Episode:31 1年5ヶ月と23日

「主! カンストのおねだりについて決めたぞ!」

 入室の許可を得ることもなくがらっと開かれた執務室の襖。そこに立ってるのは当本丸一番の新人である鶴爺こと鶴丸国永。

 ってか、鶴爺、おねだりの前にお祝いと労いを言わせろ。今、カンストした戦闘から帰ってきたばかりじゃないか。一緒の部隊にいた前田まぁ君、骨喰ばみ君、鳴狐なき君、山伏ぶしさん、岩融がんさんが背後にいて苦笑してる。

「鶴爺、まぁ君、ばみ君、鳴君、伏さん、岩さん、お疲れ様。それから鶴爺、カンストおめでとう」

 出陣部隊を労って鶴爺にお祝いの言葉を告げれば、鶴爺は莞爾と笑う。

 実地研修も終わり、佐登君が本丸から去って約3週間。本日鶴丸国永がカンストしたわけだけど、意外と時間掛かったかなという感じだ。まぁ、純粋な集中育成っていうのは今回が初めてだったんだけどね。極3人も交代で部隊に加えてたから、鶴爺が思ったより誉取れなかったことも一因かな。

「今日の出陣はここまでにするから、皆後は自由に過ごしていいよ。お疲れ様でした」

 通常の出陣は延享だし、消耗も激しい。今日はここまでにして明日からまた延享組に頑張ってもらおう。ってことで一先ず部隊を解散させる。

「はい、では休ませていただきます」

 まぁ君が応えて、他の4振と執務室を出て行く。取り敢えずはお風呂に向かうんだろうな。

「さて、鶴爺、既にカンストのお願い決めてるの?」

 1人残った鶴爺に声をかける。鶴爺はワクワクした顔をしてこちらを見ている。

「ああ! 光坊から聞いてな! ずっと何がいいかを考えていたんだ」

 はてさて、一体鶴爺は何を願うんだろう。さにちゃん情報では鶴丸国永といえば『びっくり爺』の渾名が示すとおり、退屈を嫌い驚きを求める刀剣だ。そのせいか、驚かせる=悪戯するという図式が出来上がり、落とし穴を掘ったり、後ろから「ワッ!!」と叫んだり、奇妙なお面を被って短刀を驚かせたり、小学校定番の悪戯・黒板消しを襖に挟んだり、懐かしのドリフネタともいうべき金盥を落としたり……なんてことをする個体も少なくないそうだ。

 ただ、うちの鶴爺の場合、今のところそのどれもやったことはない。顕現してからずっと育成で、毎日フル出陣(検非違使対策の時間を除く)してたからそんな時間がなかったのかもしれないけど、そればかりが理由ではないだろう。

 多分、鶴爺は『悪戯による驚き』には興味がないんだと思う。出陣先で珍しい石やら花やらを見つけたら持って帰って来て、皆に見せて秋田あき君や乱ちゃんにあげてる。そういう、人を喜ばせる驚きのほうが好みのようだ。あとは人を驚かせることよりも自分が驚くことを見つける──新発見、新しい知識を身につけることにも喜びを感じているみたいで、空いた時間にはよく図書室やパソコンを使ってるらしい。

「現世にはまじっくしょーという催しがあるのだろう? 奇術をやってみたいが、その前に自分の目で見てみたいんだ! 連れて行ってくれ、主」

 キラキラと期待に満ちた目で私を見つめる鶴爺。うん、うちは傍迷惑なびっくり爺じゃなくて本当によかった。

「マジックショーか。鶴爺、マジックやってみたいの? 簡単に出来るマジックセットとかさにわ通販でも売ってるよ」

 多分、鶴丸国永用なんだろうなあって、あの商品見たときに思ったな。

「まじっくはやってみたい。だが、まじっくせっとでは簡単にタネがばれてしまって詰まらんだろう? まずは本物のまじっくとやらをこの目で確かめて、その上で身に着けたいんだ。そうすれば、いつでも俺が皆に驚きを届けられるだろう?」

 どうやら鶴爺は成功が与えられている既製品の奇術玩具では満足しないらしい。そして自分の力で本丸の仲間たちに『喜びに溢れる驚き』を齎したいらしい。

「OK。じゃあ、鶴爺が見たいと思ったマジックショーがあるならそれ優先するから、見つけたら言って。私のほうでも調べて幾つか候補を挙げておくから」

「ああ、頼んだ、主」

 鶴爺はニッコニコだ。

「本丸に来て一ヶ月ちょっと経ったけど、どう? 慣れた?」

 私がそう問いかけたタイミングで一期(本日の祐筆)がお茶とお茶請けをソファセットのほうに出してくれる。そして本日の近侍である信濃しぃ君を連れて執務室を出て行った。多分、一期は祐筆課の部屋で仕事をするんだろうな。

 実は今日鶴爺がカンストするのは判ってたから、祐筆の一期には鶴爺がカンストして帰還したら出陣終了、その後鶴爺と2振で話をするということは伝えておいた。まぁ、ここでカンストのお願いが出てくるとは思ってなかったけど。そんなわけで2振は何も言わずともお茶の準備をして部屋を出てくれた。

「ああ、だいぶ慣れたと思うぞ。なんだ、主、俺と2人で話をするのか?」

 鶴爺にソファに座るように勧め、私もデスクからソファへ移動する。

「そう。鶴爺が来たときが研修生受け入れ期間だったこともあって、中々ゆっくり2人で話をする時間もなかったでしょ。というか、光忠や伽羅に任せてほぼ放置しちゃってたからね。鶴爺も無事カンストしたし丁度いいタイミングかなと思って」

 休日に話をしようとも思ったんだけど、研修中は佐登君の相手メインだった。休日は普段中々接する時間がない非出陣組を中心に交流を図ることにしているから、出陣組筆頭である鶴爺と話す機会も殆どなかった。で、このタイミングをこれ幸いと活用。

「そうだな。主とじっくり話すのは顕現した日の夜以来か? あのときは主の話を聞くことが主だったから、俺が話すことは殆どなかったが」

 顕現初日の夜には刀剣男士に本丸の運営方針を説明する。ああ、そうか、考えてみれば2人だけで話したのはあれ以来か。いかんいかん、平等に交流しようって決めたのに。流石に48振いると難しいなぁ。

「1ヶ月も経ってれば、鶴爺には色んな驚きがあったんじゃない? この本丸で過ごして感じたこととか、教えてほしいな」

 長く共に過ごしている(とはいっても最長で1年半にも満たないけど)刀剣たちとはある程度判り合えていると思う。歌仙や薬研に至っては互いに言葉に出さなくても判り合える部分あったりもするし(だからといって言葉を惜しむ気はないけど)。でも、鶴爺はまだ1ヶ月ちょい。相互理解のためには会話することが一番だよね。

「ああ、この本丸は驚きに満ちていたな。何しろ、あの三日月がぽろしゃつにじーんずという、現代の若人の格好をしていたんだぞ! おまけにぱそこんを使いこなして、俺にさにちゃんの使い方を教えてくれた」

 鶴爺に教えたんかい、みか爺!

「ああ、ちゃんと三日月は『さにちゃんは厠の落書のような流言が多いからな、全てをそのまま信じず、8割がた出鱈目な嘘だと心得よ』と言われたから、大丈夫だぞ!」

 みか爺、ちゃんと一番大事なこと教えてくれてる。まぁ、人に世話されるのが好きとか言いつつ、実は自分が人の世話とすることも好きなんだよね、みか爺って。特に鶴丸国永は三条宗近の弟子だか孫だかの五条国永が打った刀剣だから、みか爺たちにしてみると孫みたいなものらしいし。結構三条派は鶴爺を可愛がってる。

「伽羅坊が短刀たちと隠れ鬼をしているのを見たときも驚いたぞ。伊達にいたころは1人を好んでいたからなぁ。光坊が水戸に行ってからそうなったらしいが。まぁ、俺や貞坊はそんな伽羅坊を構い倒していたわけだが」

 一匹狼な伽羅も付喪神になったときからそうだったわけじゃなくて、様々な別れを経験したことによってそうなったとも言われてる。その一番の大きなきっかけが燭台切光忠が伊達家から水戸家へ譲られたことだとも。光忠も『昔より人見知りするようになってるね』なんて言ってたし。ていうか、あれは人見知りじゃないと思いますよ光忠さん。しかし、そんな伽羅もうちじゃ短刀・蛍丸には甘いお兄ちゃん枠だったりするのだ。打刀以上には『馴れ合う気はない』と言うんだけど、短刀と蛍丸には全力で馴れ合ってるし、脇差にも優しいんで、打刀以上は『はいはい、また言ってる』って感じでスルーしてる。

 薬研と厚と前田が短刀なのに大太刀以上に強くて驚いた、光忠の食事が美味しい、歌仙の料理は見た目も雅やかで目でも楽しめる、ゲームというものも楽しい、様々な刀剣がいて面白い。そんなことを鶴爺は楽しそうに話す。どうやら、本丸には巧く馴染めているようだ。

 鶴丸国永はその来歴から、表面の人当たりのよさや明るさとは裏腹に深い闇を抱え、本当は人を警戒している刀剣だとも言われている。流石にストレートに鶴爺に『人間警戒してる?』なんて聞くわけにもいかない。一応、この1ヶ月余り、それとなく注意して鶴爺の様子を見てたし、光忠や伽羅、みか爺や石切丸いしさんにも様子を聞いたりはしてた。そのときの返答の最初に来るのが『びっくり爺じゃなくてよかった』だったのには苦笑したけど。どんだけさにちゃんで流布したイメージが浸透してるんだか。まぁ、その後に続くのは『人の身を得たことを楽しんで、本丸生活を楽しんでいるようだ』だったけど。滑り出しは順調、と見ていいだろう。

「鶴爺が楽しめてるみたいでよかったよ。戦いのために呼んだとはいえ、折角人の身を得たんだし、本丸にいるときは自由に楽しく過ごしてほしいからね。他の刀剣に迷惑をかけない範囲で」

 さて、ここからは真面目な話というか、今後の出陣についてだ。これは昨日の運営ミーティングでも話をして、現延享部隊にも祐筆課にも戦況分析課にもOKを貰ってること。

「じゃあ、ここからはお仕事の話をするから」

 そう前置きして切り出す。仕事の話と言った瞬間、鶴爺はそれまでの笑顔を引っ込めて真面目な表情になった。刀剣男士たちって仕事オン生活オフの切り替え早いよなぁ。

「鶴丸には延享部隊に入ってもらう」

 延享部隊はこれまでのどの部隊とも違って、明確な能力による線引きがある。それが刀装なしの統率値70以上。消耗の激しい延享だからこその線引きだ。鶴丸国永は素の統率値は基準の70に1満たない69だけど、それを補って余りある刀装3スロだ。問題ないはず。

「これまでの阿津賀志山に比べたら敵の強さは段違い。太刀・大太刀が重傷当たり前の戦場だね」

 極トリオは軽傷未満だったりするけど。だけど、延享知ると阿津賀志山も池田屋もぬるく感じるよね。

「なんと! そりゃ驚きだな」

 これまで鶴爺はずっと阿津賀志山でのパワーレベリングだったから、錬度の低い自分が傷を負うことはあっても他の部隊員が受傷することはなかった。当刃だって、錬度が70を超えてからはほぼ無傷だったし。

「延享には太鼓鐘貞宗もいるからね。貞ちゃん狙って白金台周回するから、その部隊に入ってもらう」

「貞坊か! こりゃまた懐かしいな」

 伊達時代に共に時を過ごした太鼓鐘貞宗も鶴爺にとっては懐かしい昔馴染みってことだ。多分、鶴爺が一番刀剣男士の知り合い多いんじゃないだろうか。親戚筋らしい三条、織田組、豊臣組、伊達組に献上組。なんだかんだと刀剣男士の3分の1は知り合いなんじゃない?

「太鼓鐘貞宗の参戦が決まる前から光忠が会いたがってたんだけどね。中々参戦しなくて。まぁ、したくても敵方に捕らわれてたみたいだから無理もないんだけど。漸く存在が確認できたと思ったら、現在最難易度の延享だからねぇ」

 これが鍛刀も出来るんだったら、まだ望みはあったと思うんだ。なんだかんだと一期も蛍君も岩融がんさんも鍛刀で呼べてるし。でも、ドロップ限定だとね……。明石国行は結局イベントだったしな。

「私に運がなくてね。かれこれ数ヶ月白金台ぐるぐる回ってるのに、一向に貞ちゃん来ず……」

「主に刀剣運がないとか嘘だろう。以前見習いも言っていたが、この本丸は2年目にしちゃ、刀剣の集まりはいいほうなんじゃないのか? 三日月はじめ三条も粟田口も全振り揃っているし、源氏兄弟、虎徹兄弟もいる。一応俺だってレアとか言われる顕現し難い刀剣なんだろう?」

 あー、鶴爺鍛刀したときに佐登君にも言われたな。

「鶴爺、運がいいっていうのは何も望んでないときか、或いは望んだ者が来たときにいうことなんだよ。望んでるのに来ない、別の稀少度の高い刀剣が来るのは運がないになるの」

 そういう意味では江雪左文字・岩融を望んでた阿津賀志山でやってきたみか爺は最悪に運が悪いってことになるか。いや、みか爺ディスってるわけじゃないんだよ。みか爺は戦いでも本丸運営でもとっても頼りになる。戦闘では流石のレア度極っぷりを示す戦いぶりだし、本丸運営では皆を見守るおじいちゃんとして精神安定剤みたいな役割を担ってくれてる。みか爺の与えてくれる安心感半端ないからね。あのおじいちゃんの包容力凄い。

「物欲センサーというやつか?」

 鶴爺、あんたもネラー化してるのか。まぁ、鶴丸国永のネラー化は何処の本丸でも起こることみたいだけど。

「そうだね。だから、特に求めてなかった源氏兄弟なんかは、検非違使からドロップするようになって1週間くらいでやって来たよ。長曽祢虎徹なんてどんだけ検非違使狩っても来なかったのにね……」

 そうだよ、長曽祢虎徹もイベントでドロップしたんだ。ああ、明石国行も長曽祢虎徹もどっちも戦力拡充計画か。……歴史保全省の企画課さん? そろそろ戦力拡充計画で貞ちゃんくれてもよくってよ? なんて言いたくなる。

「そ……そうか。中々主も苦労してるんだな」

「いや、苦労してるのは敵を倒しながら仲間のために刀剣探してる皆のほうだね。私は見つけて来てってお願いしてるだけだから。実際に戦場で苦労してるのは刀剣の皆だよ」

 だから、明石国行は兼さんや国広くに君や今ちゃん、浦君、小夜ちゃんに踏まれたし、岩さんは今ちゃんの飛び膝蹴りと石さんのアイアンクローを食らったんだよね。……江雪兄様来たらどうなることやら。いや、左文字兄弟は何もしないだろうけど。『お兄ちゃん』枠の刀剣たちがちょっと苛ついてるんだよね。

「よし、主。俺も貞坊に会いたいしな。出来る限りの協力をしよう。光坊や伽羅坊にも貞坊を会わせてやりたい。何、心配はいらん。俺はこれでもれあ4とやらいう稀少刀剣の一振だ。その俺が願うんだからきっと叶うさ」

 見た目に反して(でも声にはぴったりの)頼もしさを見せて、鶴爺が笑う。うん、流石に亀の甲より年の劫というか、そんな安心感のある笑顔だ。やっぱり、鶴爺も平安爺の一振なんだなぁ、なんて思う。

 ……現在最もレア度の高い(昔のように1振だけってわけじゃなく、今では他に4振いるけど)みか爺や鶴丸と同じくレア4な一期・蛍君が望んでも、なっかなか岩融来なかったし、江雪左文字もまだ来ないんだけどね。なんてことは流石に言えない。鶴爺の優しさに水をしてしまうから。

「伊達組の皆には悪いけど、貞ちゃん救出は長期戦でいくよ。ただでさえ白金台は戦場が入り組んで本陣に辿り着くまでが大変だからね。いない刀剣より既にいる刀剣のほうが大事だから、貞ちゃん見つけるために無茶な進軍をするつもりはないから」

 そう、その方針は変わらない。ぶっちゃけ、太鼓鐘貞宗は光忠が望まなきゃスルーしてた。既に戦力過多のきらいのある短刀だからね。

「ああ。判っているさ。これまでの1ヶ月余り、主の運営を見てきたんだ。それを踏まえた上で、主に驚きの結果を齎してみせよう!」

 茶目っ気たっぷりな笑いを見せ、鶴爺が胸を張って言う。その仕草と表情に笑いが漏れる。ああ、やっぱり刀剣の付喪神たちはヒトにとても優しいなぁ。

 ──結局、鶴爺が私たちに驚きを齎してくれるのはこれから数ヶ月もあとのことになる。






「俺が鍛刀のときの近侍って珍しいな、大将」

 そう言ったのは本日の鍛刀限定近侍である厚。極になってから初めての近侍だ。

「あー……いつものメンバーが結構ダメージ大きくてね」

 鍛刀のときの近侍っていうのは、業務時間内の近侍とは別の刀剣に頼んでる。通常の近侍や祐筆は業務前の準備もあるんで、この時間は既に審神者執務室か祐筆課室にいる。というわけで、うちの場合いつの間にか近侍とは別に鍛刀近侍(相槌ともいうけど)を指名するようになった。現在は江雪左文字狙いってことで小夜ちゃんと宗三の兄弟、レア4繋がりの一期と鶴爺、蛍君と鶴爺を呼んだ実績を持つ光忠あたりでローテーション。

 でもね、ここまで江雪左文字来ないと、やっぱりテンション下がるんだよ、彼らも。

 一昨日、鍛刀近侍を一期に頼んだ。3時間20分が来た。4振目だか5振目だかの自分だったことに一期は床とお友達になった。昨日、光忠。ALL3時間だった。ALL燭台切光忠だった。何十回目かのその現象にかっこよく決めたいはずの光忠が髪を振り乱し小夜ちゃんに謝ってた。

「……ああ、まぁ、こればっかりは運だからなぁ……」

 初日顕現、つまりこれまでの鍛刀遍歴を全部見ている厚は苦笑する。

「それに多分、刀剣と審神者の霊力の相性とかもあるんだろうね。私の霊力は多分、粟田口とは相性いいんじゃないのかな。博多藤四郎を除いて結構初期に粟田口揃ったし。光忠とも相性いいんだと思う。光忠初太刀だしね」

 そう、本当にあるのかは判らないけど、刀剣と審神者の霊力には相性があるとも言われてる。さにちゃん情報だし、難民が自分を慰めるために言い出した可能性も高い説だけど。

 私の場合、初鍛刀・初ドロップともに粟田口だし、初日顕現の6振のうち4振が粟田口。入手するのに特殊条件のある博多藤四郎以外は最後の一期一振だって1ヶ月目には来てた。当時はまだ後藤藤四郎も信濃藤四郎も包丁藤四郎も参戦してなかったし。その後もレア4太刀は一期一振しか来なかったしなぁ。

 それから光忠。まぁ、光忠は太刀の中では一番人間に協力的なんだと思うんだけど、それにしたって毎日燭台切光忠を鍛刀・ドロップ合わせて最低5振は入手する。厚たち極短刀の錬結で大量の依代を使ったけど、太刀の約6割が燭台切光忠だった気がする。

「で、今回は気分を変えて厚に鍛刀近侍任せてみようかと。今まで頼んだことなかったしね。丁度桜付いてるし」

 2人で資源を炉の前に運びながらそんな話をする。厚に限らず極っ子3振は常に桜付きなんだけどねー。ほぼ彼らが誉独占だし。たまに太郎たろさん、次郎じろちゃん、蛍君の大太刀が取ることもあるけど。太刀勢は殆ど誉取れなくて、疲労しやすくなってる。まぁ、橙疲労になる前に手入部屋行きになるから、疲労蓄積はないんだけど。

「へぇ、江雪さんってこんなに資源使うのか」

 運んだ資源の量を見て厚が驚いたように言う。今まで江雪左文字狙いの鍛刀は550/660/660/550の配合でやってた。さにちゃんで確率が高いといわれる配合。でもこれで悉く狙いが外れてる。あんまり鍛刀で資源を使いたくなかったから、この配合にしてたんだけど、今日から変えることにしたのだ。政府が発表している優良配合ってやつに。それはALL850。この増えた分の資源で延享組何回手入できるかなーとか考えちゃうのは仕方ないよね。ま、資源は各1万を切らないようにキープはしてるんだけど。

「優良配合ねぇ……。確かそれでやってもいち兄呼べなかったんじゃなかったか、大将」

 1年以上前、一期呼びたくて色々試したんだった。

「そういうこともあったね」

「ま、後は運を天に任せるしかねぇな」

 鍛刀妖精さんに依頼札経由で霊力を渡すと、妖精さんたちはわらわらと資源に群がり、各資源を炉に放り込んでいく。豪快だな。っていうか冷却材を放り込んでるのによく火消えないよなぁ。

「大将、時間……」

 妖精さんたちを見ながら若干現実逃避していた私の腕を厚が引き、鍛刀時間を示す。

「いち兄かな?」

「一期かな」

 異口同音、ではないか。示す刀剣は同じだけど。同時に厚と呟き、2人で苦笑。妖精さんに手伝い札を渡しつつ、次の配合も優良配合にするか考える。

「あれ、いち兄じゃないぞ」

 厚の声に促されて妖精さんが持ってきてくれた太刀を見る。ああ本当だ。見慣れた一期一振じゃない。最近見たばかりの鶴丸国永でもない。

「鶴丸国永でもないね。ってことは鴬丸か江雪左文字……。鶯丸だったら顕現できないから、どっちか確認しないと。鶯丸の見分けがつく刀剣っていたっけ?」

「鶯丸さんは献上組だからな。平野ひぃやいち兄、鶴爺なら判るんじゃないか? っていうか、鍛冶なら判るんじゃねぇの?」

 厚の言葉にひぃ君たちを呼ぼうとして、それもそうだと妖精さんを見る。妖精さんはその円らな目で私たちを見上げている。

「この刀は、鴬丸?」

 問いかけると、妖精さんは何処から取り出したのか、大きく赤色で×が書かれたフリップを掲げた。

「じゃあ、江雪左文字?」

 今度は大きく青で○が書かれたフリップ。そして恒例。

「小夜ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁん、宗三ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 恐らくこれが最後になるだろう鍛錬所での叫びを放った。すると、これまたほぼ恒例になっているドタドタという足音。っていうか、刀剣たちって普段は意識して足音消してるのかな。こんなふうに今は凄まじい足音してるってことは。

 そして現れたのは現在機動第一位の薬研にお姫様抱っこされた宗三と第二位のまぁ君に同じくお姫様抱っこされた小夜ちゃん。うん、君たちせめて負んぶか俵担ぎにしてあげよう? 同じ男士にお姫様抱っこは結構心にクるよ。特に自分より小さな薬研に抱えられた宗三。

 高機動組に抱えられてやってきた左文字兄弟の後にはこれまた恒例のようにほぼ全部の刀剣たちが揃ってる。っていうか、全員揃ってるだろうなぁ。今までの例から言って。単に鍛錬所から見えないだけで。

「主……」

 まぁ君の腕から下りた小夜ちゃんが不安そうな、でも期待するような瞳でじっと見つめてくる。

「主! 主! 主ぃぃ!!」

 いつもの物憂げな、気だるげな様子なんてかなぐり捨てて、私をガクガクと揺さぶる宗三。こんなに興奮してハイテンションな宗三見たことない。視界がぶれてよく見えないけど。待って宗三。アンタいくら儚げな未亡人っぽい風情をしてても刀剣男士。そんなに揺さぶられたら目が回る。

「宗三、気持ちは判るが、大将が目を回すぞ。そしたら、顕現するのが後回しになるぞ」

 見兼ねた厚が助けてくれる。すると宗三はパッと手を離す。勢いよく揺さぶられてた反動でそのままポーンと部屋の外まで飛んでいくかと思ったけど、そこは予想してたらしい蜻蛉切とんさんが支えてくれて事なきを得た。うん、とんさんの安心感半端ない!

「待たせたね、小夜ちゃん、宗三。妖精さんにちゃんとお兄ちゃんだって確認してるから」

 依代を示すと2振は目を輝かせてそれを見る。うわー、小夜ちゃん超嬉しそう。ここまで喜色を露わにするのって初めてじゃないかな。っていうか、左文字弟組の誉桜が凄いことになってる。これ、花弁に実体がないからいいけど、実体あったら鍛錬所花弁で埋もれてるわ。

 依代を正面に据え、正座する。するとその両隣に弟2振が座るのは判る。が……何故、君たちが私の後ろに座るんだ、一期、蜂須賀、伏さん。いや、なんとなーく判るんだけどね。本丸の『兄ーズ』。

 この本丸の刀剣男士は『弟』な刀剣に甘い。大体が短刀だからというのもあるけど、打刀でも末っ子認識の切国にも甘い。そしてその中でも顕著なのが『兄ーズ』と呼ばれている刀剣たちだ。

 この『兄ーズ』、兄な立場の刀剣が全員加わってるわけではない。元々愛君の親族である来派が中々来なかったことから、蜂須賀が『俺をお兄ちゃんと呼んでくれ』と言ったことが始まりで、それに乗ったのが宗三と伏さん(当時はまだ一期はいなかった)。全く弟を待たせていない蜂須賀と宗三、余り待たせていない伏さん(3兄弟の中では最後の顕現)、レア度の割には比較的待たせていない一期の4振が『兄ーズ』認定されているってこと。だから、長男とはいえ1年近く待たせた長曽祢そねさんは入ってないし、兄とはいえ爺枠の髭爺も入ってない。

 この『兄ーズ』は現在最大級に待たせている長男・江雪左文字には色々思うところがあったらしいんだよね。そりゃ、江雪左文字以外のお兄ちゃん全員来てるんだもん、小夜ちゃんが言葉に出さないとはいえ、寂しそうにしてるの見てるわけだし。一期はじめ『兄ーズ』も小夜ちゃんを可愛がってはいるけど、やっぱりそこは兄『代わり』でしかなくて、小夜ちゃんの寂しさを埋めるまではいかない。

 おまけに『兄ーズ』には江雪左文字を待つ弟でもある宗三もいるわけで。同じ長男を待つ次男って立場だった蜂須賀は『俺は長曽祢をそこまで待っていたわけではないが! でも、宗三の寂しさも判る』と若干の兄へのツンを交えながら言ってたくらいだ。

 そして、漸くその待たせすぎな長兄・江雪左文字がやってきたというわけで……

「全く、待たせすぎですな」

「ああ。長兄の自覚が足りないのではないかな」

「然り。これは拙僧たちが説教せねばなるまいて」

 声音は穏やかながら、内容は結構物騒。

「後ろの兄ーズ。気持ちは判らんでもないけど、あんたらカンストしてんだからね? 江雪左文字、錬度1だからね? 遣り過ぎんなよ?」

 一応釘は刺しておく。説教を止めはしないけど。私だって『遅ぇよ、長男!!』って思っちゃってるからね。

「大丈夫だよ、主。別に説教カッコ物理じゃないから」

「然様です、主殿。飽くまでも長兄としての心構えを問い質すだけ」

「うむ。これもまた修行である」

 伏さん、修行って言っときゃ私が納得するとでも思ってんのか?

 まぁ、これ以上外野に構って時間を浪費しても小夜ちゃんを待たせるだけだ。顕現しよう。

 戦いを憂いつつそれでも力を貸してくれる心優しき刀剣、弟たちが再会を楽しみにしてるよ──そう呼びかける。

「……江雪左文字と申します。戦いが、この世から消える日はあるのでしょうか……?」

 思わず『来ねぇよ』と応じそうになるのをぐっと堪える。

「ようこそ、江雪左文字。弟たちがずっとあなたを待ってたよ。私が審神者の右近だ。戦いを終わらせるために今はともに戦おう」

 江雪左文字の名乗りに応える。するとそれまで横で黙って座っていた小夜ちゃんがモジモジと落ち着きをなくしている。

「小夜ちゃん、ずっと待ってたお兄ちゃんだよ。ほら、抱きついたら?」

 それが素直に出来る小夜ちゃんではないけど。遠慮しちゃう子だからなぁ。でも、お兄ちゃんが来て嬉しいのはずっと舞ってる桜で判る。

「小夜、私を待ってくれていたのですね。遅くなりました」

 江雪はその冷たい雰囲気を和らげ、小夜ちゃんを優しく見つめる。江雪が冷たく見えるのはその色合いもあるんだろうなぁ。髪の色といい装束といい、見事に寒色系だし。

「小夜、遠慮しないで兄上に抱きつきなさい。1年5ヶ月と23日も待っていたのですから」

 宗三もこれまでに見たことないくらい穏やかな表情で弟を促してる。これ、小夜ちゃんが抱きついたら自分も兄の側に行く気だな。弟を出汁にするか? しかし、すらっと待ってた日数出てくるあたり、宗三、指折り数えてたんだね。あんたもお兄ちゃんを心待ちにしてたんだねぇ。

「江雪、兄様……」

 怖々と江雪に近づく小夜ちゃん。だけど、後ろ五月蝿い。『頑張るのです、お小夜殿』『抱きつけ、小夜』『行くのである小夜殿』って、兄ーズ五月蝿い。『いち兄、黙ろうか』『蜂須賀にーちゃん、邪魔すんなって』『兄弟、無粋だ』と弟たちが回収してくれたけど。

「小夜、私は顕現したばかりで何も判らぬ情けない兄です。私を助けてくれますか?」

 ゆったりと穏やかな声で問う江雪に、小夜ちゃんは嬉しそうにふわっと笑った。珍しい小夜ちゃんの全開の笑顔……! カメラ! カメラは何処だ!? 振り返ると、それぞれ愛用のカメラを構えた一期と明石がサムズアップし、小夜ちゃんの正面には最近購入した超高画質カメラを構えた歌仙がドヤ顔でこれまた親指を立てていた。っていうか歌仙、いつの間に江雪の背後に回ったの? おい、宗三、歌仙に『その画像後で僕の端末に送ってくださいね』って、私の分も頼む。

 そんな周囲には気付かず、江雪と小夜ちゃんはふわふわほわほわした和やかな雰囲気で微笑みあってる。これぞ、和睦ってやつですか!

「いやはや、驚いた。俺のときはこんな歓迎はなかったのにな。江雪は随分歓迎されてるらしい」

 約1ヶ月前に顕現した鶴爺のときは『来たな! でも、先に江雪がよかったかなー』みたいな雰囲気、本丸にあったからね。特に希望を出してた光忠と伽羅が。歓迎してないわけじゃないんだけど、微妙な感じだった。

「鶴さんを歓迎してないわけじゃないし、江雪さんが熱烈歓迎ってわけでもないかな。小夜ちゃんがずっと待ってたお兄さんが漸く来たって喜びだね」

 光忠が苦笑しつつ解説してる。そう、今鍛錬所の周囲には全刀剣揃ってる。そして、桜の花弁を皆が舞わせてる。『驚いた』発言をした鶴爺でさえも、だ。

「鶴、そなたはまだよい。光忠や伽羅は喜んだであろうが。私など……みか兄上にはお前ではないと泣かれ、石兄上には空気を読めとあいあんくろーされたのだぞ……」

 小狐丸こぎが自分のほうが酷かったとしょんぼりする。ああ、完全にトラウマだなぁ。三条の兄たちもそれについては申し訳ないと思ってるみたいで、うちの三条はこぎを末っ子認定して甘やかしまくってる。そういえば『お前じゃない』されたのって、両方とも白髪の太刀だな。

「さて、まずは左文字兄弟は遠征に行こうか。積もる話もあるだろうし、左文字は遠征の後は出陣も何もなしにするから。小夜ちゃん、江雪を部屋に案内してあげて。あと、延享部隊、今日は検非違使対策も白金台でやるからね。最初は極3人と太郎さん、一期、髭爺だから、準備して」

 パンパンと手を叩いて注意を促して指示を出す。全員集まってるから楽だわ。

 いつもなら検非違使対策の後直ぐに江雪育成のパワーレベリングに入るんだけど、今回はその前に話し合いをする。今日が金曜日だから、江雪の出陣は月曜から。

 何しろさにちゃんでは『戦いを忌避する刀剣』として有名な江雪左文字だ。そのまま直ぐに出陣させるのは躊躇われる。まずは江雪の真意を確かめてから出陣してもらう。因みに出陣しないという選択肢は当然ながらない。

「主……」

 それぞれ準備のために散っていく刀剣たちを眺めつつ業務後の計画を立てていると、つんつんと服の裾を引っ張り、小夜ちゃんが話しかけてきた。

「どうしたの、小夜ちゃん」

 小夜ちゃんに視線を合わせるためにしゃがんで応じれば……なんと、小夜ちゃんが抱きついてきた!!

「ありがとう、江雪兄様呼んでくれて。諦めないで呼んでくれて本当にありがとう」

「小夜ちゃんもずっと待っててくれてありがとう。これからは兄弟三人で仲良くね」

 抱きついてくれた小夜ちゃんの背をポンポンと軽く叩きながら応じる。おう、もう離れちゃうの、寂しいな。

「うん」

 けど! ほんのり頬を染めて含羞はにかんで笑った小夜ちゃん、可愛すぎか!! ぐしゃっと崩れ落ち床とお友達になりかけるのをぐっと堪える。

「小夜、マジ大天使サヨエル」

「ああ、私の弟がこんなにも愛らしい……」

 その言葉に目を上げれば、兄二振が崩れ落ちてた。そうか、江雪、君もブラコンか。私に顕現されたら兄は皆ブラコンなのか。

 そして、歌仙。流石は我が初期刀。含羞み笑顔の小夜ちゃんも確りカメラに収めてるね! 後でデータくれ。






 一日の業務が終わり、夕食も終えミーティングも終わり、執務室に残っているのは初期刀の歌仙だけ。歌仙も江雪との話し合いには同席するから。さにちゃん情報では江雪左文字という刀剣男士は出陣を忌避する傾向があるという。実際、先輩のところにいる江雪左文字も出陣部隊に組み込むと余りよい顔はしないそうだ。

 ただ、出陣を強く嫌がるのは実は審神者のイメージによる影響なんじゃないかと思ってる。事実、最初期の審神者の1人である万年青さんのところの江雪左文字は戦いの意味を問う発言はあっても、出陣を嫌がったりはしないらしい。だから、私も顕現するときには気をつけて呼んでみたんだけど、どうなることやら。

「江雪左文字です」

 襖の向こうから声がかかる。それに応じて歌仙が襖を開ける。うーん、襖に洋室はミスマッチかなぁ。でも、デスクに椅子のほうがデスクワークしやすいからな。

「夜分に呼びつけて申し訳ないね、江雪左文字。ただ、本丸の運営方針の説明と確認したいことがあって来てもらった」

 江雪左文字にソファに座るように勧め、私も対面に座る。直ぐに歌仙がお茶を出してくれる。夜も遅いからハーブティがほしいところだけど、顕現したての江雪左文字には馴染みがないだろうから、ここは普通に煎茶。まぁ歌仙が厳選した高級茶葉ではあるけれども。

「簡単には宗三や小夜が説明してくれてるとは思うけどね。それから、初期刀の歌仙も同席する」

「はい、宗三から、主から詳しい説明があるだろうと言われております」

 そうして、まずはどの刀剣にも説明している本丸の運営方針を説明する。出陣の仕方や退却タイミング、内番をはじめ家事分担について、お給料や休日について。それらを説明し、質問に答えたら、愈々本題だ。

「それで、江雪左文字。あなたに確認しておきたいことがある。一般に江雪左文字という刀剣男士は戦いを忌避する傾向にあるといわれている。出陣を嫌がる個体も少なくない。あなたはどうなのかな?」

 戦いを嫌がり出陣を拒否するようであれば、彼をこの本丸に置くわけには行かない。ここは戦う者のための場所だから。

「戦いは……嫌いです。……刀は、使われぬほうが良いのです」

 江雪はゆったりと口を開く。

「そうだね。戦いを好きな者って少数派だと思う。まぁ、刀剣男士は個々の戦闘が嫌いという者も少ないだろうけど、『戦争』はないほうがいいと思ってる者のほうが多いはずだよ」

 微妙なんだけどね。彼らは武器だから戦いを否定することは自分の存在意義の否定だ。だから、個別の戦闘については彼らは否定しないし特に戦闘狂というわけではない刀剣男士でも積極的だ。

「……刀が、抜かれる前、振るわれぬように、和睦に務める。それが大事なのではないでしょうか」

 それも正論。でも、現状にこれほどそぐわない言葉もないかな。今現在、戦争の真っ只中なんだから。

「では、江雪左文字は現状を如何見るの?」

 既に刀は抜かれている。実際に振るわれている。その現状で、江雪左文字はどうするのか。

「既に相手が戦端を開いています。相手が、単に領土を求めるだけの、義もある者であれば、和睦することもできましょう。けれど、此度の敵は、そうではありません。戦わずして負けることは、歴史を歪めさせること。嘗ての人々の営みを捻じ曲げること。それを容認することは出来ません。故に、悲しいことではありますが、此度の戦いにこちらからの和睦はないものと心得ております。そのうえで、私に為せることもあるはずだと、刀剣男士となることを了承したのです」

 ゆっくりとした口調で、江雪は自分の考えを告げた。ああ、よかった。ちゃんと話を聞いてよかった。彼の考えは私が審神者になったときに思ったこととほぼ一緒だ。

「よかった。あなたのその考えならば、私はあなたと一緒に戦える。この傲慢な歴史修正主義者と名乗る破壊者との戦いを終わらせるために力を貸してほしい、江雪。そして、私が戦いの意味を履き違えないよう、戦いは本来凄惨で悲しみに満ちたものであることを忘れないように、ともに歩んでほしい」

「はい。遅参した身ではありますが、精一杯相務めましょう」

 頷いてくれた江雪にホッとして歌仙を見れば、彼もホッとしていた。直ぐに歌仙は自分の端末を操作して誰かにメッセージを送ってる。多分、部屋で心配している弟たちだろう。

「じゃあ、具体的にこれからのことだけど。うちの方針として、最低限カンストしてもらうことは絶対条件。うちじゃカンストしてない刀剣男士は半人前って扱いだからね。それで、カンストした上でそれ以上の出陣を避けるなら、内政中心で働いてもらうことも可能。あなたの来歴から考えて政治的な駆け引きとか交渉も巧そうだし。経済面の交渉事は博多藤四郎と陸奥守吉行が担ってくれてるしね」

 何も刀剣男士は前線に立つだけが役目じゃない。勿論それが主要な役目ではあるけれど、それ以外の遠征とか作戦立案とか訓練とか兵糧確保とか様々な後方支援もあるわけで。実際のところ、今現在祐筆課や戦況分析課はその後方支援メインだったりもするわけだ。江雪も前線に立つことに抵抗があるなら、後方支援メインにやってもらえば済むこと。

 但し、それは飽くまでもカンストした上でのこと。このカンストするという条件を拒否するようであれば、彼の処遇を考えなければならないところだった。それは宗三や小夜ちゃんも承知の上で、寧ろ彼らのほうから『兄上が錬度上げすら拒むようであれば、そのときは刀解し本御霊に戻っていただいたほうがよいでしょう』と提案してきたのだ。だから、弟たちは心配してたし、さっき歌仙が彼らにメッセージを送ったのもそのせいだ。

「では、私は当分は出陣続きということになりますね。宗三から、極とやらになった短刀以外は全員錬度上限に達していると聞いていますから。弟たちに早く追いつかねばなりません」

 お、戦闘には積極的か。強くなることは厭わないんだな。やっぱり刀なんだなぁ。

「うん、そうなるね。そうだな、大体1ヶ月くらいでカンストすることになると思うよ。で、その後はどうしたいかを考えておいて。ただ、私としては江雪は能力値が高いし、刀装3つ持てるから、引き続き延享出陣部隊に入ってほしいところではあるんだけどね」

 そう、江雪はその難儀な戦忌避がありつつも結構な高スペック。ぜひとも延享の交代要員になってほしいところ。

「延享とやらがどのようなところかは存じませんが、私の力を求められるのであれば、否やはございません。小夜や宗三、私の弟たちはそれぞれに癖のある者たちですが、その弟たちが貴方に信を置いています。それだけで、貴方は信ずるに値する主なのでしょう」

 おっと、また長男の『弟たちが慕ってるから』理論。一期のときもあったな。

「小夜ちゃんや宗三は初期からいてくれてるから付き合いも長いしね。その中で私を信頼してくれたんだ。有り難いことにね。だから、江雪も自分の目で私が信頼に足る人間なのか見極めてほしい」

 ちゃんと自分で判断してねーってことです、ハイ。

「判りました」

 頷いてくれた江雪に、来週から出陣してもらうこと、明日明後日は休日だけど、明日の演練には左文字兄弟と極っ子3振で出てもらうことを告げて、面談終了!

「主、私もかめらというカラクリで小夜の姿を収めたいのですが……」

 最後にそう言った江雪。やっぱりお前もブラコンか!

「お給料出たら自分で買おうね。それまでは宗三が何台も持ってるから貸してもらうといいよ」

「はい、そういたします」

 一礼して、執務室を出て行く江雪の姿に、肩の荷が下りる。

「お疲れさま、主」

 この面談を心配していた歌仙も安堵したような表情だ。まぁ、お互いの心配は結局杞憂だったんだけど。

「さ、今日は気疲れしただろう? もう休むといい」

「そうだね。さくっとお風呂入って寝るよ。歌仙も後はのんびりしてね」

「ああ」

 頷いて出て行く歌仙を見送り、色々と精神的に大変だった一日を終えたのだった。

 やぁぁぁっと江雪左文字呼べた。これで肩の荷が下りた感じ。まぁ、後は光忠たち伊達組が待ってる貞ちゃんと、密かに長谷部と博多が待ってる日本号、序でにもう1人の貞ちゃんこと物吉貞宗か。うん、でもまぁ、鍛刀では呼べないからある意味気楽かな。

 因みに、執務室を出た江雪は、そのまま待ち構えていた兄ーズに捕まり、兄ーズ歓迎会という名の遅参に対する大説教会が開催されたらしい。ご愁傷様、江雪兄様。