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 国王と宰相、神殿の長である大神官長が揃った最上級の会議室に美琴は案内された。謁見の間では王家主導になるため大神官長が拒否し、会議室という無難な部屋に落ち着いたのだ。

 入室した美琴が跪礼しないことに国王は不快感を懐いたようだ。そんな国王を大神官長が鼻で笑っている。どうやらこの国は王家と神殿の仲が良くないようだ。それが美琴にとってプラスに働くのかは不明だ。

「聖女よ、何故礼を取らぬ!」

 流石あの王子の父親だと美琴はある意味感心した。無礼なのは自分たちだと理解していないらしい。

「私は貴方方に強制的に召喚された被害者ですよ。まずは承諾も得ずに異世界に強制的に連れてきたことの詫びが先ではないですか? ああ、それから、私はこの世界の身分制度とは関係のない存在だということを忘れずに。何しろ異世界人ですから。なので、身分で人を敬うことはしません。敬う対象は人格と行動です。王に礼を尽くせというなら、まずは国家の責任者として、無礼な強制召喚を詫びることからしたらどうですか」

 国王の一言に怒涛のように嫌味と正論を返す。美琴の思いもよらない発言に国王も宰相も大神官長も唖然とした。美琴に付き従っていたアルフォンソとナサニエルもだ。

 しかし、アルフォンソとナサニエルはそれも当然だと思った。実はこの二人、登利津芙媛によって魅了のようなものを施されている。いや、この世界の常識ではなく、地球の常識を刷り込まれ、それが美琴の絶対的な味方となるよう作用しているのだ。基本的人権の尊重、職業選択の自由、就労時間は週40時間以内、時間外手当は当たり前、危険手当も当たり前、未成年就労に関する厳しい制限などなど、である。勿論そこには女性に対する意識変革も含まれる。要はこの世界の男尊女卑の否定だ。

 だから、自分たちの国が仕出かしたことがいかに非人道的なことで、これから行うことが如何に愚かで非道なことかを理解したのだ。そして、登利津芙媛の加護により二人は『聖女様は我々がお守りしお支えしなければ』という使命感に燃えていた。

「自分たちが異世界から招いた客人にいつまで立たせておくつもりですか。配慮も何も出来ないんですね」

 美琴はそう言って、国王の対面にあたる席に勝手に座った。長いテーブルの短辺にあたる上座に国王、テーブルの長辺に宰相と大神官長が対面するように座っている。美琴は宰相や大神官長から10人分は離れた国王の正面に座ったのだ。アルフォンソとナサニエルは座らず、美琴の背後左右に付き従うように立っている。

 国王は美琴の無礼さにプルプルと震えている。生まれた時から国王になることが決まっていた彼は、どんな時も誰にでも常に敬われてきた。なのに、目の前の小娘は敬うどころか、礼儀すら示さない。

 美琴は国王が怒りを滲ませているのを見、呆れていた。自分の態度は無礼だ。それは判っている。しかし、マウンティングは大事だ。特にこの場において。お前たちは犯罪者で加害者で、自分は被害者だと明確に示す必要がある。そして、お前たちはお願いする立場であり、居丈高に命じるなど許されないのだと。

 どうやら宰相は馬鹿ではないらしく、美琴の意図に気づいたようだ。

「確かに聖女様の仰る通りですな。突然我が国に招いたこと、申し訳なく存ずる。しかし、我が国も未曽有の危機に瀕しております。それをご理解いただき、何卒お力を貸しいただきたい」

 それでも宰相の言葉は謝罪しているとは思えない慇懃さがある。小娘と侮っているのだろう。だが、見た目は17歳だが、実年齢はその3倍近い。目の前の国王と宰相は精々40になるかどうかだろう。会社では部下だった年齢の男たちだ。美琴が怯むことはなかった。

「おや、聞いていた話と違いますね。国境の魔の森に発生した瘴気は王国騎士団と王国魔導師団と神殿聖騎士団で十分対応可能な規模だとか。態々異世界から聖女を召喚したのは、聖女と婚姻し王位に就きたい王子エンリケとその側近の独断だと聞いています」

 隠していたい事情をすっかり聖女に知られていることに国王も宰相も愕然とする。そして事情を明かしただろう文官と神官を睨みつけた。

「まぁ、召喚されてこちらに来てしまった以上、瘴気を祓うことは致しましょう。但し、私は貴方方の都合のいいように使われるつもりは欠片もない。私が聖女として働くための条件を決めるために貴方方との会談を要求したのです」

 自分の背後にいる二人を睨みつける国王と宰相に、美琴は挑発的な笑みを見せる。

「まず、この二人は私の補佐につけていただく。教育係兼お世話係兼お目付け役としてね」

「なるほど。確かにこの国のことも世界のこともご存じない聖女様には補佐は必要ですな。この場で神官ナサニエルを聖女様付き補佐官に任命いたしましょう」

 聖女の要求を呑むのが正解だと判断したのか、大神官長が美琴の言葉を受け入れる。確かにお目付け役は必要だろうし、ここは聖女の要求を受け入れておいたほうがいいと国王もアルフォンソを補佐官に任命した。

「ところで聖女様、お名前を伺えますかな。ああ、申し訳ない、私は大神官長のサドキエルと申す者。彼方はフェリペ国王陛下、宰相のカシミロ・リエラ侯爵閣下です」

 この国では神殿に属するものは家名を名乗らない。国王も同様だ。大神官長が勝手に国王の己を紹介したことを不快に思いつつ、聖女の名を尋ねたことは評価した。名を知らねば聖女を魔法で縛れない。名さえ判ればこの生意気な聖女は国と神殿には逆らえなくなる。

「ああ、そうですね。名も名乗らず失礼しました。広瀬です」

 そう美琴は名乗った。わざと『広』と『瀬』の間を微妙に開けて。美琴の思惑通り異世界の人間は彼女を『ヒロ・セ』という名だと勘違いした。

『ふふふ、そなた策士じゃの。名を知られるは魂を縛られること。美琴を知られれば多少の縛りは受けようが、広瀬のみでは縛ることは出来ぬ』

 頭の中で登利津芙媛の愉快そうな声が聞こえた。ファンタジー物の創作物で姓名を知られることで存在を縛られるなんていうのは定番だ。だから、美琴は初めから姓しか名乗るつもりはなかった。何しろ異世界だから、姓のみを告げ姓名と誤解させることは出来る。

 日本でだって仕事上出会う人と挨拶する際にフルネームを名乗ることはない。名刺を渡しているから姓名を知られはするが、口頭で名乗るのは姓だけだ。だから、美琴の常識の中で『広瀬』と名乗ったことは何の問題もないのだ。