Episode:38 戦争、しているはず

「主ッ! 御上に行くからゲートを繋げてくれ!!」

 近侍じゃなきゃ滅多なことで執務室に来ない兼さんが珍しくやってきたと思ったら、なにやら物騒な気配で不穏なことを叫んだ。

「主の許可なく入るのは無礼デスよ! やり直しデス」

 そう言って兼さんを一旦執務室から追い出したのは初近侍のせんさんこと千子村正。漸く一昨日、うぐ爺とともにカンストしたんで早速近侍ローテーションに組み込んだ。因みに昨日はうぐ爺で、うぐ爺には平野ひぃ君・一期・鶴爺の御物仲間が、千さんには蜻蛉切とんさんがきっちり近侍の仕事を仕込んでくれた。それに相方ともいえる祐筆の鳴狐なき君(昨日)と一期(今日)もサポートしてくれてるしね。

 なお、一部ネラー刀剣たちが心配していた千さんの脱衣癖は実際のところ全く問題なかった。『脱ぎまショウか』とは言うけど実際には脱がないし、フェミニストというか紳士揃いな刀剣たちがきっちり教育してくれてた。特にとんさんとか一期とか光忠とか歌仙とか蜂須賀とか。あと、何処かの誰かが『全部脱ぐよりもちらりと覗く肌にこそ色気があるんだぜ。ちらリズムの美学ってヤツだ』とか余計なことを吹き込んでた。いやまぁ、確かにドーンとマッパになるよりはちらりとわき腹が覗いたりするほうが色っぽいけどね? 堂々と肌を晒しているとんさんとか浦島うら君とか長曽祢そねさんよりもきっちり着込んでる光忠や一期が襟元緩めるほうが色っぽいし。……何を語っているんだ、私は。

 千さんに注意された兼さんは大人しく執務室を出て、きっちり一度障子を閉め(ぶっちゃけいつも開けてるから態々閉める必要ないんだけど)、改めて入室の許可を得て入り直して来た。うん、素直だよね、兼さんって。っていうか、元々新撰組副長の刀だけあって、本来は結構礼儀を重んじるんだけど。多分、それをすっ飛ばしてしまうほどのことがあったんだろう。……なんとなく予想はつくけど。何しろ、兼さんは1振だけじゃなかったから。後ろに安定ヤス君と曽祢さんもいるんだから。

「主、御上に行くからゲートを繋げてくれ」

 改めて兼さんが言う。

「理由は?」

 まぁ、聞くまでもないだろうけど。

「直訴に行く」

「何の?」

「何で打刀極化トップバッターが俺たち3振なのか、文句言いに行く」

 だろうと思ったよー。この3振が来たときから予想はしてた! それは一期も同様みたいで、苦笑してる。

「却下に決まってんだろーが」

 この通達に文句は言うだろうなとは思ってたけど、まさか直接歴保省に文句言いに行くと言い出すとは思わなかった。

「けどよ! なんで俺らなんだよ!! 打刀ならまずは初期刀組じゃねーのかよ!?」

「そうだね。それは思うよ」

「だろ!? 初期実装じゃねぇ曽祢さんが初期刀より前って可笑しくねぇか?」

「うん、まぁ、曽祢さんより先に他にもいるだろーとは思うけどね」

「ああ、何故、蜂須賀よりも先におれなんだ?」

「清光より僕が先ってのも有り得ないでしょ!」

 それぞれ近しい関係者に初期刀組が含まれてるんだったな、この3振。兼さんと曽祢さんは同派がいるし、ヤス君は相棒ともいえる同じ主を持つキヨがいるし。特に兼さんは歌仙兼定がうちの本丸の初期刀ということもあって、複雑さはMAXらしい。元々和泉守兼定は兼定の中で特に秀でている二代目之定の刀剣に敬意を抱き憧れていると言われている。うちの場合は更に歌仙が初期刀だからその憧れは強くなってるっぽい。歌仙も同派の若い刀ということで目をかけてるから余計に。私が叱るよりも歌仙に呆れられるほうがショックみたいだもんね。

 そんな兼さんだけではなく、曽祢さんもヤス君も複雑な気持ちは同じみたいだ。打刀は本丸の要の刀剣ともいえる初期刀がいるからか、『最初は当然初期刀組だよな!』って思ってた節がある。

 ただ、これには当の初期刀組が疑問を呈してた。

「極というのはこれまでの情報を見るに、どうも微妙なんだ」

「さにちゃんの刀剣男士板でも言われてるんだよねー。これ、意味あるのかって」

「意味はあるがやろ。けんど、どうにもわしらの根幹が変わるモンがおるようじゃ」

「謂わば、俺が写しだからと言わなくなるような、根幹から変わるものもあると聞く」

「というわけで、僕たちとしては本霊は最後まで極化のゴーサインを出さないのではないかと思うんだ」

 という会話が、脇差全員の極化が実行された後に初期刀組との間で為されたんだよね。

 確かに、審神者や刀剣男士の交流の場である演練やさにわちゃんねるでも、極化後の変化についてはたびたび話題になってる。一番変わったのはうちにはいないけど不動行光。多くの審神者や無関係刀剣が『誰おま』と言ってしまうくらいに変わってたらしい。それにずおばみツインズ。鯰尾藤四郎は随分口調が乱暴になってるみたいだし、骨喰藤四郎はデレが多くなってるっぽい。うん、うちのばみ君は若干亜種っぽくて確り者の次男的要素とともに年長刀剣や私には甘えてくれるところもあったからそれほど変わらないかもしれないけど。

 でも、そこまで変わっている刀剣がいるとなると、本霊側も慎重になるというか。特に最初期に協力を申し出てくれたからこそ初期刀となっている5振からすれば、極化は不安要素が強いらしい。特に前の主に執着の強い幕末2刀。沖田総司や坂本龍馬を完全に吹っ切るのも自分の根幹を変えてしまいかねないし、余計に執着して歴史修正主義者側に近い思考になっても困る。だから、いざというとき自分を止めてくれる存在が多いほうがよかろうと、最低限新撰組刀剣全振が極化するまでは自分加州清光の本霊はOKしないと思うと言ったのはキヨだった。

「……之定、納得してんのか」

「清光……」

「流石は真作、いや、初期刀組か。視点が違うのだな」

 初期刀組の考えを聞いた3振は納得し、退いてくれた。まぁ、本刃たちは当分修行に出る気はないらしい。尤も出たくても修行道具ないから出られませんけどね!

「同じ打刀デスが、初期刀組はワタシとは違う物の見方をするのデスね」

 一番の新人打刀である千さんは初期刀組に対してある種の敬意を抱いたみたいだった。千さんって妖刀伝説がベースになった『村正』の集合体なはずなんだけど、『妖刀』要素って少ないよなぁ。なんか『アンチ権力』の象徴みたいに祭り上げられた自分を冷静に分析してるっぽい。その結果が何故脱衣癖なのかは判らんけど! 日本刀なのにカタコトな理由も判らんけど! 『妖しい』の解釈が『あやかし』由来じゃなくて変態由来になってるのも意味が判らんな。まぁ、変態さは置いておいても、そういった伝承の集合体であるせいか、結構周囲を冷静に一歩退いた位置から見る性質があるっぽいんだよね。そういうところは平安爺組と似てる気がする。比較的若い刀剣のはずなんだけど。

 けど……千さん、声いいな! 某テニヌ(アニメ版)の貴様何様跡部様とよく似てるなぁ。今度『俺様の美技に酔いな!』って言ってくれないかなー。左近先輩か佐登君と演練で当たったときに言ってもらったら超受けるかも。






 さて、そんな『修行道具プリーズ』な状況だったわけだけど、それを解消できそうなイベントが政府から発表された。前回は3振を修行に出せたイベント。そう、『江戸城潜入調査』だ。

 早速、通達が来た日のミーティングで計画を立てる。前回の反省を活かし、1日12時間出陣の土日は休み。前回は1日14時間出陣の土日も出陣だったんだけどねー。私が目の下に隈作ってたから、短刀ちゃんたちの心配が半端なかったし。1日の出陣時間を2時間減らして書類仕事の時間を作り、土日休日にすることで疲労回復に努めると。うん、30過ぎたからか、疲労が1日じゃ抜けなかったりするんだよね。年を取るって残酷だよね……。

「今回の確定報酬には大般若長光か」

 今まで空いてた刀帳の長船エリアがこれで埋まるかな? 大般若は来るだろうって刀剣たちも予想してたしね。

「なんか、長船ラッシュだね。まぁ、これで長船は打ち止めだろうけど」

 何処か冷えた空気をまとった光忠が言う。小竜景光と大般若長光の実装は光忠も喜んでた。でもね……上杉謙信公の刀2振については反応冷ややかだったんだよね。まぁ、理由は毛利藤四郎に対する一期一振と一緒。刀帳番号140以降って点だ。

 上杉家の長船限定鍛刀のときは所縁のある刀剣でってことで光忠と五虎ちゃんに鍛刀近侍を頼んでた。五虎ちゃんは同じ謙信公の刀剣ってことで楽しみにしてたみたいだけど、光忠はあんまり熱心じゃなかったんだよね。まぁ、それをいうと五虎ちゃんも一期や博多を待ってたときよりは温度低かったけど。江雪や岩融狙ってたときのほうが温度高かったけど。

「光坊は長船の祖光忠の刀剣としては唯一刀剣男士となることを了承している刀だ。立場的には鳴狐と似ているかもしれんな」

 そんなことを言ったのは鶴爺。小豆長光の限定鍛刀期間が終わった後だったかな。鳴君と似た立場ということは兄弟ではないけど保護者枠ってところか。明石とも似たようなポジションかな。

「長船の祖の太刀としての矜持と責任感がある。だから、今更のこのことお上と契約をした刀剣に対しては好意的になれんのだろうなぁ」

 そういえば140番以降の刀剣に対しては温度差あるもんね。同派や同刀種のいるメンバーほど、嫌悪感というか忌避感が強い気がする。

「刀剣男士というしすてむが始まるに当たって、俺たちの本霊は顔合わせをしているんだ。まぁ、全振というわけじゃなく、同派や所縁のあるもので、だがな」

 初めて知らされる事実! ああ、だから本丸に顕現して初めて顔あわせる同派でも最初から家族感覚になるのかな。因みに一番顔合わせが多かったのは鶴爺だそうだ。親戚の三条、皇室に献上された御物組、織田組・豊臣組・伊達組と顔合わせしたらしいから。で、光忠も同派として参戦が決まっていた大般若長光や小竜景光とは顔合わせしていたし、当然伊達組とも織田組とも顔合わせはしていたそうだ。

 あ、そうか。先に本霊として所縁のある刀剣とは顔合わせをしているから、刀帳の抜けのある刀剣予想に同派の刀剣男士たちは口を挟まなかったのかな。審神者は結構色々想像してさにわちゃんねるにも予想スレッドが幾つもあるけど、それに刀剣側の見解は一切示されなかったもんなぁ。誰が来るか知ってるから敢えて言わなかったってことなんだろう。

 審神者が考える以上に、刀剣たちも色々と複雑な想いを抱えているのは知ってた。特に前の主関係でね。でも、それ以外にも『刀剣男士』となることそのものにも色んな思いがあるみたいだ。結構難しいな、これも。とはいえ、私が刀帳番号140以降の刀剣に対しての悪意とまではいかないまでも隔意はあるし、偏見もあるから、それが消えるまではうちの本丸に呼ぶ気はない。歌仙にもどんな影響が出るか判らないから当分は止めておいたほうがいいと言われてるし。

「まぁ、光坊が同派を歓迎してないのは『おじさん』や『おじいちゃん』と呼ばれたくないからかもしれんな!」

「あいつは格好つけだからな」

 からりと笑って言った鶴爺に同意したのは実は同席してた馴れ合わない系男士(表示偽装疑惑濃厚)の伽羅だった。えーと、大般若長光や小豆長光の刀工の長光は長船光忠の息子で、景光は孫だっけ? だとすれば、刀剣たちの関係としては叔父と甥、大叔父ってことになるのかな。まぁ、鶴爺や伽羅の言葉は冗談だろうけど。私に深刻に考える必要はないと言ってるんだろうけどね。あれ、景光ってB○S○R○で筆頭が初期に使う刀じゃないっけ。小竜の歴代所有者に伊達政宗はいなかったはずだから、小竜景光ではないだろうけど。

 そんな色々な思いから『縁があれば来るから、焦らなくていいよ』と言ってくれてる光忠は、呼ぶんなら大般若と小竜を優先して呼んでね? って静かにプレッシャーかけてきてる。限定鍛刀で呼べなかった時点で今後の入手は超困難だろうけど。だからこそ、せめて確定な大般若くらいはゲットしたいなとも思う。貞ちゃん難民が全く解消できそうにない現状だから、せめて同派の一振くらいは、とね。

 とはいえ、今回の狙いも新刀剣男士よりは修行道具だ。何しろストックないからね!

「今回は宝箱の数が増えてる。けど、300個の宝箱のうち、大般若と長曽祢虎徹、修行道具はそれぞれ1個。前回よりは手間が掛かることが予想される。それでもできれば前回と同じく3振は修行に出せるようにしたい。皆、協力頼むね」

 修行道具が揃っても、刀剣たちに修行に出る気がないってことに気付いてなかったからこその私の言葉。歌仙兼定の修行実装までは誰も出る気がないとか、気付かなかったんだよね。修行道具なくて申し出しようにも出来ないから当然といえば当然か。

 そうして、2回目の江戸城潜入調査が始まった。






 江戸城潜入調査、2週目。2周目ではなく、2週目。未だに大般若どころか修行道具の一つも手に入っていない。可笑しい。前回なら既に2振は修行に出せる状況だったのに。千子村正だって2振は入手できていたのに。

 理由は簡単だ。前回は大体1回の出陣で平均15~20個入手できていた鍵が、今回はホンットに入手できない。ちゃんと本陣まで辿り着いてるのに鍵4個とかザラにある。鍵を確実に持ち帰ることが目的だから、残り行動回数はきっちりチェックし(私だけじゃなく、歌仙や長谷部も)本陣まで辿り着いているし、そもそも敗北して途中撤退なんてのもない。寧ろ今日までの全戦闘完全勝利Sのみなんですが。なのに! 鍵が手に入らない。

 しかも、前回はトータルで200個の宝箱だったんで、千子村正+修行道具3種を手に入れるのに最少で20個の鍵があれば済んだ(まぁ、そんな最高に運がいいことはなかったけど)。でも今回は宝箱のある蔵が分かれてる。一の蔵から四の蔵まであって、一の蔵は最初からオープンしているものの、それ以降は次の蔵の鍵を入手してからじゃないと開けない。一の蔵は30個、二の蔵は60個、三の蔵は90個、四の蔵は120個の宝箱があって、目当ての大般若長光と修行道具3種があるのは四の蔵。二の蔵の鍵が出たのは18個目の宝箱で、これは何とか初日のラストにゲットした。三の蔵の鍵が出たのが宝箱46個目で、木曜の午後。それからずっと三の蔵の宝箱開けてるんだけど、全く四の蔵の鍵が出ない!

「出ーーーなーーーーいーーーー」

 うががががと唸りながら、宝箱画面をクリックしていく。

「落ち着いて、主」

「そうですよ! イライラするのはお肌によくありませんって!」

 祐筆の光忠と近侍の鯰尾ずおが宥めてくれるけど、イライラは中々収まらない。審神者になってからこんなに苛つくのは初めてかもしれないくらいに、苛つきMAX。

「落ち着け、主。ほら、かもみーるてぃだ」

 お茶爺は余所の例でも見られるように、『お茶』全般に詳しくなってる。日本茶のみならず紅茶も中国茶もハーブティも『茶』とつくものなら何でもござれ状態だ。なので、うぐ爺が来るまでは有名無実化していた給湯班はいまや大活躍するようになってる。主に私のストレス軽減という意味で。

「……ありがと、うぐ爺」

 潜入調査の3日目あたりから、鍵の出の悪さに苛つく私や出陣組のフォローで穏やか系な爺ズは執務室に詰めるようになってる。お茶を勧めてきたりお八つを口に突っ込んだり、頭を撫でたりしては、私たちの肩の力を抜こうとしてくれる。心配かけてるのは本当に申し訳ない。

「主、これは運だからね、どうしようもないよ。だから、君のせいじゃない」

 光忠が穏やかな声で宥めてくれる。うぐ爺がお茶を容れてくれている間に何処かに走っていったずおは今日は出陣から外れている秋田あき君を抱え戻ってきて、私の膝の上に乗せた。うーん、癒し。

「主君、僕たちのためにご無理はなさらないでくださいね?」

 きゅるるんとした瞳で見上げてくる秋君にささくれ立った心も和んでくる。

「そうだね。心配かけてごめんね、光忠、ずお、うぐ爺、秋君」

 秋君のふわふわな桜色の髪に頬を寄せ、4人に謝る。

「主の心配をするのも俺たちの役目だ。気にするな」

 平安爺らしい鷹揚さでうぐ爺が微笑む。本丸内では一番の新人とはいえ、流石はうぐ爺。既に本丸内で保護者枠の地位を築き上げてるんだよな。特に私に対しての保護者枠。みか爺と一緒で私を孫扱いするんだよね。でも、それが何処か心地いい。

「あ、あと1個分あったか」

 ハーブティを一口飲んで、幾分穏やかになった心持でディスプレイに向き直る。あと1個分の鍵が残ってたから、次の宝箱をオープン。

「四の蔵の鍵きたーーーー」

 ……精神的余裕って大事だよね。






 結局、今回の江戸城潜入調査では修行道具も大般若長光も入手できなかった。私の物欲センサー働きすぎぃ……。

 で、イベントも終了した日曜のミーティング。今回のイベントの反省会も兼ねた席で刀剣たちから思っても見なかった意見が出た。それは……政府への不信感とも取れるものだった。

「敵が前回とは違う?」

 その意見を出したのは、今回の出陣の中心だった、極短刀たち。江戸城内という地勢のため、出陣部隊は打刀以下で組んでたけど、中心となったのは極っ子たちだ。極っ子たち以外はカンストしてるから経験値入らないし、だったら成長する極を中心に出陣させようっていうのが今のうちの方針になってるから。

「ああ。俺の勘違いかもしれねぇと思ってたんだが、全員の意見が一致した。念のために前回も参加してた青江にも聞いたが、同様の意見だったぜ」

 そう言ったのは隊長を務めることの多かった薬研。それに厚も前田まぁ君も頷いている。

「そうだな。道場に出てくる敵と似てなかったか?」

 更に発言したのは同田貫。この中では兼さんたち新撰組刀剣と並んで道場使用率の高い刀剣だからこそ気付いたんだろう。極っ子たちはほぼ毎日出陣してるから道場使用率は全刀剣の中で一番低いし。

「そっか! 似てると思ったら道場の擬似遡行軍か!」

 得心が行ったというようにその兼さんも同意している。

「前回は普段の敵との違いは感じなかった。まぁ、普段の延享の遡行軍に比べれりゃ弱かったけどな。でもあれは紛れもなく遡行軍だったんだ」

 厚が更に解説するように詳しく言う。太刀や大太刀・槍・薙刀はマップ特性上、潜入調査には加わってないから、その違いを具体的に説明してくれているというわけだ。

「擬似遡行軍と本物の遡行軍って対峙すれば違いが判るものなの?」

 確か擬似遡行軍はこれまでに収集された敵軍のデータを基にしてその能力値をコピーした式神だと聞いてるから、そう大きな違いはないと思うんだけど。

「当本丸では余り御上の催事には参加いたしませんが、催事の敵と通常戦場の賊軍では明らかな違いがありますよ、主」

 普段のミーティングでは積極的に発言しない太郎さんが言う。それは画面越しにしか敵を見ない審神者には判らず、実際に対峙する刀剣だからこそ判るものらしい。

「そもそも賊軍は歴史の流れの中で破れた武者の無念が名もなき刀剣に宿った怨霊のようなものです。全てがそうであるのかは判りませんが、少なくとも私はそう理解しています」

「そう……ですね。少なくとも延享の賊軍からは深い無念や私たちへの憎悪、或いは怨念のような禍々しき悪しきものを感じます」

 御神刀の太郎さんだけじゃなく、僧侶の要素も持つ江雪までが言う。それに他の刀剣からの反論がないところを見ると、皆そう感じているんだろう。ああ、そういう陰の気というか穢れがあるから、本丸には自動で浄化機能がついているんだった。

「つまり、御上の催事で出てくる敵軍は政府の式神だということだね。尤も、前回の潜入調査は本当の『潜入調査』だったと思うが」

 纏めるように言うのは安定の初期刀歌仙。これまでに参加した政府主催のイベントで明らかに式神の擬似遡行軍なのは戦力拡充計画と今回の潜入調査。それ以外のイベントには殆ど参加していないし、大坂城も信濃藤四郎の時以降参加していないから不明。

「まぁ、政府主催の『イベント』という時点で、政府が管理しきれない敵を用意するとは思えないから、擬似遡行軍なのは納得だよね」

 そもそも『イベント』だから報酬もそうだし敵の出現状況も政府が管理できるようにしているのは当然のことだろう。でなきゃ鍵とか団子とか玉とか、政府の都合のいいアイテムがドロップしたり報酬として入手できたりしないだろうし。事前通達だって出来るはずないもんね。

「はい。けれど、問題なのはここ1年の政府主催の催事の多さです」

 イベントにおける擬似遡行軍の何が問題なんだろうと思っていると、それに応えたのは戦況分析課──所謂参謀の長谷部だった。

 確かにこの1年ほど、政府は頻繁にイベントを開催している。大体月に2回、1回のイベントは2週間といった感じで、一月の間にイベントがない週は1週間あるかどうかという状態だ。うちはほぼ参加してないから関係ないけど。

 ん? ほぼ毎週イベントがあって、通常の何もない期間が殆どない? つまり、通常の戦場に出る期間が、殆どない……? しかも、イベントの敵は政府が用意した擬似遡行軍。

「……長谷部たちの懸念が漸く判った。これ、凄く拙い事態じゃない?」

 流石は歴戦の武将たちに愛された刀剣たちだ。前線指揮官になったとはいえ平和ボケした私が想像もしていなかったことに気付いてくれていたとは!

「流石は俺の主。ご理解がお早い」

 にっこりと長谷部が笑う。その瞬間、四方八方から長谷部の頭にハリセンが叩きつけられた。おい、いつからここは吉本新喜劇になったんだ。

「長谷部だけの主じゃねぇぞ。俺っちたち皆の大将だ」

「独占するなんて格好よくないよね」

「はっはっは。長谷部よ。個人の所有格で表現するのは如何なものかと思うぞ」

 ツッコミどころはそこか!

「さて、本題に戻すけれどね。うちの本丸では主の方針もあって、積極的に御上の催事には参加していない。今回のように目的がある場合のみの参加だ。それでさえも最低限検非違使討伐任務を果たすために1刻程度は通常の戦場にも出る。だが、他の本丸はどうだろうね? 全体の8割から9割の本丸が催事に参加しているらしいが」

 歌仙が穏やかそうに見えて苛烈さを纏った目で私を見る。私に対しての何かがあるのではない。けど、もっとヤバイかもしれない。これは明らかにこの状況を作り出している歴史保全省に対して思うところがあると言っているようなものだ。

 でも、そう歌仙が(多分歌仙以外の刀剣たちも同様だろう)そう思うのも無理はない。長谷部に言われて気付いたけど、言われてみれば不信感しかない。こういったイベントは歴史保全省の中でも歴史改竄対策局の情報部特殊戦場課や審神者部企画課が主催しているわけだけど、そこに対しての疑問が湧く。

 イベントが多ければ、それだけ本来の敵である時間遡行軍の討伐数が減ることになるのだ。これだけ頻繁にイベントをやっていて、9割近い本丸が報酬目当てやレベリング目的でイベントに集中しているとすれば、当然その分時間遡行軍をスルーすることになってしまう。というか現状そういう状態になっているはずだ。とすれば、歴史修正主義者には好都合なんじゃないか。敵である政府軍が内輪の遊びで一喜一憂している間に、歴史改変を進めることが容易になる。

「冗談じゃなく、拙い状況だね」

 いつもなら直ぐに丙之五へのごさんに連絡する状況だけど、一旦それはやめておく。

「それが賢明だろうな。丙之五は信頼できるが、丙之五の属する組織には不審な点が多い」

 瞳の三日月を冷たく光らせ、みか爺も同意してくれる。

「月末に左近先輩たちのとのチャットがある。それまでに全刀剣たちからの意見をまとめて。事が大きいから情報はいくらでも欲しい。来週からまたイベントあるみたいだから、そこも一通り出陣して敵軍が式神かどうかも一応確認しよう。秘宝の里は一応『敵の根城の一つ』みたいな扱いになってるけど、それも疑問だからね」

 もし、刀剣たちの、私の予測が正しかったとすれば、大変なことになる。とても一審神者じゃ対応できない。ならば最も信頼できる左近先輩たちにも話を通して相談すべきだし、相談するなら主観ではなく客観的な情報も必要だ。

「御意。こういったことは黒田組や幕末組が得意だろう。長谷部、厚、長曽祢、和泉守。如何進めるのか3日程度で方針を定めてくれ。ああ、それからパソコンに強いメンバーでさにわちゃんねるの刀剣男士板でも情報収集したほうがいいかもしれない。それは明石国行に指揮を執ってもらおう」

 本丸の責任者は審神者だけど、こういう戦略的な実務に関しては刀剣たちのほうが頼りになる。歌仙の提案を了承し、早速動いてもらうことにする。勿論、私のほうでも情報集めはするけど。取り敢えずは丙之五さん経由でイベントの目的とか、何処がどう企画運営してるのかとか、そういう情報かな。表向きのことしか判らないかもしれないけど、丙之五さんは丙之五さんで色々な伝手持ってるみたいだし。






 そうして、やって来た月末の丙之五グループのチャット日。以前は週末ごとにやってたけど、今は月1回になってるんだよね。

 この半月ほどの独自調査の結果、やっぱり『なんか歴保省の一部が利敵行為してるよね』という結論に至った。飽くまでも一部と判断できたことは良かったけど。情報収集してる中で丙之五さんとか近しい職員さんの中にもイベントの多さとか極男士の能力値とか新規実装刀剣とかに疑問を持つ人もいるって判ったし、そういう人からの愚痴も聞いてるから。

 で、刀剣たちの意見も踏まえてそれをチャットで切り出したところ、私が考えることなんて、先輩方は当然思い至っていたわけで。

『やっぱお前も調べてたか。丙之五の話からそうかなとは思ってた』

 と左近先輩に見透かされてた発言された。

『まぁ、不信感持つなってほうか可笑しいっすよ。極化って刀剣男士の強化のはずが、如何見ても弱体化してるっすから』

 そう言ったのはグループ内で唯一、実装済みの極全振がいるお猿君。お猿君はグループ内での情報収集担当的な面を持っていて、積極的にイベントに参加して、極化も進めてくれている。そして、その情報を私たちにも提供してくれているのだ。

『極って、短刀以外だとぶっちゃけキツいっす。能力値は上がってますけど、実際の戦闘でそれを実感することはないって当刃たちが言ってますからね。明らかに修行に出る前の無印カンストのほうが強いです』

 刀剣男士当刃から『修行に出た意味って……』なんて発言があるらしい。幸いというか短刀たちは全振が刀装スロットが増えたから、それだけでも恩恵があったと感じてるみたいだけど。

『あと、さにちゃんでも言われてるっすけど、性格が変わってるメンバーもいますからね。これ、周囲も戸惑ってますよ。なんか以前のあいつと違うって。若干、全員俺への依存度上がってますし、ヤンデレっぽいのが増えた気がするっす。ヤンデレなんて二次元だけでお願いって感じっすけどね』

 修行後の性格についてはなんとも言えないなあ。うちにいる子たちは変わってないし。若干厚が当初は気負っていたというか『軍師だから大将を導かなきゃ!』って感じで若干私に対して上から目線になって、薬研とか長谷部に拳骨食らってたけど。でも10日もすれば落ち着いて、修行前の厚らしさと修行後の軍師としての落ち着きと頼もしさを兼ね備えたけど。

『打刀が部隊員を庇うんすけど、庇われた短刀や脇差って自分で回避できるんすよね。で庇った極打刀はカンスト無印じゃ剥げない刀装が剥がれて傷を負う。んで、手入資材がめちゃ多い。大太刀並にかかりますからね』

 しかし、詳しく聞いてみると、打刀本刃は『この程度なら庇うほうが部隊の損失』と判断していても体が勝手に動くらしい。つまり、本人の意思とは関係なく、『庇う』は発動するという。

『それは、何らかの呪術が極化に組み込まれているということか』

 難しい顔をして喜撰さんが言う。そして話しつつ、喜撰さんは画面に文字の書かれた紙を向けた。そこには要約すれば『チャットじゃ盗聴されている可能性あるから、集まって相談しよう』ということ。態々文字を紙に書いて画面に向けたのは、政府の通信の監視を考慮してのことだろう。文字通信(メールとかSNSとか)や音声通信は政府に管理されてるけど、確かライブチャットの映像は監視対象からは外れてたはず。一応、プライバシーの保護ということで通信の秘密は守られることになってるけど、それと監視していないことはイコールじゃない。通信の秘密が守られているというのは内容を外に漏らすことはありませんよというに過ぎない。

 だったら、これまでの会話も拙いんじゃね? とは思うけど、それはそれでいい。不信を持ってる審神者がいると知らせるのは一種の牽制にもなるし、或いは敵を釣る餌にもなる。そう説明してくれた喜撰さん、流石は元官僚。専業主婦だった大輔おおすけさんやフリーターだったお猿君、一般企業の平社員だった左近先輩や私には無理な、権謀術数に長けた人だ。

『正直、極化って負担でかいっすよー。政府のほうに要望出してるっすから、改善されるまで修行に出さないことをお勧めするっす。特に打刀以上』

 喜撰さんの指示に頷きながら、お猿君は話を続ける。うん、彼も中々に図太い。

『そうねぇ。意見や要望は出さなきゃいけないわね』

 ニコニコと穏やかな笑みの大輔さんもなんでもないことのように応じてるあたり女優だな。

『そういや、来月からまた研修だよな? 8月はまた実務研修かー。今度は受け入れか?』

 そうして左近先輩が話題を変える。画面には『万年青おもとさんに連絡とって、三貴子さんきし推薦審神者にも話通してみます』とのメッセージ。三貴子推薦審神者って、黎明期審神者で実質審神者のトップにいる御三方だ。まぁ、今は疑惑とはいえ、これが本当だったらそれだけの大事だから、この方々に話を通すのは当然、かな。

 しかし、些細な疑問から随分事が大きくなったな。これ、やっぱり相談してよかった。私だけじゃとてもじゃないけど対応できないし、先輩たちだけでも無理。

 とはいえ、末端の一審神者たちが気付いている程度のこと、エリート揃いの丙之五さんたち官僚や三貴子推薦審神者のような超チートな審神者行政にも関わる方々が気付いてないわけないよね。






 とまぁ、万年青さんに話が行く時点で私の役割は終わったとか気楽に考えてたんだけど。まさかがっつりこれからの騒動の中心に組み込まれることになるとは、このときの私は全く想像もしていなかったのだった。