蛍君が本丸に来た翌々日、その知らせは政府からの重要通達メールで届いた。そのメールに目を通し、直ぐに一期と
「博多藤四郎と後藤藤四郎ですと!?」
私から話を聞いて一期は興奮。鳴君も目を大きく見開き珍しく表情が変わってる。いつもはお喋りなきぃちゃんまでその知らせに言葉も出ないようだった。
政府からの通達は3日後から大阪城地下ダンジョンが出現するということ。調査の結果、そこには博多藤四郎と後藤藤四郎がいるらしいということ。どうやって調査したのかは判らないけど……。そして、これまでと違って時空が不安定らしく、前回までは約半月程度は出現していたダンジョンが今回は僅か120時間5日間しか出現しないということ。正確には政府の科学力でダンジョンを安定させておくことが可能な時間が120時間ということらしい。
博多藤四郎はこれまでの大阪城地下ダンジョン(過去に2回出現している)でも確認されていたけど、後藤藤四郎は初確認。今まで存在が確認されていなかった刀剣男士だ。政府が協力確約は取っていたらしいけど、何故か本霊が行方不明になっていたそうだ。それは博多藤四郎も同様で、どうやらこの2振は敵側に囚われているのではないかと言われている。これはドロップのみの刀剣男士全般にいわれることでもある。つまり、検非違使ドロップのみの浦島虎徹と長曽祢虎徹、6-2ボス限定の明石国行も同様と思われている。
ともかく、このチャンスを逃せば次はいつ博多藤四郎と後藤藤四郎を救いだせるか判らないということで、来週(3日後はちょうど月曜)からはとにかく大阪城地下ダンジョンオンリーで行くことにした。
で、ここで出てくるのが粟田口。博多藤四郎と後藤藤四郎はその名のとおり藤四郎シリーズ。つまり粟田口兄弟の1振だ。となれば、やはり一期たち粟田口ブラザーズが助けに行きたいだろう。それに一期のカンストおねだりは『博多藤四郎出現マップは粟田口で攻略したい』だったし。
「基本的に粟田口で隊を組んで出陣してもらうつもり。流石に全戦場をそうすると疲労も溜まるだろうから、後藤藤四郎がいる50階と博多藤四郎がいるらしい100階は粟田口で攻略しようと思ってる」
50階で後藤藤四郎を救出できれば、粟田口は全部で12振。ちょうど2パーティの人数が揃うし。
「ありがとうございます、主殿。必ず弟たちを救い出してみせます」
決意の篭もった兄の目で一期は言った。
そして、月曜午前6時。大阪城地下への出陣が可能になるや、第1陣が出撃した。
実はこの出陣スケジュールには近侍組から反対の声が上がった。午前4時から午前0時までの20時間出陣を当初は計画してたんだけど、歌仙と光忠が大反対。粟田口の一期と薬研と鳴君も大反対。刀剣男士は交替で出陣できるから休息も取れるけれど、審神者はそうは行かない。皆私の体を気遣ってくれてのことだった。別に5日間くらいなら1日3時間睡眠でも何とかなるんだけど(実際、21世紀ではそんな生活だった)、そう言った途端『またぶっ倒れたらどうするつもりなんだい(どうなさるおつもりか)!!』とめっちゃ叱られた、普段は穏やかな
システム上、近侍なら出陣の指揮も執れることもあって、歌仙・長谷部が私が休んでる間に指揮をするという妥協案も出た。(光忠は私が出陣に掛かりきりになるから本丸維持担当で近侍からは外れることになってた) でもそれは私が却下。だって出陣の指示は審神者の役目であり、義務であり責任だ。
で、ギリギリの妥協案が私が6時間の睡眠を確保すること。ということで、1日16時間出陣することになった。そして、翌日と翌々日(ちょうど土日)は有無を言わさず私は全休日家事労働も禁止を言い渡された。
ということで向かった大阪城地下ダンジョン。1階から49階は粟田口11振+青江・長谷部・兼さん・伏さん・獅子君・蛍君・石さん7振の計18振3部隊。50階は粟田口年長組(一期・鳴君・
「後藤藤四郎だ。今にでっかくなってやるぜ!」
そう言って出てきた後藤は見た目年齢は薬研や厚とそう変わらない。序でに私の呼び方も2人と一緒で『大将』だ。そのことから審神者の間では3人合わせて『大将トリオ』とか言われてる。うちでは6年生トリオと呼ばれてるけど。2人に比べると若干落ち着きはない感じかな。やんちゃというかチャラいというか。まぁ、薬研の落ち着きのほうが異常なんですけど。
早速後藤には粟田口パーティに加わってもらって、51階以降は粟田口12振による2パーティ交替で出陣。が……レア運のない私のせいなのか、そうなのか! 100階のボスを倒しても博多藤四郎は出て来ない。このとき何故かドロップでしか入手できないはずの博多藤四郎が鍛刀できるようになっていて、粟田口もしくは黒田同僚の長谷部を近侍に鍛刀しても出てくるのは悉くずおばみツインズ。
「俺じゃないんですよーーーー!!」
「俺でもない……」
打ち上がるたびに落ち込む粟田口ツインズを皆で慰めてた。特にコモン太刀3人衆は嫌というほど気持ちが判るらしくて、親身になってたな。
結局、最終日ギリギリまで粘ったんだけど(なので完徹、5日目は24時間労働だった)、計44回の100階ボス撃破にもかかわらず博多君は来てくれなかった。
寝不足もあって号泣して謝る私、疲労状態でテンションの可笑しいままそれを宥め自分たちが不甲斐ないのだと謝る粟田口12振というカオスな光景は、光忠と太郎さんと石さんによって静まった。本丸打撃2トップの石さんと太郎さんの物理によって粟田口が強制休養となり、私は歌仙と光忠による一服盛られたホットミルクにより強制おねむ。睡眠薬の提供者は
起きてみれば、博多のことは仕方ないと諦めもつき、次回のチャンスには絶対救出しようと皆で誓った。というか、私の号泣と粟田口の異常なテンションに危機感を抱いた本丸待機組が『次こそは!』とやる気になってる。
後藤は直ぐに本丸に馴染んだ。元々明るい人懐っこい子だし、兄弟たちのフォローもあったし。
大阪城地下ダンジョンによる異常テンション騒動の影響も消えた頃、本丸に新しい刀剣男士が来た。通常の出陣になり、歌仙を中心とした初日顕現組が池田屋でドロップしてきたのだ。
「天下三名槍が一本。御手杵だ。斬ったり薙いだり出来ねえけど、刺すことだったら負けねえよ!」
槍の1振、御手杵。ぶっちゃけ忘れてた。いや、御手杵がこのマップでドロップすることは知ってたけど、槍はとんさんいるし、別にまだいいやーとか思ってた。今現在、ドロップは岩融と江雪左文字しか求めてないってのもあるし。だって、既に36振の刀剣男士がいて、出陣の順番が中々回ってこなくて暇を持て余し気味の面子も多いからね。当分、新規は岩融と江雪左文字だけでいいよ状態だったんだ。この2振だって
そして、最大級に物欲センサーが働いたのは本丸稼動から150日目、
基本的に、阿津賀志山はボスマスに行かない。これまでにボス撃破したのは1回だけ。ボス撃破しないのは検非違使対策。阿津賀志山は太刀・大太刀・槍(・薙刀)の育成のため、短刀・脇差・打刀の育成用に池田屋2階も同じくボス撃破はせず、検非違使が出ないようにしている。
でも、特付きになり初期1軍メンバーとともに出撃した杵君と蛍君が『敵大将も倒したい!』と言ったことで2回目の阿津賀志山ボスへと向かった。蛍君のおねだりなら聞くしかないよね!
そして戻ってきた杵君の手には1振の太刀。それを見た瞬間、今ちゃんの顔が輝いた。つまり、それは今ちゃんの旧知の太刀。それは──
「三日月宗近。打ち除けが多い故、三日月と呼ばれる。よろしくたのむ」
爺きたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。
現在唯一のレア度極。その美しさと希少さゆえに難民が続出していると言われる天下五剣の1振。余りの出にくさに阿津賀志山を徘徊しているとも言われついた渾名は『徘徊爺』。その三日月宗近が、2回目のボス撃破で、来た。
「物欲センサー仕事しすぎ!!!!」
叫んだ私に三日月は『おやおや』と目を丸くして朗らかに笑っていた。
予想外のレア刀の出現に呆然としていた私をフォローしてくれたのは安心と信頼の初期刀・歌仙だった。
「今、石さん、三日月殿に本丸の案内を頼めるかい? 部屋も決めなくてはならないし。三条で固まっておきたいのではないかな」
「それならば自分が部屋を三日月殿と替わりましょう。今殿と隣ですから」
「あー、とんさん、待って。三条はあと2振いるから、それも考えて北西の対屋を増築するよ。そこを三条に使ってもらおう」
現在の刀剣男士の部屋は割りと刀派とか嘗ての所有者関係でまとまってる。北の対屋は粟田口がまとまってるし、北東の対屋は新撰組・堀川派・虎徹がまとまってる。なら、三条もそのほうがいいかなと、その場でタブレットを操作して北西の対屋を増築する。うん、タップ1つで瞬時に増築される不思議! しかもドラッグ&ドロップで部屋の入れ替えも可能だし。増設された北西の対屋に東の対屋にある今ちゃんと石さんの部屋を移動。これまでの約5ヶ月の間に何度も部屋の入れ替えはしてるんだけど、この便利機能のおかげで部屋の配置換えがやりやすくて助かってる。荷物が多いメンバーもいるからね。加州とか蜂須賀とか乱ちゃんとか歌仙とか。
「ありがとうございます、あるじさま!」
嬉しそうに抱きついてくる今ちゃんを抱きとめて頬擦り。うん、可愛いーーー。
「主はまずは落ち着こうね。そうだな、左近殿に報告すればいいんじゃないか? この前左近殿もぱにっくになって主に連絡して来たから、気持ちを判ってもらえるのではないかな」
ああ、そうだね。10日くらい前に先輩のところにも漸く最後の刀剣男士として三日月が来たんだった。そんで、興奮したのか突然通信が来て『徘徊爺キターーーーー!!』って叫ばれたんだ。
「うん、そうする。じゃ、今ちゃん、石さん、三日月を案内してあげてね」
「はい! ぼくにまかせてください!」
「ああ、拝命するよ」
兄弟(しかも一番来にくいと言われている兄弟)の来た2振は嬉しそうに笑う。それを見て三日月も穏やかに微笑んでる。うわー、なんか三日月って菩薩みたい。雰囲気が。
今ちゃんが嬉しそうに楽しそうに三日月の手を引き、執務室を出て行き、石さんもその後ろに続く。執務室に揃ってた他の刀剣男士もそれぞれ散って行く(厨房担当まで集まってたからね)。それらを見送り、私は先輩の本丸へと通信を繋いだ。
「先輩、うちにも徘徊爺来たぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
叫んだ私に、隣の近侍部屋から歌仙が『主、雅じゃない!!』と叫び返したのだった。
その晩のミーティングでは三日月の扱いというか、部隊編成についても議題になった。基本的に新人は特がつくまでは1日1時間出陣、ということにしてる。これは蛍君が来て以降に決まったルールだ。まぁ、蛍君と後藤は来た時期が時期でちょっと例外ではあるんだけど。杵君から適用されてるルールってところ。
「三日月殿は先に集中育成していいのではないかな」
そう言い出したのは筆頭祐筆である歌仙。その理由はレア度極の三日月ゆえということ。そのレア度ゆえに刀装3スロットだし、基礎能力値も高いだろうから即戦力となるのではないかということだ。
「そうだね、天下五剣の中で唯一刀剣男士になってるわけだし、名剣中の名剣だ。僕もそうするといいと思う」
光忠も同意する。他のメンバーも頷いてる。刀剣たちにしてみると『天下五剣』というのは凄いステータスみたいだ。でも、私は三日月宗近を特別扱いする気はない。
「いや、特別扱いはしないよ。確かに3スロは魅力だし、これが2ヶ月前とかだったらそうしたかもしれない。でも、今は既に2部隊分のカンスト者がいるから、錬度上げを焦る必要もない。能力値も初期値で比べれば確かに太刀トップクラスだろうけど、光忠も一期もカンストしてステータス最大になってる。現段階で特別扱いする理由にはならないね」
「ですが、主。三日月宗近は『天下五剣』です。国宝であり最も美しい剣といわれる刀剣ですよ」
長谷部が納得しかねるように言う。うーん、長谷部、ちゃんと私の話聞いてるかー?
「国宝なのは長谷部も一緒でしょ。厚や後藤だってそうだし。ごめんね、私『刀剣』そのものには詳しくないから、国宝だとか天下五剣だとかでは区別できないんだ。私が知ってるのはこうして目の前にいて、私に力を貸してくれてる『刀剣男士』だけだから」
この仕事に就くまで刀剣に興味なんてなかったし。ぶっちゃけ今でもない。家族にも等しい信頼する仲間の本体である、程度の認識しかない。だから、天下五剣がどんだけ凄いのかもよう判らん。どれだけ凄いステータスだろうが興味ない者にとってはそれは無価値だ。
それに刀身のみならず人型もまた綺麗だ美しいだ言われてるけど、正直なところ『言われるほどか?』と思ってしまったのは内緒。完全に好みの問題だと思うんだけど、美しいとか綺麗なら太郎さんのほうがずっと綺麗だと思ってる。将来的なことでいえば絶対
「あなたたちが刀剣としての価値観で三日月宗近を特別だと思うことを否定はしないけど、刀剣男士としては皆平等。特別扱いするとしたら、それはどれだけこの戦いに貢献してくれたか、その一点だけが基準だよ」
勿論、戦いといっても戦闘だけの話じゃない。ここで全員血肉を持って生活しているから、その生活面や後方支援も含めてだ。そうすると、全員が全員、出来ることを自分で模索しながら頑張ってくれてるから、全員が特別扱いという感じではあるんだけど。ある意味平等だ。
「ってことで、三日月は明日から1時間阿津賀志山ね。特付いたら順番来るまで待機。現時点、一番の新人だから出番は一番最後。これは決定!」
何しろ本丸始動1週間目に来たメンバーでもまだカンスト対策部隊に入ってないメンバーだっているんだから。陸奥なんて3日目に来てくれたのにまだ錬度50未満で一番不満が溜まってるだろうに、『気にすることはないぜよ。演練も楽しいきに』と明るく笑ってくれてる。陸奥の大らかなところに甘えちゃってる自覚はあるから、早く前線に出してあげたい気持ちもあるんだけど、陸奥自身が『主がるぅるを勝手に変えたらいかん』と諫言してくれた。流石初期刀に選ばれている1振だなぁ。
「主殿のお考えは判りました。我らは主殿の指示に従います」
代表して一期がそう言ってくれる。けど、ちょっと表情が曇ってる? 何か引っかかることがあったのかな。
「いえ……主殿のお考えに納得はしておるのです。ですが、そうすると初日から1軍に入っていた私自身に疑問が湧くと申しますか……」
ああ、なるほど。確かにレア度は関係なく来た順番で錬度上げするっていうなら一期は特別扱いされたことになっちゃうから疑問に思うのは仕方ない。
「一期が来たのは1ヶ月目で、今とは状況が違うからね。当時は大太刀は太郎さんだけ、槍もいない状態だったから。第1部隊は完全固定になってなくて、編成途中だったの。一期が来る前から、一期が入った枠には3スロットメンバーが入ることになってたんだよ」
「ああ、そうだよ、一期。当時この参謀みーてぃんぐで話し合ってたことなんだ。第1部隊は脇差2、打刀1、太刀1、大太刀1、3スロ太刀1で編成しようとね」
「一期君が来るまでは錬度の関係で歌仙君が入ってたんだけど、3スロ太刀が来た段階で入れ替えって決めてたよね」
「さようでございますな! 主どのは粟田口の希望が強いために一期殿を待っておられましたが、先に江雪左文字殿や鶯丸殿、鶴丸国永殿が来ておられれば、その方が第一部隊となり、一期殿は錬度上げ順番待ちしておられましたでしょうなぁ」
私が言えば、当時から参謀チームでミーティングしてた歌仙、光忠、鳴君(の代わりのきぃちゃん)が言う。
「なるほど。私は3スロ太刀の中で最初に来たから第1部隊になれたというわけですな。幸運でした」
『一期一振』だから特別扱いではないと知ってホッとしたのか、ちょっと残念に思ったのかは微妙なところっぽい。
「あ、でも、今は一期が来てくれて良かったって思ってるよ。どうも噂を聞くに他の3スロ太刀は中々
これが噂のびっくり爺こと鶴丸国永とかだったら、多分私は『レア4太刀』にある種の偏見を持ったと思う。『レア4太刀』は変人揃いとかさ。打刀が一部(というか大部分)のせいで『面倒臭い』認識になってるみたいに。
「っていうか、皆に感謝してるんだけどね。戦に関してド素人もいいところの私を確りサポートしてくれてるし。ホント、初期刀の歌仙には頭が上がらない」
「うん、そう思ってくれてるなら、もう少し雅な恰好をして欲しいな」
「それ、関係ないでしょ。歌仙の言う雅な恰好って絶対小袖に打ち掛けの和装でしょ? そんな格好して仕事するの無理! ジャージじゃないだけマシだと思って」
取り敢えず普段の私の恰好はオフィスカジュアルといった感じ。土日の休日はシャツにジーンズが多い。それが歌仙には不満らしい。実は最初の1週間はスーツ着てたんだよね。でも、本丸では洗濯できないし、クリーニングに出すのも手続きが面倒ってのもあって、オフィスカジュアル(つまり自分で洗濯できるもの)に替えた。
「主であれば和装でもお似合いでしょうに」
「うん、打ち掛けは無理でも留袖とか着てみればいいのに」
「我らでお見立てしますよ、主殿」
「それはよろしゅうございますなぁ! 乱殿や
ちょっと待て。何、全員私に和装させたいの? 無理! 着付け出来ない! 着物なんて成人式ですら着なかったから、七五三以降着たことないんだし!!
「盛大に話ずれてるから! とにかく、明日からの編成は午前中は今までどおり、午後に1時間、三日月を隊長にして出陣!」
「了解。ね、主、僕も出陣したいな。かれこれ2ヶ月近く出陣してないから、勘が鈍りそう」
光忠はカンスト以降一度も出陣してない。他の初期第1部隊メンバーは杵君と一緒に出陣してたからな。じゃあ、
そういった編成変更を済ませ、本日のミーティングは終了となったのだった。
翌日から三日月は出陣となったわけだけど……その様子をインカム越しに聞きながら、第1部隊と近侍・祐筆、当然私も『三日月、マジおじいちゃん』と思うことになった。
まずそれは刀装を装備するところから始まった。
「お洒落は苦手でな。いつも人の手を借りる」
簡単に装備できるはずの刀装がつけられないおじいちゃん、あ、いや、三日月。まぁ、私も実際にはどうつけるのかは判ってないんだけど。3つの金刀装を手に首をかしげる三日月に、元々世話焼き気質の光忠が装備してあげて、結果この台詞。
それから戦場に出れば、言葉自体は戦場に相応しいものなんだけど、口調がね。穏やかというかのんびりというか。平安時代生まれで刀工の三条宗近は一応貴族で橘氏だって説もあるから、平安貴族らしい鷹揚な口調って感じもする。
が……問題はその後。出撃先は阿津賀志山。三日月以外のメンバーは全員カンスト。そして三日月は錬度1。当然、
「おや、攻撃が通らぬなぁ」
それまでに攻撃していたばみ君・鳴君・光忠・一期は一撃で敵を屠っているのに対して、三日月はダメージが与えられない(刀装を1とか2とか削る程度)。だから、のんびりした口調で不満を口にする。しかも、打ち漏らした分を太郎さんがまとめて処理するか、次のターンでばみ君が処理。
「ほう、太郎太刀は凄いなぁ。一撃で2体も仕留めたぞ」
とか
「骨喰はいい子だなぁ。俺が打ち漏らした敵を片付けてくれる」
なんて、嬉しそうに言う。だもんで、ヘッドセットでそれを聞いている私はついつい笑ってしまう。可笑しいというか、微笑ましい。
「……口調と相俟って、三日月殿は好々爺という感じだね」
同じく通信を聞いてる歌仙も苦笑。うん、まさにそんな感じだよね。
更におじいちゃんの感心はばみ君に向けられてて。ばみ君とはともに足利将軍家で宝物として過ごしたことがあるみたいで、三日月は親近感があるみたい。
「骨喰は強いなぁ」
「むむ、骨喰は一撃で倒すのか。俺は掠り傷もつけられんぞ」
ばみ君を褒め捲くり、自分はそれに比べて不甲斐ないと言わんばかり。余りにもストレートに褒められるものだから、ばみ君はどう反応していいのか戸惑ってるみたい。
「骨喰は自慢の弟ですからな。私が顕現したときも骨喰との力の差に大いに刺激を受けたものです」
弟を褒められて嬉しい一期が自慢げに応じるものだから、更にばみ君は恥ずかしがってる。
「ばみ君と鳴君はうちの誉ハンターだしね。2人が本丸を引っ張ってきたんだよ」
事実とはいえ光忠にまでそう言われてばみ君は居た堪れない様子。いいぞ、光忠、一期、もっと褒め捲くれ! 私が褒めても『そんなことない』『大したことじゃない』って言っちゃうばみ君だから、皆で褒めてあげて!
「カンストは光忠や太郎さんのほうが早かった……」
だから、自分が引っ張ってきたわけじゃないと言いたいのかな、ばみ君。
「それはタイミングの問題だけだね。第一、太郎さんや僕と1日しか変わらないんだから、大した違いじゃないよ。一期君も太郎さんも僕も『池田屋の記憶』には行ってないから、やっぱり全戦場を経験してるばみ君と鳴君こそが本丸戦闘班の要だよね」
声しか聞こえないけど光忠は多分いつものニコニコとした食えない笑顔で言ってるんだろうなぁ。
「ばみの謙虚さは美徳だけど、もう少し自信を持って欲しいものだね。第一線から一度も外れてないのはばみと鳴と国の3振だけなのに」
再び歌仙も苦笑。だよねぇ。ばみ君と鳴君は全ての戦場で先陣切って戦ってくれてるんだから、そこは誇って欲しいなって思う。
「そうか、そうか。骨喰はほんに頼りになるのだなぁ。これからも頼むぞ」
はっはっはと鷹揚に笑う三日月。多分、これはばみ君の頭撫で撫でしてるな。
「……主! 聞いているのだろう? 進軍指示を!」
お、照れ臭くて我慢できなくなったか。ばみ君がいつもなら言わないようなことを隊長越しに言ってくる。
「みか爺、進軍するよ」
「相判った。ところで主、みか爺とは俺のことか?」
あ、しまった。三日月がおじいちゃんっぽいなぁと思ったからつい口から出てしまった。
「そうだよ。その大らかなところと口調がまさに好々爺なおじいちゃんって感じだからね」
こうなりゃ開き直る。
「ふむ。確かに11世紀生まれだからおじいちゃんもよいところだな。よいぞ、これから俺のことは皆、『みか爺』と呼べ」
やっぱり大らかだなぁ。はっはっはと笑ってそれを受け容れてくれるみか爺、マジみか爺。
こうして、三日月の呼び名は本人了承の元『みか爺』になった。
「あるじさま、みかじいのとしはいくつにするんですか?」
おや、弟? の今ちゃんまで『みか爺』呼びか。
「うーん、見た目からは最初は27、8歳くらいかなーって思ってたんだけど、言動・雰囲気からして、若者ではないね。ってことで、87歳認定!」
「87とは随分と高齢だね。何か根拠のある数字なのかな」
みか爺の兄か弟になる石さんは笑ってる。
「根拠はない。何となくって感じかな」
フィーリングってやつですな!
顕現2日目の初陣を終えて、みか爺はご機嫌で帰ってきた。1時間で錬度は11に上がってる。まぁ、誉も取れない、そもそも軽傷も負わせられない状態で錬度がこれだけ上がったのは上出来だろう。
因みに後日、攻撃が通るようになり漸く敵に中傷を負わせたときには、おじいちゃんかなり喜んでた。
「おお! 一期、光忠、見たか! 中傷を負わせられたぞ!」
嬉しそうに言うみか爺に、光忠も一期も『よかったね』と微笑ましそうに返してた。
「ほら、おじいちゃん、お風呂に入るよ」
「もう入浴方法は覚えましたか、みか爺殿」
「今日はご自分で頭を洗ってくだされ、みか爺殿」
わお、介護。光忠と太郎さんと一期が世話焼いてるよ。
「はっはっは。なんとかなるさ」
楽しそうに笑うみか爺。確か、昨日の入浴時は石さんと今ちゃんだけじゃフォローしきれなくて必殺お世話焼きな国君にヘルプ求めてたなぁ……。介助が必要な入浴ってどんなんだ。
その夜、珍しくばみ君が部屋を訪ねてきた。みか爺のことで相談があるって。
「みか爺は俺の昔のことを知ってるって」
視線を落として言うばみ君。ばみ君は明暦の大火で焼けたことがあって、それ以前の記憶を失ってる。時々、記憶のないことを嘆くようなことを言ったりもする。錬結すると『記憶も増えればいいのに』って……。相棒のずおも大坂城落城のときに焼けて同じく記憶を失ってるけど、あの子は『過去は振り返らない!』って前を向いてる。ばみ君とは違った強さを持ってる。ばみ君が後ろ向きってわけじゃないけど、記憶を失ってることはばみ君にとって結構なトラウマというか、傷になってるらしい。
そこに嘗ての自分を知っている三日月の登場で、ばみ君は動揺してるのか。
「謝られたんだ。気にしないでくれって。気を遣わせてしまった……。俺はどうしたらいいんだろう」
ああ、ばみ君が気にしてるのは自分の記憶がないことで、旧知であったはずのみか爺に気を遣わせてしまったことか。この子も優しい子だから。
「どうもしなくていいよ。そうみか爺が言ってるんでしょ? これからこの本丸の仲間として一緒に楽しく過ごしていけばいい。ばみ君は昔のことを忘れてしまってるけど、でも兄弟たちとも今は巧くやれてるじゃない。忘れてしまった過去のことより、今一緒にいる時間が大事だって。みか爺もそれと同じ。今こうして一緒に仲間として過ごしていることが大事なんだよ」
そっとばみ君を抱き寄せて、その白銀の髪を撫でる。
「今ここにいるばみ君は、色んなことを経験して、それを忘れてしまって、それでも人間のために力を貸してくれてる優しい刀だよ。これまでばみ君が経験したこと、感じたこと、そのどれが欠けても私が大好きなばみ君はいない。どれもがばみ君にとって大切なことなの。記憶を失ったことでさえもね。だから、必要以上に気に病んだりしなくていい。みか爺だって、ばみ君が悩むことを望んでないよ。『構わん』って言ってたでしょう? その上で『これからよろしく』って言ってたでしょ? ばみ君はばみ君らしくみか爺と接していけばいい。申し訳ないなって思うなら、みか爺が第1部隊にいる間、確りサポートしてあげて。ほら、みか爺、おじいちゃんだからちょっと危なっかしいところあるしね」
実は、みか爺とばみ君の会話は聞こえてた。どんなシステムなのかは知らないけど、戦場によって時々2人だけや3人だけの会話が聞こえることがある。
『……すまない。俺には、焼かれる前の記憶が無いんだ……』
『ああ……。なるほど。それは悪いことをした。いや、気にしないでくれ』
『あんたは、昔の俺を知っているのか?』
『ああ。長い付き合いだったからな。……でも、構わんさ。これから、改めて仲良くしようか』
そんな会話を交わしていた2人。ばみ君の声は申し訳なさそうな苦しそうな声。みか爺の声は労わりに満ちていた。
「みか爺は本当に『おじいちゃん』なんだよね。長い歳月を経ているからこそ、色々なことを知ってる。だから、大らかに、寛容に受け留められるんだと思うの。みか爺に比べたらばみ君は若造なんだし、みか爺の懐の深いところに甘えちゃえばいいんだよ。きっとみか爺もそうしてほしいと思ってるんじゃないかな」
「俺が若造なら、主は赤子だろうな」
少しばみ君の声が明るくなる。良かった。
「赤ちゃんかー。確かに30年しか生きてない私は皆からしたら赤ちゃんなんだろうね。一番年下の兼さんでも私の10倍は生きてるはずだし」
「でも、時々、主は『お母さん』になる。刀剣の俺は見ていただけだが……俺に母親がいるなら、主みたいな母がいい」
もう! なんて可愛いことを言うの、ばみ君!!
「ばみ君が息子なら大歓迎。無口だけど頼り甲斐のある自慢の息子だよ、ばみ君は。なんならお母さんって呼んでもいいんだよ?」
ぎゅーっと抱き締める。ホント、ばみ君が息子だったら、もうね彼女やお嫁さんなんて断固NOなくらい、溺愛しちゃうね!
「……考えておく」
拒否じゃない! うん、短刀君と青江以外の脇差と蛍君なら『お母さん』って呼ばれても平気。っていうか寧ろ嬉しい。呼んでほしい!!
「さ、もう寝なさい。きっと一期が心配してるよ」
「兄弟は心配性すぎる……。そのうち兄弟たちの心配しすぎで禿げる」
「それ、一期に言ったら『お覚悟!』されるよ」
「うん、言わない。おやすみ……母さん」
でも、その前に。
「…………で、いつまで出歯亀してる気?」
「気付いておったか、主」
私の声に応じて現れたのは今までの話題の主、みか爺。
「みか爺、隠蔽低いんだから隠れられないでしょ。存在感ありすぎるよ。ばみ君がいつもの状態だったら直ぐにバレてたよ」
偵察本丸トップ5に入ってるんだし、平静な状態だったら気付いてたよ。私が気付くくらいバレバレだったんだから。
「流石は『主』ということか。骨喰が随分穏やかな顔になったな」
私の言葉スルーして、みか爺はばみ君が去っていった方向を見る。とっくに姿は見えなくなってるけど。
「ばみ君が心配で私に何か言いに来たってところか。でも、ちゃんとばみ君は自分で相談に来たよ。あの子は聡い子だから、自分で処理しきれないって思ったら、ちゃんと誰かに相談する。一期か鳴君か、私にね」
今回は私に相談してくれた。兄弟では近すぎると思ったのか、他に何か理由があったのかは判らないけど。
「それならば良い。俺の言葉があれの心の傷を抉ってしまったのではないかと思ってな……」
その秀麗な眉を寄せ、みか爺は言う。ばみ君を心配して態々こうして私に告げに来たんだろう。自分が話し掛けることでまたばみ君を傷つけてしまうのではないか、そう思って、『主』である私のところへ来た。
「みか爺って、本当に美しいんだね」
「おや、そなたは俺の見目には興味がないと思ったが」
「うん、ないね。好みのタイプじゃないから。美しいと思ったのはその心。優しさと気高さ」
顕現したばかりで判らないことだらけで、周りは自分よりも遥かに高錬度で。戦場に出てもぶっちゃけ役立たずに近くて、それでも凹むこともなく、純粋に仲間の強さを賞賛する。そして、歳若い仲間の心を、傷を思いやる。そんな心の余裕と豊かさが美しいと思う。
「主は俺をそのように見るのか」
「うん。みか爺はなんだか本丸の皆を見守ってくれそう。普段は何も言わずに微笑んで見守って、本当に助けが必要なときにはさり気なく動いてくれそう」
まだ顕現2日目だけど、そんな印象。そして、この『印象』は私の力を受けて顕現した刀剣男士にとって結構大事。私のイメージが彼らの性質に少しばかりの影響を与えるから。
「主が俺に望むのは見守り支える爺の役目か。よかろう、皆を見守り、護ろう」
はんなりとみか爺は笑った。その瞳の中の三日月は夜の闇を優しく照らすかのように柔らかな光を湛えていた。