本日の出陣を全て終えて(25回出陣の50戦。ド新人にしては相当多い戦闘数だとかでこんのすけに呆れられた)、無事に戻ってきた6人。表情は明るいし、誉桜は舞ってるし怪我もないけど、ずっと戦場に出ていただけあって薄っすらと汚れている。
ということで、風呂に放り込みました! 本丸には一度に40人程度は入れる大浴場があって、なんと自動清掃&自動給湯。入りたいときに入れる優れもの。しかも気を利かせたこんのすけがそれぞれの浴衣も発注しておいてくれたおかげで湯上りに汚れた戦装束を着なくても済む。
因みにバスアメニティはリンスインシャンプーとボディソープ、体を洗うためのタオル、フェイスタオルにバスタオルが既に揃ってた。まぁ、この時代の大量生産廉価品らしいので、徐々に好みのものに変えていってOKだそうだ。これは本丸運営費から購入出来るらしい。尤も、一定価格以上の商品は個人購入しないとダメらしいけど、これは運営費は税金から出てるんだから当然といえば当然か。
幸いにして基本的な人間としての生活知識は刀剣男士にもあるらしい。お風呂の入り方とか布団の敷き方とか箸の持ち方とか。よかった、そういう知識がなかったら大変だ。勿論、私が。
歌仙たちがお風呂に入ってる間に私は夕食の支度。メニューを何にしようか迷い、子供も多いことだしとオムライスとポテトサラダ、コンソメスープにすることにした。
じゃかじゃかと米を研いで、炊飯器でご飯を炊く。良かった、キッチンが20世紀風のIHで。これは私に合わせて
食材は基本食材が食糧庫と冷蔵庫に入ってた。調味料も基本的なものは揃ってる。これも基本は政府から支給されるらしい。備品と一緒で高級食材は自腹らしいけど、拘らない(=政府運営の生協)のであれば運営費の範囲内で充分賄えるのだそうだ。
ポテトサラダに使うジャガイモ・ニンジン・キュウリ・ハム・マヨネーズ、コンソメスープに使う玉葱・ピーマン・ウィンナー・コンソメの素、オムライスに使う卵・ケチャップ・鶏肉・玉葱・ニンジン・ピーマン。材料を食糧庫から取り出して、シンクの上に並べる。刀剣男士がどれだけ食べるのか判らないから分量は大凡の超テキトー。
ジャガイモを洗い、4等分して耐熱容器に入れてレンジでチン。薄く切ったポテトサラダ用のニンジンも同じくレンジでチン。チキンライスに入れるニンジンは小さめの賽の目切りにしてやっぱりレンジでチン。何故かレンジが3台あったのでラッキー。いや、何故かじゃなくて将来的な人数を見越してなんだろうけど。
レンジ加熱でホクホクになったジャガイモの皮を剥き(レンジ加熱のおかげで直ぐに剥げる)、マッシュしようとしていたときに入浴していた6人がキッチンへとやって来た。
「主、手伝うよ」
浴衣姿の歌仙が申し出てくれて、正直有り難い。でも……。
「料理できるの?」
「今日顕現したばかりだからやったことはないけどね。出来そうな気がする」
「大将、俺っちも手伝うぜ」
「主君、お手伝いいたします。料理をしたことはありませんが」
「オレもやるぜ、大将」
「オレもオレも~!」
「ボクもやる~」
歌仙だけではなく、薬研も
なので、まぁ君と愛君の低学年コンビにはジャガイモのマッシュをお願いし、他の4人には材料を切るように頼む。
「あるじさん、ご飯なに?」
「ん? 献立はふわとろオムライスとポテトサラダ、コンソメスープ。オムライスってのは炒めて味付けした鶏肉入りのご飯を焼いた卵で包んだものね。ポテトサラダは蒸した馬鈴薯を潰して卵と酢と油を基にしたタレで味付けした付け合せ。コンソメスープは洋風の澄まし汁」
こんな説明でいいのか判らんが、まぁいいだろう。外来語使わずに説明するのって難しいな。
「へー。楽しみ~」
そう言いながら乱ちゃんは指示したとおりにキュウリを薄い輪切りにしていく。流石刀剣男士、刃物の使い方はばっちりだ。
「大将、こっちの玉葱終わったぜ」
じんわりと涙を浮かべているのは玉葱担当だった厚。うん、厚は目に沁みるタイプだったか。しまった、水にさらしておくの忘れてた。
「え、厚兄、どうしたの? なんで泣いてるの」
「え!? 厚兄さん、どうしたんですか?」
厚の顔を見て乱ちゃんが驚いたように声を上げる。それに釣られてまぁ君も厚を見てびっくりしてる。
「玉葱切ってたらこうなった」
厚はチキンライス用の玉葱のみじん切り担当。みじん切りといっても5ミリ角の荒みじんだけど。そして、2人は同じく玉葱(コンソメ用の薄櫛型切り)担当の薬研を見る。薬研はうっすらと涙を滲ませ、鼻を赤くしている。ああ、薬研もか。
「薬研兄まで!?」
「だ、大丈夫ですか、薬研兄さん!?」
性格:男前な薬研の涙目に弟たちは取り乱している。そりゃ、男前な2人の兄たちが揃って涙滲ませてたらそうなるか。
「玉葱の中にね、ツーンとして涙を滲ませる成分が入ってるの。体にはいい成分なんだけど、切るとそれが目や鼻に沁みるんだよね。水にさらしておいたり、先に加熱するとなくなるんだけど。ごめん、ちゃんと下処理してから渡せばよかったね」
私自身が余り沁みないタイプなもんだからすっかり忘れてた。しかも結構大量に切ってもらったからこうなるよね。
「先に言っておいてほしかったぜ、大将……」
感情によるものではないとはいえ、弟たちに涙を晒してしまったことが恥ずかしいのか、薬研が拗ねたように言う。わー、歳相応な表情だ。
「ごめん! 次から気をつける」
謝れば、薬研も厚も『仕方ねぇなぁ』と笑ってくれる。あとに引かないところも男らしいね。この6年生コンビは!
「主、こちらの
短刀たちの様子にクスクスと笑いながら、歌仙が処理の終わった食材を示す。じゃあ、まずはコンソメスープから作ろうか。といっても、材料ぶちこんで沸騰させて、塩コショウで味を調えるだけの簡単なものですが。
あっさりとコンソメスープの調理を終え、まぁ君と愛君が潰してくれたジャガイモにキュウリ・ニンジン・ハムを混ぜ合わせる。味付けのマヨネーズは目分量。味見をして、まぁ、こんなものだろう。出来上がったポテトサラダは冷蔵庫へ。
その間に歌仙にチキンライスの具材を炒めてもらう。炒め終わったらお皿に二等分に分けて荒熱を取る。別に取らなくてもいいんだけど、まだご飯炊けてないからね。
さて、待ってる間に何しよう。オムライスなら旗を立てるのもありかなとは思ったけど、今日作るのは包み込む卵が硬いタイプじゃないしなぁ。あ、ソースどうしよう。
今日のメニューは完全洋食だけど、ちょっと和のテイストも入れるかということで、きのこ(シメジと椎茸)の和風餡を作ることにした。……歌仙がじっと見てるから緊張する! 興味津々だね。まぁ、人数増えたら1人で作るのも大変だし、手伝ってもらえるようになれば有難いから何も言わないけど。
それから、食器棚からお皿に硝子小鉢、スープカップ、スプーンを取り出して、ランチョンマットもあったから、それをお手伝いをねだってきたまぁ君と愛君に居間兼食堂の座卓に並べてもらう。
そうしてるうちにご飯も炊けて蒸らし終わって、チキンライス作り。7人分を一度に作るのは大変なので、2つに分けて作る。1つを私、もう1つを歌仙にやってもらって、味付けは私。
出来上がったチキンライスをお皿に盛って。さぁ、ここからが皆の出番。自分の分をそれぞれ焼くことにしたからね。ボウルにそれぞれ卵を3個ずつ割ってもらい、そこに牛乳と砂糖と塩コショウ。確り卵を混ぜ合わせ、ふんわりオムレツの下準備。それから私がまずお手本を見せて、程よい半熟状態オムレット型を作り、チキンライスの上に載せる。オムレツの真ん中に切れ目を入れてちょっとほぐせば、とろりと広がる卵。うん、いい感じ(ちゃんと成功してよかった!)。
「うわぁ」
「おいしそうです!」
乱ちゃんとまぁ君がキラキラした目で出来たオムレツを見てる。可愛いなぁ。
「じゃあ、次は歌仙と薬研と厚、卵焼こうか」
このキッチンのIHヒーターは横に3つ並んでるから、3人ずつなら一緒に調理可能。3人が悪戦苦闘しているのを指導(笑)しながら、それぞれ多少不恰好ながらもオムレツが出来上がる。厚はちょっとかき混ぜすぎてスクランブルエッグに近くなってるけど。
年長組3人のあとは、年少組3人。まぁ君と愛君は調理台の高さが高かったから、台座を持ってきてその上に立っての調理。乱ちゃんもまぁ君も愛君も先の3人を見ていたからか、結構上手に作れた。
「これは手間がかかるね。1人分ずつ作らなくてはならないから」
きゃいきゃい言いながら卵を焼いている短刀たちを見ながら歌仙が言う。
「うん、だから最少人数の今日、作ったの。人数多くなったら流石に厳しいからね」
まぁ、初日に顕現してくれた刀剣男士だけの特別、ってところかな。流石に10人超えたらオムライスは厳しい。
「そうだね、大人数になったらどうしても大鍋で一度に作れる料理になりそうだ」
大所帯になるのは確定だろうしなぁ。早期にそうなるのか、時間がかかるかは判らないけど。元々審神者になれる人というのは、50人の刀剣男士を顕現して維持できるだけの力を持っている。それプラス6人の重傷治療を1日のうちに行えるというのも条件らしいけど。だから、能力的に多くの刀剣男士を雇えない(雇うっていうものちょっと違うか)というのはないそうだ。つまり、早いか遅いかの違いはあれ、私もいずれは大所帯をまとめなければならないということ。ああ、でも、鍛刀にしろドロップにしろ、運というのもあるから、必ずしも全ての刀剣男士が来てくれるというものでもない。
「あるじさん、出来たよー」
「主君、上手に出来ました!」
「厚よりオレのほうが巧いぜ!」
年少組3人が出来たオムライスを見せに来る。うん、初めてにしては上出来。厚だって失敗してるわけじゃないしね。
歌仙と話している間に薬研と厚がコンソメスープとポテトサラダをよそっておいてくれたので、それを皆で配膳して、晩御飯。
「美味しい~!」
「おお、こりゃ旨いな」
「卵がトロトロです」
「この汁は鶏の出汁かな。うん、美味しいね」
「大将、オレ、このぽてとさらだ、気に入ったぜ!」
「(ガツガツガツガツ)」
口々に美味しいと言いながら、皆は食事を進めていく。愛君は無言でガツガツ食べてたけど。人の身を得て最初の食事は好評でホッと一安心。特に料理上手というわけではないけど、メシマズじゃなくて本当に良かった。これは小学生のころから料理を教えてくれてた母に感謝だな。
「そういや、大将、昼餉は摂ったのかい?」
「あ……そういえば忘れてた」
朝から色々あってすっかり忘れてた。結構気を張ってたからお腹も空かなかったし。そう言えば歌仙と薬研に思いっきり呆れられた。
「審神者様は人間なのですから、ちゃんとお食事をなさいませんと……」
こんのすけにも呆れられる。因みにこんのすけも一緒のメニューを食べている。動物なのに大丈夫かなと思ったけど、管狐なので問題ありませんと言われた。っていうか、気付いてたなら言ってよ、こんのすけ。
「僕たちも迂闊だったとはいえ、気をつけてほしいね。人の身ではない僕らでは今回のように気付かないかもしれないのだから」
歌仙に溜息をつかれた。うん、気をつけます。
食事を終え、薬研と厚が後片付けを申し出てくれたので任せてみることにした。2人とも調理してるときにも器具を洗ったりしてくれてて手際良かったし。それに他の短刀3人もお手伝いに行く。
その間に私は端末から刀剣男士用端末を発注した。審神者用とは違って繋がるサイトに制限が設けられている端末だ。繋がるのは『さにわ通販』や『審神者銀行』とか、後は現世の一部だけらしい。尤も、同じ本丸に所属する刀剣男士同士でならショートメッセージの遣り取りなんかも出来るそうだけど。因みに刀剣男士用の端末は経費扱いされるそうだ。
刀剣男士用の端末を購入したのは、『さにわ通販』を利用するため。勿論私が代理購入も出来るんだけど、自由に選んで買ってほしいからね。何を? 色々なもの。例えば衣類とか、日用品とか。それぞれの好みの物を買ってほしい。幸い布団と箪笥、文机はそれぞれ刀剣男士の個室に準備されていたから必要ないとはいえ、それ以外にも色々欲しい物はあるだろうし。
「大将、終わったぜ」
後片付けを終えた短刀たちが戻ってくる。気を利かせた歌仙が7人分のお茶も持ってきてた。いないと思ったら歌仙もキッチンに行っていたらしい。
「うん、じゃあ、皆こっちに来て」
隣にまぁ君が座り、逆隣に乱ちゃん。全員でぐるりと座卓を囲む。それぞれに注文したタブレット端末を渡すと不思議そうな表情だ。
「それ、刀剣男士用の端末なの。1人に1つ、渡しておくね。使い方はこの説明書を見れば判るから」
一緒についてきた刀剣男士に判り易く書かれた(つまり、外来語なし)の取扱説明書も渡す。そのうえでまず起動させて、説明しつつそれぞれの端末にこの本丸のIDと刀剣ID(所謂刀帳番号)も設定をしてもらう。これでこの端末で買い物をすれば自動的に清算も可能になる。
「で、これで皆には衣類とか日用品とか好きなものを買ってほしいの。予算は1人5万円」
支払方法は口座からの自動引き落としになる。この口座は『審神者銀行』という名の口座で、私が21世紀から持ってきた現金もここに入ってるし、お給料もここに入ることになる。口座は本丸IDで管理されていて、そこに審神者個人、本丸運営費、刀剣男士個々の口座が紐付けられているらしい。刀剣男士の口座は全員(現在顕現可能な48振)分最初に用意されていて、刀帳に記載された時点で使用可能になる。で、当然今現在使用可能なのは歌仙兼定、薬研藤四郎、前田藤四郎、厚藤四郎、愛染国俊、乱藤四郎の6人分。そこに私の個人口座から5万円ずつ振り込んでおいた。今後のお給料(刀剣男士の場合、初めは日給1000円×日数)もここに振り込まれることになる。
その仕組みも説明しつつ、取り敢えず日常の衣類、下着を揃えるように指示しておく。薬研やまぁ君は『本当にいいのか?』という表情をしていたけど、全く問題ない。にっこりと笑って返せば安心したように頷いて、端末の画面で衣類を選び始める。案の定、乱ちゃんは女児向けのページを見ていた。
しかし、この『さにわ通販』。審神者と刀剣男士専用だけのことはある。各種衣類のサイズ表示が通常のSML(因みに6Lまである)以外に、各刀剣男士名でも選択できるようになってる。便利だ。
それぞれが普段着と寝巻きを購入したらしい。発注を終えると同時に目の前に届いた荷物に驚きつつ、楽しそうに届いた荷物を開けている。
その間に私は私で買い物。但し自分のものではなくて、刀剣男士用の装備。そう、刀装の他に刀剣男士が装備できるものといえばお守り。万屋で売っている、刀剣男士を破壊から守るためのものだ。
万屋も端末からアクセス出来る。基本審神者は本丸から出ない仕様なのだ。全ては安全のため。まぁ、現世に出かけることは可能らしいけど。
万屋で『お守り・極』を取り敢えず20個購入する。20人を超えたらその都度買っていくことにして、取り敢えずそれだけあればいいかな。ってことで1個5万円の計100万円。目の回る金額だ。でも幸いなことに資金は潤沢にある。まず、審神者就任の支度金が100万円。それから会社の退職金90万円(安っ。流石ブラック企業。某自動車メーカーなんて2年目で250万円だったらしいのに)。更に貯金が420万円(ブラックゆえにお給料使う暇がなかったからね)。そして未来の政府が21世紀の政府から回収した雇用保険と年金で約300万。計910万円。
何故、政府が年金を回収したかといえば、私が受け取ることはないからだ。時代を遡って召集された審神者は、元の時代に戻ることは出来ない。これはちゃんと説明を受けている。時代遡行システム的には戻ることも可能なのだそうだが、『未来』を知った人間を『過去』に帰すことは歴史改変を起こしかねないという理由から戻ることを許されないのだ。
審神者は終身雇用で任期はない。戦争が終わらなければ当然死ぬまで(或いは身体的な問題で継続不可能になるまで)勤めなければならない。だから、基本的に過去出身であろうが23世紀出身であろうが、審神者は現世に戻って生活を送ることはない。まぁ、戦争が無事に終われば帰れるのだけど。で、過去出身の審神者は戦争が終結した際には23世紀に戸籍が作られ社会保障も受けられるようになるそうだ。ちゃんと退職金もあるらしい。何故23世紀に来た時点で戸籍を作らないかといえば、個人情報を登録しないため、らしい。でもこれは建前だと
私が未来に行くことは当然ながら、家族も知っている。まぁ、最初は信じなかったけどね。でも、TVでよく見る官房長官から電話がかかって来て、更に首相まで電話に出て事情を説明されれば、理解不能な事象でも納得せざるを得ない。納得するのは私が審神者という特殊な公務員になる点だけど。
実は、私は、というかうちの家系は歴史改変に巻き込まれる可能性が高いらしい。時代的に近い順番でいえば、まず母方の祖父。太平洋戦争時、祖父は軍人で士官だった。将官ではなく佐官クラスではあるけど、『祖父』個人ではなく『日本帝國軍士官』というのは歴史改変の対象なのだそうだ。それから、母方の祖母。北九州・八幡の豪商の娘だったから、やはり影響を受けやすい家系らしい。更に父方は肥後藩の支藩である相良家の家老職を務めていた。更に明治維新の志士、神風連の乱、西南戦争にも兵士として関わってるらしい。歴史に名を残している人物がいるわけではないけれど、そういった大きな出来事に関わっている分、やはり歴史改変に巻き込まれる可能性は高い。
だから、両親は不承不承、私が審神者になり未来へ行くことを了承した。戦いが終わるまでは帰れないことも承知の上だ。尤も、戦いが終わっても帰ってこれないことは伝えてはいないけれど。
「一通り、買い物は終わったかな? じゃあ、1つ真面目な相談があるの。これは皆の意見を聞いて決めたいから」
それまでの和気藹々としていた雰囲気から一転、真面目な口調で告げた私に6人は姿勢を正す。こういうところは流石『刀剣』って感じだな。刀剣=侍って感じがあるし。
「進軍の仕方についてなんだけどね。今日は幸い誰も怪我をしなかったし、刀装が削られることもなかった。でもこれから先、どんどん時代を遡れば敵も強くなっていく。そうすると刀装が削れてなくなることもあるし、傷を負うこともある。どのタイミング……どの時点で本丸に帰るか、ある程度のことは決めておきたいなって思うの」
私としては出来るだけ怪我をしてほしくないから、刀装の兵力が半分を切ったら帰還させたい。でもそれは多分過保護だろう。彼らは戦うために人の身を得たのだし、武器として戦いたいという本能もある。それは今日の50戦という戦闘数を見ても明らかだ。
「僕たちは戦に出ているのだからね、傷を負うことは承知の上だ。だから、何も気にせずそのまま進軍してくれていいんだが……主は嫌だろうね」
初陣で歌仙が重傷帰還したとき、私は取り乱した。それを見ている歌仙が言う。主である私のああいう姿は刀剣男士にとってもショックだったらしい。
「うん、歌仙たちがそう感じるだろうな、っていうのもなんとなく判ってるの。だから、私の考えを押し付ける気はない。折れなきゃいい、とまでは割り切れないんだけどね」
先輩審神者の中にはそう割り切っている人もいるらしいけど、流石にそこまではまだ腹を括れない。だから、提案する。
「基本的に刀装がどうあれ軽傷は進軍、中傷は刀装がなくなってたら帰還、そうでなければ部隊の判断、重傷は帰還。但し、次が本陣という場合は刀装なし・中傷でも部隊の判断に任せたい」
重傷帰還だけは譲れないけど、他は基本的に現場の判断に任せようと思う。中傷で刀装なしでも現場の刀剣男士が強く望むのであれば進軍許可。
そう告げて、皆に考えてもらう。
「主君はこれからも僕たちを戦場に出してくださるのですね?」
まぁ君が言う。
「僕たち短刀は見た目が幼いです。だから、もしかしたら主君は僕らを戦場に出してくださらないのかもしれないと思いました。主君は
申し訳なさそうにまぁ君は言う。まぁ、判らなくもない。丙之五氏もそういう審神者がいると言っていたし。
「刀種に関係なく、この本丸に来てくれた刀剣男士には皆戦場に出てもらうよ。そのために呼んでるんだから」
見目がどうあれ、彼らは武器であり戦士だ。だから見た目の年齢によって差別することはしない。
「というか、刀剣としての年齢なら、一番若いの歌仙だしねぇ」
そう言うと短刀たちの目が一斉に歌仙に向いた。
「……複雑だね」
歌仙は苦笑している。そう、実はこの刀剣男士たちの中で最年少は歌仙なのだ。薬研、厚、まぁ君、乱ちゃんの作者である粟田口吉光は鎌倉時代中期の刀工、愛君を鍛えた二字国俊も同じく鎌倉時代中期に活躍している。つまりこの5振は鎌倉時代中期の生まれ。一方、歌仙を造った二代目和泉守兼定(通称之定)は戦国時代初期に活動していた刀工で、歌仙は他の5振よりも200年くらい後に生まれた刀というわけだ。
「本丸内での日常生活は見た目年齢で対応するよ。今日見てきても、皆の言動は見た目年齢と一致しているし」
但し薬研除く。
「でも、戦いに関しては一切それは考慮しない。全員刀剣として平等に扱う。まぁ、刀種によって戦場の向き不向きはあるから、それによって出す戦場と出さない戦場はあるけど、それは差別じゃなくて区別ね」
これが私の基本スタンス。刀剣男士たちに言い聞かせるというより、自分自身に言い聞かせている。見た目に引き摺られるな。自分の役割を見失うな。私は戦場指揮官としてここに来たのだ。可愛いまぁ君たちを愛でるために来たわけじゃない。
「主の方針に異論はないよ」
「俺っちもない」
「オレも異議なし」
「僕は主君の仰せに従います」
「オレもいいと思うぜー」
「ボクもそれでいいよ」
6人は頷いてくれた。
最初に来てくれた6人の大切な仲間。彼らとともにこれから『私の本丸』を作り上げていく。そのための第一歩がこの進軍の基本ルールだ。
「よし、じゃあ、これで話し合いは終わり! あ、何か気付いたこととかこうしてほしいとか、こうしたいってことがあったら、どんどん言ってね。全部許可できるとは限らないけど、出来るだけ皆に不満なく戦って生活してほしいから」
それぞれが思っていることを言える環境は大事。それが職場であれ、家庭であれ。
「ああ、遠慮なく言わせて貰うよ。主、
「そうだぜ、大将。俺っちたちは自由に過ごしてるから、大将も気楽にな」
要は肩の力を抜け、ということだろう。歌仙と薬研の気遣いに感謝して、自室に引き上げることにした。
「うん、じゃあ、私は部屋に戻るね。皆も夜更かしはしないこと。おやすみ」
「おやすみなさい、あるじさん!」
「はい、主君、ゆっくりお休みください」
「また明日な、大将!」
「寝坊すんなよ、主さん!」
刀剣男士たちに見送られて、自室へと戻る。
あ、荷解きしなきゃ!
部屋に戻って、ダンボールに入った荷物を出して、お風呂に入って、報告書をまとめてたら、すっかり夜も更けてしまっていた。
「しまった、明日の朝ご飯の準備」
お米だけでも研いでおかなきゃ。
慌てて厨房へと走れば、そこには歌仙がいた。
「あれ、歌仙、まだ起きてたの?」
「ああ、喉が渇いてね。人の身を得るとこういうこともあるのだね」
冷蔵庫にミネラルウォーターのペットボトルを仕舞いながら、歌仙が応じる。ミネラルウォーターにグラスとか順応早いな、刀剣男士。
「主はどうしたんだい?」
「明日の朝ご飯の分のお米研いでないの思い出してね」
歌仙の問いに応えて米櫃に向かい、笊に米を移していく。うーん、5合あれば充分かな? 1膳は半合くらいだし。
「ああ、明日の朝食か。僕らも早く調理を覚えないとね。そうすれば主の負担も減るし」
「負担とは思ってないよ。皆は戦場に出てるわけだし、それが仕事。私は本丸の維持管理と刀剣男士の生活環境を整えるのも仕事だからね」
そう、審神者は指揮官兼本丸管理人だ。家事労働も仕事のうち。
「今はいいだろうけど、刀剣男士が増えれば1人じゃ大変だろう? さっき料理の教本も買ったから、僕も手伝うよ。料理は面白そうだ。飾り切りなんて雅だよね」
米を研ぐ私の手を見ながら、歌仙は言う。確かに日本料理の飾り包丁って『雅』と言えるかもしれない。和食の料理人さんすごいよなぁって思う。私なんて精々蛸さんウィンナーと蟹さんウィンナーくらいしか出来ない。たまにニンジンとかをクッキーの型抜き器で花形とかにはしてたけど。
「人数増えたら、掃除や洗濯、料理も当番を決めたりして手分けするつもりではいるよ。流石に戦闘指揮しながら家事は無理」
刀剣男士が出陣してる間はディスプレイの前に張り付きっぱなしになるわけだしね。そうなると出陣してない刀剣男士にやってもらう必要も出てくる。
「ああ、ちゃんと考えてたんだね。良かったよ。主は何でも自分でやらなきゃと思っていそうだったから」
何処かホッとしたように歌仙は言う。そう見えてたのか。でも、私は自分を知ってる。私は基本グータラだ。自分で出来る範囲と出来ないことは判ってるつもり。
「大丈夫、人に任せられることは遠慮なく頼るつもりでいるから。ってことで、歌仙、明日の晩御飯何にするか考えておいて。献立考えるの苦手」
「おや、早速頼ってくれるのかい? ありがとう主」
クスリと笑った歌仙にホッとして、米を炊飯器に入れる。刀剣男士たちの朝がどれだけ早いのかは判らないけど……私の活動時間でいいか。7時に炊き上がるようにセット。
「もう短刀たちは寝たの?」
「ああ、とっくにね。僕も水を飲みに来ただけだからね。もう休むよ」
「うん、おやすみ。私も疲れたから今日はもう寝る」
21世紀にいたころなら、まだ仕事してたな……。そういう生活時間帯を過ごしていたせいで、寝るのは大体午前4時ごろだった。
「ああ、主。良い夢を」
歌仙はそう告げると、部屋のある東の対屋へと戻っていった。
はぁ、濃い1日だった。さて、私も寝よう。