審神者になってはや半年。あっという間に時間は過ぎている。とはいっても、みか爺来て以来、我が本丸の陣容に変化はない。物欲センサーが仕事をきっちりしてくれてやがるせいで、岩融も江雪左文字も長曽祢虎徹も小狐丸も次郎太刀も来ない。皆さーん、ご兄弟が首を長くして待ってますよ!! 特に岩融と江雪左文字!! あ、一応明石国行も待ってますよー。ニートしたいなら来なくてもいいですけど。
「主君、葉っぱが真っ赤です!」
庭の紅葉がチラチラと舞うさまを見て、膝の上で
「あの色、国俊の髪の色みたいだね、主!」
背中に覆い被さるようにして言うのは蛍君。庭では
「大将、獲ってきたぜ!」
そう言って現れたのは、大きな篭一杯に
「兄様が大きいの、一杯くれた」
小夜ちゃんは嬉しそうに言う。ああ、そうか、今日の畑当番は宗三と長谷部だった。
「よし、じゃあ準備しようか」
秋君を膝から降ろして、焼き芋の準備。新聞紙を水に浸して芋を巻き、その上からアルミホイル。
「今日は唐芋だけど、今度はジャガイモにしようか。ジャガイモもバター乗せたりマヨネーズ乗せたりするとまた美味しいし」
短刀全員と作業しながらそう言えば、途端に食い意地の張ってるメンバーは今度はいつ!? なんて食いついてくる。短刀全員と作業なのは流石に本丸全員分(私含めて39人)を1人で作業するのは無理があるから。私は1本だけだけど、刀剣たちは2本ずつだし。
「なぁ、大将、唐芋って甘藷のことか?」
「え、甘藷ってサツマイモでしょ?」
「でも、これ、甘藷ですから」
薬研、乱、ひぃ君がそう言いながら首を傾げてる。ひぃ君微妙に混乱してるっぽいし。
「ああ、私は熊本、昔でいう肥後の生まれだからね。九州ではサツマイモよりも唐芋のほうが一般的なんだよ。
細川家にいた小夜ちゃん、黒田家にいたこともある厚は『唐芋』にも違和感はなかったみたいだけど、主に本州の大名家にいた他の短刀たちはへぇと頷いてる。平安時代末期までの記憶しかない今ちゃんに至っては甘藷自体を知らなかったし。
「さて、準備できたし、焼くぞー」
「おおー!」
私の掛け声に短刀たち全員が楽しそうにいいお返事をしてくれたのだった。
が……このとき、焼き芋とも肥後や薩摩とも何の関係もない疑問が私の中に湧きあがっていた。
夕食やらなんやらで日中に抱いた疑問をすっかり忘れていた私だが、それを思い出したのは歌仙と光忠のおかげ(?)だった。
「ねぇ、主、明日のお八つのことで相談があるんだけど」
「僕と光忠では話がまとまらなくてね。互いに譲らないものだから、いっそ主に決めてもらおうかと思って」
夕食も入浴もミーティングも終わったときに、2人がそう切り出したのだ。
「今日たくさんサツマイモを収穫したでしょ。明日のお八つもそれを使って何か作ろうと思うんだよね。僕としてはスイートポテトってのが気になるから作ってみたいんだけど」
「何を言うんだい、光忠。唐芋のお八つと言えばいきなり団子に決まってるだろう!」
「はい! いきなり団子に決定」
口々に主張し始めた光忠と歌仙。それぞれから出たメニューを聞いた瞬間即決!
「いきなり団子、とは?」
聞いたことのない名に一期が首を傾げている。そう、毎晩の幹部ミーティングが終わった後にこの話題になったから、他の参加メンバー、
「あ、そっか。うちだと知ってるのは歌仙の他は小夜ちゃんと同田貫、蛍君くらいかな」
「ということは肥後に
長谷部の確認に肯定で頷きを返す。そう、熊本のお八つ、いきなり団子。尤も他の名称で他の地域でも同じものはあるらしいけどね。
「初めて聞きますなぁ。どのようなものなのですか、主どの! 鳴狐も興味津々でございますよぅ」
中々に食い意地の張ってるきぃちゃんも話に加わってくる。
「小麦粉を練った皮で餡子と唐芋を包んで、それを蒸かしたお菓子だね。郷土のお八つって感じのもの」
熊本県民(いや、九州民?)なら馴染みの深いお八つだ。熊本銘菓の陣太鼓とか武者返しとかカスタードケーキなんてのはあれはお土産用で家庭のお八つじゃないからね。
「ちょっと、歌仙君!? さっきまで君、大学芋主張してたよね? なのになんで変えたのさ」
ん? 歌仙途中でメニュー変更だったのか。不満げに光忠が愚痴ってる。うん、光忠、それはかっこよくないよー。
「大学芋もいいなぁ」
「大学芋でもいきなり団子でも主の好きなほうを作ろうか。ただ主もここに来て半年が過ぎたからね。肥後が懐かしいのではないかと思ったんだよ」
「それはあるなー。こっちに来る前から2年は熊本離れてたから随分食べてないし」
普段はそんなに食べたいとは思わないんだけど、そう言われると無性に食べたくなるのが人間ってものです、ハイ。
「……判った。じゃあ、明日のお八つはいきなり団子だね。歌仙君、作り方教えてくれるよね?」
若干ジト目で歌仙を見ながら光忠が折れた。そうそう、歌仙と光忠はカンストして以降、お八つまで手作りするようになってる。それまではスナック菓子やらクッキーやらケーキやらおはぎやら饅頭やら大福なんかを通販で買ってたんだけどね。
「そういえば、歌仙殿はサツマイモを唐芋とおっしゃるのですな。他は主殿と小夜、同田貫、蛍……見事に肥後におられた方ばかりですか」
「俺もサツマイモよりは唐芋のほうが馴染みがあるな。恐らく厚もそうだろう」
一期の言葉に応じるのは長く福岡にいて、この戦争が始まるまでずっと福岡市博物館で展示されてた長谷部。
「やっぱ、唐芋は九州限定なのかな」
「福岡でも半々かと。俺は何故か唐芋のほうがしっくりきますが、これは主に顕現された霊力の影響かもしれません」
「え、そんなことにも私の影響ってあるの?」
趣味嗜好に影響が出ることは判ってる。例えばお酒。ここの刀剣たちは揃って酒飲みだ。私がもともと結構強いのもあって、皆ザルか枠。交流掲示板情報だと光忠とか歌仙とか兼さんとか、結構弱いらしいのに。それに皆洋酒や焼酎よりも日本酒を好むのも私の影響だろうな。一番顕著な嗜好?は全員が全員、短刀に甘いことだろうけど。顕現して一番日が浅いみか爺だって、短刀たちにはデロ甘い。袂に飴玉や個包装のクッキーやお煎餅を入れては短刀たちにあげてるし。
「そうですな、主殿の影響というの大きいかと。どうやら、よその同位体よりはこの本丸の刀剣男士はパソコンの扱いに長けているようですし」
ああ、よそでは歌仙とかみか爺とか
「そういうものか。じゃあ、私が阿呆なこと思って顕現すると、それが刀剣男士にも影響しちゃうんだね。気をつけないと」
特に鶴丸国永とか鶴丸国永とか鶴丸国永とか。絶対『びっくり爺きたー!』とか思わないようにしないと。先輩のところの鶴丸国永が結構悪戯好きらしくて先輩と先輩の歌仙が苦労してるらしいからなぁ。流石に落とし穴は掘らないらしいけど。
「大丈夫じゃないかな。主は僕らを呼ぶときには真摯に語りかけてくれたからね。この戦いのために力を貸してほしいって」
「ええ。ゆえに俺はあなたを主として顕現したのです」
そっか。じゃあ、これまでどおりにちゃんとまじめに顕現します! 次がいつになるか判らないけどね。
で……ふと思い出した。昼間に感じた疑問。皆が、特に長谷部が『主』連呼したせいというか。
「今まで聞く機会なくてなんとなく流してたけど、皆なんで私のこと『主』って呼ぶの? つーか、この『主』ってまぁ君やひぃ君や秋君みたいな『主君』認識? それとも『刀の所有者』認識?」
そう、皆に普通に『主(さん・殿)』って呼ばれてるけど、これってどういう認識なんだろうなぁって思ったんだよね。
「いきなりどうしたんだい? 本当に唐突だね」
歌仙が苦笑してる。うん、確かに今更だよねー。もう本丸稼動から半年経過してるし。
「半年たって落ち着いたから、かな」
今まで必死で突っ走ってきて、刀剣男士も3分の2がカンストしてだいぶ落ち着いたから、そういう疑問を感じる余裕が出たって感じかな。
「まぁ君、秋君は『主君』だから間違えようもないし、薬研と厚と後藤のトリオも『大将』だからまぁ、同じ認識なんだろうなって思うんだよね。ただ、『主』呼びしてるメンバーはどうなんだろうって」
「勿論、あなたは俺のご主君です!!」
即答したのは長谷部。うん、主命主命言ってるんだから、君は聞かなくても判ってたよ。
「長谷部は言葉遣いからも主君認識なんだろうなーって思ってた。でもね、基本、主呼びしてるメンバーでも呼称以外は対等な位置づけでの話し方でしょ? まぁ、一期とか太郎さんとかは一応敬語だけど。でもガチガチに臣下が主君に話す言葉遣いじゃないよね。同田貫や伽羅や兼さんなんて2人称は諸に『アンタ』だし」
少なくとも、まぁ君、ひぃ君、長谷部以外は『主君』に対する言葉遣いじゃないよね。ベースが丁寧語のメンバーでも飽くまでも『丁寧語』であって、謙譲語や尊敬語多用ではないし。ここにいるメンバーだと歌仙と光忠はフランクなタメ口、一期はフランクな丁寧語、長谷部がガチな臣下系。無口な鳴君は一応タメ口かな。あ、お供のきぃちゃんは臣下系だな。
「そういえば、顕現したときから『主』と呼んでいたね」
「ああ、そうだね」
フランク組の歌仙と光忠が呟く。
「でも2人とも私を主君とは思ってなさげ。私に対する2人称『君』だしね。主君と思ってれば長谷部と同じ『あなた』でしょ」
元々敬称の『様』『殿』『君』には明確なランクがある。一番敬意が高いのが当然『様』。『殿』は武家社会の影響で誤解があるけど、実際は同等な立場の相手に対する敬称。『君』は同等だけど歳若い相手に対するもの。尤もこれは武家社会以前のランク付けだけどね。つまりみか爺や石さん、獅子君たち平安組に馴染みのある認識といったところかな。で、それから判断すると、2人称『君』なメンバーは少なくとも『主』と呼んではいても対等な立場としてみている気がする。あと『主様』じゃなくて『主殿』な一期ときぃちゃんも少なくとも私を目上の者としては見てないだろうな。
「……言葉の面から言われるとは思ってなかったよ」
自説(というほど大したものでもないけど)を披露すると、歌仙が苦笑する。
「伊達に国文科卒じゃないからね。一応これでも平安女流文学専攻してたから、そこらへんの言葉には他の人よりは敏感かも」
中学高校時代は最低ラインの勉強しかしなかったけど、大学は勉強漬けだったからねー。だって、大学は好きな学問をするためにいくところって認識だったし。高額な学費(尤も私立なのにうちの大学は公立並に安かったけど)を両親に出してもらって通わせてもらってたってのもあって、大学では真面目に勉強したなぁ。元々好きなことだったから、苦にもならなかったし。まぁ、好きなことだけ、つまり就職には大して役に立たない国文学を勉強してたから、就職活動は苦労したんですけどね。素直に教員採用試験受けてたらよかったのかな。
「ふふ。ならば主は僕とお揃いの文系なんだね」
文系理系体育会系にお揃いとかそういうのあるのか? まぁ、歌仙が嬉しそうだから、野暮な突っ込みはしないけど。
「そうだねぇ……『主君』と意識はしていないかなぁ。そもそも忠興公のことだって『主君』と思ってるわけではないし。彼は飽くまでも僕の所有者だからね」
「信長公も政宗公もそうだね。『所有者』であって主君じゃないな」
「それをいうなら、我々は『主君』であった立場の方々の所有物ですからな」
「仮令信長公の直臣でないとしても、如水公も黒田家では主君という立場でしたから」
「うちも、藩主だったし」
あ、そーか。彼らの所有者は基本的に皆『主君』だったメンバーだ。とんさんとか幕末組とか一部例外はいるけど。それを考えれば、彼らも『主君』の付属物であって、そもそも『臣下』じゃないってことになる。
「ってことは、基本的には主=所有者認識なわけだね」
「そうなるね。ただ僕らの認識からすれば、多分、一番感覚的に近い主の呼称は、薬研君たちの『大将』なんじゃないかな。主は僕たちを指揮監督してくれる立場だ。えーと、主たちの時代で言えばりーだーとか上司とかかな」
ということはあれか。私の立場を表すちょうどいい呼称が刀剣男士の語彙の中にないから一番近い『主』を使うってことなのかな。
「ちょっと気楽になったかな。正直、主君と思われてると肩が凝るというか……身分の上下も主従関係もない世界で生きてきてたから、ピンとこなくてね。特に自分が『主』の立場だとさ。でも皆が『俺の今の持ち主だから主だよー』って思ってるんだったら、うんそうだね! って思える」
まぁ、『持ち主』ってのも微妙なんだけど。確かに彼らは刀剣が本来の姿で『物』なんだけどさ。今は人格を持って血肉を持って目の前に『人』として存在してるから、それを『物』扱いするのはなんとなく良心が咎める。
「今の言い方、
クスっと鳴君が笑う。うん、自分でも言っててそう思った。
「俺は主君と思っているのですが、迷惑でしたか」
一方、長谷部が背景に落ち込み線背負って鬱ってる。
「迷惑じゃないよ、長谷部。例えば今本丸にいる38振全部が私を主君として見てたら、そりゃ重圧に耐えかねるかもしれないというか確実に耐えられなくて折れるけど、逆に数振『あなたは自分たちの主君です』って見てくれてると、気持ちが引き締まるよね。そう見てくれている人がいる限り、その人に対して恥ずかしいことは出来ない、ちゃんとしなきゃって」
主君ってのは違和感あるけど、そう見てくれる人たちがいることは自分の立場を思い出させてくれる。私はこの本丸の責任者で、彼らの指揮官で命やその存在を預かってるんだって。
「こんな俺でもあなたのお役に立てているのならば身に余る光栄です」
わずかに桜が舞ってる長谷部。ホント、君は判りやすいよね。長谷部って基本的に何処の本丸でも主厨で社蓄系らしいんだけど、素直な忠犬タイプとクールで皮肉屋タイプに分かれるらしい。どうやらうちはワンコ系か。こんな主に対して尽くしまくります! な刀だって知ってたら、信長は黒田官兵衛に下賜したのかなぁ。……ウザがって早々に下賜してそうだ。
「そういえば、皆からあんまり以前の所有者の話を聞いたことってなかったね。ぬかったわー。五虎ちゃとか兼さんとか
上杉謙信に土方歳三! 戦国時代で一番好きな武将と幕末で二番目に好きな人。
「どうしてそこに僕や伽羅ちゃんの名前がないのかな? 政宗公に興味がないわけじゃなよね?」
「主、ともに肥後について語ろうか。何、確かに主は忠興公だけど、珠様や幽斎様についてでも構わないよ!」
「信長のことでも黒田のことでも語ります。主命とあらば明太子のことであろうとも語りましょう。にわかせんべい、とおりもん、筑紫もち、ご随意にどうぞ」
「焼け落ちたせいで記憶がないのが悔やまれますな。主殿に太閤殿下の面白えぴそーどをお話できればよかったのですが」
「……主が興味ありそうな主がいない……」
え、いきなりなんでプレゼンするかな。あー、やっぱり、前の主に対して思い入れあるよねー。謙信公と土方さんだけ、ピンポイントで言われたら面白くないよねー。てか、長谷部、それ福岡県民じゃないと判らんよ……(全部お土産にいい銘菓。うちの実家だと筑紫もちが人気かな)。粟田口コンビ、落ち込まなくていいから。
「いやー……なんか、光忠や歌仙や長谷部に語らせるとさ……すんごくディープな話になりそうで。前の主大好き! って、一晩かけても語り尽くせないくらい喋りそう」
怒濤の勢いで語りそうだよなぁ。だから、同じ理由で今ちゃんの源義経、キヨやヤス君の沖田総司の話も聞けてない。聞いたことあるのはみか爺から剣聖将軍足利義輝のことだけだな。
「えっ、僕、そんなに政宗公に執着とかないよ?」
すると意外な反応。光忠がきょとんとした顔で私を見る。かっこよく決めたい光忠の可愛い表情です。うん、こういうギャップも可愛いよね。
「執着ないって、その姿見れば影響出まくりだよね」
右目の眼帯はどう見ても政宗公の面影を映してるし、黒尽くめの装束は恐らく政宗公の甲冑『鉄黒漆塗五枚胴具足』がモチーフだよね? 影響されまくってるのは、それだけ光忠にとって政宗公が特別だってことじゃないのかな。
「確かに僕の姿とか言動って政宗公の影響を受けてはいるけど。でも僕を『燭台切光忠』にしたのは政宗公だから当然だよね」
影響受けてるでしょという私の言葉に光忠はそう答える。ああ、そうか。確かに無銘光忠の太刀を明確に他とは分ける『燭台切光忠』にしたのは政宗公か。彼があの逸話の行動をし、名付けたから光忠は『燭台切光忠』になったんだもんな。そりゃ、影響大きいか。
そういう意味では歌仙が特に細川忠興を意識するのも、長谷部が信長に執着してるように見えるのも『名付け』たことが関係してるのかもしれないなぁ。
「政宗公って、僕にとっては何十人目かの主で、その後にもたくさん主だった人はいるんだよ。政宗公にだけ、そんなに執着はしてないって」
言われてみれば至極当たり前のことだ。確か光忠が作られたのは鎌倉時代中期。政宗公の下へ来るまでに300年は経ってる(既に付喪神になってるよね)。人生50年時代だから単純計算でも6人はそれまでに他の『主』がいただろうし、実際には何十人もいたのかもしれない。政宗公の後にもやっぱり300年近い歳月を過ごしてるから、それなりの人数の『主』がいたのは間違いないもんなぁ。名前をつけてくれて、恐らくほぼ『刀剣』として最後に振るってくれた主だから政宗公のことは他の主よりもちょっとだけ特別。でも、政宗公だけに執着するわけでもないってことかな。
「有名どころって意味では信長公と政宗公がダントツだけど、そんなの後世の評価だし……僕にとってはどの主も等しく僕を大事にしてくれた大切な主だよ」
想像していたことに光忠が答えをくれる。やっぱり、どの主も皆光忠にとっては大切な『持ち主』だったんだろう。それほど愛された刀だから、焼身したとはいえ現代にまで残り、名が伝わっているんだ。
「僕だってそうだね」
続いてのプレゼンは歌仙か。いや、プレゼンじゃないけど。青年の主張! ってか?
「確かに忠興公の影響が強い。僕に名付けるきっかけとなったのは忠興公だし、僕の拵えを作ってくれたのも忠興公だ。苛烈なお人だったから良くも悪くも印象強いしね。だけど、歴代の細川家当主は僕にとって皆大事な主だ。そう、主がよく知ってるといえば……天下を取った主だね」
「あー……元知事で元首相ね」
いたな、そういえば。当主が県知事選に立候補して確か賛否両論だったような。あのころは皆県知事じゃなくて『殿』って呼んでたよな。そして、数年後、国政に打って出て、最終的には連立内閣でバランス調整の意味もあったんだろうけど首相になったもんなぁ。あれは歌仙たちにしてみれば天下を取ったことになるのか。まぁ、地元でも『うちの殿が首相になった』って若干浮かれてはいたな。
「そう。天下を取ったときには快哉を叫んだよね。ただ……晩節を汚しそうになったときには何を考えてるんだい!? とも叫んだけど」
「えっ、殿、何かやらかしたの? 私が21世紀にいた頃は地元に引き篭もって陶芸三昧だったはず……」
「まぁ、色々とね……。評価する人もいるんだろうけど、僕としては雅じゃないと感じたかな」
一体何をやったんだろう、殿。私が知ってる範囲では政界引退して政治の世界からは完全に身を退いてたはずなんだが。まさに殿様って感じに陶芸やら絵画やら美の世界に生きてるイメージだったんだが……。あとでちょっとググってみようかな。でも歌仙が雅じゃないって感じてるんなら、多分私も『殿何やってんすか』ってなる気がする。
ちょっと元うちの知事さんの将来(ここからすれば過去だけど)を心配してると、今度は苦笑した長谷部が主張スタート。あ、長谷部も殿のヤラカシを知ってるっぽいな。
「俺もあいつにだけ執着しているわけではありません。確かに公のエピソードが強烈でしたから、こだわりはありますが。決して長政様を蔑ろにしているわけでもありません。おそらく、宗三左文字も同じでしょう。良くも悪くもあの魔王は影響力が大きいのです」
だよねー。日本史で一番インパクトの強い人物なんじゃないの、織田信長って。良くも悪くも。長谷部にしろ宗三にしろ、そりゃあの人にこだわっちゃう部分大きくなるよね。寧ろ信長の懐剣だったはずの薬研が一切信長について触れないことのほうが不思議なくらい。あ、でもあれか。薬研は『主を殺さない懐剣』だから、信長が自刃したことはトラウマなのかな……。
「私はどちらかといえば、前の主の影響は少ないほうでしょうな」
大坂夏の陣で一度焼身してる、一期。そのせいか豊臣時代の記憶は曖昧らしい。うん、あんまり影響受けてなくて良かったんじゃないかな。あ、でも、なんとなく人を惹きつけるところは『人
「ああ、強かったら大変なことになってる気がするな。主に色事関係で」
「太閤殿下の女性に対するご興味はかなりものだったらしいしねぇ」
私が何かを言うよりも先に一応秀吉の配下を主に持つ長谷部と歌仙が応じてる。うん、私も一期がそっちの意味で影響を受けてなくて良かったと思うよ。尤も影響の強い個体もいるらしくて、さにちゃんでは『エロイヤル』なんて言葉もあるけど……。
「それいうなら、僕だってちょっとね……政宗公も側室多かったし」
そうだった。政宗公って妻妾10人、子女16人だった。あれ、秀吉よりも多い……よね? うん、まぁ、時代が時代だから、子供をたくさん持つのは当然だろうし、それだけ子供がいたから一族が繁栄したんだろうけど……光忠もそっちの意味での影響受けてなくて良かった。
「うわー、そっちで影響受けてなくてよかったよ。女狂いなお兄ちゃんとかオカンとか見たくない」
「オカンじゃないからね、僕は!」
でも、自分でも影響受けてなくて良かったと思うよと光忠は文句の後に苦笑する。尤も光忠にしても一期にしても、仮に影響を受けて超女好きな個体になってたとしても、女も女で喜んで大勢の中の1人になりそうではある。見た目は文句なしにカッコいいし、2人とも性格だって穏やかで優しいし。
「以前の主に執着が強いのは、その主しか知らない者、或いはその主が最後の主だった者かな」
ちょっと光忠と一期が居た堪れなさそうな顔してるからか、歌仙が話題を転じた。
なるほど、確かに『主』が少なかったり自分を使ってくれた最後の主が近い時代にいれば、やっぱりその分執着もあるのか。
「今君以外はほぼ幕末刀だね。
今ちゃんの主はほぼ源義経オンリーといってもいい。しかも、今ちゃんは義経が自刃に使った刀といわれてるから、結構な執着があるかもしれない。……ガチで源頼朝関係の刀とか藤原泰衡関係の刀とか、梶原景時関係の刀とか実装されませんように。今ちゃんの精神的にヤバイ気がする。
幕末刀はそれ以前にも所有者はいたけど、幕末は最後に刀が使われた時代でもある。ほぼ美術品化してた他の刀剣たちと違って、彼らは『美術品』ではなく最後まで実戦刀だった。そして、その最後まで自分を振るっていたのが土方歳三であり、沖田総司であり、坂本龍馬だ。そりゃぁ、思い入れ強くなるよね。ましてや兼さんは多分、土方歳三以外の主を知らないだろうし。
……ん? 多分作刀年代的に国君もキヨもヤス君も陸奥も幕末には付喪神になってただろうけど、兼さんはまだピカピカの新品だよね。付喪神にはなってないから意識もないだろうけど、どうなんだろう。
「使っている者の思いが強ければ、付喪神として目覚めるよ。明確な意識はなくともなんとなく兼さんも感じていたんじゃないかな。何しろ兼定の名を持つ名刀なんだから」
兼さんの曾々爺ちゃん認定な歌仙が言う。確かに100年経ってなくても付喪神化することはあるらしいから、そういうこともあるんだろうな。兼さんの土方歳三への執着を見ても、多分、使われてた当時からそれなりに自我が目覚めてたっぽいし。
そんなことを考えていると、『主』と、何処か真剣な顔をして歌仙が呼びかけてきた。あら、今までとなんか雰囲気が違う。歌仙の表情に自然と背筋が伸びる。
「今、僕らを所有し、僕らの主であるのは君だよ、主。そのことを忘れないでほしい」
歌仙は言う。自分と歴史上の偉人となっている嘗ての主を比べる必要はないのだと、歌仙は続けた。
「僕たちの中では刀剣時代の主も今の主である君も等しく『主』なんだよ。君は僕らを振るえないというけど、基本的に幕末刀と同田貫以外は振るわれた時間よりも飾られたり蔵に仕舞われていた時間のほうが長い。寧ろ主自身の手ではないけれど刀剣の本分である戦いに出してくれている今の主のほうが歴代の飾ってただけの主よりも仕え甲斐はあるね」
多分、殆どの審神者は感じたことがあるだろう悩み。それは、刀剣男士たちの嘗ての所有者である武将たちと、平々凡々な平和ボケした一般人でしかない自分たちの格や覚悟の違い。
戦乱の世を駆け抜けた武将、しかも歴史に名を残しているほどの武将たちが、刀剣たちの嘗ての主なのだ。そんな比べようもないほど雲の上の存在である武将たちの愛刀だった刀剣男士に対して、引け目を感じてしまう部分がないとはいえない。物足りないんじゃないか、不満があるんじゃないか。そんなことを思ってしまうことだってある。これは私に限った話ではないだろう。
まぁ、私は基本的にお気楽に考えるタチなので、深刻に悩んだことはないんだけど。主君じゃなくて上司、と思ってるせいでもあるし、歴史が好きだから、直接知ってる刀から話聞けるのラッキーと前向きに捉えてる部分もあったし。
でも、全く気にしてなかったわけじゃないってことが、どうやら歌仙にはバレてたらしい。ホント、この初期刀、侮れないな!
「そこまで気にしてないよ? どうやったって戦国武将や幕末の志士には適わないもの。ただ、皆が比べて失望してなきゃいいなぁって思ってただけ。そうじゃないなら、安心した」
これは本心だから、笑って応じる。すると歌仙も微りと笑った。
「主、君はよくやってると思うよ。21世紀って僕たちが知るどの時代よりも平和で安全な時代だったんだよね。少なくともこの日ノ本は。そこから連れて来られて、いきなり人外の僕らと生活して戦えって相当な無茶振りされてるよ。でも主は僕たちにちゃんと刀剣男士としての本分を果たさせてくれてる。失望なんてするはずないじゃないか」
「うん。主はちゃんとやってる。ずっと第一線にいた俺が保証する」
「主に失望するなど阿呆なことを抜かす輩は俺が圧し斬って進ぜましょう」
「主殿に失望などお覚悟めされよというところですな」
光忠、鳴君、長谷部、一期がそれに続く。ちょ、お前ら、私を泣かす気か!
「ありがとう、ちゃんとやれてるんだね、私」
正直なところ、どれだけやっても不安だった。政府からノルマは提示されてるけど、それだけでいいのか判らなくて。他の一般的な本丸に比べれば遥かに多い出陣数だって、その不安の表れだった。でも、少なくとも私のやってきたことは彼らにとっては満足できることだったらしい。それが判ってほっとした。
「ちゃんとやれてるというか、やりすぎだよ。睡眠不足で倒れるなんてことはもう勘弁願いたいものだね」
3ヶ月目にぶっ倒れたことを未だに言うか、歌仙!
「あれから無茶はしてないよ」
「目を離すと無茶をしそうになるけどね」
「全くですな」
反論したけど直ぐに光忠と一期から再反論。むぅ、解せぬ。
「取り敢えず、主どのはそろそろお休みになったほうがよろしいのではないですかな? まもなく日付が変わりますよぅ」
その場を収めてくれたのは意外にもきぃちゃんだった。……目をシパシパさせてるから当狐が眠かっただけかもしれない。
「それもそうだね。じゃあ、明日のお八つはいきなり団子だから、楽しみにしていてくれ主」
忘れてなかったんですね、歌仙さん!
そうして、唐芋から意外なところに話が着地した、ある意味ディープな一日が終わったのだった。