国外追放なんて簡単にはできません

 その馬車は王都から国境へ向けての旅をしていた。王都を出発して間もなく半月が経つ。通常10日ほどの距離を出来るだけゆっくりと進んでいる。

 馬車は粗末なものだが、警護の兵は少なくない。だが、馬車の中にいる人物の身分を考えれば決して十分な人数ではなかった。

 そんな中、2人の兵士が馬車を見遣りつつ言葉を交わす。

「なぁ、今度の国外追放、問題起きそうな気がするんだが」

「奇遇だなぁ、俺もだよ」

「だよな。公爵令嬢だろ、あのお方」

「王太子の婚約者だよなぁ……」

「学院の卒業パーティ会場から直行ってのがな……」

 突然国外追放の罪人を運ぶように命令されたのだ。これは異例の事態だった。通常なら有り得ない。

 だが、命令には逆らえず、追放刑担当の兵士たちは慌てて準備し、令嬢を乗せて国境へと向かったのだ。

 本当に色々有り得ない。令嬢は身一つで馬車に乗せられた。しかも、パーティの場からそのまま連れ出されたような、美しい装いのまま、殴られたのか頬を腫らして。

 兵士たちは元々この任務を任される者たちだったから、きちんと食糧や着替えなども用意していたし、令嬢に大きな不便をかけることはなかった。多少の不便はこういう状況だから我慢してもらうしかないが。

 

 

 やがて馬車は国境の砦へと到着した。国境には長い城壁が築かれ、その一部が国境門となっている。国境に近づく馬車が見えていたのか、砦の兵士が門前で待っていた。

 追放刑は貴族ではあまりいないが、庶民であれば年に数度あることだ。ゆえに兵士たちは互いに顔見知りになっている。

「は? 国外追放?」

 隣国の兵士は不信をありありと表情に乗せる。

「ああ、書類はこれな」

 それにさもありなんと思いつつ、兵士は書類を手渡す。何故か王国騎士団長の長男から渡された追放の命令書だ。

「いや、待てよ。そっちから国外追放の連絡来てないぞ?」

「そういわれても、俺らも上司から……上司の長男から命令されただけだしなあ」

 異例づくめの今回の追放に、兵士も何も答えることはできない。これが正規の命令ではないだろうことは承知しているが、平民である兵士がお貴族様に逆らうことはほぼ不可能だ。

「書類に罪状書いてあるはずだ……ってなんだ、これ! 王太子の恋人の男爵令嬢を苛めたから国外追放? 国璽も御璽も押されてないぞ。あるのは××ってのと△△ってのの名前だけだ」

「あー、それ、王太子と宰相の長男だわ……」

「王太子に貴族の罪状決める権利あったっけ? てか、宰相の長男って公的身分、官職はなんだよ」

「…貴族裁く権利あるのは国王陛下だけだなー。そっちの国と同じ。宰相の長男はこの前まで学生で、卒業して半月経ってるから、今は文官見習いじゃね? 正規採用じゃなくて飽くまで父親の差配の内での見習いのはず」

「つまり、この書類は何の公的効力を持たないと」

「だなー…半月かけて王都から国境まで来たのになー」

「ゆっくりだな? 普通は10日で着くだろ?」

「途中で陛下の使者が追いつくかと」

 そう、兵士たちにだって判っていたのだ。この追放がおかしいということは。だから、命令変更の使者が来ると見越して出来るだけゆっくりと国境へと向かったのだ。

「なるほどー。てか、〇〇って公爵令嬢だよな? そっちの王太子の婚約者の。なんで王太子は婚約者いるのに恋人苛められたとか言ってんの? 浮気するほうが悪いじゃん」

「だよねー。だから、王太子、陛下が外遊でいない隙に暴挙に出たんだよなー」

「あ、しかも追放をそっちの国王の外遊先の反対側のうちにしたんだ。姑息だねぇ」

「だよなー。っていうかさ、国外追放って簡単に出来るわけないじゃん。相手の国に連絡して受け入れてもらわないといけないいんだからさー。勝手に他国に自国の犯罪者押し付ければいいとか思ってるんだろうけど、相手国にしたらえらい迷惑だろ」

 そう、通常はこんな阿呆な、何の手配もせずに追放など有り得ないのだ。

 通常の国外追放処分であれば、まずは一旦牢に収監される。そして、追放元と追放先で受け入れに関する取り決めと連絡、事務手続きが行われる。そのうえで全てが決まってから国境に向けて出発するのだ。

 その際には囚人にはある程度の身の回りの品を持つことも許されている。国外追放は主に不敬罪や被害者のいない(ある意味全国民が被害者でもある)ような犯罪に対しての処分であり、国を出ること(=身分や財産・人間関係を失うこと)で罪を償ったことになるのだ。ゆえに受け入れ先の国では犯罪者ではなく平民として受け入れることになっている。

「うちは流刑地じゃねぇってな。まぁ、そこはそれお互い様だけどな。だからこそ、ちゃんとお互いに連絡も受け入れ要請もするんだけどねぇ。そんなことも判ってのないのが王太子とその側近で宰相候補って、そっちの国の次代不味くないか」

 自分が言っているのを知られれば明らかに不敬罪になることを隣国の兵士は言う。それに苦笑し、兵士は答えた。

「不敬になるので言えませーん」

「うん、その答えで判った」

 国境を守る兵士は暫く隣国の情勢に注意が必要だろうなと思いつつ、既に半月が経過していることから事態は収束に向かっているだろうなとも感じていた。

 そしてそれは正しかった。馬車が到着して間もなく、馬車の来た王都方面から騎士の一団が公爵令嬢を迎えに来たのだ。それは国王直属の近衛騎士と公爵家の騎士たちだった。

 公爵令嬢が兵士たちによってのんびりと辺境観光を楽しんでいる間に、王都では全ての決着がついたらしい。その結果、公爵令嬢は冤罪を被せられ不当な裁きが行われたことが証明された。ゆえに王都への迎えが来たのである。

 

 

 

 数ヶ月後、兵士は再び国境へと来ていた。今度は正規の任務である。正規の手順を踏んで、正規の手続きが行われ、正規の(?)罪人が送られてきたのだ。

 数か月前に公爵令嬢を陥れた4人──元王太子・元男爵令嬢・宰相長男・騎士団長長男──が国外追放となったのである。当然彼らは勘当され身分を失い、王太子に至ってはその血統を利用されぬよう去勢されての措置だった。

 国王の決めた婚約を勝手に破棄し、権限もないのに勝手に国外追放しようとしたことは明らかに国王の命に背く罪だ。親のみならず国王の命に背くのであれば好き勝手に生きるがいい、自分たちの庇護などいらぬということだろうと彼らの親たちは『勝手に生きて勝手に野垂れ死ね』とばかりに国外追放処分を決めたのだ。

 追放刑に処された罪人に許された最低限の身の回りの物だけを持たされた彼らは、これから異国の地で必死になって生きていくしかない。だが、粗末な平民の服が数枚と隣国の同年齢層の平民の1ヶ月の賃金程度を持たされた彼らが生きていけるのかは判らない。何しろ、甘やかされ贅沢に育てられたお坊ちゃまとお嬢ちゃまなのだ。

「じゃ、こいつらよろしくー」

「ああ、まぁ、受け入れるけどな」

 明るく罪人を引き渡す兵士に苦笑しつつ、隣国の兵士は彼らを受け入れた。

 この処分が甘いものとなるのか厳しいものとなるのかは、4人次第だ。そう思いながら、兵士たちは粛々と己の職務を果たすのだった。