Episode:11 初めての演練

 審神者になって3週間が過ぎようとしている。今週初日に無事『戦国の記憶』をクリアし、『武家の記憶』を開放。ってことで、かねてから刀剣男士たちに言っていたとおり、特の付いていないメンバーの錬度上げをした。

 第1部隊は太郎たろさん(48)を除いて錬度50を越えてたし、一気に55まで育ててもいいかなーとは思ったけど、『武家の記憶』開放したら遠征班の錬度上げって約束してたしね。マップが椿寺になってからは、短刀たちが『ここクリアしたら、僕たちの錬度上げですよね!』って楽しみにしてたからなぁ。例によって賽子さいころ運の悪さで、椿寺マップ突入からクリアまで4日かかってたし、これ以上待たせるのも申し訳ないってことで、当初の予定どおり、短刀+青江・山伏ぶしさん・獅子君の錬度上げをやった。

 3日間江戸の元禄で戦い、無事に短刀たち全員に特が付いて、4日目の今日は残りの25で特が付く青江・伏さん・獅子君のパワーレベリングってことで護衛に太郎さん、短刀の中でも錬度の高い兄貴2人と一緒に織豊の越前に行かせて、これも無事に特つきに。意外と早く特付け期間終わったな。

 来週は第1部隊の錬度を55まで上げて、それから『武家の記憶』に突入予定。






「演練?」

「はい。一応日課任務に入っておりますが、時間がかかりますので、毎日強制ではございません。それでも月に一度は参加するように言われております。刀剣男士の方々も順調に錬度が上がっておりますし、そろそろ参加なさってみては?」

 ある日こんのすけが久々に姿を見せたかと思えばそんなことを言った。こんのすけって常駐じゃないんだよね。いや、常駐ではあるのか。呼べば直ぐに出てくるし。けど呼ばれない限りは姿を見せない。折角の可愛いマスコットキャラなのになぁ。

 演練は本丸とは別の亜空間に設けられた演練場で行われる。最大対戦数は5回。出陣の際にはゲーム画面にしか見えない戦闘も、実際に戦っている姿が見られる。更に刀剣男士たちが戦っている間は対戦相手の審神者と同室で見学となるため、交流も可能となる。

「右近様も間もなく1ヶ月が経ちますし、他の審神者と交流をしてみるのもいいと思いますよ」

 こんのすけはそう勧めてくる。まぁ、それもありかな。

 政府から支給された端末にはスカ○プのようなソフトも入ってる。これは審神者IDが判れば通信可能なのだとか。今まで自分以外の審神者に会ったことないから、使ったことはないけど。

「まぁ、任務の1つでもあるわけだし、参加してみようか。申し込みとかどうするの?」

 こんのすけに言われるまま、出陣画面を立ち上げ、演練をクリック。すると『4月21日 9:00 B演練会場』という表示が出た。明日の9時か。余裕を持って30分前に会場に入るとすると、朝の出陣は出来ないな。

 1戦ごとにかかる時間は様々らしいけど、上限時間も設定されている。その時間が来ても決着が付かない場合は判定によって勝敗が決まる。尤もそこまでかかる対戦は滅多にないらしい。滅多にないってことは、偶にはあるってことだよね。一体どんな対戦なんだろう。

 演練の任務は2つあって『3回対戦すること』と『5回勝利すること』。普通は参加数のほうが多くて勝利数のほうが少ないんじゃないかと思ったけどね。かかる時間は最大5時間。平均的な戦闘時間は30分前後らしい。でも、第1回戦9時、第2回戦10時、第3回戦11時、第4回戦12時、第5回戦13時とスタート時間が決まっている。1回対戦ごとに対戦室(審神者の見学と刀剣男士の控え室らしい)が変わるから、移動とかで割りとバタバタしそうな感じ。

 ともかく、明日、初めての演練に参加することになった。ちょっと楽しみ。






 やってきました、演練会場。うん、想像してたのと違う。スタジアムとかアリーナとかイメージしてたんだけど、普通のビルだった。入口に受付があり、エレベーターで指定された階に上がる。それぞれのフロアにはずらりとドアが並んでいて、なんかオフィスビルみたい。こういう作りってことは参加しない審神者が観戦したり、参加者が自分以外の他の対戦見たりって出来ないってことかな。

 最初の対戦はA-7対戦室で9時から。A-7のプレートがかかったドアをノックしても返事はない。まだ30分前だし対戦相手は来てないんだろう。ドアを開けて中に入ると、広さは小学校の教室の半分くらい。正面にガラスが張ってあり、その奥が仮想戦場なのだろう。今は真っ暗で何も見えないけど。その両側にドアがあり『刀剣男士入退場口』と書いてある。

「早く着きすぎたようだね」

「そうだね。でも慌ててギリギリで駆け込んでくるなんて格好よくないし、いいんじゃないのかな」

 後ろで歌仙と光忠がそんな会話をしている。今日はいつもの第1部隊を連れて来た。初回だからスタメンですよ。

「はー。何かドキドキするー」

 設置されている椅子に座り、キョロキョロと周りを見る。飲み物の自動販売機とかあるし。でも私この時代の通貨とか持ってないぞ。ああ、通貨じゃなくてプリペイドカード使う方式だ。確か、審神者証にその機能ついてるんだっけ。

 そう、審神者には審神者証というIDカードが渡されている。審神者IDと審神者号、顔写真がついた会社なんかの社員証みたいなもの。演練とか政府機関に出向くときには携行を義務付けられてるんだけど、昨日こんのすけに言われるまですっかり忘れてた。机の引き出しの中に入れっぱなしだったよ。

「何か飲む?」

 自販機を示して言えば、今はいいという返事。もしかして皆も緊張してるのかな。

「そういえば、皆が実際に戦ってる姿、見るのは初めてだね」

 第1部隊のメンバーは自分たちが本丸の戦闘の要という意識が強いのか、自分たちが出陣していないときは審神者執務室にいることも多い。だから、戦闘中に私がどんな画面を見て、何をしているのかも判っている。逆に打刀部隊は出陣してないときは鍛練してることが多いな。その分、打刀部隊は意外と連携が巧い。協調性ないメンバー多いはずなんだが。

「そういえばそうだね。──主、怖かったら見なくてもいいんだよ」

 思いがけない歌仙の言葉に彼を見る。

「戦いは血腥いものだ。僕らが斬ったり斬られたりする。決して見ていて気持ちのいいものではないよ」

 歌仙はそう続ける。うん、こんのすけからも言われてる。見たくなければ見なくてもいいそうだ。見たくない審神者のための別室も用意されているらしい。政府としては余り歓迎したくない事態らしいけどね。でも、歳若い審神者や女性審神者の中には演練の間中そこにいる人もいるそうだ。

「主は女性にょしょうだし、特にね」

「主が生きた時代は戦とは無縁と伺っております」

「僕たちは見慣れてるけど、主さんにはキツいかもしれないし……」

 光忠、太郎さん、堀川もそんなことを言う。鳴狐なき君と骨喰ばみ君も気遣わしげに私を見てる。優しいなぁ、皆。

「気を遣ってくれてありがとう。でもちゃんと見るよ。確かに私は女だし、戦いとは無縁の世界で生きてきた。でも今は審神者で戦争の前線指揮官なの。皆を自分の指示で戦わせてるのに、気持ちよくないとか怖いなんて理由で目を逸らしたりはしない」

 実際に見れば目を背けたくなるかもしれない。でも、ちゃんと戦ってる姿を見ることは審神者の義務なんだと思う。自分で戦うことが出来ず、代わりに刀剣男士に己の兵として戦ってもらってるんだから。この考えを他人に強制する気はないけど。

「……やっぱり」

「主、割と頑固だから」

 寡黙コンビが言う。うん? ばみ君、『やっぱり』ってどういうこと?

「主どののお答えが予想どおりだったということでございますよぅ! 昨晩皆様で相談した折、主どのならそうお答えになるので むぐっ」

「喋りすぎ」

 解説してくれたきぃちゃんの口を鳴君が塞ぐ。そんなこと心配して相談してたのか。やっぱり優しい。

「じゃあ、主には僕たちの勇姿を見てもらおうか」

「気分が悪くなったら言うんだよ? 無理はしないように」

 明るく前向きな光忠と心配性な歌仙。あれ? 歌仙ってこんな過保護な刀剣男士だっけ? 交流サイトでは『歌仙スーパードライ』とか言われてるけど。

「大丈夫、無理はしないよ」

 心配性の歌仙を安心させるように笑ってみせた。






 午前中に3戦、午後に2戦。午前中の3戦は審神者レベルがほぼ同じくらいの人たちとの対戦だった。結果は何とか3勝。刀剣男士のレベルも同じくらいだから、接戦の末の勝利で勝利C判定。その分、あっさり決着がつくよりも互いに得るものの多い対戦だったと思う。

 午前の対戦で任務1つクリア。折角3勝したし、もう1つの任務にもチャレンジしてみるかと午後も参加することにした。

 午後の1戦目はレア刀剣揃いの相手だった。一期一振、蛍丸、鶯丸、鶴丸国永、江雪左文字、三日月宗近。すげー。審神者レベル同じくらいなのに。やっぱ刀剣運ってあるのかなぁ。別にレアだから欲しいわけじゃないけど、いち兄と蛍君と江雪いいなー。いち兄、蛍君、江雪さん、うちでも弟たちが一日千秋の思いで待ってますよー!!

 ただ、相手は招いてそう経っていないのか、錬度は皆10前後。自慢しに連れて来たのかよ! と捻くれたことを思ってしまった。でも、演練である程度育てて(何しろ刀装も怪我も終われば自動回復、折れることもない)から戦場に出すという育成方法もあるらしいし、それかな。──自慢だったみたいですけどね! コモン刀剣だけのうちを見て馬鹿にしたように笑ってたし。

 結果はうちの完全勝利S。哂われたのがカチンと来たらしい歌仙が他の刀剣男士たちに何か言ってたっぽいし。まぁ、レベル差は40くらいあるから、当然の結果でもあるよね。

 そして、最後の対戦。見た瞬間に『あ、無理』って思った。審神者レベル90オーバー、刀剣男士のレベルも90オーバーだもん! で、相手の編成はうちと全く同じだった。このレベルでコモン刀剣しか入れてないのって珍しいんじゃないかな。

「よし、胸を借りるつもりで戦おう。同位体の錬度は50近く上。つまり相手は未来のあなたたち。相手の強さを実感しておいで」

 そう言って刀剣男士たちを送り出す。

「全く同じ編成なんて珍しいですね」

 相手の審神者氏がそう声をかけてくる。30代前半くらいに見える、穏やかそうな男性だ。確かに全員同じってのは珍しい。1人2人重なることは結構あるらしいけど。

「よろしくお願いします。胸を借りさせていただきます」

 そう言って頭を下げれば、相手も挨拶を返してくれた。そして、首から提げた私のIDカードに目を留める。

「おや、右近さんですか。私、左近といいます。もしかして、リアルネーム橘さん?」

 左近の桜・右近の橘か。御所の紫宸殿前の2つの樹木。

「いえ、残念ながら。左近さんは桜さんですか?」

「私も違いますけどね。平安オタクだったりします?」

「オタクといえるほどでは。大学で平安女流文学を学んでました」

「なるほど。ボクは史学科で平安摂関政治を」

 あ、1人称変わった。ちょっと距離が近くなったってことかな。なんか、この人同じニオイがする。

「似たニオイ感じるなぁ。部隊編成も一緒だし。初期刀歌仙だったりして」

 左近さんも同じことを感じたらしく、そんなことを言ってくる。

「だったりします。──あ、対戦始まりましたね」

 頷いたところで対戦開始。うわっ、左近さんの骨喰に太郎さん沈められた。こっちのばみ君も相手の太郎太刀狙って……ダメージ僅か。

「おや、あのレベルでタロにダメージ通すか。最大値まで錬結してるでしょ」

「ええ。第1部隊はステMAXです」

 刀剣男士たちが『第1部隊優先しろ』と言ってくれたので、先に錬結しまくった。今は打刀部隊を錬結中。

 なんて遣り取りの間にも光忠、鳴君と沈められる。皆見事に一撃だー。結果は当然負け。

「初めての演練参加でしたけど、勉強になりました」

 そう言って頭を下げると左近さんは驚いたようだった。

「え? もしかして審神者歴1ヶ月未満?」

「ですね。半月ちょっとです。あ、ジャスト3週間かな」

 そう答えれば左近さんは『マジかー』と呟いてた。

「右近さんのレベルや刀剣男士たちの錬度から、半年は経ってると思った」

 え、審神者歴半年? あー、確かにうち、出陣数多いらしいからなぁ。丙之五へのご氏に『無理はせずに、ちゃんと審神者様も休んでくださいよ』って言われたもんな。

「1ヶ月未満でそれって、かなり出陣こなしてハード運営してるね。でも刀剣男士たちは右近さんのこと慕ってるっぽいし、雰囲気も悪くないか」

 何やらブツブツと呟いてる。

「刀剣男士たちが納得して出陣してるなら外部がとやかく言うことじゃないしな。でもそうすると右近さんもハードワークだよね。体には気をつけなよ」

 短期間でレベルが上がってる=出陣多い=過酷労働本丸と思われたのか。左近さんはメモを取り出すとさらさらと何かを書いた。

「これ、ボクの審神者ID。何かあったら連絡して。一応3年目の中堅だし、相談に乗ったり出来ると思うよ。ハードワーク目の仇にする温い審神者もいるし、その黙らせ方とかね」

 差し出された紙をありがたく受け取り、問われるままに私のIDも伝えた。交流の第一歩だね。歳も近いし、好みや嗜好も似てるっぽいし、先輩ヨロシクお願いします。

 こうして初めての演練は色々と実りあるものとなったのでした。






 その帰り道──。

「主、最後の審神者と親しくなったみたいだね」

 左隣を歩く光忠がそんなことを聞いてきた。左近さんと話してる間、刀剣男士たちは気を利かせたのか声をかけてはこなかった。でも気にしてくれてたんだなぁ。昨日『審神者の友達が出来るといいね』なんて言ってたもんね、光忠。

「ああ、左近さんね。名前が似てるっていうか、共通項があるって言うか、そこから趣味も似てるって判ってね。中堅さんだし、困ったことがあったら相談に乗るって言ってくれたんだ。IDも交換したし」

 そう答えれば、光忠は『ふぅん』と気のない返事。あれ、光忠ならニッコリ笑って『良かったね』って言うと思ったんだけど。

「主さんとあの男の人、なんかイイ雰囲気でしたよー」

 揶揄うように堀川が言うけど、そうか?

「審神者の友人が出来るのはいいことだけど、主は女人なのだから、少しは気をつけないとね」

 苦笑して歌仙が言う。何、皆左近さんに下心があるんじゃないかって疑ってるってこと? ナイナイ。同じニオイがするから判るけど、あれは恋愛に使う時間とエネルギーがあるなら趣味に使いたいタイプだ。恋愛能力欠乏してるタイプ。

「あの男性から邪なものは感じませんでしたよ」

 太郎さん、邪って……。それって下心的なものって意味? 御神刀のお墨付きですよ。歌仙、光忠、心配要らないって。昔からああいうオタク系とは仲良くなるけど、ホント『友人』だし。

「飽くまでも審神者の先輩と後輩。過剰出陣、過酷労働の気があるから心配してくれただけだよ。それで変な文句つける輩もいるからね」

 1日8時間労働のデスクワークだから、過酷労働でもなんでもないけどね、私にとっては。なんせ、会社勤めしてたときは1日13時間から14時間労働してたし。刀剣男士たちも疲労状態になったら休ませてるし(尤も誉を皆で満遍なくとるせいか、殆ど疲労しないんだけど)。でも、1日100戦近い出陣はヌルい運営の審神者からすれば刀剣男士を酷使してるように見えるだろうことも判る。実際には同田貫や伽羅から『もっと出陣させろ』と言われてるんだけど。1日に30戦はさせてるのに、まだ足りんのか!!

 笑いながら本丸に戻れば、いきなり腹部に衝撃を感じた。何かがぶつかって、腹に抱きついてきたのだ。その衝撃で後ろに倒れそうになったところを太郎さんが支えてくれた。衝撃の正体は抱きついてきた今剣いまちゃんだった。

「おそいです、あるじさま!!」

 うるっとした目で見上げてくる今ちゃんの可愛さといったら!!

「ごめんごめん、ただいま、今ちゃん」

 お腹にしがみ付いている今ちゃんの頭を撫で撫で。まぁ、確かに5時間以上本丸空けてたしなぁ。本丸運営始めてから、私が本丸を空けるのは初めてのことだし、不安だったかな。

「あるじさま、おかえりなさい」

「おかえりなさいませ、主君」

 五虎ちゃんと前田まぁ君もお迎えしてくれる。その後ろには愛染あい君、平野ひぃ君、小夜ちゃん、秋田あき君。何故か全員ちょっと目が潤んでる。更にその後ろには苦笑している薬研と厚、乱ちゃんに鯰尾ずお

「皆ただいま。遅くなってごめんね」

 未だに今ちゃんを撫でたままそう言えば、五虎ちゃんとまぁ君と愛君とひぃ君、小夜ちゃん、秋君までもが抱きついてくる。体の小さな短刀たちとはいえ、その勢いもあって思わず蹈鞴を踏む。倒れそうになるのを今度は苦笑した歌仙が支えてくれた。

 五虎ちゃんたちは腰やお腹や腕にぎゅっとしがみ付いててこれでは動くことも出来ない。でも無理矢理引き剥がすのも出来ない。

 一体どうしたの? と苦笑している薬研に目で問いかければ、説明してくれた。

「いつもは遠征から帰ると大将が出迎えてくれるだろ?」

「でも、今日はそれがなくて寂しかったらしい。大将が今日はいないって実感したみたいだな」

「おまけにお昼ご飯もあるじさんいなかったからね。お弁当作っていってくれてたから、お昼には困らなかったけど、あるじさんが食卓にいないのも初めてだったし」

「つまり、寂しくて泣いちゃってたわけです、チビたち」

 薬研、厚、乱ちゃん、ずおの順に解説してくれて、それになるほどと思う。と同時に心の中で叫ばずにはいられなかった。私がいないことが寂しくて泣いちゃうとか、可愛すぎるだろ、短刀ーーーーー!!

 7人をまとめて抱き締めたのは言うまでもない。

 因みにそのパラダイスは『さっさと出陣させろ、アホ主』と同田貫に尻を蹴り飛ばされて終わった。タヌキめ……。尤もその後、同田貫は『女性になんてことをするんだい!?』と歌仙と光忠にお説教されてた。なので、同田貫抜きで打刀投石部隊を出陣させました。拗ねたら面倒だから1回は同田貫も出陣させたけどね。






 後日。

「大将! 結婚するのか!?」

 バタバタと珍しく薬研がらしくもない慌てっぷりで部屋へと駆け込んできた。わぁ、薬研が慌ててるところなんて初めて見た。因みにそのとき、私は先輩審神者──つまりオタクな左近氏とス○イプしてた。

「はぁ? 誰がそんなことを」

 男っ気がないことを知っててそんなことを言うなんて、それは私に喧嘩売ってんだよな? いいぞ、言い値で買ってやろうじゃないか。『結婚しない女』なんて強がりは言わない。どうせ私は『結婚できてない女』だよ!! 刀剣男士たちの認識からすればき遅れもいいところな行かず後家だよ!!

「きぃが言ってたんだ! 大将が演練で知り合った男審神者と親密だって。きっとお慶びのことも近うございましょうなぁって!!」

 ほう、きぃちゃんですか。ほんっとにお喋りだな、あのキツネ!! 主の鳴君見習って少しは黙ることを覚えようか!!

「薬研、その審神者って、アレ」

 パソコンのモニターに映る、腹を抱えて大笑いして近侍に冷たい目を向けられている左近氏を示す。

 ああ、確かに親しいよ! 親しくもなるよ!! 同じ時代から来てたってことが判ったし、しかも趣味似てるからプレイしてたゲームやら読んでた漫画や小説やら、見てたテレビ番組が悉く被ってたんだもん。審神者業務以外でもついつい語り合っちゃうよね! 続きが出るのを20年待ってた作家の作品がこの時代だと全巻完結済みで手に入るんだもん。語り合っても仕方ないよね! そして、語り合えば語り合うほど、お互いの残念さを実感して恋愛からは離れていくんですけどね。

「え、左近の旦那!? ──はぁ、そりゃ有り得ねぇな」

 何度も私と左近氏の超残念なオタクトークを見聞きしている薬研はそれで納得した。その反応で私たちがどんなに残念な関係か判るってもんだ。

「ちょっときぃちゃん締めてくる。誤解は解いておくから安心していいぜ。短刀たちがぱにっくになりかけてたから、俺っちが確かめにきたんだ……」

 短刀たちを混乱させるとは、きぃちゃんマジギルティ。

「おう、任せた、薬研。きぃちゃんには10日間油揚げ禁止の刑で。それから1分で通話終わらせるから、直ぐ短刀たちのとこ行くって言っといて」

「りょーかい」

 疲れたように手を振って出て行く薬研を見送り、パソコンに向き直る。左近氏はまだ笑ってる。

「笑いすぎ、左近さん。ってか、凄いデジャヴ」

『先週のウチだろ。ウチは薬研じゃなくて加州だったけど』

 そう、左近氏の本丸でも『遂に主に春が来た!』と私のことが誤解されたらしい。原因は勿論、あっちのきぃちゃんだ。尤も、相手が私と判ると左近加州は『あー、ないない』とあっさり納得してた。うん、複雑。

「取り敢えず、短刀たちフォローしてくるわ」

『おう、ガンバレー。次はラングⅢについて語り合おうぜ!』

 シリーズの中で唯一複数ハード展開せず、セガサターンでしか出なかったソフト。当時既にベテランだった神○明氏の17歳主人公に違和感ありまくったなぁ。

「おっけー」

 通信を切って、ふっと溜息。まさか、初めての演練で知り合った頼りになる先輩審神者が、それ以上にオタ友となるとは。うん、審神者としては超頼りになるんですけどね。

 さて、きぃちゃん締めて、短刀君たちとワチャワチャしてこよう。