの代金やこれまでの給与の貯金を歌仙様に預けておられました。自分たちが使うことはもうない、政府に没収されるくらいならば今後の主のために役立ててほしいとのご希望もあってのことでございます。歌仙様からご相談を受けたわたくしは丙之五殿と話し合い、新たに開設した口座にそれらを入金いたしました。この口座は新たな役人本丸の口座でございます。

 主様は政府職員となるにあたり字を『衛門』と改めることとなりました。新たなお住いは役人本丸で、便宜上本丸と申しておりますが、異空間の役人居住区にある一般的な一戸建てでございます。本丸と同じ顕現補助の術式は施されておりますが、それ以外は現世の一般的な住居と何ら変わりはございません。まぁ、部屋数は多ございますが。手入が必要な場合には歴保省内の手入部屋を使用し、刀装は同じく庁舎内の施設を使って作ることとなります。

 主様は日々歴保省に出勤し、そこで基本はデスクワークをなさいます。刀剣男士様は普段は同じ室内でのデスクワーク補助ですが、敷地内に道場もございますので、そちらで鍛錬することも可能です。また、新たな戦場が発見されたり、政府の新イベントの前には調査のための出陣などもございます。

 そういった新たな業務についても話し合いながら、本丸は閉鎖に向けて静かに動いていったのでございます。






「これまでの日々、一緒に戦ってきてくれたことを感謝します。あなたたちがいてくれたから、私は審神者でいられた。幸福な審神者でいられました。ここでの日々があなたたちにとって良きものであったなら幸いです。今までお疲れさまでした」

 本霊に還る58振を前に主様は深々と頭を下げ感謝を述べられました。刀剣様方は皆穏やかなお顔をなさっておいででした。

「我らは本霊に還ります。やがては他の審神者に呼ばれることもありましょう。そのときは主殿の我らではありませんが、主殿にいただいた愛情と信頼を知る我らでもあります。いつかどこかでまみえることもあるやもしれません。主殿、どうかお健やかにお幸せにお過ごしくださいますよう」

 還る刀剣を代表して一期一振様が微笑んで述べられます。

「ありがとう、一期一振。ありがとう、皆。お疲れさまでした」

 主様は最後に微笑まれ、柏手を一つ、高らかに鳴らしました。その音が消えるや、58振の刀剣男士の姿は光となり、空へと昇って行きました。それを主様は静かに穏やかに、それでいてどこかもの悲しい表情で見送っておられました。

「では、主様、参りましょう」

 わたくしは主様を促し、軍議之間を出ます。付き従うのは14振。

 政府施設と繋がる大手門の前に立ち、主様と刀剣男士様は深々と本丸に一礼なさいました。これでこの4年と半年の本丸が終わるのです。

「さぁ、主。新たな戦いを始めよう」

 歌仙様が促され、主様が大手門を潜られます。薬研様、鳴狐様、燭台切様、三日月様と続かれ、最後の日本号様が大手門を潜られるのを見送り、わたくしは深く頭を下げます。

 なんと濃密で長く短い月日だったことでございましょう。それが終わるのです。管狐に過ぎぬわたくしの眼にも涙が滲みます。真新しい本丸で主様の御出でをお待ちしていたあの日が昨日のようでもあり遥か遠い日のようでもございます。

 これにてお別れにござます、右近様。あなたにお仕えできた日々はこのこんのすけにとって素晴らしい日々でございました。もう半年もすれば契約主をあなた様に替え、真実あなた様のこんのすけとなれましたのに、それだけが残念でございます。

 どうか、ご壮健でお過ごしくださいませ。











 まぁ、これからは役人衛門様のこんのすけとなるだけなのですが。

 あ、主様、待ってください! おいて行かないでくださいって! ちょっと感傷に浸ってただけなんですからー!