Episode:45 極まった初期刀

 歌仙の極実装が決まって、本丸は喜びに沸いていた。うん、皆歌仙の修行許可を待ってたからねー。初期刀だからというのもあるし、顕現順で修行に出ると決めていたからというのもあるんだろうな。1か月後には切国も極が実装されるはずだし、光忠以前に顕現してるメンバーはそれで修行に出られるようになる。

 そして、これで漸く10月に配布されていた修行道具の出番がやってくるわけだ。歌仙の極実装が仮発表(正式発表は実装当日だからね)があった夜のミーティングで歌仙の極についてと今後のことについて話をすると。

「ところで、主。配布された修行道具は全員分ではなかったはずだね? 足りない分は勿論、本丸運営費から購入するんだよね?」

 あれ? 何で目が笑ってないの、歌仙。いや、運営費から出すのはどうかなぁって思ってるんだけど。きっちり博多と後藤が予算組んでるし。

「主、俺たちの分を主のぽけっとまねぇから買うのはならんからな」

「運営費でなくば、俺たちが自分の給料で買うぞ」

 確実に配布分には含まれない太刀のみか爺と薙刀の岩融がんさんから私費禁止を言い渡される。ええー、それは不公平じゃね? 26振は自分の懐痛めずに修行に行けるのに28振は自腹って不公平でしょ。

「既に修行に出た6振、配布された20振と不公平と仰るなら、運営費からご購入ください、主。残り28振分を主の私費にて賄われるというのであれば、それは主からの下賜の品となりますゆえ、不満も生まれましょう」

 不公平ってそっちか! でも、皆、特に既に極許可の下りてる(=道具配布対象)刀剣たちが力強く頷いてるから、長谷部の言葉は納得できることなのか。うん、常々刀剣と人間の考え方の違いってのは感じるけど、ここでもそうなのか。

「あー、判った。じゃあ、長谷部。26振目が修行に出るまでに購入計画立てておくように博多たちに指示しといて。まぁ、まだ太刀以上の極化スケジュールは出てないから余裕はあるだろうけど」

「拝命しました」

 満足そうに頭を下げる長谷部。主命が嬉しいのか自分の意見が容れられたことが嬉しいのか。まぁ、両方かな。

「それとね、皆で顕現順で修行にいくって決めたみたいなんだけど、それを変えてほしいんだ」

 飽くまでも私の希望であり提案として告げる。

 現状切国はまだ極修行の許可が下りてない。切国は順番で行けば歌仙・平野ひぃ君・今剣いまちゃん・鳴狐なき君に続いて5番目に修行に出ることになる。すると、単純に計算して4振の修行にかかる日数は半月ちょい。つまり、切国はそのころにはまだ修行許可は出ていないはずで、そこで修行が一時中断する。切国の後は恐らく太刀の極化が始まるんだろうけど、これもまたスケジュールが不明だ。初期刀組のように1ヶ月毎であればまだマシだけど、数か月おきなんてことも有り得るかもしれない。そうすると、光忠以降はまた滞ることになる。皆修行には行きたがっているし、特に私としては刀装が2つ持てるようになる短刀については早めに修行に出したい。

「気持ちは判ります。切国もそれを気にしていましたからね。だから、切国は自分の順番が回ってくるまでに修行許可が下りていなければ僕に先に修行に行けと言っていたくらいです」

 今日の近侍としてミーティングに参加していた宗三が言う。切国そんなこと言ってたのか。

「確かに短刀たちは極になる恩恵が大きいよね。それに僕も脇差極のガードは気になるなぁ」

 脇差代表で参加の青江も賛成してくれる。

「だが、先に御上との契約を結んだものから修行をと思う後発組の想いも判らんではない」

 みか爺の言葉も尤もなことだ。実際に後藤たち後発実装の大阪城組からは以前言われてるからね。鳴君や兄弟たちよりも先に修行に出る気はないって。

「だったら、基本は顕現順、順番が来たときにまだ修行許可が出てなければその刀剣を飛ばして後回しにして、許可が出次第修行に出るっていうのは?」

 一応の折衷案になるかなと思って提案してみる。例えば、切国の順番でまだ許可が下りてなければ先に宗三・小夜ちゃん・秋田あき君が修行に出る。秋君の修行中に切国の修行許可が下りれば、秋君帰還後は切国が修行に行って、切国の後に秋君の次に顕現した骨喰ばみ君が修行に行く。そうすれば待ち時間が無駄に長くなることはないし、多少は後発組の罪悪感も軽減されるだろうし。

「それでいいんじゃないかな。俺に異存はないよ。それに兄としては浦島を早く修行に出してやりたいと思っていたんだ。今のルールだと、いつになるか判らなかったからね」

 ミーティング参加メンバーの中では最後に極修行許可の出ている蜂須賀が同意を示してくれる。自分のことよりも弟のことを思っての賛成ではあったみたいだけど。確かに浦島うら君、本丸に来たのは運営開始1か月ちょっととかなり早い時期に来てて、でも今の修行ルールだと修行に行けるのは恐らく初期実装組最後でいつになるか判らない岩さんの後になるもんね。それはそれで何か違うって感じがするし。

「では、今の主の提案に対しての決を採ろう。反対の者はいるかい?」

 歌仙がミーティング参加刀剣を見やれば、誰も反対はいなかった。

「では、決まりだね。僕の後からは基本顕現順の許可なし刀剣飛ばしで順次修行に出ることにしよう」

 歌仙がそう告げて、この話は終わりだ。因みに歌仙の正式な修行許可まではまだ数日あるからその間に先に修行に出そうという意見は全く出なかった。やっぱり皆初期刀には先に極になってほしいらしい。歌仙が極になる前提での順番変更だから受け容れたっぽいな。本当に皆も歌仙のこと大好きだよね。流石我が初期刀、愛されてる。

「当分の間は誰か1振は常に不在となるわけか。ならば、それを踏まえて出陣と遠征の部隊を見直さねばならんな」

「ふむ。歌仙殿が戻るまでの分は良いとしてその後だな。歌仙殿の修行中に草案を纏めておくか」

 戦況分析課にいるみか爺と膝丸が早速動き出してくれる。頼もしいなぁ。

 必要なことを全て伝達して、ミーティングは終了する。状況の説明をすれば直ぐにそれに対しての対策を取り始めてくれる刀剣たち。流石に3年目も終わりに近づくと、刀剣たちもすっかり運営にも慣れたものだ。それにどれだけ助けられているか。本当に有り難い。

「……いい本丸になったね。これも主の努力の成果だよ」

 私の心を読んだかのような歌仙の言葉。でもね、歌仙。この本丸の礎は紛れもなくあなたが作ったものなんだよ。ありがとう、歌仙。






 そして、愈々歌仙の修行許可が下りた。今日歌仙は修行に出る。今までずっと一緒にいた歌仙が本丸に不在なのはちょっとばかり不安もあるけど、歌仙がどんな修行をして、どんな新しい歌仙になって帰ってくるのか楽しみでもある。今日から出かける歌仙のために朝食は歌仙の好きなものを作ろうかな。

 そう思って部屋を出ると、既に旅装束を身に纏った歌仙が待っていた。

「え? もう出るの?」

 こんなに朝早く? まだ、朝食作り担当くらいしか起きてない時間なのに、歌仙はもう出立するという。

「待ちきれなくてね。どうせ時を超えるのだし、いつ出立しても構わないだろう? それにその分早く戻ってこれるから、次のひぃも早くに修行に行けるようになるしね」

「そっか。餞に朝餉は歌仙の好きなおかずにしようと思ってたんだけど」

「それは残念。帰ってきてから頼むよ」

 そう言う歌仙に頷いて、歌仙を見送るためにゲートへと向かう。いつもは執務室で申し出を聞いて、それからこんのすけが刀剣を一旦歴保省の関係部署に連れて行くんだけど、今回は大手門を使って行くらしい。『そのほうが旅立ちらしくて雅だろう?』って言われたけど、時々歌仙の『雅』が判らなくなるな。まぁ、この場合は旅立ちの風情があるってことだろうから、雅といえば雅か。

 大手門に行くと、そこには薬研と光忠もいた。どうやら彼らもこの時間に歌仙が出立することを知っていたらしく、見送りのために来ていたようだ。

「薬研、光忠、僕が留守の間、主と本丸を頼むよ」

「任せな、旦那」

「OK、歌仙君」

 歌仙が2振に告げ、私に向き直る。

「ねぇきみ。僕の話を聞いてくれないか」

 勿論、聞きますとも! そして、歌仙は修行を願い出る。主である私の傍を離れることには不安もあるけれど、でもこれからのために強くなりたいのだと。『細川の歌仙兼定』から『右近の歌仙兼定』になるためにも己を形作った根源を確かめたいのだと。

「うん、行ってらっしゃい、歌仙。私の大事な初期刀がもっと雅でもっと強くなって帰ってくるのを待ってるからね」

「ああ、では、行ってくるよ」

 歌仙の言葉からしても『歌仙兼定』の来歴からしても、歌仙が赴くのは多分、細川忠興のところだろう。ガラシャ夫人が生きてる時代って可能性も無きにしも非ずだけど、多分、歌仙が行くのは忠興が三斎を号した後。隠居して八代に移った後なんじゃないかなーという気もする。藩主の座を降りて(というか、初代肥後藩主は息子だから、初めから忠興は藩主じゃないんだけど)悠々自適の隠居生活で当代一の文化人の一人として過ごしている時期に行くんじゃないかという気がしてる。因みに『八代』は地元民だと『やつしろ』ではなく『やっちろ』と言ったりする。父の故郷が八代だったんで年に数回父の里帰りについて行ってたからか、私も『やっちろ』って言っちゃうんだよなー。そういえば八代にいた教え子の実家が梨農家で、契約更新のときに営業担当に同行して家庭訪問したらお土産だって瑞々しい旬の梨を大量にもらったな。あれはすごく美味しかった。

「さて、大将、朝餉作り始めないと間に合わないぜ」

 こんのすけに先導されて大手門を潜った歌仙の後ろ姿が完全に見えなくなり、ゲートが閉じたところで薬研が声をかけてきた。

「それもそうだね。歌仙がこんなに早く出かけるとは思ってなかったよ」

 どっちかというと歌仙は朝に弱いんだけどなぁ。それだけ修行に出るのを心待ちにしてたのか。それに早くに出かければ当然96時間後も早い時間になるから、帰ってきた日には業務開始前に戻ってこれるし、業務に支障が出ないとか考えてるのかな。帰ってきたら即行出陣のつもりかもしれないし。それに次に修行に出るひぃ君も早く修行に出られるし、そういった思惑もあるのかもしれない。

「歌仙の修行ってどんなのだろうね。多分忠興公のところだろうけど、雅と首を差し出せとどっちに偏ると思う?」

「偏るの確定かい?」

 私の問いに光忠は苦笑する。いや、だって、修行って皆何か一つを習得というか吹っ切って帰ってくることが多いらしいじゃない? うちの短刀ちゃんたちもそういう感じだったし。だとすれば、歌仙もどっちかだろうとは思うんだよね。

「雅に磨きがかかるんじゃないか? というか、物騒に磨きがかかっても困るしなあ」

 確かに、物騒に磨きがかかる修行って一体何って話だし、物騒に磨きがかかるなら信長に仕えてるころ(正確には忠興が仕えていたのは嫡男の信忠だけど)になるだろうしなぁ。なんか、そこには行かなそうな気がする。

「歌仙と安定ヤス君で首狩り族とか妖怪首を置いてけとか言われてるけど、そんなのパスだねー」

 歌仙の『首を差し出せ』とヤス君の『首落ちて死ね』で、2振を首狩り族なんて言ったりするらしい。まぁ、2振とも戦場ではかなり物騒な言動増えるからなぁ。

「まぁ、うちの歌仙君は他所に比べれば穏やかな個体っぽいし、大丈夫じゃないかな」

 光忠が苦笑しつつ言う。確かにうちの歌仙はお猿君のところの歌仙よりは穏やかな感じがする。初期刀の歌仙兼定って、そうじゃない歌仙兼定よりも人見知りしないし、短気でもないというしね。あと、一応私が女というのもあるんだろうね。女審神者のところの歌仙兼定は男審神者の歌仙兼定よりも若干穏やかだとも聞く。まぁ、それでも時々は『雅じゃない』って怒られるけど。

 そんなことを話しながら厨房へ向かい、そこで朝食の準備を始める。暫くすると掃除班や洗濯班も動き始めたらしい声がして、いつもの朝になる。

 朝食の準備も終わり、いつもの朝食時間になって広間(というか居間かな。全体軍議する部屋を広間と称してるし)に皆が集まる。いつもと同じ朝だけど、歌仙だけがいない。そのことに目敏い幾振かは気づいているみたいだった。

「えー、気づいている人もいるみたいだけど、今日から歌仙がいません。今朝、修行に旅立ちました。とはいえ、今週歌仙は祐筆にもどの部隊にも入ってないから、編成に変更はなし。まぁ、今日からいなくなるのは判ってたから、厨房班もそこのところの調整は済んでるから問題ないでしょ。ってことで、いただきます」

 食事の号令時に歌仙不在を伝える。とはいっても今日から歌仙が不在になることは判ってたわけで、祐筆ローテーションからも歌仙は抜けてるし、出陣部隊にも遠征部隊にも入ってない。厨房班は既に歌仙不在でローテーションを組み直してるからこれもまた問題ない。ただ、やっぱり皆何処か物足りなさそうな顔をしているのは歌仙が初期刀だからだろうな。今まで私の里帰り初回を除いて歌仙が本丸を空けることなんてなかったから。同じような感じが初日顕現組の修行のときには見られたし。

 食事の後はこれまたいつも通り鍛刀所と刀装部屋、手入部屋の掃除をする。いつもは歌仙と一緒にやるこの掃除だけど、今日は光忠が手伝ってくれた。まぁ、今日の祐筆は光忠だしね。日課の鍛刀3回と刀装作りを終えて執務室へ行く。朝礼に持っていく端末を取りに来たんだけど、そこで光忠が私に万屋通販の箱を差し出してきた。

「夕べ歌仙君から預かったんだ。主を置いていくのが心配だったみたいだね。本当にうちの初期刀殿は主に甘いよね」

 箱を開けてみれば、入っていたのは『修行呼び戻し鳩』。今まで誰にも使ったことのない道具だった。

 うん、正直、今回はちょっと気持ちが揺れたんだよね。これ買っちゃうおうかなーって。でも、薬研たち短刀の修行のときには使わなかったものを歌仙にだけ使うと、それは不公平かなって思った。4日間の不在をなくしてしまえば、その分歌仙は普通に修行に出て帰ってきたメンバーよりも仕事を多くすることになるし。それに、誰にでも同じように使える道具を誰かにだけ使うのは贔屓になっちゃいそうだし。

 でも、本人から使えと渡されたのならいいよね。労働時間増えることも納得済みだし、私の私費で購入したわけじゃないから贔屓にもならないはず。

「歌仙君から本当は出立後5分以内に渡すようにって言われてたんだけど、流石に朝餉の前にバタバタする時間はないからね。遅くなったから、歌仙君に怒られるかな」

 苦笑しつつ言う光忠。うちの初期刀殿は一番私に厳しくて一番私に甘い刀剣だっていうのは、多分本刃以外の大部分の共通認識。歌仙は自分よりも光忠やみか爺のほうが私に甘いと認識してるみたいだけど。そこはやっぱり亀の甲より年の劫というか、平安・鎌倉生まれの刀はきっちりしてる。初期刀よりも出しゃばるわけにはいかないとでも思ってるのか、全てが歌仙よりもちょっと下回る感じだ。つまり歌仙よりも厳しくない代わりに歌仙よりも甘くない。因みに一番フラットというか厳しくも甘くもないのは現在本丸最年長の源氏兄弟。流石の最年長といった感じ。

「大丈夫でしょ。でも、歌仙、ホントに私に甘くて心配性だね。他所じゃ『歌仙スーパードライ』なんて言われることもあるらしいのに」

 怒らせると一番怖いけど、甘やかすときにはもうデロデロに甘やかすからな、歌仙。まぁ、表面上は判りにくいことも多いけど。だから年若い江戸時代以降の新刀なんかは歌仙は私に対して厳しいと思ってるみたいだし。戦国生まれくらいまでの刀だと甘いのはバレてるね。

 光忠に促されて、箱から鳩を取り出し、霊力を篭める。すると鳩はふわりと浮き上がり、2、3度羽搏くと消えた。そして、何故か開いていたはずの執務室の障子が閉まる。うん、過去6振もこうだったな。それまで開いてた障子がいきなり閉まるんだよね。多分、執務室の障子が修行先からの帰還ゲートになってるんだろうけど。

 閉じた障子に映るシルエット。どうやら兜だったり領巾ひれだったりの新たなオプション装束はないらしい。そして、障子が開く。

「どうだい。風流を意識したこの衣装。雅を感じるだろう」

 一層艶やかに華やかになった歌仙が帰ってきた。

「おかえり、歌仙!」






 帰ってきた歌仙とともに出陣前のミーティングに出ると、歌仙の姿に光忠と薬研以外が唖然としてた。うん、薬研もやっぱり知ってたのか。

「えっ、之定!? もう帰ってきたのかよ!」

 皆の心の声を曾孫認定の兼さんが代表して言ってくれた。

「全く……本当にうちの初期刀殿は甘くて心配性ですねぇ」

 呆れたように言うのは宗三。宗三にしてみると、歌仙は弟分に近い存在らしい。まぁ、織田にいたときは宗三を所有していた信長の息子に仕えていた忠興が持ってた刀だし、弟の小夜ちゃんが面倒見ていた刀だしね。うん、細川時代、付喪神になりたての歌仙兼定の面倒を見てあげていたのが小夜左文字らしいんだよね。だからか、何処の本丸でも歌仙兼定は小夜左文字に頭が上がらないとかなんとか。

「えーと、まさかの歌仙即日帰還です。今日は昨日組んでる部隊で出陣するけど、明日からは歌仙の錬度上げになります。ってことで、長谷部、編成組み直しお願いね。あと、編成の問題があるんで、極力即日帰還はなしの方向で。えー、現時点で即日帰還希望者、挙手」

 4日間は不在の予定で部隊編成しているから即日帰還を当日に申告されると色々面倒なんで、取り敢えず聞いてみる。すると、まぁ、予想通りかな。2名の挙手。光忠と長谷部だった。

「うん、了解。じゃあ、今日のスケジュールは昨日指示した通り。出陣部隊は準備して執務室へ。内番はそれぞれの業務に移って。あ、それと、岩さん、蜻蛉切とんさん、山伏ぶしさん、太郎たろさん、次郎じろちゃん、保管庫の錬結用刀剣、執務室に運んでくれるかな。歌仙の錬結するから」

 そう指示を出して、それぞれの仕事のために解散する。本日の近侍と祐筆、それから歌仙が執務室へと同行する。部隊を出陣させて、指揮を執りながら歌仙に錬結しまくって。

「うわぁ、打撃ゴリラ」

「主?」

 何この打撃112って。無印のときは打刀の中では真ん中くらいのステータス値だったはずなのに、極打刀では6番目。っていうか、そのうちの4振はレア4打刀だから、そもそもの基礎値が高い。同じレア3打刀で歌仙より上なのは長曽祢そねさんだけだ。打刀極はまだ歌仙だけだから、歌仙が本丸打撃最高になるわけだ。

 素直に感想を漏らしてしまえば、じろりと睨まれる。もー、折角衣装は雅が増したというのに、行動は雅じゃないよ、歌仙!

 っていうか、太刀・大太刀は打刀よりも打撃に優れているわけだから、太刀や大太刀はこれ、打撃200とか有り得るんじゃないのか? 大太刀極来る前に本丸の設備、耐久強度を上げたほうがいいかもしれない。

 錬結が終わると、歌仙は『新たな力を実感してくるよ』といって道場に行った。今日は出陣のない極っ子にも声をかけてたから、多分『室内戦・夜』か『市街戦・夜』で鍛錬するんだろうな。明日から江戸城内に突っ込むし。






 極になると、多少それまでと言動が変わる刀剣男士もいる。歌仙が帰ってきてから1週間。次のひぃ君も修行に行って帰ってきて、今は今ちゃんが修行に出てるわけだけど。

 ただ、これまでの極になった6振はそこまで大きな言動の変化はなかった。『誰おま』案件と言われる行光ゆきちゃんはまだまだ順番回ってこないから無印だし、乱暴口調になるらしい鯰尾ずおもまだ先だし。

 で……

 歌仙が届けられた昨日の戦績報告書を渡してくれるんだけど。

「まさかきみ、それは恋文じゃないだろうね……?」

「ぐほっ」

 まさかの歌仙の言葉にコーヒーむせた。良かった、吐き出さなくて。しかも、口調が揶揄う調子じゃなくて、明らかに不審というか妬心というか。

「うわぁ、歌仙さん、細川っぽさ倍増」

「妻をちらっと見た庭師を手打ちにしたっていうしなぁ」

「極まって新たなヤンデレ枠か」

 乱ちゃん、愛染あい君、厚が言う。因みに、今出陣直前。うん、君たちもそう感じたんだね? 私の穿ちすぎじゃないんだよね? あと2振の出陣組、まぁ君と五虎ちゃんは咳き込んだ私を宥めるように水を渡してくれて背中を摩ってくれている。うん、天使!

「歌仙殿、それは主殿に喧嘩を売っているのと同様の問いですぞ。我が愚弟の人妻発言に主殿の玉鋼の心臓がはーとぶれいくし戦線崩壊一歩手前になったのをお忘れか」

 本日の祐筆、一期は弟を見習え! 何気にうちの一期ってうっかり暴言多いよね! これも今の主の影響だよね! ちくせう。

「一期、喧嘩売ってんのはアンタもだよね?」

 更に咽て咳き込んでいると、背を摩るまぁ君が『愚兄が申し訳ありません』とか謝ってるし! まぁ君が謝る必要なんてないんだよ! 一期って普段は基本ロイヤルで頼りがいのあるお兄ちゃんなんだけど、時々弟たちに逆お覚悟されるような失言するよね。絶対粟田口で一番真面目で確りしてるのって前平コンビだよ。いや、基本的に粟田口は真面目だけどさ。薬研と鳴君とずおばみと乱ちゃんが偶に悪乗りに乗っかるけど。

「今のところあるじさんと第3段階ボイスになってるのはいないから大丈夫! 左近さんと丙之五へのごさんが第2段階ボイスだから、まだまだラブラブエンディングは先だね!」

「その譬えは古いよ、乱ちゃん! 平成に入って間もないころ、まだ20世紀だったころの乙ゲーム黎明期のゲームだから! うちの本丸だと私と乱ちゃんと清光キヨとヤス君しか判らないから!」

 乱ちゃんの譬えに突っ込む。私が嘗て嵌まりまくったネオロマンスゲームの一つ。声優陣がめっちゃ豪華だったなぁ。あれで二次創作始めたんだよな。そのゲームでは親密度によって出迎えボイスが変わって、第3段階はほぼ口説きモードで、このボイスになったらイベント3段階目をクリアすればラブラブエンディングを迎え、『続きはあなたの心の中で』となるのだ。因みに告白する・されるの2パターンでLLEDは迎えられる。攻略対象が1作目は9人、2作目は15人、3作目は隠しキャラもいたから16人。私は最大11股かけてセーブデータを使い分けて一気に攻略したものだ。いかん、現実逃避している場合ではない。

 因みにこのゲーム、復刻版が出ているので、うちの本丸にもシリーズ全部置いてある。で、何故か刀剣男士の中にも何人かプレイヤーがいる。嵌まったのは乱ちゃんとキヨとヤス君だ。何故だ。沖田組が新選組モチーフの乙女ゲームに嵌まることがあるっていうのは聞いたことあるけど。

「乱兄さん、場を混ぜ返すのはやめましょう。主君が困っておいでですよ」

 悪乗りした兄を窘めてくれたのは頼りになるまぁ君。そして、これまた頼りになる懐刀が今度は悪乗りすることなく軌道修正してくれた。薬研は今日の出陣メンバーでも祐筆でもないんだけど、内番に組み込まれていない限り、大抵執務室にいるんだよね。本人曰く『懐刀だからな!』ってことらしい。

「で、歌仙の旦那、そりゃ戦績の定例報告書だろ。なんで恋文なんて思うんだよ」

「思ってはいないよ。ただ渡すのも雅に欠けると思ったんだが、この反応は雅とは対極だったね」

 場を混乱の坩堝に落とし込みやがった初期刀殿は涼しげな顔して、そう宣いやがった。おいこら、てめぇ。

「うちの初期刀のユーモアセンスがマイナスだったことを始めて知ったわ……」

 審神者就任して3年近く経って初めて知る衝撃の事実! うん、歌仙、あなた無理に冗談とか言わなくていいから。そういうのはそれに合うキャラでセンスのある刀剣に任せてくれていいから。あなたは基本的に真面目・堅物枠だから。

 取り敢えず、歌仙ヤンデレ化プチ騒動は我が初期刀殿の残念な一面発覚で幕を閉じたのだった。その後は、いつも通り、ガンガンに出陣しまくりましたよ!






 とはいえ、歌仙の言動が極前とは変わったのはこれだけには留まらない。まぁ、普段の生活の中では余り変わらないんだけど、任務絡みだと結構違っている。

「極まったら歌仙って謙虚さがどっか逝った気がする」

 朝食の支度をしつつそう言えば、同じく朝食準備中の光忠が相手をしてくれた。

「なんかとんでもない字を当てているような気がするのは僕の穿ちすぎかな? でも確かに誉取ったときとかそうだよね」

 そう、戦闘面においてもだけど、今まではなかった自分を前面に押し出すところが増えてる気がする。あ、でもこれは歌仙に限らず極っ子は割とそうかもしれない。

「前は『おや、僕で良かったのかい?』だったでしょ。ちょっと他のメンバーへの配慮はあったよね」

 初期刀だからというわけでもないだろうけど、極前はもうちょっと言動が謙虚だった気がするんだよなぁ。

「今は『僕で良かったに決まっているだろう』だっけ。まぁ自信を持つのはいいことじゃないかな」

 光忠は苦笑しながら言う。元々光忠って穏やかな個体が多いらしいけど、ホント懐が深いよねー。まぁ、これは光忠に限らず平安・鎌倉生まれの刀はそういう傾向にあるかな。特に光忠とか鳴君とか明石とか、刀派のまとめ役に近い立ち位置の刀剣はその傾向が強い気がする。光忠は長船派祖の刀剣唯一の参戦だし、明石も同じく来派祖の刀剣唯一、鳴君は叔父の鬼丸国綱がまだ実装されてないから現在は粟田口総領代理みたいな感じだし。

「うーん、まぁ、いいのかなぁ。他から文句は出てないし」

 まぁ、極になって1ヶ月くらいは結構言動が尊大になることはあるよね。厚もそうだったし、薬研も乱ちゃんも愛君も、普段は控えめなまぁ君や五虎ちゃんだって、結構自己主張激しくなってたし。それも暫くすれば落ち着くんだけど。だから、歌仙ももう暫くすれば落ち着くかなとは思ってる。元々『初期刀』として本丸の刀剣男士のまとめ役としての意識の強い歌仙だから、心配はいらないんだろうけど。

「あ、畑仕事に文句を言わなくなったのはいいよね。元々口で文句を言いつつ畑仕事もちゃんとやってはくれてたけど」

 言動繋がりというか話題を微妙に転換して光忠が言う。うん、歌仙、内番のうち畑当番と馬当番は嫌がってたもんなー。尤も最初期に『口では嫌がるが、重要性は認識しているから気にしなくていい。気になるとは思うが』と本人から言われてるから、生存&偵察を上げるためにガンガン畑当番もさせてますけどね。

 ただ、極ってからは畑仕事を嫌がらなくなったし、偶に畑仕事の後に歌詠んでるし随分変わったなぁと思う。

「1日で収穫できるのに四季の移ろいとは? ってなるけどなぁ」

 それまで口を出してこなかった薬研が苦笑しつつ言う。うん、それな!

「そこに気づかないのが可愛いよね?」

 うちの初期刀がおバカ可愛い。

「もー、あの歌仙さんを可愛いとか言っちゃうのってあるじさんくらいだよー」

 クスクスと笑いながら乱ちゃんが言い。

「主殿の可愛い基準が謎だ」

 ぽつりとばみ君が呟く。

「刀剣男士は皆我が子みたいなもんだからね! 皆可愛いのさ」

「岩融もかわいいのですか、あるじさま?」

「長曽祢にーちゃんも?」

 今ちゃんと浦君にガタイのいい男士2名を上げられてしまった。今のところ彼らの言動に可愛い要素はないけど、それでも我が子的意味合いであればやっぱり可愛いけどね!

「そーだよ。みーんな可愛いの」

 そう応じれば、光忠が『嬉しいけど格好いいほうがいいな』といつもの調子で返し、それに薬研が同意して、乱ちゃんは『ボクは可愛いもカッコいいもどっちも嬉しい』とニコニコ。

 無事初期刀・初鍛刀ともに極になり、続々と極っ子の増えている我が本丸は今日も賑やかで和やかで、戦時中のひと時の安らぎの場所になっているのでした。