本丸スタートから99日目。明日は日数的には節目となる100日目。どうやら、そこで我が本丸初のカンスト者が出そうだ。
「光忠は明日、確実に錬度上限に達しそうだね」
筆頭祐筆として書類仕事を手伝ってくれている歌仙が言う。
政府から提供されている刀剣男士のデータの中には経験値テーブルもある。更に戦闘結果画面では獲得経験値と次の錬度までの残り経験値も表示される。マジでゲームだなと呆れてしまう部分もあるけど、錬度上げに役立ってるのも事実だ。なので、1戦闘毎に戦闘結果画面はスクリーンショットを撮り、それを祐筆のパソコンに転送。その日の祐筆がEXCELファイルに数値を入力、それで錬度管理をしている。これまでこの作業は毎日深夜にやってたんだけど、結構時間かかってたんだよね。何しろ1日約96戦して、その6人分の数入力だからね。この作業は確実に私の睡眠時間を削ってた。でも、今はこれを祐筆に丸投げ出来るんでかなり負担は減ってる。
私がオーバーワークで熱を出したことによって発足した『祐筆班』。近侍とは別に常時いる補佐官的な役割の彼らは7人だけど、そのうち6人が現第1部隊だから、現在は実質的には歌仙1人。明後日からは光忠と
「んー、阿津賀志山だし、いつもの感じで進めば、太郎さんも午後前半にはカンストしそうだね」
歌仙がまとめてくれているデータを見ながら言えば、今日の近侍である長谷部も頷く。今日の近侍っていうか今日も近侍ってほうが正しいのかな。やっぱ近侍はデスクワーク得意な面子に優先的に回しちゃうし。
「明日の部隊編成を考えねばなりませんね」
確かに明日は恐らく午前中で光忠が、午後の途中で太郎さんが抜けることになる。
「そうだね。それは今晩のミーティングで話し合うよ」
毎晩のミーティングはこれまで初期刀の歌仙、第1部隊の実質隊長の
「本丸初の錬度上限到達だからね。お祝いをしたいな」
そう言う歌仙に頷く。尤もカンスト=終了じゃないけどさ。寧ろカンストしてからが始まり? カンストまでは成長段階であり、カンストして漸く完成された戦士ってことかなぁとか思う。
「ご馳走作って宴会かな……って、第一号が台所番長じゃん」
「そうだね……」
思わず3人で顔を見合わせる。本人のお祝いのご馳走を本人に作らせるのは違うよね。しかも光忠ってかなり日本人だし。つまり慎み深く遠慮しがち。自分のためのお祝いとか言ったら辞退しそうだ。
「……明後日には鳴、
長谷部が折衷案(?)を提示してくれて、歌仙と2人それに飛びつく。皆のお祝いということになれば、個人のお祝いだと遠慮しそうな面々(多分全員)も遠慮できないだろうし。
「そうだね。それがいい。それならば僕や薬研が宴の用意が出来る。光忠と国がいないのは戦力大幅減だが」
「金曜じゃなくて土曜にやるなら私も参加できるよ。っていうか、土曜は演練あるし、金曜の夜じゃなくて土曜のほうが皆安心してお酒も飲めるんじゃないかな」
「光忠や国ほどではありませんが、不肖この長谷部も主命とあらば料理とてこなしてみせましょう。煮物揚げ物御随意にどうぞ」
いつもの『御随意にどうぞ』がとっても平和な内容になってる。うん、いつもこんなに平和だといいんだけどね。ま、それはともかくとして、確かに光忠と国君に料理させないとなるとかなりの戦力減だけど、歌仙と薬研いるし、何気に短刀たちも料理スキル高いし、意外と宗三や陸奥、蜂須賀も料理上手だ。それから光忠と同じ伊達家刀剣の伽羅。伽羅も仲のいい(本人は否定するけど)光忠のためなら『慣れ合う気はない』とか言いつつ手伝ってくれると思う。
因みに短刀たちの料理スキルが高いのは、毎日の夕食作りのお手伝いをしてくれているからだ。この前の日曜のお昼には乱ちゃん・厚・
カンスト祝いの宴会は土曜の夜にやることにして、歌仙と薬研、伽羅に献立や食材・お酒の準備はお任せ。それとは別に私は私でご褒美というかお祝いの品を用意しておこうかな。彼らは『主』である私から何かを貰うと凄くモチベーション上がるっぽいし。それこそ飴玉1つでその日の誉を独占した
そして、夜の定例ミーティングで明日以降の部隊編成について話し合う。
「明日から部隊なんだけどね。明日、多分午前中には光忠が、午後には太郎さんが錬度上限に達する。そうすると光忠と太郎さんには部隊から抜けてもらうから、替わりに誰が入るかってことなんだけど」
そう切り出せば、光忠と一期が『ああ、そうだなぁ』という顔をした。
「そっか、僕、ご隠居になるんだね」
こんな美丈夫なご隠居なんているのかよ。ついつい隠居=水戸のご老公=東野英○郎を思い浮かべてしまうアラサー審神者だ、私は。別に西○晃でも佐○浅男でも石坂浩○でも里見○太郎でもいいんだけど、やっぱり月曜8時初代を思い浮かべてしまうんだよね。里見○太郎は助さんのほうがイメージ強いし。だから、光忠が『ご隠居』とか言っても違和感しかない。
「まぁ、他の面子がカンストするまでは一時的に隠居みたいなもんだね。でも、カンストしたら終わりじゃなくて、寧ろカンストしてからが本番だと思ってほしい。カンストしたらもう能力値が上がることはない。あとは本人の努力で技術を磨いて行くしかないからね」
そう、錬度が上がるということは特別な努力をしなくても戦力が上がるということ。でも、カンストしてしまえば後は本人次第だ。そこで終わりと思えばそれ以上強くはならない。でも能力値として現れないものを磨くことで、更に強くなることだって出来るのだ。
「なるほど。確かにそうですな。これまでの私たちはただ戦場に出て戦いさえすれば自然に経験値が増え、錬度が上がった。けれどこれからは己が頭で考え磨いて行かねばならぬということですか」
「だったら、ご隠居なんて言ってられないね。今度は戦術を学んだり、自分で考えていかないといけないし。それにこれまでは短刀君たちに任せきりだった遠征にも積極的に行かなきゃね」
一期と光忠はそう頷き合う。うん、流石は本丸の中核メンバー。ちゃんと言いたいこと判ってくれるし、自分で考えて判断もしてくれる。
「そういうこと。これまでに比べたら自由な時間がかなり増えるし長くなるから、それをどう使うかが大切だよ。私も一々指示しないから。勿論、相談に乗ったりは出来るけどね」
そう2人に告げ、今度は歌仙と長谷部に目を向ける。
「歌仙、明日の午後から第1部隊復帰ね。太郎さんの後には
「おや、懐かしいめんばーでの部隊だね」
ずっとどういう順番で錬度上げすべきか考えてた。錬度高い順で行くか、各刀種均等に部隊編成すべきか。でも、各刀種別均等編成だと、1人しかいない槍の
「ふふ。薬研にまぁ、厚、愛、乱か。初日はこの5人と出陣したね。懐かしいよ」
何処か楽しそうに歌仙が笑う。約100日前に、本丸が始まった日に呼びかけに応えてくれた刀剣男士たち。
「皆随分成長しているから、一緒に戦うのが楽しみだ」
「うん。それから、短刀と打刀だけだから、戦場も阿津賀志山じゃなくて池田屋二階にするね。そっちのほうが獲得経験値多いし。何より、短刀たちが活躍しやすい」
阿津賀志山だと短刀たちメインだとかなりキツいところもあるし、何より獲得経験値は池田屋のほうが多い。夜戦不利な太刀・大太刀を含まない部隊なら、池田屋で錬度上げしたほうが効率いいしね。当分は検非違使部隊はそのままだけど、現検非違使部隊の半数が第1部隊に移動したら、検非違使対策はカンスト組にやってもらうかな。……現検非違使対策マップは三条大橋だから、太刀・大太刀にはキツイか。ま、その頃には短刀や打刀カンストも入るはず(何しろ明後日からは短刀5人がカンスト対策に入るわけだし)。特段問題はないだろう。
そして、本丸稼動100日目。午前中ラストの出陣で光忠がカンストした。本丸に残っている全員が大広間で第1部隊帰還を待ち構える。そういえば、帰還の瞬間に立ち会うのは初めてだなぁなんて思ってたら、何もなかった空間に突然第1部隊の6人が現れた。
「お帰り、皆。光忠、錬度上限達成おめでとう」
「おめでとうございます!」
私の言葉に続いて、広間にいた全員が祝いの言葉を述べると同時にパンパンパーンと派手な音がする。皆の手にはクラッカー。そして、クラッカーから飛び出した色とりどりの紙吹雪と紙の糸が光忠に降り注ぐ。
「あ……ありがとう」
まさか皆が揃って祝ってくれるとは思ってなかったみたいで、光忠はちょっと照れてる感じ。うん、何しろこのために遠征を調整して全員広間に集まってるし。
「じゃあ、午後からは光忠の替わりに歌仙ね。で、光忠が歌仙の替わりに祐筆としてつくと」
因みに今日の近侍も長谷部です。だって、長谷部タイピング早いんだもん。流石の機動です。
「光忠、カンストのお祝いに何か希望があれば聞くよ」
昼食を終え、午後の出陣・遠征をスタートさせ、執務室で光忠に問い掛ける。そう、お祝いに何かプレゼントをと思って昨日ずっとさにわ通販のサイト見てたんだけど、今ひとつピンとくるものがなかったんだよね。光忠オシャレだから、何か小物とかアクセサリーとかいいかなーとも思ったんだけど、自分のセンスに自信なかったし。光忠の欲しいものって、大抵台所関係の品物だから、それを光忠個人のプレゼントにするのも何か違うし。
で、悩んでたら、頼りになる初期刀の歌仙がアドバイスをくれた。『本人の希望を1つ可能な範囲で叶えるというのはどうかな』と。これならば、何か欲しい品物があればそれを言うだろうし、品物じゃなくてして欲しいことややりたいことがあった場合にも対応できる。刀剣男士は皆優しくて基本的に我が侭は言わないから、我慢してることがあるかもしれない。それを聞いて叶えるいいチャンスになるだろうし。それに、全員カンストしてもらう予定だから、全員1回は希望を聞くことになるから不公平にもならないしね。
「希望?」
「そう。欲しいものがあれば買うし、やりたいことややってほしいことがあれば聞くよ。まぁ、私に可能な範囲内で、だけど」
経済的にも物理的にも可能な範囲で。『貞ちゃん呼んで』とか言われたら無理だけど。光忠の言う『貞ちゃん』って『太鼓鐘貞宗』だと思うんだけど、まだ政府が協力確約取れてない刀剣だから如何やっても無理だもんね。
「そんな……我が侭聞いてもらっていいの?」
うん、謙虚だ、光忠。これも予想の範囲内の反応だね。
「光忠が第1号ってだけで、全員に聞くつもりだよ。だから、光忠が遠慮しちゃうと他の刀剣男士もそれに倣っちゃうから、遠慮なしね」
見た目の派手さに反して光忠はかなり謙虚だし、凄く気を遣う。だから、そこを逆手にとって『別に何もないよ』を封じておく。
「主……退路塞いだね」
それに気付いたのか光忠がクスリと笑う。
それから暫く光忠は何かを考えるように視線を中空に彷徨わせた。
「それって、物じゃなくてもいいんだよね? だったら、主と現世に行きたいな」
おや、直ぐに要望が出てくるとは思わなかった。しかも現世行きたいとか、予想外。
「いくつか気になる料理があるんだけど、実物を知らないから作ろうにも想像つかなくて。だから、現世に食べ歩きに行きたいなって」
なるほど。如何にも台所番長な光忠らしいリクエストだな。
「うん、いいよ。現世に行く申請出さないといけないから直ぐに次の日曜ってわけにはいかないけど。台所班揃って行く?」
厨房のメインは光忠と歌仙、サブで国君と薬研。4人なら多分申請通るだろうし。
「あー、出来れば、主と2人で行きたいな。僕と歌仙君だと好みも違うしね。南蛮料理を色々食べてみたいんだよね」
ああ、確かに。歌仙だと和食中心かな。国君は結構中華に興味あるっぽいし、薬研だとザ・男の料理的なバーベキューとか鉄板焼きとかそっち系になりそうだし。光忠はフレンチとかイタリアンとかそっちに興味ありそう。
「それに、僕のカンスト祝いでしょ? だったら、1日主を独占する権利もつけてほしいな」
私を独占とか、それご褒美になるのか。あー、なるのかもしれない。だって、光忠の言葉を聞いた長谷部の目がキラリと光った気がするし。刀剣男士にとって『主』ってのは結構特別っぽいんだよね。そうじゃないっぽいのもいるけど、大抵の面子は構ってもらいたがる。だから、出来るだけ休日とか食事時とかには個別に接する時間を短くても取るようにはしてるんだけど、流石に34人もいると中々難しい。
「OK。じゃあ、光忠のカンスト祝いは2人で現世に食べ歩きね。行きたいお店や食べたいものピックアップしといて。行き先は光忠に任せるから」
何しろ現世にいた頃は外食といえば大手チェーンのステーキハウスとかファミレス程度だったからな。グルメなお店なんて判らないし。そもそも時代違うし。
「うん、任せて、主」
光忠はニッコリといい笑顔で答えてくれた。
この後、『カンストご褒美』で数十回に渡って現世にお出かけすることになるとは、予想してなかった私である。
この日の午後4回目の出陣で太郎さんがカンスト。やっぱり全員でクラッカー鳴らしてお出迎えして、太郎さんと石さんをチェンジして出陣継続。
太郎さんにも同じように『カンストお祝い』の話をしたら、太郎さんは保留になった。直ぐには思いつかないらしい。元々御神刀というのもあって物欲少ないしな、太郎さん。結局後日出た希望は『自分と石切丸のための祈祷所がほしい』だったんで、その場で増設申請出しといた。
そして、翌101日目には午後4回目の出陣で残りの鳴君・ばみ君・国君・一期がカンスト。既に4人は光忠や太郎さんから『主からのカンスト祝い』についての話を聞いてたみたいで、あっさり希望を告げてきた。鳴君とばみ君は共通で『粟田口全員と主で遊園地に行きたい』、一期は『博多藤四郎のいるマップが出現したら、粟田口で迎えに行かせてほしい』、国君は『兼さんと一緒に現世の函館と日野に行きたい』だった。土方歳三のお墓参りに行きたいのだそうだ。兼さんと一緒にってところがやっぱり国君だなぁ。
どれも問題なく叶えられる希望だったんで、全部了承。まぁ、既に光忠含めて3組現世行き希望なんで実現にはちょっと時間掛かるけどね。
因みに粟田口一家や国君の希望を聞いた光忠は『じゃあ、僕は伽羅ちゃんも一緒に』とか言ったんだけど、伽羅に『慣れ合う気はない』といつもの台詞で拒否られてた。残念そうにはしてたけど『ま、断られて縋るのも恰好良くないよね。それに主と2人でデートってのもいいかな』とこれまたいつもの調子で前向きに気持ちを切り替えてた。
なお、第1部隊が全員カンストした後は他の刀剣男士たちにも私からのカンスト祝いの話は伝わっていて、密かに彼らのモチベーションアップに繋がっていたらしいんだけど、私はそれには気付いてなかった。
週末、本丸稼動104日目。恒例の演練から帰った後は、厨房が戦場になってた。加州が『デコっちゃうよー!』と張り切って大広間の飾り付けをし、それに歌仙が『雅じゃない!!』とか文句をつけ。歌仙と伽羅が中心になってパーティ料理を大量に作り。厨房を手伝おうとする光忠と国君を兼さんと短刀たちが妨害もとい、宥め。
そういえば、本丸始まってから宴会するなんて初めてのことだなぁなんて思いながら、私も厨房でせっせせっせと働いた。
因みに、第1部隊全員カンストを報告したところ、
宴会は大盛況だった。購入しておいた日本酒3樽空っぽになってたし……。うん、短刀たちが呑んでる姿には違和感バリバリだった。薬研や厚はまぁ、うん、そうでもなかったんだけど……まさかのまぁ君・
でも、刀剣男士たちがとても楽しんでくれてたのは良かったな。いつも人間のために命をかけて戦ってくれてる彼らが、楽しそうに仲間と笑い合ってる姿を見て、丙之五氏と2人なんともいえないしんみりした気分になったのは刀剣男士たちには内緒。
カンストはゴールじゃないけど、1つの節目。それを仲間とともに祝えるのはいいことだよね。誰1人折れることなく、今集っている皆とこれから招く刀剣たちと、この戦争を戦い抜いて、最後には幸せになれるといいな。