Episode:20 主さんはゲーマー(堀川国広視点)

 今日、土曜日は主さんの半日お篭もりの日だ。

 この『お篭もり』の日は、主さんは演練から帰った後は夕餉のときくらいしか部屋から出て来ない。日曜日であれば短刀たちや主さんに構ってもらいたがる清光キヨ安定ヤス君、切国の兄弟(本人は否定するけどね!)が主さんの周りにいるんだけど、土曜日はそれもない。

 『お篭もり』の日が出来たのは主さんが審神者になってから100日が過ぎたころ。ちょうど僕たちが錬度上限になったあたり。本丸稼動から3ヶ月が過ぎて、本丸は順調に回るようになったし、主さんにも『プライベート』な時間は必要なんじゃないか、って話が祐筆班を中心に出たんだ。

 僕たち刀剣男士は本丸に個室を貰ってる。そして、戦いのために呼ばれたとはいっても、出陣や遠征、内番がないときにはその全てが自由な時間になっている。だから、自分の部屋で自分だけの時間を持つことが出来る。

 でも、主さんにはそれがない。朝起きて朝餉の支度をして、日課の鍛刀や刀装作りをして、出陣の指揮を執って、夕餉の後には軍議をして、そうしたらもう寝る時間になってる。少なくとも平日に主さんに『自分のためだけの時間』はない。休日だって、普段は余り出来ないからと出陣組ではない刀剣男士との交流に充てていて、これまた主さんのためだけの時間にはなってない。

 それを主さんは苦痛には思ってなかったみたいなんだけど、まだ主さんだって若い女人なんだし(僕たちの馴染んだ時代感覚から言えば決して若くはないけど、主さんの生きていた時代だと人生の半分も生きていないらしい。それに、付喪神の僕たちから見れば30年しか生きてない主さんはとっても『若い』)、もっと己のために楽しむ時間があってもいいんじゃないかって光忠さんが言ったんだ。

 それに直ぐに賛成したのは主さんの初期刀である歌仙さん。主さんの一番側にいて、主さんと一番長い時間を過ごしている刀剣だ。

「そうだね。主が特に不満を漏らすことはないけれど、話を聞くに主は元々多趣味だったようだ。だが、今主がその趣味事を楽しんでいる様子はない」

 主さんは僕たちに現世の『ゲーム』というものを教えてくれた。本丸にあるTVに繋いで遊ぶゲームや短刀たちが好んでいる携帯型のゲーム、色んな現世の遊び。それも主さんの趣味の1つ。他にも映画鑑賞、音楽鑑賞、演劇鑑賞、読書。主さんが現世から持ちこんだ様々なDVDを皆で見たりした。キヨや乱ちゃんは『宝塚歌劇団』というところのお芝居を気に入ってたみたい。とっても華やかで美しい世界だったからね。兼さん並にカッコイイ役者さんが全部女人だったのには驚いたけど。そのせいでキヨと乱ちゃんが主さんに男装させようとしてたなぁ。

「主は女人にしては背も高いし、きっと似合うよ!」

鳴狐なき叔父さんの服なら着れる!」

「俺や安定のでもいいよね」

「待て待て待て。顔面偏差値ギリギリ平均のモブ女に美青年たちの服は無理!! ジェンヌさんたちの美貌があるからカッコイイのであって、私が着ても意味はないーーー!」

「何言ってんの! 主は可愛いし綺麗だよ!!」

「そうだよ! 何言ってんの、あるじさん」

「お前ら今直ぐ眼科行ってこい。あ、いや、今とは美的感覚違うのか。平安だと下膨れが美女だった。しかも太ってるのは豊かさの象徴でこれまた美の1つだった。つまりはそういうことかーーー!」

 主さんが長谷部さんとは言わないまでも僕程度の機動は出して逃げてたな。うん、でも僕よりもキヨや乱ちゃんは機動高いから捕まってたけど。そして、鳴君やキヨ、ヤス君の服を着せ替え人形のごとく着せられて、キヨと乱ちゃんにお化粧されてた。まぁ、正直微妙だよね。主さん、決して醜い容姿ではないけど本人が言うようにごくごく平凡な顔立ちだし。

 でも、敬愛する叔父さんの衣装を着た主さんに粟田口一家は桜散らせてた。あの鳴君でさえ、戦装束を着て横に並んで『お揃い』と笑ってたくらいだし。それを見た主さんが膝から崩おれて『鳴君ちょうかわいいまじかわいいまじてんし』とか言ってたけど、聞かなかったことにした。

 えーっと、盛大に脱線しちゃったな。まぁ、主さんは多趣味で、それを本丸の皆と楽しむこともある。でも、中々自分だけで楽しむ時間というのはないのが現状。それを主さんがどう感じているのかをまずは聞き出そうということになった。聞き出すのは主さんが一番信頼して弱音でも愚痴でも何でも言える歌仙さんと聞き上手で本丸のオカンと化している光忠さん。因みに本丸には『オカン』と『お母さん』がいる。オカンは世話焼きで面倒見のいい光忠さん。お母さんは皆を温かく包んでくれる主さん。

 そして、結果として主さんに週に一度、半日にも満たないとはいえ『1人を楽しむ時間』が設けられることになった。

「確かに四六時中人に囲まれてるってのは長らくなかったから、疲れないと言えば嘘になっちゃうね」

 歌仙さんたちの尋問に主さんはそう答えた。長く1人で生活をしていると自分のペースというものが出来て、人に合わせるのが億劫で面倒になるそうだ。それが主さんが結婚しなかった理由の1つでもあるらしい(本人も言い訳だけどねーと笑ってたけど)。

 主さんは現世にいた頃は『社会人』というもので、勤め人だったそうだ。僕たちに判りやすいようにいえば寺子屋の先生のようなことをしていたらしい。そして、1人で暮らしていたという。

 僕たちからしてみれば、1人で暮らすということはそれは天涯孤独である可能性が高いという意味になる。家族が離れて暮らすということがないわけでもなかったけど、その場合は奉公先で奉公人仲間と暮らしているものだし。だから、完全に1人で生活するという状況が僕たちにはよく判らなかった。でも現世では多いことなのだそうだ。

「別に家族がいないわけじゃないよ。私がこっちに来るまで現世にちゃんと両親と妹、叔父や伯母も従兄弟もいたし。ただ、実家からは仕事に通えないから1人で暮らしてただけ」

 主さんが天涯孤独なのかと顔色を変えた歌仙さんと光忠さんに主さんはそう言った。因みに他の祐筆班(鳴君、骨喰ばみ君、太郎たろさん、一期さん、僕)は近侍部屋で聞き耳を立ててた。主さん、ごめんなさい。

 主さんは肥後の生まれで、親御さんや妹さんも肥後で暮らしているそうだ。でも主さんは大学を卒業した後、肥後から離れ尾張や筑前で仕事をしていた。奉公先は変わらないけど、転勤というのがあったから暮らす場所が変わったらしい。序でにいうと、僕たちは皆現世の『学制』というものは大体理解してるつもり。何しろ主さんが僕たちの認定年齢を学生で説明することが多いからね。特に平安組には丁寧に主さんが説明してた。何しろ平安組が知ってる『大学』と主さんの時代の大学は全然違うそうだし。みか爺や石切丸いしさん、獅子君が知ってる『大学寮』は学問に優れた貴族しか入れない場所だけど、主さんの通った大学は誰でもある程度の勉学が出来れば入れる場所だからね。

「なんと! 主は大学寮の学生がくしょうであったのか! これは凄い」

 なんてみか爺が言うから主さんは大慌てで違いを説明してた。

 主さんが現世の学制について教えてくれたとき、僕はちょっとだけ複雑な気分だった。現世は身分の違いのない時代で、本人が望めばどんな仕事に就くことも出来るという。そのための学問だって望めば修めることが出来る。勿論、能力の問題で就業できないことはあるそうだけど。でも、能力さえあれば自分が望んだ道に進むことが出来るという。

 正直、それは羨ましいなって思った。だって、歳さんは、近藤さんは、それで苦労したんだから。天領の農民だったから他の百姓と比べればちょっとだけ身分は高かった。名字帯刀を許されてる者も多かった。でも武士じゃなかった。どれだけ御上のために働きたい武士になりたいと願って剣の腕を磨いてもそれは叶わぬ夢だった。幕末という動乱の時代だったからこそ最終的には旗本になれたけど、そうでなければ歳さんは生涯百姓(薬売りだったけど)だったに違いない。

 そう思ってちょっとだけ羨んでた兼さんと僕、そして陸奥さんに主さんは言ってくれたんだ。

「あなたたちの敬愛する土方歳三や坂本龍馬がこの時代を作ってくれたのよ」

 と。幕末の動乱が近代の始まりで、明治維新によって士農工商がなくなり、人は自由になったのだと。

 でも、それは討幕派の功績なんじゃないのか、じゃあ歳さんたち佐幕派は間違ってたのか。そう思ったら、主さんは笑ってそれは違うと言った。もし佐幕派が間違っていたら、歳さんや新撰組が間違っていたのだとしたら、現代に至るまで彼らが愛されることはないって。特に歳さんは『最後の侍』と言われるほどに敬愛されているんだって。『私も土方歳三が幕末の偉人では二番目好き』、そう言ってくれた。一番は天璋院様(13代将軍の御台所様)だそうで、坂本の名が出なかったと陸奥さんがちょっと拗ねてたけど。主さん、佐幕派みたい。

 えっと、閑話休題。話を元に戻そう。

 歌仙さんの聞き出しによって主さんは土曜日の午後は基本的に1人で過ごすことになった。勿論、部屋に篭りっぱなしってわけでもないし、主さんが望めば僕たち刀剣男士と一緒に過ごすことも出来る。でも、主さんが呼ばなければ僕たちは主さんの部屋には行かないし、遊びやお茶に誘うこともない。初めのうちは短刀たちが寂しがってたけど、その分日曜日は主さんが全力で遊んでくれるから、それで納得したみたい。

「……やめたほうがいいって」

「何? 安定は気にならないの? 主が1人で何してるのかって」

「そうだよなー。気になる! ヤス、気がのらねぇんならテメェは帰れ」

 今、僕たち新撰組と陸奥さんが主さんの部屋の前の廊にいる。主さんの部屋と繋がる襖に兼さんと陸奥さん、キヨが耳を充てて中を窺ってる。それを咎めてるのはヤス君で、僕は傍観。僕だって気になるし、でも盗み聞きは良くないって思うけど、止めて聞くような刀たちでもないし。隠蔽値トップの僕やトップ5に入ってるキヨならともかく、本丸ワースト10に入ってる兼さんが最前線にいる時点でばれるのは時間の問題だと思うし。だったら、ばれて主さんや歌仙さんに叱られたほうがいい。兼さんは二代目の作である歌仙さんへの憧れも持ってるから、歌仙さんに叱られるほうが効果あるしね。

『ああああ、また負けた! くっそ、免許皆伝ならずかよ!!』

 主さん、その言葉遣い歌仙さんにばれたらすっごく叱られると思うよ。

『北辰一刀流の免許皆伝取らせろやぁぁ!!』

「北辰一刀流じゃと!?」

 ガタガタっと音を立てる陸奥さん。ああ、主の坂本龍馬は一刀流の使い手だったね。っていうか、主さん何してるの? 聞こえる音は音楽だけだったし、それもゲーム特有の電子音っぽいのだったから、多分ゲームなんだろうけど。でも、主さんがするゲームって大抵ロールプレイングゲームってやつだよね。『私はFF派!』とか言ってたけど。

 主さんオススメってことで本丸には色んなゲーム機がある。ファミコン、スーパーファミコン、セガサターン、ドリームキャスト、PCエンジン、プレイステーション(1~4)、ニンテンドー64、Wii、X-BOX。携帯ゲーム機は個人で買うことになってるけど、こういった据え置き型ゲーム機は主さんが買ってくれて本丸の中の遊戯室に置いてある。ソフトは主さんが買ったり僕たちが買ったりで、皆で貸し借りして使ってる。ゲームのジャンルも色々でアクションゲームが好きな刀剣もいれば、レースゲームとかシューティングゲームとか育成ゲームとか色々それぞれで楽しんでる。でも全員に共通してるのがRPGを好むことかな。これは多分、主さんの影響を受けてるんだと思う。特に人気なのは『FFシリーズ』。それから主さんオススメの『ジリオール』と『幻水シリーズ』。僕は『幻水2』と『FF4』が好きだな。主さんは『FF8』と『幻水』が好きらしい。尤も8が好きなのは『召喚獣が一番可愛い』かららしいけど。

 主さんは基本的に育成シミュレーションゲームか乙女ゲームかRPGしかプレイしない。『だって母の胎内に運動神経と反射神経置いてきたからね!』とか言ってた。同田貫さんと御手杵ぎねさんが買った格闘ゲームに無理矢理巻き込まれてたときは瞬殺されてたくらいだし。『テトリス』や『ぷよぷよ』の対戦モードだと短刀たちに負けまくって、主さんが勝てるのって機動の遅い大太刀とのんびり屋なみか爺くらいだ。

 だから、アクションゲームをしてるとは思えないんだけどなぁ……。

『よっしゃ! 免許皆伝ー! これで京都に行ける! 新撰組入隊じゃー! あ、その前に坂本に会わねば』

 主さん、ゲーム中は独り言多いよね。って!? 新撰組入隊!?

 思いもしない言葉に僕たちは慌てて。結果、襖を倒して主さんの部屋に乱入してしまった。

「うわっ、何事!?」

 突然部屋に乱入したことになる僕たちに、主さんは目を丸く見開いた。うん、ごめんなさい、主さん。

「主! 新撰組に入るって何!?」

「龍馬に会うってどういうことじゃ!?」

 一番下に兼さん、その上に陸奥さん、キヨ、ヤス君と重なって倒れてて、辛うじて僕は立ってる状態。そんな中でキヨと陸奥さんが主さんに問いかける。

「うわー……よりにもよって一番見つかったらアカン奴らに見つかった……」

 主さんは何処か遠い目をして僕らを見る。うん、聞こえてきた話からすると幕末が舞台のゲームだよね。諸に新撰組とか坂本龍馬とか言ってたし、歳さんや坂本が出てくるゲームなんだよね?

「歳さんや沖田が出てくるのか?」

「龍馬も中岡も桂さんも出てくるがか!?」

 けど、そんな主さんに気付かないのか、兼さんと陸奥さんが主さんを問い詰める。でも、一歩も主さんの部屋に入らないのは、歌仙さんと蜂須賀さんの教育的指導(時に物理)の賜物だよね。(最初に倒れて乱入しちゃったけど直ぐに起きて廊に出てたんだ)

 で、僕は脇差なんで、この中では唯一主さんの部屋に入れる。なので、『入りますねー』と一声かけて部屋に入り、主さんの横に置いてあったゲームのパッケージを手に取った。そこには『維新の嵐・幕末志士伝』と書いてある。

「あー……やっぱ気になるよね。仕方ない……」

 諦めたように主さんは溜息をついて『ちょっと待って』と言うとゲームをセーブした。何でもアクションの苦手な主さんにとって免許皆伝は難易度が高いらしくて、セーブせずにまたやり直しなんてことになると落ち込むと言ってた。

「お察しのとおり、このゲームは幕末を舞台にしてて、土方歳三も坂本龍馬も出てくる。というか主役だね。プレイヤーが操作できるし」

 何でもこのゲームは歳さんか坂本か、プレイヤーの作るフリーキャラのどれかを操作して遊ぶらしい。で、主さんは画面を見るにフリーキャラで遊んでたみたい。

「えー、沖田君は?」

 それにキヨとヤス君は不満そう。

「ってぇか、なんで近藤さんじゃなくて歳さんなんだ? ここはやっぱ局長じゃねぇのか?」

 うん、坂本が討幕派なら佐幕派は歳さんじゃなくて局長の近藤さんが妥当じゃないかなと思う。

「さぁ? 作った人の好みじゃない? まぁ、私が感じてる範囲だと、新撰組で一番人気あるのは土方さんって気もする」

 他は近藤さん、沖田君、それから斉藤さんあたりが人気らしい。後は試衛館メンバーも結構な人気あるとか。うん、嬉しいな。主さんの時代で、歳さんたちが好かれてるのって。

「で、これ、どげなげぇむなんじゃ?」

 興味津々の様子で陸奥さんが主さんに先を促す。

「あー、要は自分の好きな幕末史を作る、みたいな? 幕府やら朝廷やら雄藩の要人を説得して自分の考える思想に染めていくっていう。討幕派だと当然倒幕して明治政府作るのがゴールだし、佐幕派だと共和制にするのが目的かなぁ。因みに私はいつも佐幕・開国派。新撰組に入って監察方で働くの。んで、土方を攘夷から開国に思想変更させて、坂本を佐幕派にして、2人を親友にするのが目的」

「はぁ!?」

 僕、兼さん、陸奥さんの声が揃った。ちょっと待って、それ、ないから!!

「実際に本人たちの刀である皆にしてみれば『有り得ない!』って思うかもしれないけどさ、幕末史好きなら一度は夢見るんじゃないかなぁ。坂本龍馬と土方歳三が手を組むって流れ」

 そういうものなんだろうか? 主さんによれば、どちらも日本のために命をかけて戦った人だから、その方法は討幕・佐幕と正反対とはいえ、理解し合えたんじゃないかなと考える人は少なくないらしい。

「で、ゲームだから、そんな夢を叶えるべく動いてるわけだ、私のキャラが」

 主さんの目がテレビの画面に向けられる。そこには主さんのプレイキャラである志士のステータス画面がある。

「ね、主さん。女は新撰組には入れないよ」

「男装して女だってことを隠してるから大丈夫。女のほうが色々妄想の余地があって楽しいの」

 例えばこの志士が歳さんに叶わぬ恋をしてるとか、歳さんはそれに気付かないとか、坂本が気付いてて密かに応援してるとか、そういう妄想をするのが楽しいんだそうだ。よく判らないや。

「なぁ、主。これ、歳さんでも坂本でもぷれい出来るんだろ? なんでしねぇんだ?」

 歳さんに不満でもあるのかとちょっと兼さんはご機嫌斜め。

「んー、坂本シナリオは私が討幕は絶対にしたくないから選ばないかな。土方シナリオは難易度が高いんだよね。それに基本的に史実どおりに進むから……」

 そう、なんだ。ゲームであっても、歳さんはあの函館で……。

「ただ、巧くプレイすれば、坂本は明治時代を生きるし、土方も薩長を倒すんだよね。所謂グッドエンディングっていう、一番難易度が高いシナリオなんだけど。坂本龍馬や土方歳三を好きな人が必死にプレイするエンディングだね」

 せめてゲームの中だけでも、歳さんや坂本に志を遂げさせたい、そう願う人がいるんだ。

「ねぇ、それって、歴史修正主義者と同じってこと?」

 ヤス君が心持低い声で主さんに問いかける。そうか、敵は現実の歴史に干渉して歳さんを生かそうとしてる。それは同じなのかな……。

「全然違うよ、ヤス君。歴史修正主義者は土方さんの人生の全否定。ゲームは有り得た可能性の1つを夢見るだけ。土方さんや坂本さんの人生を受け入れた上で、飽くまでもこうなっていたらどうだろう、という想像でしかないの」

 ただ、こういう願いは歴史修正に繋がる可能性もなくはないのかなぁ……主さんはそう溜息をついた。

「ほいたら、このげぇむそふとが歴史になんかの影響を与えちゅうゆうのはないがか?」

 黙って兼さんやヤス君と主さんのやり取りを見ていた陸奥さんが徐に問いかける。

「ん? 陸奥さんや、どういう意味だね?」

「たぁくさんの人間がこのげぇむをぷれいしちゅうがやろ。しかもこがいなげぇむをするんはおんしのように新撰組やら龍馬が好きな奴じゃな?」

 つまりは、主さんが言ったように、現実の歴史を変えることは出来なくても『ゲームの中で自分の理想の幕末史を作ろう』とする人たちってことだ。

「あー……例えばこのげぇむに呪を仕込んで、歴史修正主義者の力にするとかか?」

 珍しく兼さんが頭を使ってる! 兼さん、歳さんに似てるんだから頭はいいはずなのに、普段は脳筋もいいところだからなぁ。

 たくさんの思いが集まればそれは力になる。僕らが付喪神になったのだってそうだ。歳月を経ただけではなく、そこに僕たちを使ってくれた人たちの思い、歳さんや他の所有者たちへの思いが僕たちを付喪神にして、刀剣男士にして、力を与えてくれている。その逆のことがこういった『歴史ゲーム』で起こらないとは言い切れないと陸奥さんや兼さんは考えたんだろう。

「え」

 思っても見なかっただろう陸奥さんと兼さんの言葉に主さんは呆然。そして、ハッと我に返ると廊に飛び出し叫んだ。

「石さん、太郎さん、次郎じろちゃん、蛍君、序でに青江と切国ーーーーー!!!!!!!」

 御神刀である大太刀4人と霊刀である青江さん、それからあやかし斬りの刀である兄弟を呼ぶ。兄弟は正確にはその写しってことなんだけど、本当は兄弟が山姥を斬っていて、だから兄弟の本科である長義作の刀にも『山姥切』の号がついたという説があるらしいんだ。というか、所有者はその説を押しているらしいんだよね。だとすれば、兄弟は妖斬りの刀ってことになる。なので、うちの本丸では御神刀4振や青江さんとほぼ同じ扱いをされてるんだよね、兄弟。初めはそれに戸惑ってたみたいだけど、最終的には『あんたがそう言うのなら』って受け入れてた。まぁ、仮に兄弟が本当に山姥退治をしていたとしても、付喪神になる前のことだから記憶になくても無理もないしね。それに僕や山伏ぶしの兄弟にしてみれば、主さんの言葉で切国の兄弟がちょっとでも自分に自信を持ってくれたほうが嬉しい。

「やあ、主、君が僕を呼んでくれるなんて珍しいね、どうしたんだい?」

「写しの俺に何の用だ」

「主、呼んだー?」

 青江さんと切国の兄弟がほぼ同時に現れる。機動値では劣る蛍君は切国の兄弟が背負ってた。

 それからやや遅れて太郎さんと石さんが来て、最後に現れたのは派手な着物をまとった本丸2人目の女装家、次郎太刀さんだった。

 次郎さんはつい最近本丸に来た。主さんの日課の鍛刀でね。小夜ちゃんのために江雪左文字狙いで回してた鍛刀が2時間半で『あー、長谷部さんか』なんて近侍だった僕は思ったんだけど、やって来たのは次郎太刀。太郎さんが喜ぶよりも先に小夜ちゃんに謝ってたなぁ……。小夜ちゃんや今ちゃんに謝る回数多いのって、ダントツで光忠さんで、次が伏の兄弟、兼さん、同田貫さん、獅子君。伽羅さんもこっそり謝ってるらしい。

 そんなことを僕が思ってる間に、主さんは事情を6人に説明してた。そして、6人は思いっきり呆れた目を主さんに向けてた。

「何の呪の気配もないよ。付喪神だって宿ってない。無用の心配だね」

 苦笑して石さんが告げて、主さんはホッとしたようだった。というか、主さん、普段なら陸奥さんたちの意見、冷静に否定してるよね。疲れてるのかな。

「なら心置きなくプレイ出来る! よーし、新撰組に入って歳さんの小姓になるぞー」

 主さん! 是非歳さんの小姓に!! そしたら兼さんも僕も歳さんと一緒に主さんにも仕えられるからね! あ、ゲームだった。

「ったく、主ってば変なところで想像力豊かだよねー」

「いや、言い出したのは陸奥だろう。それに乗せられたのは主だがな」

「本当に妄想逞しい主だよね」

 蛍君、兄弟、青江さんがゲームのコントローラーを握って叫ぶ主さんを呆れた顔で眺めつつそんなことを言ってた。

 主さんにいきなり呼びつけたことを詫びられて、急遽集合した6人は解散していく。

「なーんか変わった主だねぇ」

 まだ本丸に来て日の浅い次郎さんがポツリと呟く。それにお兄さんである太郎さんが苦笑しつつ応じている。

「けれど仕え甲斐のある主ですよ。お前にもそのうち判るでしょう」

 太郎さんは本丸に来たのが本当に初期。2週目にやって来た最初の大太刀だから、僕と同じようにほぼずっと第一部隊にいたし、今では祐筆班にいる。だから、多分、他の刀剣よりは主さんのことを理解してる。

 これは僕にも言えることで、他の新撰組刀剣よりは主さんに近いし、主さんのことを判ってるって自負してる。正直なところ、兼さんもヤス君もキヨもそれが面白くないみたい。でも仕方ないよね。僕たち4人が顕現した日は近いけど、3人は数の多い打刀。一方の僕は全部で6振(うちにいるのは物吉貞宗以外の5振だけど)しかいない脇差。打刀は既に主さんが絶対の信頼を置く初期刀の歌仙さんと絶対的第一部隊隊長の鳴君がいる。だから、これ以上祐筆班に打刀が入る余地はない。幸い僕はばみ君と同じ日に本丸に来たから、ばみ君とコンビみたいな形でずっと第一部隊からの祐筆班。早めに来れてよかったなぁ。1日遅ければ僕のポジションにはきっと青江さんが入ってたんだろうし。

「ま、いやな主じゃないのは判るよ。たっぷり飲ませてくれるしねぇ」

 本丸に来た日に宴会を開いた主さんに、次郎さんは好意的みたいだ。うちの本丸、飲兵衛多いからな、主さんの影響で。それも次郎さんは気に入ってるらしい。

 これだけ大騒ぎしてたのに、普段なら『雅じゃない!!』って怒る歌仙さんは幸い自室(主さんの私室の隣)にいなかった。だから、主さんも僕らも叱られずに済んだ。歌仙さん、カンスト祝いに茶室を作ってもらってたから、休日はそっちにいることが多いんだよね。ふふ、僕のカンストのおねだりの兼さんと3人での現世行きも楽しかったなぁ。

「主さん! 僕にも何かゲームソフト貸してください! 皆で出来るヤツ」

 これ以上、主さんのお楽しみの時間を邪魔するわけにはいかないよね。だから、5人で楽しめるようなゲームを貸してもらって、主さんを早く解放してあげなきゃ。

 因みに主さんが貸してくれたのは光忠さんや伽羅さんや五虎君、長谷部さんや宗三さんの嘗ての主がヒャッハーと暴れまわる某戦国アクションゲームだった。その対戦モードで僕らは(主に兼さんと陸奥さん)大いに盛り上がったのだった。