研修は中々順調に進んでいる。戦闘見学は5日目で一通り全ての戦場を踏破して終了。【武家の記憶】の阿津賀志山では打刀以上で編成した部隊で周回したり、【池田屋の記憶】では短刀オンリーの部隊で出陣したりもした。推奨部隊ってことで。それとは逆に非推奨部隊ということで池田屋2階に太刀・大太刀・槍・薙刀で編成した部隊も出陣させた。夜戦・室内戦でデメリットのある刀種だけの部隊。
これには刀剣たちから反対があるかと思ってたんだけど、問題なかった(編成は研修の事前準備のときだったけどね)。寧ろ、今まで一度も行ったことのない戦場だったこともあって、皆興味津々でやる気に満ちてた。
「これで全時代、知ることになるね!」
「そうですな!」
「ええ」
なんて、初期第一部隊の光忠・一期・
で、太刀以上を向かわせた室内戦(夜戦)の後は初めての手入見学にもなった。それまで悉く無傷で帰ってきてたからねぇ……。いいことなんだけど。
ただ、この『無傷帰還』は刀剣にとってはよいことでも、
「流石刀剣男士は強いんですね」
とか佐登君が呟いてて、ちょっとこれは拙いかなと思った。刀剣は基本無傷で戦えるもの、なんて思われてもね。慣れてから連れて行こうと思ってたから、週末の演練にはお留守番させてたのも拙かったか。
「大丈夫だろう。延享に行けば現実が判る」
近侍の切国に言われて、それもそうかと部隊を延享に送り出して、その戦闘を見て案の定佐登君は真っ青になってた。これまで無傷が当たり前だった刀剣たちが重傷当たり前で帰還するからね。
「薬研、行ける?」
『大丈夫だぜ、大将。次は本陣だ。今度こそ太鼓鐘貞宗げっとするぜ!』
薬研を隊長にした、白金台。その画面を見て、佐登君が慌てたように口を開く。
「待ってください、先生! 蛍丸様と次郎太刀様と髭切様が中傷ですよ!? 前田藤四郎様も刀装が1つなくなってます!! それで進軍するんですか!?」
「するよ。重傷開戦じゃなきゃ刀剣破壊はない。それに隊長の薬研が進軍すると言ってる。危ない、無理だと思えば薬研は撤退を提案してくる。刀剣たち自身が戦うと言っているんだ。私はそれを容認するだけ」
昔は中傷進軍させることは殆どなかったんだけどね。しかも今、
「ですが……!」
「黙れ、見習い。刀剣男士がそれを望み、指揮官たる主がそれを了承した。お前が口を出すことじゃない。それくらい写しの俺でも判る」
なおも言い募ろうとした佐登君を近侍の切国が叱る。うん、でも最後の一文はいらないかな。
「薬研、進軍を。帰還したら全員手入部屋だからね」
『判ってるって。任せな、大将』
頼もしい返事をして、薬研が偵察の指示をし、開戦する。それを見て、佐登君に声をかける。但し、目は画面を見たまま。
「佐登君がこの部隊運用に不安を抱くのはよく判る。私も昔は中傷進軍は出来るだけしたくなかった。でもね、私は現場の判断を重視することにしてる。人間である私と刀剣である彼らの認識は違うし、戦いの素人である私よりも彼らのほうが戦場を
本当は今だって怖い。重傷開戦でなければ刀剣破壊は起こらないことは知ってる。お守り極だって持たせてるから、万一のことがあっても復活する。そう判ってはいるけど、やっぱり怖いし、傷ついている彼らを見ることは辛い。
でも、刀剣たちは戦っているのだから傷を負うのは当然のことなんだと言う。特に延享に入ってから、受傷は強い敵と渡り合っている証なのだから寧ろ誉だとさえ言う。そんな彼らの感覚を否定することは出来ない。それはしちゃいけないんだと思っている。私の采配ミスで受ける傷以外は、彼らが負う傷を恐れてはいけないんだと。
「これは飽くまでもうちの運営の仕方。色々な本丸があるから、中にはうちをブラックな刀剣酷使本丸と思う人もいると思う。でもね、審神者の方針に刀剣たちが異を唱えない、納得しているなら外部が口を出すべきじゃない。佐登君は自分の本丸を持ったときに自分の刀剣たちと話し合って進軍の仕方を決めればいい。でもうちはこういう方針だから、研修生である佐登君が口を出すことじゃないよ」
出したくなるのは判る。画面越しとはいえ、刀剣たちが血塗れなのは判るし。次郎ちゃんは真剣必殺発動してほぼ脱いでる状態だし。
『大将、終わったぜ。すまん、太鼓鐘貞宗いなかった』
「お疲れ、薬研。貞ちゃんは気にしないで。これは運だしね。じゃあ、帰還して」
『了解』
薬研の返事と同時に席を立ち、手入部屋に向かう。私たちが到着するのと同時に、帰還用ゲートの和室から延享部隊も出てくる。
「今回も派手にやられたね……。痛そう」
「だーいじょうぶだって。酔ってれば痛くないもーん」
「いや、痛いでしょ。次郎ちゃん、手入部屋入って。髭爺と蛍君とまぁ君も。薬研と厚はその後ね」
「いえ、主君、僕はまだ軽傷ですし、大丈夫です」
「資源も手伝い札も勿体無いから気にすんな、大将」
「問答無用。全員手入。手伝い札も使う。ほら、次郎ちゃんと蛍君出てきたから薬研と厚も入って」
手伝い札を使って手入を進めながら、薬研たちを手入部屋に押し込む。軽傷とはいっても中傷寄りなんだから、手入!
「切国、光忠と太郎さん呼んで。次郎ちゃん、まぁ君は刀装剥げた分、新しいの持ってきなさい」
次の出撃の指示をする。髭爺と蛍君は交代。その指示を聞きながら、佐登君は何も言わない。さっき言ったことを考えてるんだろう。うん、それでいい。本丸ごとに運営方針は違う。私の運営を見て自分はどうするのか、同じにするのかしないのか、それを考えればいい。私の運営の仕方を押し付ける気もない。審神者ごとに運営や部隊運用は違って当然なんだから。
その夜の軍議の際、佐登君は私に頭を下げた。
「先生の運用に口を挟んで申し訳ありませんでした。正直なところまだ戸惑いが消えたわけではありません。中傷進軍に思うところもあります。ですが、刀剣様が納得されていることに部外者の私が口を出すべきではありませんでした。今後、私が本丸を持ったときにどうするのかはまだ判りませんが、自分の刀剣とよく話し合った上で決めたいと思います」
その佐登君の言葉を聞いて、場の緊迫していた空気が緩んだ。実は私に対して異議を唱え非難した佐登君に対して刀剣たちがちょっとというかかなりナーバスになってたんだよね。主を非難するなんて!! って。でも、自分の非を認めた佐登君に安心したみたい。
「うん、判ってくれたらそれでいい。私も昔は中傷進軍なんてって思ったよ。でもね、刀剣たちと話し合って、基本的に中傷の場合は現場の判断に任せることにしたの。佐登君も自分の考えを刀剣たちにちゃんと話した上でお互いが納得いく運営をしていってね」
「はい、肝に銘じます」
そうして、佐登君にはある意味ショックだっただろう延享進軍の1日が終わったのだった。
と、まぁ、そんなこともありつつ、研修も中盤に差し掛かった。5日目に全戦場を踏破したあとは通常運営に戻したから、相変わらずのハード出撃。その出撃数の多さに佐登君も驚いてはいたけど、社会人だけあって『業務時間』だから妥当かと判断したみたい。刀剣たちが不満を一切漏らしてないっていうのも大きかった。
そして、研修が折り返しを迎えようとした、8月14日。本日の近侍は光忠。
「また、一期君かな」
「かなー。3時間20分は悉く一期一振だしね。レア4は一期一振しか来ないもんね、うちの本丸」
おかげで連結用保管庫には一期一振が3振あるし。
日課任務でいつもと同じ配合で鍛刀して、3時間20分と1時間半と2時間半。1時間半と2時間半はそのままに3時間20分だけ手伝い札を使う。これは江雪左文字である可能性に一縷の望みをかけて。新人だったら11時からの出陣でパワーレベリングするためだ。因みに9時から2時間は検非違使対策兼江雪左文字発掘で京都市中。何故か宗三左文字と小夜左文字が出まくるんで私と隊長と近侍と祐筆が『左文字違いーーー!!』と叫びまくってる。
妖精さんに手伝い札を渡して出来上がった刀は……私には見覚えのないもの。つまり、一期一振ではない。そして、光忠が目を見張った。
「つ……鶴さん……」
光忠の呟きを聞いた瞬間。
「伽羅! 織田組! 御物組! 三条ーーーーーー!!」
最早恒例である私の叫びである。初めて聞く佐登君は目を丸くしてた。佐登君は鍛刀や手入は見学のために一緒にいる。必要霊力は直接妖精さんに手渡しだから、佐登君のが混じるってこともないし、そもそも
私が叫んで数秒後、ドタドタと五月蝿い足音を立てて薬研(両肩に
「主、このめんばーということは、真っ白しろすけか!」
みか爺、何処でその呼び名覚えた。あれか、さにちゃんか。みか爺もねらーだったっけ。
「伽羅、君のおねだり、叶えたぞ!」
「べ、別に俺はおねだりなど……」
「カンストお祝い遅くなってごめんね!」
素直じゃない伽羅のツンはスルー。さて、顕現だ。びっくり爺じゃない。びっくり爺なんかじゃない。鶴丸国永は平安生まれの優美で冷静で、大人な刀剣。所有者を転々としたことから達観したところもあって、その分人を見る目も持ってる。そんな太刀。そんなイメージで以って太刀を捧げ持ち祈りを捧げる。
「よっ。鶴丸国永だ。俺みたいのが突然来て驚いたか?」
桜の花びらとともに現れたのは儚げな容姿の真っ白しろすけ──基、鶴丸国永。
「ええ、驚いた。そしてあなたが来るのを楽しみにしていたよ。私だけではなく、後ろにいる刀剣たちもね。よろしく、鶴丸国永。私が審神者の右近だ」
鶴丸国永の名乗りに応じる。これで契約が完了。
「待たせちまったのか。そりゃすまなかったな。……伽羅坊に光坊、三日月たち三条に……織田の刀、皇室関係か? 随分賑やかだなぁ」
からりと見た目に反した男らしい笑みを浮かべる鶴丸。聞いていたとおり、こいつも見た目詐欺だね。
「じゃあ、伽羅、鶴丸を部屋に案内してあげて。その間に編成組み直すよ、長谷部、みか爺」
新人来たから、阿津賀志山でのパワーレベリングに変更。その部隊編成しないとね。私たちが鍛刀部屋を出ると同時に伽羅が鶴丸を連れて自分たちの部屋のある西の対屋へと向かっていく。素直じゃない伽羅もちょっと桜が舞ってるから、喜んでるのバレバレ。
「光忠も一緒に行っていいんだよ?」
「僕はいいよ。鶴さんと一緒にいたのは伊達家じゃなくて織田でまだ僕が『燭台切』になる前だからね。伽羅ちゃんのほうが付き合いは長いし。それに主のことだから、同じ部隊に入れてくれるんでしょ」
「はは。ばれてーら」
「1年以上側にいるからね」
そんな会話を交わしながら、執務室へと移動する。途中の厨にいた歌仙にも来るように言って、ぞろぞろと行進。
「突然の大騒ぎでびっくりしたでしょ、佐登君」
「ええ、私が来てから鍛刀した刀は即保管庫行きでしたし。顕現を見たのも初めてでしたし」
そう言えばそうだったな。うちじゃ、あと5振(今日鶴丸国永来たからあと4振か)しか顕現予定ないし、全部いる刀剣しか鍛刀で来なかったからね。即連結用の保管庫行きだった。
「鶴丸国永は伽羅と光忠が待ってた刀剣でね。親戚筋の三条や
「おや、では俺のときにも叫んだのか?」
「みか爺は全く待ってなかったから叫んでない」
「なんと! つれない主であることよ」
みか爺は態とらしくよよよと泣き真似をする。まぁ、みか爺は別の意味で叫んだけど。
「主が叫ばれたのは、一期、蛍、博多、岩融、長曽祢でしたね」
当時を思い出したのか、長谷部が笑いながら言う。
「そうね。岩さんのときは長谷部が石さん担いで走ってきたよね」
「……そうでしたね」
今日も伽羅とこぎと岩さん担いでたし。力持ちだな、長谷部。
「先生、鍛刀運もドロップ運もないって、嘘でしょう。三日月宗近様も小狐丸様も博多藤四郎様も、源氏兄弟も虎徹兄弟も明石国行様もいらっしゃるのに……」
苦笑しつつ佐登君は言う。確かに佐登君が名前を挙げた刀剣は所謂『難民』といわれる審神者が多い刀剣だ。そこに一期一振や鶴丸国永も加わることもある。
「まぁ、確かに主はある意味強運ではあるんだ。鍛刀2振目は鍛刀しにくいといわれている厚だったしね。ただ、主が来てほしいと願う刀剣は中々ね。江雪左文字なんて着任4日目から願っているのに未だ来ないからねぇ」
当然ながら初日から私を見ている歌仙が私の心情を代弁してくれる。
「……江雪左文字……」
はた、と気付いたように光忠が呟く。
「主、ちょっと僕、抜けてもいいかな? 四半刻以内には戻るから」
「うん、いいよ」
光忠の突然の用事に思い当たるところはあるから、苦笑して許可すると、光忠は低機動ながらも踵を返して駆けていく。
「あれは途中で伽羅をぴっくあっぷして左文字部屋か」
口元を袖で隠して笑いながらみか爺。見れば歌仙も長谷部も苦笑してる。全員、判ってるんだな、光忠が何をしに行くか。
「あの、燭台切光忠様は何を?」
「ああ、気にしなくていいよ。ちょっとした恒例行事」
まぁ、自分が来たことじゃなくて関係者が来たことで頭を下げるのは初めてだろうけど。
「そういえばみか爺も同じことを今ちゃんにしたね」
「あれはなぁ……近侍も俺であったし。全く、空気の読めぬ愚弟だ」
こぎ、可哀想。この扱いがあったからか、当本丸のこぎは他の個体に比べると甘えん坊らしい。あの逞しい体で子犬だからなぁ、こぎ。
「さて、出陣の部隊編成変えるよ。取り敢えず、関係者遠征は貞ちゃん来てから伊達組で行く。織田組・三条・御物組は一緒に出陣ね」
執務室に入り、部隊編成のEXCELファイルを開いて、部隊編成の変更。
「佐登君、うちでは新人が来るとパワーレベリングするんだ。具体的には新人を部隊長にして、他はカンスト刀剣で阿津賀志山。短刀・脇差・打刀の場合は池田屋2階だね。そのほうが経験値効率いいから。この方針があるから、阿津賀志山と池田屋2階には検非違使を出さないようにしてる。今回の鶴丸国永は太刀だから、阿津賀志山に行く」
全員カンストの前は特がつくまでパワーレベリングして、その後は順番待ちしてたことも歌仙が説明してくれた。
「では主、編成が変更になったことを知らせてきます」
出来上がった編成表を持って、長谷部が立ち上がる。鶴丸国永が隊長なのは変わらないんだけど、織田組&伊達組(薬研・宗三・光忠・長谷部・伽羅)と三条、御物組(一期・ひぃ君とその家族で粟田口3振)で1時間ずつ出陣したあとは、延享組を除いて戦意の高いメンバーで組んだ。流石に延享組ばっかり出陣させると不満も出るからね。但し、極短刀3振は『錬度上げが必要』ってことで、組み込んでるけど。極男士の必要経験値、桁間違ってんじゃね!? ってくらい要るからなぁ。
そして、一日を終え。
「いやぁ、驚いたぞ。人の身を得たその日に一日中出陣とはな!」
「まさにパワーレベリングですね。1日で特付けとか……」
鶴爺(いつの間にかみか爺と今ちゃんがそう呼んでたから追従)は明るく笑い、佐登君は苦笑していたのだった。
なんだかんだで、研修も残り1週間となった。そんな日曜の昼下がり。執務室で佐登君と最終週について話をする。これまでの約3週間で必要なことは教えてきたつもりだ。戦場のこと、刀剣の能力のこと、戦い方や刀剣男士との付き合い方。佐登君自身も刀剣たちと様々な交流を持った。休日だって完全な休日ではなく『休日の過ごし方』という研修だ。そんな1ヶ月があと1週間で終わる。
「さて、研修もあと1週間で終わるけどどう? もう初期刀決めた?」
アイスコーヒーを飲みながら佐登君に尋ねる。因みに休日ではあるけれど、念のためにと薬研が近侍部屋に控えてくれている。佐登君がどうこうというわけではないけれど、何が起こるか判らないからと。
「最終決定ではありませんが、陸奥守吉行にしようと思ってます」
「へぇ、陸奥か。うん、佐登君には合うかな」
佐登君の答えにこれまでの様子を思い出す。初期刀組は最初の1週間ほぼ食事を佐登君の近くの席で取ったりして積極的にコミュニケーションを図っていた。
「歌仙兼定様や蜂須賀虎徹様から、『君は生真面目なところがあるから僕たちよりも息抜きをさせてくれる加州清光や陸奥守吉行のほうがいいのではないか?』とも言われましたし。この本丸の初期刀組の中では陸奥守吉行様が一番話しやすいので」
どうやら初期刀組は研修前に話したことを実行してくれていたようで、佐登君の
「そういえばよく陸奥と話してるね。でも切国とも同じくらい話してない?」
「してますね。でもその山姥切国広様から『俺が初期刀ではお前が落ち込んだときに一緒にどん底まで落ち込みそうだ。お前は主ほど楽天家じゃないからな』と」
何言ってんだ、切国。でも前半には同意。佐登君、真面目だから。
「別に楽天家じゃないんだけどなぁ。落ち込んでてもしゃーないって思うから、悲観的にならんようにしてるだけだし」
「まぁまぁ。それで加州清光と陸奥守吉行の二択だと、陸奥守だな、と。新撰組よりは坂本龍馬かなと」
私と似たような基準かな。私も最初は歌仙兼定と加州清光と陸奥守吉行で迷って、新撰組ってことで加州清光を最終候補に残したもんね。選択したのは逆だけど。
ただ、後になってから歌仙兼定にしてよかったとは思ったんだよね。蜂須賀虎徹・加州清光・陸奥守吉行はそれぞれの個刃的に複雑な関係の刀剣がいたから。まぁ、歌仙兼定も黒田家の刀剣に対しては思うところがないではないみたいだったけど、でも『黒田家オンリー』な刀ってそういないし、そこは大丈夫だったみたい。
「あー、陸奥が初期刀だと、運営初期は注意が必要かな。長曽祢虎徹以外の新撰組刀は初期に出易いからね。未だに新撰組刀は維新刀に若干の遺恨があるらしいって話は聞くし」
幸い、うちはそれで大きなトラブルになることはなかったけど、それは刀剣たち自身が折り合いをつけてくれたからだし。陸奥守吉行や加州清光が初期刀の本丸ではある程度本丸運営が軌道に乗るまで相手方の刀剣を顕現しないところもあるらしい。
「ここではなさそうですよね。何かしたんですか?」
佐登君の問いは尤もなものだろうけど、それについては参考になるかなぁ……。って、こんな会話以前にもしたな。薬研が極になって間もないころ。
「いや、放置。基本的に刀剣たちの持ってるネガティブな部分もコンプレックスも相互関係も、私は一切ノータッチだね。だって考えてもみてよ。彼らの関係とかコンプレックスって数百年単位のものだよ? そこに高々30年程度しか人生経験のない私に何が出来るよ」
「……言われてみればそうですね」
そう。相手は付喪神。一番若いといわれる兼さんでも、付喪神になってから300年は経ってるはず。10倍ですからね、生きた(?)時間。大体、彼らは見た目は人間と変わらないとはいえ、神様であり刀剣だ。人間と同じ考え方をするはずもない。神様には神様の論理、刀剣には刀剣の論理もあるだろうし。人間同士だって考え方は千差万別なんだから、ましてや人種どころか種族まで違うんだから、100%の相互理解は有り得ない。ならば、彼らのコンプレックスや相互関係には下手に触れないほうがいいってのが私の考え。
「それに、刀剣たちはちゃんと自分が『刀剣男士』になった意味を判ってる。何のために人の姿を得たのか、何のために集っているのか、何のために戦うのか。その一番大切なことを理解している限り問題はない。そして、個人的な考えだけど、そのコンプレックスも遺恨も全て彼らを『付喪神』に為さしめた想いだからね。否定しちゃいけないとも思ってる。私個人の考えだけど」
刀剣たちには様々な事情がある。志の道半ばで斃れた主のいる刀剣も少なくはない。中には歴史改変をしてでも嘗ての主を救いたいと願った刀だっているだろう。でも、それでも刀剣たちは人間の起こした愚かで傲慢な戦いに力を貸してくれている。そこにはきっと現代の人間である審神者以上の覚悟と想いがあるに違いない。何故自分が『刀剣男士』となったのか、それさえ己の中にあるのなら、それだけで充分なんだ。だから、どんな相互関係があろうとも確執があろうとも、どんなコンプレックスを抱えて面倒臭い性格をしていようと、そんなことは瑣末事でしかないのだ。
「それを初期刀の歌仙は理解してくれてる。実は顕現した日に沖田組と陸奥がちょっと揉めたらしいんだけどね。そこは歌仙が筆頭刀剣として収めてくれた。和睦カッコ物理だったらしいけど。後から
顕現した初日(陸奥とキヨが顕現した4日目)にちょっとばかり陸奥とキヨ、
「歌仙はキヨたちに言ったんだって。『遺恨を持つなとは言わない。自分だって黒田の刀には思うところがないわけではない。だが、今、僕は【細川の歌仙兼定】ではない。【審神者・右近の歌仙兼定】だ。君たちが何故ここにいるのか、その意味をよく考えたまえ』って。あー、だからか、余所に比べてうちのヤス君があんまり『沖田君』って言わないの」
そう、ヤス君に限らず、うちの刀剣は前の主のことをそれほど話さない。聞けば教えてくれるけど、彼らは前の主のことを『刀剣だった頃の以前の主のうちの1人』として話す。それはきっと、歌仙の『今は右近の刀である』という考えというか認識というか覚悟を他の刀剣たちも理解し、同じように思ってくれてるからなんだろう。
「歌仙兼定様は素晴らしい初期刀ですね」
佐登君がしみじみと呟く。そうだね。地元の殿様の刀だったから、ただそれだけの理由で選んだ歌仙兼定。けれど、その彼は今や私の最大の理解者で保護者で協力者で守護者だ。『僕は君の刀だよ』と言葉で、態度で示してくれる。
「うん、私には勿体無いくらい素晴らしい相棒だよ。私の目の届かないところや気付かないところを補ってくれる。歌仙がいなきゃ、私とっくに潰れてる」
どれだけ歌仙に助けられてるのか。歌仙がいなければ本丸はこんなにも円滑には運営できていなかったに違いない。歌仙が筆頭刀剣として本丸を統率してくれているからこそ、『戦績優秀な本丸』としてうちは評価されているんだと思う。勿論、そんな歌仙を認め協力してくれている他の全ての刀剣たちのおかげでもあるけれど。
「付喪神は人の想いによって力を得るもの。先生の歌仙様がご立派なのはそれだけ先生が歌仙様を大切に思っているからではないですか? この研修で先生がどれだけご自分の刀剣を大切にしているか、とてもよく判りました」
自分も己の刀剣を大事にしたい。そして信頼関係を築き戦いに臨みたい。そう佐登君は言った。
「佐登君ならきっと出来るよ。この3週間、確り考えて学んできてるもの。最後の一週間で研修の総まとめして、少しでも佐登君の審神者業務に、本丸運営に参考にほしい」
「ええ、ここで学んだことを自分なりに活かしていきます」
佐登君は笑顔で頷いた。
最後の一週間はうちの刀剣たちを佐登君が編成し、戦場を選択し、出陣の指揮を執った。部隊が帰還したら即反省会だったから、出陣数そのものは多くない。でも、それでいい。うちの刀剣たちは極男士を除いて全員カンストしてるし、検非違使戦や延享じゃなきゃ基本的に負傷しない。そんな部隊に慣れてしまったら、初期錬度から始まる本丸運営で無茶しかねないし。
「1ヶ月、大変お世話になりました」
1ヶ月前に比べると甘さの削げた表情で佐登君は刀剣たちと私に頭を下げた。今は全員で政府に繋がる大手門(ゲート)の前で佐登君を見送っているところ。
昨晩、佐登君の研修終了の慰労会をした。佐登君には言ってないけど研修所と担当官の丙之五さんには合格判定の研修報告書を提出してあるから、週明けには佐登君は自分の真新しい本丸に初期刀とともに着任することになる。だから、昨日の慰労会はこれから審神者になる佐登君の餞の会でもあった。
「次に会うのは演練かな? 佐登君がどんな本丸を作るのか楽しみにしてる。何かあったら直ぐに連絡してね。何かなくても元気ですよーって知らせてほしいな」
佐登君には連絡用のIDも教えてある。佐登君はまだ審神者IDないからこちらからは連絡できないけど。
「本丸を持ったらご連絡します。これからは先輩後輩としてよろしくお願いします」
深々と頭を下げ、佐登君は研修所へと帰っていた。
「主の初めてのお弟子は中々に好青年だったね」
佐登君を見送りしんみりしている私に歌仙が声をかけてきた。
「初期刀は儂にする言うとったな。儂ならあいつには合うじゃろ」
同位体が佐登君の初期刀となることが陸奥は嬉しそうだ。
「さて、明日はゆっくり休んで、週明けからまた通常業務だね。さー、佐登君に負けないようにバリバリ働くぞー」
「おいおい、大将。またおーばーわーくだけは勘弁してくれよ」
うーんと背伸びをして言う私に薬研が苦笑する。けど、佐登君がうちで学んだことを誇れるような先輩でありたいしね。これまでだって頑張ってはきてたけど、もっと頑張りたいなって思ったわけですよ。
「まぁ、ほどほどにね、主。歌仙君や薬研君に叱られず、短刀ちゃんたちが泣かない程度に」
「取り敢えず今日は今まで我慢してたゲームしまくる! 陸奥、獅子君、
「はい! ぬし様」
「おお! 狩りまくるぜー」
嬉しそうにこぎが返事をして、獅子君が早速部屋へと踵を返す。
「また、おんらいんげーむ三昧かい? 全く……」
呆れたように歌仙が苦笑するけど、止める気はないらしい。まぁ、これもある意味刀剣たちとのコミュニケーションだしね。20世紀で私がやってたのと同じMMO(復刻版)は本丸の殆どの刀剣たちがなんだかんだでプレイしてるからなー。
「大将、早く行こうぜ」
後藤に促されて、私も私室へと走る。そんな私たちを刀剣たちが苦笑して見送っていた。
無事研修も終わり、本丸は日常へと戻っていくのだった。