Episode:52 見習い研修再び

 肥前と朝尊がカンストして1週間ほど経った1月某日、担当官の丙之五へのごさんからイレギュラーな通信が入った。通常は金曜の戦闘終了後の時間か、月曜の昼休憩くらいの時間に通信が入るんだけど、今日のこれは金曜日の午後3時。

「見習い研修生の受入要請ですか。久しぶりですね。てっきり今期も要請なしかと思ってました」

 2211年に研修所が出来て以来、実地研修が既存本丸で行われている。私は就任2年目に受入本丸が足りないという理由で急遽受け入れることになり、そのときの研修生は嘗ての教え子という奇跡的な巡り合わせだった。その二重の意味でも教え子である佐登さと君は今も私の弟子という立場で連絡をくれたりして交流がある。因みに実地研修初年度は受入本丸の規定はなくて、前年度の戦績上位本丸から選ばれてた。

 見習い制度開始2年目には受入本丸に関する規定も出来て、その一つに審神者歴3年以上という条件がある。だから、私は今年度から受け入れ可能ってことだ。勿論、審神者歴だけが条件ではなく、50振り以上の刀剣男士がいること、剣以外の各刀種が揃っていること、審神者同士や政府職員との対人関係・本丸内の審神者や刀剣男士同士の対刃関係が良好であることなどが受入本丸になるために最低限必要とされているらしい。

 更に研修生受入本丸は突然打診されるのではなく、これらの条件に当て嵌まる本丸から監査部と審神者教育課と実働補助課で審議されて、その年の研修生の募集人員に合わせて指定される。指定された本丸は年度初めの4月に連絡があるし、毎年配布される審神者業務指南書にも記載されるし、歴史保全省の審神者用ホームページにも掲載される。つまり、現世の創作物にあるように、突然研修生を受け入れろと言われることはない。指南書にも赤字ではっきりと『指定されていないのに打診があった場合は即監査に連絡』と記載されているくらいだ。

 実は今年度から研修所のカリキュラムが見直され、これまで1ヶ月の机上研修と1ヶ月の実地研修だったものが、3ヶ月の机上研修と1ヶ月の実地研修へと変更されている。これには昨年度の研修生の不出来さが関係しているそうだ。

 この不出来というのは単なる『不出来』ではない。単なる成績不良なら再研修で済む。なのに、研修制度大幅見直しとなったのはその不出来が根本からの問題だったからだった。

 ところで、政府は刀剣男士の力を強めるために刀剣男士の認知度と信仰を高めようと様々なことを行なっている。例えば、写真集とかイラスト集、キャラクターグッズ販売。アニメ化や舞台化。舞台はストレートプレイとミュージカルと2パターンある。所謂『刀剣乱舞政策』だ。日本号配布のあった映画なんかもこの政策の一環だったっけ。

 政府の目論見は当たって、現世で刀剣男士を知らない人はほぼいなくなったし、審神者制度への理解も深まった。但し、一部では誤った認識が浸透してしまい、新たな問題も発生している。

 その新たな問題の一つが昨年度の審神者候補たちによって発覚したのだ。

 昭和や平成の昔、晴海や有明で毎年盛夏と年末に大規模なイベントがあった。オタクの祭典だ。オタク気質は最早日本人の民族性なのかもしれない。平安時代から二次創作はあったというし。

 何が言いたいかといえば、由緒正しきオタク民族の日本人だ。見目麗しい戦神なんて、格好の萌え(燃え)材料なのだ。なので、政府の許可したメディア展開から派生し、様々な二次創作が生まれた。勿論、そういったファンアート系だけに限らず、刀剣男士論とか付喪神論とか戦術論といった学術的考察をするオタクもいて、そういったオタクさんたちには技術局やら神祇局やらのスカウトが目を光らせているらしい。うん、何処も人手不足だからね!

 なお、アニメや舞台設定ではない創作はナマモノ扱いだ。芸能人や著名人の創作と同じ扱い。神様相手に! と神祇局あたりは慌てたらしいけど、何を今更。神様が出てくるゲームなんてざらにあるし、某北の大国のコワイ系大統領と我が国のぶっ壊す系首相なんてカップリングを平気で描いちゃってた由緒正しき日本のオタクにタブーなんてなかった。

 いや、本当はタブーはあるんだよね。でも、それが判っていない馬鹿者もいるわけで。現世の創作物の中には、審神者制度の信頼を損なうようなものも少なくない。実際の審神者や刀剣男士、関係各所の政府職員なら『有り得ないwww』と草をはやすような、或いは『有り得ない……』と頭を抱えるような設定の創作が大手を振ってホームページや創作SNSで垂れ流されている。例えば、政府職員が審神者の能力を持つ者を誘拐して無理やり審神者にするとか、家族や友人を使って脅すとか。審神者が刀剣男士を虐げて肉体的・精神的・性的な暴力を加え、その結果審神者が刀剣男士に殺されるとか。やって来た見習いが刀剣男士に見初められて刀剣男士が鞍替えを希望するとか、見習いが呪具や讒言を用いて刀剣男士を誘惑して審神者を追い出すとか。三条や五条といった平安刀は傲慢な神様で気に入った審神者は直ぐ寝所に引っ張り込むし神隠しするとか。

 創作物に『これはフィクションです。現実の審神者制度においてこのような現象は一切起きません』と書いてあれば問題はまだ小さくて済む。だけど、殆どはこんな注意書きがされていない。宮内庁神祇局と歴保省はこれを重く見て色々対策を取ってはいるんだけど、1個潰せば3個湧いて来るみたいな状況で中々改善しない。二次創作に触れない多くの層は政府が公式に配信している本丸の日常動画とか、刀剣男士や審神者のインタビューなんかで現状を正しく理解してくれているのが救いだ。

 ただ、審神者の候補生の中には一定数のこういった創作を信じている者がいる。政府はブラック、ブラック本丸は存在する、刀剣男士は若くて可愛い女を好むなどなど。尤も、これらの候補生は当然ながら研修中に弾かれる。能力不適格者として。それでもそこをすり抜けた一部が、一昨年は研修先審神者をブラック審神者として告発し、昨年は本丸を審神者から奪い取ろうとしたのだ。所謂『本丸乗っ取り』だ。

 尤も、本丸乗っ取りは1件も成功していない。そりゃ当然だろう。刀剣男士は仮にも神だから嘘は見抜く。強欲な魂にも気付く。そして何より、刀剣男士にとっての『主』は顕現した審神者ただ一人だ。主以外の霊力では人の身を保てないこと、最悪折れることも知っている。それに何より彼らの忠誠心の高さを舐めちゃいけない。だから、刀剣男士が主鞍替えを望むこともないし、本丸強奪なんて出来ない。

 この問題が発覚したときに審神者ちゃんねるに現世の四大害悪創作(ブラック政府・ブラック本丸・ブラック男士・本丸乗っ取り)をヲチするスレッドが立った。そこで色々なパターンを見た。審神者候補生が最も影響を受けるのが刀剣男士の主乗り換えだ。所謂『神様に選ばれちゃうワタシ・オレ』ってやつ。魂が清らかで澄んだ霊力を持つワタシが選ばれて当然! 優れた指揮能力を持つオレが選ばれるのは当たり前! という創作を信じて、自分がその主人公だと思い込んでる候補生が多くはないが少なくもないのだ。

 因みにこの選ばれる理由については刀剣男士たち本刃から『有り得ない!』と完全否定されている。

 別に刀剣男士は主に人格者であることや聖人であることを求めていないし、優れた大将や軍師であることも期待していないのだ。そもそも彼らの元主を考えてみ? という話である。

 確かに歴史上の偉大な人物は多い。でも、それは即ちイコール人格者や聖人ではない。某籠の鳥曰く『アレの魂は色々な欲望に塗れてぐちゃぐちゃでしたよ。まぁ、それでなければ天下取りなんて出来なかったでしょうが』らしい。某天下五剣と粟田口長兄も『まあ、人格者であれば関ケ原は起っていないであろうな』『ですな』とか言ってたし、某幸運配達の脇差も『人格者? うーん、狸親父という後世の評価が妥当ですよね!』とにっこり笑ってた。幕末刀たちも『フツーの男だよね。女遊びもしたし、色々あったしねー』なんて頷きあってた。つまりはそういうことだ。殆どの刀剣男士が嘗ての主たちの人間臭さを知っているから、魂の清らかさとか澄んだ霊力なんてものは求めていないわけだ。寧ろ『清らかな魂なんて生まれて数時間の赤子にしか有り得ないだろうね』とは某御神刀の言だった。まぁ、『お腹すいたー!』だけでも欲望だもんね。欲望を抱けば清らかではなくなるよねー。

 なお、指揮能力についてはあったほうがいいけれども、なくても問題ないそうだ。寧ろ戦事を知らないのが当たり前な時代なのだから、必要になれば自分たちが教えるから問題ないってことらしい。私も厚や長谷部、源氏兄弟やら曽祢さん・兼さんから教えてもらってるもんなぁ。

 ともあれ、昨年度そういった問題が発覚したことによって今年度からは机上研修期間が3ヶ月になった。みっちり刀剣男士と審神者制度について学ぶために。

『確り教育するために候補生の数も絞りましたからね、受け入れ本丸に余裕があるんです。なので、今年度は各本丸1回の受け入れで済みますね』

 丙之五さんが言う。今年度の候補生は少人数でみっちり教育したってことか。去年は大変だったんだろうなぁ。

「でも、受け入れ3月ですかー…。年度末……」

 そう、受け入れは年度末。書類が色々立て込む時期じゃないですかぁ。

『これまでを見て、年度末の書類関係も余裕をもって処理できる本丸を選んでます。右近様のところは祐筆課と祐筆補助課と経理課が確りしてますからね。ぶっちゃけ右近様は確認してサインするくらいしか仕事ないでしょ』

 流石は担当官、よく判ってらっしゃる。うん、年度末も平常運営です。

『今回は就業経験のない候補生が多いんです。浪人生とか家事手伝いという名の脛齧りとかニートとか。なので、社会の厳しさを教えていただきたいということもありまして、事務処理関係に優れている本丸が選ばれています。社会舐めてるガキが多いので、きっちり躾けていただきたい』

 ん? それ、『審神者』見習い研修なの?

「世間知らずが多いってことでいいですか? まぁ、一般企業の新人教育も大体そんなもんですけど」

 前線指揮官を育てるための研修じゃなくて一社会人としてまともにするための研修ってことかなぁ。そんなの机上研修でやってと思わなくもなけど、机上研修だと実務はないから仕方ないのか。

「じゃあ、また研修生用のマニュアル作ったら送りますんで、チェックしてくださいね」

『お待ちしております。受け持ちの研修生が決まったらまたご連絡します』

 そうして約2年ぶり2回目の見習い研修生受け入れが決まったのだった。






 研修生受け入れを決めた後、早速本日の業務を変更して全体ミーティングをすることにした。

 本日の近侍は初近侍の肥前、祐筆は歌仙だった。歌仙は早速肥前に軍議之間(以前は広間って言ったけど、居間とごっちゃになるので軍議之間と呼ぶことにした)に全員を集めるように指示して、更に祐筆補助課に会議の準備をするようにとの伝言も託していた。その間に出陣部隊を帰還させ、遠征部隊に鳩を飛ばす。

 出陣部隊の手入を手伝い札を使って済ませ、軍議之間に行くと既に手入を受けていた以外の刀剣男士全員が揃っていた。なお、手入を受けていた刀剣男士は私と一緒なので、これで全員が揃ったことになる。

「本日、丙之五さんから研修生受け入れ要請があった。受け入れるのは弥生3月の1か月間。年度末で色々忙しいけど、どうやらその年度末進行を見せることも目的らしい。早速研修生受け入れ準備を始める」

 そう告げて刀剣男士を見渡せば、2年前とはちょっと反応が違う。前回は『主が特別に任務に任命された!』と何処か誇らしげだったんだけど、今回はちょっと困惑気味。

 何しろうちの刀剣男士の8割はネラーだ。刀剣男士もさにわちゃんねるを見るし、刀剣男士専用板もある。そこでも見習い研修生による乗っ取り未遂は話題になっているらしい。

「前回の佐登殿のようには行かないのではありませんか?」

 挙手をして質問してきたのは大抵の会議でトップで意見や質問を投げる長谷部。

 前回の佐登は元々教え子だったから為人ひととなりは判っていたし、過去からのスカウト組ということもあって能力も覚悟も充分だった。でも、今回の研修生の中に過去からのスカウト組はいないらしいから、どうなんだろうというのはある。

「まぁ、行かないだろうね。佐登は元々私の教え子だったし、私との関係は良好、あなたたち刀剣男士も初めから好意的だった。でも、今回の研修生は全くの初対面の子になる。一応事前の顔合わせはあるし、どの研修生が来るかは決まった段階で詳しい資料も貰えるけど」

 でも、本来は全く見知らぬ研修生が来るのが当然なんだよね。前回の佐登君がイレギュラーだっただけで。まさか20世紀時代の教え子が審神者になるなんて思ってもみなかったし、佐登君だって嘗ての塾講師が審神者になって200年後で再会するなんて思ってもなかっただろう。歴保省だって予想外だっただろうし、全てにとって予想外の巡り合わせだったんだよね。

「今回も前回のように研修生用の手引書を作る。前回から色々制度が変わったりしてるからね、今回は作り直さないといけないし。研修内容については前回と同じく、基本的に通常業務の見学が中心になる。その打ち合わせをするから、後で祐筆課と補助課、戦況分析課と近衛は執務室に来て。手引書作成担当とか色々決めないといけないし」

 それから前回の研修のときにはいなかった江雪左文字以降の14振には見習い研修とは何ぞやを説明しないといけないな。

「陸奥、キヨ、前回いなかったメンバーに見習い研修について説明しておいて」

 祐筆はじめ運営の中心メンバーがこれからミーティングだから、ミーティングに参加しない初期刀組2振に頼んでおく。彼ら2振も前回の研修の中心にいたから、何をやるのかはよく判ってるはずだしね。

「任せちょき」

「了解~。じゃあ、江雪さん、千さん、うぐ爺、貞、包、行光ゆき、パパ上、物吉もっ君、大般若にゃーさん、日本号ごうさん、亀甲、ずず様、肥前と朝尊はこっち来てー。あ、にゃーさんともっくんはミーティングメンバーだから除外だ」

 早速キヨが江雪以降の刀剣男士を呼び集めてくれる。あ、そうだ、にゃーさんは祐筆課でもっくんは祐筆補助課だからこっちでも簡単に説明はしておかないと。

 実は年明けにこれまでの運営課の見直しをしたんだよね。それまでにも今年度に入ってから近衛課を作ったりしてちょこちょこ変えてはいたんだけど、今回は大幅に変えた。で、その中で祐筆課から近衛に移ったメンバーから新たな祐筆として推薦を受けたのがにゃーさんだった。あのおおらかさと懐の深さからの推薦だ。

「にゃーさんの声、好きでしょ?」

「主殿が無理をしそうなときはにゃーさんに止めてもらう」

「主さんの耳元で『そろそろ休んだらどうだい?』とか囁けば主さんも大人しくなりますよね!」

 とは祐筆課から近衛に異動になった鳴狐なき君・骨喰ばみ君・国広くに君の推薦理由。むむむ、反論できない。






 新人への説明はキヨと陸奥に任せて、祐筆課(歌仙・光忠・太郎さん・一期・みか爺・にゃーさん)・近衛課(薬研・鳴君・前田まぁ君・ばみ君・国君・蛍君)・祐筆補助課(蜂須賀・長谷部・切国・平野ひぃ君・もっくん)・戦況分析課(厚・兼さん・蜻蛉切とんさん・髭爺・膝丸・長曽祢そねさん)の23振とともに打ち合わせのために執務室に戻る。

「さて、じゃあ打ち合わせ始めるよ。先ずは資料ね」

 和室部分(15帖ほどある)に座り、印刷した研修に関する資料を配る。タブレットにデータ送れば早いんだろうけど、どうしても昭和生まれには紙媒体のほうが扱いやすい。それは刀剣たちも同じようで、タブレットやスマホは連絡ツール兼娯楽用にしている。歌仙や長谷部とか自分のパソコン持ってる刀剣は仕事にはパソコンを使ってるらしいけどね。

「大般若と物吉は今回が初めての研修生受け入れだから簡単に説明するね。審神者になるためには先ず適性検査を受けて審神者の霊力があるかどうかを確認する。これは全国民が必ず受けるんだ。その後霊力ありの人には審神者資格試験受験案内が届く。試験を受けるかどうかは本人の意思に任される。試験に合格したら研修所で基本の研修を受けて、その総仕上げに実際に運営されている既存本丸で1か月間住み込みで実地研修を受けるんだ。それが今回の研修生受入任務になる」

 そう、審神者制度が一般化している23世紀ではそういった流れで審神者になる。私の場合は過去出身だからスカウトだったけど。まだ研修所なかったから机上研修1日で本丸着任だったけど。まぁ、どういった経路を辿るにしろ、審神者になるのは本人の意思に任されている。家族とか周囲に促されて審神者になる人もいるだろうけど(そういった中には『審神者にならされた』って思う人もいるらしい)、政府が強要することもないし圧力をかけることもない。そんなことして審神者にしたって真面に働かないのは目に見えてるからね。

「研修所では3ヶ月を掛けて色々学ぶんだ。私が審神者になったときには基本中の基本業務の流れしか教わってないけどね。今は各刀剣の来歴や刀種の特徴、戦場の情報に業務の詳しい内容、鍛刀・手入・刀装・錬結のやり方、報告書の書き方、ほぼ全ての業務について学ぶの」

「……主のときとは随分違うね」

 本丸着任時から一緒にいる初期刀歌仙は溜息交じりに言う。そうだねー。歌仙は何も知らずにやり方をこんのすけから教わっている私を見てる。一つ一つを手探りでやって来た姿を知ってるからなぁ。

 それは初期組は皆同じで、薬研・まぁ君・厚の初日組、鳴君・切国・ひぃ君の2日目組、ばみ君・国君の3日目組、光忠・蜂須賀・兼さんの4日目組、5日目の長谷部に8日目の太郎さんと運営約1週間で来ている刀剣たちも頷いている。残りの9振はある程度運営がスムーズにいくようになってからの顕現だから初期のバタバタはあまり知らないからなぁ。8日目までの顕現が最初期組で、次に顕現した一期からはある程度落ち着いてからの刀剣って感じがある。

「主のときとは違うってのはどういうことだい?」

 集まった中では一番の新人に当たるにゃーさんは恐らく他のメンバーも聞きたかっただろうことを言う。

「私の場合は、研修は1日だけだったんだよね。この戦争の歴史と概要の説明、やらなきゃいけない任務の概要、刀剣男士についての概要、初期刀候補5振について、報告書について。それだけを4時間くらいで詰め込んで、後はこの時代の機器になれるための操作の訓練だったね」

 21世紀初頭とは端末が結構違ってたからね! 携帯はフューチャーフォン(所謂ガラパゴス携帯)だったから、スマホとかタブレットのタッチ式には慣れてなかったし。パソコンがほぼ同じディスプレイとキーボードだったのは助かったけど!

「私たちの次の世代から研修所が出来てね。1年スカウトが遅ければ私も研修所に行ってたんだろうねぇ」

 2211年からのスカウトだったらそうなってただろうなぁ。

「運が良かったのか悪かったのか、どちらだろうねぇ」

 歌仙が呟く。ホント、どっちだろう? 実際の研修を受けてないから判らないけど、でも初期組と手探りでやって来たことでより絆は強くなったんじゃないかなーなんて気はしてるから、問題ないね。

「で、実はこの研修所、昨年度までは1ヶ月の机上研修に1ヶ月の本丸実地研修だったんだけど、今年度から机上研修が3ヶ月になってるんだ」

「ああ、去年こぞは何やら問題を起こしまくったらしいからなぁ」

 流石みか爺、やっぱり知ってたか。

「ああ、刀剣男士板で散々話題になっていたアレですな」

 一期も頷いてる。一期は弟たちに関するスレ見るために結構重度なネラーだからね。

「本丸強奪未遂とか刀剣強奪未遂とか、審神者冤罪事件とかだよね」

 うんうんと髭爺が頷きながら言う。そうか、本丸乗っ取りっていうと言葉が軽くなるけど、あれって強奪案件だよね。

「なんですか、その不穏ならいんなっぷは……」

 顕現1年未満のもっくんは眉を顰めてる。にゃーさんも同じ。

「あの話を聞いたときには我が本丸に見習いが来なくて良かったと安堵したものです」

 滅多にちゃんねるを見ないとんさんも知ってたのか。ということはやっぱり刀剣たちで情報は共有してたってことだな。

「研修制度が始まったときからちょっとアレな研修生はいたんだけどね。昨年度は特に馬鹿な研修生が多かったらしくて」

 初年度だった一昨年もお花畑な研修生はいた。でも本丸強奪とか刀剣男士強奪はなかった。ブラック本丸誤通報は多かったみたいだけどね。多分どっちも現世の創作物の影響だろうけど、研修所が出来て見習い制度が始まったことが判ったからそういう創作が増えて、影響を受けた研修生が多かったんだろうなぁ。

「三日月、どれくらい把握してる?」

 この中では一番ちゃんねる情報に詳しくて、一番冷静に公平に物事を見られるみか爺に話を振る。

「そうさな……昨年度の見習い受け入れは皐月・葉月・霜月・如月の4回。スレで見る限りではあるが、凡そ50ほどの本丸で本丸又は刀剣男士の強奪未遂があったようだな。特に霜月の研修の際にはスレが相当荒れておった」

 みか爺凄い……。そこまで把握してたのか。

「凄いね、みか爺。ほぼ正確な数字だ。昨年度の本丸又は刀剣男士強奪未遂案件は実に53件。本丸実地研修がトータル711件だから7%もの強奪未遂が起こってるんだ。実際には本丸実地研修前にそういった傾向のありそうな研修生は強制退学になってるのに、それだけの数が残ってたんだよね」

 昨年度の4回の研修において、各期研修生は200人いた。つまり研修生は800人いたわけだ。でも実地研修が行われたのは711。実地研修前に89人もの研修生が不適格とされた。全てが乗っ取り志望ではなかっただろうけど、強奪未遂と合わせれば約18%もの不適格者がいたということになる。

 なので、今年度は試験内容から見直され、篩い落とす時間を延ばし、更に何度も篩うために研修内容も厳しくなったらしい。その結果、4月スタートの9期生は実地研修前に18人が退学したものの、実地研修での脱落はなし。8月スタートの10期生は実務研修前に24人もの退学者を出したがこれまた実地研修での脱落はなかった。現在は12月スタートの11期生が研修中で中々順調らしい。

「今年も強奪狙いはいたけど、見習い中に無理だって判って心を入れ替えたのも何人かいたみたいだよ」

 いつものほけほけ笑いは何処かへやったらしい髭爺が今年度の状況を教えてくれる。

「っつーかさ、研修を真面目に受けていれば、本丸強奪も刀剣強奪も出来ないって判るはずだよな」

 呆れたように厚は言う。実は今年度研修先本丸指定を受けた際、研修所で使うテキスト一式が送られてきた。なので、刀剣たちもそのテキストを読んでるんだよね。

「僕たちは顕現した審神者様を主君として、主君の霊力以外は受け付けません。ちゃんと教本にも記されておりましたよね」

 まぁ君もテキストを読んでいたから、厚の言葉に頷く。

「恐らく、強奪未遂犯たちは例外事項が適用できるとでも考えたのだろうな」

 そう言うのは隅から隅まで読んでいただろう長谷部。

「ああ、審神者退任時の例外事項か。だが特例条件までは頭に入っていないようだな」

「そうだね。研修受入先本丸がどうしたら特例条件に当て嵌まると思うんだろうねぇ」

 切国と蜂須賀も続く。流石初期刀組。そこまで確り読み込んでたか! まだ顕現して間もないもっくんとにゃーさんは首を傾げてる。2振はまだ業務指南書も読んでなかったかな。読むように言っておかないと。

「般若も物吉も僕ら刀剣男士が主以外の霊力を受ければ最悪刀剣破壊が起こることは判っているだろう? だから、刀剣男士は主を変えることはない」

 よく判ってなかった表情をしていた2振に苦笑して歌仙が説明する。

「だが、刀剣男士は引き継ぐことも出来るんだ。但し、それには条件がある。飽くまでも審神者が退任し、刀剣男士が役目を充分に果たせていないと主張しそれが認められた場合のみ、引継ぎが起きるんだよ」

 歌仙はそう言って説明する。

 刀剣男士の引継ぎが認められる特例条件は ①顕現後1年未満 ②本丸平均の1日の戦闘数が30戦未満 ③顕現後1年以上で本丸最高錬度の刀剣男士よりも錬度が30以上低く且つ本刃が特未満 となっている。更にこれらの条件にプラスして錬度99の刀剣男士・極刀剣男士・顕現5年以上で錬度80以上の刀剣男士はどれだけ刀剣本人が希望しても引継ぎは出来ない(政府所属刀剣にはなれるらしい)。

 だから、長谷部や切国・蜂須賀は例外事項適用を目論んでると見たんだろう。

「でもねぇ……報告書読んでると、そこまで考えて強奪企んでるってわけでもなさそうなんだよね」

 寧ろ刀剣男士が顕現した審神者以外には維持できないって理解してないんだと思う。テキストにも特に重要事項としては書かれてないし、取り寄せたテストにもそれに関する出題はないからね。

「マジかよ……。そこ大事だろ」

 呆れたように言う兼さん。だよねー。

「だよね。なので、教本を作った職員及び該当の講義を担当した講師を現在監査が調査中です」

 乗っ取り案件が出始めたころから、監査はこれが敵の策の可能性を疑って調査してる。初めは研修生の家族とか関係者とかを調べてたらしいけど、これといった共通点はなくて。敵の策というのは考えすぎだったのか? となりかけたところに、研修先審神者たちから『研修生が顕現主以外の霊力を受けた場合の刀剣破壊の危険性を知らないらしい』という情報が入ったそうだ。これがつい最近。なので現在、テキスト製作者と講義担当者を調べてるってことらしい。

「まぁ、そこを教えなかったとしても真面な神経してる候補生なら強奪なんて企まないけどね」

 結局はその候補生の資質ってことだよね。

「で、大将。今回の見習いにはどう対処するんだい? 俺っちたち刀剣の認識を聞いたってことは関係するんだろ?」

 大幅に脱線したというか、前提説明が長くなったなぁと思ったら、ナイスタイミングで薬研が話を進めるための問いかけをしてくれた。

「うん、まぁ、皆が『本丸乗っ取り』についてどれくらい知ってるかなと思ってね。この様子だと少なくとも今年度顕現の刀剣以外は把握してるってことでいいかな?」

 そう問いかければ歌仙と薬研と鳴君と光忠とみか爺が頷く。トップ5がそう認識してるってことは大丈夫だな。

「加州と陸奥守にも昨年度起きた問題についても説明するように言ってあるから問題ないよ」

 歌仙がそう付け加えて、更に安心。

「了解。今回やって来る研修生がそういう問題ありとは限らない。でも、実際問題として昨年度から本丸や刀剣男士を強奪しようとする研修生がいることは確かだ。だから、皆にも一応気を付けておいてほしくてね。研修生を疑えというわけじゃない。もしそういった研修生だった場合、無礼な言動が増えるからね。冷静に穏やかに対応してね」

 そう、刀剣男士が研修生に心動かされるとかは心配してない。けど、刀剣男士は審神者に対しての忠誠心が厚い。そうすると、審神者に対して無礼な言動をすれば、それを不快に思ってキレる可能性がある。演練なんかで絡まれたりするとあるからねぇ……。特に短気な刀剣じゃなくても瞬時に殺気漂わせたり柄に手が添えられていたりするし。

「判っているよ。まぁ、幼子が無礼なのは仕方のないことさ。我々が指導者となって大人の対応をすれば良いということだろう?」

 うん、まぁ、刀剣たちにしてみれば人間は皆幼子か。仮令80歳だろうが90歳だろうが刀剣たちにとってみればそうだよね。

「そういうことだね。部外者が滞在するってことで神経質になるだろうし、そこに無礼な言動が重なれば苛立つこともあるだろうし。まぁ、真面な研修生ならそう言ったことはないだろうけど、念のためにね」

 そう、ちゃんとした常識を持っているなら、自分が研修生でありここに研修を受けに来ているんだという認識があれば、普通は無礼な言動なんて取らないはず。ただ、これまでの約3年の研修で色々実例があるからね。念のために事前に心構えはしておいてほしいなと。前回の佐登君は礼儀正しかったし社会人経験もあったから問題はなかったけど、今回は社会人経験皆無で対人関係に若干の不安を覚える研修生っぽいから一応伝えておいたほうがいいかなって感じだ。

「さて、では手引書の作成に関してだけど。さっきも言ったけど今回は前回のものを色々修正しないといけない。そこで──」

 注意事項を伝えて漸く今後のスケジュールについての話に入る。

 その後研修の手引きに関してと、研修内容についてをどうしていくかを話し合って、一先ず終了。

 研修スタートの1ヶ月前までに研修内容を決めてそれに合わせて手引書作ったり資料作ったりしないとね。