Episode:43 いらっしゃいませ、貞ちゃん!(ついでに包丁&不動)

 審神者会議襲撃事件から1ヶ月半、漸く歴史保全省の組織及び業務の正常化作業が一段落した。

『やー、新管理局凄いですよー。今まで埋もれてた有能な若手とか、いないもの扱いされてたベテランとか、そういった職員が管理職になりましてね。すっごく仕事がやり易くなりました!』

 晴れ晴れとした顔(但し目の下にはくっきりと刺青のような隈)で画面の向こうの丙之五へのごさんは言う。

「それはよかったです。一段落したのなら、有給消化しましょうか、丙之五さん。明日の水曜から金曜まで有給とって、土日と合わせて5日間体を休めたら如何ですか? そのうち過労死しますよ」

「そうですよ、丙之五さん。お顔、凄いことになってますよ? 青江さんが幽鬼と間違えて斬っちゃいそうです」

「そぎゃんたい! じゃぱにーずびじねすまんと過労は斬っても斬れん縁があっけど、ここは休まんといけん。健康じゃなかと社畜道は進めんばい!」

 私の言葉に続いて、祐筆の国広くに君、近侍の博多も丙之五さんに休むように言う。

『ご心配いただいてありがとうございます。流石に明日からは下半期突入と新体制に伴うあれこれがあるんで休めませんけど、中旬以降に1週間お休みいただいてます。っていうか、人事院勧告ありましてねー。審神者部の有給消化率が低すぎるって。なので、新生人事課が強制有給スケジュールを組みまして、実働補助課は中旬以降、5回に分けて全職員が1週間の強制休暇になりました! 2ヶ月後れの夏休みってわけです。で、全員熱海の保養所でその1週間を過ごすことになってます。湯治ですねー』

 有給消化について人事院勧告が出るなんて、どんだけブラックな職場だったんだ、審神者部。労働条件も労働環境も苛酷だったんだろうなぁ。

「いいですね。お仕事のことは忘れてゆっくりなさってくださいね。1週間あるなら、『グ○ンサーガ』読破できるんじゃありません? 丙之五さん速読ですし」

『ああ、本編150巻・外伝50巻のあれですねー。でも途中で筆者変わってますからねぇ。右近様も全部は読んでないんでしょ?』

「私はあんまり好みじゃありませんでしたから。最初の10巻くらいしか読んでませんね。そうですねぇ、永○路○と宮○登○子の女性視点の歴史物とかも面白いですよ。男性視点の歴史物ばかり読んでたら目から鱗でしょうし。何より日本語の美しさを実感できますし。ああ、それから田○○樹は超お勧め! 左近先輩と私の一押し作家! 特に銀○英○伝○は好みが合えば超ハマります!」

 丙之五さんが保養所で仕事をしないようにお勧めの本を列挙していく。

『お勧めの本、ありがとうございます! まぁ、有給中は他部署含め結構な数の職員が一緒になりますから、ボードゲーム大会とかカードゲーム大会とかやろうって話も出てます。自分含めてワーカホリックな自覚あるんで、互いにゲームを通じて仕事をしないように監視し合いながら楽しもうと』

 あ、ちゃんと自覚あったんだ。なら良かった。

『それでですね、今日ご連絡したのは自分の有給消化についてお話しするためではなく、明日以降の体制とかについてご説明するためです』

 そうして丙之五さんが告げたのは、まず、私の階級昇格だった。これまでの2年半の間に昇給はしてたけど、昇格はなかった。審神者に任命されたときに私は日本国陸軍特殊部隊所属の『中尉』に任じられていた。つまり、私は正式には歴史保全省職員ではなく陸軍の軍人なわけだ。審神者は全てがそうで、歴保省には出向している形となってる。で、先日の審神者会議襲撃事件の際に遡行軍討伐に動いた審神者は階級が昇格することになった。なので私は大尉となる。階級が上がれば当然基本給も上がるから、こうして使う予定のない貯金がまた増えることになる。

「給料増えるとなら、ここは有効活用せんばいかん! 資産運用ば考えんと! FXの指南しちゃるばい」

「投資はせんよ、博多」

 目をキラキラさせる博多に苦笑。まだ丙之五さんの話は終わってないから、博多を近侍席に戻す。ほらほら、今のうちに下半期のレクリエーション予算組んじゃいなって。

『正式には明日辞令発布ですんで、こんのすけがお届けしますね。それから、ご要望の多かった修行道具一式が明日午前0時から万屋での販売開始です。が、ここは新総務が頑張りまして、各本丸に極修行出立可能な刀剣全振り分を一斉配布します』

 おお、総務部太っ腹! 現在までに極修行の許可が下りているのは短刀16振、脇差6振、打刀8振の30振。うちにいるのはそのうち26振で非極は20振。よって、明日の時点でうちの本丸には20セットの修行道具が届くことになる。

『それからずっと中断していた極実装も再開なんですけど、結構スローペースですね。明日から再開ですけど、そのトップバッターは何故か亀甲貞宗様と千子村正様です』

 そこで何故かと言っちゃう丙之五さん、正直者過ぎる。どうやらまだまだ内部に利権絡みとかの腐ってる(腐女子的な意味合いではなく)お役人はいるってことか。まぁ、今回は敵と内通している役人の炙り出しと捕縛が目的だったから、全く歴史修正主義者側と関わりのなかった腐敗役人はスルーされてるからなぁ。

『その後、大体1ヶ月に1振か2振ペースになります。11月から初期刀組が1振ずつ修行出立可能になりますね』

 初期刀組はこれから約半年かけて1振ずつか。各本丸で初期刀以外の4振が初期刀に謝りまくるのが想像できる。うち? 絶対になる。まぁ、歴保省に突撃しようとした兼さんほどじゃないだろうけど。うちの歌仙の場合は自分のことに関しては気が長いから大丈夫じゃないかなとは思う。遅くとも3月には修行出立が決まってるわけだし、極化が確定しているだけで十分だよとか笑いそう。

『審神者様方がご懸念なさっていた弱体化についての見直しも行なわれまして、これまで錬度補正が無印と極で同じ状態だったんですけど、修正されました。同時に錬度上げに必要な経験値も修正されました』

 おお、やった! これまでの極って実質弱体化って言われてたからなぁ。うちは短刀しか極めてないからそこまで感じなかったんだけど、極実装済み全員極めてたお猿君からは色々聞いているし。

 丙之五さんの言葉と同時に送られてきたメールに添付されていた新必要経験値表を見る。あれ、なんか桁が違う。

『大体これまでの4分の1になりますねー。既に極になっている刀剣男士様にもこの経験値が適用されますんで、明日の午前0時に既存極っ子様たちは一気に錬度が上がります』

 マジか。気を利かせて国君が現在の各刀剣男士の錬度推移表を開いてタブレットを見せてくれる。うわ、現極っ子6振、明日カンストだよ。これは今夜のミーティングで明日からの出陣スケジュール組み直さないといけないな。

 これまでは無印錬度99で修行に出ると戻ってきたときには錬度35になってた。でも明日からは錬度45で戻ってくる。更に錬度補正がこれまでは無印と極で同補正だったんだけど(ゆえに弱体化してたわけだ)、極錬度45イコール無印錬度99という認識で、極46なら無印100、47なら無印101としての錬度補正が付くようになる。ってことは弱体化完全解消! 今までの鬼のような経験値に苦労していた現極っ子たちにしたら『自分たちの苦労は!?』となり兼ねないけど、まぁ、あの子たちがそんな文句は言ったりしないだろうな。

『幸いなことに新たな戦場の出現は確認されてませんから、今のうちにどんどん極修行に出して部隊強化図っておいてくださいねー。それから政府主催イベントも色々見直してますし、システム的にも色々と変更を計画中です』

 どんな変更が行われるのかは判らないけど、少なくともこれまでみたいな『これで得するの敵さんだけじゃね?』っていうのはなくなるはずだよね。ああ、でも今回の一斉摘発を掻い潜った猛者もいるだろうし、簡単にはいかないかなぁ。あと、お役人って微妙に現場とずれてるから、お役人さんがこれは素晴らしい! って実装したシステムが現場的には微妙とか無意味とかもありそうだな。それでも、この1ヶ月半、心ある役人さんたちは皆寝る間を惜しんで頑張ってくれていた。だから、これで少しでも肩の荷を下ろして休んでくれたらいいなぁ。

「了解しました。本当に歴保省のお役人さんたちはこの数ヶ月お疲れ様でした。丙之五さんも有給までの半月無理せずに出来るだけ体休めてくださいね」

 丙之五さんはうちの本丸が一番信頼している政府職員なんだから、本当に健康には気を遣ってほしい。

 丙之五さんとの通信を終えて、極っ子6振を呼ぶように博多に言う。本日の出陣はもう終わっていて、そのタイミングで丙之五さんは通信してきたんだよね。あの人もうちの1日のスケジュールは把握してるから、大体通信してくるのはこの時間帯。流石有能担当官。極っ子たちは手入も終わって入浴も済ませたくらいの時間になってる。

「大将、どうした?」

 入室の許可を得てから入ってきたのは、薬研を先頭にした極っ子たち。仕事も終わったからと全員が私服に着替えてる。ワンピース姿の乱ちゃん以外は皆Tシャツとハーフパンツだ。

「うん、衝撃的なお知らせです」

 全員が座ったところで、お知らせ。

「明日の午前0時を以って、あなたたち極っ子はカンストします」

「は?」

 全員ポカーンとした顔で私を見る。って、国君、なんで写真撮ってるの。気持ちは判るけど! ポカーン顔の兄貴2振なんて滅多に見れるものじゃないからね。後でその写真ちょうだいね。一期と明石も欲しがると思うよ。

「うん、そういう反応になるよね。明日から色々これまでの不具合というか問題のあった部分が修正されるんだ。極のあの膨大な必要経験値もその対象でね。必要経験値がこれまでの約4分の1に減ることになった。で、今日現在の君たちの累積経験値から考えると、君たち既にカンスト分の経験値が溜まってるんだよね」

 まぁ、そういう顔にもなるよねーなんて思いつつ話を続けると、薬研たちは何処か複雑そうな表情になる。うん、そうなるのも無理はない。

「いいことなんだろうが……なんだろう、この納得行かない感じ」

「ボクたちが滅茶苦茶苦労した錬度上げがこれからはかなり楽になるってこと?」

 嬉しいことなんだけど、なんだかなぁ……といった感じらしく、厚と乱ちゃんが言う。

「けどよー、必要経験値が少なくなるってことは、それだけ戦に出る時間が短くなったってことだろ? じゃあ、他の奴らはオレたちほど戦えないってことじゃねーの?」

 逆の見方を示したのは愛染あい君。ああ、そういう考え方もあるのか。刀剣たちは戦いこそが本分であり、元々が戦道具だから、戦場に出ることを喜びとしている。だから、必要経験値が少ない=戦いに出る機会が減ると捉えるみたいだった。

「そういうこったな。じゃあ、大将、明日から俺たちは隠居かい?」

 愛君の言葉でそれもそうだと思ったのか、全員が落ち着いたところで薬研が言う。確かにカンストしたら基本的に出陣からは当分外れることになるけど……。

「詳しくは今日のミーティングで決めることになると思うけど、新たに極メンバーが出るまでは白金台周回部隊に入ってもらうね。極がいるといないじゃ効率違うし」

 それに太刀以上の極がまだ実装されていない現状だと、極になるのは打刀以下。ならば錬度上げは延享の江戸城内が効率がいい。とすれば、新極メンバー以外は現極メンバーで組むことになる(じゃないと偵察値条件クリアできないし)。

「な…なら、新しい極の人が6振になるまでは、僕たちも出陣ですね。極が1振増えるごとに僕たちが1振ずつ外れるということですよね」

「であれば、薬研兄さんと僕が先に出陣部隊から外れましょう。ずっと祐筆のお役目から遠ざかっておりましたし」

 五虎ちゃんと前田まぁ君が言い、それに頷く。まぁ君の提案には薬研も同意した。よし、当刃たちの了承も取れたし、これで新しい部隊編成に出来るな。






 とまぁ、そんな会話を繰り広げてから早数か月。正直にいえば、実感としてはさほど何も変わってはいない。イベントは相変わらずだし、実装される刀剣男士も140番以降ばかり。極実装に関しては予想通り。初期刀極化トップバッターだった陸奥はリアルOTZしてた。うん、まぁ、うちだと初期刀は歌仙だからね。他所の本丸、例えばお猿君のとこだと陸奥守吉行からで妥当だし。尤もその後、蜂須賀とキヨもOTZしてたけど。切国は自分がラストであるようにって石切丸いしさんと太郎たろさんにご祈祷頼んでたな。歌仙本人は自分がラストだと時期的に丁度私の3周年と前後するから、それもきりが良くていいねなんて言ってるんだけどね。

 初期刀組の極実装とともに、新たな刀剣男士もまた3振増えた。相変わらず140番以降の刀剣男士なんでお招きする気は皆無。特に静形薙刀については巴形薙刀と同様、不信感しかないんで、招く予定は一切ない。そんな感じで政府通達は横目で見て『ふーん』で終わってたんだけど。それでは終われない通達が来た。

「伊達組、織田組、黒田組、一期に青江ーーーーー!!」

 通達を見て叫んだ。隣の近侍室から歌仙が『雅じゃないッ』って叫び返したけど問題ない。あ、しまった、館内放送使えばよかった。

 叫びに反応して光忠、伽羅、鶴爺、長谷部と宗三、薬研、厚、博多、小夜ちゃん、一期と青江が駆けつけてきた。光忠・伽羅や鶴爺、宗三と一期が短刀や長谷部に俵担ぎされてやってきたのは最早お約束だ。

「たった今、政府から衝撃の通達が来ました」

 11振が揃ったところで、告げる。

「明日から、これまでイベント限定だったりボス泥限定だった刀剣が通常鍛刀可能になります!」

 序でに戦場での稀ドロップ刀剣も増えるらしい。鍛刀可能になるのは大阪城組(博多藤四郎・後藤藤四郎・信濃藤四郎・包丁藤四郎・毛利藤四郎)、検非違使ドロップだった源氏兄弟、戦場ボスマス限定だった明石国行・日本号・物吉貞宗・太鼓鐘貞宗・亀甲貞宗・数珠丸恒次、イベント限定だった千子村正・不動行光・小烏丸、期間限定鍛刀だった小竜景光・巴形薙刀・謙信景光・小豆長光・静形薙刀。既にうちにいる子もいるし、興味ない刀剣もいるけど! ずっと難民と化していた貞ちゃんと日本号、物吉、密かに狙っていた数珠丸恒次と小竜景光が通常鍛刀で出てくるようになるのは嬉しい! 一期には諦めてもらっていた包丁藤四郎と毛利藤四郎もいるし。

 実はこんのすけから現状であれば来年度の所有限界数は最低でも60振は超えると言われてる。つまり、今いる刀剣プラス9振顕現できるわけだ。だから、基本的に140以降をスルーする私なら、何とかギリギリ顕現出来そうというわけである。まぁ、鍛刀しても顕現しなきゃいいだけだしね。

「で、それはいつからなんだい?」

 関係者のいない歌仙は聞きたいだろうけど衝撃で言葉の出ない関係者の代わりに穏やかに聞いてくる。因みに11振が揃ったときにしれっと混ざってた。

「明日!」

 そう、明日から! もっと早く通達してくれてもいいんじゃない? って思うけど、まぁ、いいや。

「随分いきなりだね。まぁ、資源は十分にあるから問題ないけれど」

 未だに衝撃から抜け出せていないらしい11振の代わりに歌仙が会話を進めてくれる。流石は我が相棒、初期刀だよね。

 歌仙の言うように資源も依頼札も問題ない。3月・4月・5月と長船派の限定鍛刀があったけど、そこは光忠が日課任務以上の鍛刀は必要ないって言ってたから、それほど資源を溶かしてはいない。だから、依頼札もかなりの枚数在庫あるし。

 それに、今回鍛刀可能になるのは期間限定ではなく、『通常鍛刀枠』だ。運と御縁はあるとはいえ、これからはいつでも入手できるようになるんだから、出てくるまで一気に鍛刀するよ! なんてことにはならない。飽くまでも日課の3鍛刀の中で彼らの獲得を目指すだけ。これまでの岩融や江雪左文字を求めていたときと同じようにね。

「それでね。まずは貞ちゃん出てくるまで短刀レシピを回す。貞ちゃん来たら、日本号出るまで槍レシピ、次は物吉狙って脇差レシピ。貞ちゃん・日本号・物吉が揃うまでの段階で他の刀剣も来るだろうから、今年の顕現枠56振で残り2枠になるでしょ。そこは先着順ってことでいいかな」

 但し、140番以降が来た場合は除外。同派のいる光忠と一期たち粟田口には申し訳ないけど、でも元々彼らも140番以降には同派であるだけに余計に厳しい眼を向けてるから問題ないだろう。

 提案は問題なく受け入れられて、話を聞いた他の刀剣も喜んでいて、なんだか夕食がいつもより豪華だった。まぁ、ドロップ運に比べれば鍛刀運はそこまで悪くはないし、大丈夫、かな? 希少度が高いといわれてる鍛刀可能な刀剣はみか爺以外全部鍛刀で来てるし。おいでませ、貞ちゃん!!






 明けて、通常鍛刀刀剣増加初日。当然のように相槌の鍛刀近侍は光忠。

「妖精さん、久しぶりによろしくね!」

 長船派連続実装の鍛刀以来の鍛刀に妖精さんはフンスフンスと鼻息が荒い。うん、ごめんねー。鍛刀日課免除されてるから、毎日様子見るための挨拶はしても鍛刀はお願いしてなかったからね。久々で腕が鳴るよね! 実に9ヶ月ぶりの鍛刀だもんね!

 妖精さんにALL50の資材を渡し、3つの炉で鍛刀開始。時間は全部20分。ちょっとドキドキしながら、じっと待つ。流石に20分で手伝い札は使えない。というか、博多が使わせてくれないし。まぁ、延享進軍で手伝い札は手入で使うからね。鍛刀は基本的に待つしかないよね。

 そして、20分後。炉から出てきた3振の短刀はこれまで見たことのないもの。まさか、一発で来るとは。しかも3振はそれぞれ別の短刀で、今回鍛刀可能になった、包丁藤四郎、太鼓鐘貞宗、不動行光、毛利藤四郎、謙信景光のうちの3振が出来たことになる。

 しかし、妙に隣が静かだ。多分、太鼓鐘貞宗がいなきゃ光忠は直ぐに言うと思う。でも、何も言わない。というか、隣を見れば言葉の出ない、何処か呆然とした光忠がいました。うん、まぁ、そうなるかなー。これまで散々白金台にイベントの探索マップと周回しまくって、それでも来てくれなかったのに、一発目だからね。最初に資材突っ込んだ炉から出てきたからね。

 さて、残り2振は誰だろう。残りは粟田口2振と織田組、長船。長船の謙信景光なら光忠が判るはずで、今は呆然としてるからちょっと置いておいて、あとから確認すればいい。で、粟田口と織田組なら、薬研がいれば誰かは判るはず。ってことで。

「伽羅、鶴爺、薬研ーーーーー!」

 叫ぶ。ドタタタタタと足音は一つだけ。バンっと鍛刀所の襖が開いて現れたのは、両肩に伽羅と鶴爺を担いだ薬研だった。うん、男前だね!

「主ッ!」

「来たか!?」

「俺っちはなんで呼ばれてんだ?」

 三者三様に口を開く。最初に口を開いたのが伽羅なのはちょっと意外。そうかそうか、君も貞ちゃん待ちわびてたのか。

「一振は貞ちゃんだよね? 光忠が既に号泣してるし」

「ああ、貞坊だな!」

「光忠、格好悪いぞ」

「判ってるよ! でも!」

 はい、貞ちゃん確定。

「薬研、こっちの2振、判る?」

 光忠は貞ちゃんにしか反応してないから、残りの中に謙信景光はいないんだろうと薬研に確認する。すると薬研は自分が呼ばれたのはこのためかと納得した様子で2振を確認する。

「包丁藤四郎と不動行光だな」

 なるほど。ならば。

「追加ーーー! 粟田口と織田組ーーーー!」

 叫ぶ。一期を担いだまぁ君他粟田口と長谷部と宗三が駆けつけてきた。今年度の刀剣所持数5枠のうち太鼓鐘貞宗・物吉貞宗・日本号用以外の残り2枠は先着順なわけだし、ここで顕現しても問題ないよね。

 全員揃ったところで、まずはお待ちかねの貞ちゃんを顕現する。貞ちゃん、やっと来てくれたね。皆すごく待ってたよ。

 すると約11ヶ月ぶりの顕現の桜吹雪が舞う。そういえば、1年近く前にうぐ爺と千さん顕現して以来か。

「待たせたなぁー皆の衆! へへへ。なーんてね。俺が、噂の貞ちゃんだ! 俺は、太鼓鐘貞宗! ド派手に暴れようぜぇ!」

 色は白いのに羽飾りのせいか派手に見える短刀、貞ちゃん。

「ホンットに待ってたよ、太鼓鐘貞宗。審神者の右近だよ、よろしくね。って、光忠、泣き止みなよ。貞ちゃんドン退いてるよ」

「仕方ないだろう! 何百回白金台の大将ぶん殴ってると思うの!?」

 あー、すみません。物欲センサー強すぎて貞ちゃん影も形もなかったもんね。鶴爺や伽羅や光忠っていう他の伊達組が出まくってたもんね。もうすぐ実装から2年になるもんね!

「みっちゃん、そんなに待たせちまったのか! 申し訳ねぇな」

 うん、貞ちゃんも紛れもない伊達男だな。よしよしと光忠の頭を撫でて慰めてる。取り敢えず、伊達組はそのまま放置しておこう。序でに全員集まってる刀剣の中から関係者のいない祐筆課メンバーにお祝い遠征の編成を頼んでおく。粟田口多いしねー。薬研は織田組遠征にも組み込まなきゃだし。

 よし、次だ、次。

「包丁藤四郎だぞ! 好きなものはお菓子と人妻! よろしくー!」

 ……他所の包丁藤四郎見たときは発言にドン退いただけだったんだけど、やっぱり『うちの子』だと可愛いな。

「ごめんね、人妻じゃなくて。年齢的には人妻になってるほうが一般的なんだろうけどね。御縁がないんだ。そんな審神者だけど、一緒に戦ってくれる?」

 包丁の口上に一期が頭を抱えてる。他の兄弟と叔父も苦笑。

「んー、お菓子くれるならいいぞー!」

 まぁ、さにちゃんでは包丁藤四郎の『人妻』はある一定年齢を超えた優しい女性という認識っぽいし、短刀ちゃんや蛍君からお母さんと呼ばれることもある私なら、大丈夫かな。粟田口には珍しい生意気加減もこうなると可愛い。短刀ちゃんってお行儀のよい子が多いし、この生意気加減はある意味新鮮で可愛い。性癖にはちょっと戸惑うけど。何も家康のそこをピンポイントで受け継がなくてもさー。まぁ、短刀ちゃんがタヌキ爺っぷりを強く受け継いでも戸惑うけど。

「包丁、ちょっと来なさい。お前には教育的指導が必要なようだ」

 猫の子のようにひょいと後ろ襟を持ち上げて一期が笑う。けど、笑顔が微妙に怖い。

「……いち兄……」

 にっこりロイヤルな笑顔を浮かべる長兄に包丁も何やら危機感を抱いた様子。若干顔色が悪い。

「一期、ほどほどにね」

「承知しております」

 うちの一期はかなりのブラコンで弟溺愛してるけど、そこはやっぱり藤四郎の長兄でロイヤルなんだよね。主である私に対しての不敬とも取れる言動は絶対に許さないし、それが弟なら猶更厳しい。まぁ、今までの藤四郎たちはそんなことはなかったから、私への態度で一期が弟たちを叱ったことはなかったけどね。

 包丁も粟田口に任せて、最後の一振。結構拗らせているらしい、短刀一の卑屈君。

「……ひっく。俺は不動行光。織田信長公が最も愛した刀なんだぞぉ! どうだ、参ったかぁ~!」

 甘酒で酔っぱらうってどんだけアルコール分解能力低いんだろう、不動行光って。っていうか、このセリフどっかで聞いたな。あ、『どーだ、すごいでしょう!』な今剣いまちゃんだ。

「愛されたんならその分、信長公の歴史を守ろうね。よろしく不動行光、審神者の右近だよ」

 短刀の中では年長扱いになるだろう不動。卑屈な言動で他の刀剣を避ける節もあるっていうけど、そこはうちの刀剣だしなぁ。長谷部も宗三も放ってはおかないよね。短刀だから、他の刀剣たち、特におじいちゃんたちも構いまくるんだろうな。こういう拗らせ系はみか爺とかうぐ爺が結構構う気がする。

 それに、付喪神になっても信長を守れなかったことを悔やんでいるのは、それだけ信長に愛された記憶があって、自身も信長を愛した情の深い短刀だからなんだろうなと思う。極修行に出れば自分なりに折り合いをつけて吹っ切れることが判ってるから、この卑屈さも今は必要なことと思えるし。けど、信長に愛された! って堂々と言うのは、織田組メンバーには微妙かなとも思う。薬研は修行に行って既に信長の自刃については吹っ切れてるからいいとして、長谷部と宗三はそれぞれに信長のことを大切に思ってるのに拗らせてるからなぁ。でも、彼らとて本当に信長を恨んでいるわけじゃないのは知ってる。信長の話を聞けば穏やかな微笑みで語ってくれるから。尤も本刃たちにその表情の自覚はないっぽいけどね。

「長谷部と宗三に不動の指導は任せていいかな。薬研でもいいけど、薬研は出陣多いし」

 既に本丸に錬度上げが必要な刀剣はいないわけで、今日来た3振中心に錬度上げということになる。そうすると、短刀脇差中心に部隊を組むから、日常の世話は打刀以上に任せることになるな。接する時間をある程度均等にするためにも。

「拝命いたします」

「僕…ですか。まぁ、いいでしょう」

「俺っちは戦場で面倒見てやるよ。っていうか、大将、そろそろあっち止めないと出陣前に重傷になるぜ?」

 薬研が示した先には光忠に抱き締められて苦しそうな貞ちゃん。光忠から解放されたら鶴爺・伽羅に抱き締められての繰り返しらしく、若干ふらついているような……。

「伊達組ー、嬉しいのは判るけど、貞ちゃんまだ錬度1だからね? 君ら全員カンストしてるのを忘れないように」

 嬉しさで振り切れてるよね。散々待たせたから判るけどさー。

「主さん、編成終わりましたよ」

 丁度いいタイミングで遠征部隊の編制を任せていた国広くに君が声をかけてくれた。うん、これから30分遠征を5回か。粟田口が3回行くことになるしね。

「ありがとう、国君、歌仙」

 30分遠征を同時には出来ないから、他の2遠征も若干の組み直しが必要だったし、それを短時間でサクッと済ませてくれた歌仙と国君と手伝ってた兼さんとみか爺に感謝! ホントうちの刀剣頼りになるわー。

 関係者揃ったお祝い遠征はほぼ午前中いっぱいかかるから、午前中は検非違使対策兼日本号探索ってことで幕末組に池田屋1階を周回してもらうことにして、その間に午後の出陣編成も組み直さないとね。取り敢えず、短刀3振を隊長にして、特が付くまで出陣してもらって、特が付いたら新人3振プラス極3振ローテーションかな。行先は全部池田屋二階でいいか。

 面倒だからメンバーは固定にするとして、短刀16振と脇差2振で部隊を組む。貞ちゃんは気が合いそうなメンバー、包丁藤四郎は確り者の兄弟中心、不動は彼の湿度をものともしない兄貴系でまとめるか。

 ってことで、A班は隊長に貞ちゃん、隊員は今剣いまちゃん、博多、乱ちゃん、愛染あい君、小夜ちゃん。B班は隊長に包丁、隊員は確り者の兄弟で鯰尾ずお平野ひぃ君、まぁ君、秋田あき君、五虎ちゃん。C班は隊長不動で、隊員は兄貴な薬研に厚、後藤と信濃しぃくん、それから浦島うら君。

「うん、まぁ、判ってはいるけど、ホント主ってスパルタだよね」

 伊達組遠征から帰ってきた光忠は部隊編成を見て苦笑。他の保護者組も苦笑している。まぁ、光忠と一期は初期第一部隊として太刀以上のパワーレベリングには参加してたからね。鶴爺や江雪の延享とかにも。

「貞ちゃん、攻撃の順番が回ってこないし、攻撃しても掠り傷一つ負わせられないし、誉なんて縁がないけど、今は耐えてね! 主のことだから、そのうちガンガン出陣させてくれるから! あと、重傷にもなりまくるだろうけど、直ぐ手入れしてくれるから心配しないで!」

「そうだよ、包丁。兄たちが一撃で倒してしまうし、何なら遠戦で完全勝利Sなんてことがあるかもしれない。恐らく出番はないけれど、気にしてはいけないよ」

「まぁ、お前の出番はないな。精々薬研や厚の動きを見て学ぶことだ」

「極っ子が2振いる時点で低錬度無印の出番はありませんからね。気にする必要はありませんよ。錬度50程度になれば、そこそこ役に立つようになりますから、それまでの我慢です。主のことですから、半月も我慢すれば役に立てるように仕立ててくださいますよ」

 ねぇ、君たち。励ましてんの、落ち込ませてんの? 特に長谷部、お前は役立たずだっぽい言い方止めな。宗三がフォローに入ってるじゃん。

「あー、今、保護者が言ったみたいに1週間くらいは落ち込むと思う。通常なら錬度50後半を超えてから行く戦場に放り込むからね。でも、私も仲間たちも君らを折るような無茶はしない。負傷して帰ってきたらすぐに直すし、安心して暴れておいで。一緒に戦う仲間は歴戦の強兵つわものだから、同じ短刀として手本にすればいい。それから、極っ子とカンスト組、いつもの戦場に比べたら温いとは思うけど、油断はせずにね。序でにいつものように本丸ルール教えながら進軍して」

「了解、大将」

「任せな、主さん」

「畏まりました、主君」

 話の後半で指示を出せば薬研と愛君とまぁ君が代表で返事してくれて皆頷いてた。今日顕現の3振はちょっと呆然としてたけど、うちの育成方法については遠征中に聞いていたらしく、確り頷いてくれた。

 よし、行ってこい!






 その夜は3振の歓迎会。いつもの厨房班に宗三や一期も加わって、久しぶりの歓迎会ということと2年近く待ち続けた貞ちゃんもいるってことで大層豪勢だったな。貞ちゃんは延享部隊全員にもみくちゃにされてたし。

 そんなある意味手荒い歓迎と3部隊交代制とはいえ錬度の合わない戦場に出陣してた3振はかなり疲れたようだった。

「主ってすっげー猛将じゃねぇか?」

「ダメ刀には厳しいってか」

「人妻じゃない。鬼嫁だよ……」

 なんてことを3振固まって言ってたらしい。

「鬼だったら僕が斬ってあげると言いたいところだけど、主じゃ斬れないねぇ」

 とボケたことを言ったおじいちゃんが教えてくれたんだけどね。

 ともかく、ずっと待ってた貞ちゃんも来てくれて、何となく肩の荷が一つ下りた気がしたのだった。

 まぁ、まだまだ来てほしい刀剣はいるから、難民は継続ですけどね!