Episode:02 初陣

 こんのすけに出陣要請されて、歌仙とともに執務室へと入る。そこは和室で中央近くに大きな文机がある。そして、その文机には似合わないもの──大型ディスプレイ(多分21インチモニター)のデスクトップ型パソコンが鎮座していた。

「この端末が審神者様の業務に使う端末となります。まずは起動してログインを。あ、刀剣男士歌仙兼定様は見ないでくださいね」

 ログインのIDとパスワードは刀剣男士には見られてはいけないらしい。既にパソコンは担当部署でセットアップ済みで、IDとパスワードも設定されているそうな。まぁ、パスワードは初期パスワードってことで要変更らしいけれど。

 審神者IDと丙之五へのご氏から貰ったパスワードでログインする。デスクトップにはいくつかのアイコンが並んでいて……IEあるってどういうこと。ネット出来るんかい。それはともかく、アイコンには『出陣』『結成』『刀帳』『任務』と並んでいる。この端末上で指示を出すらしい。

「今回は歌仙殿お1人ですから、部隊編成の必要はございません。直ぐに出陣のアイコンをクリックしてくださいませ」

 言われるままに『出陣』をクリックすれば、プログラムが起動し、画面が切り替わる。画面上には『出陣』『遠征』『演練』の3項目があり、今回は出撃だ。『出陣』をクリックすれば、更に画面が切り替わり、戦場選択となる。……なにこれ、ゲームみたい。いいんだろうか? ゲーム感覚になったら、現実味が消えて無茶しそうな気がする。

「今回は、『維新の記憶』の函館に出撃していただきます。初出陣でございますから、その他の戦場へは参れません」

 言われるままに函館をクリックすると部隊選択の画面へと変遷する。部隊は第1から第4まで。今は歌仙しかいないから、選択出来るのは当然第1部隊だけ。

 それからこんのすけに渡されたインカムを装着。小型の耳に引っ掛けるタイプのものだ。同じものを部隊長となる歌仙も身につける。これで通信するらしい。

「ここで『いざ出陣』をクリックすれば、歌仙殿は戦場へと送られます。では、早速参りましょうか」

 こんのすけの言葉にそのままクリックしそうになるのを中断。私の後ろに控えて画面を覗き込んでいた歌仙を振り返る。

「歌仙殿、ご用意はよろしいですか?」

 用意も何もないんだけど、まぁ、心の準備?

「ああ、いつでも」

 にっこりと私を安心させるかのように歌仙は微笑む。けれどその眼は爛々と光っている。恐らくこれから戦場へ向かうことに興奮しているのだろう。文系と称してはいてもやはり刀ということか。

「では、ご武運を」

 そう告げて出陣の文字をクリックすれば、目の前から歌仙の姿が消える。同時に画面が切り替わり、戦場マップになった。──そう、『マップ』。何処までもゲーム仕様だ。

「ゲームみたい、なんだね」

 ポツリと呟けば、その声をこんのすけが拾う。

「然様でございますね。審神者様方は良くも悪くも平和な時代に生きる現代人でごさいますから。少しでも心理的なご負担を減らそうとこのような措置を取ることとなったそうでございます」

 確かにいきなり生の戦闘シーン、しかも刀で斬り合う様子を見せられたのでは戦闘を怖がる審神者も現れそうだ。そうならないためにこういったゲームのような画面になっているらしい。

『主、本陣に着いたよ』

 インカムから歌仙の声がする。どうやら無事に戦場へと転移したらしい。いよいよ、戦いが始まるんだと思うと、じわりと掌に汗が滲む。

「では、歌仙殿、進軍を」

 そう告げれば程なく歌仙が移動したのか、ディスプレイの升目の色が変わる。と同時に升目右上に髑髏のような、怨霊のようなマークが浮かび上がる。

「敵部隊が出現したようですね」

『細かいことは言わなくていい、攻め口を教えてくれ』

 こんのすけが呟くとほぼ同じタイミングでインカムから歌仙の声がした。こちらへの発言ではなく、偵察開始をした合図のようだ。けれど、程なく『偵察失敗だ』との報告が上がる。

『主、陣形を指示してくれ』

 陣形なんてよく判らない。でも、指示しないといけない。取り敢えず1人しかいないのだから、防御優先か。それとも一気に片をつけるべく攻撃優先か。慌ててマニュアルを繰り防御メインの陣形を選択する。

「方陣で」

『承知。我こそは之定が一振、歌仙兼定なり!』

 まるでその声が合図であるかのように戦闘が始まり、画面が切り替わる。これもまたゲームそのものといった表示。画面左側に自軍、右側に敵軍。歌仙の顔とともに生存値(ゲームでいうところのHP)、刀種、更に何か装備でもあるのか、3つの空欄が表示されている。敵方も同様だ。

 敵は2。緑色の蛇の骨のようなもの。短刀と表示されている。

『首を差し出せ』

 歌仙のアイコンが動き、それが敵に攻撃をしたのだと理解するのに一瞬の間があった。歌仙は敵の短刀に攻撃をしたものの、敵に与えたダメージはわずかしかない。

 まるでターン制のゲームのように、歌仙の攻撃に続いて敵短刀が歌仙に襲い掛かる。歌仙は自分が与えた以上のダメージを受ける。

『無作法者がッ…!』

 歌仙のアイコンは痛みを堪えるかのような表情になっている。多分、この画像は今の歌仙とリンクしているのだろう。一旦戦闘を始めてしまえば、私に出来ることは何もない。途中で撤退させることも、怪我を回復させることも。私の声さえ届かない。

『せめて雅に散れ!』

 再び歌仙の攻撃。今度はダメージが大きく通ったらしく、敵短刀の1体が中傷表示になる。それでも傷を負った敵はまだ戦場にある。2対1であるのは変わらない。中傷を負った敵短刀の攻撃は歌仙の生存値を確実に削り、さらに無傷のもう1体が襲い掛かる。

『貴様…っ、万死に値するぞ!』

 画面に浮かび上がる、『中傷』の表示。歌仙の生存値は2分の1を切っている。

「こんのすけ、帰還はさせられんとね!?」

「無理でございます」

 判ってはいたけれど、叫ばずにはいられなかった。私の言葉にこんのすけは無情ともいえるほど冷静な声を返す。

『貴様の罪は重いぞ!』

 ボロボロになった衣をまとい、歌仙が雄たけびを上げる。画面上に『真剣必殺』の文字。──中傷以上の傷を負うことによって稀に発動する、刀剣男士の必殺技。その一撃は無傷だった敵短刀を重傷に追い込む。

 残った敵の反撃で歌仙は重傷を負い、残りHPは1。辛うじて命を保った状態だった。そして、漸く戦闘終了。結果は敗北。それでも歌仙が生きているだけで充分だ。

「歌仙、直ぐに戻って!!」

『ああ、判っているよ』

 部隊長が重傷を負えば、戦闘終了と同時に自動的に部隊は本丸に戻る仕様だと聞いてはいたけれど、叫ばずにはいられなかった。

「審神者様、部隊は大広間に帰還します。直ぐに歌仙殿の手入れを」

「判ってる!」

 インカムを放り投げ、大広間へと走る。こんなとき広すぎる本丸が疎ましい。序でに遅い自分の足も。

「歌仙!!」

 大広間に飛び込めば、既に歌仙は戻っていた。ぐったりと疲れたように座り込んでいる姿に胸が痛くなる。

「はは、雅の欠片もない」

 力なく歌仙が笑う。初めて目にする、血まみれな人の姿に私はパニックに陥りかける。現代で普通に生活していれば、血にまみれた人など見ることはない。それだけ平和で穏やかな世界なのだ。

「雅とか、どがんでもよかでしょ! 手入れすっけん、こっち!!」

 座り込んでいた歌仙に肩を貸し、立ち上がらせる。私より10センチくらい背の高い、男性らしく刀剣らしく筋肉質の体は重いけれど、今はそんなこと関係なかった。

「折角の装束が血で汚れてしまうよ」

「今はそぎゃんこつどぎゃんでんよか!!」

 歌仙を半ば引き摺るようにして、何とか手入部屋へと辿り着く。手入部屋は手前に4畳ほどの控えの間兼資源置き場があり、その奥に2間の手入小部屋がある。その片方に歌仙を寝かせ、手入の妖精を呼ぶ。手入にしろ鍛刀にしろ、私が直接行うのではなく、彼ら妖精(或いは式神)を通じて霊力を供給し、行なうのだ。

「痛いだろうけど我慢してね」

 手入妖精がパタパタと動き、歌仙の本体である『歌仙兼定』に手入を施していく。懐紙で血や汚れを拭い、打ち粉を振る。

「手伝い札を使いましょう」

 顔色1つ表情1つ変えぬこんのすけが冷静な声で言う。その余りの冷静さにあることに思い至る。けれど、それを今、確かめるときではない。

 こんのすけから手伝い札を受け取り、それを妖精に渡す。すると、妖精の数が増え、その動きが早まる。そして本来ならば数十分かかる重傷の手入がものの数秒で完了した。手入の小部屋から出てきた歌仙は傷1つなく、ボロボロだった衣装も綺麗に元通りになっていた。

「良かった……」

 すっかり回復した歌仙に安堵し、力が抜ける。

「心配をかけたね、主」

「ううん、歌仙。こっちこそごめん。私がもっと考えて出陣させてれば……」

 戦場選択は不可能だったとはいえ、もっと安全に戦わせる術はあったはずだ。そう、先に鍛刀するとか、刀装を作るとか。刀装なんて、さっきここに来る途中に刀装部屋を目にするまで忘れていた。これは私のミスだ。

「主は何も悪くはないよ」

 落ち込む私に歌仙は苦笑を漏らす。

「まだ顕現したばかりで僕が弱かっただけだ。全く雅じゃないね。自分の弱さのせいで主の顔を悲しみに染めるなんて」

 ……文系=気障じゃないよね? あれ、これ乙女ゲー? 間近で囁くように私を慰める歌仙に一瞬現実逃避した。

「次からは私も準備を怠りなく整える。歌仙ももっと、どんどん強くなる。それでいい?」

「ああ、それでいい」

 クスリと歌仙は笑う。これ以上私が自分を責めれば、歌仙は歌仙で自分を責める。上官は部下の前で愚痴なんて言ってちゃダメ。そう自分に言い聞かせて、気持ちを切り替える。

「そういえば、主。言葉遣いが変わったね」

 歌仙がふと気付いたように言う。そう言われて自分も気付いた。最初は相手は『神様』だからと敬語を使っていたのに、気付けばタメ口になってた。あー、バリバリ熊本弁も出てたな。

「そうやって主の普段の話し方をしてくれたほうが僕も気が楽だ」

 若干青くなっていただろう私にまた笑って、歌仙は言った。うわー、初対面での敬語→タメ口移行の最短記録かもしれない。

「じゃあ、そうさせてもらう。本丸は自宅でもあるし、自宅でまで敬語ってのは面倒くさいから」

 それに敬語っていうのは普段の口調がそうでない限り、心理的な距離を作ってしまうものだしね。礼儀は潤滑剤でもあり、障壁でもあると。

「で、こんのすけ。聞きたいことがあるんだけど」

 歌仙の傷も治ったし、またこんのすけが何かを指示する前に、さっき気付いたことを確かめておきたい。

「なんでしょう、審神者様」

「出陣だけじゃなくて、この手入までが一連の流れのチュートリアルだったんでしょ?」

 こんのすけは出陣しか言わなかったけれど、多分そうなのだろう。でなければ初陣での重傷にあんなにも冷静なわけがない。

「はい、然様です」

 思ったとおり、こんのすけは表情を変えずに首肯する。こいつ、可愛い顔に似合わず食わせ者だな。それにちょっとムッとして、首根っこを掴み目の前に持ち上げる。

「そっば先に言わんね。初陣では必ず重傷を負います、手入が必要です、って」

「重傷とは限りません。中傷以上を負うのです」

「どっちにしてん傷ば負うとでしょうが。大した違いはなか」

「おや、僕の負傷は予定されていたことなのかい?」

 私たちの会話に歌仙も不快げに眉を顰める。当たり前だろう。自分は負傷するために出陣したと言われているようなものだ。

「手入ばすっために、先に鍛刀して仲間を作らせることもせん、刀装を作って戦闘力補強をすることもせんかった、そういうこつだろ?」

 先に鍛刀して2人以上で出撃していれば、恐らく傷は負わない。刀装をつけていても同じ。だから、身を守る術を何1つ与えずに顕現したばかりの歌仙を戦場に送ったのだ。

「確かに手入は必要。だけん、そのまま歌仙ば──初期刀ば送るとも仕方しょんなか。けどね、そっば審神者にも初期刀にも隠しとるのは許さん。一言、この戦闘で負傷するから、その後手入の指導をします。そう言ってくれとれば、私も歌仙も心の準備が出来でくっとよ」

 恐らく、初期刀が打刀なのもこのチュートリアルがあるからなのだろう。数ある戦場は先輩審神者方のご尽力のおかげを以ってある程度のレベリングがされている。その中で最もレベルの低い戦場が『維新の記憶』の函館なのだ。だから、ここがチュートリアル戦闘に指定される。けれど、敵は複数。そこに初期刀が短刀では生還できない可能性もある。短刀はその生存値が低い。ある程度傷を負っても耐えられて真剣必殺を出せば一撃で敵を屠れる、そして手入の資源も大量に使わずに済む──そういった条件を鑑みて、打刀が初期刀に選ばれているのではないだろうか。勿論、最初期に協力を約してくれたというのも理由ではあるのだろうけれど。

「しかし……」

 こんのすけは口篭る。まぁ、確かに反発を招く可能性は高いよね。負傷前提の出陣なんて。でも、本丸に到着して直ぐ、つまり審神者になって直ぐの初陣で重傷を負われたんじゃ、審神者の中には出陣がトラウマになる人だっているんじゃないのだろうか。私の場合はこんのすけを締めて先に本丸を案内させたから30分程度の猶予はあったけど、誰もが私みたいに図々しいわけじゃない。素直にこんのすけに言われるまま出陣する新米審神者のほうが多いはずだ。そうなると、本丸に着いて1分で出陣、5分後には重傷の初期刀の姿を見ることになる。

「審神者の中にはトラウマになって進軍に臆病になってる人、いるんじゃないの?」

「……」

 沈黙は肯定だな。ここは敢えて言葉を重ねず、こんのすけの返事を待つ。

「刀装が減ったら本丸帰還する審神者様もいらっしゃるそうで……政府でも頭を痛めております」

 やがて沈黙に耐え切れなかったのか、こんのすけが言葉を紡ぐ。

 刀装があれば、刀剣男士の生存値が削られることは殆どない。必ずしも守られるというわけではないけれど、刀装が全てなくならなければ刀剣が破壊されることはないといえる。だから、刀剣男士が負傷する可能性が高くなった段階で進軍をやめるということだ。

「それについては刀剣男士の方々から不満が漏れることもあるそうで……」

 政府だけじゃなくて戦っている当事者からも不満が出てるのか。うん、これはうちの本丸でも進軍と負傷状態の絡みについては相談する必要があるな。

「新米審神者からの提言ってことで、報告しといて。心の準備出来るほうがマシって。……歌仙はどう思う?」

 ずっと審神者目線で話を進めたけど、当事者である刀剣男士はどうなんだろう。ハタと気付いて歌仙に話を振る。

「そうだね……。戦に出れば傷を負うのは当たり前だと思っているから別に大した問題ではないかな。それよりも主の心に負担をかけないほうが望ましいね」

 思うところは色々あるだろうに、歌仙はそう言ってくれた。流石人間に好意的な神様代表の付喪神。道具に宿った魂である付喪神は妖怪の中では特に人間に対して好意的だといわれている。道具を作ったのは人間であり、魂が宿るほど長い期間大事に使われたからこそ付喪となるのだ。

「さて、こんのすけ、この流れで行けば、次は鍛刀のチュートリアル?」

 出陣して傷を負って帰ってきて、治療が終われば次は戦力増強となるだろう。

「はい、お察しのとおりです」

 こんのすけは何処か疲れたようにトボトボと歩く。こんのすけは審神者1人に1体支給されるナビゲーターだけど、口煩い私に当たってしまったうちのこんのすけには同情する。運が悪かったね。でも、こんのすけが隠し事をするから悪い。多分、政府の指示なんだろうけど。見た目は滅茶愛らしいし、いっぱい可愛がりたいんだけどな。

 こんのすけの先導で歌仙とともに鍛錬所へと移動する。そこには手入部屋の妖精と同じような姿をした鍛冶妖精がいた。うん、手入妖精もだけどこの鍛冶妖精も可愛い。つんつん突付きたくなる。

「まずは全ての資源を最小値の50で鍛刀を行いましょう」

 言われるままにタブレット端末から資源の個数を入力する。木炭・玉鋼・砥石・冷却材を各50。因みに私が生まれ育った時代にはこんなタブレット端末はなかった。パソコンはデスクトップが主流で漸くノートパソコンも増えてきたところ。でもそのノートパソコンも結構重くて持ち運ぶというよりはデスクトップを置く場所がないから選択するという感じのものだ。だから、昨日の研修の半分は23世紀の電子機器に慣れるための時間だったといってもいい(昨日一緒に研修を受けたのはほぼ同年代からスカウトされた新人だったのだ)。

 資源の個数を指定すると、妖精さんは全ての資源を炉に投げ入れる。冷却材を火の燃え盛る炉に入れて大丈夫なんだろうか?

「鍛刀時間は20分、これは短刀ですね」

 そうだね。ALL50って短刀だよね。研修で貰った審神者マニュアルにもそう書いてあるよ。

「ここは20分待たずに手伝い札を使いましょう。あ、私が持ってる分を使いますから、審神者様の在庫は減りませんよ」

 何恩着せがましく言ってるかな、こんちゃん。それも政府の指示でしょ? あ、こんのすけに対して疑り深くなってる。

 こんのすけは私の返事を待たずに鍛冶妖精さんに手伝い札を渡す。すると炉が光り、そこから出来上がった刀剣を取り出した妖精さんがトコトコと私の目の前に歩いてくる。そして『受け取れ』と言うように私に出来上がった短刀を差し出す。若干得意げな顔している妖精さん、可愛い。

「おや、薬研藤四郎ですね」

 出来上がった短刀を見てこんのすけが言う。ちょ、おま、楽しみを奪うな。誰だろ~ってワクワクするのが台無しじゃないか。まぁ、尤も、刀剣名なんて全く知らないんですけどね! 昨日研修でやったけど1日じゃ覚えられないですから!!

 歌仙を顕現したときと同じように両手で捧げ持ち、短刀に呼びかける。起きて、朝だよー、じゃなくて、一緒に戦ってください。過去とそこに生きた人々の思いを守るために力を貸してください。

 歌仙と同様、桜吹雪とともに現れたのは私よりも少しばかり背の低い少年。見た目は中学生に近い。でも、マニュアルには短刀は小学生、脇差は中高生の年齢になるように設定したとあったから、これは小学6年生だな!

「よお大将。俺っち、薬研藤四郎だ。兄弟ともども、よろしく頼むぜ」

 儚げな容貌をした美少年といって差し支えないだろう薬研藤四郎はニカっと男っぽい笑みを浮かべる。声といいまとう雰囲気といい、これは既に少年カテゴリーには収まらないな。

「よろしく、薬研藤四郎。私はあなたの審神者で右近よ。今日審神者になったばかりで、あなたが2人目の刀。頼りにさせてもらうね」

 そう告げれば、薬研は嬉しそうに笑う。お、頼りにされるのが嬉しいタイプか。

「名前はこうだが兄弟たちと違って、俺は戦場育ちでな。雅なことはよくわからんが、戦場じゃ頼りにしてくれていいぜ。ま、なかよくやろうや大将」

 雅なことはよく判らん……か。雅に五月蝿い男が隣に立ってるんだけど。ちらりを見遣れば歌仙は穏やかに笑ってる。まぁ、初対面の少年に向かって不機嫌にはならないか。そんなことしたら大人気ない。歌仙風に言えば雅じゃないもんね。

「戦場育ちか。うん、頼りにする。兄弟たちって、藤四郎シリーズ?」

 そういえば藤四郎って名前が付く刀剣多かったな。短刀に多かった気がする。多分、藤四郎って刀工の名前だよね? 歌仙も兼定が刀工名だし。

「しりーず?」

 刀剣男士に横文字は判らないか。不思議そうに薬研が私を見る。うん、こういう表情は歳相応に見えるな。私の中で薬研は12歳だ。子供ではあるけれど、大人への一歩を踏み出しかけている微妙な年齢。

「この藤四郎って名前についてる子たちだよね?」

 そう言って私はリストを見せる。研修で貰ったリストには名前と顔写真が付いている。藤四郎シリーズと大太刀にどう見ても女性がいるんですけど。

 リストにある『藤四郎』は薬研の他に鯰尾藤四郎・骨喰藤四郎・平野藤四郎・厚藤四郎・前田藤四郎・秋田藤四郎・博多藤四郎・乱藤四郎の8人。わお、9人兄弟か。刀の兄弟ってのは同じ刀工に作られたってことでいいのかな?

「ああ、確かに兄弟だな。あと、五虎退といち兄……一期一振も兄弟だ。それから鳴狐も親戚……叔父貴だな」

 叔父ってことは兄弟弟子の作? いや、それなら従兄弟か。ってことは師匠の作かな。しかし、11人兄弟で叔父さんまでいるのか。大家族だな、藤四郎シリーズ。

「そっか。じゃあ、藤四郎君たち……えっと粟田口派を揃えると家族が集まるってことか」

 刀剣男士に家族の情があるのかは判らないけど、態々兄弟のことを言うってことはそれなりにあるはずだよね。

「無理に揃えてくれとは言わねぇが、揃ったら嬉しいな」

 そう言って笑う薬研は男っぽい。12歳(勝手に決定)とは思えない。きっと兄弟の中ではお兄さんなんだろうな。

「主、縁のある者を優先的に呼んでくれるのかい? だったら僕も2振ほどお願いしたいね。親戚筋の和泉守兼定。それから細川家に在った小夜左文字。和泉守兼定は打刀で小夜左文字は短刀だよ」

 そうか、歌仙も会いたい人いるわけね。それじゃ、取り敢えず鍛刀続けるかな。

「日課任務で鍛刀は1日3回は行うようになっておりますよ、審神者様!」

 こんのすけ、お前心読めたのか!?

「うん、じゃあ、取り敢えず短刀狙いで2回やろうか」

 炉は2つあるから、一度に2つ鍛刀出来る。どちらにもALL50で資源を投入すると、表示された鍛刀時間は20分と30分。

「おお、薬研殿のご兄弟お1人は確実ですな!」

 こんのすけが喜んでる。30分はレア短刀といわれる厚藤四郎か平野藤四郎なんだそうだ。だとしたら確かに薬研の兄弟1人ゲット。でも、手伝い札は勿体無いから使わない。出来るだけ手伝い札は手入に使いたいからね。怪我は早く治したいし、限りある資源は大切に。

「待ってる間に刀装作ろうか」

 えっと、短刀だと、装備出来るのは軽歩兵と重歩兵と投石兵、弓兵、銃兵だっけ。んで、打刀が軽歩兵と重歩兵と軽騎兵、投石兵、盾兵。なら、共通してる軽歩兵、重歩兵、投石兵狙うか。

「最小値でも出るときには出ますから、ALL50でどんどん作っちゃいましょう!」

 こんのすけは先ほどとは打って変わって軽い足取りで刀装部屋へと歩いていく。刀装は近侍と一緒に作るらしいけど、近侍は第1部隊の隊長が兼ねるそうだ。つまり、今の近侍は歌仙ってこと。まぁ、他にすることもないからと薬研も一緒についてきてるんだけど。

 こんのすけに言われるまま、資源の個数をタブレットで入力すると、ふわりと何かが光る。目の前に妖精さんが現れる。これは足軽? 妖精さんの姿が消えると、そこには銀色に輝く玉があった。

「武具の拵えは得意でね」

 自慢げに歌仙が言う。銀色ということは上。うん、得意といっていいかな。

「軽歩兵の上でございますね。この調子でどんどん作りましょう!」

 ご機嫌で尻尾をパタパタと振るこんのすけに急かされるように、資源個数を入力しては刀装を作っていく。結果、20個の刀装を作成。内訳は軽歩兵特上1個、軽歩兵上4個、軽歩兵並3個、軽騎兵上4個、軽騎兵並8個。時間にして10分もかかってない。

 刀装を1つしかつけられない薬研に軽歩兵の特上を渡し、歌仙には軽騎兵上と軽歩兵上を渡す。

「鍛刀終わるまでまだ時間あるし、もう一度出陣してみる?」

 このままボーっと待ってるのもなんだしな。出陣は1日10戦のノルマがあるわけだし。先に2人に少しでも慣れてもらっておけば後々楽になるだろう。4人パーティの3人が初陣よりも、2人は経験しているほうがずっと楽に戦えるはずだし。歌仙だっていきなり3人の初陣の子供(短刀確定だし)を引率するよりは先に兄貴的な薬研と一緒に慣れておいたほうがいいだろう。

「お、早速戦場か! いいね」

 戦場育ちと自称するだけあって、薬研は嬉しそう。歌仙も文句はなさそうだし、出陣することにした。……余り時間を置くと、さっきの初陣がトラウマになりそうで。勢いつけて出陣しないといつまでも戦いに出すことを怖がりそうだった。

 執務室に3人と1匹で向かい、出陣する。行き先はさっきと同じ。今度はきっと大丈夫。歌仙1人じゃない。刀装だって装備しているんだから。

「主、心配しなくていい。先ほどのような無様は晒さないよ」

 私の心情を察したのか、歌仙が安心するような笑みを浮かべて言ってくれた。

「うん。2人を信じてる」

 そうして、私は2人を二度目の戦場へと送り出した。