貞ちゃんが無事うちの本丸に来てくれて早2週間。貞ちゃんは今日も元気に江戸城内を駆け回ってる。うん、早いよね? 2週間で延享の江戸城内短距離ルートだからねぇ。
本丸の初期に結構な刀剣数を揃えていたせいで、最初の1年は皆かなり長い期間育成順番待ちしていた刀剣男士もいたから、ある意味主はそれがトラウマになっていたようだ。そのせいか、ほぼ全員がカンストしたころにやってきた
そういうパワーレベリングをやってしまうう主だから、短刀なら得意な戦場だからね! ということで遠慮なく延享に突っ込んでる。いくら他の隊員がカンスト極っ子とはいえ、錬度50未満で延享の江戸城内に放り込むなんて普通はないよねぇ。
延享の江戸城内短距離ルートというのは主曰く『極っ子のための経験値増し増しマップ』だそうで、凄く経験値効率がいいらしい。道中の所謂雑魚敵でも阿津賀志山の大将戦よりも経験値が入ると言ってたから確かにそうなるね。太刀以上は江戸城内だと夜戦だったり室内戦だったりでマイナス補正がかかるから出陣出来ない(でも1振だけなら太刀以上も江雪君みたいに入れちゃうんだろうな)けれど、短刀・脇差・打刀ならレベリングに最適だと言っていた。あ、極の話だよ。極じゃないと無理だと言っていたし、極でも錬度が低いと2マスくらいしか進めないとも言っていたから。
で、貞ちゃんたちはその江戸城内の中距離ルートと短距離ルートを組み合わせての出陣を繰り返してる。貞ちゃん・包ちゃん・
「獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすと申します。これも試練ですな」
にっこりいい笑顔で真っ先に口を開いたのは一期君だった。超ブラコンのお兄ちゃんは時々鬼いちゃんになる。弟たちが強くなることに関しては本刃たちよりも貪欲なんだよね。
貞ちゃんたちに限らず、新人はカンストさせることが急務。他が全員カンストしてるから、その差を埋めることは本丸防衛の観点からとても重要だ。だから、長谷部君も頷いてたし、僕もサムズアップしておいた。そのときの近侍だった鶴さんは『マジかよ』ってちょっと引き攣った顔してたけど、祐筆の
そんなこんなで貞ちゃんたちが江戸城内短距離ルートに突入したのが昨日。昨日1日で貞ちゃんたち3振は錬度が15も上がっていた。そして吹っ切れたのか自棄なのか、貞ちゃんたちは今元気に江戸城内を走り回ってる。うんうん、短刀君は元気なのが一番だよね!
「貞ちゃんたちは能力値高いから無茶苦茶な短距離ルート進軍耐えられたけど、毛利と謙信景光は無理かな。いや、謙信景光は包ちゃんとそう変わらないからいけるかもしれないけど、毛利は無理か」
貞ちゃんたちに進軍指示を出しながら主は誰に聞かせるというわけでもなく呟く。うん、主もこの進軍が無茶だって自覚はあるよね。保護者組に確認したのだって、1振でも反対がいれば中距離ルートだけにするつもりだったんだろうし。でも、死ななきゃ安いって言う長谷部君と延享で散々極っ子たちの頼もしさを見せつけられていた僕と一期君だからね。行っちゃえってGOサイン出しちゃった。というか、うちの本丸、皆GOサイン出すと思うな。主が決めた時点で。
勿論それは、主に盲目的に従うなんてことじゃない。主は僕たちにいつも言ってくれている。自分は人間だから間違うことだってある。だから、間違っていると思ったら言ってほしいと。諫言できる部下こそが真の信頼できる部下だし、諫言を受け容れる度量こそが将に求められることだと。だからちゃんと皆の意見を聞く耳を持っていたいし、もし諫言を聞き入れないなら御上に訴えてでも止めてほしいと。そう言ってくれる主だし、采配を間違わないように日々勉強して、参謀組ともいわれてる黒田の刀剣から戦術を学んだりしている。だから僕たちは主の采配を信頼して任せることが出来るんだよね。
それに、主は絶対に手入を怠らない。怪我の放置なんて絶対にない。効率よく時間を使うために中傷未満での手入は僕たちが断るから、進軍時間中の手入は中傷以上。でも1日の出陣が終われば、生存値が1でも減っていれば手入部屋行きを命じられる。初めのころは1減ったくらいなら手入なんて必要ないと皆思っていた。でも、主に嫌なんだって言われれば従うよね。それでも伽羅ちゃんや田貫君は必要ないと言ってたんだけどね。だけど、主が言った言葉によって、彼らも1日の終わりの手入は受けるようになった。
「人間ってよくも悪くも慣れる生き物なの。生存が1しか減ってない、軽傷にもなってないって手入をしなかったら、1が2になり2が3になり3が4になる。だんだんその基準が大きくなっていく。そのうち軽傷だからまだ大丈夫、中傷だったら折れないから平気って、手入をしなくなる可能性だってあるんだよ。そうなる前に皆が諫めてくれると思うし、自分でもそうならないように気を付けるけど、でも少しでもそうなる要素は排しておきたいんだ。だから、1日の仕事が終わったら、全員が生存値最大になってないとダメ。それをこの本丸のルールにしたいんだ」
主は
「主、毛利藤四郎はともかく、謙信景光は鍛刀できても顕現はまだしなくていいからね。139番までが全員揃った後でならいいけど」
謙信景光はその名の通り長船の短刀だけど、正直なところと参戦を知ったときに『今頃?』思ったんだよね。これは小豆長光についても同じ。大般若長光や小竜景光とは本霊が刀剣男士システム開始時に顔を合わせているから、僕も対面の記憶がある。でも、謙信景光と小豆長光の記憶はない。日和見して参戦を渋ってたのに、刀剣男士が信仰の対象になってから参戦とか、いい感情は湧かないんだ。一期君も毛利藤四郎についてはそんな気持ちがあるらしい。
「みっちゃん、それって呼ぶなってことだよね。139番まで全員揃うって未だに実装の兆しのない鬼丸国綱と童子切安綱が実装されて極になった後じゃないとダメってことでしょ」
そうだね。今いない貞宗派の2振とか日本号とか数珠丸恒次とか三池兄弟とか大包平とか小烏丸とか、色々全部揃って皆極になってからだね。
「ホント光忠も一期も身内に厳しいよね」
主が苦笑する。そりゃあ僕は長船派の祖の刀で唯一参戦している謂わば長船の総領だし、一期君も藤四郎の長男だし、身内だからこそ、そこはシビアになるよね。身内が何かやらかせば、それは刀派全ての恥になるんだから。
「脇差たちも細川所縁の歌仙と小夜ちゃんもキリエに厳しいし」
篭手切江ね。うん、彼のことも脇差君たちは『え? 今更参戦するの?』と言っていたし。
そうだ、歌仙君といえば。
「主、そろそろ次の初期刀極、誰になるか判る頃合いじゃないかい?」
御上は新しい刀剣や極の実装の前にシルエットで情報を出してくる。陸奥君や蜂須賀君、キヨ君も正式発表の前にそうやってシルエットで通知があった。
「あー、そろそろかな。って、言ってる傍から通知来たし」
主が携帯端末を手に取る。御上はこういった情報をサニッターというSNSとやらいうもので知らせてくる。正式な通知はこんのすけが知らせてくれるんだけどね。
「さて、切国か歌仙か」
「切国君だと、何故写しの俺がッとか言いそうだよね。前回の極発表の後からずっと
陸奥君、蜂須賀君、キヨ君が歌仙君に対して申し訳ないと思ってることを皆知っている。でも、それで陸奥君たちは彼に謝ったりはしてない。彼らが悪いわけではないし、うちではない別の本丸ではその誰かが初期刀として意気揚々と修行に出てるだろうから、謝るようなことではないと彼らも判ってる。まぁ、御上も5振同時実装にしてくれれば何処の本丸でも平和で初期刀組の胃に優しかったとは思うけれど。
主は携帯端末を操作してサニッターのタイムラインを開く。そして、目を見張った。ガタっと立ち上がると、隣の祐筆課の部屋へと駆け込んだ。ああ、ということは、次に極実装になるのは歌仙兼定なんだね。よかったよかった。
御上が知らせてきたシルエットはどう見ても歌仙君だった。明日には修行に出られるようになるらしい。そのことを主から聞いた歌仙君は喜んだ。でも、そのあと何かに迷っているようだった。
「まぁ、歌仙の旦那の気持ちも判らんわけじゃないんだがな」
そう言ったのは薬研君。彼は今、何故か僕の部屋で呑んでる。熱燗と肴のスルメ。スルメを噛み千切る様が妙に男っぽくてハマってるよね。うん、これで短刀だっていうのが不思議なくらいだ。
「これまで歌仙の旦那が大将を置いて本丸を留守にしたことはないからな。俺っちも修行に出るときに思ったぜ。懐刀が本丸を留守にしてもいいもんかって」
本丸時間での修行期間は96時間だけど、実際には数か月に及ぶこともあるらしく、薬研君は2ヶ月ほど信長公のところにいたそうだ。それぞれの刀剣男士で期間は違っているようで、五虎君は1年以上いたらしい。ただ、本丸に戻ると記憶はあるものの体感は4日離れていたって変化するそうだ。どうなってるのかは判らないけど、本丸組の4日間と認識を合わせるためなんだろうと薬研君は言う。
「歌仙君はあれで主に過保護だからね。初期刀の自分が主から離れるなんて考えられないんだろうね。僕たちのこともっと信頼してくれてもいいのに……いや、信頼とは別の問題だね」
「だろうな。歌仙の旦那は皆のこと信頼してくれてるとは思うぜ。それこそ戦うときに背中を預け合う仲間だし、大将を
歌仙君と一番付き合いが長くて、初期刀と懐刀という相棒関係でもある薬研君は、歌仙君が刀剣男士の中で最も信頼している相手だろうと思う。そして、多分、自惚れてもいいならその次に歌仙君から信頼してもらっているのは僕だと思う。
「で、だ。歌仙の旦那の大将の許から離れがたいって気持ちも判るし、念願の修行に行きたい気持ちも判る。ってことで」
そう言うと薬研君は端末を取り出して操作する。そしてとある商品画面を僕に見せた。
「これは?」
「修行呼び戻し鳩だ」
ニヤリと笑う薬研君。うん、君、本当に短刀なの? 太刀の間違いじゃないのかい。極になってから一層、こういった大人びた表情が似合うよね! まぁ、粟田口の短刀は付喪神としての年齢は僕と50年くらいしか変わらないし、大般若長光と同じくらいの年齢だから、刀剣男士の中では年長の部類にはなるんだろうけど。
「呼び戻し鳩って、修行終わりの僕たちを直ぐに呼び戻すんだっけ?」
御上は色々な呪具を作っているけど、これもその中の一つ。そのままであれば出立後96時間経ってから戻るはずの刀剣男士を直ぐに呼び戻せるというものだ。なるほど。確かにこれを使えば歌仙君自身は主から数か月離れることになるけれど、本丸では歌仙君の不在時間は短くて済む。歌仙君自身の寂しさはともかくとして、これを使う前提ならば、数か月の修行中も歌仙君は安心していられるわけだ。戻ったときに然程時間が経っていないと思えばね。
「これを買って歌仙君に渡して、それを主に使ってもらうってことかい?」
「ああ。大将は自分じゃ買わないだろうからな」
確かにそうだね。主だって歌仙君の不在は心細いものだろう。主の帰省で数日間本丸を離れることはあったけれど、そのときには主は審神者業務から離れている。本丸も出陣・遠征なしの休日だ。だから、安心して離れていられる。でも今回は初めて主の審神者業務中に
だけど、きっと主はそれを隠すんだろうな。そして、呼び戻し鳩の存在を知っていても、歌仙君にだけ呼び戻し鳩を使うのは僕たちを差別することになると思って使いたいのを我慢するに違いない。でも、それが歌仙君から渡されたものなら? 本刃の希望であれば主もきっと使いやすいだろう。歌仙君も自分からは言い出しにくいかもしれないけど、薬研君と僕でこれを渡せば、ある意味僕たちの希望を容れたということで使ってもらいやすくなるだろうし。
「いいね。じゃあ、君と僕で半分ずつ出そうか」
「俺っちだけでも買えるけど、俺だけだと歌仙の旦那が気に病みそうでな。光忠の旦那も巻き込めば、それも軽くなるだろうってことで、巻き込まれてくれや」
本当に君って男前だよね!
そうして、薬研君が購入ボタンを押そうとしたとき。
「光忠、今いいかい?」
話題の主、歌仙君が部屋の外から声をかけてきた。
「歌仙君かい、どうぞ」
薬研君が購入ボタンを押したのを確認して、応じると歌仙君が襖を開けた。その手には何か箱がある。──今、目の前に届いたのと同じ、万屋のロゴの入った、配達用の箱。多分、歌仙君からは僕の体が死角になって見えていないと思うけど。歌仙君の手にあるものを見た薬研君が咄嗟に隠したし。
「ああ、薬研もいたんだね。丁度良かった」
部屋に入った歌仙君は薬研君を見て柔らかく微笑む。うん、こうして歌仙君を見ると、うちの歌仙君って他所の歌仙君よりずっと穏やかな個体に思えるなぁ。主のお友達の左近さんやお猿君のところの歌仙君って、もう少し怒りっぽくて口煩い感じだし。主が女人だからそれが影響してるのかもしれないな。
「夜分にすまないね、光忠。だが、君に頼んでおきたいことがあるんだ」
「僕に? あ、歌仙君、まずは座って。お茶を淹れるから」
「いや、もう夜も遅いからね。迷っていたから遅くなってしまった。明日の出立の準備もあるから、話が終わればすぐにお暇するよ」
そうして歌仙君は僕に手の中にあった箱を差し出す。多分中身は、修行呼び戻し鳩だよね?
「明日僕が修行に出立したら、これを使うように主に渡してほしいんだ」
やっぱりね。
「呼び戻し鳩かい、旦那」
歌仙君自身が買うとは思ってなかったから薬研君も驚いている様子だ。
「ああ。迷ったんだけどね。君たちを信頼していないわけじゃないんだが、長く主の傍に僕がいないと思うと不安でね。修行が疎かになってしまいそうなんだ。だから、主が直ぐに呼び戻してくれるなら、僕も安心して修行できるかと思って」
どうやら薬研君の推測は当たっていたみたいだ。流石は主の懐刀で歌仙君の相棒だなぁ。
「OK、判ったよ。主も君がいないと不安だろうしね。すぐに呼び戻すよ」
「いや、主は大丈夫だとは思うんだ。僕が心配なだけで」
そんなわけないだろうに。謙虚なのはいいことだけど、それが過ぎると卑屈になってしまうよ。それは格好良くないと思うな。
「歌仙君だって、薬研君が修行に行ってる間の主を見ていただろう? 他の子の修行中よりも寂しそうにしてたじゃないか。懐刀不在でもそうだったんだから、初期刀の君なら同じかそれ以上に寂しがると思うよ」
薬研君が修行に出ているとき、主は明らかに厚君のときよりも心配していたし寂しそうにしていた。心配していたのは厚君もまぁ君も乱君も愛君も五虎君も同じだったけど、でも、薬研君のときは一層それが強かった。あれは薬研君が初鍛刀の懐刀だからだろう。だったら、歌仙君の修行も同じようになるはずだと僕は思うんだけどねぇ。
「ああ……確かにそうだったね。気づかれないように振舞ってはいたけど、僕や光忠から見れば一目瞭然だったね」
そのときのことを思い出して、歌仙君が苦笑する。そして、特に寂しそうだったと聞いた薬研君は何処となく嬉しそうだ。まぁ、そうなるよね。
「では、初期刀として主を寂しがらせるのも不本意だからね。僕が出立して5分以内に使うように促してくれるかい」
にっこりといい笑顔で歌仙君は言う。歌仙君って僕よりも300年くらいは年下のはずなんだけどなぁ、こうしてみると随分食えないよね。まぁ、それが細川の刀であり初期刀ってことでの強かさなのかもしれないけれど。
「OK、任せてくれ。僕たちとしても主が寂しがっている姿なんて見たくはないしね」
二重の意味でね。他の誰か、それが初期刀であっても、自分たちじゃない誰かを思って寂しがってたら、やっぱり面白くない。主は差別や贔屓は良くないって判っているから出来るだけ隠してはいるけど、どうやっても僕たちは
「では頼んだよ。夜分に失礼したね」
そう言って、歌仙君は部屋を出ていったんだけど……。
「それ、どうする?」
薬研君の後ろに隠したもう一つの呼び戻し鳩。返品って可能だったかなぁ。
「光忠の旦那の時に使えばいいさ」
「それもそうだね」
僕も長く(4日とはいえ)本丸を空けるのは心配だったし、まぁ、いいか。でも、薬研君に半額出してもらうのは何か違うと思うから、僕が買い取らせてもらうね。
そして、翌朝。歌仙君は朝餉の前に旅立った。見送りは歌仙君から頼まれている薬研君と僕、そして勿論、主。
「ねぇきみ。僕の話を聞いてくれないか?」
修行を申し出る言葉は『歌仙兼定』なら必ずこれなんだろうね。旅装束、修行道具、手紙一式は修行に旅立つための術具で、刀剣ごとに決まっている修行申し出の言葉は術発動のための詞だ。そう石さんや太郎さんが言っていた。
「うん、行ってらっしゃい、歌仙。私の大事な初期刀がもっと雅でもっと強くなって帰ってくるのを待ってるからね」
歌仙君の修行を願う言葉に主が頷き、餞の言葉を告げて送り出す。歌仙君がゲートを潜りその姿が見えなくなるのを主はずっと見送っていた。きっと薬研君や他の短刀君たちのときだって同じように見送ってたんだろうけど、これから先修行に出る刀剣のこともこうやって見送ってくれるんだろうけど、でも何となくしんみりと心に沁みる。初期刀の旅立ちを見守る主の姿に少しばかりヤキモチを焼いてしまうのは格好良くないけれど、でも『物』である以上当然の独占欲みたいなところもあるから仕方ない。
「さて、大将、朝餉作り始めないと間に合わないぜ」
そう、歌仙君は朝餉を作り始めるよりも早く旅立ったんだ。
「それもそうだね。歌仙ってばこんなに早く出かけるとは思ってなかったよ。まぁ、早くに出かければ早くに帰ってくることになるから、その分仕事に支障が出ないとか考えてるんだろうけど。あと、次に出る
まぁ、そういう思惑もあるんだろうけど、それだけじゃないよね。
歌仙君からは出立後5分以内に呼び戻し鳩使うように言われたけれど、朝餉の支度が間に合わなくなるから、そのあとでもいいかな。別に他意はないからね。
「歌仙の修行ってどんなのだろうね。やっぱり忠興公のところだろうけど、雅と首を差し出せとどっちに偏ると思う?」
「偏るの確定かい?」
「雅に磨きがかかるんじゃないか? というか、物騒に磨きがかかっても困るしなあ」
「歌仙と大和守で首狩り族とか妖怪首を差し出せとか言われてるけど、そんなのパスだねー」
「まぁ、うちの歌仙君は他所に比べれば穏やかな個体っぽいし、大丈夫じゃないかな」
なんてことを言いながら朝餉を作って、皆でいつも通りに食べて。そのときに既に歌仙君が修行に旅立ったことは主から皆に知らされた。驚いたり苦笑したりしてたけど、皆歌仙君が修行の許しを心待ちにしていたことは知ってたから苦笑組が多かったかな。小夜ちゃんなんて『歌仙って、結構せっかちだよね』と言ってたくらいだし。
歌仙君の代わりに鍛刀所の掃除を手伝った後、執務室に入ってから漸く僕は呼び戻し鳩を主に渡した。
「夕べ歌仙君から預かったんだ。主を置いていくのが心配だったみたいだね。本当にうちの初期刀殿は主に甘いよね」
そう言いながら主に呼び戻し鳩を渡せば、主は驚いたけれど、嬉しそうに受け取った。
「歌仙君から本当は出立後5分以内に渡すようにって言われてたんだけど、流石に朝餉の前にバタバタする時間はないからね。遅くなったから、歌仙君に怒られるかな」
「大丈夫でしょ。でも、歌仙、ホントに私に甘くて心配性だね。他所じゃ『歌仙スーパードライ』なんて言われることもあるらしいのに」
主は呼び戻し鳩に霊力を篭めて飛ばす。すると鳩は高く飛び上がり(といっても天井があるからそこまで高くはないけど)2、3度羽搏くと姿を消した。飛び去ったのではなく姿が消えたんだ。まぁ、式神だし時を超えるからそうなったんだろうけど。
すると暫くして開いていたはずの執務室の障子が閉まり、そこにシルエットが浮かぶ。どうやら帰ってきたようだ。
「どうだい。風流を意識したこの衣装。雅を感じるだろう」
「おかえり、歌仙!」
約2時間ぶりに帰ってきた歌仙君。けれど歌仙君にとっては数か月か数年ぶりの主。主は嬉しそうに歌仙君に抱き着いていた。いつもなら雅じゃないと叱る歌仙君も嬉しそうに主を抱きしめ返している。うん、ちょっぴり妬けるね。
でもこれ以上僕がここにいるのも無粋だな。ということで歌仙君が入ってきたのとは別の出口から執務室を出る。
無事初期刀の修行も終わったし、これからは怒涛の修行出立ラッシュかな。まずは短刀のひぃ君から始まって
切国君で打刀の極も完了するから、そのあとは多分僕たち太刀だよね。太刀はどんな順番で許可が下りるんだろう。
そんなことを考えながら、大広間へと向かう。そろそろ朝礼が始まるからね。
「えっ、之定!? もう帰ってきたのかよ!!」
新しい艶やかな戦装束で朝礼に参加した歌仙君を見て、曾孫の和泉君がそう叫ぶまであと10分のことだった。