Episode:41 憂いなし(審神者会議襲撃事件)

 歌仙たちに見送られ、胸元に刀に戻った薬研、隣にみか爺を伴って大手門を通過する。重々しい扉が開いた先は、時代が数百年(いや、寝殿造本丸だから1000年以上かな)遡った気がする超近代的なオフィスビルの一角、歴史保全省大手門前広場という名の中庭だ。以前は建物の奥まった通路の先にあったけど、研修所が出来たときに大手門と繋がる政府のゲートも移動したんだよね。以前の場所じゃ研修生が集合できないし、研修先本丸から戻ったときに通路がごった返すから。

「右近!」

 早速声が掛かる。見れば紋付袴姿の左近先輩だった。

「ほう、馬子にも衣装か」

 いつもは歌仙兼定や燭台切光忠に文句を言われつつジャージ姿の先輩のきっちりした姿なんて久しぶりに見るな。演練だとジャージではないもののシャツにジーンズといったカジュアルな格好だし。

「みか爺、お口チャック」

「うむ」

 お茶目なみか爺は口元でファスナーを締める仕草をする。こういう遣り取りって昭和だなぁと思う。

 左近先輩は数珠丸恒次を伴ってた。というか広場にいる審神者は大抵が天下五剣の誰か若しくは大包平・小烏丸を連れてる。レア度極の太刀ってことだね。そして胸元にはこちらも刀剣姿の厚藤四郎。やっぱり初鍛刀か。

「おばばさまももういらしてるぞ。小烏丸連れてたな」

 大輔おおすけさんは小烏丸かー。うん、うちの本丸にはみか爺以外のレア5刀剣はいないから、会うの楽しみかも。

 左近先輩と連れ立って受付へと移動する。その間にも大手門からはどんどん審神者が吐き出されている。会議開始の30分前には来たけど、もう半数近くは到着してる感じ。

 受付には総務部の職員が10名ほどで審神者の対応をしてる。どの顔もまだ若いから今年入省した新人なんだろうな。まぁ、雑用は何処でも新人の仕事だよね。

「肥後国本丸ID1736、審神者号右近と護衛刀の三日月宗近です」

 所属国と本丸ID、審神者号、それから護衛刀剣を告げる。それを端末で役人さんがチェックし、会場に案内される。案内といっても第1大会議室です、って言われただけで連れていってくれるわけじゃないけど。まぁ、目の前の会議室なんで連れていってもらわなくても問題ないけどね。

 既に会議室に集まっている審神者は皆一様に何処か厳しい顔をしている。無理もないよね。これから襲撃される可能性が高いんだから。

 会議室は大学の大きめの階段教室のような造りになっていて、収容人数は250人。正面中央に演壇があり、その後ろには大きなスクリーンが設置されている。最前列中央に既に白菊様、その左右に白木蓮様と万年青おもとさんが着席なさっていた。白木蓮様の隣は左近先輩だから、ここから見ても左近先輩が緊張してるのが判る。無理もない、白木蓮様めっちゃ美女だもん。

 座席は決まっているみたいで、所属国と審神者号の掛かれたプレートが置かれてる。どうやら1列目は上位20人が座り、その後ろがその護衛の刀剣男士、と20位ずつ分かれているみたい。私は3列目で、周辺の審神者は演練で何度か対戦し今日のために交流を持った審神者たちだから、挨拶して雑談という名の情報交換をする。後ろではみか爺が両隣の審神者の護衛である三日月宗近2振と同じように情報交換。でも漏れ聞こえる声が『そうか、ではそちらの俺はどうなのだ?』『俺は…だな。向こうの俺はどうだ?』と俺がゲシュタルト崩壊しそうになってる。

「やっぱり三日月宗近多いねぇ。これだけいると本当に難民なんているの? って思っちゃう」

 隣の女性審神者が苦笑しつつ言う。うん、未だに三日月宗近難民って多いらしいけどねー。本丸総数2900に対して三日月宗近顕現数は600に満たない。うち400は第1期及び第2期研修生に配布されているから、鍛刀やドロップで顕現しているのは200もいないことになる。全体の約20%しか所持していないことになるんだよね、三日月宗近って。ここにこんだけ三日月宗近いるってことは、それ以外の本丸では本当に少ない数しか顕現してないってことだ。

 護衛はほぼレア5太刀で、その半数が三日月宗近。後は若干数珠丸恒次が多いかなって感じで同じくらい。レア4太刀もちらほらいるけど、刀装3スロってことは共通か。

「審神者と護衛刀剣で200人か。会議室はほぼ埋まってるな。おまけに通路も狭いし座席間隔も狭い。こりゃここが襲撃されたら真面に動けんぞ」

 逆隣の喜撰さんが言う。

「確かにそうですよね。ここなら遡行軍は空中を移動できる短刀とか小回りの利く苦無中心かな」

 対応するのは第一部隊の極っ子たちだな。金銃兵各2付けてるからそれで応戦か。でも、会議室が狭いから審神者が避難する場所が充分にはない。となると刀剣たちも戦いにくいだろうし、狭い場所に審神者が密集するとなれば、敵方が大太刀か薙刀で横薙ぎすれば一気に多くの審神者は負傷することになる。

「この狭さならば審神者を一気に始末するために大太刀薙刀を送り込む可能性も高いぞ、右近女史。そして、この会議室から出さぬために前後の出入り口は封鎖しそうだな」

 その場合はみか爺の第4部隊を召喚して、御神刀2振によって封印破壊兼扉の物理破壊するのがいいかも。

「そうだな。まぁ御神刀勢が複数で殴れば封印破壊も可能だろう。恐らく御神刀勢はカンスト部隊だけだろうしな。こうなると太刀以上の極化がまだだったのが幸いだったな」

 つい先日、鳴狐・大倶利伽羅・同田貫正国の極が実装された(序でに短刀の日向正宗も実装)。残る打刀は初期刀組と亀甲貞宗・千子村正の7振。鳴狐の極は本体が多少お喋りするようになってて、『極鳴狐、可愛いっす! 絶対右近女史、悶えるっす!』とお猿くんが連絡して来たな。うん、楽しみ。でも、弱体化は変わらないらしく、まだ極化はお勧めしないとも言われた。したくても修行道具なくて出来ないけどねー。

 両隣とそんな会話をしている間に時間になったらしく、前方の扉から政府の職員が入ってくる。20人くらいかな。如何にも偉そうなふんぞり返った横柄な態度の役人もいる。 配布された会議資料によれば、総務部・人事部・経理部から部長と課長クラスの各2名、態度悪いのは多分、その管理局の6人だろうな。それから技術局の本丸部と保安部から部長と技術主任の2人ずつ、歴史改竄対策局は情報部の刀剣男士課と既存戦場課と分析課の4名、審神者部から教育課2名と実働補助課6名の計22名か。

 って、歴保相の冷泉れいぜい篤尭ためたか大臣もいるし、内閣官房長官の朝生あそう太一朗氏も来てる。そして、あのお若い雅なお姿は……。

「まさか、春宮とうぐう殿下と水穂宮殿下までご臨席とは……」

 呆然とした喜撰さんの言葉に頷いてしまう。まさか皇族までご臨席になるとは思ってもみなかった。

「これは……襲撃はほぼ確実でしょうね」

 喜撰さんとは逆隣の女性審神者燕雀えんじゃくさんが呟く。因みに燕雀さんも過去出身の乙種審神者だ。っていうか、この会議、甲種は1人もいなかったな。

「でしょうね。審神者だけじゃなくて次期総理とも言われる朝生長官もいるし、刀剣男士を祀る要の護歴神社祭主、更には次代の帝まで御出でですから。ここにいる人間が全て抹殺されれば、審神者制度は崩壊し兼ねない」

 私たちのような一般審神者はともかくも最前列中央の10人の審神者が命を落とすようなことになれば、政府側は大打撃だし。冷泉大臣は勿論のこと朝生長官も審神者制度への理解が深くて、歴史保全戦争の前線指揮官への協力を惜しまない政治家だし、そんなことになれば歴史保全戦争関係の政策は確実に停滞することになるだろう。

「それでは、第一回優良認定審神者会議を開催します」

 時間となり、この会議の進行役を務める総務部の役人(多分総務部総務課長)が開会を宣言する。っていうか、100振の神様を前にしてのあの尊大な態度ってなんなんだ。これだから現状を理解しない役人は。大体『優良認定審神者』ってなんだよ。優良って認定してあげてるんだから有り難がれってか?

 この1ヶ月の間、こちら側の政府職員さんは滅茶苦茶忙しかった。その甲斐あって、確実に敵方ではないと判明している職員はかなり増えている。その上層部によって、色々な特別措置が取られている。

 まず、宮内庁神祇局陰陽部の術者と監察局監査部の調査で、宮内庁と歴保省審神者部実働補助課・情報部審神者課・情報部検非違使対策課・情報部既存戦場課・技術局にはスパイがいないことが判明している。それ以外の部署には数人の怪しい者がいる。

 現在はその敵方ではないと判明していない歴保省職員全員──審神者部教育課・情報部刀剣男士課・情報部特殊戦場課・情報部新規戦場課・管理局の職員──に陰陽部の術者が使役する隠形式神が張り付いて行動を監視している。既にかなりの数の敵方と判明した職員は事前の計画どおり、地下で機密作業(笑)に従事させられているし、スパイではないが協力者と思われるものには行動の制限がかかっている。その数は予想よりも遥かに多く、歴保省のお偉方は頭を抱えているそうだ。だろうなぁ……。

 丙之五さんから昨日の時点で、遡行軍の会議襲撃は99%の確率で起こる、本丸襲撃については五分五分という連絡を受けている。だから、まだこちら側と確定していない職員に関しては、非常事態規定の行動を取らなかった場合、監査が片っ端から一時拘束することになる。

 総務部の役人が演壇から引っ込むと、歴保大臣からのご挨拶、更に春宮殿下の有り難いお言葉が続く。春宮殿下がご登壇なさったときには知らず背筋が伸びた。やっぱり存在感も威厳も何もかも違う。殿下からは今上陛下からの勿体無いおことづけもあり、審神者も刀剣男士もそのお優しくも温かなお言葉に胸を震わせた。

 そして、会議開始から30分、漸くお偉方の挨拶(管理局のどーでもいい、無駄に上から目線の挨拶)が終わり、現状確認報告ということで情報部既存戦場課の職員が演壇に登ったタイミングでそれは起きた。

「主、召喚符の準備を」

 背後の刀剣男士たちが身構える。みか爺の言葉に懐から薬研を抜き、召喚符を取り出す。耳には通信用インカムを装備。

 室内の電灯が点滅し、消える。同時に空中に禍々しい黒い靄が現れる。第1部隊と第4部隊の召喚符に霊力を篭める。

「第1陣護衛部隊を召喚せよ! 御神刀勢は封印破壊!!」

 恐らく白菊様であろう若く凛とした声が響く。白菊様は審神者が共同作戦を取る場合には総大将となる。白菊様の声に応じ、審神者は素早く動き出す。というか、人間の鈍い動きでは対応が遅くなるから、それぞれ顕現した懐刀が動き出す。

「俺も藤四郎だ。守るのは任せてくれ」

 刀剣姿から人型になるなり、薬研は私を抱え上げると会議室後方の比較的余裕のある場所へと退避する。同時に召喚された極っ子5振が周りを取り囲む。既に抜刀し油断なく身構えている短刀たちは、鋭い眼で幾つも出現している黒い靄を睨み付けている。

 更に召喚した第4部隊のうち、太郎太刀と蛍丸が扉へと走る。

『主、予想通り扉が開かぬよう封じのまじないが掛かっております』

『他の部隊の大太刀と協力して咒破壊するねー。うん、これは物理で壊せる』

 扉に辿り着いた太郎さんと蛍君から通信が入る。どうやら歴保省内部では通信阻害はされていないみたいだ。扉を呪術的にも物理的にも破壊する大太刀の護衛にはみか爺と膝丸がつき、第4部隊残りの青江と長谷部は護衛部隊に加わる。

 流石にこの狭い中、全審神者が全部隊を召喚するのは愚策だから、召喚には順序が決められている。第1陣は上位25人。扉を破壊し、審神者の半数が会議室を出た段階で第1陣と第2陣25人がが部隊全召喚する。第3陣と第4陣は歴保省内部に散らばりながら、全部隊を召喚して対応することになっている。

 既に春宮殿下や水穂宮殿下、朝生長官、冷泉大臣には三貴子きし審神者様の刀剣が護衛についているから、心配は要らないだろう。チラッと見たら水穂宮様が式神召喚なさってたし。うわ、あの式神めっちゃ強そう。

 靄は濃くなり、そこから遂に遡行軍が姿を現す。

「こりゃ江戸城内並だな。厄介だぜ」

 敵を見、厚が呟く。極っ子でも梃子摺る江戸城内と同等の遡行軍か。しかも厚が厄介と言うことは短距離ルートの敵。

「ですが、アレの相手は散々してきました。恐るるに足りません」

 そんな兄の言葉に前田まぁ君が冷静に返す。厄介だと言った厚だって慌てているわけでも恐れているわけでもなく、刀剣たちは皆冷静だ。

『主、間もなく扉が開く。第2部隊をこちらへ』

 みか爺の通信を受けて、第2部隊の召喚符に霊力を乗せて、みか爺の元へと飛ばす。第2部隊は鳴狐なき君を中心とした打刀部隊、つまり室内戦対応部隊だ。

 同時にちびのすけに本丸への通信を常時接続するように言う。会議襲撃を知らせ本丸の警戒態勢を引き上げさせる。

「隠れようが無駄だ!」

「そこだよね」

 遡行軍が現れると同時に長谷部と青江が駆け出し、敵の体勢が整わぬうちに攻撃を仕掛ける。そこかしこで同じように戦闘が始まる。

「愛、厚、五虎! 長谷部たちのサポートをしろ」

「任せろ」

「りょーかいりょーかい」

「は、はい!」

 薬研が指示し、愛染あい君、厚、五虎ちゃんが走り出す。乱ちゃんとまぁ君は薬研と共に私の護衛に残る。

「第3・第4陣退室完了! 第1・第2は全召喚!」

 白菊様の声が指示を飛ばす。最後の召喚符に霊力を篭め、第3部隊が現れる。

「殲滅するぞ」

 現れた隊長の骨喰ばみ君は部隊員に指示し、駆け出す。最前線(何処もそうだけど)にいる長谷部たちと合流し、出現する敵を片っ端から切り捨てていく。ほぼ同じくらいに審神者の退室のサポートをしていた鳴君の部隊も合流する。

「室内とはいえ、こんだけ広けりゃ俺でも平気だね!」

「ですな」

 更に大太刀を含むみか爺の部隊も合流。そこかしこで各審神者の部隊が敵に応戦し、こちらに出現した側から切り捨てられている。初動は完全にこちらに有利に動いている。

「第2陣! 会議室を出て、第3陣以降と合流! 大手門前広場に遡行軍が集中しつつある!」

 全体指揮を取る白菊様の言葉に、第2陣の審神者が刀剣男士と共に会議室を出て行く。審神者の数が4分の1になったことで、刀剣たちも随分動き易くなったらしい。

「な、なんなんだ! これは!」

 恐慌状態に陥ったような政府職員の声が響く。どうやら会議を遡行軍が襲撃することを知らなかったみたい。っていうことは会議に参加していた管理局職員は単なる無能な阿呆でスパイじゃなかったのかな。若しくは襲撃を知らされない程度の捨て駒か。

 出てくる遡行軍を即斬っているせいか、こちら側には若干の余裕もあり、刀剣たちが戦い易いように1箇所に集まる。中央に春宮殿下と水穂宮様、朝生長官と冷泉大臣。その周りを水穂宮様の式神が守り、その外周に歴保省の役人たち。更にその外周を私たち審神者が囲み、結界符を使って護りを固める。25人の審神者が一斉に使った結界符は相乗効果で強度を増している。最外周はそれぞれの護衛部隊である極短刀(一部極脇差)が固めている。

「どうやら、会議室に最も強い遡行軍が来ているらしい。大手門前広場は阿津賀志山程度だそうだ。庁舎内部は池田屋相当だな」

 外に出た審神者と通信を繋いでいる万年青さんが状況を伝えてくれる。阿津賀志山に池田屋相当なら、心配は要らないはず。会議に召集されている審神者の刀剣男士は極を除けばカンスト部隊だし、それぞれの審神者は室内戦対応の刀剣を中心に編成している。カンスト勢なら短刀や脇差でも阿津賀志山相当の遡行軍なんか敵じゃない。

 けれど、数が多い。次々と遡行軍が沸いてくる。しかもここに出る敵は延享江戸城内レベル。極短刀が苦戦する敵だ。

「乱、まぁ! 大将の護衛は俺に任せて前線の補助だ。行け!」

「はーい」

「お役に立って見せます!」

 戦況を見た薬研が指示し、乱ちゃんとまぁ君も前線へと加わる。同じように何処の懐刀も護衛部隊に指示し、約50振が前線へと加わる。

「敵さん、本気っすね」

 いつの間にやら隣にいたお猿くんが話しかけてくる。

「まぁ、上位25人がここにいるし、おまけに政府の幹部もいるからね。敵としては何を置いてもここは落としたいでしょ」

 だからこそ、この人間集団は囮の役目を充分に果たせる。敵がここに最強部隊を送ってくるならば、他は多少は安全だし、そうなれば監査や陰陽部が動き易くなるはずだ。

「本丸襲撃阻止。本丸と不正接続を試みていた間者を捕縛完了!」

 陰陽部・監査部と連携していた白木蓮様の声が響く。本丸の襲撃がなくなったことにホッとする。が、本丸襲撃予定部隊がこっちに流れ込むことも予想されるから、こっちは更に戦い激化だな。案の定、黒い靄の出現数が増えてる。

「中傷になったら即霊珠使って! 握るだけで使えるから、巾着の上から握れ! 疲労が出たら団子食え!」

 インカムで各刀剣に指示する。霊珠は本当に便利なチートアイテムで布越しでも握れば必要な数だけが発動する。いや、凄いのは手入妖精さんか。

 実は霊珠を作るのと同時進行で審神者が必死になって勉強して作ったものがある。それが手入仔妖精という式神。歴保省部隊24振全員に1振1体ずつ付き添っている。但し、本丸という補助システムがないから霊珠使用前提で最長24時間しか稼動できない式神だけど、その存在のお蔭で霊珠が発動できるのだ。この仔妖精と霊珠あれば、戦場で便利なんだけどなぁ。出陣中も手入可能になれば途中で撤退せずに済むし、こちらとしても安心だし。よし、今日の襲撃を凌いだら、石切丸いしさんに相談してみよう。あ、丙之五さんにも通常使用可能かどうか確認しないといけないな。

『主、この霊珠と仔妖精、普段も使わせてくれや!』

 流石の戦闘狂の田貫。同じことを考えたのか戦いながらも通信してくる。まぁ、インカム付けてるから喋るだけで伝わるんだけどね。

『うむ。これがあれば、白金台も楽になる』

『だねー! 貞ちゃん探索捗るよー』

『是非検討を頼む』

 みか爺・蛍君・膝丸の白金台部隊もそんなことを言う。まぁ、白金台はルートによっては本陣前に誰かが重傷になって撤退ってことも少なくないからな。特に今は白金台部隊から極っ子が抜けてる分、総合の統率値が低くなって受傷率上がってるし。

「前向きに検討します! っていうか石さんと丙之五さんに相談してOK出たら導入決定」

 伝えつつ、目の前の戦闘以外のことを話したり雑談する余裕もあることを頼もしく感じる。それだけ、刀剣たちは余裕を持って戦えているということだ。

「皆余裕っすね。けど、団子配布してなきゃ疲労も酷かっただろうなぁ。事前準備万端整えられた御蔭っすよね。丙之五さんたち頑張ってくれたな」

 こちらも落ち着いた余裕の表情のお猿くん。どんどん湧いて来る敵にはうんざりしているようだけど、刀剣男士たちの戦いぶりには信頼を置いているみたい。

「そうだね。職員さんがめっちゃ頑張ってくれたんだから、ここは私たち審神者と刀剣男士が頑張らないとね。遡行軍倒すのは前線組の私らの役目なんだし」

 実際に戦うのは刀剣たちで、私たち審神者はここで見守るしかないんだけど。一応短刀ちゃんたちや脇差、新撰組に護身術は習った。けど、それが使い物になるかどうかはまた別物なわけで。審神者はこうして術符で結界張って大人しくしてるのが精一杯。一応緊縛符とかも作ったけど、今のところ出番はなさそうだ。なお、緊縛符という存在に某打刀が身悶えしていたとお猿くんが言ってた。ウチにはいないけど。

 戦闘自体は有利に進んでいるとはいえ、やはり総数8億ともいわれる遡行軍。どんどん兵士を送り込んでくる。戦場となった会議室のあちらこちらで霊珠を使った治癒の光と団子による桜吹雪が起こってる。刀剣たちが死力を尽くして戦っているのに、ここで見守るしか出来ないことがもどかしい。

「言っても無駄かもしれないけど、薬研も前線に出ていいよ。極っ子部隊は1振加わるだけでも相当な戦力増だし」

 多分この指示は聞かないだろうなと思うから、命令口調ではなく提案してみる。

「ちゃんと判ってるじゃねぇか、大将。俺が大将の傍を離れるわけないだろう。懐刀の誉は大将の無事だぜ」

 ですよねー。ただ、本丸最強の短刀をここに張り付かせて戦わせないのは勿体無いと思ったんだけど、短刀たちの意見は違うらしい。私の傍に1振だけ残るなら、それは薬研以外有り得ないと考えてる。初鍛刀であり自他共に認める私の懐刀、それが薬研なんだから。

「主様、こんのすけより私めに霊珠各10回分が転送されてまいりました」

 ちびのすけが告げる。本丸襲撃がないと確定したから、歌仙の判断でこんのすけが本丸防衛部隊が所持していた霊珠をちびのすけに送ってきたらしい。ちびのすけの小さな尻尾もこんのすけと同じく四次元ポケットみたいになってるし、基は同一の存在だから、お互いに物資の交換も出来る。何気にこのちびのすけもチート式神だな。流石は稲荷神の眷属の管狐。

「この状況なら不要かもしれないけど、予備があるに越したことはないね」

 ちびのすけから受け取った霊珠はちゃんと24振分に分けられてるから、直ぐに渡すことも出来るし。

「霊珠追加が届いた。数に不安のある者は仔妖精を私に飛ばして」

 仔妖精は術でそれぞれの刀剣男士専属だし私の式神でもあるから、私と刀剣男士間の瞬間移動が可能だ。この術式作ってくれた陰陽部の呪術課長すげぇ。

『心配いらねぇよ! 能力値部隊最弱の鯰尾ずおがまだ3回しか使ってねぇからな!』

『部隊最弱とか酷いですよ、田貫さん! 二刀開眼のお供しませんよ! けど、主! まだ大丈夫です! 仔妖精には残り5回分になったら取りに行くように指示しました!』

 田貫とずおが私の言葉に応じる。声は力強いから、問題はないんだろう。でも既に戦闘開始から1時間が経過している。その1時間の間に既にずおは3回中傷以上になっている。だとすれば、現状一番生存値と統率値が低くなる脇差勢や2スロ打刀勢はかなりきついことになってるだろう。

『主君、どうやら終わりが見えてきたようです』

『靄の出現、止まってる! 10分くらい新しい靄生まれてないよ、あるじさん!』

 まぁ君と乱ちゃんの言葉に会議室を見渡せば、確かに遡行軍はいるものの、黒い靄は見当たらない。

「庁舎内の遡行軍殲滅完了! 庁舎内部隊は大手門前広場に合流せよ」

 白菊様の声に、この戦いにも終わりが見えたことが確定する。

「こっちも一振あたりあと2~3体始末すりゃ終わるな。俺っちの出番もなく終わるようで重畳重畳」

 出現する側から切り捨てていたとはいえ、会議室に大群で出現していた遡行軍も随分数を減らしている。

「これで最後だ!」

 何処かの鯰尾藤四郎の声と同時に、会議室内にいた最後の遡行軍が塵となって消える。ほぼ同時に万年青さんが大手門前広場の遡行軍も殲滅完了したことを報告する。

「暫く警戒態勢を解くな。こんのすけ、時空の歪みはどうなっているか報告せよ」

 白菊様の言葉に各審神者のこんのすけが現れる。ちびのすけがこんのすけと交代し、私の肩にかかる重さが体感10倍ほどになった。

「現時点で時空間の歪みは感知されませんね。正常空間に戻ってます」

 私のこんのすけが私に報告をする。何処のこんのすけもそれぞれの審神者に同様の報告をしているらしく、似たような言葉があちこちから聞こえてくる。

 遡行軍が現れるときには時空間とやらに歪みが生じるから、それで判断できるらしいんだけど、正直一般人の私にはどう歪んでいるのかさっぱり判らない。遡行軍の出現だってあの靄が現れなかったらさっぱり判らなかったし。でもみか爺は靄が出現する前から気付いてた。多分、刀剣男士には判るんだろう。

「白菊様、まだ省内の間者が全ては捕縛されておりません。今暫く警戒を解かず、各審神者は現在地にて待機するようご命令を」

 時空間の歪みがなくなり襲撃して来た遡行軍を完全に排除できたとはいえ、まだ、スパイを全部確保は出来ていないらしい。そうなればまた襲撃される可能性がある。あとはここで警戒態勢で待機し、監査部と陰陽部の任務完了を待つしかない。

『主、無事かい?』

 刀剣男士たちがそれぞれの審神者の下へと集まり、私も自分の刀剣に囲まれたころ、耳元のインカムから本丸にいる歌仙の声がした。どうやら、本丸との通常通信が回復したらしい。というか阻害されてたのかな? もしかしたらずっと繋がってたけど、こちらを慮って無言だっただけかもしれない。

「歌仙……うん、大丈夫。掠り傷一つないよ」

『それは良かった。だけど、本丸に戻るまで気を抜かないようにね』

 歌仙の声がいつも以上に優しい。ああ、こんなに優しい声は初陣で重傷帰還した後に私を慰めてくれたとき以来かもしれない。そんな歌仙の言葉にホッとして足から力が抜け、崩折れそうになる。それを支えてくれたのは馴れ合わない(短刀除外)マンの大倶利伽羅だった。

「うわぁ、二代目のこんな声初めて聞いた」

「そうだね。こんなに穏やかな声が出せるのか」

「いやぁ、ちょっとキモい~」

『和泉、蜂須賀、キヨ。首を差し出したいらしいな』

 兼さんと蜂須賀とキヨの驚いた発言に短気な歌仙がいつもの調子で応じる。それに発言はしなかったものの同様のことを考えていたらしい数振りが首を竦めている。そんな刀剣たちを見て、ああ、日常が戻ってきたなと感じた。

 それから数十分後、歴保省内に監察局局長からの『間者全員捕縛完了』の放送が流れ、私たち審神者にとっての『審神者会議襲撃戦』は終わった。

 なお、待ち時間の間、春宮殿下は会議室にいた全ての審神者に親しくお声をかけてくださり、白菊様以外の審神者は襲撃戦始まって以来の最大の緊張を味わうことになったのだった。






 今回の一連の作戦によって、なんと職員の1割近い200人が何らかの処分を受けることになった。スパイとして逮捕されたのは約50人だったけど、150人ほどが利益誘導或いは脅迫を受けての協力者となっていた。この150人はその経緯や漏らした情報・協力内容によって逮捕から懲戒解雇・降格・減給と処分が分かれた。利益誘導によって協力者となっていた者は殆どが厳しい処分を受けたし、家族の生命を脅かされて協力させられていた者は多少の情状を酌量された。

 この結果を受けて、歴保省内部の改革と組織の体制見直しが行なわれることになった。管理局の係長以上の管理職はほぼ総入れ替えとなり、かなり規模が縮小されることになった。逆に審神者部実働補助課や技術局は現状に変更はなし。その他の部署は課長・課長補佐・室長・企画官・専門官・係長あたりの中間管理職が半数以上入れ替えになった。

 これらの措置は審神者には完全に公表された。審神者には、と限定するのは一般には一部公表だったから。全公表しないのは国民の混乱を招かないためとされた。高度(?)に政治的な思惑があって公表する内容は限定されていたらしい。

 ともかく、そんなわけで歴保省改革のため、これまで頻繁に行なわれていたイベントは当面の間なし、極や新規刀剣の実装も一時中断となった。なんとか下半期突入の10月には通常業務を回せるようにするとのことだった。

 歴保省改革については襲撃戦の翌日には第一次通達として審神者に連絡があった。職員の処分状況については確定したものから随時報告された。逮捕された者については国家反逆罪に問われ殆どが無期懲役の判決を受けることになったが、裁判にはそれなりの期間を要し、その間マスコミをかなり賑わわせていた。逮捕者は情報が漏れることを恐れた歴史修正主義者によって抹殺される可能性が高いこともあって、陸軍特殊部隊(歴史改変阻止部隊)に公判終了まで警護された。






 歴保省がバタバタしている間、休日返上で襲撃対応準備をしていた審神者は一斉に休暇となった。約10日分の代休となったから、実質約2週間もの長期休暇になった。こんな長い休暇は学生時代以来だ。

 その休暇に入ったばかりの頃に、丙之五さんと丙之五さんと共に動いていた歴史改竄対策局や宮内庁神祇局の職員さんを招いて、慰労会を開いた。流石に全協力職員さんを招待は出来なかったけど、それぞれの審神者が関係者を労うために同じように慰労会を開いたらしい。

 うちの場合は、会場をうちの本丸にして、審神者は丙之五グループの5人。女性職員もいるからと男性審神者3人の本丸は初めから除外(何しろ女性用のトイレがないからね)。大輔さんの本丸かうちかということで話し合いうちになった。各本丸がお酒や食材を提供してくれて、うちの厨房班総出で宴会の準備。短刀ちゃんたちや脇差・新撰組によるアイドルオンステージや鶴爺のマジックショーなんて出し物もあって、職員さんたちは楽しんでくれたようだった。

 因みに左近先輩たちは念のための護衛を一振りずつ連れていて、うちの本丸にはいない刀剣を連れてきていた。喜撰さんは太鼓鐘貞宗、大輔さんは大典太光世、お猿くんは数珠丸恒次、左近先輩は大包平。いずれうちにも招きたいと思ってる4振に、伊達組やまぁ君、青江、うぐ爺といった関係刀剣たちは喜んでいた。

 約2週間の休暇のうち、4日目から2泊3日で2006年の実家に帰省。護衛は7振。初期第一部隊の鳴君・ばみ君・国広くに君・光忠・太郎さん・一期とまぁ君。実家のワンコたちがきぃちゃんを警戒してたり、光忠や一期の紳士っぷりに妹がキャーキャー言ったり、太郎さんのでかさに両親が驚いたりしてた。

 実家帰省はその2泊3日だけではなくて、その後家族旅行で箱根温泉へといった。トータルで5泊6日を1部隊+1振だと刀剣たちからのブーイングも起きたんで、箱根旅行前にメンバー入れ替え。熊本から福岡までは特急つばめで、福岡から東京までは新幹線のぞみで移動。東京駅で丙之五さんと合流し、刀剣男士のメンバー交代。初期第一部隊+まぁ君は一足先に熊本土産と共に丙之五さんに連れられて本丸へと戻った。

 丙之五さんが連れて来たのは三条5振と厚。岩融のでかさに両親が驚き、みか爺の美しさに妹が悶絶し、義経主従刀にこれまた妹が大興奮していた。






 そうして、波乱の夏は過ぎ去っていったのだった。