Episode:27 極男士!

 薬研の極実装が発表されると同時に政府から修行道具が1つ、配布された。足りねぇよ! 極実装済み男士は全部で10振いるのに! あと8つ!! あと8つ頂戴!! 万屋で売って!!

 配布された翌日、薬研が少しばかり怖々おずおずとした様子で執務室にやって来た。薬研にしては珍しい態度だ。

「大将、ちょっと頼みがあるんだが」

 そうして薬研は修行に出たいと申し出てきた。

「現状最後に修行の許しが出た俺っちが、先に行くのもどうかと思ったんだけどな。皆が初鍛刀の俺が行くべきだって譲ってくれたんだ」

 元々粟田口内では薬研が次に修行に出ることは確定していたという。でも、短刀は粟田口だけじゃない。今剣いまちゃん、愛染あい君、小夜ちゃんもいる。特に彼ら3振は戦に積極的な刀剣だから、修行を楽しみにしていた。でも、その彼らも薬研から行くべきだと勧めたのだそうだ。

『はつたんとうである薬研がいかなくてどうするのですか!』

『そうだぜ! まずは薬研からだろ! 薬研が主さんの懐刀なんだからな!』

『薬研から行くべきだと思う』

 そうして、彼らは薬研の背中を押した。序でに、彼らは私のところにもそれを言いに来ていた。

『薬研はへんなところでえんりょしぃです。ぼくたちにすまないっておもってます』

『だからさー、主さん。薬研が3日経っても修行言い出さなかったら、主さんから勧めてくれよ』

『お願い、主』

 こてんと首を傾げておねだりしてきた小夜ちゃん、マジ、大天使サヨエル。いや、今ちゃんも愛君も天使なんだけどね!

 仲間たちの思いを受けて、薬研は胸を張って修行に出た。

「彼にだって、世の風雅を愛でる時間が必要なのだろう?」

 見送った歌仙は何処か感慨深げだった。まぁ、初期刀と初鍛刀は相棒のような関係だからね。歌仙も色々と思うところがあるんだろう。特に薬研は短刀の中では大人びているし、他の短刀たちに比べて自分の気持ちを我慢することが多い子だから。

 でもさ、歌仙。『雅なことは判らん』と常日頃言ってる薬研に、その見送りの言葉はなんなんだ。

 因みに刀剣たちは今後のことも考えて自分たちで修行に出る順番を決めたらしい。次に出るのは前田まぁ君。それから愛君、乱ちゃん、五虎ちゃん、平野ひぃ君、今ちゃん、小夜ちゃん、秋田あき君という順番らしい。本丸に来た順番だね。他の刀種も同様で、脇差なら骨喰ばみ君、国広くに君、青江、鯰尾ずお、打刀は歌仙、鳴狐なき君、切国、宗三、安定やす君、陸奥、清光キヨ、兼さん、同田貫、蜂須賀、長谷部、伽羅。太刀は光忠、山伏ぶしさん、獅子君、一期、みか爺、小狐丸こぎ、大太刀は太郎たろさん、石切丸いしさん、蛍君、次郎じろちゃん、槍は蜻蛉切とんさん、御手杵ぎね君。

 恐らく極実装は刀種毎で、次は脇差なんじゃないかと予想。もしかしたら初期刀ファイブで先にそっちが実装される可能性も無きにしも非ずだけど。それに多分、初期実装42振の極実装完了まで長曽祢そねさん・浦島うら君以降の後発実装組は極化しないんじゃないかなーとも思ってる。刀剣たちもそう考えてるっぽい。

 うん、確実に修行道具が足りません。政府主催のイベントに積極的じゃなかったから、自業自得な部分はあるけど、仮に積極的に参加しててもやっぱり足りない。だから、お願い、お役人さん! 万屋で売って!!

 ってことで毎日の日報、週報、月報に要望として書いてます。『万屋で修行道具販売熱望』って。






 薬研の修行先はなんと織田信長のところだった。厚もそうだったんだけど、毎日薬研から手紙が届く。厚は黒田如水のところだったから、刀剣男士のトラウマになりそうなところには行かせないのかなって思ってたんだよね。豊臣秀次のところじゃなくてマジよかったーって思ったもの。

 でも、薬研はよりによって織田信長!! 『吉光の短刀は主の腹を切らない』という伝承の元になった薬研。その薬研をなんで織田信長のところに行かせるかな!? 薬研は信長の腹を切ったともいわれてて、それって自分の存在意義を否定したような出来事だよね? おまけに薬研がそこで焼失してる可能性も大なところじゃんか!

 いや、うん、政府の闇を感じてはいたんだよ。さにちゃん情報だと、今ちゃんは源義経と会うらしいし、秋君も蟄居させられた秋田実季のところにも行くらしいし。なんで一部の刀剣に対して傷を抉るようなところを選ぶんだよ。刀剣を闇落ちさせたいのかと疑ってしまう。

 とはいえ、うちの薬研は取り敢えず傷を抉られたりすることはなかったみたいだった。届く手紙は冷静な彼らしいもので、最後に届いた手紙からも闇は感じなかった。本能寺へ向かう信長を見送ったときのことだったけれど。

 【大将へ

 天正10年5月29日。

 俺は京に向かう信長さんの背を見送る。

 今の俺も、信長さんが持ち歩いているこの当時の俺も、運命を変えることはできない。

 もしこのとき俺に逸話のような不思議な力があれば、信長さんは自害して果てることはなかったのだろうかね。

 まあ、考えても仕方ないことだな。

 残るのは、織田信長が俺を持ち歩き、それでも腹を切る羽目になった、という結果だけだ。

 だが、今の俺は持ち歩かれるだけの守り刀じゃない。

 こうして自分で動けるなら、やりようはいくらでもあるよな。

 そろそろ帰る。俺は、今の俺にしかできないことをやるだけだ。】

 力強い筆致の文を見て、取り敢えず、薬研が帰ってきたら思いっきり抱きしめようと心に誓った。






 そして、薬研が修行に出て5日目。

「生まれ変わった気分だ。なんつーか人助けしてみたい気分? 改めて、よろしく頼むぜ大将」

 帰ってきた薬研は随分美人度が上がっていた。そして、外見と中身のギャップが更に広がっていた。元々儚げ系美少年で超男前というギャップがあったんだけど、嫋やかな果敢なげ系美少年で中身超絶漢前になってた。それに更に大人っぽくなってた。厚も大人びたなぁとは思ったんだけどね。

「お帰り薬研!!」

 昨日心に誓っていたように、帰ってきた薬研を思いっきり抱きしめる。やっぱり、薬研は初鍛刀で懐刀だから、側にいなかったのがなんか違和感あったんだよね。

「ただいま、大将」

 そして、薬研も珍しく抱きしめ返してくる。まぁ、そもそも薬研を抱きしめることのほうが珍しいんだけど。

「あー、なんか、ほっとするな。意外と寂しかったみたいだぜ、俺っちも」

 薬研がそんなことを言う。

「大将に召喚ばれてから初めてだったからな、4日も側を離れたのは。それにここのところ、ずっと依代俺っちが懐に入ってたから余計に」

 そうなのだ。実はここ暫く出陣しないとき、薬研の依代が私の懐に入ってた。洋服なんで服によっては正確に言えば懐じゃないこともあるんだけどね。理由は『薬研藤四郎』の極化が決まらず、薬研が若干苛ついてたから。そうすると安心するみたいだったから、そうしてた。

 因みに余所では本体というところもあるそうだけど、うちでは本体=肉の器、刀剣は飽くまでも依り代という扱いになっている。それに対して特に刀剣から異議も出ないし、それでいいかなって思って。あ、でも、手入するのは刀剣のほうだからやっぱり刀剣が本体なんだろうか?

 更に因みに、薬研の依代が私の懐に入ってたことを知ってるのは、祐筆課大人組だけ。つまり、歌仙と光忠と一期と鳴君と太郎さん。そもそも薬研を懐に入れてほしいって言ってきたのが弟と甥っ子を心配した一期と鳴君だったし。歌仙と光忠と太郎さんも若干不安定になってる薬研を心配して賛成してくれたから。

 これって贔屓かなぁと思わないでもなかったけど、ごめん! 全刀剣男士完全平等とはいかないわ。やっぱりどうしても歌仙と薬研は特別だわ。

 勿論、2振に限らず、要望があったり必要だなって思ったら他の刀剣も懐に入れるし腰に差すし佩刀するけどね。

「さて、頼りになる懐刀も強くなって帰ってきたことだし、光忠と伽羅のためにも貞ちゃん探しに行きますか」

「そうだな! 光忠の旦那、随分待ってたからなぁ」

 頼もしい笑みを浮かべて薬研が応じてくれる。

「取り敢えず、明日、薬研はMAXまで錬結しまくるから。んで、延享に行こう。でもそれは明日から。まずは皆に顔を見せておいで。一期も鳴君もばみ君もずおも心配してたから」

 勿論、弟たちもね。それに薬研の修行先が織田だと知った織田組も心配してた。特にツンデレな宗三。

「信長さんのところだったからなぁ。宗三が気にしてたか」

 本能寺の変のときには宗三もその場にいたというし、恐らく宗三は薬研が焼けたところも記憶してるんだろうと思う。小夜ちゃんの次に薬研のことを気にかけてる様子が時々垣間見える。尤も宗三も素直じゃないし、薬研の普段の男前っぷりを知ってるから、それを表に出すことは殆どないんだけど。でも、薬研の修行先が織田だと知ってからは毎日私のところに来ては薬研の様子を知りたがってたからなぁ。あれ、宗三って粟田口だっけ? と思うくらいには一期とシンクロするかのごとく『お兄ちゃん』してた。

「兄弟たちのところに行ってから、宗三と長谷部と光忠の旦那のところにも顔を出しておくとするか」

 苦笑しつつ、何処か嬉しげな表情をして、薬研は執務室を出て行った。

「以前にも増して随分頼り甲斐が増したね」

 実は執務室にいた歌仙が、こちらも嬉しそうに言った。やっぱり相棒が更に頼もしくなったのが嬉しいらしい。

「早く僕にも極修行の許可が御上から下りてほしいものだ」

 それは全刀剣が思ってると思うよ。






 薬研と厚、2振の極男士を加えて、延享への進軍を再開した。

 刀装スロットが2つになった2振には重歩兵特上と銃兵特上を持たせた。大太刀並かそれ以上の統率値になった2振(厚はそれまで最上位だった次郎ちゃんより上、薬研も太郎さん以上)だから、刀装も以前よりも減りにくくなって、統率値の低い銃兵であっても殆ど削られることはなくなってた。

「甘いぞ! せぇぁらっ!」

「隙あり!」

「鎧なんざ紙と同じよ!」

「その隙間もらった!」

 機動もずば抜けてるから、まぁ、大活躍だよね。打撃だってダントツだし。

 一緒に出陣してたのは、祐筆課メインってことで、極2振の保護者な一期と鳴君、それから光忠と太郎さんだった。打撃も統率も本丸内ランキング上位メンバーでもある(まぁ、鳴君は打刀でそこまでではないんだけど)。極男士2振は偵察も隠蔽も群を抜いてるからこれまでだったら偵察のために入れてた脇差も今回はお休み。

「……弟たちが頼もしすぎます」

「僕でも言えないよね。鎧が紙と同じとか」

「大太刀とは……」

「……頼りになるね……」

 頼もしすぎる薬研と厚に、一期たちは複雑そうだった。そうなるよねー。だって、帰還するときって、一期も光忠も太郎さんも鳴君もほぼ重傷か重傷寄りの中傷なんだけど、薬研と厚って軽傷或いは無傷なんだもん……。短刀とは? って言いたくなるよね。

 そんでもって、そんなお兄ちゃんたちの活躍を見た弟たち(うちだと粟田口じゃなくても薬研と厚を兄貴分として見てる)は目をキラキラさせてる。早く修行に出たいってうずうずしてる。

 そして、万屋で修行道具販売開始していないかチェックするのが私の日課となった。

 しかし、如何に極男士が頼りになるとはいえ、やっぱり延享はハードだ。中傷・重傷当たり前。そして、極男士を除く全刀剣がカンスト済み。結果どうなるかといえば……長時間の手入と大量の資源消費というわけだ。

 光忠や一期、太郎さんの手入にはそのままだと4日とか5日とかかかる。当然、手伝い札を使うことになるんだけど、もうね、あっという間に底をつく。

 少しでも損害を減らすために延享出陣メンバーは刀装なしの素の状態で統率値70超えメンツに限定にすることにした。つまり、厚(84)、次郎ちゃん(80)、薬研(79)、太郎さん(78)、蛍君(74)、みか爺・一期・光忠・獅子君(72)、髭爺(70)の10人で回すわけだ。となると、太刀5、大太刀3、極男士2というメンツだから、資源を食う食う。

 そんな状況を見て、他の非出陣組はひたすら遠征に行ってくれている。これまでは日課任務である10遠征(なんだけど、自主的に12遠征してくれてた)。『加役方人足寄場』3回、『享保の大飢饉』5回、『天下泰平』3回、『公武合体運動』1回で、木炭600、玉鋼690、冷却材690、砥石1200、手伝い札3枚が1日に得られていた資源。だけど、延享進軍が本格化してからは、2部隊が『甲越駿三国同盟』と『鎌倉防衛』を各2回、残り1部隊が『天下泰平』6回となってる。そのおかげで資源は木炭700、玉鋼1980、冷却材1500、砥石720、手伝い札14が1日に手に入る。

 延享出陣組・近侍・祐筆ではない35振が交代で遠征に行き、遠征に出てない刀剣は疲れて寝てることが多い。おまけに出陣組が手伝い札が勿体無いと主張して交代メンバーが軽傷未満でいる限りは手伝い札を使わせてくれないもんだから、手入部屋もフル稼働。

 あれ、何これ、ブラック本丸じゃね?

 出陣数を減らそうと思っても、それにも刀剣たちが納得しない。何しろ彼らはうちの本丸がランクSSに認定されたことを喜んでいて、今年度はランキング上位20位以内に入りたいと意気込んでる。こんのすけからランクSSだと私の給与も退職金もかなりの高額になると聞いたかららしい。私が無事に退職した後のことを彼らは考えてくれているのだ。

 取り敢えず、日曜夜の全体軍議でこれについては要話し合いだ。……尤も、誰も赤疲労どころか黄疲労にすらなってないから、納得しなそうだけど。毎日充分な資源を集めてくれてるから資源不足を理由にも出来ないし。刀装も壊れまくっているけど、必要な盾兵・重騎兵・重歩兵・精鋭兵の特上刀装はその日の近侍が頑張って作ってくれてるから、これまた不足とまでは行かない。

 これはもはや情に訴えるしかないかなぁ。12時間遠征に2部隊が出てるから、これまでずっと続けてきた全員揃っての食事が出来なくなってるし、そこを突くか。

 取り敢えず、手伝い札100枚、資源各5000ばかり万屋でポチっとこう。これは運営費じゃなくて私費だけど。ばれたら博多に叱られそう。っていうか確実にばれるだろうから絶対に叱られるな。博多と祐筆課に。任務で手に入るものを私費で購入することに反対してるからなぁ、皆。

 でもまぁ、そうすれば今の過剰な遠征三昧は止められるだろうし、腹を括って叱られよう。






 はい、予想通り、がっつり博多と歌仙に叱られましたー。

「大将、事後承諾が拙かったな」

 極修行から帰ってきてからというもの、休日は何気に薬研が側にいる。多分『懐刀』としての自覚が強くなったせいなんだろうなと思うんだけど。

 さっき、月曜からの方針の話し合いが終わって、そこでがっつり博多と歌仙に叱られた。予想通り、私費で資源や手伝い札を購入したことについてを博多に、それを歌仙にも祐筆課にも相談なくやったことに対して歌仙に。

「反対されるって思ったからね。皆、自分たちの戦いのことに私が私費使うの嫌がるし」

 でもさー、そこに使わないでどうするよ、って思うわけですよ。ま、お守りは『私があんたたちに壊れてほしくないっていう、私の欲だから! 私の個人的な感情からのプレゼントだから! 私費で買って当然!!』という主張を押し通したけどね。

「大将が現世に戻ったときに不自由してほしくないからな」

 刀剣たちは皆、私が戦いの後この時代(23世紀)で生きていくことになるのを知ってる。言う必要はないと思ってたんだけど、いつだか話の流れでそうなったんだよね。あ、それからだわ。刀剣たちが私の給与額とか退職金とか気にするようになったのって。

「しっかし、博多の金銭感覚ってシビアだよねぇ。流石商人の元にいただけはある。あと、後藤も結構五月蝿いよね。あれか、後藤家が金座の元締めだったからか」

 薬研の淹れてくれたお茶を啜りながら言えば薬研は苦笑する。

「刀である俺っちたちがそれはどうなんだ、って感じだけどな」

 まぁ、そうだよね。でも、それは来歴や由来に関することだから仕方ないのかな。歌仙の『首を差し出せ』とかヤス君の『首落ちて死ね』とか、国君の『闇討ち暗殺お手の物』とか兼さんの『切って殺すはお手の物』とか超物騒だけど、あれも仕方ないよね。

 そんなことを話していると、薬研がふと思いついたように言う。

「そういえば大将、切国の『写し』発言も宗三の『籠の鳥』発言もお小夜の復讐発言も放置してるな」

 ああ、そうだね。切国はことあるごとに『所詮写しの俺なんて』とか『写しだからか……』とか面倒なこと言うよねー。宗三はちょっと出陣減ると『僕をまた籠に閉じ込めるんですね』とか拗ねるし、小夜ちゃんだってなんかあると『復讐する?』って聞いてくる。でも、基本、そういうの、私は放置してる。

「審神者の旦那方の中じゃ、そういうの否定するお人も多いんだろ? さにちゃんでよくそういうの見るぜ」

 うちは皆端末持ってるから、一定数のネラーがいる。まぁ、20世紀にいたころ、私もROM専とはいえネラーな部分あったしな(大規模MMO板と同人板)。で、うちのネラーたちは『さにちゃんは便所の落書き』という正しい認識を持ってくれてるんで、話半分で楽しんでる。さにちゃんを見始めたときに確り教育したからね、そこのところは! 匿名掲示板なんて無責任な噂の宝庫、捏造して楽しんでるところだから、真に受けないようにって。じゃないと、ある意味純粋な刀剣たちは全てを信じかねないし。

「うーん……そういう人たちを否定はしないけど、私とは考えが違うね。だって、切国にしろ宗三にしろ小夜ちゃんにしろ、あれって来歴に関わる部分だから、その刀剣男士の根幹でしょ? それ否定してどうすんのって思うんだよね」

 審神者の中には切国の『所詮写しなんて』というコンプレックスをなんとかしようとしたり、宗三の『籠の鳥』発言や小夜ちゃんの復讐に囚われてるところ、長谷部の主命厨(下げ渡されたが故の歪みという説あり)、あとうちにはいないけど不動行光の『ダメ刀』といったそれぞれの『拗らせ』部分を何とかしようとする人もいるらしい。

 それは悪いことだとは思わない。人と人であればコンプレックスを解消したり、それを昇華したりする手助けをするのは、つまり成長を促すことになるから、決して悪いことじゃない。

 でも、彼らは『人間』じゃない。彼らは『刀剣に宿った想い』から生じた付喪神であり、その一部が人の形を取った存在だ。切国は『山姥切長義』という本科があってこそ存在する『写し』であり、堀川国広の第一の傑作。宗三は権力者の象徴として時の天下人の傍らに在った刀。小夜ちゃんは仇討ちという逸話を持つがゆえに見出された。長谷部は箪笥をも圧し切った名刀であるがゆえに黒田に下げ渡された。直臣に下げ渡すならへし切長谷部ほどの名刀ではなくとも問題ない。直臣ではないからこそ、名刀である必要があった。

 彼らに限らず、刀剣の付喪神たちはその来歴があるからこその付喪神なんだと思う。だから、仮令どんなコンプレックスを抱いていようが、どれほど拗れていようが、それを否定するのは彼らそのものを否定することになるんだと思うんだよね。人間でいえば、それまでの生い立ちや生活環境、両親や祖父母・家族を否定するようなもんでしょ。

 だから、私は彼らのコンプレックスも拗らせも全部スルーしている。そのまま受け留める。それこそが彼らを本当に受け容れることになると思ってるから。まぁ、面倒臭いなぁとは思うよ。切国とか宗三とか。でも、それが彼らのあるがままの姿なんだし、仕方ない。

 山姥切国広を切国と呼ぶのは、コンプレックスを解消するためじゃない。当刃が余り嬉しくないと思ってるんなら、避けたいと思ってるなら、態々それを刺激する必要はないと思ってるだけ。長谷部も同じ。これも人間と同じ。人の嫌がってることはしない、ただそれだけ。

 勿論、これは私の個人的な考えだから、コンプレックスを解消したり昇華しようとする審神者の在り方を否定しているわけじゃない。その人その人でそれぞれの考えややり方があるんだし。道義的道徳的倫理的に問題あるとか、刀剣男士の在り方や本質そのものを歪めるようなものでなければ、問題ないって思ってる。ただね、そういうコンプレックス解消しようとかしてる人たちって、『自分は正しいことしてる!』って信じてる人多くて。そういう人って自分の考えややり方を他人に強制するところがあるからなぁ。それはちょっと辟易する。なんで『皆違って皆いい』って思えないかなぁ。

 あ、でも、ピュアホワイト()だけは完全に否定する。審神者という職業の意味を判ってないと思うし、『刀剣男士』という存在を歪めてると思うから。反面教師にしてます、ハイ。

「それもそうだな。でも、それでうちは巧く行ってるから、問題ないんじゃないか」

 光忠作のずんだ餅を食べながら薬研は頷いてる。そうそう、それぞれの本丸で当刃たちが自分たちらしく過ごせてるならそれでいいんだよ。

「ただ、さにちゃん見てると、うちは若干亜種が多いっぽいけどな。これも大将の影響か」

 え? うち亜種多い? デフォルトに近い刀剣が多いと思うんだけどな。そりゃ、鳴君は結構喋るし、伽羅は短刀たちに馴れ合ってるし、全体的に短刀(と蛍君)に甘いけど。そこまで『亜種』って言うほどじゃないと思うんだけど。個体差の範囲内だと思うんだけどなぁ。

「特に粟田口うちがそうっぽいな。まぁとひぃがかなり甘えん坊だし。ああ、お小夜もか」

 え!? 今ちゃんや信濃しぃ君や秋君や五虎ちゃんじゃなくて、まぁ君とひぃ君と小夜ちゃん? あの控えめで我侭1つ言わないあの子たちが兄弟である薬研に『亜種』認定されるくらい甘えん坊なの?

「我侭は言わねぇけど、直ぐに大将の膝に座りたがるだろ? それにろーてーしょんで大将に添い寝してもらってるしな。充分甘えん坊だろう。余所のまぁもひぃもお小夜もそんなことはしねぇらしいぞ」

 さにちゃんで余所のまぁやお小夜が驚いてたぜ、と薬研は続ける。ちょ、おま、ROMってるだけじゃなくて刀剣男士板でカキコしてたのか。

「そっかー。若干亜種か。でもいいじゃん。可愛いし。寧ろそれが亜種なら、亜種万歳!」

 可愛いから何の問題もない! もうね、薬研含め短刀は我が子認定だから! 勿論、蛍君も。私が実子を持つことはほぼないだろうし、私の霊力で体を作ったんだから、我が子といっても問題ないでしょ。その理屈で言えば、みか爺も髭爺も我が子になってしまうんだけど、ま、気にしない気にしない。

 ただ、甘えん坊な亜種、ということにちょっとだけ不安を感じた。もしかして、戦うことを忌避したりしてないよね?

「あ、でも、まぁ君たち、出陣嫌がったりしてないよね?」

 もし嫌がるなら、それは問題だ。私が甘やかすせいで刀剣男士としての本質を歪めちゃってることになる。

「ないぜ。五虎が戦いを怖がるのは元々だしな。それに五虎も戦場に出れば獅子奮迅の働きするし。虎だけど」

 ……それは駄洒落か? こぎ並みに寒いぞ。うん、審議拒否。

「まぁもひぃも秋もただの刀剣時代にゃ余り戦場に出てねぇけど、今は積極的だぜ。ちゃんとここに呼ばれた意味は判ってるし、役目も判ってる。それに大将を守るために強くなるって張り切ってるしな。特にまぁなんて次は自分が修行に出るんだって今から張り切ってるぜ」

 そっか。大丈夫ならいいんだ。

 まぁ、今のところうちには出陣忌避するような刀剣は1人もいないんだけど。明石は出陣多いと『少しは休ませてぇな』とは言うけどね。でも10日も出陣がないと『出陣させてくれへん?』って自分から言いに来るし。あれ、うちの明石、ニー刀じゃなくね? 結構亜種じゃね?

 巷では『戦忌避する』って噂の江雪左文字が来たらどうなるんだろ。まぁ、刀剣男士になってるってことは、この戦争で戦うことを了承済みなわけだから、そこまで気にする必要はないかな。一応、来たら話し合いして真意を確かめる必要はありそうだけど。単に『戦いは嫌』ってだけじゃなくて、深い思惑とかありそうだし。何しろ名のある参謀格の武将に由来する名を持つ刀なんだから。






「主君、ぜひ、聞いていただきたいことがございます」

 政府から何度目かの修行道具配布を経て、3振目の刀剣であるまぁ君が極の修行に旅立った。

 著しい成長を見せて帰ってきた薬研と厚。その弟のまぁ君はどんな成長を見せてくれるんだろう。楽しみであり、4日間まぁ君がいないことが寂しくもあり。

「すぐに戻ってきますよ。刀は、主にしばられているんですから」

 一緒に見送った近侍の宗三がそう言った。うん、4日後に帰ってくるのは判ってるけどね! でも絶対宗三も小夜ちゃんが修行に行ったら寂しがるでしょ? それと同じだと思うんだ。

 序でに私は刀剣の皆を縛り付けてるつもりは全くありません! 縛り付けてるなら、宗三あんたがこんなにフリーダムなわけないもんね。