Episode:40 備えあれば

 非常事態に備えての特別スケジュールで動き始めて約1ヶ月。歴史保全省から『優良認定審神者会議』の連絡が漸く届けられた。

 大抵の通達は全て業務端末へのメールとこんのすけの口頭伝達で届けられるんだけど、今回は仰々しい書類をこんのすけが持ってきた。あれだ、時代劇なんかでよくある横に長ーい和紙を幾重にも折りたたんで、紙で封筒みたくして包んでるヤツ。確り毛筆だし。但し、手書きではなく明らかに毛筆フォント使ってのパソコン出力文書だけど。これならメールで良くないかい?

 毛筆とはいえ楷書フォントなんで読みづらいということはない。実は休日に平安太刀勢と小夜ちゃんと歌仙に変体仮名解読を習ってたりするんだよね。いや、刀剣たちってパソコンは使うくせにシャープペンやボールペンといった現代の筆記用具は何故か嫌がる。なので、刀剣たちのメモなんかは全部和綴じの帳面に毛筆だ。そうすると、江戸時代組以外は殆どが変体仮名を使うんだよね。だから、必要に迫られて覚え直すことにした。大学時代に覚えたはずなんだけど、卒業して10年近く経ってるからもう忘却の彼方だったしね。

「ちょっと、歌仙。この通達笑える」

 一通り目を通して、こんのすけから通達文書が来たことを聞いて執務室にやってきた歌仙に通達を渡す。因みに祐筆の一期と近侍の鶴爺にも読むように言う。

「驚いたな! 政府に潜りこんでる間者は大間抜けではないか?」

「然様ですなぁ。明らかにこれは何かあると言っているようなものです」

 通達を読んだ鶴爺と一期が呆れたように言う。そして我が初期刀と言えば、とってもイイ笑顔してました。怖い。

「主たちの策に相手は乗ったようだね。こんな愚かな通達をするということは、自分たちが審神者の掌の上で踊らされていることには気付いていないようだ。重畳重畳」

 目が笑ってない。言葉は柔らかいのに声が冷たい。歌仙、怖いってば。

「初期刀殿はお冠だな」

「まぁ、このふみでは仕方ありますまい。審神者を侮っていることが丸判りですからな」

 白と水色の御物コンビがヒソヒソと言葉を交わしている。まぁ、2振りの考えは間違ってないと思う。この通達の文章、超上から目線。戦績優秀と認めてやってるんだから有り難く思え、態々お前たちのために会議を開いてやるんだから感謝しろ。そういうことを仰々しい文章で長々と綴ってるもんね。

 いつもの歴保省から来るメールとはだいぶ違うなぁ。大体審神者の所に来るメールは実働補助課(担当官課)か情報部から。どちらも歴史改竄対策局の部署。偶に技術局本丸部とか保安部とかからも来る。で、そういった部署というのは割と審神者や刀剣男士と接する機会もあるせいか、絶対に上から目線なんてことはない。直接会うと気さくに対等に接してくれるし、メール通達とかだと丁寧すぎるくらい丁寧に綴られた文章になってる。あれ、審神者私たちって彼らの上司だっけ? と思うくらいには。刀剣男士神様が目にすることも考慮しての文章なんだと思う。

 けど、今回送られてきた通達は管理局総務部からのもの。管理局はなぁ……歴保省の中では唯一と言っていいくらい、審神者に上から目線な部署だ。特に直接関わる中間管理職や平役人。

 ここだけの話ですよって以前丙之五へのごさんが教えてくれたんだけど、歴保省において管理局は窓際というか掃き溜めというか、そういった部署らしい。歴史改竄対策局の入局レベルに達しなかった役人の行くところらしいんだよね。だからというか、エリートの揃ってる対策局に対して変に対抗意識持ってるそうで、審神者を見下すことで対策局に優位に立とうとしている愚かな輩も少なくないらしい。ま、全部が全部、そうじゃないんだけど。今回のこの通達文書を作ったのはそういう、対抗意識バリバリの審神者見下し系役人だったんだろうな。

 で、刀剣たちと私が呆れた通達内容というのは、当日の護衛刀剣についてだった。

 本丸から出る際には基本的に審神者は必ず護衛刀剣2振を同行させるようになっている。なのに、今回は1振だけ。しかも『太刀以上(短刀・脇差・打刀不可)』。おまけに『護衛として連れてくることを許可する・・・・』。許可するってなんだよ。護衛刀剣同伴を義務付けてるのは歴保省そっちだろうが。

 明らかに室内で行なわれる会議の護衛が『太刀以上限定』なのは可笑しい。だって、太刀以上、つまり太刀・大太刀・槍・薙刀は室内戦では弱体化する。広範囲攻撃を得意とする大太刀・薙刀に至っては範囲攻撃が出来なくなって単体攻撃になる。つまり、真面な役人が護衛刀剣を指定するなら、寧ろ『太刀以上不可』にするはずなんだよね。恐らく短刀推奨にするはず。室内戦で遠戦可能なのは短刀のみが装備できる銃兵だけだし。

 そんなことを話していると、携帯端末に珍しく丙之五さんが音声通信。『今から本丸に伺ってもいいですか?』と珍しいことを言う。審神者就任から間もなく2年半だけど、今まで丙之五さんがうちの本丸に来たことは3度だけ。招待した新年会と初期第一部隊カンスト祝宴(本丸初宴)のときだけだ。でも通信じゃ話せないことがあるのかもしれないから、了承すると、10分後にお伺いしますとのこと。えらい急だな。

「大将、担当官殿案内してきたぜ」

 程なくやって来たのは後藤をはじめとした短刀勢。今日は短刀ちゃんたちは遠征じゃないから庭で遊んでたらしい。そこに滅多に動かない大手門が起動したもんだから、何事かと駆けつけたところ、丙之五さんが来たというわけだ。

「いやぁ、警戒からの安心した笑顔! 短刀様たちに癒されます」

 挨拶もそこそこにへらーっと笑う丙之五さん。うわっ、目の下の隈が凄いことになってる。

「担当官殿、取り敢えず秋田あきを抱っこしててください! 今、お茶をお持ちします!」

 丙之五さんの窶れっぷりに慌てて平野ひぃ君がお茶の準備をしに行く。博多は博多で『薬研兄の部屋行って来るばい』と走り出したということは、滋養強壮効果のある丸薬でも取りに行ったんだろう。私が疲れると薬研が差し入れてくれるヤツ。でもあれ、即効性のある睡眠薬でもあるからな……大丈夫かな?

 因みにひぃ君が秋君を抱っこするように言ったのも疲れ切ってる丙之五さんへの癒し効果を狙ってのものだろう。短刀ちゃんたちの癒し効果半端ないからな! 更に後藤、信濃しぃ君、今ちゃん、小夜ちゃんは丙之五さんの周りで雑談しつつ、肩を揉んだり掌や足ツボ・ヘッドマッサージしたりしてた。ん? なんで短刀ちゃんたちがマッサージできるかって? 私が慢性肩こりだからだ!

 やがて戻ってきたひぃ君は疲労回復とリラックス効果を狙った配合で作られた、うぐ爺オリジナルブレンドのハーブティを丙之五さんに出してた。そして博多は案の定丸薬を持ってきて、歴保省に戻ったら飲むように言ってた。うん、アレは確実に即爆睡のヤツだ。

 そんな短刀たちの働きを歌仙と一期と鶴爺は微笑ましそうに見ていた。

「うう、癒されますぅぅぅぅぅぅ」

 余程精神的に疲れてたのか、丙之五さんは目を潤ませる。

 で、一息ついて若干落ち着いた丙之五さんの話を聞く。総務部からの通達を見て、策が順調に進んでることに安心したと同時に、超上から目線の無礼な文書に胃がキリキリしたんだそうだ。気付くと私に電話していたらしい。開き直って上司に本丸訪問申請(口頭)をしたら、何かを感じ取ったのか上司も即OKしてくれたとのこと。まぁ、この窶れきった姿を見ればそうだろうなぁ。実はうちの本丸、担当官課では癒し本丸って位置づけらしい。戦闘数は毎日100戦近くをあげるランクSS本丸は怠惰本丸に頭を悩ませ胃を痛めている担当官課にとって心のオアシス。うちみたいに定期的にレクリエーションイベント(ドッヂボールとかババ抜き大会とかケイロドとか粟田口+左文字+来派+αによるアイドルオンステージとか)をやってその動画を提供してる本丸は、更に癒し効果アップ。おまけにうちは短刀たちが戦場以外では他の個体よりも甘えん坊なことが判明しているせいで、疲れたときには肥後1736本丸の短刀様動画を見ろとか言われているそうだ。聞いたときには乾いた笑いが出たよね。

 まぁ、そんなわけで丙之五さんはうちに突発的に訪れたということだろう。

「もうね、総務の通達見てアホか馬鹿かと。審神者様の後ろには数十振の神様がいるの忘れてんじゃねーのと」

 はぁぁぁぁぁぁと深い溜息をつく丙之五さん。政府職員の中には刀剣男士を『道具』認識している人もいる。っていうか、審神者の中にもいるし、刀剣男士の中にもいる。でもその道具に対する認識が違うんだよね。刀剣男士は『審神者という使用者がいる道具で、道具だから使用者に従うのは当然。大事に使ってくれればOK』みたいな感じらしい。これは同田貫が言ってたことだけど。審神者の中で『道具』認識してる人ってのは『歴史を守る戦いの道具であり、命を守る存在だからこそ、手入を欠かさず丁寧に扱わなければその真価を発揮出来ない』と考えてるらしい。こういう扱いには刀剣男士も納得できると言ってた。つまり、戦いに出して尚且つ大切に扱ってくれるのならば問題ないと。まぁ、道具扱いしている審神者でも、本丸内での扱いはうちのような部下兼家族認識の本丸とそう大きな違いはないらしくて、人間でいう『文化的な最低限度の生活』はしているそうだ。

 でも、役人の中の『道具』扱いは違う。道具=使い捨てなのだ。所詮物のくせに何が神だとか思ってる。そこらへんは刀剣男士を八百万の神々の一柱としている宮内庁神祇局とは相性が悪いらしい。正反対の主張ともいえるから仕方ないかな。道具=使い捨てじゃなくて、大切に愛着を持って永く使う愛用品と認識してくれればまだマシなんだけどなー。っていうか、政府が願って刀剣の付喪神に協力を要請したんだから、やっぱり政府職員は刀剣男士を神として敬うべきだと思う。政府主導で祀ったんだから。

「まぁ、あの通達を作ったお役人が阿呆だというのはよく判ったぞ。何しろあの文書を見た初期刀殿がお冠だったからな!」

「37人目にするのではないかと思うほどでしたな」

 鶴爺と一期の言葉に当の歌仙は苦笑している。37人目というと、あれか。歌仙を使って細川忠興が36人手打ちにしたから、『首を差し出せ』するってことか。

「ははは。流石に役人を37人目にする気はないよ。僕が役人を手打ちにしたら主に迷惑がかかるからね」

 うん? それは私に迷惑が掛からなければ手打ちにするのかな?

「大体、護衛刀が太刀以上限定というのが阿呆の証拠だな! 室内での護衛に弱体化刀剣を選ぶとは、何か起こると言っているも同然だろう」

「若しくは刀剣特性を知らぬ正真正銘の阿呆でしょうなぁ」

 白と青の御物の嫌味が止まらない。尤も止める気もないけど。歌仙も苦笑してるだけだし。

「そうですね。まぁ、現場からは遠い部署なんで、刀剣特性を把握していない職員は少なくないですよ。尤も、今回のは知った上での指定のようですけどね。ま、この指定をしたことで我々は自分たちの策が相手にバレてないことを確信できたんで、良かったんですけどね」

 秋君の頭に頬をすりすりしながら言う丙之五さん。うん、秋君の頭には頬くっつけたくなるよね。ふわふわで癒されるもん。

「なお、あいつら、刀剣男士様が抜刀出来ないようにまじないをかけるとか言いやがりましたからね!」

「はぁ!?」

「何のための護衛刀だい!?」

 思わず声を上げる。歌仙の突っ込みも当然だよね。護衛がいざと言うときに武器を使えないって、それ対象を守れない可能性が高いってことじゃん!

「馬鹿ですよねー。刀剣様が抜刀するようなことが起きるって白状してるようなもんでしょ」

 まさにその通り! 抜刀出来ないようにする=抜刀する事態が起こるっていう前提じゃん。何事もなければ刀剣男士が戦場以外で抜刀するわけないんだから。実際に多くの刀剣男士が審神者の護衛で歴保省に出入りしてるけど、これまでに抜刀騒ぎが起きたことは皆無だし。

「だから言ってやりました! 刀剣男士様は審神者の護衛なんだから、抜刀できないとか意味ないでしょう!って。そしたら、審神者が政府に反抗する可能性だってあるだろうとか巫山戯ふざけたこと抜かしやがりまして。審神者は国家試験を受けての国家公務員であり、軍人なんだからそんなことするわけないだろ! 国家と国民への忠誠心は一番高い公務員だぞ! って反論しました。っていうか、政府は審神者様が武器を持って反抗しなきゃいけないようなことやってんのか? って詰め寄ったらしどろもどろになってましたねー。いやー、馬鹿ですよねー。なんであんな馬鹿が上役につけてるんでしょうねぇ…」

 怒濤の丙之五さんの言葉に返す言葉がない。対応した政府職員が阿呆過ぎて。上役っていうからにはそれなりの役職の役人だろうに。歌仙や一期、鶴爺も膝の上の秋君も回りに集まってマッサージ継続中の短刀たちも、皆丙之五さんに同情の視線を送ってる。

「ご苦労お察しします。っていうか、抜刀禁止は阻止したんですよね?」

「もちのろん!」

 政府に疚しいところがないのであれば、刀剣男士様が審神者の意思に反して抜刀するような事態にはならないし、審神者が武力行使を許すようなこともない。だから何の問題もないだろうと審神者部全体で反論して、抜刀禁止の咒は阻止してくれた。

「当日の部隊編成はお済みですか? あ、これ、白木蓮様からお預かりしてきました。召喚符です」

 これを渡すために来たらしい。『召喚符』4枚か。これに刀剣男士の名を書いておけば、札に霊力を篭めることで、その場に刀剣男士を召喚できるという超チートアイテム。作れるのは相当な術者じゃないと無理らしく、三貴子きし審神者様が会議に召集される審神者全員分をご用意くださった。

 部隊編成は報告会の日に済んでいるから、そう伝える。元々護衛刀剣は鳴狐なき君と薬研の予定だったけど、太刀1振か。なら歴保省部隊唯一の太刀隊長であるみか爺かな。

「念のために薬研藤四郎様を刀剣の状態でお連れになることをお勧めします。当日の受付は総務部がやりますけど、あいつら、刀剣状態の刀剣男士様は見分けられませんから。和装に懐剣は『審神者の正装』ですからね」

 ん? 審神者の正装なんてあったっけ? 今まで聞いたことないんだけど。まぁ、正装して赴く機会がないからかな。

「因みに『審神者の正装』は今回設定しました! 多分、敵方が短刀の護衛不可は打ち出すと思ってたんで。白菊様の担当官である松寿さんが『護歴神社からの意向』ということで捻じ込んでくれました」

 なるほど。刀剣たちの主の時代なら和装だし、帯刀してるのは当然だしねー。時代劇見ても武家の女性は懐剣を帯とか胸元に差してるもんね。

 が……なんで、蜂須賀呼ぶように今ちゃんに指示してるのかな、歌仙。ああ、当日の着物選びね? え、仕立てるのが間に合わないかもしれない? 今から万屋に反物を見に行く? ちょっと落ち着け!

 薬研を帯刀していくことを提案してから程なく、丙之五さんは帰っていった。様子を見に来た光忠が夕餉を摂って行けばいいと勧めたけど、まだ召喚符を左近先輩たちの本丸に届けないといけないということで辞退してた。全部無事に片付いたら、丙之五さんたち職員さんの慰労会、やりたいなぁ。






 非常事態に備える特別編成期間ラスト2日となった土日は、刀剣たちの『万全の体調に整えるために休養を取るべし』という進言に従って休日になった。とはいえ、団子や弁当で疲労を完全回復(+桜付き)に出来る刀剣たちは道場での最終的な連携確認してたけど。

 そしてやってきたX-DAY、8月11日月曜。いつもどおりに朝食を取り、その後は歌仙と乱ちゃんと次郎じろちゃんによって飾り立てられた。藤色の色留袖。和装は動きにくいとはいえ、実は洋装よりも物が隠し持てる。特に薄い召喚符とかね。

 この和装に関して、男性審神者は紋付袴なんだけど、女性は未婚女性は振袖、既婚女性は留袖になった。まぁ、既婚じゃなくても20代後半以降は留袖なんだけど。そこは各人の判断に任されたんだけど、流石に三十路超えて振袖はないなーと私は留袖。殆どの女性審神者が留袖らしい。振袖は留袖よりも重くなるから余計に動きづらくなるしねー。

 実は女性審神者の正装は巫女装束という意見も出た。白い小袖に緋色の袴という、よく神社で見かけるものにプラスして羽織。袴のほうが動き易いからいいなーとは思ったんだけど、余り『動き易い』とか『一般的じゃない和装』にすると、こっちが気付いてることがバレ兼ねないということで、今回は見合わせになった。今回参加する100人の審神者のうち、女性審神者が2割未満しかいないというのもそこまで重視されなかった理由かな。プラス刀剣たちが『主は確り守るからどんな格好でも問題ない』と力強く宣言したってのもある。男性審神者の本丸よりも女性審神者の本丸のほうが『審神者を守る』という意識が強いのは、刀剣たちが主に使われた時代に影響されてるんだろうね。

 私の支度が整い、最終確認の意味もある朝礼。全員が完全武装している。いつもなら出陣・遠征のない刀剣は私服か内番着なんだけど。

「何事もなく、通達どおりの『会議』だった場合には昼食会が終われば本丸に戻ってくる。大体14時前後ね。但し、襲撃が起これば、いつになるかは判らない。会議が始まって早々に起こるか、中盤に起こるか、終了間近か、或いは一番油断している昼食会を狙うかは不明」

 従って、遡行軍殲滅部隊は執務室に集合しておく。本丸防衛の司令部と金鳳花(寝殿)部隊も同じく執務室に詰める。本丸防衛のその他部隊は大手門周辺担当の棕櫚隊は大手門前に、庭担当の沈丁花隊と竜髭菜部隊は庭の東西に分かれて待機することになってる。

 それぞれの隊には三色団子を2ダース持たせ、桜が取れたら即食べてコンディションMAX状態にする。作りに作った霊珠は各部隊に15ずつ回回復できる数を持たせたし、刀装も予備を10回分持たせている。そのままだと結構嵩張るそれらは、ここでも陰陽部が頑張って作ってくれた巾着(4次元ポケット仕様)に入れておくから、そう大きな荷物にはならない。

 更に、本丸と審神者の通信が阻害される可能性もあり、私は『ちびのすけ』を連れて行く。これは実家に帰省したときに連れていた『みにのすけ』と同じくこんのすけの分身。分身だからか、絶対にこんのすけとの通信が途絶えることはない。このちびのすけは機能制限されていたみにのすけと違って、こんのすけと大きな違いはない。違うのは体のサイズくらいのもので、政府のデータベースにアクセスしたりする機能はこんのすけと一緒だ。

「遡行軍の本丸襲撃がないと判明した時点でみにのすけがこんのすけに知らせる。但し、本丸防衛部隊が歴保省に来るのは禁止。本丸と歴保省を繋ぐことで歴保省にいる遡行軍が本丸を襲う可能性をなくすためだ」

 今回、この本丸襲撃の可能性があるため、審神者会議に出席しない審神者に対しては『会議内容の通達のため、1日出陣・遠征・演練を取り止め、本丸にて正装待機すること』という連絡が行っている。『敵の襲撃の可能性』なんて通達したら、絶対に騒ぐ審神者がいるだろうし、さにちゃんにスレが立つのも簡単に予想できる。そうなったらこっちの作戦がばれるしねー。序でにいうと、審神者歴1年未満の本丸のこんのすけには緊急時に師匠本丸(研修を受けた本丸)に避難するように命令が出されている。これが審神者にではなくこんのすけに対してなのは、『敵の襲撃の可能性』通達をしないのと理由は同じ。うちの場合は、いざというときには佐登君本丸が避難してくることになってる。避難してきたら北西の対屋の祈祷所に結界を張って篭るようにこんのすけと歌仙に指示済み。あ、佐登君たちが避難してくる可能性があることは全員にも通達済みだ。

「それから、非常時には主上からの勅命が下ることがある。勅命は当然、私の命令よりも優先度は上だから。逆に言うと、どんな政府役人を名乗る相手であっても命令を聞く必要はない。今上きんじょう陛下のご命令でなければ、私の指示だけ聞いて。本丸組は歌仙の命令は私の指示だと思って従って欲しい」

 私が生まれ育った時代は天皇陛下は国民統合の象徴という曖昧なお立場だった。第二次大戦で敗戦した結果、連合国(特にアメリカ)が天皇陛下の存在を脅威に思い、その権力を削いだ結果とも言われている。と同時に日本を占領統治するのに天皇陛下の存在は必要だとも。天皇家を廃そうものなら国民が一斉蜂起しかねないと判断したとも言われている。

 けれど、この23世紀の天皇家は紛れもない日本の国家元首だ。21世紀でも海外の国は天皇を国家元首と認識しているところが多く、そう認識していないのは日本国民と一部のアジア地域だけだったらしいけど。だから総理大臣が外国訪問するより天皇陛下のほうが歓迎されて外交の話が先に進んだりしてたんだよな。1年ごとに総理大臣が変わっても問題視されなかったのは『元首たる天皇が変わってない』からだったのかも。因みに某大国の大統領が最敬礼をする人というのは世界に3人しかいなかったそうだ。一人はカトリック総本山のローマ法王、一人は嘗ての宗主国イギリスの王。最後の一人が日本の天皇陛下。敗戦国の元首とはいえ、当時現存する世界最古の統一国家元首への敬意は持っていたらしい。まぁ、天皇陛下と同等の身分といえるのは世界中でローマ法王だけだともいうし。今(出身時代の21世紀)はそれ判ってない国民多いよなぁ。

 話が思いっきり逸れたけど、今上陛下は確かに国家元首ではあるけれども、第二次大戦前の天皇陛下のように直接国政に関わることはなさらない。軍の最高司令官も総理大臣だし。でも、国家存亡の危機に関しては天皇陛下にも指揮権が発動する。現在はこの歴史保全戦争についてのみ、天皇陛下は指揮権をお持ちなのだ。つまり、審神者軍の最高司令官は天皇陛下ということになり、その勅命は全ての命令に優先するということになる。

 なお、それを知ったとき、新撰組刀剣は感慨深げだった。そうだよね、彼らは逆賊の立場に置かれた新撰組の刀剣だもんね。

「無事に今日が終われば、明日からは約2週間の長期休養だ。私も実家帰省する予定だし、皆で思いっきり休んで遊ぼうね」

「応!」

 私の言葉に刀剣たちの力強い返事が応える。

 大丈夫、政府職員、審神者、刀剣男士一丸となって、今日を乗り切ってみせる。