Episode:28 特殊任務:後進育成

 審神者になって1年と3ヶ月。前田まぁ君が極修行から戻ってきた次の週末にその依頼は唐突にやって来た。

『今月から研修所第2期生の研修が始まったんです。当然来月はその研修生の本丸実地研修となるんですよー』

 何気ない世間話を装いながら、担当官の丙之五へのごさんはいつもどおりのにへらーとした食えない笑みを浮かべている。

「へー。そうですか」

『なんですか、その棒読み。超棒読み』

「詳しく聞いた瞬間仕事が増える悪寒がしました」

『なんと! 右近様、超直感使えるんですか』

「何で今更カテキョ復活なんですか」

『復刻版一気読みしたんですよ。今週はノー残業週間なんで。定時に帰れるとか歴史保全省に来てから初めて!』

「私よりワーカホリックですよね? 人のこと言えないですよね?」

『右近様ほど仕事中毒じゃないですよ。もうね、こんのすけと歌仙様と薬研様から、「うちに催事告知メール送ってくるな。主が強行進軍計画立てるから! 主の睡眠時間がまた一刻になってしまう」って文句来ますから』

「所持数上限来たから、そんなに無茶してないんですけどね」

『右近様この15ヶ月のうちに何回倒れてます? 寝不足とか疲労とかで』

「一回だけですよ?」

『未遂が4回ありますよね? 私の目は誤魔化せませんよ。歌仙様からお叱り首を差し出せメール来るんですからね! あの燭台切様がお優しい言葉でチクチク嫌味な電話かけてくるんですからね!』

「何やってんの、歌仙! 何やってんの光忠!! ほんと、ごめんなさい、丙之五さん」

『愛されてますよね、右近様。倒れる寸前だった先月はメールボックスパンクするんじゃないかって勢いで三日月様と髭切様がメールしてきましたよ!!』

「だからなんでアンタ、うちの刀剣にメールアドレス教えてんの? っていうか、みか爺と髭爺とは意外だな!?」

『流石のおじいちゃんたちです。一文字ずつのメールでした。呪いかと思いましたよ! あとから今剣様と膝丸様が事情説明という名のフォローメールくださいましたけど! 一言嫌味付きで!』

「うちの刀剣がご迷惑をおかけしました。スライディング土下座の勢いでお詫び申し上げますー!」

『今後、超気をつけてください!』

「了解です!!」

 ぽんぽんとキャッチボールどころか、ほぼスカッシュ並の勢いで会話が展開する。あと何ラリーすれば話を逸らせるかな。無理だよね、丙之五さん相手じゃ。

『で、右近様、本題ですがね』

 ほら、やっぱり流されてくれない。

『来月からの実地研修で研修生を1人、受け入れていただきたいんですよ』

 やっぱりその話か。でもさ、私、まだ審神者2年目だよ? 早くない?

「審神者2年目、漸く新人から脱したばかりの中堅ともいえない私に、新人教育しろっていうんですか?」

『審神者暦3年以上の優良審神者様だけじゃ回らないんです。なんせ200人ですから、研修先も不足しちゃうんですよ』

 2210年度末現在の審神者総数が1990人、うち優良審神者と呼ばれるランクSSとランクSが約1割で200人未満。なんと前回は神薦と寺社薦の黎明期審神者様方が一度に複数の研修生を受け容れてくださって何とかなったという状態だったらしい。でも流石に一度に複数受け容れは先方の本丸にも負担が大きかったらしくて、今回は1本丸につき研修生1人となったそうだ。で、私にも依頼が来たというわけ。

『右近様、前年度の戦績トップ50に入ってるじゃないですか。2年目とはいえ、大丈夫ですよ! それに前職教師でしょう。教育はお手の物ですよね』

「教師じゃなくて塾講師です。しかも対面じゃなくて通信講座ですよ」

 まぁ、高校の教員免許も持ってるし、教育実習にも行った。通信制の塾とはいえ、年に3回は対面式の講習会もあった。それに一応前職では課の主任だったし、新人教育もしていた。まぁ、新人教育できるか出来ないかで言えば、多分出来る。因みに前職の会社は主任と副主任までは名ばかりの役職で、役職手当は僅かにつくものの基本給は変わらなかった。うん、ブラック!

「本丸に私以外の人間が長期滞在するわけですよね。これは私の一存では決められませんからね。刀剣たちと相談してから返事するってことでいいですか?」

『はい、それでOKです。因みに研修生受け入れ本丸になると、いくつか報酬と特典と任務免除があります。詳細はメールしておくんで、それも踏まえてご相談くださいね』

 肩の荷が下りたかのようにホッとした表情で丙之五さんが言う。

『本当は2年目の右近様にこんな負担をお願いしたくはないんですけど……背に腹は変えられません。どうかよろしくご検討ください』

 画面の向こうで深々と頭を下げる丙之五さん。うん、これは受け入れる前提での話し合いになっちゃいそうだな。

 とはいえ、一気に全員に知らせるのも混乱しそうだ。ってことで、本日の祐筆と近侍には一旦退席してもらって、歌仙を呼ぶ。こういうときの報連相の相手はやっぱり初期刀。

「──ってことで、研修生の受け入れ要請があったんだよね。歌仙はどう思う?」

 丙之五さんから来た詳細情報のメールをプリントアウトして、それを見せながら言う。

「本丸に主以外の人間が滞在するのか……。今までになかったことだから判断が出来ないね。それよりも、そのような重大なお役目を主が任されたことのほうが重要だ」

 歌仙はそう言って受け入れに納得してくれた。うん、実は反対されるとか思ってなかったんだよねー。何しろ歌仙はじめうちの刀剣たちって私が『御上から認められる』って思えることには超積極的だし。この研修生受け入れ任務だって、『我が本丸が有能だと認められたからこそのお勤め』と認識してるみたい。まぁ、間違ってはいないんだけど。だから、私がオーバーワークにならない限りは結構積極的に任務受け入れをしてくれる。特にこの研修生受け入れは通常の戦闘任務が幾分か免除されることもあって、特に反対する理由はないらしい。

「んじゃ、今夜のミーティングで全員に周知しますか」

 歌仙もOKしてるから、多分他の刀剣からも承諾は得られるだろう。






 午後9時、いつもなら代表者と執務室でミーティングなんだけど、今日は大広間で全体会議。因みに代表者会議の場合、その日の近侍、祐筆課代表の歌仙、戦況分析課代表の長谷部、第1部隊隊長の鳴狐なき君、第2部隊隊長の明石、第3部隊隊長の蜻蛉切とんさん(槍代表兼任)、第4部隊隊長の蜂須賀、検非違使対策部隊隊長の長曽祢そねさん、夜戦部隊隊長の厚、本丸警備隊長の岩融がんさん(薙刀代表兼任)、短刀代表の薬研、脇差代表の青江、打刀代表の兼さん、太刀代表のみか爺、大太刀代表の太郎たろさんというメンバー。実際の部隊とは若干異なることもあるんだけど(実際、現在は第一部隊は延享シフトなんで鳴君いないし)、特殊な場合を除いてのベース部隊を決めてるんで、軍議メンバーはこうなってる。

 全員が集まったところで、歌仙と薬研とまぁ君がプリント配布。これは歌仙にも見せたメールのプリントアウト。

「イレギュラーな全体軍議を召集したのは、皆に相談したいことがあったから。今日、担当官の丙之五氏から特別任務についての打診があった。それが見習い研修生の受け入れについて」

 全員にプリントが行き渡ったところで話を始める。プリントに書かれてるのは研修生を受け入れた場合の報酬と任務免除について。戦闘任務は通常の5~7割に減り、報酬はいくらかの資源と手伝い札。手伝い札は有り難いけど、どうせなら修行セットが良かったな。

「実は今年から審神者候補になってから実際に本丸に着任するまでの流れが変わってるんだ。私のときは辞令を受け取った翌日には本丸に着任して、そこから初期刀の歌仙と2人で運営を始めた。でも、今年の4月から審神者研修所が出来て、まず任命前に1ヶ月の研修がある。更にその後、既存の運営している本丸で住み込みでの実地研修が1ヶ月行なわれて、審神者になれるかどうかが判定されて、それに合格して漸く審神者に任命されるようになった」

 私たちのときみたいに何も判ってない状態からいきなり実践! じゃなくなってるんだよね。うん、『職場』としてはそれが正しい姿だよね! 事前の基本研修もオンO・ザ・ジョブJトレーニングTもなしって普通は有り得ないから。

「既にこの研修所第一期生は先月から本丸に着任して実際に審神者業務に就いてる。で、今、2期生が研修所で研修中。来月にはその研修生が本丸での実地研修に入る。ここまではいい?」

 全体を見渡してちゃんと理解してるか確認。うん、普段やる気のない態度の明石も、のほほーんなダブル爺も大丈夫。内政には興味なさげな同田貫や御手杵もちゃんと聞いてるな。

「この来月1ヶ月の研修生受け入れを丙之五氏に打診された。ただ、これは1ヶ月研修生が本丸に滞在することになるから、私の一存では決めることが出来ないし返事は保留している。本丸に私以外の人間が1ヶ月滞在することになるからね。私はともかくとして、皆にどんな影響があるかは判らない。まぁ、前回の実地研修で特に不具合とかは報告されなかったみたいだけど、やっぱり、全くの『他人』がいる違和感はどの本丸でも感じていたみたい。あと、人見知り傾向にある刀剣がちょっと過ごしにくかったみたい」

 切国とか宗三とか伽羅とかがちょっと難色示すかなーという懸念はある。実際前回研修生を受け入れた本丸ではこの3振がストレス溜めてたって報告もあるみたいだし。

「そこまで踏まえた上で、この研修生受け入れについて皆に意見を聞きたい。質問でもいいよ」

 私自身は既に受け入れるつもりではいるけど、『面倒臭い』以外での受け入れ拒否を示す刀剣がいたら、考え直すつもりもある。後進育成も重要ではあるけれど、今現在最前線で戦ってくれてる刀剣たちの環境を良くすることがもっと大事だからね。

「質問をよろしいでしょうか、主」

 すっと手を上げたのは長谷部。大抵こういう会議のときには真っ先に長谷部が何らかの発言をして、他の刀剣が発言しやすい環境を作ってくれる。流石長谷部。

「何?」

「1ヶ月の受け入れとなりますが、その間主のご負担はどれほど増えるのでしょうか。それによって我らの考えも変わってきます」

 うん、流石に『主命厨』といわれる長谷部。まずそこに行くか。

「そこまで大きな負担は増えないと思う。実務研修は『本丸の日常』を体験させることが目的だからね。丙之五氏からは出来るだけ普段どおりの運営を行なってほしいと言われてる。ただ、研修生に解説したり質疑応答したりで若干戦闘回数が減るってことはある」

 そのため、戦闘回数に関する任務は軽減されることになってる。尤もうちに限らず研修先指定されてる本丸はノルマの5~10倍の戦闘数を日常的にこなしてるから、『ノルマ』自体に変化はないんだけどね。寧ろこの機会に『もうちょっとゆったり運営してもいいんですよ! っていうかワーカホリックなんとかして!!』ってことらしい。でも、ランクSSやSの本丸の戦闘数減ったら、戦線維持大丈夫なのか?

 戦闘数が減ることはあるといった瞬間、殆どの刀剣が『げっ』と嫌な顔した。うんうん、皆もっと戦いたいんだね。今は延享攻略してるから出撃メンバー限られてるもんなぁ。貞ちゃんさえ来てくれれば、武家の記憶や池田屋の記憶中心に出撃して、全員満遍なく3日に1回は出撃できるようにしたいとは思ってる。

「あ、因みに研修生受け入れた場合、全部の戦場を見せる意味も含めて、出陣メンバーは都度入れ替えするつもり。最低限、全戦場に全員1回ずつは出陣してもらうから」

 流石に太刀や大太刀・槍・薙刀を維新の記憶には出さないけどね。維新の記憶攻略するときにはこの4刀種は基本来てないはずだから。でも、それ以外の戦場は全刀種出そうと思ってる。池田屋の夜戦・室内戦もデメリットを教える意味で出すつもりだし。

 それを聞いた途端、全員表情が明るくなる。判りやすいな、おい。まぁ、うちには全刀剣いるわけじゃないけど、少なくとも招きやすい刀剣は全員いるし、各刀剣の戦いを見せるって意味でも全員複数回出撃してもらうから、2~3日に1回は出陣できるはず。

「じゃあ、主、僕から」

 今度は光忠が挙手。これは『オカン』視点からの質問かな? 頷いて発言を許可すれば、すっと立ち上がって光忠が言葉を続ける。

「研修生は何処に寝泊りするの? 食事とか、掃除とか洗濯とかはどうすればいいのかな。部屋を整えたりしないといけないよね。今空いてるのは東の対屋と西の対屋だけど、周りは刀剣に囲まれてるから過ごしにくいかもしれないし」

 やっぱりオカンでした。家事面での本丸運営は光忠が中心で仕切ってるからなぁ。つーか、これ、受け入れる前提での話だよね。

「研修生受け入れ本丸には政府が無料で離れを増築してくれるから、そこに宿泊してもらう。食事は同じものを一緒に取るけど、掃除と洗濯は自分でやってもらうことになるね」

 なんでも本丸内にその本丸の主以外の霊力があるのは本丸機能に影響が少なからずあるらしく、本来は望ましいことじゃないそうだ。なので、研修生は少なくとも本殿(鍛錬所・手入部屋がある場所)に住まわせるのはNGで、刀剣男士と同じ棟というのもNG。というわけで離れの別棟に宿泊させることが推奨されている。んで、政府の都合で研修生を受け入れるのに、別棟建設費用が審神者や本丸負担というのは可笑しいだろうということで、研修生受け入れ本丸については別棟(デフォルトの1LDK)を政府が費用を負担して建ててくれる。その後改築する場合は審神者の負担だけどね。序でにいえば、審神者以外の霊力があるのが望ましくないという同じ理由から、研修生には霊力封じのまじないもかけられるそうだ。

「光忠の質問って、研修生受け入れる前提の質問だったけど、他の皆はどうなの? 受け入れに反対の人は遠慮なく挙手して」

 それ以上の質問もなさそうだったんで、多数決を取ることにする。うん、挙手なし。

「研修生受け入れるってことでいいんだね?」

 念のために聞くと皆頷いてた。よし、じゃあ受け入れっと。歌仙に目配せすると、歌仙は頷いてまた薬研と前田まぁ君と一緒にプリントを配布する。

「じゃあ、続いて研修生受け入れ準備についてね。事前に準備するのは大きく分けて2つ。1つは研修生用のマニュアル……手引書を作ること。もう1つが研修の内容を決めること。内容については祐筆課と戦況分析課、あとそこに入ってない初期刀組で組むから」

 祐筆課は歌仙、薬研、まぁ君、鳴君、ばみ君、国君、光忠、太郎さん、一期の9振。戦況分析課は長谷部、厚、青江、兼さん、みか爺、髭爺、膝丸の7振。そこに初期刀組である清光キヨ、切国、陸奥、蜂須賀の4振で計画を立てる。

「マニュアル作りは基本、私が内容を決めて原稿を作る。但し、全部を私がやると時間かかりすぎるんで、戦場や刀種の特徴については長谷部、マニュアルの製本や装丁、レイアウトなんかはキヨと乱ちゃんに手伝ってもらうつもり」

 全部が全部私じゃ、無理! なので、戦場の様子についてとか、各刀種ごと(各刀剣ごと)の得意不得意とか細かい情報については長谷部を中心にまとめてもらって、それを『本』という体裁に整えるのはキヨと乱ちゃんにお任せ。

「主命とあらば」

「任せて!」

「デコっちゃうよ~」

 指名された3振は任命されたことが嬉しいらしくてニコニコ顔で返事をしてくれた。

「主、僕から提案がある。明日からの出陣は15時までにしないか? 15時から18時までの3時間は受け入れ準備に当てよう」

 これでミーティングを締めて解散しようとしたところで、これまで黙ってた歌仙が口を開いて、提案をしてきた。

「正直なところ、主も僕たちも初めてのことだから、準備にどれだけの時間がかかるか判らない。通常通りの業務を行なって、空いた時間に作業をするとなると、出陣が殆どない僕や長谷部、乱やキヨは問題ないが、一期や光忠、みか爺、髭爺、太郎、そして何より主の負担は大きい。土曜や日曜に準備をするのでは休日がなくなってしまう」

 あー……確かにそうか。まぁ、睡眠時間削れば……

「主のことだから、睡眠時間を削ってでも、と思っているんだろうが、それを僕らが許すとでも? 体調管理課の短刀たちだって黙ってないよ」

 お見通しでした、流石初期刀。そして、体調管理課という名の短刀たち(全員)がうるっとした目で見つめてくる。『主君(主様)無理しないで』って。やっべぇ。薬研に厚に後藤のアニキ軍団までうるっとした目しやがってる。いつの間にそんな技身に着けたんだ、君たち。

「それに、あと半月しかないんだ。もし準備が間に合わなかったらどうするんだい? なに、準備が終わったら通常に戻せばいいんだ。それで構わないだろう?」

 構わないだろうって疑問系で言いながら、それってほぼ強制ですよねー。うん、でも、3時間も出陣時間減らしたらさ、不満とか出るでしょ……。

「いーんじゃねーの? 3時間減ればその分延享部隊の手入もなくなるんだ。資源も手伝い札も節約になるだろ」

 まさかの戦闘狂タヌキの賛成!! まぁ、今同田貫、出陣がないからねー。延享部隊は11振だから、残り36振は遠征だもんねー。戦闘減っても関係ないよねー。

「皆がそれでいいなら、そうする。どう?」

 タヌキが賛成してる時点で反対はいなさそうだけど、と御手杵ぎね君を見ても、にっこり笑って頷かれた。

「じゃあ、準備完了までは15時から18時は研修準備の時間にする。準備が整ったら通常に戻すね」

 ま、初めてのことで何があるか判らないし、早めに準備するに越したことはないよね。

 執務室に戻った私は、担当官丙之五さんに『研修生受け入れ了承』のメールを送った。すると、5分も経たずに返信。ちょっと待て。今、午後11時過ぎ。まだ残業してたのか、丙之五さん!! あんた、私のこと言えない仕事中毒だからね!!






 早速翌日から、研修スケジュール作りに着手した。出陣を終えてから、執務室に20振プラス私の21人で集まってあーでもないこーでもないと意見を交し合う。うん、21人(しかもガタイのいい男性体が多い)いても狭く感じない執務室ってイイネ。

「取り敢えず、戦場に出れてないメンバーの鬱憤晴らしも兼ねて、極短刀3人は池田屋の記憶まで出陣停止、他の延享部隊は阿津賀志山1回の他は延享まで出陣停止で行こう。あ、デメリット確認の夜戦・室内戦には太刀・大太刀・槍・薙刀は全員1回ずつ行ってもらうから、そこでも出番はあるけどね」

 これまで出た意見をまとめて言うと、特に反対はなかった。まぁ、皆うずうずしてたしねぇ。いくら擬似戦場の道場で鍛錬できるとは言っても、やっぱり『擬似』でしかないもんね。それに出陣停止は1週間もないだろうから、そこまで現延享部隊も不満はないらしい。因みに延享部隊でここにいないのは蛍君と次郎じろちゃんだけ。

 各戦場ごとに出陣する刀種を設定して、それを基に戦況分析課が隊員編成の草案を出す。私はそれをチェックして修正し確定となる、ということを決めて、この話は終了。

 それから、マニュアルに入れる内容についても話し合って、各刀剣男士の性格とか好みとか趣味とか、そう言ったことも『個体差はあるから、必ずしも全個体共通ではない』って注意書きをした上で載せることにした。これは刀剣側からの提案。1ヶ月の間にうちの刀剣たちと交流することでおおよその性格とか把握できるだろうけど、一応ってことで。提案した初期刀組が中心に取材して草稿作ってくれることになった。なお、うちにはいない刀剣男士については既にいる知り合い審神者のところとか、旧知の刀剣たちが『こんな感じ』という軽い紹介文を作成するらしい。

「それと、研修中は基本的に近侍は初期刀組中心に回す。祐筆も短刀・脇差・打刀中心で行く。どちらも本丸運営初期に来易いメンバーってことでね。特に初期刀は研修生が自分の初期刀選ぶときの参考になるはずだから、各々自分アピールしちゃいな。あと、研修生の性格とか見て、『同位体自分が合うかどうか』も見てアドバイスしてあげて」

 幸い私は自分にぴったりの初期刀だったと思う。ずぼらなところもある私だから、キヨだと私のこと甘やかしちゃうだろうし、陸奥もその傾向がありそう。厳しいところのある歌仙・蜂須賀あたりじゃないと、だらしない生活しそうだしね。切国は甘やかしもしないし特に厳しくもないだろうけど、放置されそう。まぁ、初期刀とそうでない個体は同位体でも若干違ってるらしいけど。

「了解。主の初めてのお弟子さんになるわけだし、俺たちにお任せ!」

 にこーっと笑ってキヨが言う。うんうん、うちのキヨは今日も素直で可愛い。

 けど、そっかー。『弟子』か。ある意味そうなるのか。間違いではないな。責任重大だぁ。






 そして、受け入れ決定から約10日。研修期間中の大まかな流れと部隊編成を終え、光忠・国君・同田貫といった本丸家事運営担当が中心になって離れ(受け入れ了承した2日後には北西の対屋の裏に出来てた)を整えて物理的な受け入れ準備も整えてくれた。

 マニュアルも私や長谷部他数名の作った草稿を基に、キヨと乱ちゃんがワード使ってきれいにレイアウトされたものを作成。ところどころ綺麗な風景や植物のイラスト(水彩画風)があったり、デフォルメされた刀剣男士の3頭身キャラのイラストが入ってた。なんと、水彩画風のイラストは山伏ぶしさんが、SD男士イラストは宗三が描いたらしい。意外な特技あったんだね、2振とも! 思わず興奮して左近先輩にスカイプしたら、あっちの宗三がぽかーんとしてた。これ、うちの宗三限定の特技だったのか。(因みに伏さんはあっちの本丸でも描いてたらしい)

 表紙の装丁は男性でも女性でも、若くてもそうでなくても対応可能なように、割とシンプルで、でも品のいい感じに仕上がってる。

 刀剣男士の紹介ページはそれぞれがカッコつけたポーズ決めておすまし顔。撮影は本丸3大カメラマンのうち、キャライラストを担当した宗三を除く一期と明石の2振。刀剣男士名は見事な毛筆で、これはみか爺たち三条と獅子君の平安刀が書いたらしい。しかもそれぞれの刀剣男士のキャッチコピーのようなものまで着いていて、それを考えたのはまぁ、納得の陸奥と意外性のとんさん・杵君だった。

 完成した研修生用のマニュアルは一応確認のために丙之五さんにも見せたんだけど、問題なくOKが出た。っていうか、結構大笑いされた。キャッチコピーとか宗三画とか。『面白いです! 一部ください!』って言われたから、改めて一部送った(提出した分は審神者部教育課で参考資料として保管されるんだそうだ)。

 そして、本日、7月29日(月)。研修生受け入れ3日前。研修生との顔合わせということで、久しぶりに23世紀の『現世』へとやって来た。歴史保全省の敷地内にある研修所に赴くためだ。因みに研修所の正式名称は『特別保守指揮官養成所』らしい。テロ対策のために審神者とか歴史改変とかの名称は使わないそうだ。

 現世にやって来るってことで、一応安全のために護衛の刀剣男士も同行してる。こういうときは初期刀かなとも思ったんだけど、実質初期刀は本丸のナンバー2。トップの私とナンバー2の歌仙が同時に不在なのは運営上好ましくないと思ったんで、懐刀の薬研と2番目に来た打刀である鳴君が護衛についてくれてる。まぁ、極男士の薬研だけでもいいんじゃないかなとは思ったんだけどねー。っていうか、歴史保全省の敷地内からは出ないんだから護衛いるのかな。テロ対策は全ての官公庁の中で一番厳しいところのはずなんだけど。

 研修所は何処かの単科大学程度には広い敷地を持ち、煉瓦造りの瀟洒な建物だった。旧帝国大学っていっても通る外観。確かに『国立』の学校ではあるか。

 歴史保全省のゲートを潜ったときから同行してくれてる丙之五さん、そこで合流した左近さんと3人の先輩審神者さん。全員丙之五さんが担当している審神者で、同時代出身だった。50代と思しきオジサマの喜撰さん、恐らく古希を超えていそうなおばあさまの大輔おおすけさん、20代半ばくらいに見えるチャラ男っぽい猿丸さん。左近先輩や私を含め、全員が前年度の戦績上位50位内に入っていて、研修生を受け入れるのだそうだ。この中では私が最も新人ということで皆さん気遣ってくれた。審神者って好い人しかいないのかって思うくらい、好い方ばかり。連絡先も交換したから、これから少しは審神者交流も広がるかな。因みにこれまでに演練で会った審神者で連絡先交換してるのは左近先輩しかいなかったから、一気に4倍(笑)。連絡先交換する私たちを薬研も鳴君も微笑ましげに見てた。完全に保護者です。

「よろしゅうございましたなぁ、主殿! これで主殿の引きこもりも解消されましょう!!」

 なに人聞き悪いこと言ってるのかな、きぃちゃん!?

「きぃ、主は引きこもりじゃない。出不精なだけ」

「叔父貴、それもあんま聞こえはよくねぇぞ」

 鳴君の突っ込みに更に薬研が突っ込む。

「やっぱお前んとこの鳴狐って亜種だろ」

 更にうちの鳴君が普通にお喋りし、しかもツッコミいれたことに左近さんが突っ込みを入れ、場はとっても和やかになってた。

「さて、では見習い候補の研修生との顔合わせをいたしましょうか」

 そう。今日は顔合わせのためにこうして現世に来ているのだ。どんな研修生なんだろう。楽しみでもあり、不安でもある。

 それは刀剣たちにも共通だったようで薬研と鳴君も表情を引き締めた。いや、主である私を守るという役目も持つ彼らは、私よりもずっと厳しい態度でこの面談に臨んでいたのだけれど、そのとき私はそれに気付かなかった。