物語のエピローグにして伯爵家のプロローグ

 その日、王都の大聖堂では華やかで笑顔に満ちた結婚式が行われていた。セミリャ伯爵家の当主セレアルと建国以来の名門エスタファドル侯爵家の長女マグノリアの結婚式だった。

 婚約の公表から僅か三ヶ月での結婚式ではあるが、その結婚式は後々の語り草になるほど豪華で賑やかなものだった。

 新郎のセレアルは王太子の側近であり、三ヶ月前に叙爵されたばかりの若き伯爵。生まれは同盟国であるベヘタル王国の筆頭公爵家の次男で、オノール王国に留学中に花嫁を運命の出会いをし、彼女のためにこの国の爵位を得るべく功績を打ち立てた。

 新婦は一年半前に不幸な婚姻を強いられ、それでも諦めず僅かひと月で不実な夫からの解放を勝ち取った悲劇であり女性英雄譚の主人公。

 その二人の結婚式には前国王夫妻、国王夫妻、第一王女だった女大公、第二王子だった大公といった錚々たる貴賓が招待されている。尤もこれは従姪や再従妹を可愛がっている王族が望んだからこその招待だ。

 大聖堂の最前列ではアマネセル・エスタファドル前侯爵夫妻、エクリプセ・エスタファドル侯爵夫妻、弟であり分家したルシアノ・レベルソ伯爵が満面の笑みを浮かべ、その後列では花嫁の側近たちが喜びの涙を滂沱と流している。

 通路を挟んだもう一方の最前列には新郎の親族がやはり喜びに満ちた表情だ。新郎の祖父母の前ラスチェーニエ公爵夫妻、両親であるラスチェーニエ公爵夫妻、兄のセミリャ子爵夫妻は新郎が望む相手と結婚できたことを心から喜んでいた。

 

 

 

 マグノリアとセレアルの結婚式は予定通り離婚からちょうど一年後、とはならなかった。別の慶事が重なり、その祝宴を催すことになったからだ。その祝宴にはエスタファドル領の代表もセレアルの家族も王都に来る。ならば、その時期に結婚式も合わせれば、移動の負担も減るだろうという判断で結婚式は二ヶ月ほど延期になったのだ。

 その慶事とはアマネセルの陞爵とセレアルの叙爵だった。

 これまで頑なに陞爵を拒んできたエスタファドル伯爵家がようやく陞爵を受け入れた。エスタファドル伯爵家は王家の陰の部分を受け持つ貴族だった。それには警戒されるほど高位でもなく、侮られるほど低位でもない伯爵位が丁度良かったのだ。

 しかし、既に隠れた存在でいることも難しくなり、この度陞爵することになったのである。正確には侯爵位を賜り、これまでの伯爵位も従属爵位として保持することになる。

 これまでの伯爵位は次男ルシアノが成人後受け継ぎ、分家としてレベルソ伯爵家を興すことも決まった。

 また、セレアルは伯爵に叙された。

 元々王太子ラウレルはセレアルに爵位を与えるつもりでいた。実力主義に移行しつつあるとはいえ、まだまだ身分が物をいうオノール王国において、王太子の側近が無爵位の平民では色々と障りがある。ゆえにセレアルが国内の貴族令嬢と結婚したら叙爵する予定にしていたのだ。

 国内貴族令嬢との婚姻が条件となっていたのは、外国人を叙爵することに反対する者がいるためのある種の建前のようなものだ。セレアルの気持ちもマグノリアの気持ちも知っていたラウレルにしてみれば、条件というよりも後押しといったほうがいいかもしれない。

 マグノリアの離婚からまだ一年が経過していないから結婚はまだではあるが、結婚することは決まっているので、舅と同時の叙爵となった。

 なお伯爵位であるのはセレアルが同盟国の筆頭公爵家嫡出子であることを考慮してのものである。

 

 

 

「リアの花嫁姿、奇麗だなぁ」

 前回は参列できなかった従姪の結婚式に出ることが出来た前国王夫妻はにこにこと幸せそうな二人を見つめる。

 王都の大聖堂で行なわれた挙式は後々までの語り草になるほど華やかなものだった。何しろ前回は適当に準備した結婚式だった。しかし今回は国内一の大商会センテリュオ商会の総力を挙げて準備した結婚式だ。

 新郎新婦の婚礼衣装は求婚の翌日から糸を紡ぎ織り始めた最高級の絹を使っている。母と娘、更には何故か求婚の三日後にはオノール王国にやってきたセレアルの母と三人でデザインを喧々諤々と議論し、縫製と刺繍に一年近くをかけた。

 大聖堂の周辺にはセンテリュオ商会傘下の各商会が屋台や出店を出し、王都はお祭り騒ぎである。

 マグノリアの家族も使用人も心からこの結婚を祝福し、一度目の結婚とは大違いである。

 家族や親族、屋敷の使用人に商会の職員と様々な人々に祝福され、マグノリアは嬉しそうに微笑む。

 その隣ではこの日を迎えるためにあれこれと画策したセレアルが愛おし気にマグノリアを見つめている。

 王命の結婚によってマグノリアは一度は『幸せな結婚』を諦めた。けれど、前向きに自分らしさを忘れずに役目を果たしたことでこうして相思相愛の相手と結婚式を迎えることが出来た。

 マグノリアが王命を果たす一方、セレアルは自分を諦めずに、二人で生きていくための道筋を作ってくれていた。そんなにも自分を想ってくれていたとは知らなかった。知ったときには涙が溢れて止まらなくなるほど嬉しかった。

 これまでにマグノリアとセレアルがやってきたのは決して清廉潔白なことではない。陰謀と策謀にどっぷりと浸かっている。だが、それが貴族だ。国のために無辜の民のために、領地のために領民のために、必要とあればいくらでも策謀を巡らす。

 相思相愛の結婚ではある。けれどそれだけではない。オノール王国国王の懐刀のエスタファドル侯爵家とベヘタル王国筆頭公爵家の縁組でもある。多分に政略的な要素を含んだ結婚でもある。

 だが、それでいい。自分たちで選んで決めた結婚だ。相思相愛な上に政略的価値があるなんて貴族として最高の結婚ではないか。

 マグノリアは夫となったセレアルと腕を組み、最高の笑顔で参列者に手を振ったのだった。