「じゃあ、まず、本丸のパターンを選んでくださいねー」
目の前の30代前半と思われる政府の職員さんがにこやかに言う。この自分より少しばかり年上の男性が、これから私の担当官になるのだそうだ。
「選べるんですか?」
『本丸』というからには天守閣を持つ日本の城郭を想像していたのだが、そうではないらしい。武家屋敷風平屋、寝殿造風平屋、城郭から選ぶということで、私は迷わず寝殿造を選んだ。学生時代は平安女流文学を専攻していたせいか、完全に好みで選んでしまった。まぁ、平安時代生まれの刀剣男士も多いらしいから、別段問題はないだろう。
「寝殿造ですね。えーと、パターン平安、登録っと。……完了しました。んじゃ、次に号決めましょうね。歴史修正主義者対策で、政府には一切貴女の個人情報は登録されませんから。呼び名ないと不便でしょ? 審神者IDの003PF01789じゃ無味乾燥すぎますし」
再び担当官はほへら~と笑みながら言う。
そう、私は『審神者』とやらになるためにここに来たのだ。
うん、あれは
何事かと胡乱な目を向ける私に彼らは深夜に訪れ待ち伏せしていた非礼を詫び、名刺を取り出した。
『内閣府 官房室付参事官 通称
『歴史保全省 歴史改竄対策局 審神者部 実働補助課
そう、名刺には書かれていた。肩書きはともかく、名前のところはめちゃくちゃ巫山戯ている。なんだ、通称参山とか丙之五番とか。一層私の目が不審者に対する者になったのは仕方のないことだろう。
普通なら110番でもして警察に引き取ってもらうところだろうが、そのときの私は疲れきっていた。その日は週末の土曜日。うちの会社は土日祝日休みではなく、日月のみ休みだ。つまり、漸く1週間を終えたところだった。しかも、13時~22時という勤務のはずなのに、実際には11時~25時という勤務状態だ。残業手当なんてものもなく、サービス残業。始業2時間前には仕事を始めていないと白い目で見られるような職場。なんてブラック。うん、知ってる。ハロワと労働基準局と複数の大学の就職課と消費者センターにブラックリスト登録されてるもん。因み1日5時間のサービス残業で、基本給は役職が付かなきゃ初任給のまま。勤続手当で実質給料は増えるものの、ボーナスや退職金に影響する基本給は初任給当時のまま。勤続8年目でも基本給15万って、ああ、超ブラック。時給換算しようとしてやめた。最低賃金割ってそうだもん。
ってなわけで、私は疲れ切って正常な思考回路を持っていなかった。なもんで、不審感バリバリの身なりの良い紳士2人を部屋へと通してしまったのだ。
そして聞かされた、何このファンタジー。
彼らは2210年からやって来た『未来の日本政府』の職員。未来の世界ではタイムマシンが発明され、その結果、『歴史修正主義者』なるテロリストが歴史改変を目論んでいる。日本政府はそれに対抗するために天照大神はじめ天津神々の助言を得て、日本刀の付喪神を『刀剣男士』として使役し戦っているのだという。
もう一度言う。何このファンタジー。
でも、疲れきっていた私はそれを信じた。彼らが持っていたパソコンも携帯電話も見たことのないものだったし。見せてもらったパソコンのOSはウィンドウズ2MH10(2210の意味らしい)だったし。今最新のウィンドウズはXPだ。2MH10なんて聞いたことねーよ。つか、23世紀でもマイク○ソフト社あるのか。すげーな。
彼らが私のところへ来たのは私に『審神者』の力があるからだそうだ。霊能力? 何それってな世界で生きてきた私にそんな召喚術師みたいな力があるなんて思いもしない。あれかな、バハムートとかオーディンとかイフリートとかシヴァとか呼べるのかな。どうせ呼ぶならFF8のカーバンクルがいい。
でもまぁ、熱心に私をかき口説く2人の必死さに絆されたとでもいうか。歴史が変わっちゃうのは面倒だなーと思ったというか。ソビエト連邦崩壊で当時受験生だった妹は阿鼻叫喚だったしな。何しろ覚えなきゃいけない国が十数個増えたんだから。ベルリンの壁崩壊だってそうだ。東西ドイツ統一で覚える国は1個減ったとはいえ、歴史的大事件だから当然時事問題で出るし。学生にとっちゃ、世界的歴史的大事件もテスト問題に矮小化されてしまうのだ。
それに、私は歴史が好きだ。大学も国文科と史学科で迷ってたくらいだ。今はゲームや小説漫画で触れるくらいとはいえ、先人たちが必死に生き作ってきた歴史だ。『もし、本能寺の変が起こらなかったら』とか『戊辰戦争で幕府軍が勝っていたら』なんてIFを想像するのは楽しい。そんなIF設定で描かれた作品を読むのも楽しい。けれどそれは空想上でのことだからこその楽しみなのだ。タイムマシンが出来てそれが可能になったからといってそれを実践するのは可笑しい。それは先人たちの偉業を、生き様を否定することに他ならない。
後世の全ての結果が出た後から好き勝手に批評してあれは間違ってるだのこうすべきだっただの言う奴らはいる。歴史評論家とかそういう奴ら。でも、言うだけなら問題なかった。そういう見方もあるよね、そういう考え方もあるよねと思えるから。それに批評家たちも当時の状況ではそうするしかなかったことを理解しているし、自分たちが勝手なことを言っていることも充分に理解しているはずだった。
けれど、『歴史修正主義者』たちは違う。その思い込みと間違った認識と歪んだ正義感で歴史を『修正』しようとしているのだ。何が修正だ、改竄だろうに!
──疲れていた私は正常な思考回路を失っていた。だから、らしくもなく義憤に駆られて彼らに告げたのだ。『審神者になります』と。
それからはあっという間だった。あれよあれよという間に会社を退職。家族にも特殊な公務員になるということを説明して、私は未来へと旅立った。会社への説明も、家族への説明も参山さんと丙之五さんがやってくれた。
スカウトを受けてから3日後、23世紀へとやって来た。朝から歴史保全省の特別官舎で1日の机上研修を受けて、そのまま宿舎で就寝。23世紀2日目の今日は朝一(午前7時から! 早いよ)からそれぞれ担当官と最終打ち合わせだった。
23世紀の日本は驚くほど2003年と変わっていなかった。飽くまでも表面上は、だけど。てっきりエアカーが空を走り、如何にもSFに出てきそうな未来な服を着た人たちが闊歩しているのだとばかり思っていた。でも、見た目は20世紀と変わらない。まぁ、自動車の燃料は太陽エネルギーらしいが。太陽光発電によって作った電気を使ってるわけではなく、太陽光から得たエネルギーを電気に変換することなく使用しているらしい。説明されたけど、さっぱり判らなかった。うん、高校時代物理も化学も赤点スレスレだったからね!
しかし、23世紀といえば、宇宙戦艦ヤマトがイスカンダルから戻り白色彗星帝国と戦い、テレサと島が出会って、スターシャとサーシャもいて、そんな時代だったはず。でも、人間は地球にいる。ドラえもんだって23世紀から来たんじゃなかったっけ? あれ、銀河帝国ゴールデンバウム王朝はいつ誕生したんだっけなぁ。ああ、その前に自由惑星同盟の前身か。
「審神者様。いーかげん戻ってきてくださーい」
回想していた私の目の前で担当官丙之五氏がヒラヒラと手を振る。
「審神者の号を決めましょうね。縛りは日本語であることですねー。それから植物の名前と色の和古名はNGです。あれは特別枠の超エリート審神者様専用なんで」
担当官氏の言葉に、審神者にも超エリートなんてのがいるのかと思う。多分あれだな、
「もー、あの人たちチートですからね、チート。天照大神様とか大国主命様とか素戔嗚尊様とか月読命様とか、そーいった神々の推薦ですもんねぇ」
如何やら207年後の日本は
「じゃあ、号、如何しましょう? あ、渾名とか普段自分が使ってるものも避けてくださいね」
渾名もダメってことは普段使ってるハンドルネームも拙いってことだよね。そのうえ植物名・色の古名がダメとなれば、適当な役職名とかかな。律令制の。でもそれも障りがありそうだなぁ……。うーん。
ああ、そうだ。歌人の名前から取ればいい。赤染衛門、和泉式部、待賢門院堀河、周防内侍、右近、額田王、式子内親王。好きなのは額田王だけど、彼女から名前をお借りするのは憚られる。何しろ2人の天皇に愛された美女だ。
「紫野……」
「その名前は既にいますねぇ。額田王の歌でしょう? 序でに額田さんもいますよ」
いるのかよ! ということで、頭に浮かんだ名前をつらつらと挙げると、殆どがいた。うん、考えることって一緒なのかな。まぁ、女流歌人じゃなくても役職名とか地名とかそういう被りもあるか。
ということで、幸いにして被りのなかった『右近』が私の審神者号と決まった。
うわ、意味深だな……。右近で一番有名なのは『忘らるる 身をば思はず 誓ひてし 人の命の 惜しくもあるかな』だ。呪詛に近い歌だと思うんだけど、これ。凄く意訳すると『愛してるって言ったくせに、裏切ったわね! 氏ね!』だよね……。ま、いいか。別に愛を誓った人なんていないし。──虚しい。
「審神者ID003PF01789=右近。登録完了」
呟きながら丙之五さんが端末で作業する。この人独り言多いタイプだな。
しかし、審神者IDもアレだな。1789って『火縄燻るフランス革命』じゃん。学生時代に散々お世話になった語呂合わせ。
「じゃあ、これで最後ですよ~。 初期刀選びと顕現。それが終わったら本丸に移動してもらいます。あ、本丸着予定は午前9時ですねー」
1時間後には愈々私の職場兼自宅となる本丸へと移動となる。ああ、平凡な一般市民だった私が、世界を守る為の戦争の前線指揮官なのか。今更ながらに怖くなる。
そもそも私に戦争の指揮官なんて務まるのだろうか? 一般の会社のOLだった私に。戦争なんて精々シミュレーションゲームの1要素でやったことしかないのに。
不安だらけだ。本丸は私の自宅であり職場であり、兵士となる刀剣男士の生活の場でもある。けれど、本丸は前線基地なのだ。そんな場で、私はどんな関係を刀剣男士たちと築いていけばいいのだろう?
「右近様? 如何されました~? 眉間に皺寄ってますよ」
如何やら難しい顔をしていたらしい私に丙之五氏が声をかけてきた。
「いえ、不安だらけですからね。特に刀剣男士との関係。指揮官と兵士、神様とその神官、どういった関係が正しいのかと」
そう。生活の場=職場=前線基地、これだけでも関係構築に厄介な要素だと思うのだけれど、更に相手は付喪神とはいえ『神様』だ。付喪神は妖怪カテゴリーの存在とはいえ、『神』として招くのだから、刀剣男士は『神』となる。そんな神様を招く審神者はその神に仕える神官としての役割も持つはず。けれど、遡行軍対策部隊──軍としては私が上官になる(旧自衛隊、現在の国防軍でいえば私は中尉、刀剣男士は軍曹待遇となるらしい)。
「あー、確かに悩ましい問題ですねぇ。色々な本丸がありますよ。家族のような本丸もあれば、ビジネスライクな関係もあります。神様と神官として接する審神者様もいます。政府としてはビジネスライクが望ましいですね。飽くまでも前線の指揮官とその部下。ただ、一緒に生活するとなると、そう割り切るのも難しいのが実情ですね」
政府としては刀剣男士に『神様に対する敬意』は持ってほしいものの、それが過剰であるのも望ましくないらしい。それを突き詰めれば『人間が後方にいて神様を前線に立たせるなんて!』ってことになるから。でも、人間が戦えないから神様に戦っていただいているわけで……。事実、人間が戦える時代(20世紀まで)では国防軍の遡行軍対策部隊が戦場に出てるらしい。
「本丸に出勤、住まいは現世ってのも出来なくはないですけど、お勧めはしないですね」
一応、そういった方法をとることも出来るらしい。そのためにこの歴史保全省の敷地には宿舎がある。そこに住まい、本丸に出勤するというのも可能ではあるらしい。でも、現世にいればその分
「先輩審神者様たちによれば、『今は戦時中』ということさえ忘れなければどんな関係でも大丈夫らしいですよ。家族や友人のように過ごしていてもね」
私の不安を和らげるように丙之五氏は言う。大事なのは『今が非常事態、戦時中である』と忘れないこと。自分は指揮官であり、刀剣男士は兵士であるということ。それを根底においていれば、
家族的、或いは武将とその配下。はい、無理。武将とか無理です。家族的、或いは社員寮で一緒に過ごす同僚的な付き合いで行きましょう。そうしましょう。自分の性格的に家族的な感じになる気もするけど。
「如何やら、ご自分の中での折り合い、ついたみたいですね」
見れば丙之五氏は苦笑している。スミマセン、面倒臭い新米で。
「まぁ、悩んだら1人で抱え込まずにいつでも相談してくださいね。そのための担当官です」
にこーっと丙之五氏は笑う。うん、肩から力の抜ける、ほんわかとした笑顔。実は他人に相談するとか苦手な私だけど、丙之五氏には何でも言っちゃいそうだ。愚痴経由の相談とかになりそうだけど。
私の様子を見て大丈夫だと思ったのか、丙之五氏は私を促して立ち上がる。部屋の一角に祭壇のようなものが設けてあり、そこに5振の日本刀が置いてあるのだ。
「初期刀については昨日の研修で聞きましたよね? どれにしますか?」
愈々初期刀選び。初期刀は打刀5振の中から1振を選ぶらしい。この5振は刀剣男士としての協力を最初期に約してくれたのだという。最も協力的で且つ戦力として初心者に心強い刀剣なのだそうだ。尤も、私、日本刀に種類があることは知ってたけど、その特性とか区別とか判りません。
初期刀として並べられているのは、加州清光・歌仙兼定・陸奥守吉行・山姥切国広・蜂須賀虎徹。兼定と虎徹という刀工名には聞き覚えがある。歴史小説を読んでいれば幾度かは目にする有名な刀工だ。事前研修でそれぞれの所有者や来歴、刀剣男士としての能力値も聞いている。新撰組沖田総司の刀である加州清光、肥後藩主細川忠興の刀・歌仙兼定、坂本龍馬の刀である陸奥守吉行。この3振にまず興味を持った。
現代にまで残っている刀剣はどれも違いはあれ、皆美しいと思う。然程刀剣に興味のない私でさえ、『凄い、綺麗、カッコイイ』と思うほどに。となれば、選ぶ基準は過去の持ち主への興味だ。新撰組は好きだし、坂本龍馬も割りと好きだ。尤も私は断然佐幕派なんだけど。ってことで、陸奥守吉行脱落~。残るは加州清光か歌仙兼定。うん、歌仙兼定はうちのお殿様の刀か。そう、私は熊本県民だ(仕事で福岡在住だったけれど)。熊本市民にとっては細川さんよりも
「歌仙兼定を。長く地元にあった刀ですし」
まぁ、今は東京にあるらしいけど。でも多分、明治維新くらいまでは熊本にあったんじゃないかなーとか思ってるし。どうしよう、歌仙兼定がバリバリの熊本弁だったら……。いや、嬉しいけどね? でも熊本弁って一部では日本三大柄悪い言葉に数えられてるし。普通に喋ってても喧嘩してるように聞こえたりするらしいし。
「了解です。じゃあ、こちらを」
丙之五氏に歌仙兼定を渡される。流石に日本刀、重い。
「で、この祭壇の前へ。ここで顕現しましょうね」
なんでもスカウトされた人の中には顕現できない人もいるらしく、ここで顕現できなければ審神者ではなく歴史保全省の職員になることになるのだとか。
研修で教えられたとおり、刀剣を捧げ持つ。心の中で刀に眠る付喪神へ呼びかける。どうか、力を貸してください。私の剣となり、過去を、そして未来を守ってください。
暫くそうしていたら、体から何かが抜けていくような気がした。多分、霊力ってやつだ。そう感じて直ぐ、目の前に桜吹雪が舞った。
「僕は歌仙兼定。風流を愛する文系名刀さ。どうぞよろしく」
突然現れた煌びやかな青年。これが、刀剣男士。うん、流石に
「よろしく、歌仙兼定殿。今日から貴方の上司兼管理人となる審神者の右近です」
上司兼管理人と言ったところで丙之五さんが笑った。間違ってないよね? 大家じゃないし、家政婦ってのは何かヤだし。
「右近殿、か。僅かに肥後の訛りがあるね」
たったあれだけで気付くとは! というか、熊本のイントネーション残ってたのか、自分では標準語喋ってるつもりだったのに。
「肥後、現在の熊本県の生まれです。その縁で、細川さんの御刀である歌仙兼定殿を初期刀に指名させていただきました」
因みに『細川様』ではなく『細川さん』と呼ぶのは熊本県民が殿様として慕っているからだ。清正公さんよりは親愛度低いけど。何しろ、細川氏で一番馴染みがあるのは幽斎とガラシャ。ぶっちゃけ、どっちも熊本とは関係ない。幽斎は肥後藩主ではないし、ガラシャ夫人に至っては肥後移封前に亡くなっている。
「そうか。忠興公に
「こちらこそ」
こうして、私と初期刀の初対面は終わった。
歴史保全省の一角にある鋼鉄の門──じゃない、古めかしい作りの神社とかにありそうな木戸を抜けると、広大な敷地を持つ寝殿造の建物が見えました。そう、『見えました』。ほぼ全体が。つまり、門から建物まで結構遠いということ。
歌仙とともにひとまず寝殿を目指してテクテクと歩く。
「寝殿造か。流石に雅だね。
流石自己紹介で『風流を愛する』というだけはある。歌仙は目を輝かせて庭を見ている。うん、広大な庭だ。まさに平安時代の寝殿造──貴族のお屋敷のお庭。遣水(小川)に池、築山まである。
「曲水の宴でもやりますか?」
「それもいいね。右近殿は歌は詠むのかい?」
「日常的には詠みませんね」
大学時代にはイベントで短歌・俳句を詠むってのもあったけど、流石に今は自分では詠まないなぁ。歌集を読んだりはするけど。
「ははは、僕だって日常的には詠まないよ。文系とはいえ刀だしね」
「忠興公は詠まなそうですよね。幽斎様は詠みそう」
細川幽斎といえば戦国時代有数の文化人だ。大学時代は彼の筆による『古今和歌集』の講義もあったな。
そんなことをつらつらと話しながら、漸く寝殿に到着。5分は歩いたのではなかろうか。どんだけ広いんだ、本丸。
寝殿に上がれば、そこは幾つもの部屋に分かれていた。
寝殿は廊によって3区画に区切られていて、中央の一角に巨大な和室とその奥に厨房。LDKってところか。その左にはこれまた巨大な和室。奥行きがLDKよりは浅いから、その奥には別の部屋があるみたい。襖で区切られてるから確実に部屋があるだろうな。リビングの右は幾つか塗籠がある。多分、鍛錬所とか手入部屋とか刀装部屋ってやつだろう。
「審神者様! お待ちしておりました」
きょろきょろと周囲を見回していると、ポンっと煙が立ち突然声がした。目の前にプカプカとモフモフした何かが浮いている。
「わたくし、審神者様のサポートをいたします、管狐のこんのすけと申します!」
管狐、って妖怪の一種じゃないか? その名の通り管に入ってるのに、こんなに丸っこくて大丈夫なんだろうか?
「……ああ、こんのすけね。よろしく」
丙之五氏が言ってたな。本丸に着いたらこんのすけがサポートしてくれるから、その指示に従ってチュートリアルを受けるようにって。
「では早速出陣いたしましょう!」
はぁ!? いきなり出陣だと!?
「ちょっと待たんね、こんのすけ。いきなりそれはなかろーが」
思わず熊本弁が飛び出る。でも、そんなのどうでもいい。本丸に着いて直ぐに出陣ってなんだそれは。
「え、ですが、まずはチュートリアルを」
「その前に本丸内の施設確認! 生活の場を確かめるのが先!」
ぷかぷかと浮かんでいるこんのすけの首根っこを掴み、目の前にぶら下げる。ペットはまず躾が大事だよね!
「……はい、ご案内いたします」
うん、素直でよろしい。……歌仙、呆れた顔で見ないでください。
そうして約30分をかけて、本丸内を案内してもらった。この本丸はまだ初期状態だから、寝殿の他にあるのは東の対だけ。東の対は大体6畳程度の広さの和室がずらーっと10室以上あった。ここが刀剣男士たちの個室になるらしい。因みに普通に襖と壁で仕切られた和風建築でした。寝殿造なのは外観だけ。寝殿にあるのは厨房、居間、大広間、審神者執務室、審神者の私室、近侍控え室、鍛錬所、手入部屋、刀装部屋、浴室と脱衣所、トイレ、物置。居間とか広間とか、凄く広い。100畳近くあるんじゃなかろうか。まぁ、現在確認されてる刀剣男士が48人だというから、全員揃うとなればそれくらいは必要なのかな。
「これで一通りご案内いたしました。では」
「うん、出陣だね。えーっと、審神者の執務室で指示するんだっけ」
何処か疲れた様子のこんのすけに言われ、素直に出陣することにした。こんのすけを余り苛めるわけにもいかないしね。こんのすけは政府に言われたとおりの手順を踏んでいるだけだろうし。
さて、いよいよ、審神者業務開始ですか。