Episode:42 あ~夏休み!

 歴史保全省の審神者会議襲撃事件の翌日から約2週間、うちの本丸は初めての夏期休業となった。別に歴保省からの指示があったとかじゃない。そういえば就業規定に週40時間勤務(実質週休2日)と有給休暇については規定があったけど、夏期及び冬期の休暇についての規定はなかったな。去年も一昨年も当たり前のように年末年始は休んで冬季冬期休暇取ってたけど。

「ったく、予想通りだな、大将」

 ベッドに横たわり、周囲を短刀ちゃん+蛍君に取り囲まれ、額には冷えピ○を貼り付けている私。この1ヶ月余りの休日返上と極度の緊張状態から解放されたことによる安堵から高熱を発したわけだ。で、流石は懐刀兼医療短刀、もとい医療担当。当然のように薬研は私がこうなることを予測していたらしい。っていうか、薬研以外も薄々察していたらしい。だからか。長期休暇の実家帰省を休みに入って直ぐではなく3日は本丸でのんびりしてからとしてたのは。

「すまないねぇ……苦労をかけて」

「それは言わない約束よ、おっかさん」

 時代劇のネタに乗ってくれたのは乱ちゃん。こういうネタに乗ってくれるのって乱ちゃんか愛君か今剣いまちゃんなんだけど、流石に愛君と今ちゃんは私が寝込んでる時点でそういうネタに付き合う余裕はないみたい。

「取り敢えず、平野ひぃ秋田あきは大将に抱きついて寝てろ。乱とお小夜は大将の監…看病だ。他は大将がゆっくり休めなくなるから解散」

 ねぇ薬研! 今、乱ちゃんと小夜ちゃんに私の監視しろって言いかけたよね? そして、前田まぁ君、何事もなかったかのように『監視体制のローテーションスケジュールを組みます。青江さん以外の脇差にも声をかけますね』とか当たり前に納得しないで。オーバーワークの発熱は自業自得だけど、今回は皆納得の上の非常事態スケジュールだったじゃん! と、心の中でだけ反論する。実際に言葉にしないのは、皆が心配してくれているのが判るから。

 皆の気持ちも判るので、大人しくひぃ君と秋君を抱き枕にして眠りに就いたのでした。






 幸い、休暇2日目には熱も下がり、あの襲撃戦での懸案事項だった霊珠と手入仔妖精について、石切丸いしさんはじめ御神刀勢に意見を聞いてみた。結論としては霊珠の日常使いは難しいということだった。

「あの霊珠ほどの媒体を得るのは困難だね」

「現世で売ってるパワーストーンってやつを幾つか試したんだけどねぇ。あの水晶ほどのもんは造れなかったよ。アタシらで霊力込めてみたんだけど、あの水晶の半分も込めてないのに壊れたからね」

 次郎じろちゃんに強請られて霊珠の元になる水晶を幾つか渡してたけど、そのために必要だったのか。既に試してくれてたことに感謝しかない。

「そうかー。やっぱり無理か。まぁ、数揃えるのも大変だしねぇ」

 延享部隊を例に考えると、大体1回の出陣が40分程度で、1日に10回ほどの出陣になる。で、大体4振くらいが重傷になるケースが多いから、そうなると1日に霊珠は480個くらい使うことになるだろうな。とすると、月22日稼動として1万個超えるね! しかも半分しか霊力篭められないなら、霊珠の倍の数が必要になるから、月に2万個のパワーストーンが必要になる。単なるパワーストーンを霊力を篭められる術具に変える作業も必要になるから、御神刀勢の負担もめっちゃ大きい。こりゃ無理だ。

「でね、貞ちゃん探索してる俺たちにしてみるとやっぱり霊珠と仔妖精は魅力なんだ。だから、他に方法ないか考えて、使用個数を限定したらどうかなーって思ったんだ」

「例えば、霊珠を使用可能なのは本陣の一つ手前の戦場で重傷になった場合に限る、とすれば良いのではないかと」

 刀剣たちにとっても現地で手入して進軍できるのはかなりの魅力らしく、何か方法がないかと模索してくれたらしい。そこで出た案が使用条件をつけること。本陣手前での帰還ほど悔しいものはないから、そこに限り使用可能にしようというわけだ。

「ただ、それでも媒体となる石の確保は難しいからね。ならば、霊珠ではなく術符にしては如何かと思うんだ。主が霊力を込めて術符を書く。霊珠に霊力を篭めるよりは手間も時間も掛かるけれどね」

 既に石さんと太郎たろさんがその術式も組んでくれていた。もう、大好き! 更にその術式は仔妖精と本丸にいる手入れ妖精を繋ぐことによって本丸在庫の資材を使用できるようにするらしい。そうすることで、霊符に霊珠と同じだけ霊力を篭めても刀剣の回復量は多くなる。霊珠の場合は資材分も霊力で回復させてたからね。

 というわけで、早速全員分の仔妖精と霊符を作るための勉強がスタートした。歌仙と小夜ちゃんに毛筆習ってて良かった。

 そして、休暇が終わる頃にはなんとか1月くらいは持つかなという程度の霊符と全刀剣分の仔妖精作成が出来た。因みに仔妖精は各刀剣専属なんで自分の式神に名前を付けたりしてた。短刀ちゃんや蛍君の肩や頭の上に仔妖精が乗ってる姿は本丸の密かな癒しになったりもしたのだった。






「じゃあ、行ってくるね!」

 本丸の大手門前で見送りを受けて出発するのは、第2回帰省同行組の7振と私。今回はどういうメンバーを連れて行くかということで悩んだんだけど、初期第一部隊の鳴狐なき君・骨喰ばみ君・国広くに君・光忠・太郎さん・一期と極っ子枠でまぁ君ということになった。一部隊以上連れて行くことと極っ子1振必須が条件だから、別に7振でも問題ないってことだったからね。6振までだったら、光忠がまぁ君と交代すると言ってくれてた。圧倒的粟田口率だからねー。

 前回の帰省と同じく、歴保省で手続きをしてから時間遡行装置で2006年の防衛省に飛んで、新幹線で博多まで行って博多から熊本までは特急。熊本駅から実家まではタクシー2台に分乗。これはコミュ力の高い国君と光忠がいたおかげかな。

 前回と違って今回新幹線利用だったのは、きぃちゃんの存在ゆえだ。きぃちゃんは鳴君の本体と同様封印することも出来るんだけど、今回はそのまま連れて行くことにした。但し、キャリーケースに入ってもらったけど。飛行機だとペットは貨物室になっちゃうんで新幹線利用にしたわけだ。幸い帰省ラッシュの時期は過ぎてたからグリーン車取れたし。

 鳴君といえば、今回初めて素顔を見た。私だけではなく同行した刀剣全員がそう。甥っ子であるばみ君もまぁ君も一期も見たことなかった素顔。いつもは付けている面頬取ってくれたからね。流石に目立つし。うん、やっぱり美青年でした。

 目立つといえばもう1振。光忠の眼帯も目立つんだけど、これもまた外してくれた。鳴君の素顔と同様光忠の右目もどうなってるのかは謎だったんだけど、これは見せてはくれなかった。医療用眼帯をしてたから、もしかしたら政宗公の影響で傷跡があったりするのかもしれないな。

 帰省した実家ではばみ君とまぁ君が孫扱いされたり、土方歳三の刀の国君に妹が興奮したり、光忠と一期の紳士っぷりに母と妹がうっとりしたりしてた。父は酒豪な太郎さんと日本酒を楽しんでたし。うちの本丸だと太郎さんは次郎ちゃん以上の酒豪だったりする。きぃちゃんは言葉を喋ることに驚かれてたけど、持ち前のコミュ力であっという間に馴染んでた。実家の犬たちには最初は警戒されてたけど、犬たちの言葉を家族に伝えて喜ばれて、2日目には一緒に昼寝する程度には仲良くなってたな。因みに犬たちに一番懐かれてたのは納得の鳴君だった。

 帰省2日目には天草にドライブに行って、新鮮な魚介類と天草大王を買って、帰宅後の夕食では光忠が腕を揮ってた。豪勢な料理の数々に母が感激してレシピ聞いたりしてたな。うん、ホスト風イケメンと初老の田舎のおばちゃんの会話は完全に主婦のそれだった。

 帰省3日目には一旦刀剣と家族と共に上京。そこから箱根温泉に2泊3日の家族旅行だったんだけど、刀剣たちはここでメンバー交代。前回メンバーが2泊3日だったし、今後も基本は2泊3日だからね。今回のメンバーだけ5泊6日なのはずるいということらしい。そのために態々丙之五さんが後半メンバーを連れて2212年から来てくれた。私の担当役人ってことで両親とペコペコお辞儀合戦してたな。

 後半メンバーとしてやって来たのは『温泉なら爺の出番だな!』と何故か張り切った三条派。いや、爺度合いでいえばトップ3は髭爺・膝丸・うぐ爺だけど。それから極枠での厚。直ぐに今ちゃんが『おじいさま、おばあさま、おばさま!』と懐いてた。うん、見た目最年少実質爺の強かさだよね。今ちゃんは母に懐き、厚は父に懐いてた。父は腕白系が嬉しいらしい。第一回帰省のときも特に愛染あい君を可愛がってたしなぁ。妹は弁慶大好きだから岩融がんさんと色々喋ってた。

 新幹線を降りて箱根に行く前に小田原城を見学して、それから箱根ではピカソ美術館を見学。それから旅館にチェックインして温泉を堪能した。そのころにはみか爺の美貌に気後れしていた家族もすっかり馴染んでいて、両親でさえみか爺をお爺ちゃん扱いしてた。自分の両親に接するのと態度が同じだったのには苦笑せざるを得なかった。2日目は関所や強羅、芦ノ湖といった観光地を巡り、3日目に小田原駅で下りに乗る家族と別れて東京経由で本丸帰還。

 こうして第2回帰省は終わった。これで家族と顔合わせた刀剣は19振か。全員と合わせるにはまだまだ回数が必要だね。






 そして、この夏期休暇のメインイベントがやってきた。箱根から戻った翌日から2泊3日で、本丸全員での旅行だ。場所は2212年の沖縄。

 今年度に入って、政府は審神者及び刀剣男士の福利厚生の充実を図ってる。まぁ、それ以前から万屋街とか通信販売とか、色々やってはいるんだけど。万屋街なんて巨大なショッピングモールと化しているらしい。生鮮食料品や衣料品、日用品は勿論、様々なファッションブランドはじめ嗜好品といわれる類のものもかなり扱うようになってる。更にはシネコンもあるし、ゲームセンターにボーリング場、スケートリンクに室内プール、カラオケ、居酒屋やバーといった飲み屋まであるという。うん、こんな遊興施設作って如何するのかな。

 怠惰審神者が問題になってるとか丙之五さんが言ってたけど、これって怠惰がより怠惰になるんじゃねーの? なんて思ったけど、そこは歴保省も考えてた。それぞれの遊興施設の使用料金は現世の同施設に比べると10倍近い価格設定になっているんだけど審神者ランクによる優待措置があるんだよね。例えば映画だと現世価格1800円だから、ランクSS=360円(5分の1)、ランクS=450円(4分の1)、ランクA=900円(2分の1)、ランクB=1800円(同額)、ランクC=3600円(2倍)、ランクD=5400円(3倍)で、ランクによって価格設定が違う。ランクZとランクZZは現世価格の10倍のままで割引措置はなく映画だと18000円も掛かる。これならDVD買ったほうが安いよね。例に出したのは映画だけど、他の遊興施設も同じ価格倍率になってるから、遊興施設はランクが高いほど利用しやすいというわけ。

 ランクZやZZは査定によって給料が基本給の半額近くに減っている。大体月に10万円くらいだそうだ。そこから所得税はじめ各種税金と年金や保険料が引かれるから、手取りはかなり厳しいことになる。住民税は全員東京都扱いになるらしい。っていうか、私も引かれてるけどさー、この時代(23世紀)に戸籍も住民票もないのに、どうやって年金や保険料管理してんの? とか思ったら、審神者IDで確り管理されてるそうだ。但し、本来の所管官庁ではなく歴保省で管理している。これは審神者の情報を外部に漏らさないためってことだね。

 閑話休題。

 ランクZ以下の審神者の給料は手取りだと精々7~8万。家賃光熱水費食費は必要ないから、全額プライベートに使えるとはいえ、彼らにとっての遊興施設代はかなり高額だ。元々ランクZ以下は基本的に戦績不良を理由に冠婚葬祭以外の現世外出が認められていないから、現世で遊ぶことは出来ない。だから、遊びたいとなったら万屋街を利用するしかない。でも、そう簡単には利用も出来ない。現世の10倍だから1回利用するだけで諭吉が飛んで行くからね(この時代は諭吉じゃないけど)。つまり、ランクZ以下に対してのお仕置きであると同時にモチベーションを上げさせるための措置でもあるというわけだ。審神者ランクは飽くまでも絶対値で判断される。戦績ランキングのような相対評価じゃない。だから、全審神者が審神者ランクSSとなることだって可能なんだよね。審神者ランクは今年の5月に改訂されて以前はランクSS・S・A・Z・ZZの5段階だったものが、AをA・B・C・Dの4段階に分けて、トータル8段階に変わっている。序でに名称も戦績ランクから審神者ランクに変わった。

 因みにこの万屋街で働く人は全て国家公務員だ。官僚のような学歴は求められないけど、客商売だから対人能力は求められてる。それから学歴はないし審神者適性もないけど、この戦いに貢献したいと願ってる人の受け皿でもある。どの施設も基本24時間営業だし、施設数も多いから結構な雇用の創出ともなったらしい。

 で、そんな審神者に対しての福利厚生の一環として、審神者と刀剣男士専用の保養所が全国に数箇所作られている。万屋街でも遊べるけど、アウトドアは無理だからねー。それに万屋街も現世から切り離された亜空間の閉ざされた世界であることに変わりはないし。

 で、作られた保養所は6箇所。マリンスポーツのための沖縄、ウィンタースポーツ用の北海道、避暑の長野、避寒の宮崎、温泉巡り用の大分、某巨大テーマパーク用の千葉。ネズミの国はこの時代でも健在らしい。九州が3箇所もあるけど、この選定に当たったのが九州出身の官僚だったりしたんだろうか。

 どの施設も使用は宿泊費は無料。食事は施設内のレストランを有料使用になるけど、一般の同等ランクに比べれば格安な価格設定らしい。何処の保養所もそこから現世に行くことは可能で、千葉の施設を使った左近先輩からはかなり良かったと聞いている。

 そして、うちの本丸は沖縄の施設を利用することにした。やっぱり夏だし! 海水浴とかしたいじゃない? 刀剣たちにも体験させたいなってことで。でも、既に8月下旬。本州や九州本土の海だと海水浴はもう難しい。でも沖縄ならまだ大丈夫だろう。

 会議襲撃に備えていた時期にモチベーションを上げようってことで、施設の予約はしていたから、休みに入ると同時に皆旅行の準備を始めてた。

「あるじさん! 水着はどっちがいい?」

 そう言ってタブレット画面を示したのは乱ちゃん。白いワンピースタイプとパレオつきのビキニ。ワンピースタイプはフリルがたっぷり使われていて可愛いし、ビキニは色鮮やかな大きな花柄がこれも可愛い。

「乱ちゃんならどっちも似合いそうだね」

「違うよ! ボクじゃなくてあるじさんの!」

 えっ!? これを私が着るの?

「私!? いやいや、私ならどっちも似合わないって!」

 ビキニとか無理だし、ワンピースタイプにしてもこんなフリルたっぷりのものなんて似合わないって!

「そんなことないと思うんだけどなー」

「どーせ主のことだから、パーカーとか着て水着隠しちゃうんでしょ? なら思いっきり冒険すればいいじゃん」

 一緒にタブレットを見ていたキヨが言う。そうか、私の水着を選んでるからキヨも一緒にいたのか。

 うーん……確かにパーカー着るつもりだったし、それもいいかも。

「乱ちゃんはもう決めた? 決めてないなら、お揃いにしちゃおうか」

 乱ちゃんとお揃いという建前があればいつもは自分じゃ選ばないデザインでも言い訳は立つ。

「ホント!? やったぁ!」

 ぶわっと桜を吹雪かせて乱ちゃんがぴょんぴょんと飛び跳ねる。

「ボクはこれにしようと思ってたんだけど、あるじさんには子供っぽいしなぁ。うーん、如何しよう」

 乱ちゃんはタブレットを見ながら真剣に悩んでいる。元々乱ちゃんが選んでいたのはピンクベースに小花があしらわれた可愛らしいデザインのワンピースタイプのものだった。確かにティーン向けのデザインだな。

「それならさっき乱が主用に選んでたこっちは? 主のは藤色ベースで大輪のガーベラでちょっと大人っぽいし、乱は色違いにすれば可愛いんじゃない?」

 お揃いデザインの色違いもいいね。ピンクベースは色合いから可愛らしくなってるし。

「いいね。乱ちゃんどう?」

「うん! これにしよう、あるじさん!」

 乱ちゃんは満面の笑みで即答する。気に入ってくれたみたいで何よりです。うん、笑顔可愛い。

「乱だけが主とお揃いっていうのもずるいよねー。メンズでも同じデザインあるし、俺、これにしよーっと」

 と、キヨも同じデザインのメンズものを選ぶ。ハーフパンツみたいなヤツだ。うん、キヨも可愛いしカッコいいからどんなデザインでも似合うよね。

 なんて思ってたら。乱ちゃんとキヨの話を聞いた刀剣たちが全員色違い・花違いの同デザインの水着を選んでいたことが海水浴にて発覚するのだった。






 いよいよ沖縄への出発当日。大手門前に全51振が集合した。事前に歴保省への外出は届けてあるから、刀剣本体は既にペンダントに封印済み。五虎ちゃんの虎、きぃちゃん、亀吉、鵺は保養所につくまでは封印しておいて、到着後封印解除することになってる。

 集まった刀剣たちは思い思いのリゾートウェアを身にまとっている。普段着も基本和装な歌仙や大太刀兄弟も今日は洋装だ。Tシャツにジーンズというメンバーが多い。Tシャツに抵抗があるらしいメンバーはジャケットを着たり、開襟シャツだったり。長曽祢そねさんと岩さんのアロハシャツにハーフパンツにサンダル姿は黒いサングラスと相俟って何処かのヤのつく職業かと思っちゃう。

 全員が2泊3日分の荷物の入った旅行鞄を持ち、準備万端。

 まずは大手門を潜って歴保省に出て、歴保省の駐車場に待機していたバスで羽田空港へと向かう。私含めて52人だから、専用バスを歴保省が準備してくれた。うちの本丸用以外にも数台いるのは今日から慰安旅行に行く他の本丸があるからだろう。そして、飛行機もチャーター便だ。沖縄保養所を今日から利用するのはうちだけじゃなくて他に3本丸あるから、総勢200人を超えるってことで、政府が手配してくれたものだ。一般客に気を遣わなくていいのは助かる。何しろ現世に行くのは初めてという刀剣もいるし、初めての本丸全員での旅行に皆浮かれているしね。

「こ…こんな鋼の塊が本当に空を飛ぶのか?」

 ビビって国広くに君の袖を握っているのは兼さん。兼さんほどではないにしても、殆どの刀剣が不安そうな表情をしている。してないのは4月の帰省に同行した歌仙・薬研・小夜ちゃん・愛君・蛍君・田貫の6振だけだ。彼らは4月に一度飛行機に乗ってるしね。

「大丈夫だって。心配する必要ねーよ。面白いぜ。空の上から眺めるなんて滅多にないことだからよ!」

 兼さん同様ビビってた御手杵ぎね君の背をバシバシと叩きながら田貫が言う。粟田口は薬研が、左文字や黒田は小夜ちゃんが、兼さんはじめ新撰組は歌仙がフォローしてる。

「ほらほら、どんどん搭乗しないと! 他の本丸のご迷惑になるでしょ」

 まぁ、何処の本丸も刀剣たちが不安がってるのを審神者が必死に宥めてるけど。うちは先に6振が飛行機経験してる分、まだマシなほうみたい。

 ともかく、色々バタバタしたものの無事に全員搭乗して約1時間の空の旅。怖がって窓の外を見ない者、逆に怖がってたのが嘘のように窓の外を見てはしゃぐ者と様々だった。うちに限らず何処の本丸でも最年少と秋田藤四郎がはしゃいでいる声が聞こえた。

 約1時間後、那覇空港に到着して、そこからバスで港に移動、これまたチャーター船で約1時間をかけて保養所へと渡った。保養所は沖縄本島から離れた無人の離島を丸ごと施設にしたものだ。元々国有地だったみたいで、保養所建設も問題なかったらしい。無人の離島だったからか自然も一杯残ってるし、関係者以外いないから何の気兼ねも要らない。沖縄本島の観光をしようと思ったら船の時間があるから多少面倒ではあるけど、のんびり休養する分にはなんら問題はない。今回は観光はせずに、ひたすらこの島でのんびり過ごすということに決まってるし。

 保養所は高級リゾートホテル並の施設とスタッフを揃えていた。すげぇなと思ったら、運営は外部委託していて、某有名ホテルチェーンが運営し、スタッフもそこからの出向らしい。勿論、その会社もスタッフも厳しい身上調査のうえで委託しているそうだ。まぁ、このホテルチェーンの親会社は某財閥で、そこは歴史改変に巻き込まれる可能性が高い維新の偉人が創設者だから、元々この戦争に対しては初期から協力をしてくれているから大丈夫だろうけど。

 チェックインし、それぞれが部屋割りに従って荷物を置きに行く。全室ツインだから、2人ずつ。私の場合は『主を一人には出来ない』という理由から、薬研が同室になっている。私が何かを言う前に決定していた。懐刀の薬研が同室なのが当然、というのが刀剣たちの共通認識だったらしい。

 部屋に入るや、薬研は部屋の中をチェックしていた。うん、護衛刀剣だから当然なんだろうな。ここが政府の施設だろうが関係ない。本丸じゃない以上、安全確認は必須ということだろう。実際に実家に戻ったときも箱根に行ったときも、短刀と脇差メンバーが建物内と周辺を確認しに行ってたからね。私はといえば、安全確認は薬研に任せ、純粋にどんな設備があるのかの確認。バスアメニティも充実してるし、ベッドもいいスプリングだ。窓の外にはバルコニーがあって、ガーデンチェアも置かれている。全室オーシャンビューというだけあって、眺めも最高。

「主、この後は海水浴かい?」

 隣の部屋で同じようにバルコニーに出ていた歌仙と光忠が声をかけてくる。

「そうだねー。でも先にお昼ご飯かな? 1階にビュッフェがあったからそこでランチで、その後海水浴でいいんじゃない?」

「ああ、それもそうだね。じゃあ、荷物の整理が終わったら1階のレストラン前に集まるように行っておくよ」

 早速歌仙が端末を操作して全員に一斉メールを送っている。

「大将、腹減ったから行こうぜ。隣の蛍と愛も誘いに来た」

 歌仙・光忠と逆隣の部屋は愛君と蛍君の部屋だ。部屋割りは歌仙が隣となること以外は皆くじ引きで決めてたな、そう言えば。

「主さーん、腹減ったー、メシ行こうぜーメシ!」

「あるじさまーはやくいきましょう! おなかペコペコですー」

 どうやら愛君たちだけじゃなく、短刀たちが皆誘いに来たらしく部屋の外から私を呼んでいる。集合場所の意味とは。まぁ、脇差以上は直接1階に行ってるみたいだし、意味はあるか。

「はいはい、お待たせ」

 薬研と部屋を出て短刀ちゃん+蛍君と合流する。序でにいうと鍵は必要ない。チェックイン時にそれぞれの部屋にそれぞれの霊力が登録されていて、霊力が鍵代わりなのだ。だからホテルでよくある鍵を持って出るのを忘れて部屋に入れないなんてこともないし、鍵の紛失なんてこともない。因みに刀剣男士は同位体がいても顕現した審神者によって霊力が微妙に異なるからうっかり同位体が入り込むなんてこともないらしい。

 ビュッフェスタイルのレストランは流石沖縄というべきか、海の幸が豊富。刀剣男士は食事量が多いことを考慮してか、かなりの量が用意されてる。好きな物を好きなように取り、海の見える窓辺の席に陣取ると、すかさず隣に今ちゃんと秋君が座った。あっという間に私のいるテーブルは短刀で席が埋まる。背中合わせの後ろの席には歌仙が座り、そのテーブルは初期刀組。それぞれが思い思いの席に座ってランチを楽しむ。

「これから海かー。蛍、大丈夫か?」

「へーきへーき!」

 蛍君に心配そうに愛君が尋ねる。近くの席にいる明石も何処か心配そう。同じような会話が新撰組テーブルからも聞こえる。国君を心配する兼さんや曽祢さんの声。『蛍丸』と『土方愛用の脇差・堀川国広』は海洋投棄説のある刀剣だ。第二次大戦後のGHQの政策によって多くの刀剣が徴収され廃棄された。明石が蛍君に過保護なのはその影響もあるんだろうな。

 だから、今回海水浴をするに当たって、2振には一応事前に大丈夫か聞いたんだよね。もしどちらかでも海に嫌悪感を示すようだったら長野の保養所にしようと思って。まぁ、2振とも特に海に忌避感はないってことだった。それよりも初めての慰安旅行のほうが楽しみ!って言ってくれた。

「海水浴なんて刀だったころには出来なかったんだし、凄く楽しみ! 国俊、どっちが遠くまで泳げるか競争しようね」

「っていうか、オレたち泳げるのか?」

「あ、そうだね」

「ほなら、主はんに水練教室してもらいまひょ。主はん、水練得意やて言うてはったでしょ」

 どうやら蛍君は忌避感よりも楽しみのほうが勝ってるらしく明るい表情だ。それに愛君も明石も安心したらしい。

「いいよー。泳げない人いたら教えるよ」

 水泳は小学校3年から中学3年までの7年間競泳選手として競技に参加してたからね。まぁ、教えることは出来ると思うし。

「楽しみー!」

 ニコニコと笑いながら伊勢海老のグラタンを頬張る蛍君、めっちゃ可愛い。






 2泊3日なんてあっという間だった。基本的に旅行中は自由行動で、食事と2日目の花火大会だけ全員集合としてた。殆ど皆一緒に行動してたけどね。朝食後に海に出て、お昼ご飯で保養所に戻ってその後また海に行って、夕方に戻って着替えて夕食食べて、その後は数人ずつ交代するように私の部屋に来て。日付が変わる頃に就寝。2日目の夜には保養所側の厚意で打ち上げ花火もあって、皆で浴衣着て花火鑑賞&手持ちの花火を楽しんで。当然のように本丸カメラマンたちのカメラが火を噴いてた。

「これは、印刷用紙が相当必要ですなぁ」

「新たなアルバムも数冊必要でしょうな」

「DVDに焼くのも時間がかかりますね」

 なんてことをカメラマンたちが話してた。

 3日目の午前中に島を出て、東京へと戻り、午後の早い時間に本丸に戻ったけど、全員遊び疲れてそのままお昼寝になった。大広間で全員で雑魚寝したのもいい夏の思い出になったんじゃないかな。序でにいうと、この日の晩御飯はさにわ通販のデリバリーになったけど。





 今が戦争中なんてことを忘れるくらい、夏休みを楽しんだ。夏の前半と後半の温度差凄いな。でも、これが、今の私たちの日常でもあるんだなぁ。