Episode:54 5年目突入(歌仙兼定視点)

「何事も最初はあるものさ。就任4周年を迎えた今の気持ち、詠んでみてはくれないかい?」

 そう主に言祝げば

「うーん、歌詠むのって平安組じゃなきゃハードル高いと思うんだけど。就任4周年だよ。毎年のことだけど、頑張ったね」

 と光忠は苦笑した後に主に告げ、

「平安組でも三条・五条くらいじゃねぇか? ははっ、就任4周年か。これも日々の積み重ねだな」

 と薬研も笑ってから主を言祝いだ。

 そう、今日は主の審神者就任4周年の記念日だ。伴天連バテレンの暦で2214年。本霊の敬愛する三斎宗立様が亡くなられてから569年が経ち、分霊の最も大切な主と出会ってから5年目になる。

 実は1周年も2周年も3周年も、最初に主に言祝ぎを送ったのは初期刀ではなく薬研初鍛刀だった。そしてその次が光忠初太刀

 彼らは主と共に朝餉当番なのだから毎朝主とは僕よりも先に顔を合わせる。普段はそれをなんとも思わないのだが、毎年この日だけは1番ではないことが悔しかった。

 だから2周年のときからは何とか早く起きようとはするものの巧く行かなかった。どうやら僕は朝に弱いらしく、どんなに早く眠ろうとも寅の下刻午前6時よりも早く起きることが出来ない。

 雅じゃない騒音をまき散らす目覚ましを掛けようとも全く目が覚めず、そのころには北の対屋の住人である主も薬研も光忠も既に厨にいるし、同じく北の対屋住まいの前田まぁ鳴狐なき骨喰ばみも太郎さんも寝殿か祈祷所か道場にいるから起こしてくれる者もない。ならばとお小夜や宗三、12代目や長谷部に叩き起こしてもらっても彼らの徒労に終わるだけ。岩融がんさんに担がれて池に落とされて漸く目が覚めるという体たらく。それほど僕は目覚めが悪いのだ。全く雅じゃない。

 とはいえ、寅の下刻を過ぎれば自分でちゃんと起きられるし、すっきりと目覚める。だから寝起きが悪いというわけではないし、寝坊助というわけでもない。

 だが、主に朝一番に言祝ごうと思えばそれでは遅い。主は半刻も早く起きているし、薬研は主が部屋を出たのを確認してから直ぐ厨へ向かう。光忠は主と薬研の時間を確保するために態と10分ほど遅れて厨に向かっている。そういう気遣いも流石の鎌倉刀だね、光忠は。

 だから今回僕は、僕に一番容赦のない宗三に頼んで寅の刻午前5時に起こしてもらうことにした。過去の僕の起きなささ加減を知っている宗三は渋っていたが、池に落としてもいいからと頼み込んで起こしてもらった。僕を池に落とす要員として日本号ごうさんが巻き込まれていたのは申し訳ない。宗三と号さんは僕を起こした後もう一度寝直したそうだ。重ね重ね申し訳ない。

 因みに宗三が僕に最も容赦がない理由は、宗三左文字にとって歌仙兼定が末弟のような認識だからだそうだ。左文字の末弟である小夜左文字が面倒を見ていたのが付喪神になりたてだった僕だから、左文字の兄たちにしてみれば、僕は更にその弟分となるらしい。

 僕がそこまでして最初に主を言祝ぐことに拘ったのを知った薬研と光忠には、幼子を見るような妙に微笑ましそうな視線を向けられてしまった。これだから鎌倉刀は!

 まぁ、彼らにしてみれば室町後期生まれの僕など若造もいいところだろう。光忠は250年、薬研は200年以上僕よりも先に生まれているのだから。

「ありがと、歌仙、薬研、光忠。これからもよろしくね」

 そう言って主は5年前よりも﨟たけた笑みを浮かべた。

 就任を言祝ぎはしても直接的な『おめでとう』の言葉を使わないのは、主が就任年数が積み重なることを『めでたい』とは思っていないからだ。それを知っているのは1周年の時にいた47振目までだろう。あのとき主は就任年数を重ねることはそれだけ戦争が続いているのだがら喜ぶことではない、と悩んでいたのだ。だから、僕はおめでとうという言葉は使わないことにした。

 尤も今となればこの戦いはどうやっても終わりが見えず、僕たち現在の戦力では対処療法しか取れないことも判っているから、主もそこまで思い悩んだりはしていないようだが。

「さて、今日の献立は大根の味噌汁に子持ちししゃも、明太玉子焼き、茄子の煮浸しだね」

 割烹着を纏い献立を伝える。今朝は僕も朝餉を手伝うことにしている。

 この献立は昨晩光忠や薬研とともに決めたものだ。全て主の好きなもの。勿論、ししゃもは本物のししゃもだ。

「おはよー! 茄子取り入れてきたよー!」

「おはー! 大根も取って来たぜー」

「おはようござます、主君、歌仙さん、光忠さん、薬研兄さん」

「おはよう」

 朝の調理補助の乱と貞が畑から茄子と大根を収穫して厨へと入ってきた。まぁとばみも一緒で、補助組4振で収穫してきたようだ。

「あー、歌仙さんがいる! 今年は起きられたんだね!」

「乱兄さん!」

 僕を見た乱が可笑しそうに笑い、そんな兄をまぁが窘める。僕の寝起きの悪さ(寅の下刻前限定)は皆がよく知っているし、僕がこの3年、この日の朝に苦戦していたことも知っているからそれが可笑しかったのだろう。去年までを知らない貞は不思議そうにしてたけれどね。

 この4振も見た目はともかく僕より古い刀だし、今厨にいる刀剣の中では僕が最年少なのだから、この揶揄いも甘んじて受けよう。流石にこの程度で首を差し出せと怒るほど僕だって短気ではない。初期刀ではない歌仙兼定に比べると初期刀の僕はだいぶ穏やかな個体も多いらしい。主の友人たちの同位体に言わせると特に僕は穏やかな個体に分類されるようだ。大らかな主の影響かもしれないね。

「就任4周年、おめでとうございます。毎年の恒例ではありますが、みんなで盛大に祝わせてください」

「就任4周年だよ、あるじさん! おっめでとー!」

「就任4周年だ。おめでとう。これからも頼む」

「4周年だなー、主! さあ、早く祝いの席へ来てくれよ!」

 やって来た4振もそれぞれに主の就任4周年を言祝ぎ、主はそれに礼を言いながら、賑やかに朝餉の支度をする。

 5年前主と僕の1人と1振で始まった本丸は今や62振もの刀剣男士の集う大所帯になった。今日新たに6振を顕現するから総勢68振の刀剣男士が揃う。錬度も皆高く、全員が一度は最高錬度に達し、僕をはじめ18振は極上限にも達している。ここにいる者とて、ずっと光忠が待ち続けた貞も来たし、うぐ爺が待ち続けていた大包平とて今日顕現される。

 随分と大きく強い本丸になったものだと感慨深い。

「歌仙、4年間ありがとう。あなたがいるからここまで来れた」

 広間に集まりだした刀剣男士仲間を感慨深く眺めていれば隣に立った主が僕だけに聞こえる声で言ってくれる。

 決して僕だけの功ではない。誰よりも頼もしい懐刀薬研がいて、僕の後ろで見守ってくれる光忠やみか爺がいて、主を癒すまぁたち短刀がいて、他の誰もが欠けても今の本丸はない。けれど、それでも主は真っ先に初期刀に感謝を告げてくれる。それが誇らしく嬉しく、くすぐったく思う。だから僕はこの身が朽ち果てるそのときまでこの主の隣に立ちたいと願うのだ。






 朝餉を終え、朝礼の時間となる。

「本日無事に本丸開始5年目を迎えました。これも偏に皆が頑張ってくれたおかげです。ありがとう。ここに集う誰一人欠けることなく、また次の周年記念日を迎えられるように務めるから、皆も助力を願います」

 上座に座る主が告げ、皆が何処か誇らしげに頷く。

 そして、今日はいつもにはないことも行なう。一期一振が預かっていた毛利藤四郎、岩融が預かっていた巴形薙刀、光忠が預かっていた謙信景光、うぐ爺が預かっていた大包平、そして僕が預かっていた豊前江・南泉一文字の6振の顕現だ。

「毛利藤四郎と言います。毛利家にいたので毛利藤四郎です。これから力を合わせてがんばりましょう!」

「薙刀、巴形だ。銘も逸話も持たぬ、物語なき巴形の集まり。それが俺だ」

「郷義弘が作刀、名物、豊前江。歌って踊れるって言ってるヤツがいるらしいんだけど……まあ、なんにせよ、走りじゃ誰にも負けるつもりはねーから」

「ぼくは謙信景光。あまくみないでもらいたい!」

「本当のオレは、背が高くて泣く子も黙る恐るべき刀剣男士のはず。それが……なんでこんなことになってんだぁ。……呪いだ! 猫の呪いだ……にゃー! ……ごろごろ」

「大包平。池田輝政が見出した、刀剣の美の結晶。もっとも美しい剣の一つ。ただ……」

 依代の入手順に顕現を行なう。一度に6振の顕現はこの5年でも初めてのことだ。毛利には一期が、巴形には岩融が、豊前には清光キヨが、謙信景光には大般若にゃーさんが、南泉には陸奥が、大包平にはうぐ爺が指導役として付く。

「今日は土曜だから、演練に参加します。今顕現した6振ってのも考えたけど、どう考えても全敗するから、それは止めとく。今日は歌仙・薬研・前田・愛染・厚・乱で参加するから、6振は準備して」

 おや、今日の演練メンバーは初日組か。これもまた懐かしい。流石に今顕現したばかりの6振は連れて行かないか。錬度1では全敗になってしまうしね。6振には月曜からのレベリングが既に計画されている。今回はいつものパワーレベリングではなく、錬度50までは同期6振で、それ以降は江戸城下と江戸城内に分かれてのパワーレベリングになる予定だ。






 久しぶりの演練参加だったけれど、とても有意義だった。主との絆を再確認するという意味で。

 初日に集った僕たち6振と主での戦闘と食事は5年前の今日を思い出させた。

「4年間なんてあっという間だったねぇ」

 演練場に併設されているフードコートでの昼食も僕は久しぶりだ。主が本丸を空けるときに初期刀の僕まで不在というのは出来るだけ避けたいから、僕はあまり演練には参加しない。

 テーブルには普段本丸では食べないものを中心に短刀たちが選んできたものが並べられている。たこ焼き、お好み焼き、ピザ、ハンバーガーといったものだ。短刀たちは何往復もして大量の食品を買ってきていた。まぁ、カンストしてしまっている彼らも僕と同様ここ暫くは演練に参加していなかったしね。多少浮かれているんだろう。

「そうだね。無我夢中で走ってきて5年目か。最初はこの7人だったんだよね」

 主は僕たち6振を見て微笑む。何処か不安そうだったかつての主も今では歴戦の将の貫録さえ身に着けている。

「あっという間に30振超えたけどな」

 薬研がたこ焼きを頬張りながら応じる。口の端にソースがついているのを見て主が笑いながらナプキンでそれを拭う。頼りになる短刀兄貴の彼も初日組には幾分気安いのか、こうして見た目通りの子供っぽさも見せることがある。3振が兄弟だというのもあるのかもしれないが。

 薬研の言うように主は積極的に刀集めをし、就任1週間を超えたところで既に30振の刀が集っていた。1年目はその分、育成の順番待ちがあったり、出陣出来ない欲求不満解消に苦労していたなと思い出す。

「そういえば今年の御褒美って何だろうね」

 チキンナゲットを摘まみながら乱が言う。

 就任1周年は本丸リフォームと道場のバージョンアップ、就任2周年は実家帰省、3周年は本丸オプションの追加(釣殿と馬場・湯殿の露天風呂)だったね。

「うーん、何だろうねぇ。というか、毎年ご褒美くれなくてもいいと思うんだよね。5周年とか10周年とか、節目だけでも充分なんだけど」

 主は苦笑する。確かに御上も毎年の就任記念褒賞には苦労していそうだ。

「けど、佐登のとこのオレに聞いたんだけど、佐登のとこは1年目も2年目も手伝い札100枚だけだったらしいぜ」

 主の最初の弟子である佐登殿も既に就任2周年を迎えている。佐登殿の初鍛刀は愛染国俊だったから、愛染あいはよく交流しているらしく同位体から聞いた情報を伝えてきた。

 どうやら戦績上位であるうちの本丸は就任記念日の褒賞が特別なものらしい。通常の本丸だとお守り(極ではないもの)1部隊分とか、手伝い札とか富士札といった万屋で買えるものなのだそうだ。正直手伝い札や絵札のほうが有難いと思ってしまう。手伝い札は遠征で優先的に入手するようにしているからそれなりのストックはあるけれど、絵札、特に富士札があれば刀装作成が楽になるからね。

 愛の言葉をきっかけにそんなことを思いつつ、皆で今年の褒賞や刀剣男士の所有限界数等を予想しながら食事を終え、本丸へと戻った。因みに今年の所有限界数は70振を超えることはこんのすけから聞いていたから先に6振を顕現していたんだけどね。






「主様、おかえりなさいませ!」

「あるじ、おかえり!」

「主、おかえり」

 演練を終えて本丸に戻ると、顕現したばかりの毛利、謙信、巴形が出迎えてくれた。出迎えは気づいたものが皆で出迎えてくれたのだけど、この3振は幼子が母を迎えるように駆けて出てきたんだ。毛利と謙信は短刀だからまだ判るが、巴形も同じように出迎えていて、主命厨の長谷部やガチ勢といわれるキヨや小狐丸こぎ殿とはまた違った感じだね。これは主が言っていたように巴形の内面は幼子なのかもしれない。

「……体は大人、心は子供、その名は巴形薙刀」

 ボソッと薬研が呟く。それはあれだね。書庫の一角を占める長編漫画。アニメを短刀たちがよく見ている名探偵。あれは体は子供で頭脳は大人だったかな。

「はい、ただいま」

 駆けてきた3振だけではなく、残りの3振も様子を見つつ出迎えてくれている。まぁ、彼らは精神も古刀の部類だろう。

「もりちゃんと謙君、巴、にゃん泉、豊前、大包平の6振はいきなり留守番でごめんね。後から6振には話があるから時間を取ってもらうから」

 出迎えてくれた彼らにそう告げると主は執務室へと向かう。そろそろ担当官の丙之五へのご殿から恒例の通信が入る頃合いだろう。

「歌仙、今日来た6振に端末支給しておいて。支度金の入金終わったらメッセージ入れるから」

「承知」

 担当官との通信の間は刀剣男士は人払いされるから、その間に各指導係に進捗を聞いて補足しておかなければならないね。端末をタブレットかスマホか選んでもらって、その使い方や支度金入金後の買い物についてはこれも指導係に任せるか。いや、6振纏めてのほうがいいかな。キヨと岩さんでは端末の扱いの慣れが違うしね。

 ああ、それから6振の家政班も決めないといけないね。光忠と国広くにと田貫にも来てもらわないと。

 それから夕餉の支度だ。今日は就任記念日の宴だからね。土曜の夕餉担当は薬研と一期とみか爺がメインでばみとうぐ爺と物吉がサブだけど、それだけじゃ足りない。メインに光忠と僕が加わって、厨班総出での支度になるだろう。ああ、それと次郎と号さんに酒の確認をしないといけないかな。

 毎年この宴は豪華だからねぇ。1年間の労をねぎらい、誰一人欠けることなく戦い抜けたことを祝い、新たな仲間と出会えたことを喜び、新たな1年を無事に過ごせるように祈る。

 そして、かけがえのない僕たちだけの主と出会えたことに感謝し喜ぶための宴なのだから。






 個性派揃いの新人6振に端末の操作を教え、支度金からの買い物も済ませたころ、近侍の厚がそろそろ主と担当官の通信も終わると知らせてきた。

 全員を促し軍議之間へと移動する。そういえば、5年前に比べると本丸そのものも随分と変わった。

 5年前の本丸は寝殿と北の対屋と東の対屋しかなかったのに2年目に大きく改築したあと更に増築されて、今では西・北東・北西と3つの対屋が増えている。道場も最新設備になったし、馬場や釣殿、泉殿といった施設も増えている。

 5年というのはやはり長い歳月なのだなと実感する。僕たち付喪神にしてみればあっという間の時間のような気もするけれど、実際に肉の身を持ち『生きて』いれば、5年はやはり長いのだ。けれど、あっという間に過ぎていった気もする。こういった長くて短い時間というのも、肉の身を得たことで感じた不思議な感覚だ。いやはや、刀として打たれて700年近く経つとはいえ、知らぬことというのは多いのだと感じざるを得ない。

 軍議之間に入れば既にほぼ全員が揃っている。新人6振は一番の下座へと着き、僕は上段の間へと入る。ここは主のための席であり、刀剣男士では僕と薬研だけが許された場所だ。初期刀と初鍛刀だけに許された場所であり、主の信頼に顔が緩んでしまう。刀剣男士の中では若輩者の部類に入る歌仙兼定(尤も初期刀組の中では最も古い刀なのだけれど)を大妖ともいえるほどの歳月を経た飛鳥平安の刀が認めてくれているのも嬉しいことだ。これも主の下で僕が初期刀として過ごした時間の結果なのだろう。

 僕が着座して程なく、薬研に先導されて主が現れる。一斉に全刀剣男士が首を垂れる。

 ああ、そういえば、初めのころはこうして主は『主』として畏まられることに戸惑っていたね。御一新以降の四民平等、華族も士族もいない世に生まれた主にしてみれば、馴染みのないことだったのだから仕方ない。けれど、僕たち刀剣男士の価値観に合わせてやがてそれを受け入れてくれた。飽くまでも『仕事の時間』限定だけれど。

 主の装いは大奥の上臈のものだ。乱と次郎が悪乗りして仕立てさせたもので主は笑っていたけれど、鬘まで用意されたときにはその笑いも引き攣っていたねぇ。無理もないかな。

「顔を上げて」

 主が着座し、声を掛ける。

「おや、ここは千代田の城になったか? さすればここは主を御台様と呼ぶべきか」

 くすくすと笑いながらみか爺が言う。その瞳は優しく、まるで愛しい孫を見るかのようだ。

「独身だから御台ではないわね。さて、本日無事に本丸発足5年目に入りました」

 主は微笑んでみか爺の言葉を流し、『主』の顔になる。これは『御台様』というよりは『殿』或いは『上様』と呼びたくなるね。まさに指揮官、城主の表情だ。

「誰一人欠けることなく4周年を迎え、新たな始まりに6振を迎えられたことを嬉しく思います。これも全て皆の普段の頑張りのおかげです、ありがとう」

 主の言葉に自然に頭が下がる。言葉以上にその声音に主の感謝と優しさが篭められていることが判る。それが嬉しく、皆がはらはらと桜の花弁を散らす。

「では、5年目にあたり、担当官丙之五殿から伝えられたことですが。霊力・体調ともに問題はないとのことです。健康状態については良好。これも厨房班と体調管理班のおかげですね、ありがとう」

 主に何の問題もないことに安堵し、厨房班と体調管理班の面々が更に花弁を増す。

「今年度の刀剣男士所有限界数は75振。現在68振だからあと7振。三池兄弟を入手したら即顕現、刀帳番号1・21・126が実装された場合も入手後即顕現、それ以外は入手してから相談します」

 刀帳番号140番以降の刀剣男士への不信はだいぶ薄れているとはいえ、完全に消えたわけではない。特に縁のあるものについては複雑だ。僕も肥後の縁を持つものがいるが、実装直後に比べればだいぶ忌避感は薄れてきている。だから、入手後に関係者で相談して決めようということになっている。巴形薙刀以降を顕現すると決めたときにね。

「さて、4周年の政府からの褒賞ですが、今年は2泊3日の本丸全員での旅行だそうです。私の家族……21世紀にいる両親と妹も同行します」

 なんと! 父御と母御、妹君ともご一緒とは! これは千さんと亀甲によく言い聞かせておかなければ。他の同位体に比べれば一期や蜂須賀の教育で多少マシとはいえそれは他の同位体を知っているから思うこと。刀剣男士をよく知らぬご実家にはかなりの衝撃だろう。蜻蛉切と物吉とアイコンタクトを取り、対策を考えようと頷く。

 ご実家との旅行は既に御上が手筈を整えており、今月中旬に肥後の黒川温泉郷に行くことになってるそうだ。総勢70人を超える団体なので、大きな旅籠を一つ貸し切りにするらしい。刀剣男士は普段の現世行きと同じく印象に残らない術を施され、依代はこれも常のように首飾りに封印されるという。

 まだ主の御家族と対面が叶っていない刀剣男士たちは嬉しそうにしている。気持ちは判らなくもないけれど、はしゃぎすぎだ、鶴爺。

 しかし、顕現して1月も経たぬうちに現世とは……今日顕現した6振は早急に錬度を上げる必要があるね。後から主と厚とともに編成を見直すか。毛利藤四郎と謙信景光、豊前江と南泉一文字は京都市中で50まで上げて江戸城内短距離もしくは中距離に放り込んで、巴形と大包平は阿弥陀ヶ峰に放り込むか。とすると、手伝い札と資材を充分に用意しておかなければならないな。ああ、重歩兵と盾兵も補充しておかなければならないね。

 ふふ、こんなぱわぁれべりんぐなんて、昔は考えられなかったねぇ。錬度が足りなくて武家の記憶の前で足踏みしたり、池田屋の記憶の市中では4戦撤退を繰り返していたのが遥か昔のことのようだ。本当に僕たちも強くなったんだねぇ。主もその分強かになっているし。

 話を終えて退出する主に従いながら僕は長いようで短く、短いようで長かった4年間に想いを馳せるのだった。






「よう、歌仙の旦那、飲んでるかい?」

「ああ、充分に頂いているよ」

 4周年を祝う宴は賑やかだった。有志による出し物も続いており、僕に声を掛けてきた薬研はつい先ほどまで厚・後藤・信濃しぃと4人で男〇呼組の『DayBreak』を熱唱していた。今はばみと鯰尾ずおがKink〇Kidsの『硝子の少年』を歌って踊っている。次には鳴・一期・平野ひぃ前田まぁ秋田あき・博多・五虎退で光G〇NJI『パラダイス銀河』が控えている。

 うん、この出し物は主が現世にいた頃に好きだったりよく聞いていたアイドルが中心になっている。他にも乱の『なんてったってアイドル』(小泉〇日子)、光忠と伽羅と鶴爺の『仮面舞踏会』(少〇隊)や新選組の『宙船』(T〇KI〇)、獅子王の『ニンジン娘』(田原〇彦)、陸奥の『ギンギラギンにさりげなく』(近藤〇彦)、沖田組の『悲しい熱帯魚』(W〇nk)なんかもあって、主は大喜び楽しそうだ。主が大喜びするのは今剣とお小夜の『天使のウィンク』(松〇聖子)と愛と蛍の『Flower』(Kinki〇ids)だね。可愛い可愛いと大盛り上がりする。

 源氏兄弟の『WANTED』(ピンク〇ディー)、岩さん・蜻蛉切とんさん・山伏ぶしさんといった筋肉自慢の『年下の男の子』(キャン〇ィーズ)、宗三の『狙い打ち』(山本リ〇ダ)、石切丸いしさん・太郎さん・次郎の大柄御神刀のよる『スシくいねぇ』(シブ〇き隊)あたりはお笑い枠だ。まさかの真面目勢(とんさんとか石さん)が宴会芸ではお笑い枠になる。因みに大抵僕は司会進行を務めるから免除されているんだけれどね。

 そして大トリはみか爺による『Desire』(中森〇菜)。なんというか、天下五剣一美しいといわれる刀の面目躍如というか、とても妖艶なんだよね。

 因みに江雪と明石は専任カメラマンとして出し物は免除されている。江雪なんて日頃のスローペースは何処行ったという機動で写真を撮りまくっているし(だから出し物のある宴会のときは内番着で参加だ)、明石は他の手が空いている者たちを駆使して数台のビデオカメラでの撮影を指揮している。

「大盛り上がりだなぁ」

 僕の近くには出番を終えた厚と乱もいる。

「初めのころは宴会なんてする余裕もなかったもんね」

 厚の言葉に乱が頷きながら言う。そうだね、初めて宴会を開いたのは第一陣がカンストしたときだから、本丸稼働から4ヶ月近く経ってからだったね。

 宴会で出し物をするようになったのは一昨年の審神者会議襲撃誘き寄せ作戦の慰労会からだったかな。主がとても喜んでいたから、それからは新年の宴とこの周年記念の宴で出し物をするようになったんだ。僕も今年の新年の宴では初期刀組で歌って踊ったね。だんすこーちの光忠にみっちりとしごかれたよ。

「賑やかになっていいことだよ。闘いの日々とはいえ、こうして皆で楽しむことも必要だからね」

 主曰く恐らく終わりのない戦いだ。ならばこそ、戦いの合間の息抜きは必要で、こうして肩の力を抜いて楽しむことも大切なのだ。何より主に楽しんでもらいたいが、主は僕たちが笑い合っていることをこそ喜ぶからね。

「大将が勤めを終えるときまで、誰一人欠けることなく、こうして笑い合っていたいな」

 薬研の呟きは皆の想いだろう。そして、主もそれを強く願っている。

「主がそれを望んでいるからね。主の刀として、僕たちはそれに応えるだけだ」

 そうすべく全力を尽くすのが初期刀たる僕の役目でもある。

「あったりまえでしょ! ボクは大往生したあるじさんの黄泉路のお供をするって決めてるんだから」

 ああ、それもいいね。主には絶対に寿命を全うして老婆になって大往生してもらわねば。そして僕たち主の刀はその旅路を守るのだ。

「そういうこった。だから大将には健やかでいてもらわなきゃならねぇ。そのためにもこんなときは充分に楽しんでもらわねぇとな。だから、歌仙の旦那! 出番だぜ」

「そうそう、歌仙さんもお小夜と田貫と練習してただろ。披露して来いよ」

「ええっ!? どうしてそれを!」

 薬研と厚に腕を取られ引っ張られる。

「歌仙、準備、出来てるよ」

「覚悟決めろや、初期刀殿よぉ」

 目の前にはお小夜と田貫。この裏切り者めッ!

「では、続きまして初期刀殿、お小夜坊、タヌキによる『崖の上のポニョ』!」

 司会のうぐ爺が食えない笑みを浮かべている。だからか! だから今日の司会進行は自分がやるなんてらしくもない立候補をしたのか!

 首を差し出せ! と叫びかけ、僕をキラキラと期待に満ちた目で見つめ嬉しそうに笑う主を見れば、僕にステージに立たないという選択肢はなかった。






 主と出会って4年。今日から5年目が始まる。こうして僕たちの本丸は仲間を少しずつ増やしながら主が年老いて旅立つまで続くのだと、根拠もなく信じていた。

 そう、信じていたんだ。