ネメスィ公爵家長女ヴィミラニエ・アベルビスィア、お召しに従い参上いたしました。
先日の王太子殿下の婚約破棄宣言のことでございますね。
ええ、その場ではお受けせず、陛下のご下命あらば承るとお伝えいたしました。陛下のご命令により結ばれた婚約であれば、それを破棄するも解消するも陛下のご命令なくばお受けできませんので。
婚約の白紙、確かに承りました。
左様でございますか、殿下は廃嫡なさると。
……愚息の行いで迷惑を掛けた? 今に始まったことではないでしょうに。いいえ、なんでもございません。
愚かな子供のしたことゆえ許せと仰せでございますか。
……わたくしも悪いと? 婚約者であれば、殿下を諫め導くのも役目だと。わたくしがその役目を充分に果たせなかったことが悪いと。ゆえに殿下だけが悪いわけではないと……?
いいえ、慰謝料など求めてはおりませんわ。白紙に戻していただき、ありがたく存じます。殿下も悪くわたくしも悪いゆえの両成敗……でございますか。
わたくしの非を咎めぬことをありがたく思え……ですか。本当に度し難い。いいえ、何も申しておりません。
ときに陛下。わたくしの年齢を覚えておいでですか?
お答えくださいませ。
左様でございます。王太子殿下と同じ十五歳でございますわ。成人まであと三年もございます。つまり、先ほど陛下が仰ったように子供でございますわ。
先ほど陛下は王太子殿下のなさったことは子供のしたことゆえ許せと仰せになりましたわね。
では、同じ年齢の子供であるわたくしも許されて然るべきではございませんか?
殿下をお諫めする力が及ばなかったことは申し訳なく存じますが、殿下と同じ年の子供でございますもの。大目に見ていただけるのですよね。
殿下が無実のわたくしに冤罪を着せ、国王陛下だけが持つ貴族の処罰を行う権利を侵した越権行為が許されるのでしたら、わたくしの罪ともいえぬ力不足も許されるのでございましょう?
そもそも、殿下をお諫めするのは、第一に保護者の役割。そして傅役や教育係がなすべきこと。皆様、殿下よりも年長の、導く役目を持つ方々でいらっしゃいます。その方々は何をなさっておいででしたの?
側近や
ご立派な大人の皆様が出来ぬことが何故、子供であるわたくしに出来ましょうか。
もしわたくしや側近がお諫めすることが出来ず罪を得るとしても、当然大人の方々よりは軽くなりますわよね。
あら、お顔が真っ赤ですわ、陛下。どうなさいまして。
陛下、婚約者の役割は殿下をお支えすること。陛下や王妃殿下の子育ての失敗の尻拭いではございませんわ。
不敬、ですか。ええ、左様でございますわね。
けれど、あなた方の何処に敬われる要素があるのです?
ご即位から十年。あなたが政務を執られたことなど一度もないではありませんか。王妃殿下や法では認められていないはずの愛妾たちと爛れた肉欲にまみれた生活をなさっているだけ。
政務は全てわたくしの父である宰相に任せきり。おかげで父は年に数回しか家に戻ってまいりませんわ。
思い付きで法を定めようとするあなた様を止め、税率を上げようとすることを阻止し、誰彼構わず寝所に連れ込む淫蕩の後始末をする。ドレスや宝石を際限なく求め浪費で国庫を脅かす王妃殿下を止め、不満を訴える閣僚たちを宥めて抑え、国を運営してまいりました。
国の運営は国王たる陛下のお仕事でございますのにね。
父や数名の良心的な貴族たちが我が身を犠牲にして頑張っているから、この国は辛うじて国としての体裁を保っているのです。
そのうえ、
更に
ご存じですか? 殿下はまだ十五歳なのに片手の指の数では足りぬほどの庶子を設けておいでですのよ。流石はあなた方の息子。淫蕩の血は争えませんわね。
庶子を作るだけ作って、その後始末はわたくしに丸投げでしたわ。責任を取らず打ち捨てられておいでですから、相当な恨みを買っていらっしゃいますのよ。
ああ、ご安心を。愚か者の胤をまき散らし憂いの種となっては困りますもの。母子ともに我が領で保護しておりますわ。全員女児だったのは幸いでしたわね。
殿下を繋ぎ留められなかったわたくしが悪いと?
陛下は十二歳のわたくしに殿下に体を捧げろとおっしゃるのですか。ええ、早熟な殿下に求められましたわ。流石に逃げますわよ。
それに殿下と過ごす時間などございませんでしたわ。
わたくし、王妃殿下から指示された王妃教育が終わった途端、王妃殿下から登城するように命じられて部屋を与えられましたの。ここに寝泊まりせよと。実家から侍女やメイドを連れてくることも許されませんでしたわ。当然のように専属侍女がつくこともございませんでした。
そして、王太子殿下に押し付けられた公務の他に、何故か王妃殿下が処理なさるべき大量の書類も届くようになりましたの。わたくし、学院に通う時間もないほど、執務室で書類を捌く日々を送ることになりましたのよ。
何処に王太子殿下と過ごす時間がございましょう。
何を慌てておいでですの、王妃殿下。書類を届けに来た文官たちが証人ですわ。国政に携わる貴族の皆様もご存じですわよ。
王妃殿下に公務を熟すよう父や女官長や様々な者が諫言いたしましたでしょう? けれどその翌日には何故かわたくしはあなたに鞭打たれましたわね。
それからは皆様換言すればわたくしに害が及ぶと、わたくしの負担を少なくするために書類を分担してくださいました。けれど元々無能な国王の怠惰によって既に飽和状態。出来る限りわたくしが引き受けざるを得ませんでしたわ。
それに徐々に書類を持ってくるのは王妃の愛人の文官や衛兵になりましたわね。わたくしにお味方くださる方との接触がほぼ出来なくなりましたわ。
ねぇ、ご存じ? わたくし、未だに初潮を迎えておりませんの。発育不全なのだそうですわ。
殿下には痩せぎすで木の枝のようだとも言われましたわね。けれど、太らないのではございませんわ。太れないのです。
忙しすぎてまともに食事をとる時間などございませんもの。執務の合間にパンをスープで流し込むだけですわ。ああ、夕食だとハムとチーズを挟んだパンが届けられましたわね。朝と昼はただの白パンですわ。
王妃教育が終わった十二歳のときからそんな生活をしていれば、発育不全となるもの当然ではございませんこと?
最近では固形物を食べることも難しくなりましたの。ですからスープだけでしたわ。
婚約破棄をされて、お父様が半ば無理やり職を辞して、お屋敷に戻ってわたくしをご覧になって、号泣して謝られましたわ。
そして、直ぐに医師が呼ばれましたの。お父様は過労、わたくしは栄養失調ですって。この飽食の時代に! あと一ヶ月もこの生活を続けていたらわたくしもお父様も命はなかっただろうと言われましたわ。
可笑しいですわね。誰よりも忙しいはずの国王であるあなたもその妻も、わたくしの十倍は贅肉が豊かでいらっしゃるのに。
そうですわよ、わたくしもお父様も死ぬ寸前だったのです。
睡眠だって十分ではございませんでしたわ。一日に三時間も眠れれば良いほうでした。入浴する時間すらろくに取れず、浄化魔法で身を清めるしかありませんでしたわ。
わたくしに仕事を押し付けた王妃は湯殿で愛人たちとお楽しみでいらしたのに。
睡眠不足と栄養失調、過労のせいで、魔力も弱まって、一日に一度の浄化魔法が精一杯になっておりましたのよ。魔力の高さから婚約者候補に挙がっていたわたくしが、平民でも日に何度も使える浄化魔法が一日に一度!
不敬罪? 衛兵? わたくしを捕まえろ?
無駄ですわよ。
あなた方がグダグダと何も決めずに淫蕩三昧していた一週間のうちに噂が広まりましたの。宰相がこの国を見限ったと。娘を不当に扱われたからと。
ふふふ。王宮の異常さは嘗ての文官や衛兵たちが様々な場所で暴露しておりましたわ。
今、この城にはあなた方二人と殿下しかいないのではないかしら?
近衛騎士をはじめ騎士団は皆様辞表を提出されたようですわ。今頃は辺境伯の許へと向かっているのではないかしら? ええ、あなたの異母弟が治める豊かで穏やかな領です。
侍女やメイド、様々な使用人たちも既に城を出ているでしょうね。王都では民たちも国境を目指しているかもしれませんわ。
ああ、わたくしにも迎えが来たようです。
わたくしたち家族は隣国へ参りますの。ええ、王姉殿下の嫁ぎ先の、あの好戦的な大帝国。王姉殿下の嫁入りで一時的に戦争回避出来ていたあの国ですわ。
幸い、王姉殿下が三人の皇子をお産みになっておられますから、どなたかが新たな国王となられますでしょうね。ご安心くださいませ、国名くらいは残りますでしょうから。
ではご機嫌よう、子育てに失敗して、己の義務も責任を顧みもしなかった愚かな方々。
*****
ふと断罪後の『後悔したってもう遅い!』を書こうと思いついて勢いで書いてしまいました。
当初は婚約破棄された令嬢が自死、何もしなかった国王や王妃が後悔するという感じで考えていたのに、何故かその二人が断罪?される流れに。
初めは令嬢に味方は誰もいない設定で書こうとしてたのに、いつの間にかパパは令嬢と同じような過酷な環境下にいて助けたくても助けられないという状態。
最終的に国が滅亡する流れになってしまいました。どうしてこうなったΣヽ(°Д°;)ノ
因みに当初は名無しだった令嬢。
ネメスィ=天罰(ギリシア語)
ヴィミラニエ=滅び(ロシア語)
アベルビスィア=絶滅(ギリシア語)
因みに出てこない国名はテベリス王国。ギリシア語で怠け者。