Episode:15 困った大将と俺っちの初共寝(薬研藤四郎視点)

 俺が大将に呼ばれて、もう随分経った。俺は大将の初鍛刀ってやつらしくて、初期刀である歌仙の旦那の次に大将の許に来たからな。こんのすけに聞いたら、もう直ぐ3ヶ月とか言ってたが……もっと経ってる気がするな。それだけ、濃い日々を送ってたってことだろう。

 10日ばかり前に『池田屋の記憶』とかいう時代の攻略が完了して、今判ってる戦場には全て行ったことになる。大将の担当官とかいう政府のお人が言うには、うちの本丸の戦場攻略の速度はかなり速いらしい。大将と同じ時期に就任した審神者の大半はまだ三方ヶ原あたりをうろついてるっていうからな。おいおい、随分のんびりしてるじゃねえか。俺たち、そこは2週目に突破してる戦場だぜ。

 とまぁ、そんな大将の指揮に従ってるから、俺たちの日々ってのもその分濃くなろうってもんだ。

「大将、おはよ……」

 いつものように挨拶をしてくりやに入れば……いつもなら味噌汁を作ってるはずの大将の姿がない。今日は土曜日とやらで出陣や遠征は休みの『おふ』の日だ。けど、大将はいつもどおりに起きていつもどおりに朝餉の支度をしてくれてるはずなんだが……。

 珍しいこともあるもんだ。大将が寝坊するなんて本丸が始まってから一度もなかったってのに。でもまぁ、大将だって人の子。疲れもするだろうし、朝寝坊だってするだろう。大体、大将は働きすぎだ。ちっとくらい怠けたってバチは当たらねぇだろ。

 しかし……大将のいない厨で1振で朝餉の支度をするってのも、変なもんだな。顕現して2日目の朝からずっと、大将と2人で朝餉の支度してたからな。(5日目からは光忠の旦那も加わったが)

 俺にとっちゃこの時間は特別な時間だった。本丸が始まって最初の頃は1日に6振ずつ増えて、どんどん刀剣男士が揃っちまってたからな。流石に34振もいりゃ、大将とじっくり話す時間なんてそうそう取れるもんじゃねぇ。

 歌仙の旦那はほぼ近侍独占状態でずっと大将の書類仕事手伝ってるし、光忠の旦那や鳴狐なきの叔父貴、いち兄は毎晩『みーてぃんぐ』とやらで大将と過ごす時間が確保されてる。

 けど、その他の刀剣男士は中々大将と個人的に話す時間なんざ取れやしねぇ。毎日忙しい、しかも俺たちのために忙しい大将に我が侭なんて言えねぇしな。

 だから、朝餉の支度の時間ってのは俺にとっては1日の中で唯一大将とのんびり話すことの出来る時間ってわけだ。光忠の旦那もそれを判ってくれてるらしくて、少なくとも10分は俺と大将が2人だけで話す時間を作ってくれてる。あの御仁は気配りの利くおひとだよな。

 朝餉の献立は毎日ほぼ同じだ。白米に味噌汁、出汁巻玉子に焼き魚、納豆、海苔。味噌汁の具や魚の種類はその日によって変わるし、出汁巻も甘いときも塩味強めのときもあるし中に具を巻くこともある。俺は大抵出汁巻を担当して、光忠の旦那が魚と小鉢、大将が味噌汁だ。さて、今日は大将の好物の辛子明太子を巻いたヤツを作ってやるか。俺は自分の担当である出汁巻玉子の準備をしながら、厨の入口を見る。

 しかし、大将、今日は寝坊助だな。ここのところかなり忙しかったし、疲れてるのか……。戦場の攻略が一段落して今は第1部隊の旦那方の錬度上げしてるとはいえ、攻略が一段落したからこそ大将は忙しくなってる。戦場の分析ってやつだな。毎晩遅くまで大将の執務室の明かりがついてるのを俺も何度も見てる。まぁ、偶の休みだ、ゆっくり寝るのもいいだろう。

「おはよう、薬研君。……珍しいね、主、まだ寝てるんだ」

「おはよう、光忠の旦那。大将も人の子だ、疲れてるんだろうさ」

「そうだね。主は頑張りすぎるから」

 光忠の旦那も苦笑しながら朝餉の支度に取り掛かる。起こしに行こうとは言わないあたり、旦那も大将の忙しさをよぉく判ってるんだろう。何しろ光忠の旦那は顕現した日から戦闘の参謀として毎日大将とミーティングしてるし、厨でもよく一緒になるしな。恐らく光忠の旦那が歌仙の旦那に次いで大将と一緒に過ごす時間が長い刀剣男士だろう。初鍛刀の俺としちゃ、ちょっと妬けるぜ。

「おはようございまーす……あれ? もしかして主さん、お寝坊ですか」

 国広くに兄もやってきて、大将がいないことに驚いている。これでうちの本丸の早起き刀剣3振が揃ったわけだが、やっぱりこの面子が揃ってるのに大将がいないってのは変な感じがする。

「主さんもお疲れなんですね。じゃあ、今日は僕も朝餉作り手伝います。あ、兄弟! 洗濯始めておいて!」

 国兄は一緒に来た切国と山伏ぶし兄にそう告げて、朝餉作りに参加する。

 いつもとは違う3振で朝餉を作り、そうしている間にも殆どの刀剣男士が起き出してきた。そして、皆が皆、大将がいないことに驚き、光忠の旦那たちと同じく『疲れてるんだろう』と苦笑していた。特に歌仙の旦那。疲れているのだろうから大将が自分で起きてくるまで存分に寝かせておいてやろうと皆に告げていた。歌仙の旦那は初期刀として、今は近侍として一番側にいる御仁だからな。大将の苦労は一番知ってるし、大将の気性もよく理解していて気を揉んでたようだし。寝坊するってのも大将が漸く気を抜けた証みたいなもんだと思ってるんだろう。

 が……全員が朝餉を終え、休日は遅くに起きる兼さんや蜂兄がやってきても大将はまだ起きてくる気配がなかった。そうなると大人しくしていられないのが短刀たちだ。

「あるじさま、おねぼうさんです。きょうはいっしょにかるたとりをするやくそくをしていたのに」

 ぷぅっと頬を膨らませて、今剣いまがご立腹だ。休日は短刀たちが存分に大将と遊べる貴重な日だからな。

「今、主を起こして来てくれるかな? そろそろ演練に出ないといけない時間だしね」

 歌仙の旦那が壁にかけられた時計を見て、今に言う。

 うちの本丸では毎週土曜日を演練参加日にしている。最低月に1回、5戦すりゃいいそうなんだが、うちではほぼ1軍を固定してる関係で戦闘への不満解消に毎週土曜日に3戦または5戦するようにしてる。今週は3戦の日だから、本丸を午前10時半に出て11時の対戦からすたーとする予定だった。

 既に時間は10時になってるから、そろそろ大将にも起きてもらって支度しなきゃならねぇ。まぁ、こんのすけ曰く大将がいなくても参加は出来るらしいが。

「はい、歌仙! あるじさま、おこしてきます! 小夜、秋田あき、いっしょにいきましょう!」

 今は嬉しそうに返事をすると、大将の寝室へと走っていった。一緒に行く小夜と秋は大将による年齢設定で同年扱いになってるせいか、よく一緒にいる2振だ。

 しかし……数分後、血相を変えた小夜が再び居間へと戻ってきた。

「薬研兄!! 大変!! 主が……」

 歌仙の旦那でもなく、光忠の旦那でもなく俺を呼ぶ小夜に顔色が変わる。俺はこの本丸で唯一、医療に関する知識を持つ刀剣男士だ。その俺を呼ぶということは……。

 直ぐさま駆け出した俺を長谷部が俵担ぎにし、走り出した。

「長谷部!?」

「お前が走るより俺が走ったほうが速い」

 まぁ、確かにそうだ。俺の機動は53、長谷部は57。しかも普段から本丸内では特上軽騎兵2を装備してる長谷部だ。その機動は67になって、本丸の誰よりも速い。因みに本丸でも特上軽騎兵を装備してるのは、大将に呼ばれたら即座に駆けつけるためだという。

 先頭に長谷部に担がれた俺、その後を歌仙の旦那をはじめ、居間にいた全員が追いかけてくる。皆、小夜が俺を呼んだ理由を判っているのだろう。元々号の関係か俺には薬草や医学の知識がある。人間の大将と暮らすようになってからは自分でも書物やいんたーねっとを使って知識を深めてきた。政府のしすてむで刀剣男士が知識を学ぶ場もいんたーねっと上にあり、そこで俺は医学を学んでいる。殆どの本丸の『薬研藤四郎俺っち』がその『うぇぶ医科大学』という講座を受講しているらしい。

「あ! 薬研兄! 今君、薬研兄来ました!」

 大将の寝所の前にいた秋が中にいる今に声をかける。そこで漸く俺は長谷部の肩から降ろされた。

「薬研! あるじさまがひどいおねつなのです!!」

 涙ぐんだ今の言葉に、大将の側へと駆け寄り、顔を覗きこむ。確かにいつもよりも顔が赤く、息が荒い。そっと額に触れれば焼けるように熱い。

「乱、そこの棚の救急箱から体温計出してくれ。熱を測る」

 まずは正確に大将の状態を把握しなきゃならねぇ。乱は言われた通りに体温計を取り出し『あるじさん、ちょっと失礼しまーす』と努めて明るく言いながら大将の胸元を開け、腋下に体温計を挟む。これがあるから乱に頼んだのだが。

「長谷部、氷枕と氷嚢準備してくれ。それから歌仙の旦那」

 歌仙の旦那には医者を手配してもらおうと振り返ると、既に旦那は自分の端末から大将の担当官に連絡をしていた。流石は初期刀。

「薬研、38度3分だって」

 38度となりゃ、人間にとっては高熱と言われる部類だろう。元々大将は平熱が35度台で低い。

「薬研、医師が来るまで1時間ほどかかるそうだ」

 電話を終えた歌仙の旦那が告げる。1時間……半刻もかかるのか。

「そんなにかかるんですか? あるじさま、大丈夫でしょうか……」

 ぐすっと洟を啜りながら五虎が言う。短刀は皆涙目になってるし、それ以外も不安そうだ。俺だって冷静なふりをしてるが不安だらけだ。俺には知識はあるが実践経験なんざねぇんだからな。

「お医師は普通の人間だからね。本丸に入るには審神者の霊力を持っていなくてはならない。政府の役人は特別なまじないで入れているんだ。お医師にその咒を施すのにそれだけの時間が必要なのだろう」

 冷静な口調で石切丸いしの旦那が言う。が、その顔は口調とは裏腹に聊か苛立っているように見える。

 そうしているうちに長谷部が氷枕と氷嚢を持ってきてくれ、それを大将の頭の上下に置く。今、俺たちに出来るのはここまでしかない。それだけしか出来ないことが歯痒くて仕方がねぇ。

「今、秋、お小夜。どういう状況だったのか、詳しく話してくれるね」

 歌仙の旦那が大将を起こしに行った3振に尋ねる。不安そうな3振を気遣って、旦那にしてはたいそう優しい声だった。

「ぼくがおへやにはいったら、あるじさま、まだおやすみだったんです」

「それで、今君が『主様、お寝坊さんですね』って体揺すって。そうしたら主、目が覚めたんだ」

「主君が寝台から降りようとなさって……そのまま目が眩んだかのように座りこんでしまわれて」

 そこで漸く3振は大将の顔がいつもより赤いことに気付いたという。触れた体は火のように熱かった。そして一番冷静だった小夜が俺を呼びに行ったのだ。

「そのときはあるじさま、まだいしきがあって、でもごじぶんがごびょうきだってきづいてなかったみたいなんです」

 『やだなー。寝すぎて立ちくらみなんて』と大将は暢気に笑い、そして意識を失ったのだそうだ。今と秋で大将を寝台へと寝かせ、俺の到着を待っていたらしい。

「主殿はご自分のお体に無頓着すぎます」

 いち兄が何処か悔しそうに言う。そういえば、昨日の近侍はいち兄だった。今朝これだけの熱が出ているのであれば、昨日から何らかの兆候があっても可笑しくはない。それに気付けなかった自分を責めているんだろう。

 短刀と脇差が大将の寝台を囲み、心配そうに大将を見ている。打刀以上は廊で部屋に入らずに大将を見つめている。石の旦那と太郎の旦那は病平癒の祈祷をするために祈祷所も兼ねた石の旦那の部屋へと行っていた。

「熱が高いし、目が覚めたら水分補給したほうがいいよね。準備しておくよ」

 光忠の旦那はそう言うと厨へと戻って行く。何かしていないと不安なのだろう。それが一番顕著なのは安定ヤスだった。主が病み衰え亡くなる姿を見ていた刀だ、無理もない。そんなヤスを清光キヨと兼さんが宥めている。

「うわー……勢揃い」

 そんな俺たちの耳に場違いなほどのんびりとした声が届く。

「主君! お目覚めですか!? ご気分は?」

 枕頭に侍っていた前田まぁが直ぐさま大将に声をかける。

「んー、頭がぼーっとしてるね。こりゃ熱出てるか」

「出てるなんてもんじゃねぇ。38度もあるんだぜ、大将」

「あー……道理で」

 暢気なわけではなく、熱があるためにぼうっとしているせいでこんなにのんびりとした口調なのだろう。

「あと四半刻もすりゃお医者が来る」

「そっか。うん、ごめんね、心配かけて」

「全くだよ、主。お医師が来るまで大人しく寝ておいてくれ」

 大将の目が覚めたことで何処かホッとしたような声で歌仙の旦那が声をかける。

「それから主、熱が出ているから水分を取ったほうがいいよ」

 光忠の旦那が鯰尾ずお兄経由ですぽーつどりんくのぺっとぼとるを渡してくれる。大将が身を起こすのを骨喰ばみ兄が手伝い、余程喉が渇いていたのか、大将は一気に半分近くを飲み干した。

「お腹は空いてない? 食事できそうなら、お粥でも作ろうか?」

 廊から光忠の旦那が声をかけてくる。こういったところが光忠の旦那が大将から『本丸のオカン』と言われる所以だろう。因みに打刀以上が誰も部屋に入らないのは歌仙の旦那の指示が徹底しているからだ。打刀以上と青江は大将の寝所に入ることを禁じられてる。

「今は何も食べる気しない。でも、薬飲む前にはなんか食べなきゃね。お粥苦手だから、薄味のうどんにしてくれるかな」

「了解。食べたくなったら声をかけてね」

 早速支度してくるよと光忠の旦那は厨へと行く。病人の大将にも食べやすいように色々と工夫するつもりなのだろう。

「さて、皆でここにいても主の気が休まらないよ。脇差以上は皆解散」

 こういうときに場を仕切るのは当然ながら歌仙の旦那だ。涙ぐんで不安で大将から絶対に離れないって顔をしてる短刀はそのまま残ることを容認するあたり、如何にも『短刀こどもに甘い大将の第一の側近』らしい。






 それから約四半刻後、担当官丙之五へのご氏がお医師を連れてやってきた。診断の結果、大将は病ではなく過労のせいでの発熱だったと判明した。そして、最低3日の安静が言い渡された。丙之五氏はその場で来週1週間の日課任務免除を上司に掛け合いもぎ取ってくれた。

 大将が重い病でなかったことにホッとすると同時に、刀剣男士全員が『主の働きすぎを何とかしなければ』と決意した。本当は出陣のぺーすを落とし仕事量そのものを減らしたいところなんだが、大将がそれを容認するとは思えねぇ。大将は日頃から自分は戦争の前線指揮官なのだと言ってるからな。だったら、それ以外の負担を軽くするしかない。結果、少しでも書類仕事の負担を減らそうと本丸に『祐筆班』『戦況分析班』が出来ることになった。

 祐筆班は大将の全てを補助する近侍みたいなもんだ。これには歌仙の旦那、光忠の旦那、いち兄、鳴の叔父貴、ばみ兄、国兄、太郎の旦那──つまり初期刀と現第1部隊が担当する。特に歌仙の旦那、光忠の旦那、いち兄は大将を確り叱れる面子だ。

 戦況分析班は戦慣れしていることが前提だったから、兼さんと長谷部、厚、青江、蜻蛉切とんさんが担当。長谷部と厚はかの名軍師黒田如水を輩出した黒田家にいたことがあるからな。戦況分析を大将だけに任せず専門で担当する刀剣がいれば、それだけ大将の仕事の負担も減るに違いない。勿論、全刀剣男士が協力するが。

 更に大将の『体調管理担当』に俺をはじめとする全短刀が任命された。特にまぁ・小夜・秋・平野ひぃ・今。所謂『低学年認定組』、別名『大将が激甘ちぃむ』だ。こいつらが大将をじっと見つめてお願いすれば、大将は大抵のことには頷いてしまう。それを利用して大将に1日最低8時間の睡眠は確保させようという目論見だった。序でに朝餉作りも止めさせようとしたのだが、これは後日大将の猛反対によって継続することになった。まぁ、光忠の旦那が『次に過労で倒れたりしたらそのときは有無を言わさず強行するからね』とニッコリ笑って釘を刺していたが。






 お医師と担当官が帰り、大将は饂飩を食って薬を飲んで、寝た。余程体が休息を求めているんだろう。

 俺は大将の寝所で読書しつつ大将の看病。乱は寝転がってふぁっしょん雑誌を見ながら大将の看病。厚は早速戦況分析しながら大将の看病。まぁ、ひぃ、秋、今、小夜は大将の寝台の周りでいつの間にやら眠ってる。今と小夜は大将の布団に潜りこんでた。五虎と愛染あいは漸く不安そうな顔もしなくなり、それぞれ給金で買った携帯げぇむ機で遊びつつ、時々大将の看病。つまり、短刀全員が大将の寝所にいる。

 更に隣の近侍控え室には脇差のうち青江を除いた4振と沖田組刀剣2振に兼さんがいるし、大将の執務室では歌仙の旦那といち兄、長谷部、青江が書類の仕分けやら記入やらをやってる。そこにはこんのすけもいて、こんのすけが『刀剣男士が見るべきではない書類』を仕分けしてくれている。歌仙の旦那といち兄、長谷部は元々大将の仕事を手伝うことも多かったから、ぱそこんとやらの扱いにも慣れている。ただ、大将のぱそこんは審神者専用ということで俺たち刀剣男士が見ちゃ拙いもんがあるかもしれねぇってことで、歌仙の旦那がこんのすけと相談して、祐筆班に3台、戦況分析班に2台のぱそこんを支給することになったらしい。序でに近侍控え室を祐筆班の部屋にし、西の対屋の空き部屋を戦況分析班の部屋にすることになった。こういうとき、歌仙の旦那や長谷部の決断は早い。直ぐに必要な品を相談し、購入。歌仙の旦那が備品購入に関してはある程度の権限を与えられていたからこそ出来たことだ。それぞれの班員で机やらぱそこんやらを設置していた。因みに大将には事後承諾ってことでまだ話してない。歌仙の旦那とこんのすけが大将を説得するし叱責を受けると言っていた。まぁ、叱責されるなら全員で受けるが、大将は叱ることはねぇだろ。

「主君、ご気分はいかがですか?」

 大将が目覚めると直ぐに声を掛けたのはこれまた枕頭に侍っていたまぁとひぃだった。さっきまで眠っていたはずなのに、大将の目覚める気配を敏感に感じ取ったらしい。流石に俺の弟たち。じゃねぇ、貴人の側に侍っていた懐刀だけはある。

「あー、さっきよりはだいぶいいかな。熱さましが効いてるみたい」

 そう言って起き上がろうとした大将だったが、それは叶わなかった。大将の両側から今と小夜が抱き着いていたからだ。

「今ちゃん、小夜ちゃん……」

 大将は苦笑すると、優しく2振の背をぽんぽんと叩く。

「お水飲みたいから、体起こさせて?」

 どうやら2振の狸寝入りはバレてるらしい。仕方なく2振は力を緩めて、大将は起き上がった。尤も2振の腕は大将の腰にしがみ付いていて離れる気はないらしい。

「お飲み物、直ぐご用意しますね!」

 ひぃが備え付けの小型冷蔵庫へと向かい、ぐらすとじゅーすをもって来る。

「光忠さんが、これが主のお好みだろうとご用意くださいました」

 ひぃがそう言って渡したのは、100ぱーせんとの林檎じゅーすだった。なんでも大将は熱が出るとこれが飲みたくなるらしい。そんなことを何かの折に光忠の旦那は聞いていたそうで、確り大将が好きな銘柄の品を用意してくれていた。

「大将、それ飲んだら、熱測っといてくれ。下がったとしても、最低でも3日間は安静にしててもらうからな」

 俺がそう言うと、大将は頷き、グラスをひぃに渡して熱を測った。幸い、薬が効いているのか37度7分まで熱は下がっている。

「……短刀勢揃い」

 そこで漸く大将は全員がこの部屋にいることに気付いたらしい。低学年組や五虎退がいることは予想していたし、俺がついていることも予想の範囲内だったらしいが、普段そこまで大将に甘えない厚がいたことが意外だったみてぇだ。

「あるじさまのお邪魔はしません。でも、お側にいたいんです」

「それだけで安心するからさ……。いいだろ、主さん」

 大将が目覚めた時点でげぇむ機を放り出した五虎と愛が言う。そんな2振の頭を撫で、勿論だと返している。

「ホントに心配かけてごめんね」

「ほんとうですよ、あるじさま。ぼく、びっくりしたんですからね! だからおしおきです! きょうはぼくがずっとそいねします!!」

 今がぷぅっと頬を膨らませる。大将が倒れちまったことで一番ぱにっくになっていたのは実は今と小夜だった。小夜は一見落ち着いているように見えたが、それは表情が抜け落ち呆然としていたから他の短刀に比べて目立たなかっただけだった。だが、受けた衝撃は多分、一番大きかったんじゃないだろうか。だからこの2振を大将の寝台に潜りこませたんだがな。

「判った判った。でも、ずっと引っ付いてるだけだと退屈でしょ? 絵本でも読む?」

「あのな、大将。ちょっとくらい熱が下がったからって調子に乗ったらまた熱が上がるぜ?」

 呆れたように厚が言い、溜息をつく。

「んー、でも今目が覚めたばっかりで、直ぐには眠れそうにないしね」

 確かに少しすっきりした顔をしてる。だいぶ良くはなってるんだろう。

 俺たちの話し声が聞こえたのか、近侍控え室にいた7振が廊から顔を覗かせる。そして大将が起きているのを見ると、脇差4振は寝所に入ってきた。どの顔も一様にホッとしている。

「ごめんね、心配かけて」

 朝方とは違いかなり確りした口調で話す大将に、ばみ兄たちも安堵したようだった。

「俺、いち兄や叔父貴に知らせてきます。主の顔色も良くなってるし!」

「僕も兄弟に知らせてきますね」

「俺も蜂須賀兄ちゃんに知らせてくる」

 ずお兄と国兄、浦島うら兄が明るい顔でそれぞれの家族に知らせに行く。皆心配しているのは同じだが、余り大将の近くに大勢いても邪魔になるだけだと居間やそれぞれの部屋に戻っているのだ。

「ヤス君、キヨ、入っておいで」

 大将は廊から中を窺っている沖田組2振に声をかける。

「でも、主の寝所に僕たちは入っちゃダメだし」

「歌仙や蜂須賀に怒られる」

 本当は大将の側で大将がもう大丈夫だと確認したいだろうに2振はそう言う。歌仙の旦那や蜂兄は大将が女人だってことで厳しいからな。脇差だって見目が大人の青江には部屋に入ることを禁じているくらいだ。

「大丈夫だよ。私がいいって言ってるんだし。それに安静言い渡されてて、私部屋から出られないし、そうすると話しにくい。あー、大きな声で話してると疲れるなー」

 最後は態とらしく棒読みで言う大将。沖田組2振は顔を見合わせると頷き合い、寝所に入ってきた。そんな2振に大将は寝台の直ぐ側に来るように言い、2振も大人しくそれに従う。

「立ってないで座って。見下ろされてたら話しにくい」

 優しく笑いながら大将は言う。そして俺に目配せをした。大将は2振だけと話がしたいらしい。渋る低学年組をばみ兄・厚・乱とともに抱えあげ、俺たちは近侍部屋へと移った。

 大将は優しいお人だ。そして歴史をある程度学んでる。恐らく、沖田組2振の不安も判っているんだろう。それを取り除きたくて2振を呼んだに違いない。何しろ大将が倒れてからというもの、2振の顔色はずっと青いままだ。お医師が過労だから暫くゆっくり休めば何の問題もない、命に別状はないんだと言っても納得しない様子だった。特に最期を看取ったヤスは床に臥せる大将が嘗ての主の姿と重なってしまったのだろう。そんな2振を放っておけなくて国兄も兼さんもずっと付き添っていたくらいなのだ。

 それから四半刻ほどして近侍部屋に戻ってきた2振は目元が赤かったが、穏やかな顔つきになっていた。何を話したかまでは判らないが、大将は無事に2振の不安を取り除けたらしい。






 夕餉も終わり、皆がそれぞれの部屋に引っ込んだころ、俺は大将の部屋に行った。今日は大将は1日大人しく寝台の中にいた。まぁ、仕事しようとしないように、俺たち短刀がずっと見張ってたってのもあるけどな。

 夕餉は大将もいつものように居間に来て、皆と食事をした。熱も36度台まで下がってたし、1人でする食事は美味しくないと大将が主張したからだ。それに皆も大将がいねぇと何か落ちつかねぇし。短刀は勿論のこと、ほぼ全員が。あの馴れ合わねぇ伽羅(尤も大将に言わせるとうちの伽羅は全力で短刀には馴れ合ってるらしい)や無骨で素っ気無い同田貫も大将が夕餉の席に現れると何処かホッとした様子だった。

 光忠の旦那は消化によく栄養のあるものを大将のために特別に作ってた。いつもなら大将の両隣は短刀の誰かが座ってたが、今日ばかりは歌仙の旦那と光忠の旦那が座り、せっせと大将の世話をしていた。まるで兼さんの世話を焼く国兄みたいだったな。大将はそんな2振に『過保護だなぁ』と苦笑していたが、普段はそれほど大将の世話をしないが実は世話好きな2振にすりゃ絶好のちゃんすってやつだったんだろう。

「大将、今日はおふ日で、しかもお医師に絶対安静言い渡されてるよな?」

 何故か寝台の中におらず、執務室のぱそこんの前にいた大将を睨む。なんで仕事しようとしてるんだ、この大将は!

「あ、いや、休日でも報告書はあるからね? 今日は演練キャンセルしたからその報告しないといけないし。10分もあれば終わるから、これだけ。ね?」

 そう言ってお願いしてくる大将。が、ここで許可していては10分が四半刻になり、四半刻が半刻になり……結局、夜更けまで仕事をすることが目に見ている。

「ダメだ。丙之五の旦那が言ってたぜ。今日の演練のことは旦那が書類上げとくから、大将は何もしなくていいってな」

「マジ? ラッキー。ってか、丙之五さん来たんだ」

「何言ってんだ、大将。ちゃんと話してたじゃねぇか……って、覚えてねぇのか」

 口調も緩かったし何処か呆っとしてたな、そういえば。

「うーん、そうか。記憶にないや」

「じゃあ、1週間任務免除ってのも覚えてねぇのか」

「1週間も!? そんなに必要ないって」

 まぁ、1週間も免除されたことには俺も驚いたがな。でも丙之五氏の言うには、うちの本丸は他所の本丸の3倍以上の出陣をこなしているらしいし、のるまの8~9倍の戦闘をしてるそうだ。だから、丙之五氏の上司もあっさりと許可をくれたらしい。働きすぎて息切れしちゃ、そっちのほうが長い目でみりゃ損だからな。

「1週間休むかどうかは別として、今はさっさと寝台に戻って眠るんだな、大将。少なくとも明日と明後日はお医師の言うとおり、仕事はさせねぇぞ」

 強制的に大将を寝所へと追い立てる。寝台に大将を押し込めて、俺はその枕頭に椅子を持ってきて座る。

「もしかして、薬研、一晩中ついてるつもり?」

「当たり前だろ。俺が目を離したら、大将仕事するだろうが」

 もしくは『眠くないー』とげぇむするかだ。

「薬研も寝なきゃ」

「大丈夫だ」

 俺は元々刀剣なんだし、食ったり寝たりしなくても命に関わることはねぇ。食事や睡眠を取ることで疲労回復にはなるし、しないよりはしたほうがいいって程度だ。だが、大将は俺の答えに満足しなかった。

「薬研、中身は数百年生きてる刀剣の付喪神ってのは判ってるけどね、見た目が小学生の薬研がずっと起きて看病してくれてるってのは、結構精神的にキツいわ」

 大将は自分の感情を俺に伝える。俺のために気遣って言えば俺はそれを素直に受け取らねぇ。けど、大将の負担になるんだと思うと受けないわけにもいかねぇ。それが判ってるから大将はわざと『自分がキツい』と言ったのだ。

「うっ……けど、打刀以上はここには入れねぇし……」

 脇差でも多分大将は同じように思うだろう。小学生のところが中学生に変わるだけだ(国兄は高校生だが)。

「薬研、パジャマに着替えて枕も持っておいで」

「は?」

「一晩中ここにいるなら、一緒に寝なさい。五虎ちゃんたちみたいに私に抱きついて寝てれば、私も起きられないでしょ?」

 ニッコリ笑う大将は、多分俺が拒否することを予想してる。そうしたら見た目小学生であることを理由に部屋に返すつもりなんだろう。そうは行くか。

「大将の添い寝すりゃいいんだな。判った」

 ニヤリと笑って応じれば、大将は一瞬目を瞠り、それからクスリと笑った。

「序でに厚も連れてくる?」

 短刀の中で俺と厚だけが、まだ大将と添い寝したことはねぇ。やっぱり恥ずかしいって気持ちがあるからな。

「それもいいかもしれねぇが、大将の寝台に俺たち2振が入ったら流石に狭いだろ」

 俺と厚は他の短刀に比べたらデカイからな。大将の寝台は狭すぎる。

「それもそうか。じゃあ、厚はまたの機会に」

 くすくすと笑って大将は言う。いつその機会が来るか判らねぇが、そのとき厚がどんな顔するか楽しみだな。

「じゃあ、俺っちは着替えてくる。大将、大人しくしてるんだぞ。もし寝台から出てたら……歌仙の旦那に言いつけるからな」

 俺でもいうことを聞いちゃくれねぇときは、歌仙の旦那の出番だ。

「大人しくしてるから。いってらっしゃい」

 ヒラヒラと手を振り、大将は言う。うん、この様子なら心配はいらねぇか。

 大将の部屋を出て、何処か俺はくすぐったい気分だった。

 部屋に戻り、洋装の寝巻(ぱじゃまというらしい)に着替え、枕を持ち部屋を出る。ついつい、偵察や隠蔽すきるを使ってしまうのは、誰かに見られたら恥ずかしいからだ。本丸では子供扱いの短刀とはいえ、俺はもう1000年近く生きてる刀だ。その俺が大将と一緒に寝るなんて、誰かに知られたらやはり気恥ずかしい。特に俺は短刀の中では兄貴分だし、短刀の中では大人扱いされてるし……いや、こりゃ単なる言い訳だな。大将と添い寝できることを俺は喜んでる。浮かれてる。それを誰かに見られるのが恥ずかしくて照れ臭いんだ。

 幸い誰にも会うことなく、大将の部屋へと辿り着く。まぁ、俺の部屋は北の対屋の渡殿正面の部屋で、大将の部屋までは最短距離にあるしな。

「たーいしょ、来たぜ」

 何処か照れ臭いのを隠して声をかける。大将は寝台に起き上がって本を読んでた。が、俺を見ると直ぐに本を閉じ、ニッコリと笑った。

「ん、おいで、薬研」

 大将の笑みは優しい。まぁや今や小夜や……低学年認定組に向けるような、そう、人間の『母親』みたいな顔だ。

 大将に呼ばれるまま、寝台に上がり、横になる。同じ布団で寝るとはいっても、添うのはやはり恥ずかしい。出来るだけ寝台の端に寄って大将との距離を取る。

「そんな端っこだと落っこちちゃうよ」

 クスクスと笑いながら大将は言い、俺を引き寄せるとその腕の中に抱き込んだ。

「た、大将!?」

 そりゃ、五虎やまぁや小夜や今はこうして大将に抱き締められて寝てるし、自分たちからも抱きついてる。けど、俺にはこりゃ無理だ。

「薬研も短刀なんだから、遠慮しないで甘えればいいのに。ずっとお兄ちゃんしてるから、甘えるの苦手なのかなぁ」

 俺がもがいても大将の腕は緩まず、俺を抱き寄せたままだ。ああ、大将はなんだかいい匂いがする。安心する匂いだ。

「私もね、長女だからあんまり親に甘えたことないんだ。いつも『お姉ちゃんだから』って言われてさ。だから、甘え方判らなかったし、甘えたくても出来なかったんだよね」

 ぽんぽんと優しく俺の背を叩きながら大将は言う。

 別に俺は長男じゃない。いち兄もばみ兄もずお兄もいる。でも、そうだな。確かに俺は誰にも甘えたことはないかもしれない。いち兄にも鳴の叔父貴にも。2人は甘やかそうとしてくれてるんだろうが、俺はそれにどうしていいか判らない。

「大将は、俺が自分に重なったのか?」

「かもねー。薬研は性格が男前だから、甘えるって考えがないのかもしれないけど。厚も男前だけど、あの子は割と甘えてくるところもあるし。乱ちゃんなんかは本丸で1、2を争う甘え上手だよね。けど、薬研は甘えることを知らないように見える。痛々しいとか、そんなことはないけど、お兄ちゃんしてる薬研見てると甘やかしたくなるんだよね」

 大将の女人にしては少し低めの声が心地好い。優しく背を叩くりずむと大将の優しい声、心が温かくなる香りが俺を眠りに誘う。

「大将はなんだかお袋様みたいだな」

「そうかな? まぁ、薬研の認定年齢だとギリギリ息子でも可笑しくはないね。うん、薬研が息子なら自慢の息子だなぁ」

 今までにないほど身近で聞こえる大将の声に頭がふわふわとして、段々意識が溶けていく。

 そうして、俺はいつの間にか大将に抱きついて、眠りに落ちたのだった。






「一期君、一期君、ここに可愛い天使がいるよ!」

「まさに天国、ですな!」

 翌朝、大将の様子を見に来た(歌仙の旦那の許可済み)光忠の旦那といち兄がそんな会話をしていたなんて、大将に抱きついて熟睡していた俺は気付きもしなかった。そしていち兄の端末の待ち受け画像が『安心しきって幸せそうに眠る(byいち兄)俺と母のような優しい寝顔の大将』の写真になっていることに気付くのはかなり後になってからのことだった。