聖女が姿を消した王都では大混乱が起きていた。美琴が請け負っていた業務が滞り、各所から不満の声が続出し、神殿と王城はその対応に追われた。
また、このタイミングで各地の瘴気の発生が増大し、魔獣の出現が増えた。その対処に王国騎士団も魔術師団も神殿聖騎士団も大童だ。神殿の研究所や魔術師団からは『聖女が王国の中心である王都にいたことによって瘴気の発生速度が抑制されていた』と報告が上がり、更に王城も神殿も慌てた。
そして、追い打ちをかけるように神託が下ったのだ。数百年、下ることがなかった神託が。
「アタシ、聖女なんて求めてないし、聖女召喚を許したことないんだけど? 何勝手なことやってんのさ。あんたらの所為で異世界の神様たちに大勢でクレーム入れられて、すんげー迷惑してんだけど? 頭にきたから、王家と神殿への加護外すからね。元凶の第一王子、神罰下すから」
実はこの女神イカーブ、王国の守護神ではあるが元々そうだったわけではない。元々の守護神ディファーが当時の美青年国王への溺愛っぷりを示し聖女召喚魔法なんてものを与えたせいで、何度も王国は混乱に見舞われたのだ。それでディファーは上位神から処罰を受け守護神を外された。その後守護神に任命されたのが現在のイカーブだ。尚、ディファーのほうがイカーブよりも神格が高かったせいで、イカーブは召喚魔法に干渉できなかった。そもそも神が与えたものはそう簡単には奪えないという不文律があり、上位神ですら召喚魔法を奪うことが出来なかったのだ。
そうしてイカーブがただ義務的に見守っていた王国が散々やらかした。その結果、異世界の神々の団体様がイカーブたちこの世界の神々にクレームを突きつけてきたのである。イカーブも上位神もただただ謝罪するしかなかった。
そうして、イカーブは漸く重い腰を上げて、王国へ神託を与えたのだった。なお、イカーブは職務怠慢の責任を問われ、守護神から外されることが決まったが、彼女にしてみれば押し付けられた役目だったのである意味願ったり叶ったりだったらしい。
王国のとある公爵領のとある小さな村には癒しの魔法を使い、瘴気を浄化してくれる優しい老婆がいる。彼女は不思議な世界の話を村の子供たちに聞かせ、文字を教え、学問を与えてくれる。かつては王城の役人だったという夫と暮らし、時折公爵家領都から前女公爵やその家族が遊びに来る。息子や娘、孫やひ孫も訪れ、老女は穏やかな暮らしを楽しんでいる。
「通算100年を超える人生だけど、まぁ、悪くないよね。登利津芙媛様も随分長いこと付き合わせちゃって申し訳ないわ」
『100年なんて私たちにしたら一瞬よ。神々の都合に合わせてこっちに来てもらったんだもの。あんたの人生を見守るのも私の役目よ。この世界から、聖女召喚魔法は廃棄された。あんたの存在がそれを為した。高天原に押し付けられた役目をあんたは十分に果たしてくれた。感謝してるよ』
かつてよりずっと砕けた口調で登利津芙媛は己の加護を与えた愛し子を見る。すっかり年を取り老婆になっているが、彼女にとってはいつまでも保護し守ってやりたい子だった。
王都を出てから数十年。逃亡を手助けした公爵家との関係も良好で今でも交流は続いている。同行した元補佐官アルフォンソと夫婦となり5人の子に恵まれ今ではひ孫もいる。
そろそろ美琴の人生も終焉が近づいているが、きっと彼女は穏やかにその時を迎えるだろう。後は彼女の魂を故郷へと連れ帰り、輪廻の輪に戻すだけだ。
生まれ変わっても彼女は自分の愛し子だろうと登利津芙媛は思う。苦労を掛けたこの魂が来世では穏やかに暮らせるようにと願うばかりだった。