鍛錬所の物理的閉鎖をなんとか阻止した審神者です。私の刀剣男士所有限界が52振ということで、顕現する刀剣男士を決定したこと、その中の鍛刀可能な刀剣は全部揃ったことから歌仙と薬研が有言実行しようとしたんだけどね、何とか阻止できました。
というのも、私の霊力が少しずつだけど増えていってるから。こんのすけに言われたんだよねー。丙之五さんの言ってる所有限界は今年度の数値なんだって。実は審神者になったときは50振が所有限界だったらしい。で、1年かけて2振分増えた。なので、2周年を迎えるときにはまた所有限界数増えるかもしれないってこと。それ先に言ってくれ! 言ってくれてたら包丁藤四郎発掘に行ったのに!! 顕現しなくても保管しておくことは出来るじゃん。
だから、それもあって、鍛錬所閉鎖はせず、鍛刀の日課任務免除だけを得た。
「こんのすけ、例えばさ、毎日禊の水垢離したり、精進潔斎したりすれば霊力って増えるの?」
もしそうなら、やってみようかなと思わんでもない。日記すら三日坊主の私に続くかは判らないけど、そこは歌仙や
「増えません」
が、きっぱりすっぱりこんのすけは否定した。
「さにちゃんや現世の創作物で実しやかに言われていますが、増えませんよ。霊力はMPです。MPはクラスや種族によって決まってます。レベルアップによる増加はありますが、それもWIS値によって増加幅は異なります」
うん? あれれーなんか別のところで馴染みのある単語が出てくるな。別のところ=本丸皆でやってるMMOだけど。
「いや、その理屈で言うと増えるじゃん、MP」
「言ったでしょう、決まってると。上限値はキャラクター作成時に決まってるんですよ。そのときに設定したクラスと種族とWIS値で。ナイトがレベル100になろうが、レベル10のウィザードより多いMPにはなりません」
だから、ゲームで説明するんかい! 判りやすいようでいて判りにくいぞ、こんのすけ。
「つまり、右近様が生まれたときから総霊力量は決まってるんです。1周年で所有限界数が増えたのは総霊力量のうち、使用可能量が増えたってだけです」
ふむ? 審神者経験を積み重ねることで熟練度が増して使える範囲が広がったってことか。
「なら、やっぱり禊や精進潔斎で使用量増加できるんじゃないの?」
「出来ませんってば。しつこいですね、右近様」
呆れたように言うこんのすけ。でも、元々ある霊力を更に使いこなせるようにする修行の一環にならないかなと思うんだけど。
「そもそも、審神者は神職ではありません。元々の審神者はそうではありますが、右近様が就任している『審神者』は飽くまでも政府職員で軍人です。付喪神を招くという特性からこの名称が使われているに過ぎません。他に相応しい名称がなかっただけですからね。まぁ、修行で増える人がいないわけではありませんが、そういった人は元々が神職関係の方で、そもそも素養が違います。一般出身の審神者は無理です」
『審神者』という神職関連用語を使っているから誤解されがちなんですがねとこんのすけは何処か疲れたように言う。結構他のこんのすけも同じようなことを言われたりするらしい。
「一般の審神者は時間をかけて本丸に自身を馴染ませ、また刀剣男士様の持つ霊力と馴染むことで使用可能量を緩やかに増やしていくんです。急速に使用可能量を増やそうものなら、それは命に関わります。ですから、担当官殿も無理に53振目を顕現すると死ぬと言ったのです」
なるほど。で、私の場合は馴染む速度的に1年に2振増えるペースなんだそうだ。最終的には恐らく70振まではいけるだろうとは言われた。
ってことは待てよ。やっぱり全刀剣揃えられるんじゃないか! うう、包丁藤四郎確定の大阪城……。これが先に判ってたら絶対行ったよ! 包丁発掘!! 粟田口はあと1振で恐らく鬼丸国綱だろうから、短刀じゃないこの刀剣が大阪城かどうかは微妙。天下五剣の1振だし。でも、もし、確定大阪城(に限らず確定戦場)来たら、積極的に行こう。顕現しなきゃいいんだから! 依代入手したら関係者に預かってもらえばいい。もしくはその辺厳しい歌仙か薬研にに管理してもらえばいい。まぁ、全刀剣揃えられるようになるには10年掛かるけどね……。
なんてことを考えていたら、新規刀剣確定のイベントが政府によって開催されることになった。確定刀剣は千子村正。これまで同派のいなかった
実は以前にも千子村正は限定鍛刀期間があって、そこでも入手可能だったんだけど、うちとしてはそれより江雪左文字ーーー!な時期だったんで、スルーしてた。
そこにこの確定イベント。ならば、これは依代だけでもゲットしておくべきかなと歌仙と話し合った。
「ってことで、この『江戸城潜入調査』の任務ではある一定ごとに政府が特別報酬をくれるんだ。宝箱開封っていうランダム要素ではあるんだけど、確実に千子村正の依代は入手できる。ただ、顕現に関しては今年度の予定は決まってるから、来年4月まで待ってもらうことになる。そこで、依代入手したら、とんさんに預かっててほしいんだよね。うっかり刀解したり錬結したりしないように」
『江戸城潜入調査』の詳細が発表になったその晩の幹部ミーティングの席でとんさんにそう依頼する。
「ついうっかりで顕現しても拙いしな。うちの主どのは抜けてるところあるしよ」
そんな言わんでもいいことを言うのは、打刀代表で参加している兼さん。それに関しては歌仙と薬研のコンビが確り監視してるから大丈夫だとは思うんだけどね。やっぱりうっかり錬結・刀解のほうが有り得そうで怖いわ。
「承知仕りました。村正の依代はこの蜻蛉切が責任を持ってお預かりいたしましょう。されど主。村正の顕現はもっと後でも構いませんぞ。粟田口のもう一振、或いは新たな薙刀など、そちらを優先していただきたく」
何処までも真面目なとんさん。千子村正に関しては既に色んな情報が先行鍛刀組から出回っていて、結構なイロモノ男士だというのが判っている。うちの刀剣男士って、基本的に堅物というか生真面目なところが多くて(何しろあの青江が殆ど下ネタ発言とか妖しい言い回しをしない)、亀甲貞宗や千子村正のような発言をするタイプとは巧くやれなさそうな匂いがプンプンしてるんだよね。いや、シモ関係じゃなきゃ、それなりに巫山戯ることもあるしただお堅いだけじゃないとは思うんだけど。ああ、あれだ。スポコン的少年漫画っぽい健全さとか夢見る少女漫画の潔癖に近い健全さとか、そんな感じだ。
現在、残りの粟田口枠は1振。多分、残りの粟田口は天下五剣でもある鬼丸国綱だろうと予想している。そこに、まだうちにはいない包丁藤四郎。来年度増えるであろう刀剣所持限界数の2振は何故か当然のようにその2振だろうと刀剣たちには思われてる。別に決めてなかったんだけどねぇ。
それに、刀剣たちと残りの未実装刀剣は誰が来るのかの予想なんかもしてたんだけど、刀帳の並びからいって、長船が2振は来るだろうと予測。で、長船には現存する3振の薙刀のうちの1振がある。まぁ、現存してなくても刀剣男士になるのは
と、まぁ、話は逸れたけど。諸々含めての妥協案ってことで、包丁&鬼丸国綱(多分)の依代が来年度までに入手できた場合は次の年度に回す、入手できなければ1振は先着順ということで千子を顕現することに決まった。
「それに今回の主目的は千子じゃないんだ。これだよ!」
歌仙が示したのは政府から提示されている宝箱の中身一覧。
「修行道具……ですか」
「ほほう!」
「なるほど!」
キラリと目を光らせたのは、江雪・
「しかもね、宝箱って中身のリセットが出来るらしくて、入手機会は何度もあるんだ。つまり、ここで一気に不足分を回収も可能!」
そうなのだ。今回の宝箱は1回(200個)開けて終わりではない。全部開け終わってからでも途中でも、リセット出来て何度でも入手可能! 運がよければ、ここで一気に全短刀分の修行セット獲得も夢じゃない。
既に初期実装短刀だけじゃなく、博多藤四郎と後藤藤四郎も極が実装されていて、間もなく信濃藤四郎も実装されるんじゃないかと思われている現状。しかもうちの刀剣たちは全員がカンストしてるから(江雪も先週の木曜にカンスト済み)、全員スタンバイOK状態。だから、ここで出来るだけたくさんの修行道具を揃えておきたい。
「主の運によるところは大きいとは思うが、運がなくとも200個の宝箱を全て開ければ修行道具は必ず1組入手できる。鍵1000個を集めれば、必ず1組は入手できるんだ。短刀たちの残りは10振。1万個の鍵を集めれば、全員分の修行道具が揃う。各々方、どうか協力を願いたい」
初期刀の歌仙が深々と皆に頭を下げる。ちょっと、歌仙、それ私の役目!
そう、どんだけ私の物欲センサーが強かろうが運がなかろうが、鍵1000個集めれば必ず修行道具は1組手に入る。だったら、ひたすら出撃して敵を倒して鍵を集めまくる。でも、いくら私がそう決意しても実際に戦場に出て鍵を集めるのは刀剣たちだから、幹部会の賛成と協力が必要なのだ。
まぁ、短刀の多い粟田口は鳴君と一期の二大保護者がやる気を漲らせてるし、来派の明石も愛君のためにと普段の働きたくないでござるを可燃ごみの袋に詰めて焼却炉に放り込んでいる。蛍君もやっちゃうよーと小さな体で大きな刀をぶんぶん振り回してウォーミングアップ中。左文字の兄と歌仙もお小夜のために! って意気込んでるし、石さん・岩さん・みか爺・
つまり、幹部会の賛成がなくとも粟田口7振(当事者となる乱ちゃん以降の7振以外)、来派2振、左文字2振、兼定1振、三条4振、源氏兄弟2振の18振の3部隊分の刃数が協力体制にはあるんだけどね。
というか、うちの本丸、基本的に短刀に甘い。そして、現在極が実装されているのは短刀のみ。つまり、反対するものは誰もいなかったりするわけだ。
「潜入調査期間は2週間。14日間で1万個の鍵を集めるとなると、1日のノルマは715個だ。一度の出撃でどれだけの鍵が集まるかは判らん。だが、毎回馬鹿正直に200個の宝箱を開けねばならんわけでもなかろう。修行道具が揃った段階で即初期化を行なうとすればもう少し余裕も持てるだろう」
既に隊の構成を考え始めてる長谷部がそう皆に告げる。うん、旅装束はストックが3つあるから、先に旅道具と手紙一式が出たときにはそこでリセットかけられるしね!
「あー、だが、1日の出撃時間には制限かけさせてもらうぜ、大将。俺っちたちは交代だが、大将はそういうわけにもいかねぇからな。睡眠時間6時間は確保してもらう。食事もながら飯は禁止だ。だから、食事に計3時間、睡眠に6時間、風呂や休息に1時間の10時間は取らせてもらう。出撃可能時間は14時間だ」
最低16時間は出陣する気でいた私にストップをかけたのは、体調管理班班長の薬研。
「土日を休まねぇなら、これは譲れねぇぜ、大将。土日をちゃんとフル休日にしてくれるんだったら、16時間出陣でもいいけどな?」
反論しようとする私にそう言う薬研。んん……14時間×14日=196時間、16時間×10日=160時間。ならば薬研の提案を飲むしかないな。
「明日の午前9時から潜入調査の戦場が開かれる。2週間休日なしになるし、入場手形を買うための小判収集で出陣以外のメンバーも遠征に出てもらうことになるだろうから、かなりきつくなると思う。でも、短刀たちを修行に出すために、皆協力してほしい。よろしく頼む」
そう言って頭を下げれば、皆快く頷いてくれた。因みにこの幹部ミーティングには短刀も3振参加してる。夜戦室内戦部隊隊長の厚、屋内警備班班長の
「やれ、これでまたレア太刀とはなんぞやと悩むことになりそうだなぁ」
極短刀の強さを毎日延享で実感しているみか爺がほけほけと笑いながら言うのに、同じく延享部隊にいる江雪と太郎さんも同意するように苦笑している。そうだね、取り敢えず次に修行に出るのは愛君で、それから乱ちゃん。2振とも短刀の中では元々攻撃力強いしなぁ。
ともかく、明日から宝箱開封イベント頑張るぞ!!
鍵1万個ゲットして短刀全員分の修行道具集めるぞ! と意気込んだはいいものの、そう簡単なことではなかった。うん、世の中甘くない。
戦闘自体はかなり楽だった。でも行動回数制限とそれによる途中撤退がかなり厄介で、しかも途中撤退だとそれまで集めた鍵がパァになる。確実に鍵を持ち帰ろうとすると、安全対策で初期の行動回数で回れるルートとその隣程度しか移動できなくて、鍵マスにいけないことも多い。ちょっと冒険して何とか1回で30個の鍵を入手できることもあったけど、平均すれば1回の鍵入手数は15程度。
「1日に715個なんてとてもじゃないが無理だね」
出陣しないときには私とともにモニターを見つめながらルートを考えている歌仙が深い溜息とともに言う。歌仙とともに祐筆課・初期刀組・戦況分析課が交代でマップ状態をメモして分析して法則を割り出そうとしてるけど、これも巧く行かない。ランダムなんだろうか。
「次は左で行こう。残り行動回数が6だから、上・左・上・右・上で本陣だ」
「そのルートであれば、途中行動回数が回復すれば無駄なくいけるマスを増やせます」
歌仙と長谷部と3人でマスを数えながら進軍ルートを考えて、進むマスを選んでいく。敵短刀2振(あれ、苦無だったっけ?)のマスにつけばラッキーだ。一応強敵になるこの敵短刀は経験値もかなりくれるし(何しろ極っ子たちの必要経験値は半端じゃないからね!)、鍵7個を落としてくれるし、行動回数も3回復してくれる(1や2のときもあるけど)。
「うん、延享の江戸城内もこれくらい楽な戦いならいいのにね」
画面のグラフィックは江戸城内にそっくりだけど、敵さんの強さは段違い。皆軽傷未満、たまに中傷で帰ってくる程度だ。しかも、政府主催の特殊任務の特性で、本丸に帰還すると刀装全回復・刀剣男士の傷も全回復だから、資源の面でも非常に助かる。これ、レベリングにいいな。まぁ、うちのレベリング刀剣は極っ子しかいないんだけど。錬度70~90くらいの刀剣が多いところだと、すごくレベリング捗るんじゃなかろうか。
「宝箱からは資源も特上刀装得られるからね。ここで貯めておくのもいいかもしれないね」
私の言葉に歌仙が言う。確かに、延享では刀装溶けまくりの中傷重傷負いまくっての手入部屋フル稼働だからなぁ。蛍君が生存1で帰還するなんて今までじゃ有り得なかったし。
「今回は無事に本陣に着きましたな。鍵は21個ですか。4箱開けられますね」
長谷部の言葉に頷きつつ、部隊に帰還指示を出す。本丸内放送で次の出陣部隊を呼び、部隊員を交代させて、更に進軍する。
「手伝い札に銃兵、盾兵、精鋭兵か」
「次行くぞ、次!」
宝箱の中身にがっくりしつつ、更に鍵集め。ホント、運がよくないよな、私。これもある意味物欲センサーなんだろうか。
それでもなんとか、初日には旅装束(これはストックが3組あるから別にいらなかった)、2日目には千子村正(直ぐにとんさんに預けた)、3日目には手紙一式、4日目に旅道具と漸く修行道具一式を揃えることが出来た。
「主さん! お願いがある!」
修行道具一式が揃うと即座に
「ああうん、自分じゃあるまいし、ちゃんと帰ってきますから、不安そうな顔せんと」
なんて言って愛君を見送った保護者の明石。私以上に不安そうな顔してるんだけどねー。まぁ、保護者としては心配だよね。これまで修行に出てたのは粟田口だけだったし。
「さて、乱ちゃんの修行セットまで後は旅道具だけだね。せめてあと2振は修行に行かせたいね」
愛君を送り出し、早速出陣。薬研が作ってくれた疲労回復効果のある薬湯を飲んで、パソコンに向かう。働きたくないでござるマンも近侍用のパソコンの前でスタンバイ。
でも、そんな私たちの様子を見て、短刀たちがなにやら話し合っているのに、私が気付くことはなかった。
幸いにも乱ちゃん用の修行道具は愛君が出発した翌日には揃った。これで愛君が帰ってきたら入れ替わりで乱ちゃんが修行に出られる。乱ちゃんが修行に出れば、初日顕現の短刀5振は全員極になるな。残りの特殊任務期間は5日。何とかあと1セットは集められそうかな、なんてことを思っていた私だったけれど、そんな私を見て、短刀たちは色々と思い悩んでいたらしい。
「待たせたな、これがオレの新衣装! 次の祭りもオレに任せな!」
そう言って帰ってきた愛君はこれまでの3振同様、少し大人っぽくなっていた。
「お帰り、愛君。早速明日、最大まで錬結してから部隊に加わってもらうからね。今日は明石や蛍君と一緒にのんびりしてなさいな」
特に何かを口に出すことはなかったけど、明石も蛍君も寂しそうにしてたからねぇ。来派で一番最初に来た愛君(何しろ初日組)がいないことなんてこれまでなかったから。毎日手紙が届く頃合になると2振とも執務室に来てたし。
「ちぇー。国俊、俺のこと全然書いてないー。冷たーい」
なんてことを蛍君は手紙を覗き込みながら言ってたくらいだ。普段は粟田口に比べるとドライな関係なんだけど、やっぱり
「おう! 強くなった俺の姿、蛍と国行にも見せてくるぜ!」
じゃーな! と手を振って愛君が執務室を出て行く。今日は蛍君も明石も部隊には組み込んでないし、2人とも自室にいるだろう。
「ね~え、あるじさん。ちょっと、お願いがあるんだけどっ」
出て行った愛君と入れ替わりにやってきたのは乱ちゃん。うん、予想どおり。乱ちゃんも修行に行きたがってたからねー。それに、次の修行道具もあとは手紙一式を残すのみだから、愛君が帰ってきたら即出発するつもりで準備してたみたいだし。
「乱ちゃんは確り者だから心配は要らないとは思うけど、変質者には気をつけるんだよ」
「やだなー、あるじさんってば。ボク男の子だよー」
男の子でもそこらの女の子よりよっぽど可愛いしコケティッシュな魅力あるし、心配だ。
「判ってるよ。一応念押ししただけ。というか、やり過ぎないように気をつけてね」
「あ、そっち?」
クスクスと旅支度を整えて笑う乱ちゃん。
「そっち。乱は結構過激派だから」
お見送りは本日の祐筆の叔父ちゃん・鳴君。ポンポンと乱ちゃんの頭を軽く叩くように撫でながら鳴君が笑う。
「はーい、気をつけまーす。ボクがいない間、あるじさんのこと頼むね、鳴叔父さん!」
「うん、任せて」
いつものように手で狐の形を作って、乱ちゃんの額をツンとつついて、鳴君は乱ちゃんを送り出した。
「やあやあこれはこれは。あの方が新たな力を得るための旅立ち! 感動的ですなぁ!」
きぃちゃんの声は賑やかだったけど、鳴君自身は穏やかに甥っ子を見送ってた。初日組の短刀はこれで全員が修行に出た。そのことに短刀最大勢力の粟田口の保護者として、本丸絶対的第一部隊隊長として、色々思うところはあるんだろうな、とそう感じさせる鳴君の表情だった。
そして、それから4日後。
「あるじさん、どうかなあ? ボク、見違えたでしょう。 似合ってる? ねぇ?」
美少女アイドルが帰還しました。ねぇ、短刀がマイクに見えたのは私だけ?
「乱ちゃん、修行って、アイドル修行?」
「なわけないじゃん、あるじさん!」
「だよね。モロッコ? タイ?」
「何処、それ。京の都だって、文に書いたよね?」
「だよね。性転換したわけじゃないんだよね」
「刀剣男士だよ! あるじさん、疲れてるんじゃない? ちゃんと寝てる?」
余りの乱ちゃんの美少女アイドルっぷりに気が動転した私は乱ちゃんによって強制的に休養を取らされることになったのだった。因みにその後、会う刀会う刀にほぼ同じことを聞かれた乱ちゃんは『やっぱ、ボクたちって顕現したあるじさんに似るんだねー』と乾いた笑いを漏らしていたとか。
乱ちゃんに強制的にお布団にINさせられたとはいえ、別段体調不良でもなく疲労が溜まっていたわけでもなかったから、乱ちゃんが部屋を出ると直ぐに私も執務室に戻ったわけだけど、すると直ぐに今度は次の修行スタンバーイだった五虎ちゃんがやってきた。
「あ、あるじさま、そ、その、お話が……」
おどおどとした様子はいつもと変わらなかったけど、その目は確りとした意思を宿していた。
「頑張っておいで」
「はい!」
きゅっと抱きしめて励ませば、五虎ちゃんは頼もしいくらいに元気な声で返事をしてくれた。うちの本丸で一番臆病で引っ込み思案で気の弱い五虎ちゃん。でも、戦場に出れば軍神の刀の名に恥じない働きを見せてくれる頼もしい短刀の一振り。
そんな五虎ちゃんは何処か不安そうにしながらも、確りと前を向いて修行の旅へと出立した。
「旅立ったか」
一番気弱な弟の旅立ちを
「五虎だって、吉光の短刀だ。しかも、軍神といわれた武将の懐刀だったんだ。肝は据わっている」
うん、確かにそうだよね。ちゃんとお兄ちゃんは弟のことを判ってた。
「さてと、残り2日。なんとか手紙一式と旅道具だけでもゲット出来れば、もう一振り修行に出せるね」
なんだかんだとこれまで必ず旅装束もゲットしてたから、相変わらず旅装束のストックも3つある状態だし。
「空いてない宝箱は149個。最低でもあと745鍵。1日373個」
計算速いな、ばみ君! うん、鍵の数だけ見れば無理。でも、最後まで諦めないよ!
よし、じゃあ出陣部隊を呼んで……と思ったところに思わぬ闖入者があった。
「あるじさま、もうそこまでです!」
「主君、無理はなりません!」
「もう止めてください、主君!!」
「無茶は、駄目」
「大将、そろそろ休めよ」
「俺のこと懐に入れて寝よ?」
「それはずるかばい! けど、主人はそろそろ寝んしゃい!」
そう、非極の短刀たち。
「あるじさまがぼくたちをしゅぎょうにだすために、みなでかぎをあつめてくれているのはわかっています! でも、もうみていられません!」
「主君、目の下のクマが酷いことになってるの自覚なさってますか?」
今ちゃんと秋君が膝の上によじ登ってきつつ、そう苦言を呈する。え、そこまでクマ酷い?
そう思ってばみ君を見ると、そっと目を逸らされた。ああ、なるほど。近侍や祐筆も本当はストップかけたかったんだろうな。出陣時間こそ薬研に提示された14時間を守ってはいたけど、睡眠時間は結局平均3時間程度だし。いや、書類とかあるからこれは仕方ないでしょ。
「主、僕たちまだ修行に行くの、待てるよ」
「主君に無理をさせてまで修行に行きたいとは思いません。主君のために強くなりたくて修行に出るのです。なのに、修行道具のために主君に無茶をさせるのでは本末転倒です」
小夜ちゃんと
「大将、俺や博多の極も実装されたけどさ。俺も博多も、もうすぐ実装されるだろう
「そうばい! 鳴叔父やばみ兄や
「うん、俺もそう思うなー。俺の実装発表はまだだけどね!」
初期実装じゃない3振までそんなことを言い出す。
「次にいつ、修行道具手に入るか判らないんだよ? それでもいいの?」
私を心配して、気遣ってくれる短刀たちに心が温かくなる。
「いずれ人数分手に入るときが来ます。それくらい皆待てますよ」
「しつこいですよ、あるじさま!」
次に行くはずだったひぃ君と今ちゃんがそれでいいのだと口々に主張する。
「……判った。じゃあ、もう今日の出陣は中止する。そんで、爆睡する。だから、今ちゃん、ひぃ君、秋君、小夜ちゃん、パジャマに着替えて枕持って集合」
そう告げれば、4振はぱぁっと顔を輝かせて、部屋を出て行った。
「あれ大将、俺は?」
「俺もいかんと?」
普段からお兄ちゃん枠の後藤を除いたしぃ君と博多が自分たちは添い寝できないの? と首を傾げる。可愛いな、おい。
「お前たちは、次の機会」
それまで黙ってたばみ君がポンポンと弟たちの頭を叩く。
「まー、ここはチビたちに譲ってやれよ」
お兄ちゃんな後藤もばみ君に同調してしぃ君たちを宥める。
「しょんなかねー。ここはちびたちにゆずっとすっか」
「博多だってちびのくせにさー。大将、次は俺と博多だからねー。あ、後藤兄も一緒に寝る?」
「バッ、俺はいい!」
来たときと同じく、大阪城地下拉致組の3振はこれまた唐突にあっさりと引き上げていく。嵐みたいだな、こいつら。うん、でも、色々と可愛い。
「主、歌仙と薬研にも伝えておく。今日は出陣全て中止にして、明日も休み。うちの本丸の『江戸城潜入調査』は終了だ」
ばみ君がそう言いながら私を私室へと追い立てる。そうか、そんなに私のクマは酷いのか。でも、こういった指示はちゃんと主の私が出さないとね!
ってことで、本丸内放送を使って、短刀たちの要望により現時点を以って潜入調査を止めること、これより土日は休日になることを告げて、私室へと移動した。
あー、久々に無茶やったかなぁ。うん、失敗だ。刀剣たちに心配かけるなんて主失格だぞ。
そんなことをぼんやりと考えながら、バタンとベッドに倒れこむ。
「あー、主君、いけません、お化粧落とさなくては! 乱兄さん、来てくださいー!」
「あるじさま、おきがえしなきゃだめですよー!」
「主君、もう少しがんばって起きてください!」
「ぱじゃま、この引き出しだったよね……」
お揃いのパジャマに着替え、枕を抱えてやってきた短刀たちの声を聞きながら、私は眠りの海に沈んでいくのだった。