『ねぇ! 聞いてる!?
「はい、聞いておりますよ、乱藤四郎様」
端末の向こうでプリプリとお怒りなのは刀剣男士の乱藤四郎様。自分が担当する肥後国の審神者・右近様の刀剣男士だ。初日に顕現したこともあり、既に最高錬度の古参短刀である。そして右近様のことを蔭で『母さま』と呼ぶほどのガチ主勢でもある。まぁ、あの本丸の短刀は皆様こっそりと蔭では審神者様を『母』と呼んでいるのだが。
『あの、クソチビ若造がっ!! ボクの母さまのこと、よりにもよってブラックとか言って!!』
乱藤四郎様のお怒りは一向に治まる気配がない。無理もないとは思う。
本日土曜日は右近様の週に1回の演練参加日である。演練は3~5時間かかることもあって、右近様は平日には参加せず、本来は本丸固定休日の土曜日に参加をする。そして、最近来た数振を除いてほぼカンストしていることから、後進育成のためにフルメンバーではなく1~4振での参加である。うん、右近様もまだ1年未満(11ヶ月目)の新人枠のはずなんだが……。ほぼ同じ時期に着任した審神者の中ではダントツの審神者レベルで、今年の年度末のランキング上位50位以内には確実にランクインする脅威の新人ではあるけれど。
今日の演練に参加したのは薬研藤四郎様・厚藤四郎様・後藤藤四郎様・信濃藤四郎様・乱藤四郎様の粟田口5振。粟田口短刀年長組と言われる方々だった。信濃藤四郎様のみ未カンスト(それでも95)。短刀オンリーとはいえ、ほぼカンスト部隊は連戦連勝だった。
我々担当官は普段は演練会場に行くことはない。しかし、今回は珍しく自分が担当する5人全員が参加するということで、久しぶりに直接ご挨拶でも、と会場に赴いた。だから、乱藤四郎様のお怒りもよーーーーーーく判る。
我々歴史保全省歴史改竄対策局審神者部実働補課──通称担当官課は今でこそ落ち着いたものの、3年前はひどかった。職員数が少なく、担当官1人につき50人の審神者を担当していたのだ。自分は当時まだ研修期間中で先輩のサポートをしていたのだが、宿舎に帰って眠れれば御の字というような生活だった。その後、人員が増え、現在では担当するのは5人までと上限が定められ、随分仕事もしやすくなり、その分1人1人の審神者様に充てられる時間も増えた。
自分が最初に担当したのは現在ランキング5位以内常駐の左近様であり、5人目が右近様だ。いつの間にか左近様と右近様が仲良くなっていたことには驚いたが、まぁ、出身年代が近いから不思議なことではない。自分が担当しているのは全て20世紀出身の審神者様である。右近様は2003年から来ていただいているが、過ごした時間は20世紀のほうが長いから、20世紀出身として問題はないだろう。
そして5人を担当してつくづく思う。20世紀出身者というのはワーカホリックなのだな、と。20世紀日本の、戦後の高度成長期を支えた方々や、バブル崩壊後の就職氷河期を乗り越えた方々である。月月火水木金金を当たり前にしていた方々、サービス残業・休日出勤お手の物だった方々である。博多藤四郎様ではないが『24時間働けます!!』な世代なのだ。
そのせいか20世紀出身審神者様は政府が提示している『週5日40時間勤務』を軽くクリアする。しかもこの『勤務』は出陣・遠征のみを対象として、である。これは右近様・左近様に限ったことではない。同僚に聞いても20世紀審神者は殆どがそうなのだ。
しかし、最も怠惰だとされる21世紀出身審神者だとこうはいかない。一応彼らも8時間勤務はしているという。しかし、彼らは家事労働もその8時間に含めているのだ。
8時:業務スタート、朝食準備
9時:朝食・後片付け
10時:洗濯
11時:掃除
12時:昼食作り
13時:昼食・後片付け
14時:休憩
15時:出陣・遠征
16時:出陣・遠征・報告書作成
舐めとんのか!? 舐めとんのか!! 2時間しか出陣・遠征しないってどういうことだ!! しかも!! 技術局の作ったシステムを使えば1時間に12戦できるのに5~6戦しかしないって! 阿呆か? 阿呆だな!!
おまけに夕食は業務時間外だからと刀剣男士に丸投げ!! 右近様も左近様も昼食・夕食は刀剣男士様に丸投げだけどね。でも彼らはみっちりぎっちり8時間出陣してるからな!! その上で50人近い人数の夕食準備とかしたらぶっ倒れかねないからな!! 実際に2人ともぶっ倒れた前科持ちだからな!!
いや、確かに審神者の仕事には『刀剣男士の生活環境を整えること』もあるよ!? けどそれは家事をすることとイコールじゃないからな。最低1日に1品は審神者が料理するよう推奨してるけど、絶対じゃないからな!! まずは一番大事な、メインのお仕事をきっちりやれよ!! 一番大事なのは出陣だ!!!! それが業務時間の僅か4分の1ってどういうことだ!? それでもその2時間をフルに24戦してるならまだしも10戦しかしてないとか……。『日課は10戦だし』って巫山戯るな!! それは新人や超多忙なとき用の『最低限の数値』だ!!
道理で21世紀審神者担当の同僚が頭を抱えるはずだ。どうも21世紀出身のユトリとかサトリとか言われる世代の中には最低限しか仕事をせず、かつ同時進行が出来ない奴が多いらしい(全員が全員そういうわけじゃないらしいが、審神者になってるのはそういうのがかなり多い)。洗濯と掃除は同時進行できるよね!?
因みに上のタイムテーブルはこんのすけの報告をまとめたもので、順番やスタート・終了時間の違いはあれ、21世紀出身審神者にほぼ共通だ。22世紀や23世紀出身は出陣時間が4~5時間に増えるだけ、まだマシだろう。
比較のために20世紀出身審神者の平均的なタイムテーブルを示すと
6時:朝食準備 洗濯、掃除(刀剣男士が分担)
7時:朝食 後片付けは刀剣男士、審神者は鍛錬所・刀装部屋・手入部屋の掃除 洗濯・掃除の続き(刀剣男士)
8時半:審神者と近侍で鍛刀・刀装・刀解・錬結
↑ここまで業務時間外 ↓ここから業務時間
9~12時:出陣・遠征 出陣は1時間あたり12戦が標準
12~13時:昼休憩
13~18時:出陣・遠征
↑ここまで業務時間 ↓ここから業務時間外
21~22時:ミーティング(幹部だったり全員だったり)
22~24時:報告書作成、部隊編成、情報収集
という具合だ。どの審神者も大抵は近侍か初期刀かこんのすけに叱られて漸く就寝するという。サービス残業しすぎです、審神者様!! だから刀剣男士の皆様が過保護に!! お世話焼きになるんです!! 亜種かなぁ? じゃないんですよっ!!
このタイムテーブルと比べれば一目瞭然だ。でも、怠惰審神者が多い今、20世紀出身審神者と神薦・寺社薦の初期審神者様がいなければ、戦況が滅茶苦茶ヤバい。人事部が必死になって20世紀の適性者探すわけだ。寺社薦復活しようと泣くわけだ。
ああ、随分と思考が逸れてしまった。私が内心で叫んでいる間も電話口では乱藤四郎様が怒りまくっている。
今日の演練で右近様と対戦した者の中に怠惰審神者としてブラックリストに入っている青年がいたのだ。あ、別に彼は21世紀出身というわけではない。普通に審神者制度発足以後の時代から任官している審神者だ。高校卒業後直ぐに審神者になっている。だーかーらー、いくら人手不足だからって社会人経験ない奴を審神者に採用すんなっていつも言ってるだろ、人事部!! 20世紀の適性者探す前に社会人審神者探せ!! 怠惰審神者5人雇うよりも普通に働く社会人審神者1人雇ったほうがずっといいだろうが!!
『あの審神者も頭に来るけど、あっちの一期一振だよっ!! 信じられないッ』
乱藤四郎様のお怒りは他本丸の一期一振にも向かっている。当然だわなぁ……。
ああ、これも頭が痛い。これは私たち担当官だけではなく、宮内庁神祇局も、更には本御霊様方までもが頭を痛めている問題だ。
刀剣男士は顕現した審神者の影響を受ける。一番知られているのはイメージによる影響で、代表例は社畜で主命厨なへし切長谷部様、びっくりジジイな鶴丸国永様だ。しかし、意外と知られていないというか気付かれないのが、審神者の思考・思想・信条・信仰にも影響されるということだ。
これは極秘事項なのだが……1つの本丸が審神者の信仰によって崩壊したことがある。その審神者はとある一神教の信者だった。別に聖職者だったわけではなく、熱心な信者だった。それだけに神への敬意も高かった。そこを政府は読み違えたのだ。その審神者にとって神は唯一絶対のものであり、他宗教の神は悪魔と同義だった。刀剣の付喪神も、その審神者には同じく『邪悪なもの』だった。尤も、彼は刀剣男士を悪魔とは思っていなかった。意識の表層ではと注釈がつくが。刀剣男士は彼の唯一絶対の神が彼に遣わした天の使いだと思っていた。しかし、深層には信仰が根付いていたのだろう。その深層の信仰によって顕現した刀剣男士は、日本で祀られている『戦神』としての意識と、審神者によって与えられた『邪悪なもの』としての意識があった。そして、戦場の穢れに触れることによって『邪悪なもの』に傾いていった。しかし、辛うじて残っていた『神』としての、人に愛された『刀剣』としての誇りが堕ちることを良しとせず、結果、その本丸の刀剣男士は全員が自壊した。それを見た審神者は発狂し、現在は無期停職となり政府医療機関に収容されている。無期停職だから給料は出ないが、審神者にならなければ発狂する事態にも陥っていなかったであろうことから、治療費は政府が負担している。
表向き審神者には信教の自由が保障されている。審神者任官の試験にも宗教は関係ないとされている。しかし、実際にはこれ以降、一神教信者の審神者任官は絶対に禁止となっている。
ここまで極端で重い事例はそうないが、大抵の刀剣男士は審神者に影響を受ける。子供好きな審神者の許では短刀や蛍丸様に甘い刀剣男士が多いし、女好きな審神者の一期一振はエロイヤルだし、戦闘狂(格闘技好き)な審神者の一期一振はデストロイヤルになる。つまり、ワーカホリックな審神者の刀剣男士は非常に勤勉になり、ピュアホワイト(笑)な審神者の刀剣男士は本御霊が頭を抱えるほど戦闘に消極的なのだ。あの同田貫正国様でさえ江雪左文字様のようになるのである。
『もー!! ほんっとにあの莫迦! なんとかして!!』
どうも乱藤四郎様の『ばか』が『馬鹿』ではないように聞こえる。『馬鹿』よりも『莫迦』のほうがよりいっそうバカに聞こえるのはなんでだろう。
「今、ヤツの処分の裁定待ちです」
何らかの処分は下るだろう。下ってくれなきゃ困るがな。あの阿呆審神者はそれだけのことをやらかしたんだから。ああ、あれは本当に頭が痛かった。
目の前のディスプレイには当の対戦相手の本丸データがある。それを見て溜息しか出ない。典型的な『ピュアホワイト()』審神者である。本人たちはピュアホワイトは名誉ある渾名だと勘違いしているが、実はこれ、政府機関及びランクSS・S審神者様にとっては紛れも無い蔑称である。『(笑)』が付いていることでお察し、というところだ。
審神者レベル40、顕現男士は短刀10(博多藤四郎・後藤藤四郎・信濃藤四郎・不動行光がいない)・脇差4(浦島虎徹・物吉貞宗がいない)・打刀12(長曽祢虎徹がいない)・太刀9(数珠丸恒次・明石国行・髭切・膝丸がいない)・大太刀3(蛍丸がいない)・槍2(日本号がいない)・薙刀1の41振。審神者レベルからすれば悪くない集まり具合である。太刀などは右近様が未だ顕現できず小夜左文字様に謝りまくっている江雪左文字様はじめレア4が揃っているくらいで、鍛刀運は悪くない。が、いかんせん、審神者レベルが低すぎる。
この審神者は一般審神者(甲種審神者といわれる)の一期生だ。つまり2208年に任官し、現在3年目の終盤になる。任官してからの時間で考えれば中堅といえるはずなのだ。なのに未だレベル40。因みに審神者歴11ヶ月の右近様は130。レベル40なんて、就任24日目に到達していた。
そういえば、歌仙兼定様・薬研藤四郎様が錬度カンストしたのと同じ日に右近様もカンストし(当時は審神者レベルの上限が99だった)、御三方が『これも初期刀初鍛刀と審神者の絆かな』と仰っていたのを思い出す。歌仙兼定様も薬研藤四郎様も大層嬉しそうにしておられたな。実に微笑ましかった。
半年もかからずにカンストした右近様と間もなく4年目だというのに未だレベル40の対戦相手。本部の定める格付けで最上級のランクSSの右近様と要監視対象のお荷物ランクZZの相手。トラブルが起こることも十分に考えられることだった。
というか、いい加減、ランクZ及びZZの審神者の再教育制度を作って欲しい。何度も担当官課が上申しているのに未だ実現しない。戦力確保が先だと言うが、全体の1割を超えるこの怠惰審神者を改善すればかなりの戦力増強になるはずなんだがなぁ……。ランクZZがランクS並に出陣すれば、討伐数はランクZZの分だけでも約10倍になるわけだし……。来年度から出来る研修所に期待である。
件の審神者が連れていた部隊はどうやら通常の第1部隊だったようだ。にっかり青江様(40)、歌仙兼定様(39)、蜂須賀虎徹様(41)、一期一振様(36)、鶴丸国永様(35)、石切丸様(45)。石切丸様がその本丸の最高錬度だ。部隊編成に可笑しなところはない。脇差1・打刀2・太刀2・大太刀1というオーソドックスな編成だった。
対して右近様は薬研藤四郎様・厚藤四郎様・後藤藤四郎様のカンスト3振と信濃藤四郎様(95)。乱藤四郎様は相手の錬度を見て見学兼護衛に回られた。今回は池田屋のような室内戦対策で試したい連携があるとかでこのメンバーでの参加だったそうだ。
対戦は一方的な状況で展開した。まず、遠戦。特上銃兵の攻撃でにっかり青江様と蜂須賀虎徹様が戦線崩壊。白刃戦に入るや厚藤四郎様が石切丸様を戦線崩壊に追い込む。これで広範囲攻撃の大太刀が離脱。続いて後藤藤四郎様が鶴丸国永様を一太刀でこれまた戦線崩壊させ、続く信濃藤四郎様も歌仙兼定様を一撃で戦線崩壊させる。そして為す術も無い一期一振様へ薬研藤四郎様の容赦の無い会心の一撃。
「柄まで通ったぞ!!」
薬研藤四郎様、私もぶっすり行きました。今日から柄ラーです、私。
相手方は何も出来ないまま、戦闘終了。当然ながら右近様の完全勝利S。全く以って容赦ないですよねぇ、短刀様たち。
ここまで薬研藤四郎様たちが容赦なかったのには理由がある。それが乱藤四郎様が私に直接電話をしてきた理由でもある。
対戦相手の怠惰審神者は右近様の部隊を見て、右近様を詰ったのだ。短刀のような弱い者を連れてくるなどなんと極悪非道なのかと。短刀のように幼くか弱い者は守るべき者であり、戦わせるなど非道が過ぎる! と。呆れたことに彼の刀剣男士もそれに同調していた。
「薬研、厚、後藤、信濃、乱……ああ、なんと哀れな。酷使され続けたのだね、可哀想に……」
そう言って抱き締めようとした相手の一期一振の手を乱藤四郎様は払い除けた。呆れた顔は隠そうともしない。それは右近様も短刀様方も、モニターから見ていた私と左近様も同様だ。
「後藤、信濃、こんな悪逆非道な審神者からはボクが救い出してあげるからね! 心配しないで!」
阿呆審神者はそう言った。それって刀剣強奪宣言だよなー。即座に宮内庁神祇局監察部にメールしたよ、勿論。まぁ、数ヶ月の減給は免れないだろうな。指導も行くだろうし。
阿呆審神者は短刀に対する間違った認識にプラスして、自分の所にいない刀剣男士への欲もあったようだ。何しろこの阿呆は未だ『織豊の記憶』の越前までしか攻略できていない。あれ、右近様は就任5日目にクリアしてますね、越前。乾いた笑いしか出ない、パート2。そんなヘタレ部隊だから大阪城地下も50階まで攻略できず、後藤藤四郎様も信濃藤四郎様も入手できていない。可笑しいな、一応錬度30もあれば50階まではなんとかなるはずなんだが……。ああ、1日10戦しかしないうえに土日祝日きっちり休んでれば到底辿り着けないか。右近様見習えよ。1日16時間篭って後藤藤四郎様救出してたぞ。
阿呆審神者の阿呆男士は主の暴言を諌めることも無く、それどころか『流石は主』とか頷いているし。一方の右近様の5振は滅茶冷たい目になってたな。あれ、絶対零度の眼差しだ。当然だな。普段は明るい後藤藤四郎様や甘えん坊な信濃藤四郎様のあんな冷たい目なんて初めて見た。右近様も驚いてたし。
「随分大将のことを散々に言ってくれたなぁ。アンタの言う幼くてか弱い短刀の力、見せてやるぜ、かかってきな」
普段は冷静な薬研藤四郎様も大層なお怒りだった。流石は戦場育ちという鋭い眼光で阿呆審神者と阿呆男士を
「ああいう阿呆、何とかしなよ。ああいうのに給料払うの血税の無駄遣いだろ」
嫌悪感丸出しで隣で観戦していた左近様が言う。左近様は右近様のヲタ友であり、先輩として後輩の右近様を可愛がってもいる。そのせいか、一時期お2人の本丸ではお2人が結婚するのではないかという誤解が生まれたほどだ。因みに左近様本丸では歓迎ムード、右近様本丸では絶対阻止ムードだったそうだ。序でにいうと、歴史保全省の予算の殆どは寄付によって成り立っていて幸いなことに国民の血税は殆ど使われていない。歴史改変されちゃ困る大企業・大財閥がかなりの額を寄付してくれるんで、歴史保全省は全省庁の中で最も潤沢な予算を持っている。
「何とかしたいのは山々ですけど、担当官課に人事権ないですからね……。1日10戦しかしてなくても、一応敵を倒してはいるんで、上も解雇にまでは踏み切れないらしくて」
まぁ、その分給料はガンガン削っているが。件の阿呆審神者は恐らく基本給の半額にまで給料減っているはず。
左近様のご尤もな言葉には大いに賛成なのだ。担当官課全員同意するだろう。が、中々そうも行かないのが組織というものなのだ。
「右近様、大人しいですねぇ」
「あれは相手にする価値なしって判断したんだろ。あいつ、そういうところはドライだから」
ああ、確かに。流石に10年近く会社勤め(しかもブラック企業)していたからか、右近様の人を見る目はシビアだ。相手に応じた対応をする。だから、左近様には親しみを持ち、且つ先輩への敬意を払う。不肖この私も労い労わってくれるし、気安く接してくれる。そんな右近様に阿呆審神者は関わる価値なしと判断されたのだろう。
「薬研藤四郎、貴方の格を下げることはありませんよ」
と、そこに右近様の静かな声。いつもはどちらかと言えば賑やかな右近様にしては珍しい。
「──そうだな、大将」
その声に薬研藤四郎様も落ち着きを取り戻す。が……右近様の言葉はそれでは終わらなかった。
「相手をする価値もない阿呆どもですが、私の可愛い短刀たちを侮ったことは許せません。審神者のみならず刀剣男士まで短刀を侮るなんて。刀剣の心を忘れてしまっているようですね。薬研、短刀の真価を見せてやりなさい。
「応!!」
価値なしと思いつつもお怒りだったようだ。右近様から滅多にない苛烈な言葉が出ると薬研藤四郎様は嬉しそうに応じる。まぁ、右近様が激怒するのも無理はないよなぁ。ご自分の刀剣男士を家族のように愛してるし、特に短刀(+蛍丸様)のことは滅茶苦茶溺愛してるし。
そして、結果は前述の通り。阿呆男士は呆然、阿呆審神者は何か喚きながら右近様に掴みかかろうとしたところを乱藤四郎様に足払いされて無様に転んでいた。その間に右近様は対戦室から離脱。私も阿呆審神者は彼の担当官に任せることにして、右近様の所へと行った。
「色々とお疲れ様でした、右近様」
「いえいえ。でも、ああいう脳内お花畑がいると、担当官の皆さんも大変ですね」
呆れた顔の右近様は自分たち担当官の苦労を慮ってくれる。こうして自分たちを気遣ってくれる審神者様がいる限り、自分たちは頑張れるのだ。
「幸い私は右近様はじめ勤勉な審神者様ばかりで助かってますけどね」
「この仕事中毒め! とか思ってるくせに」
クスクスと笑う右近様。判ってるなら、もう少し休養取りましょうよ!
「再来月でしたっけ、研修所開設。それに期待ですよね。あと、業務マニュアルってないでしょう、今。作ったほうがいいんじゃないかなぁ。あの人、色々と判ってなさそうだったし」
デスヨネー。刀剣譲渡が不可能なことも判ってなかったみたいだし。
「業務マニュアルも今作成中ですよ」
「あら、お仕事増えてるんだ。大変ですね。お体ご自愛くださいね」
「大丈夫ですよ、他部署がやってますんで」
なんて会話をしながら右近様を見送り、オフィスに戻ったところで乱藤四郎様の電話を受け、現在に至る。
あー、この阿呆審神者、やっぱりか。短刀10振、全員錬度一桁だ。こりゃ、遠征にしか出してないな。
お、メールが来た。差出人は……今データを見ている阿呆審神者の担当官(1年先輩、胃痛持ち)。何々、処分決まったか。半年間給料80%カット、厳重注意と言う名の叱責、おまけにランクSS審神者・
追伸、右近様にお詫びしたい、か。まぁ、明日にでも菓子折り持って行こうかな、一緒に。
日曜は短刀様たちと一緒に遊んでいるはずだから、きっと心和む光景が見られるはずだし。月曜にお訪ねすると通常業務のお邪魔をしてしまうから避けたほうがいい。下手すると私が滞在した時間分、夜に仕事しかねないからな、あの本丸は。
未だ怒りの治まらぬ乱藤四郎様に阿呆の処分が決定したことを伝え、明日伺うことも伝える。
「明日はね、短刀の皆であるじさんと一緒にケーキ焼くんだよ。だから手土産はお菓子じゃなくて紅茶がいいな。ほら、前に持って来てくれた英国王室御用達のヤツ。あるじさん、あれ好きなんだって」
途端に乱藤四郎様はご機嫌回復。切り替え早ッ。
そうかそうか、明日はお菓子作りか。お母さん(右近様)の周りでわちゃわちゃする子供たち(短刀様方+蛍丸様)が見られるわけだな。そして、一期一振様・宗三左文字様・明石国行様・岩融様のカメラが火を噴くと。これは私もハンディカムを持って行かねば!