Episode:46 本歌は和歌だけで結構です

 歌仙が極になって以降、我が本丸には4日に1振のペースで極っ子が増えている。歌仙が帰還した後、平野ひぃ君、今剣いまちゃん、鳴狐なき君、宗三、小夜ちゃん、秋田あき君、骨喰ばみ君、安定ヤス君と修行に出た。本来宗三の前に切国だったんだけど、その時点ではまだ切国の極は実装されてなくて、先に宗三たちが修行に出て、ヤス君が修行に出て3日目に切国の極が実装された。なので、ヤス君の次に出る予定だった国広くに君の前に切国が修行に出て、それから国君。国君が帰還したのが3月末で、4月2日の就任3周年記念日があるからと、陸奥は出発をずらして、就任記念日の翌日に修行に出立。その後清光キヨ、兼さん、田貫、青江、蜂須賀と修行に出た。

 っていうか、切国が帰ってきたときは本丸に衝撃が走ったよね! お前、布どうしたって。いや、あの布って切国のアイデンティティじゃなかったっけって。うちの切国は布の洗濯には抵抗しなかったし(初期から諸先輩のさにちゃん情報にて替え布用意してたのが良かったらしい)、そこまで写し写し言わない子だったけど。寧ろ写しは持ちネタ扱いだったし。でも、布から脱皮して卑屈を投げ捨ててくるとは。国君が『お祝いだね』って出立前にお赤飯炊いてから修行に出てたなぁ。そして、安定の長兄は『これぞ修行の成果である!』って、いつものように呵呵大笑してた。うん、違いないんだけど、切国の行ってた修行と山伏ぶしさんの言う修行はなんか違う気がする。というか違うよね。

 蜂須賀の次は顕現順でいえば光忠、長谷部を挟んで伏さん・獅子君だったんだけど、太刀の極はまだ実装されていないということで、先に打刀・脇差・短刀が顕現順に修行に出ることになって。まぁ、これは以前から決めてたことだけど、張り切ってた長谷部はともかく、同じ伊達組の伽羅はちょっと気まずげにしてたなぁ。あれで伽羅って結構気にしぃなところあるもんなー。

 ということで蜂須賀が帰ってきてから長谷部、伽羅、鯰尾ずお浦島うら君、後藤、信濃しぃ君、博多、長曽祢そねさん、千さんと修行に出た。後藤たち大阪城組は自分以前に本丸に来ていた一期よりも先に修行に出ることを渋ってたけど、当の一期に『極となることによってより主殿のお役に立てるのだ。私の極も間もなく許可が下りるだろうから、気にしなくていい』って説得されて、修行に出立してた。

 たださ、博多! アンタ絶対修行の方向性間違ってると思うの! あなたは『刀剣男士』!! 商人じゃありませぇぇぇぇぇん!! 博多の極については聞いてたけど、やっぱり突っ込まずにはいられなかった。一期はお約束のように頭を抱えてた。

 そして、既にカンストしていた(2月の鳴君修行出立の日にカンストした)貞ちゃんが修行に行き、包ちゃん、行光ゆきちゃんと続いた。これにて、現在極実装済み刀剣男士は全員極になったことになる。

 やっぱり貞ちゃんや包ちゃん、行ちゃんは自分が先に修行に出ることには躊躇いがあった。そりゃそうだろうね。彼らは顕現してまだ4ヶ月ほどで、関係の深い刀剣が既に3年以上極を待っている状態だ。新参者の自分が……って気持ちがあるのは十分に判る。

 でも、それを説得したのはやっぱりそのスタンバイ中の太刀3振。光忠と鶴爺と一期がそれぞれに説得してた。行ちゃんだって織田家で光忠(まだ燭台切光忠になる前)や鶴爺と多少の交流はあったらしいし。やっぱり短刀である彼らにはスロット数が増えるというのは大きかったみたいで、割とすんなり説得されてくれて、修行に出てくれた。

 そして、最後の行ちゃんが帰ってきて。織田関係者以外はお約束のように『誰、おま!』って叫んだよねえ。なお、織田組とはいえないまでも歌仙みたいに所有者が織田家に仕えてたり関係深かったりした刀剣も『ああ、不動行光だねぇ』なんて言ってた。だから驚いたのは江戸生まれの刀剣男士と織田家には出入りしなかった刀剣だったから、驚いたのと驚いてないのと半々くらいな感じ。私も聞いていたから劇的変化をするのは知ってたけど、実際に目にするとポカーンだったよね。そして、切国にも言えることなんだけど、卑屈っ子が卑屈じゃなくなると途端に『卑屈時代も可愛かったな』とか思ってしまう。うん、勝手だね!






 貞ちゃんが修行から帰還する前日、本丸に突然、見知らぬ怪しい男が現れた。

 それは監査官を名乗り、聚楽第へ潜入して調査をするように命令してきた。いきなり本丸に何の許可もなく現れたその男に当然ながら刀剣男士たちは警戒を露わにし、近侍の兼さんと祐筆のキヨは抜刀寸前だった。うん、運が悪いというかなんというか、近侍祐筆ともに血の気の多い新選組刀剣だったわ。

 怪しい男は政府からの命令だから聚楽第へ調査に向かえと言ったけど、不審者からの命令に従うわけない。怪しい男は取り押さえ、初期刀組が見張ってたんだけど、切国がやたらと不審者に首を傾げている。マントのフードを目深に被って顔を隠しているのは誰かを髣髴させるしねぇ?

「切国」

 首を傾げている切国を手招きする。トコトコと音のしそうな歩みで近づいてくる切国、何か可愛いな。

「あれって、アレ?」

「だと思うが……」

 マジかー。今更出てくるのかよ。っていうか実装されたんならちゃんと報告して連絡してほしいんですけど! ただでさえ面倒臭い関係があるんだから。

「こんのすけ、説明」

 こんのすけを呼び出せば、確かにこの『監査官』は政府が派遣したことに違いはなく、聚楽第への潜入も政府依頼の特別任務であるという。

「改変された歴史の中で切り離されて封鎖された聚楽第……ねぇ。北条氏政がいると」

 一瞬頭の中に某トンデモ戦国アクションゲームの元気なおじいちゃんが浮かんだけど。それを振り払って言われた内容に首を傾げる。

「新年のご神託では歴史改変は起きてないってことだったよね?」

 毎年新年の皇室行事にて、天皇陛下は直接天照坐皇大御神あまてらしますすめおおみかみから歴史改変の有無についてのご神託を賜っておられる。それ以外にも歴史改変が起きれば直ぐに陛下或いは護歴神社祭主を通じて知らされることになっている。これは天津神々が現世とは違う時空におられるから可能なのだとか。神々は本丸と同じように『何処の時間でもなく、何処の土地でもない』ところにいらっしゃるから、改変の影響を受けないし、改変を察知できるのだ。

「それなのに、改変されて封鎖された聚楽第って可笑おかしくない?」

 神々が察知できない改変が起きたとでもいうのか。それこそ有り得ない。

「長谷部、三日月、明石、伽羅、直ぐに情報収集」

 既に監査官を名乗る不審者が現れた時点で本丸に残っていた刀剣男士は執務室と隣の祐筆控室に集まっていたから、その場にいた戦況分析課とIT課に指示する。4振は直ぐにそれぞれの執務室へと走り情報収集を始めてくれた。

 その傍ら、私は丙之五へのごさんへと通信を繋ぐ。

「丙之五さん、間者スパイって完全クリアにはなってなかったんですっけ」

 そう。有り得ないはずの歴史改変を主張し本丸に侵入した『監査官』。そして、それは政府公認だという。なら、真っ先に疑うのは約1年前の一斉摘発を逃れた敵の間者の存在だ。あの摘発を逃れた者がいるだろうことは皆想定していた。そして、逃れた者は逃れるだけの周到さや用心深さを持っているある意味手練れであろうことも予測がついていた。

『右近様は今回のこの任務、間者が画策したと?』

 食えない笑みを浮かべて丙之五さんは言う。あー、これ、私が言うまでもなく、既にそれを予測して動いてるな。いやーん、丙之五さんも人が悪い。

「本丸の主である審神者に何も知らせず監査官を突然送り込む。まぁ、それは抜き打ち査察なら有り得るでしょうね。でもこんのすけにすら知らされていませんでした。しかもその監査官は何の身分証明も持たず、監査部に問い合わせてもそんな監査官を送っていないという。おまけに顔を隠してますからね。これで疑わなかったら前線指揮官失格です。因みに今監査官は新選組刀剣に囲まれて監視されてます」

 そうなんだよねー。監査官、身分証明書は何も持ってなかった。普通政府から派遣される役人は必ず所属を明らかにする身分証を携帯している。そして名乗るときにはそれを提示する義務があるのだ。なのに監査官を名乗る不審者はそれをしなかった。つまりそれは正規の役人ではないし、如何にも怪しい存在ですと言っているようなものだ。多分、この任務策定に関わった役人の中で不審を抱いた者が敢えて携帯させなかったんだろう。

「126ですか?」

 1は童子切安綱だろうし21は鬼丸国綱だろうから、あと空いてるのは126だしなーと丙之五さんに尋ねる。

『いいえ、158です』

 成程。政府が把握しきれていなかった存在、または一旦協力拒否ったってことね。彼が『そう』なら把握しきれていなかったというのは考え難いから、一度は協力を拒否していた可能性が高い。なら、うちには必要ない。

「丙之五さん、うち、いつも通りで問題ないですよね?」

『ええ、問題ないです』

 つまり、調査とかはお任せしちゃっていいわけですね。了解です。

 丙之五さんとの通信を終え、傍にいた乱ちゃんと五虎ちゃんに戦況分析課とIT課への伝言を頼む。既に動いてるから大まかな情報収集が終わったら後はそれぞれの判断に任せると。

「監査官とやら。当本丸は聚楽第潜入調査任務は免除となりました。よってあなたが我が本丸に滞在する必要はない。お帰りください」

 そう告げると、監査官は怒ったようだった。顔はフードで隠れているから見えないけどね。

「何故だ! 何故俺の命を聞かない! 謀反か!?」

 自分の伝えた命令が受け入れられないことが不服なのか、監査官が吠える。政府の命令をって言わずに自分の命令とか可笑しいだろ。あなたは政府の命令を伝達しただけじゃないの? まぁ、自分の伝えた政府の命令をあっさりと断ったのが気に食わないんだろうなぁ。けど、命令拒否=謀反とはなんと短絡的な。っていうか、政府が審神者に対して命令って時点で可笑しいんだよね。

「政府……内閣にも歴保省にも審神者への命令権はありません。審神者は刀剣男士という神を従わせているために特別措置が取られています。審神者への命令が下せるのは今上きんじょう陛下ただお一人です。他は直属の長である陸軍であれ、飽くまでも協力依頼でしかないのですよ。監査官を名乗っているのにそんなことも知らないんですか」

 そう、意外と知られていないというか忘れられているんだけど、審神者に命令できるのは天皇陛下だけなのだ。歴保省に出向中の陸軍軍人なんだから歴保省や陸軍にも命令権ありそうなものなんだけど、そこは審神者の立場と役割が特殊だから超法規的というか特例措置が取られているんだよね。刀剣男士という末席とはいえ神である存在を審神者は一応従えている。本当は協力してもらってるんだから『従える』とは違うとも思うんだけど。

 だから、審神者に命令を下すということは、審神者を通じて神々に命令を下すということになる。審神者が刀剣男士に命令を下すことに問題はない。刀剣の付喪神は『審神者の命令に従い、時間遡行軍と戦って戦争を終結へと導く』という契約の下刀剣男士となっているからだ。けれど、そこには一言も『政府の命令に従う』とは書かれていないのだ。つまり、一介の人間とその組織である政府には刀剣男士への命令権はない。そこで苦肉の策として、飽くまでも政府は審神者に任務を依頼する、依頼を受けた審神者は刀剣男士に命令を下すという形を取っているのだ。なお、天皇陛下は天津神の末裔であるので命令を下しても問題ないということらしい。

 政府の者であれば、正規の刀剣男士であれば、このルールは確りと理解している。政府には刀剣男士への命令権がないために審神者にも命令が出来ないということをね。それを理解していない、もしくは知らない時点で、この監査官は怪しいのだ。よって、間者もしくは間者に都合のいい情報しか与えられずに操られている可能性が高くなる。もし、全く間者関係なしっていうなら、それは彼に色々指示を与えた政府の役人が馬鹿だったってことになるけど、それはそれでまた問題だな。

「監査官、この任務は全ての本丸に下されているのでしょう。だとすれば、その間の通常の戦場対応はどうなりますか。遡行軍の侵攻を抑えるためにも通常業務を遂行する本丸は必要です。当本丸はその任に就いているというだけです」

 そう、散々1年前に論じられたことだ。こういった特殊任務には特別報酬が付きもので、恐らく今回はこの『監査官』だ。でも、そうすると当然、通常戦場は疎かになる。聚楽第の適性レベルがどの程度かは判らないけど、多分、任務完全達成には厚樫山制圧レベルは必要じゃなかろうか。とすると、それに足りない錬度の本丸は特殊任務を諦めて通常戦場に出るはず。そうなると、手薄になるのは池田屋の記憶と延享の記憶。最も敵の手強い時代だ。その錬度の本丸は特殊任務にかかりきりになるんだろうなぁ。だから、最も敵が手強く激しい戦闘となる池田屋と延享を中心に出陣する本丸の数は減る。ってことで、うちはその穴を埋めるべく、通常通りの出陣をするわけだ。殆どの戦績上位本丸が同じ行動を取るから、戦績がいい本丸ほど報酬限定の刀剣男士がいないんだよね。まぁ、鍛刀可能刀剣が増えて通常戦場ドロップも増えたからそれも徐々に解消されていってるみたいだけど。あー、大般若長光鍛刀可能にならないかなぁ……。三木眞一郎ボイス……聞きたい。

「歌仙、うちは通常通り、延享周回ね。江戸城内でずず様発掘!」

 緑川光ボイスはそこまで執着ないけど、青江のためにもお兄ちゃんには来てほしいよね! 物欲センサー仕事しまくってるけどね! あれか、仏教関係の長髪兄は中々来ない傾向にあるのか! ねぇ、どう思う、江雪兄様。

「承知しているよ。同時に資材確保の長時間遠征だね」

 やることは今まで通りと歌仙に告げれば、歌仙は判っているというように微笑んで頷く。うん、今日も我が初期刀はツーカーですな!

 政府の命令に従わない=自分を求めない私に苛立っているらしい監査官をこんのすけと兼さんに頼んでゲートから政府エリアに放出してもらう。そのうえで、こんのすけと近衛隊とIT課が本丸セキュリティの見直しをした。勝手にゲート開かれて警報もならなかったし、執務室に突然現れたからね、あの推定本歌。御神刀勢も穢れが入り込んでいないか本丸中を確認して、結界の見直しもしてくれた。まぁ、推定本歌が穢れていたわけでもないから、大丈夫だとは思うけど、念のためにね。政府(というか送り込んだ間者)が何かの術を施していないという保証はないわけだし。

 一先ず全てのチェックが終わった後で、改めて通常業務に戻る。

「主、いいのか? 写しよりも本歌のほうがいいのではないか?」

 極前だったら、卑屈全開の口調で言ってただろう科白も今の切国だと、純粋な疑問。

「切国、あれがそうだとして、っていうかそうなんだけどさ。158なんだって」

 丙之五さんに確認した刀帳番号を告げる。それだけで切国は納得したらしく『なら、当然か』と内番に戻っていった。うん、うちの本丸は基本的に刀帳番号140以降は顕現しない方針だからねー。

 因みに3周年を迎えた時点での私の刀剣男士所有限界数は65振になっている。去年から9振も増えたのは驚きだけど、まだ全刀剣男士顕現には足りないねー。全刀剣男士は飽くまでも御手杵までを指しますが何か。御手杵までで未実装3振を加えて67振だから、足りない枠はあと2振。でも、未実装は当分未実装のままいきそうだから、別にいいか。御手杵ぎね君までの実装刀剣男士は全部顕現できる上限数になったから、これからは入手即顕現の予定です。






 さて、そんなちょっとしたトラブルがあったものの、無事行ちゃんまで修行を終えて、実装済み刀剣男士は皆極になった。そうすると、延享の江戸城内短距離ルートを周回するんで、まぁ、資材が飛ぶ飛ぶ。なので、太刀・大太刀・槍・薙刀には資材がたっぷり入手出来て手伝い札も確保できる長時間遠征中心に出てもらっている。

 その傍ら、戦況分析課やIT課はさにわちゃんねる中心に情報収集をしてた。今回の聚楽第任務についてね。

 戦闘はそんなにハードではないようだ。ただ、一度聚楽第に行かせると途中での撤退が面倒らしい。帰ってきちゃうとそこでまた最初からマップやり直しとか。いや、それ普通の戦場と同じじゃん。途中で撤退すると面倒ではなくて、途中で撤退せずに中断っていうことでその時間軸で休息が出来ると考えることも出来るか。戦場で振る賽子さいころが通常であれば方角を示すのに対して聚楽第は進むマス数になっていて、半日に2個しか振れない。毎日5時と17時に賽子が支給されて、いつもの通行手形みたいに小判での購入は出来ず、運営資金とかの現金が必要となる。

 そういう事情から、第二部隊を聚楽第に送り込んで2個の賽子を使ったら次の支給までは部隊を待機させて、第一部隊を通常戦場に送るパターンが多いらしい。だとしたら、通常戦場が今までみたいに疎かになることはないのかな。

 また、今回の任務は初回達成時に成績判定があるらしく、それで『優』判定を得ると報酬として『監査官』つまり山姥切長義が与えられるらしい。ってことは顕現済みの刀剣男士か。

 これには色々審神者にも思うところがあるらしい。

 そもそも、殆どの審神者は今更山姥切長義が実装されるとは思っていなかった。刀帳番号的に126が山姥切長義の可能性は低い。長義は一応長船派だし、となれば75の大般若長光と77の小竜景光が来た時点で『あ、本歌来ないな』と予想していた審神者は少なくない。

 また、山姥切国広を大切にしている審神者(というか、自分の刀剣男士を大事にしていない審神者なんていないと思うけど)の中には彼のコンプレックス解消のために『仮令本歌が実装されても顕現しない』と約束していた審神者もいるというし。

 そんなこんなでさにちゃんでは関連スレが乱立しまくってる。さにちゃん情報や演練で見かける山姥切長義を見て、やっぱりうちには山姥切長義は要らないって思ってる。あの言動、無理です!

 さにちゃん見てみると、何やら初期刀によって反応が分かれている気がする。

 まず、山姥切国広が初期刀の審神者。ここは8割がたが山姥切長義不要で聚楽第報酬が山姥切長義と判明した時点で撤退してる。もしくは『優』判定にならないように調整してクリア。うっかり『優』判定になってしまった本丸は政府に『監査官返却』を打診、或いは山姥切長義刀解を検討という、中々に山姥切国広の過激派モンペと化しているところもあるそうだ。それに対して当の山姥切国広は無印個体の反応は殆どない。無印個体だと卑屈全開になってそのフォローに忙しいだろうからね。逆に極個体だと大倶利伽羅じゃないけど『俺は俺だ』で山姥切長義の絡みをスルーしまくって、逆に山姥切長義が哀れになるという書き込みも結構あった。

 ただ、この山姥切国広初期刀の本丸では、刀剣男士がどうのこうのというよりも審神者自身が山姥切長義の存在に拒否感を示していて、前述のように政府に山姥切長義引き取り依頼をしているケースが多いという。流石にまだ刀解に踏み切った本丸はないらしいけど、実際のところは判らないしなぁ。政府としては『報酬』のはずの山姥切長義の返却希望が数多く寄せられていることに戸惑いを隠せず、一旦山姥切長義の顕現を解くように指示しているらしい。山姥切長義には政府から連絡が行き、受け入れ態勢が整っていないため、暫く顕現を解き眠るようにと依頼しているようだけど……それに納得していない山姥切長義もいるだろうなぁ。

 続いて問題が大きいのは、蜂須賀虎徹が初期刀の本丸だという。蜂須賀虎徹は真作・贋作に拘りの強い刀剣男士だ。その一方で『写し』は贋作とは別物として扱っている。だから、山姥切長義が山姥切国広を『偽者君』と呼ぶのが気に食わないらしい。うちの蜂須賀も言ってるもんなぁ。『写しと偽物の区別がつかないとは真作の本歌とは思えない見識だね』って不愉快そうに言って、当の切国と曽祢さんに宥められてた。

 それから歌仙兼定が初期刀の本丸だと、山姥切長義の狭量さと余裕のなさに『雅じゃない』とプリプリしているところが多いらしい。山姥切国広の刀剣男士としてのこれまでの働きを無視して、単に自分の写しだから偽物扱いなんて狭量すぎるってことみたい。蜂須賀のケースと同じく、写しと偽物の区別がつかない(というか敢えて付けない?)点もお怒りポイントみたいだ。

 加州清光と陸奥守吉行が初期刀の本丸では目立った共通の反発っていうのはないみたいだけど、やっぱり何処でも山姥切長義への風当たりは強いっぽい。

 そもそも、山姥切国広っていう刀剣男士は割と初期に顕現することが多い。うちだって3振目の打刀だし、本丸全体でも11振目だし、2日目顕現だから古参の1振だ。尤もうちの場合、54振中の6割が古参扱いの1ヶ月目顕現なんだけどね。

 うちはともかくとして、本丸稼働初期から山姥切国広は働いてくれていて、卑屈さはあれど戦も内番も嫌がらずに真面目に働いてくれている刀剣だから、審神者や仲間からの信頼は厚い。初期刀が誰であれ、割と何処の本丸でも初期刀ファイブは仲がいいケースが多くて、初期刀ではない4振が初期刀のサポートをしていることも少なくない。そうすると当然ながら、審神者や初期刀の評価は山姥切国広>(超えられない壁)>山姥切長義になる。しかも本丸を纏める初期刀にしてみれば、山姥切長義は刀剣男士の先達である山姥切国広に自分の価値観及び感情だけで突っかかり運営を乱す存在と認識される。元々の信頼関係もあって、尊大な新参者に対しての評価は厳しくなるよなぁ。

 初期刀の考えって結構本丸全体にも影響するし、さにちゃんで見る限り、山姥切長義がスムーズに受け入れられている本丸というのは稀な気がする。

 うちの場合、私が監査官に不信感バリバリだし、山姥切長義についても『今更?』と思っていることもあって、これは本丸に来ても扱い悪くなるなって自覚してるから、この偏見が払拭されるまでは呼ぶ気は一切ない。刀剣男士たちも『140番以降だし、いいんじゃない?』とすんなり受け入れてくれている。というか、同派が140以降にいる粟田口や光忠がそれを了承している時点で他の刀剣男士は何も言わないしねぇ。

 なお、うちの歌仙も山姥切長義の言動を伝え聞いてプリプリ怒ってた。怒り方が可愛いよねーと薬研と微笑ましく見てたらアイアンクローされた。歌仙ってば雅じゃない!

 歌仙にしてみれば、切国は宗三とともに頼りにしている打刀の筆頭だ。歌仙の次に来た打刀は鳴君で、鳴君は絶対的第一部隊隊長としてまた粟田口保護者として頼りにしている。その次に来た切国と宗三は本丸の2日目から後方支援担当として頑張ってくれていた。彼らがいたから歌仙は出陣に集中できたんだという。初期に来たからか、写しだと卑屈になることも全くないとは言わないけど余りなかったし、短刀たちの世話を率先してやってくれていたし、計算ごとが苦手な歌仙に代わって資材管理だってやってくれていた。宗三も資材管理してくれてはいたけど、彼の場合一言嫌味付きだったから、何も言わずに黙々と気づいたらやってくれていたという切国への信頼はかなり厚いんだよね。同じ初期刀組ということもあって、打刀の中での信頼度はかなり高めだ。

 だから、歌仙としてはそんな切国を認めようとしない山姥切長義に対していい感情はないという。切国はまごうことなき、本丸古参の頼りになる刀剣だ。それを偽者だと!? 写しは偽物じゃない! 自分の山姥切りの逸話を奪い騙った偽者だと? それは飽くまでも人間がそう言っているだけで切国の責ではない。そんなことも判らず何が本歌だ! 首を差し出せ! という感じらしい。

 まぁ、どうしても本丸サイドとしては山姥切国広贔屓に物事を見るよね。だけど、山姥切長義の主張も判らなくはない。自分が本歌であるのに、審神者業界ではまるで山姥切国広のほうが本歌で山姥切長義はそのおまけみたいな認識があるから。本歌は自分なのに! って思う気持ちも判らなくはない。けどねぇ、その主張方法が悪手だよね。自分に誇りがあるのはいいんだけど、それを全方位への攻撃性に変えるのはどうかと思う。あの攻撃性は本丸に不和の種を蒔くためなんじゃないかと勘繰りたくなるくらいだ。

 自分に自信があって攻撃的といえばうちにはまだいない大包平も該当するけど、彼の場合は攻撃対象が天下五剣に限られてるし、そのうえ三日月には掌の上でコロコロ転がされ、大典太光世には戸惑われて結果スルーされてる。数珠丸恒次には思うところもあるらしく攻撃性発揮されないし。どちらかというと大包平って不憫枠じゃない? それに他への攻撃性がないのはやっぱり大きいよね。

 なのに、山姥切長義は攻撃性全方位でしかもメイン攻撃対象が卑屈刀剣として審神者の庇護心を擽りまくった山姥切国広だ。どうしても評価は厳しくなる。政府の実装に関する手順が拙くて、入手して初めて山姥切長義確定っていうのもねぇ。これが先に山姥切長義実装と発表されていれば、本丸ごとに心づもりも出来ていたんだろうけど。山姥切国広へのフォローも含めてね。でもいきなりの登場であの性格だと、受け入れられない本丸は少なくないよなーと思わざるを得ない。

「何処の本丸でも問題の種になっちゃってるみたいだねぇ」

 本日の祐筆、光忠がタブレットを見ながら言う。光忠も山姥切長義のことは気になってはいるらしい。まぁ、長義って長船四天王の一人とか言われてるし、一応長船派だから気になるんだろうね。

「うーん、彼の刀工は僕らの親とちょっと違うからね。作風が異なるんだ。僕らの親は備前だけど、長義は相伝備前だからね。うちの刀派とは言えないかも」

 成程、長船派だけど長船派ではないという微妙なあたりなのか。長船の作風ではないけれど完全に異なるとも言い難く流れは汲んでいる。かといって相州とも違う、独自の相伝備前ってことか。うん、自力で確立した技法というか作風を持ってる刀工であれば、その作である山姥切長義が己に誇りを持っているのも当然だよね。

「装束がスーツなのは長船っぽいけど、切国君の装束とも似てるしね。彼に言わせれば切国君の装束が似てるんだろうけど」

 演練で見た山姥切長義を思い浮かべる。確かに長船っぽくもあるし山姥切国広っぽくもある。山姥切国広と似た戦装束もまた、山姥切長義のお怒りポイントになるんだろうなぁ。

「色々複雑なのは想像がつくけど、年長者としての余裕もないし、本歌だというなら本歌らしくどっしりと構えていればいいんじゃないかな。そういう余裕のなさは長船っぽくないよね」

 ああ、言われてみれば確かに長船っぽさってないよねー。長船、うちには光忠しかいないけど、先輩たちの本丸の長船派見る限り、長船派って皆精神的に余裕があるというか。平安太刀に通じる懐の深さがあるよね。謙信景光以外は太刀というのも関係してるかもしれないけど。それに比べて話に聞く本歌は全然余裕ないし、全方位に喧嘩売りまくってるし。

 というか、自分に誇りを持ってるのって、何も山姥切長義だけじゃないんだけどなぁ。山姥切長義だけが名剣名刀ってわけじゃない。寧ろ全刀剣男士が名剣名刀だ(但し巴形薙刀・静形薙刀は政府が作った集合体だから除外)。名剣名刀揃いで国宝も重文も御物もわんさかいる時点で『刀剣』としての優劣は刀剣男士には関係ない。審神者が重要視するのは、どれだけこの戦いに協力してくれているかだ。そうなると、真っ先に協力を約してくれた初期刀の山姥切国広と最近協力を決めた疑惑のある山姥切長義じゃ、審神者の信頼度は段違いというか桁違いになるのも当然だと思うんだよね。

 それと、これは山姥切長義の責任じゃないんだけど、一旦顕現された山姥切長義が報酬というのも、審神者としては微妙なんだよね。他者に顕現された刀剣男士だから。誰が顕現したかも判らない刀剣男士を本丸に置くというのは不安がある。名乗りを上げて契約を結んでいたとしても、己自身で顕現した刀剣男士と違って、審神者の霊力を受けていない分、審神者の影響もない。それどころか何処の誰とも知らない相手の影響を受けている可能性が高い。

「なんか、聚楽第といい、山姥切長義といい、政府が本丸に不和の種を蒔いて、且つ審神者を不安にさせようとしてる気がする」

 封鎖されて隔離された改変済みの歴史って、今までだと有り得ないってされてたことだし。

「そうだね。なんだか不穏だ。歌仙君と相談して本丸警備を強化するよ。それからIT課は常に情報収集を怠らないようにしておいたほうがいいね。まぁ、明石君か伽羅ちゃんのどっちかが常にサイバー室に籠ってネットの海を巡回してるから、何かあれば情報拾ってくると思うけど」

 因みにサイバー室はIT課が博多に談判して予算を勝ち取り本丸で一番ハイスペックなパソコン数台を導入した部屋だ。本丸内で一番外観とミスマッチで違和感を覚える部屋だね。そこでネット巡回して情報を集めたり、ハッキング(クラッキングではない)スキルを磨いたりしている。お陰で本丸の通信の安全性は高くなったし、各種システムも随分使い勝手が良くなってる。なお、長谷部や陸奥もIT課じゃないけど、よく勉強会には参加してるらしくて、IT課が忙しいときには手伝ってるな。っていうか、長谷部は祐筆補佐課にも戦況分析課にも属してるんだから、働き過ぎないように気を付けておかないと。

 山姥切長義に関してはあれこれ調べて散々不信感を募らせてしまってはいるけど、実際のところじかに接したわけじゃないから、情報の正確性は怪しいところではあるんだよね。それに審神者になってから気付いたけど、私結構好き嫌い激しいし、身内贔屓も酷い。だから、山姥切長義に対して公正公平な判断が下せているとも思えない。

 聚楽第任務についても、そもそも参加してない状態だから、正確な情報はないし。うーん、取り敢えずまだ期間はあるから参加してみるべきかなぁ。そこは歌仙たちと相談してみよう。

 山姥切長義に関しては取り敢えずうちの本丸には当分呼ぶつもりもないんでスルーしつつ、政府の動向含めて要注意かもな。まだ前回の一斉摘発から1年も経ってないのに、また不穏な影が動き始めるとは思わなかった。

 政府さーん、前線部隊は前線に集中させてください。